暇潰しになってくだされば幸いに思います。
俺は今、全速力で走っている。
……だからどうしたと言われれば話が進まないので、この際そういう疑問は割愛していただきたい。
それはともかく、俺は全速力で走っていた。
――前方に走る、ツタージャを捕まえるために
それだけではどうしてそんな状況になったのかわからないので、簡潔に説明させてもらうと……。
俺——グリードは、ホウエン地方では最大の、世界でも指折りのポケモン育成機関である、『イルミナ学園』に向かうためにイルミナシティを歩いていると。
「おっ……」
俺の真ん前に、ちょこちょことあるポケモンが姿を現した。
名前は確かツタージャ、くさへびポケモンと呼ばれるここから遠く離れたイッシュ地方に生息するポケモンだ。
ポケモンに関して知識ゼロな俺だけど、イッシュ出身だし割と有名なポケモンだから知っている。
「………タジャ?」
俺に気づいたのか、ジト目を上目遣いで向けてくる姿は、なかなかに愛嬌がある。
というか可愛い、愛着が湧いてきそうだ。
「お前、主人はどうしたんだ?」
そう訪ねながら、頭を撫でてやりたいと思ったのでしゃがんで近づくと。
「———タジャ!」
「へ———おぶっ!?」
いきなりツタージャのつるのムチが俺の顔面にヒットした。
〜〜〜〜っ、正直、泣きたいくらい痛い。
ポケモンの技を受けて痛いだけで済んでる辺り、このツタージャも一応の力加減ができるようだが……痛いもんは痛いのだ。
「お、お前……何すんだよ!!」
「タジャ」
抗議するが、ツタージャは素知らぬ顔でそっぽを向く。
っ、こいつ………!
「上等だ……捕まえてくすぐりの刑にしてやる!」
………。
と、まあ。そんな事があったわけで……。
現在、ツタージャを追いかけているのである。
「——捕まえた!!」
「タジャ!?」
ようやく追いつき、その小さな身体を抱きかかえた。しかし……。
「ツター……ジャ!!」
「おぶふっ!!」
ツタージャの右手が緑色に輝き、おもいっきり頬を殴られてしまった。
その衝撃は先程のつるのムチの比ではなく、そのままぶっ飛ばされ後ろに倒れ込む。
その隙に、ツタージャは俺の腕から離れ。
「………タジャ」
小馬鹿にしたような鳴き声を、上げた。
「…………」
もう……マジで怒った。
立ち上がり、再び逃げるツタージャを追いかける。
端から見ると怪しさ全開の光景だが、幸か不幸かそれを咎める者はいない。
というか、さっきより速くなってるぞあのツタージャ!!
「っ、あいつ……」
追いかけていくと、ツタージャはイルミナ学園の校門をくぐってしまった。
おいおい、いいのかよ勝手に入って……。
とは思ったが、とにかく捕まえるのが先決だと自分に言い聞かせ、俺も学園内に入った。
……。
「——くっそー……見失った」
散々追いかけたのだが、あのツタージャがチョロチョロと複雑な走り方をしたものだから、撒かれてしまった。
というか……ここはどこだ?
キョロキョロと辺りを見回すが、ツタージャどころか人っ子一人いない。
……もしかして、迷子になった?
