それではご覧ください。
アークと出会い、精霊から力を授かったハジメ。
まず彼が最初に始めたのは精霊が使っていいと言われた鉱石を調べることだった。
地上では見たことがない鉱石に興味を惹かれながらも、ハジメは有効的に活用するために一つ一つ丁寧に調べる。
どれも役に立ちそうな鉱石ばかりだったが、特に目を惹かれたのは二つ。
一つは精霊が宿っていた中央で青白く光り輝いていた"神結晶"と呼ばれる鉱石。歴史上でも最大級の秘宝であり、すでに遺失物と認識されている伝説の鉱物だ。
神結晶から生まれる"神水"はどんな怪我も病も治せる万能薬と言われ、飲み続ける限り寿命が尽きることがないとも言われている不死の霊薬だ。
もう一つは"燃焼石"という可燃性の鉱石。
ハジメは派生スキルの"鉱物系鑑定"で燃焼石が自分たちの世界にある火薬と同じ役割を果たしていることに気づいた。
それを知ったハジメは王国で製作ができないと断念したある物の作成に没頭する。
アークに精霊の力の使い方を学びながら、ハジメはオルクス大迷宮を攻略するために少しずつ準備を整える。
ハジメが奈落に落ちて二週間。
二人はついに大迷宮の攻略を始める。
「ハジメ、モンスターだ」
先頭を歩いて周囲を警戒するアークは後ろから付いてくるハジメを止める。
近くの岩陰に隠れる二人はゆっくりと顔を出す。そこには二尾狼が後ろ姿を見せながら奥に進んでいた。
「こっちには気づいていないようだな」
「だったら……」
ハジメはアークをその場に残して岩陰から出る。
音を立てないように岩陰を転々と移動しながら二尾狼に近づく。
「……よし」
ハジメは腰に付けていた物を取り出す。
全長は約三十五センチ。タウル鉱石を使った六連の回転式弾倉。長方形型のバレル。
音速を超える速度で最短距離を突き進み、絶大な威力で目標を撃破するハジメの世界に現存する現代兵器。
すなわち、大型のリボルバー式拳銃だ。
自分が持つ知識と何千を超える錬成を繰り返したことで作り上げたハジメの血と汗の結晶だ。
「っ!」
発砲。
タウル鉱石で作られた銃弾は二尾狼の身体を貫いた。
二尾狼は何が起きたのか理解できないまま、そのまま倒れて絶命する。
「よしっ!」
興奮のあまりガッツポーズをするハジメ。それを遠くで見ていたアークは微笑ましく見守っていた。
「上手くいったな、ハジメ」
「はい。これならば行けます。この迷宮を脱出できます!」
最初に会った時に見せた臆病な姿はどこにもなく、歯を見せるその姿は自信に溢れていた。
その後も順調に迷宮を進んでいく二人。
アークが剣を使って応戦し、ハジメが離れた場所から錬成と銃を使ってカバー。
即興ではあるものの二人は見事にお互いをカバーしながら、奥へと進んでいく。
(こうして一緒に戦っているからわかったけど……。アークさん、すごく強い)
前を歩くアークを見て、率直な感想を心で呟く。
銃のおかげで魔獣退治が勇仁たちとパーティを組んでいた時よりも楽になったが、それ以上にアークの実力が非常に高かった。
剣を使った近接戦。精霊の力を使った魔法戦。どれも非常にレベルが高く、光輝やメルド以上の実力を持っていると確信する。
(そういえば、石の精霊はアークさんのことを「精霊に選ばれた異世界の勇者」って言っていたような……)
そう考えていると、アークが足を止めたのに気づいて、ハジメも足を止める。
「あれだ」
指を指す方に目を向けると下に続く階段のようなものがあった。
「あそこから下に行けるんですね」
「あぁ。準備はいいな」
「はい……!」
二人は歩を進めて、地下に進む階段へと向かう。その時――、
――グゥゥウウギャァアアアアアアア!!
