存在してはならなかった世界   作:真暇 日間

86 / 115
絶対に存在してはならない世界80

 

 美食研究会では、この世界ではあまり一般的ではない行為が義務付けられている。それは何かというと、歯磨きである。

 なんで歯磨きかと思ったかもしれないけれど、実のところこの世界では今まで歯磨きというのはほぼ必要がない行為だった。なぜなら人間が食べることができる食べ物の多くがメシマズかつ栄養が不足しているため口内で繁殖する菌の増殖速度が非常に遅く、水で口をゆすぐ程度で問題ないくらいにまで減らせていたからだ。

 だけどここしばらくのトレセン学園では勝手が違う。食べ物から得られる糖質や脂肪が増え、口の中に残留する糖も比例するように多くなっていく。そうなれば口の中で菌が繁殖するのは当然のことで、虫歯になりやすくなっている。

 これはある時期から名家にも増えてきている事だったらしいけど、歯磨きって物が無かったんだね。だってそんなのが無くても栄養不足で細菌の繁殖が抑えられていたから。

 ちなみにアタシがそれを知ったのは一年目で、歯を磨いている時にマーベラスが何やってるのか聞いてきたことが発端だった。そこから色々聞いて歯磨きの習慣と言うか歯を磨く必要性が無かったことを知り、でもそれだとこれから非常にまずいことになるのが目に見えていたので真っ先に美食研究会に広めておいた。

 聖蹄祭でのラーメン? まあほら、一回くらいだったら無しでも平気だからさ。そこから連続して栄養価の高いものを食べてるにも拘らず歯を磨かないなんてことをしなければ。

 

 そうやって広めはしたものの、初めのうちは上手に磨けないのは仕方ない。そもそも口に何かを入れるという行為に忌避感があるのがこの世界の基本なので、歯ブラシも最初はかなり嫌がられた。まあ無理にでも磨かせてもらったけど。

 そのうち大丈夫になってきて自分でやるようになったけど、慣れてないのもあって上手じゃない。磨き残しが結構あるし、菌が一気に増えて口臭が強くなったりもした。まあメシマズ物質の匂いに紛れてよくわからなかったけどね。

 なので一度みんなにしっかり磨いてもらって、それから歯医者とかで使われてる汚れだけをしっかり染める染料を使って磨けていない所を見えるようにして、アタシが綺麗にする。本人達にはこのあたり磨けてないんだなと自覚してもらって、次からしっかり磨いてもらう。

 そういうことを繰り返していたらだんだん上手になってきて、今ではまだ慣れてない娘たちの歯を磨いてあげられるくらいになった。当然、自分たちの歯もとても綺麗だ。

 

 虫歯はよくない。歯を食いしばって力を入れないといけない時にものすごく痛むし、普段から集中力を奪う。酷くなったら最悪死ぬしね。

 

 いや、ほんとに死ぬよ? 歯の外側から内側に菌が繁殖していって、髄に行ったら次は骨。そこまで行ったら全身に菌が広がっていくのは早い。ほんとに死んじゃうから気を付けて? と言うか、もしかしてなんだけどこれ最近になってそれなりにまずくない高栄養食ができてるらしいからそればっかり食べてる人は起きやすかったりしてない? 名家の人達大丈夫?

 

「大丈夫じゃないです」

「それで死んだ人います」

「ああならねえためか……仕方ない、磨くか」

「練習お願いしまーす」

「仕上げ磨きお願いしまーす」

 

 子供の面倒見てる気分だよアタシは。体格的にはまあ子供みたいなもんだしやってることも子供が磨いた後の仕上げ磨きだしで完全にそれなんだけども。

 歯磨きをマスターした人達、オグリ先輩やマーベラスたちも仕上げ磨きをしてくれているけど、人数が多すぎて大変。ほんと、もう少しちゃんと自分でできる人が増えてくれると嬉しいんだけどなぁ……。

 

「ねえシリウス先輩」

「ふぁ? らんあ?」

「……会長さんの無防備な口のなか磨いてみたいと思ったりしません?」

「うあいう」

「会長さんより早くマスターできればそういう機会もあるかなーっていうだけですけど? あ、このあたりあんまり磨けてないですね。奥歯の裏側。このあたりは大きく口を開くんじゃなくって半分閉じた状態で横に口を開いてやるとちゃんと奥まで入りますからやってみてください」

「ん……んぇー」

「そうそうお上手……はーいしゃこしゃこー」

「おああ?」

「他ですか? んー……強いて言うなら歯って縦に筋が入ってるんで磨くときに横にばっかり動かさないで縦にも動かしてみるのも大事かもしれないですね」

「ああっあ」

 

 ……この人、自分にできないことを聞くときには素直になるのは何なんですかね? まあそっちの方がありがたくはあるんですけども。こっちも教えるのが楽になりますし?

 ただ、会長さんはもう自分で十分にできるようになってるんだけど、自分でできる人数を増やせるんなら悪いことじゃない。シリウス先輩はシリウス先輩で自分について来てる娘さんたちの歯を磨いて実力をしっかり発揮できるようにしてあげられるし、悪いことはないはずなんだけど……いやーな顔されそうな気もする。それでも手伝っては貰うけどね。だって人手が不足してるんだもの。

 

「はいじゃああっちで口濯いで来てくださいね。無駄遣い厳禁ですよ」

「んんっんん」

 

 アタシの膝から頭を上げて蛇口に向かっていくシリウス先輩。コップ一杯分の水で口をしっかり濯いで歯ブラシも洗って、自分用として置いておく。

 ……棚、増築しておいてよかったなと思う。まさか個人用の歯磨きセットがこんなに並ぶようになるなんて、美食研究会が設立したばっかりの時には想像すらしてなかったもんね。いやぁ、驚きですなぁ。

 




Q.オカンやん。
A.まあ、子供何人も育ててきてますからね。

Q.歯磨き……そう言えば重要よね。
A.そうなんですよ。重要なんですよ。今の今まで描写忘れてましたけど。

番外編のネタ(すぐ用意できるものに限る)

  • ナイスネイチャ+αのヒミツ(ウマ娘風)
  • ウィニングカラオケ(NN杯直後)
  • 『ハヤイ』という名の馬について
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。