アーク・ザ・ラッド T   作:魔ギア

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第八話 ベヒモス

 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。

 階段側に現れたのは、骨格だけの体に剣を携えた魔物――トラウムソルジャー。

 おびただしい無数の魔法陣から一体ずつ現れる。その数は、既に百体近くに上っており、今もその数を増やし続けている。

 退路を塞がれたことに顔を顰める勇仁だったが、それよりも反対の通路側に出た魔物に意識を向ける。

 巨大な魔法陣から現れた体長十メートルは超える魔物。兜のような頭部と炎を纏った角を生やした魔物。赤黒い光を目から放ちながら、鋭い爪と牙を打ち鳴らしていた。

 

「ベヒモス。いきなり迷宮最強の魔物とぶつかるとはな」

 

 メルドが呟いた魔物の名前を耳にして、勇仁は図書館で読んだ魔獣の図鑑を思い出す。杖を持つ勇仁の手が無意識に震えていた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 空気を引き裂かんばかりの咆哮。それにクラスメイトの大半が委縮する中、歴戦の戦士であるメルドは速やかに指示を飛ばした。

 

「アラン! 生徒たちを率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前たちは早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺たちもやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺たちも……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前たちでは無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、"最強"と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前たちを死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルド団長の鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 二人が揉め合っていると、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。

 迫って来る魔物にクラスメイトたちが悲鳴を上げる中、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――"聖絶"!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回っきりで、一分しか保てない防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。

 純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防いだ。

 

「ハジメ! 恵理! お前たちは先に撤退しろ!」

「勇仁君は?!」

「雫と一緒にあのバカを連れて行く!」

 

 衝突の勢いで橋全体が揺れる中、勇仁はハジメと恵理に指示を送った後、杖を掲げる。

 

「光を手に。"ライトエンチャント"!」

 

 瞬間、ハジメのボウガンと恵理の杖が眩い光を放つ。

 突然のことにハジメたちは目を丸くする。

 

「お前たちの武器と魔法に光属性を付加(エンチャント)した。アンデット族のトラウムソルジャーは光属性に弱い。あいつらを頼んだぞ!」

 

 そう言い残して、勇仁は雫と共に光輝たちの下へと走った。

 勇仁たちが向かっている中、ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 障壁は既に亀裂が入っており、砕けるのは時間の問題だった。メルドも加わり、四人で障壁を展開しているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ! もうもたんぞ! 光輝、早く撤退しろ! お前たちも早く行け!」

「嫌です! メルドさんたちを置いていくわけには行きません! 絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時にわがままを……」

 

 自分ならベヒモスをどうにかできると目で訴えてくる光輝にメルドは苦虫を噛み潰したような表情をしてしまう。

 自分の力を過信してしまっていると目に見えてわかる。戦闘素人の光輝たちに自信を持たせようと、まずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。

 

「光輝! 団長さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

 そこに勇仁たちが到着する。

 状況を把握した雫は、光輝の腕を掴んで諌めようとする。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まったことじゃねぇだろ? 付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

 しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」

「雫ちゃん……」

 

 苛立つ雫に心配そうな香織。

 そのやり取りを見ていた勇仁は顔を歪ませる。

 

(俺が言ったところで、状況が逆に悪化しかねないな)

 

 勇仁と光輝の中はどちらかと言えば悪い方だ。というより、光輝の方が一方的に勇仁の事を敵視、ライバル視している節がある。

 ここで勇仁が彼に何か口にしたとしても、それに反抗して、この場に留まろうとするだろう。

 どうやって説得しようかと考えていたその時、

 

「きゃあーーーー」

 

 女性の悲鳴に勇仁たちは一斉に振り向いた。そこには魔物に取り囲まれたカレンが尻もちを着いていた。

 

「たすけて、ゆうしゃさまーーーー」

 

 単調な声でピンチですよ、とアピールしているカレン。

 一目見れば、芝居をしていると誰もがわかる光景だったが、それを見た光輝は血相を変えた。

 

「待ってくれ、カレン! 今行く!」

 

 頑なにその場に留まっていた光輝は突風を巻き起こして、カレンの下へと向かった。

 あんな芝居に引っ掛かるのか、と呆れる勇仁だったが、カレンが取った咄嗟の作戦に内心で称賛を送る。

 

「メルドさん! 今のうちに!」

「わかった! すぐにこの場を――」

 

 撤退するぞ――そう言おうとしたメルドだったが、遂に障壁が砕け散った。

 厄介な障壁がようやく壊れて、ベヒモスが咆哮を上げる。再び、突進してメルドたちを押しつぶそうとする。

 

「怒りの炎よ」

 

 すると、ベヒモスの頭が爆発した。

 突然の不意打ちに後ろに下がるベヒモス。そこにさらに追い打ちがかかる。

 

「岩の魔弾よ」

 

 罅割れていた大橋の欠片が一斉にベヒモスに襲い掛かる。

 悲鳴を上げて、ベヒモスは倒れてしまう。

 

「な、何だ?」

 