獣の咆哮。
憤怒と怨嗟が入り混じった雄叫び。
空気を振動させる絶叫に二人の足が止まった。
「い、今のはっ……」
背筋が凍りつき、顔を青白く染めるハジメ。
慌てて銃を抜いて辺りを見渡す。だが、特に何も起こらず、先程の声が嘘のように消えていた。
「……気のせい?」
遠くで魔物同士が争っていたのだろうか。そう考えたハジメは銃に戻そうとした時、
「! ハジメ!」
突然、アークはハジメを押し倒した。彼の行動に目を丸くするハジメは起き上がろうとするが、頭上に風が通り過ぎた。風は遠く離れた岩へと向かい、触れた瞬間、岩が粉々に斬り裂かれた。
「す、すみません」
「気にするな。それよりも……」
アークは風が来た方に顔を向ける。そこには見覚えがある魔物が顔を出す。
「あ、あいつは……」
失ったはずの左腕に痛みが走る。暗闇の中で光る赤い目が睨んでくる。長い爪が地面を擦っている。
「取り逃がした方の奴か」
銃を持つハジメの手がブルブル震える。息も知らないうちに荒くなっており、目も激しく揺れていた。
「ハジメ」
爪熊に追われた恐怖がハジメを覆いつくそうとするが、アークが彼の肩に手を置く。
「今の君は一人じゃない。俺が付いている」
アークは力強い言葉をハジメにかける。強い意志が籠った眼差しに震える手が収まる。
「一緒に行こう。俺たちの旅はまだ始まったばかりだ」
「……はい!」
隣にいる仲間の存在にハジメの心が軽くなる。ハジメはアークと共に魔獣の前へと立つ。
「……僕は帰りたい」
ハジメの目は真っ直ぐと魔物を見つめる。その口調も徐々に力が籠る。
「元の世界に帰りたい。そのためにも……」
ハジメは手を前に出して、銃口を魔物へと向けた。
「お前をここで乗り越える!」
声高らかに魔物に吠える。そこには普段の弱気な雰囲気はどこにもなく、向き合っていた魔物も一瞬、目を疑った。
「行くぞ!」
「はい!」
アークが前に出る。ハジメはその場で膝を着いて銃を持ちながら手を地面に置く。
「錬成!」
周囲の岩が形を変えて、投石器が列をなす。
迷宮に潜る前の彼ならば絶対にできなかった所業。だが、精霊の加護、そして、ハジメ自身の努力により、彼は十を超える投石器を大量に作り上げることができた。
「発射!」
装填された岩が一斉に射出される。上から降り注ぐ岩の雨を魔物は爪に纏わせた風の刃で引き裂く。
「ガラ空きだぞ!」
上を向いている魔物の腹にアークが剣を振るう。斬られた痛みに魔物は顔を降ろしてアークを細切れにしようと腕を振り下ろす。
ズガンッ!
