存在してはならなかった世界   作:真暇 日間

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絶対に存在してはならない世界47.5

 

 朝。目が覚めてすぐに隣のベッドを見ることが、一年と二か月ほど前からのマーベラスサンデーの日課になっていた。そこには、マーベラスサンデーの神様が眠っているのだ。

 ナイスネイチャ。ウマ娘の姿をしている神様は、マーベラスサンデーにそう名乗った。当時の自分はボロボロで、元気もなくて、骨も心も折れていて、このまま何も残せないままトレセン学園を退学になるのだと諦めていた。

 けれど、突然やってきた神様がくれたお菓子、クッキーを食べると、そんな状況が一度に変わっていった。

 

 まずは味。そう、食べ物について最も語ることの少ないはずの味についてが始まりに来るのだ。その時点で察してほしいが、食べにくいといったこともなければ苦痛を感じることもなかった。一口食べるだけで苦みとエグみと渋みが広がり、物によっては辛かったり異様なほどにすっぱかったりするところに更に町を流れる下水や汚物を彷彿とさせる臭いが広がり、一口齧って飲み込むだけで精神を鑢掛けされるような苦痛を味わうはずの食事と言う作業が、一切の苦痛を感じることなく、それどころか進んで食事をしたいと初めて思うことができるほどのものだったのだ。

 口に広がる香ばしさと甘味、そして僅かな苦み。しかしそれが苦痛に転じることはなく、むしろ甘味を引き立て溶け合って更なる高みへ登っていくようだった。

 エグみや臭みは一切なく、代わりに漂う初めての『香り』に、マーベラスサンデーの意識は一度に持っていかれたのである。

 一度口をつければ止められるはずもない。マーベラスサンデーの人生で初めての『食事が進む』と言う状態に混乱しながらもマーベラスサンデーの身体は止まらない。次々にクッキーをつまんでは口の中に放り込み、咀嚼し、嚥下する。そっと差し出されたこれまた透き通った味の水を飲み干し、再びクッキーに向き直る。一口食べるごとに脳には異常な衝撃が走る。それはまるで痛みが一切ないまま何度もガツンと殴られるような、あるいは雷が脳神経の全てを蹂躙するような、と表現できそうなものであった。

 

 気が付けば大きな皿に山と盛られていたはずのクッキーは欠片の一つも残さず消え去り、口の中の残り香と腹の膨らみだけがその存在を示すだけになっていた。

 その日はそれで終わり。ただ、明日はもう少し頑張っていようと思えるくらいで終わっていたのだ。

 

 しかし、状況は大きく変わっていった。

 骨折した日から片時も離れることのなかった足の痛みがゆっくりと、しかし確実に消えていった。不思議に思ってもう一度病院で検査してみれば、驚くことに以前と全く変わらず、それどころか以前よりも頑丈に骨が作り直されているという。治るかどうかもわからなかったはずの骨折は既に跡すらわからないほどに完治しており、マーベラスサンデーは以前と同じように走ることができた。いや、以前と同じどころかそれ以上に力強く、速く走ることができていたのだ。

 

 それをネイチャに報告してみれば、ネイチャは嬉しそうな顔で『よかったねー』と答えてくれた。そしてまた同じようにクッキーを、今度は大皿ではなく小さめのお皿にとって分けてくれた。

 それをもう一度齧った時、マーベラスサンデーは気付いた。あるいはマーベラスサンデーにしか理解のできないマーベラスなるものが囁いたのかもしれないが、ともかくマーベラスサンデーはふとこう思ったのだ。

 

 ナイスネイチャとは、神様なのかもしれない。

 

 自分の足を治せる不思議な食べ物を持っていて、そしてそれについて聞いてみればネイチャが自身の手で作った物だという。更にはその材料となる物を作って世界に広めるための活動をしようとしているというではないか。

 マーベラスサンデーはそれに飛びついた。マーベラスサンデーの中のマーベラスも同時に囁いた。きっとそれはとてもマーベラスであると。マーベラスなことは、より広めなければと。

 

 マーベラスサンデーはこうしてナイスネイチャについて行くことにした。どこまでだってついて行くことにした。ナイスネイチャが京都にまで走りに行くならばそれについて行ったし、北海道で農地の見学に行くといえばそれにもついて行った。ありがたいことに応援と言う名目であればトレセン学園ではそれなりに簡単に休みが取れるということも幸いしたし、ネイチャが広め始めていた食材についての調査であればむしろ学校側から公休を与えられることすらあった。

 そうしてついて行くと、ナイスネイチャがいろいろと作った試作品などを食べる機会にも恵まれる。これはオグリキャップと言う日本で最も顔の知られたウマ娘にも譲れない、マーベラスサンデーの特権であった。

 そしてナイスネイチャの料理を食べる度にマーベラスサンデーは確信をより強固なものにしていく。

 

 ナイスネイチャとは、神様に違いない。

 

 なのかもしれない、から、間違いなくそのものであるという確信に至るまでには様々なことがあったが、ここではそれは割愛させていただく。一部を抜粋するならば、空を踏んで走ったり、どこからともなく見たこともない野菜を今収穫したばかりと言う鮮度で取り出してみせたり、誰も知らない料理を見事に作り上げてみせたりと、人間離れしたことを次々にやってのけていたのだ。ウマ娘はもともと人間離れした身体能力を持ってはいるが、それを勘定に入れても尋常な物ではなかった。

 

 だからこそ、マーベラスサンデーは今日もまた祈る。マーベラスサンデーの信じるたった一人の、自分に対しての認識がちょっと凄く甘い、たった一人の神様に。

 

 

 




Q.『ガチ』やん。
A.実は一番ガチなのがマーベラス。神様だと本気で、心の底から信じているしそう認識している。

Q.骨折してたんか……。
A.実馬もデビュー前に骨折してたとかいう話をどこかで聞いたので……。

Q.これからもこういう話書いていく予定はある?
A.思いついたら多分。

番外編のネタ(すぐ用意できるものに限る)

  • ナイスネイチャ+αのヒミツ(ウマ娘風)
  • ウィニングカラオケ(NN杯直後)
  • 『ハヤイ』という名の馬について
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