存在してはならなかった世界   作:真暇 日間

68 / 115
絶対に存在してはならない世界64.5

 

 来たのだ。

 

 ナイスネイチャと言う名前の少女からコースについて聞いた際に、一番初めに脳裏に浮かび上がった言葉がそれだった。

 

 やっと、来たのだ。

 

 心の底から、まるで地獄の窯の蓋が開かれたような熱が噴き出し、血潮を沸かして全身にその熱が伝わってくる。

 高鳴る心と冷静になる頭と異様なほどに熱くなる身体、三つがそれぞれ同時に歓声を上げたくなるような奇妙な感覚に浮かされそうになりながらも、トレーニングの前の柔軟は欠かさない。ただやはり、いつもとは身の入り方が違うことはトレーナーくんにはすぐに悟られてしまうようだった。

 

「随分と、気合が入っているね。マルゼンスキー」

「勿論よ、トレーナーくん」

 

 だって、だって、だって。

 

「やっと来たのよ?」

 

 現役の当時。規則によって阻まれてしまったあのレースが。

 

 現役の当時。賞金も有利な枠番も全部捨ててでも立ちたかったあのレースが。

 

 現役の当時。トレーナーくんにうっかり涙を見せてしまうほどに求めたあのレースが。

 

「あたしのダービーが」

 

 ダービー。最も有名なレースであり最も取るのが難しいとされるレース。このレースに勝利するのは一国の宰相になる事よりも難しいと評されるそのレースが。

 

 今、形を変えてマルゼンスキーの前に現れていた。

 

 あの時とは条件が違う。出走する人数も違えば芝の状態も違う。それでも。

 あの時とは顔ぶれが違う。走れば即ち勝利できる相手ではなく、自身を勝負の場まで引きずり下ろせるような、まさに伝説の、あるいは神話の、現代まで残される逸話の主人公達を一堂に集めたような面々。それでも。

 あの時とは時代が違う。長くレースを離れて鈍った身体を必死に叩き直して、錆びつき今にも崩れそうになった勝負勘を打ち直して、どちらもようやく付け焼刃までは取り繕うことはできるようになった、未だ完全な状態には程遠い。それでも。

 

「目の前に、あたしを迎えに来てくれた」

 

 口角がつり上がる。とてもではないが、自分を尊敬する後輩たちに見せることができる顔ではないと自覚しながらも止められない。柔軟の動きで隠すが、そのまま動けなくなってしまうほどに。

 

「こんなに嬉しいことはないわ」

 

 それを見つめるトレーナーの目には、自身の出番を今か今かと待ち構える、真っ赤なカウンタックの影が重なって見えていた。

 動かされないまま埃を被っていた車体は美しく磨き上げられ、錆が侵食していた車体やエンジン回りは整備されて輝きを取り戻し、古びていたタイヤは取り換えられて十分に走ることができるように見える。

 

 しかし、トレーナーは自身の目に映るその影にどこか陰りがあることに気付いていた。

 

 かつての姿に届いていないというのはわかる。十年以上のブランクがかつての姿を取り戻させずにいることも、その根本の原因がそれではないことも。

 結婚してもトレーナーを続けていたが、やはり自身の最初の担当と言うのは特別な物なのだとトレーナーは頭のどこかで考えながらもその陰りを取り去る言葉を並べようとして、

 

「───なら、楽しんでこないとね」

 

 頭の中で考えたどの言葉よりも先に、その言葉が口をついた。

 きょとんとした目がトレーナーを捉える。先ほどまで浮かんでいたいっそ狂気的とすら言えそうな笑みも鳴りを潜め、トレーナーの次の言葉を待っている。

 

「また、君の楽しそうな走りを見せてくれると嬉しい」

 

 マルゼンスキーはトレーナーの言葉に、にっこりと、かつて浮かべていたものと変わらない明るい笑みを浮かべた。

 

「もちのロンよ!期待しててよね、トレーナーくん!」

 

 マルゼンスキーにつられてトレーナーも笑みを浮かべる。トレーナーの視界にいるマルゼンスキーは、初めて姿を見たその時のように美しく輝いていた。

 

 そして同時にこうも思う。

『マルゼンスキーが燃えている時の顔も可愛いな』

 

 ぼそりと呟いてしまった言葉はマルゼンスキーの耳に入ってしまったようで、柔軟を続けていたマルゼンスキーの身体がギシリと固まった。錆びついた機械のようにぎしぎしと音を立てているかのような動き方でゆっくりと振り向いてくるマルゼンスキーの顔は朱に染まり切っており、トレーナーは若いころに数度行ったからかいの結果得られた記憶を想起してしまう。

 

「もう、何をいきなり恥ずかしいことを言ってるのかしらトレーナーくんったら!ほらほらもうケツカッチンなんだから、急いで準備しないとだめじゃない!」

「マルゼンスキーは可愛いよ」

 

 急速に赤面するマルゼンスキーを置いて、トレーナーは久し振りに立てたトレーニング計画書に目を落とす。形式は古めだが現在までに発表された論文の中でも有用だと思えたものは積極的に取り入れてきた。その結果としてなかなかのものに仕上がったと思えるトレーニング計画書は、マルゼンスキーに確かな力を与える事に成功していた。これが無ければマルゼンスキーがここまで調子を取り戻すのにももっと時間がかかっていたことだろう。

 そして何より、毎日のように送られてくるNice Nature(株)からの野菜の詰め合わせセット。この野菜によって今のマルゼンの身体の大半は作られているといってもいい。

 

 懐かしく思える光景に目を細め、トレーナーは計画書の次のページをめくっていった。

 

 

 




Q.もしかしてみんなこのレベルでガチ?
A.流石にもう少し湿度は低いかと。

Q.マルゼンスキーの他に湿度高いのは誰?
A.統界帝王は別枠として、TTGとパーフェクトさんですかね。

Q.なんか野菜送られてるんですけど?
A.他の参加者の所にも送られていますから平等です。

番外編のネタ(すぐ用意できるものに限る)

  • ナイスネイチャ+αのヒミツ(ウマ娘風)
  • ウィニングカラオケ(NN杯直後)
  • 『ハヤイ』という名の馬について
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。