雷が落ちたような爆音が迷宮内に鳴り響く。アークを襲おうとした爪熊の腕が宙を舞って後ろに落ちた。
突然の腕の喪失に爪熊は残った手で腕を抑えて悲鳴を上げる。それを一瞥したアークは後ろの方を振り向く。
「これでお相子だ」
そこには銃を構えたハジメがいた。彼が銃を使って魔物の腕を撃ち落としたのだ。その事実に魔物は無意識に身体を震わせる。
それは怒り。自分は彼の腕を斬り落とした。そして、そんな彼が今度は自分の腕を吹き飛ばした。因果応報ともいうべき結果。しかも相手は餌でしかなかった圧倒的弱者だった存在。
それが受け入れられず、魔物は痛みを忘れて、大きな怒号を迷宮内に響かせる。
「ハジメ、畳みかけるぞ!」
「はい! 錬成!」
再び、ハジメが錬成で武器を作る。今度は殺傷力が高い、設置型の自動弓――
「射出!」
石の矢が一斉に放たれる。魔物はアークを無視してハジメを殺そうと突進。矢の雨の中に飛び込んだ魔物に石の矢が突き刺さる。それでも足を止めない魔物は強引に突破してハジメの前に立った。
「させない!」
ハジメの前に立ち、襲い掛かる魔物をアークが迎え撃つ。振り抜かれた爪を刃で受け止めるアーク。だが、怒りでタガが外れた魔物の腕力がアークを吹き飛ばした。
ハジメは咄嗟に銃口を魔物に向けるが、それよりも速く魔物の爪がハジメを襲う。
撃つのをやめて、身体を捻ってギリギリ躱すハジメ。だが、腕は地面に叩きつけられて衝撃を生み出す。ハンマーにでも叩きつけられたかのような衝撃がハジメを襲い、アークと同様に吹き飛ばされる。
そんな中、魔物に吹き飛ばされたアークは中に浮いたまま剣に手を掲げて、力を解き放った。
「スローエネミー!」
風がアークを包み込んだ。飛ばされたアークは地面に静かに降り立ち、纏った風を魔物へと放つ。
意思を持つように動く風は魔物の周囲にまとわりつく。
爪で何度も風を斬り裂くが、風は魔物を覆いその動きを緩慢にする。
「決めろ、ハジメ!」
アークは叫ぶ。反響する声が響き、同時に地面を蹴る音が鳴った。
足を力強く蹴って走るハジメ。先程の衝撃で少しボロボロになっている彼は痛みを堪えながらも魔物に向かって突っ込む。それに気づいた魔物は咆哮を上げて腕を振るおうとするが、風が腕に絡まって身動きができない。
「喰らえ、マッドストーーーム!!」
周囲に散らばった石が礫となって魔物に襲い掛かる。石の嵐に呑み込まれた魔物は吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「あぁぁぅぅううおおおおおおお!!」
獣のように吠えるハジメ。それに呼応して嵐の勢いが強くなる。壁に磔にされた魔物にさらなる石礫が襲い掛かる。
全ての石礫が魔物を集中して狙い、後ろの壁に亀裂が走る。
それでもハジメは止まらない。限界ギリギリまで魔法を解かずに放ち続ける。
亀裂がさらに広がる。魔物の身体が壁に埋もれる。
「行っけぇえええええええ!!」
そして、壁が崩壊した。魔物は石礫に襲われながら、崩壊して崩れる岩に押し潰される。
大量の砂塵が周囲を舞い、限界を迎えたハジメは魔法を解く。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
膝を着いて息を整えるハジメ。顔を上げて魔物がいるであろう砂塵の中を覗く。
砂塵が少しずつ薄れていき視界が晴れる。そこに広がるのは大量の岩が積み上がった光景。魔物の姿はどこにもなかった。
「や……やった……」
「あぁ。よくやったな、ハジメ」
アークの手を借りて立ち上がるハジメは乗り越えたのだと実感を抱きながら、積み上がった岩の山を見つめるのだった。
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時間は少し遡る。
オルクス大迷宮へと向かい、想定外のトラブルに見舞われた勇仁たちは決死の撤退の末、何とか地上のホルアドに生還することができた。
だが、クラスメイトたちの顔はひどいものだった。
元の世界では経験したことがなかった命の危機。そして、その目で見てしまったクラスメイトの死。
自分たちもあんな風になっていたかもしれないと、異世界やら魔法やらで気分が有頂天になっていた一同はようやく自分たちの状況を理解した。