「うわ……どうしよう」
今日からここで厄介になるので、当然ここの地理はない。
すなわち……自分が何処にいるのかわからないわけで……。
学園内で迷子になるなど恥ずかしい以前の問題じゃないかー、と嘆きたい気持ちだったが。
「――君、こんな所で何してるの?」
「えっ……?」
後ろから声を掛けられ、すぐさま振り向く。
するとそこには……俺と同じくらいの少年が立っていた。
艶のある肩まで切りそろえられた赤い髪に、ワインレッドの瞳。
背は俺より低いけど、決して低すぎるわけでもない。
穏やかな表情で、僅かに笑みを浮かべた顔は、つい見惚れてしまうくらい綺麗に映った。
「――あっ!!」
「えっ?」
「お前……ようやく見つけたぞ!!」
そう言いながら、俺は少年に近づく。
しかし、俺は少年に対してそんな事を言ったわけではなく……彼に抱きかかえられているツタージャに言ったのだ。
「お前な、ちゃんと謝れよ!」
「…………」
がーっ、と怒る俺にも、ツタージャは何も言わずに相変わらずのジト目で俺を見つめるのみ。
……ちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。
「ねぇ、このツタージャが何かしたの?」
「お前、こいつのトレーナーか?」
「えっ……」
「こいつ、いきなり俺につるのムチで攻撃してきやがったんだ。
しかも次は……よくわかんない技で殴られたし」
そういえば、さっき頬に受けた技は何だったんだろう。
はたくとはちょっと違ってたと思うけど。
「……そうなの?」
少年がツタージャに問いかけると、悪びれもなく頷きやがった。
「ごめんね、僕はこの子のトレーナーじゃないけど……本当にごめんなさい」
「えっ、あ……いや、だったらお前が謝る事ないだろ?」
ぺこりと頭を下げてくるが、トレーナーじゃないなら俺に対して謝る必要はないはずだ。
「うぅん。この子にトレーナーはいないんだ。
でも僕が面倒を見てるから、ちゃんと謝らないと」
「えっ、トレーナーがいないって……じゃあコイツ、野生のポケモンなの?」
「そうだよ。いつからかこの学園に迷い込んできて……僕が面倒を見る事になったんだ」
「へぇ……大変だな、こんなんの面倒を見るなんてさ」
「タジャ、ツタジャ!!」
指さすと、ツタージャが暴れ始めた。
こんなん扱いしたのが不服なのだろう、しかし訂正などしてやらない。
「でも凄いね、ツタージャから攻撃を受けるなんて」
「は?」
「この子、凄く頭が良くて警戒心が強いんだ、近寄ろうとするとすぐ逃げちゃうし。
でも攻撃をしたって事は、君を気に入ったって証拠だよ」
「なんでさ?」
「この子なりの挨拶なんだよ、僕もこの子のつるのムチを受けた事があるんだ。
でも自分を大事にしようとする人間にしか攻撃しないから……」
「ほぅ……ずいぶんドSなツタージャだな」
「照れ隠しなんだよ、素直じゃないから」
少年がそう言うと、ツタージャが否定するように暴れまわる。
「おい、めちゃくちゃ否定してるけど」
「照れてるんだよ。ほら、顔が赤くなってるでしょ?」
なるほど確かに、ツタージャの頬がほんのり赤く染まっている。
それに暴れるといっても全然弱々しく本気でない事がわかった。
「君、見ない顔だけど……新入生?」
「ああ。グリードっていうんだ、高等部一年の」
「グリード……僕はサクラ。サクラ・ファル・イルミナ、高等部二年だよ」
「えっ、先輩だった?」
「気にしなくていいよ、たかたが一年の違いだからね」
「そっか。……それにしても、女みたいな名前だな」
「えっ?」
「ほら、サクラって名前がだよ」
「………ああ、なる程」
俺の言葉を聞いて、サクラは苦笑を浮かべる。
はて……別におかしな事を言ったつもりはなかったが、どうしたのだろうか。
すると、サクラは俺にとって驚くような事を口にした。
「僕、これでも女の子なんだよ?」
と。
「へ? あ……」
そういえば、胸元には確かな膨らみが……。
「……君、意外といやらしいんだね」
「えっ!? あ、いや、違う!! ジロジロ見たのは悪かった、でも別にそういう理由で見てた訳じゃ……」
「ふふっ、わかってる。面白いなぁ君は」
「…………」
か、からかわれた……。
なんとなく悔しい、だけど立場的に俺が悪いから黙っておく。
「それじゃあグリード、そろそろ行こうか?」
「えっ、行くって何処にだ?」
「入学式にだよ。君一人じゃどうやって行けばいいかわからないだろ?」
「あっ、そっか……」
すっかり忘れてた、そういえば今から入学式だった。
それにサクラの言う通り、ここから無事に抜け出す自信はない。
「わりぃな、サクラ」
「気にしなくていいよ、それに……お礼を言うのは僕の方かもしれないし」
「えっ?」
後半の部分が聞き取れなかったので、聞き返そうとしたのだが。
「タジャッ」
「あっ」
「おっ……?」
いきなりツタージャがサクラの腕から離れ、俺の胸に飛び込んできた。
「ツタージャ……?」
とりあえず、しっかりと抱きかかえてやる。
だが、ツタージャは何も言わず顔を俺の胸に埋めるだけ。
「……よっぽど気に入ったみたいだね、君のことが」
「そうかなぁ……」
もしそうなら嬉しいが、先程の事を考えるととてもそうは思えない。
とりあえず頭を撫でてみた。おっ、さすがへびだけあってツルツルしてる。
「……タ、ジャ……」
少し嬉しそうな鳴き声が聞こえたような気がしたので、歩きながらも頭を撫で続ける。
(……ふーん。この人……化けるかも、ね)
そんな俺達を見ながら、サクラは優しげな笑みを向けていた……。
To.Be.Continued...