存在してはならなかった世界   作:真暇 日間

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絶対に存在してはならない世界72

 

 集まった十七名は誰も彼もが名ウマ娘。数少ない観客と実況席に座る二人に見守られ、一人ずつゲートへ入っていく。

 

「いやあ、レースの機材も変わったよね。俺が現役で走ってた頃はゲートの代わりにロープ張っての人力だったよ?」

 

 赤い髪に褐色の肌の女性がカラカラと快活に笑いながらゲートに足を踏み入れる。横に視線を向ければ、自分の事を観察するように見つめる複数の視線の主たちと目が合う。

 

「ねえ、君が現役の頃はどうだった?」

「……そう、ですね。僕の頃は人力でこそなかったと思いますけど、大体こんな感じだったかと。今のは昔のとは足元がちょっと変わってて、引っ掛かりにくくなってるみたいですけど」

「そうか!やっぱりいいよね、レースの進化ってさ」

 

 流石に緊張は隠せないものの、ハイセイコーは何とか笑顔で返すことができていた。それもそのはず、目の前で笑顔を向けているのはかの三女神の一柱、ダーレーアラビアンなのだから。

 

「あまり虐めてやるなよ、ダーレー」

「苛めるだなんて酷いな!俺は優しくしてるよ?」

「……なら、少しは覇気を収めてやったらどうだ?」

「はははは!これも優しささ!それに、この程度でどうにかなるようなウマ娘がここに居るわけが無いだろう?」

「まあ、それもそうか」

 

 左目に傷の入った黄色を基調にした軍服のような勝負服を着たウマ娘がやや呆れたようにダーレーアラビアンを止める。自身に最も縁のある相手、スピードシンボリを見極めてきたとは思えない口調だったが、そんなものは仮にも神格である二柱にとってはわかり切っていた事でもあり触れられることなく流された。

 

 日本のレース場。地の利は間違いなく日本のウマ娘達にある。しかし、その程度で勝利を確信できるほど彼女たちは若くなかったし、日本のウマ娘も同じように力の差を感じ取っていた。

 どちらが速いかという話であれば、この場にいる全員が間違いなく『自分こそが最速だ』と言ってのけただろう。しかし質問内容が『誰が最も恐るべき存在か』となると、ほぼ全員が一人のウマ娘を指した。

 

 キンチェム。世界最強ウマ娘は誰かと問われれば、間違いなく一度は名前が挙がる存在。生涯戦績54戦54勝。生涯不敗。国を越え、数々の重賞を走破した、まさしく伝説のウマ娘。この場にいるウマ娘の中で幼い頃に『キンチェム物語』を聞いていないのは、キンチェム以前のウマ娘である三女神以外にいないだろうという存在。

 そして、もしキンチェムと本気のレースができるのであればどこまでできるかと問われれば、およそ全ての競争ウマ娘は自身の持つあらゆるものを差し出してでもレースを望むことは間違いない。

 

 そのキンチェムは、自身に向けられる視線に含まれる重すぎる感情に気付いていながらその全てを受け流していた。

 キンチェムにとって、レースとは勝利するものに他ならない。ただの一度も敗北を知らないまま生涯を終えたそのウマ娘は、冷静にそれぞれの力を見極めていた。

 

 身体能力。自身を基準としても高い存在が多い。自身より低いのはほんの数名だけで、その数名も明らかに隠し玉を持っていると理解できる佇まい。間違いなく自身の領域を認識し、それをより強く、深く広げることができる存在であることを確信していた。

 驚きはない。ただ、期待外れになる事だけは無いという安心があった。

 

 キンチェムにとって、レースとはすなわち勝利することであった。それは要するに、勝ち負けと言うものを認識したことが無いということでもあった。レースではなく、子供を相手にしたかけっこのようなものだった。

 故に、キンチェムは初めて『レース』と言うものを意識したと言える。この場において、何らかの状況が上手く巡れば。誰もが自身の喉元にその牙を突き立て、食い破ることができる相手であると理解して。

 キンチェムは、いままでただの一度も認識しなかった物と相対し───凄絶な笑みを浮かべた。

 

「おー、怖い怖い……厄介なことになったねぇ」

 

 背後で行われている盤外戦術と威圧の数々を受け流しながらシンザンは溜息をついた。同時になんで自分はこんな所に立っているのかという諦めにも似た思いが過るが、自分がナイスネイチャの力を甘く見た結果、言質を取られてしまったのが原因だという何度も達した結論に再び達し、また溜息をつく。

 

「まあ、ここまで来たらどうせそうそうない機会だ。楽しむしかないでしょうな」

「そうだろうけどよぉ」

「あたしは本当に嬉しいわ! だって……こんな凄い人たちを相手にダービーを獲れるんだもの」

「「あ゛?」」

 

 にっこり笑顔で挑発をかましたマルゼンスキーに剣呑な視線を向けるシンザンとスピードシンボリだったが、直後に水を差されてしまう。

 

「マルゼンスキーさんの発言に裏や含みはないですよ。ただ本当に嬉しいから嬉しいと言っているだけです」

「……まあ、あんたの言うことなら信じとくか」

 

 いつ以来か、トキノミノルが勝負服に身を包んでそこに居た。万全な状態で日本ダービーを走るのは、トキノミノルにとっても初めての経験だった。とんとんと爪先で芝を叩き、かつての感覚と擦り合わせようとしながらの発言ではあったが、二人はすぐに矛を収めた。

 それに、マルゼンスキーがトキノミノルの更に向こう側にいた三人に向けて手を振りながら楽しそうに話しかけたことで形は無いにしても追証がなされてしまったこともあるだろう。

 

「みんな久し振り!あの有馬で一緒に走れなくって、残念に思ってたのよ?」

「……ええ、私もですよ、マルゼンスキー先輩」

 

 TTGの一人、トウショウボーイが様々な感情を載せた視線でマルゼンスキーを睨みつけ、それをマルゼンスキーが真正面から受け止める。トウショウボーイの後ろではテンポイントとグリーングラスがマルゼンスキーに向けて笑顔を向けていた。

 

「でも、今回はあたしが勝たせてもらうわね?」

「それはできない相談です。勝つのは私だ」

「いやいや私だって」

「私もお忘れなく~」

 

 笑顔と闘志が混じった競争者の顔が向けられ、マルゼンスキーは背筋にゾクゾクとしたものが走るのを自覚した。

 現役中、終わりごろでは誰もが自分とのレースを避けていた。しかし今この場では、誰もが勝利を目指して、マルゼンスキーに勝つ気でこの場に立っている。こんなに嬉しいことはない。

 

 そして統界帝王は、じっとレースが始まるその時を待っていた。

 敵は強大。神話に伝説、本物の神。しかしそれでも、帝王が足を止める理由にはなりはしない。

 

(勝つのは───ボクだ)

 

 周囲の音が聞こえる程度に集中しながら、その時を待つ。

 




Q.具体的な能力とかどうなってるの?
A.正直考えてない……大雑把にしか。

Q.追加のアメリカウマ娘達がいないようですが?
A.急遽の参戦だったので急いで着替えたり何やらしています。

番外編のネタ(すぐ用意できるものに限る)

  • ナイスネイチャ+αのヒミツ(ウマ娘風)
  • ウィニングカラオケ(NN杯直後)
  • 『ハヤイ』という名の馬について
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