とても訓練できる状況ではないと考えたメルドはホルアドの宿屋で一泊した後、早朝に高速馬車で王国へと戻った。
一行は部屋に辿り着くと死んだようにぐったりと眠りについた。精神が体力以上にひどく消耗していたようだ。そんな中、勇仁は眠らずに部屋に用意されたベッドに座りこんで、深く考え込んでいた。
「ハジメ……」
勇仁の頭を過ったのは助けることができなかった仲間の姿。
助けを乞うような顔で自分に手を伸ばす姿が頭から離れられなかった。
「ちくしょう……、何も変わってねぇじゃねぇか」
組んでいた手が無意識に力が入る。
向こうの世界で旅をした時、目の前で誰かが死ぬところは何度も見てきた。その中には仲間の身内や友人と身近な人物もあった。
中でも、皆の心に深い悲しみを与えたのは仲間であるアークとククルの死だった。
世界を救うため、そして、懸命に生きる人類を守るために文字通り人柱となった二人。それを見た勇仁は師と離れ離れになった時と同じくらい大きく泣いた。
自分にもっと力があれば、もっと他にやれることがあったのではないのかと、あの戦いの後で考えなかった日はなかった。
もう二度とあんなことが起きないように、起こさせないようにするために、勇仁は元の世界に戻っても魔法の鍛錬を一日もたりとも欠かさなかった。
しかし、結果はこのありさま。仲間を守ることができなかった昔の自分と何も変わっていないことに悔しさで怒りを募らせる。
心が折れかけそうになる勇仁だったが、いつまでも後悔ばかりしているわけにはいかなかった。それ以上に厄介なことがあったからだ。
「……ザルバドっ」
世界を滅ぼそうと暗躍した闇の手先。死んだと思っていた因縁の相手が復活したことだ。
「この世界でいったい、何をしようとしてんだ」
人間族と魔人族の戦争は今も続いている。その裏でザルバドが何をしようとしているのかはわからない。
だが、これだけは断言できる。もはや、戦争などをしている状況ではない。それ以上の災厄がこのトータスで起きようとしている。
「それにあのモンスター……」
ザルバドが撤退する際に
本来ならばトータスに存在するはずのないモンスターがなぜいるのか。ザルバドの存在が嫌な考えを過らせる。
「まさか、他の奴らもいるっていうのか?」
向こうの世界では人工的にモンスターを作り上げる技術があった。そして、その研究を仕切っているトップを勇仁は知っていた。
「だとしたら、こんなところでジッとしているわけにはいかないな」
今後の方針が定まった。だが、ここで一つだけ問題がある。
「雫たちをどうするべきか……」
自分と同じくこの世界に飛ばされたクラスメイトたち。ザルバドがいる以上、この世界で安全と呼べる場所はそんなに多くはないだろう。自分たちがトータスに来る前からいたのならば、すでにいくつかの国が奴らの手に落ちていてもおかしくはない。
「だが、教会がそれを良しとするわけがない」
魔人族との戦争においての貴重な戦力。ましてや《神の使徒》として扱っている勇仁たちを自ら手放すなど教会は絶対にしない。ましてや、オルクス大迷宮の件で精神が参っている彼らを無理矢理、連れていけば、かえって足手まといになる。見捨てようなどすれば、教師である愛子が絶対に許さないだろう。
「ここはリリィやメルド団長に任せて、俺一人だけで……」
そう考えていると、外から慌ただしく走る音が徐々に近づき、勇仁の部屋のドアが勢いよく開いた。
「ゆ、勇仁さん!? いらっしゃいますか?!」
中に入って来たリリィは息を大きく乱しながら部屋を見渡し、勇仁の姿を見るなり、彼に詰め寄った。
「お、おい、リリィ。どうしたんだよ、そんなに慌てて……」
「そんなことよりも勇仁さん、今すぐにこの城からお逃げください」
走って髪や服が乱れていることもおかまいなしに、切羽詰まった顔をするリリィに勇仁の目が鋭くなる。
「落ち着け、いったい何があった」
落ち着かせようと優しく彼女の肩に手を置く勇仁。リリィは一度、深呼吸をすると、重々しい口調で彼に告げた。
「先程、教会が勇仁さんを異端者認定されました。今、あなたを処刑しようと教会と騎士団の精鋭がこちらに向かっています」
それは勇仁にとっては予想もつかなかった。そして、異世界で再び指名手配犯になってしまった瞬間だった。