平成初期のバブル時代に作らた、華美な装飾が見られるホテルの一階には、たいていレストランがあるというジンクスがある(根拠はない)。そんなレストランの窓際の席に座っているパンツスーツ姿の記者がいる。湯気の出ているコーヒーカップを側に置き、手帳に何かを熱心に書き込んでは、考え込むように頭を抱え、そしてまた急に書き出して……のループをしている。俺の待ち合わせの相手だ。
「あ、トレーナーさん、こっちです!」
俺の姿に気づいた記者──乙名史悦子は大きく手を降って此方に来るようにジェスチャーする。彼女の声に反応した周りの人々が此方と彼女を交互に見る。少々恥ずかしい。
──
席につき、軽い雑談をしてから、今日の目的であるインタビューが始まる。こういったウマ娘のレース関連のインタビューは、本人に取材が回ることが比較的多いが、特に話題性のあるトレーナーや人気のあるトレーナーであったりすると、本人を凌ぐ勢いで取材などの申し込みがあるらしい……まあ俺の場合は単に乙名史記者が前々から取材してくれていた縁に過ぎないのだが。
「本日はよろしくお願いします」
机の上にレコーダーを起き、彼女自身もメモ帳を構え、万全の状態でインタビューが始まる。
「やはりネオユニヴァースさんの次走は大阪杯でしょうか?」
「そうですね、前走までどうも惜しい勝負が続いているので、ここで一度……って感じですね」
この間のジャパンカップでは惜しくも4着。ダービー以来彼女に白星をあげることができていない。ダービーのときは、正直に打ち上げると自分の目を疑った。新人トレーナーの俺がいきなり2冠ウマ娘を輩出したのだ。惜しくも3冠を取ることはできなかったが、必ずやネオユニヴァースを勝たせたいと強く思うようになった。
「ありがとうございます……大阪杯への意気込みをお願いできますか?」
「ユニバースが必ず勝ちます。私が勝ちに導きます」
──
その後一時間ほど取材は続いた。日は傾き、ホテルの外に出ると、師走の寒さが体を襲った。
「本日はありがとうございました!いい記事がかけそうです!」
ムフー、と意気揚々な乙名史さん、かわいい。そう、忘れがちだが此の人は裏で「美人すぎる美人記者」と呼ばれているくらいに有名なのだ。
「それでは、また今度お願いします」
俺の手を取って強い握手をする。
「わ、わかりました」
此の人今若干興奮状態じゃないかな。
時間帯を考慮して、乙名史記者を送ろうと思ったが、「トレーナーさんに、お手を煩わせるわけにはいかないです」と言われ丁重に断られた。
その後、ホテル前で乙名史記者と別れた。
──同時刻
放課後の時間帯となり、トレセン学園近辺の街では学園生の姿が散見される。河原でジョギングをする生徒……商店街で買い物をする生徒……そして、もちろん「とあるホテル」の前にもウマ娘がいた。
「あれって確か……ネオユニちゃんのトレーナーさんと……女の人かな?」
その二人の姿を目撃したのは、偶然にもネオユニヴァースと同じクラスの生徒であった。
年頃の少女が、ホテル前で女性と男性のペアを目撃したたときに、想像することは、たいてい想定がつく。
「あ…………」
何かを察した表情になり、そして赤面する。
「……急いでネオユニちゃんに知らせないと!……」
──
「おはよう」
「おはよう……トレーナー……」
翌日、トレーナー室へ行くと、少々機嫌の悪そうなネオユニヴァースがいた。表には出さないように努力をしているのか、耳や尻尾にはその表情は表れていないが、オーラが、機嫌の悪さを物語っていた。
ここ数日のネオユニヴァースは、足の休息も兼ねて特にトレーニングの予定は組まずに、過去のレース映像の分析をすることにしている。よって自然とトレーナー室にいる時間が長くなり、彼女も長くいることを想定してか、お菓子などを持ち込むようになった。
ネオユニヴァースが好きなお菓子はジェラートやティラミスなどの欧州(特にイタリア?)のお菓子のようだ。少し前に、イタリアの旅行雑誌を持っていたし、イタリアに行ってみたいのだろうか。
俺ものんびり書類整理などをしていると、ぼそっと、彼女から質問が投げられた。
「ホテル……行った?」
「うん、行ったよ」
昨日の取材を思い出す。
「いやあ、乙名史記者の話が長くt──」
「やっぱり」
やっぱり?
「やっぱり、女の人とHTL行ったんだ……」
HTLというのはホテルのことだろう。しかし、その言い方だと誤解があるような気がするのは気の所為だろうか?
「?……ユニさん?なにか勘違いしてません?」
「してない。無節操トレーナーは、昨日女の人とHTLに行った……違う?」
わざわざ「無節操」なんて言葉を使っているあたり、なにか怒っているのだろう。何に怒っているのだろうか?やはり彼女に取材のことを伝えずに行ったことか?それとも長い時間取材受けてて、ユニヴァースに時間をトレなかったことだろうか?
「違くはないですが、違いまs」
「そうでしょ?なら、パニッシュメント(罰)、だよ」
間髪入れずに攻めてくるネオユニヴァース。彼女が何をここまで駆り立てるのだろうか。あと罰ってなんだろう。
「ん」
彼女から、パスポートと飛行機のチケットを渡される。
「なにこれ?……俺のパスポートと……イタリア・ローマ行きの飛行機?」
「行くよ」
「え?今から」
「うん、拒否権はない」
ええ……、などと困惑困惑しているうちに、手を取られる。
「ほら、行くよ」
ウマ娘のパワーを以てすれば、成人男性の抵抗などないに等しく、そのまま学園外に連れ出される。
「諸々の準備は【INKAI】がやってくれてるから、無問題」
そう言ってユニヴァースは、いつ予約したのかわからないタクシーに俺を乗せる。
なぜ、急にネオユニヴァースがキレたのか、そしてなぜイタリアに行くのかは謎だが、それより一番の謎は、
【イタリアへ行くまでの手際が良すぎる】ことだ。まるで「誰かが裏で糸を引いているような」……
──同時刻
「うまく行ったようですね。大成功だ」
遠征支援委員会と書かれた教室に、一人小柄なウマ娘が、窓の外を見ながら呟く。
しばらくしてからガラガラ、と教室のドアが開けられる。
「あのっ、ここで【旅行】の相談ができると聞いたのですが……」
緊張気味に訪れてきた学園生は質問をする。
小柄なウマ娘はそれに対してニコッ、と微笑みながら応じる。
「ええ、合っていますよ。目的地と時間さえ教えていただければ、手筈はこちらで整えますので」
「何なりと、お申し付けください」