 驚くメルドをよそに勇仁は杖をベヒモスに向けて前に出る。

 

「俺が時間を稼ぎます。その間に撤退の準備を」

「なっ、バカを言うな! 死ぬつもりか?!」

 

 先程の魔法が勇仁だと理解したメルドだったが、あまりにも無謀な提案に反発する。

 

「結界が壊された以上、ここで誰かが足止めをしなきゃ、全滅しますよ」

「それはわかっている! しかし、それはお前がやることじゃない!」

「圧倒的な体格さ相手に近接を持ち込むのはそれこそ自殺行為です。ステータス差が離れているのなら尚更です。俺なら、魔法を使って離れたところから足止めができます」

 

 勇仁の主張にメルドは黙ってしまう。彼の言っていることは筋が通っている。自分が行ったとしても数分も持たないだろう。

 

「だが、お前一人に任せるわけには……」

「その心配は無用です」

 

 話し終えると、勇仁たちの下にハジメと恵理が近づいてきた。

 

「勇仁君!」

「ハジメ、そっちは大丈夫か?」

「うん。天之河君のおかげで、状況が変わったよ」

 

 後ろを見ると、混乱していたクラスメイトたちは光輝の参戦で落ち着きを取り戻していた。

 

「でも、まだ一手足りないって感じ。たぶん、メルドさんが行かないと階段を突破できないと思う」

 

 恵理の言う通り、光輝が合流して動きは良くなっているが、クラスメイトたちは連携が上手く取れておらず、魔物の群れを突破できずにいた。

 

「メルドさん、ここは俺とハジメ、恵理の三人でやります。メルドさんは雫たちを連れて退路の確保を」

「待って、勇仁! 私も!」

「言ったはずだぞ、雫。あの魔物に近づくのは自殺行為だ。遠距離技を持たないお前じゃ無理だ」

「でも!」

「メルドさん、お願いします!」

 

 勇仁の必死な訴えにメルドは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間がない。

 

「……やれるんだな?」

 

 決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメと恵理。勇仁はベヒモスを睨んで杖を掲げた。

 

「まさか、お前たちに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

 

 メルドは渋る雫の手を掴み、彼女たちを引き連れて後ろに下がる。すると同時に、ベヒモスの前に出た。

 ベヒモスの視線は真っ直ぐと勇仁の姿を捉えていた。どうやら、自分に向けた魔法を放ったのが彼だとわかったのだろう。自分に歯向かった愚者を塵殺しようと、全力疾走で向かってくる。

 

「ハジメ、要になるのはお前だ! 恵理も無茶だけはするなよ!」

「わかった!」

「うん!」

 

 勇仁は二人の前に出る。迫って来るベヒモスを前に勇仁は臆することなく詠唱する。

 

「顕現せよ、聖なる巨人、我に力を――"インビジブル"!」

 

 詠唱を終えると、勇仁の背後に筋肉隆々の巨人が現れる。巨人は勇仁の身体の中へと入り、眩い光を纏わせる。

 ベヒモスは勇仁に向かって突進。それを勇仁は杖を構えて前に出る。

 

「おぉおおおお!!」

 

 激突。

 

 勇仁が振るった杖は、自分よりも遥かに巨大なベヒモスの身体を受け止めて見せた。

 赤熱化した角が近づくが、光の守りが勇仁の身体を覆い、火傷を防ぐ。

 

「恵理!」

「抑する光の聖痕、虚より来りて災禍を封じよ――"縛光刃"!」

 

 恵理は詠唱して、光の十字架をベヒモスに飛ばす。十字架に突き刺されたベヒモスは動きを止める。

 

「吹き荒れろ、氷結の暴風、凍てつかせよ――"ブリザード"!」

 

 動きを止めたベヒモスに勇仁は魔法を放つ。

 極寒の吹雪がベヒモスを襲い、その身体を凍らせる。だが、角に籠った熱が勇仁の氷を少しずつ溶かしていく。

 

「ハジメ!」

「"錬成"!」

 

 動きが封じられたベヒモスにハジメが近づき、ベヒモスの身体を石中に埋める。

 ベヒモスは抜け出そうと石中に埋まっていた頭部を抜こうとする。だが、周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して再び、埋める。

 

「南雲君、早くっ!」

「もう少し待って!」

 

 ベヒモスの動きを封じている恵理の顔色が少しずつ青くなっていた。彼女はベヒモスの強靭な力を抑えるのに、膨大な魔力を消費していた。すでに枯渇寸前でいつ倒れてもおかしくない。

 ハジメはペースを速める。ベヒモスが頭を引き抜こうと足を踏ん張ろうとすると、足元を錬成する。

 それを力づくで引き抜こうとするベヒモスだったが、突如、冷気が襲い掛かり氷漬けにされる。

 

「後詰めは俺がする! 埋めつくせ!」

 

 恵理の身体を支えて、魔法を放つ勇仁。彼の手助けのおかげで、ハジメのペースがさらに速くなる。

 恵理が動きを封じて、ハジメが身体を固定。そして、脱出しようとするところを勇仁が封殺していた。

 三人がベヒモスを足止めしている間、メルドは騎士団員と香織たちを呼び集めて、離脱しようとしていた。

 

「待って下さい! まだ、南雲くんがっ」

 

 撤退を促すメルド団長に香織が猛抗議した。

 

「勇仁の作戦だ! ソルジャーどもを突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する! もちろん三人がある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に三人が帰還したら、上階に撤退だ!」

「なら私も残ります!」

「ダメだ! 撤退しながら、香織には俺たちを治癒してもらわにゃならん!」

 

 メルドだけでなく、騎士団員たちもベヒモスが障壁を破壊した衝撃で負傷していた。軽く応急処置はしていたが、クラスメイトたちを守りながら、魔物たちと戦うとなると、万全な状態に整えなければならない。

 

「でも!」

 

 状況を理解した香織だったが、それでもなお言い募る。それにメルドは怒鳴り声を叩きつける。

 

「坊主たちの思いを無駄にする気か!」

 

 それを聞き、香織は泣きそうな顔で俯く。だが、ここで何もしなければ、メルドの言う通り、彼らのやっていることが無駄になってしまう。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――"天恵"」

 

 淡い光がメルドたちを包み込む。傷口が塞がっていき、徐々に回復する。

 メルド団長は、香織の肩をグッと掴み頷く。彼女も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続けるハジメの方に振り返った後、雫たちと共に撤退する。

 

「もう……ダメ!」

 

 とうとう魔力を使い切り、恵理はその場に崩れ落ちてしまう。だが、その寸前に勇仁が彼女を抱える。

 気を失っていることを確認した勇仁はベヒモスの拘束に集中する。

 恵理の魔法が消えてしまったが、ハジメの協力もあって、ベヒモスの身体は半分以上が石と氷で埋まっており、簡単に抜け出せない状態になっていた。

 勇仁は恵理を支えながら、チラリと後ろを見る。

 そこにはメルドと光輝の活躍で階段前を確保する全員の姿があった。どうやら撤退に成功したらしい。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。

 

「ハジメ! 次で終わらせるぞ!」

「わかった!」

 

 ハジメも後ろの様子を把握して、勇仁の指示に頷く。

 ハジメはすぐに動かせないように氷漬けにされた足元をもう一度、錬成で埋める。そこを勇仁が再び、氷で固定する。

 

「走れ!」

 

 勇仁はその場で杖を捨てて恵理を背負う。ハジメの前に立って、階段の方へと走る。

 二人が猛然と逃げ出してしばらくすると、閉じ込めていた氷に亀裂が走る。亀裂は徐々に大きくなり、最後は地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がった。

 憤怒の色が宿った鋭い眼光は己に無様を晒させた怨敵を探して、背中を見せる勇仁たちの姿を捉えた。

 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメを追いかけようと四肢に力を溜めた。

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージは無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 それを好機に勇仁たちは全力で走り抜ける。

 頭上には魔法が次々と通っていくため、頭を下げながら進んでいく二人。この調子ならば、上手くいく。勇仁たちの顔に余裕が生まれる。

 

 しかし、その直後、勇仁の表情は凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球が勇仁たちに向かってクイッと軌道を曲げたのだ。明らかに彼らを狙った一撃だ。

 

「くっ!?」

 

 恵理を背負っているため、魔法で防ぐことができない。勇仁は咄嗟に身体を傾けて、火球を躱す。

 だが、それは失策だった。

 

「がぁっ!」

「っ! しまった!」

 

 躱した火球は勇仁の後ろを走っていたハジメに直撃する。

 着弾した勢いで来た道を引き返すように吹き飛ばされてしまうハジメ。

 衝撃で平衡感覚を狂わされたハジメはフラフラしながら、少しでも前に進もうと立ち上がるとする。

 しかし、そこにベヒモスが角を赤熱化させて突進してきた。

 ハジメは霞む視界で迫りくるベヒモスを捉える。なけなしの力を振り絞って、必死にその場を飛び退いた。直後、ベヒモスの頭は大橋を突き刺して激震を引き起こす。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 そして、ベヒモスと同じく、ハジメも足場を崩されて奈落の底へと落ちていく。

 

「ハジメ!!」

 

 思わず手を伸ばす勇仁。だが、伸ばした手は届くことはなく、自分に手を伸ばしてくる友人の姿が消えるのを、ただ見ていることしかできなかった。

 

 

 ~~~~~

 

 

 ハジメが奈落の底に消えていく姿を、その場にいる全員はただ呆然と見つめていた。

 昨日までほぼ毎日、会っていた顔見知りが突然、消えてしまった。

 しかも、絶対に助かるはずがない最悪な形で。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

 

 真っ先に悲鳴を上げたのは香織だった。奈落に飛び込もうとする彼女を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。

 

「香織っ、ダメよ! 香織!」

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 二人を振り解こうと必死に藻掻く香織。その姿に周りのクラスメイトたちはどうすればいいのか、わからずオロオロしてしまう。

 

(ヒ、ヒヒヒ……! やったぜ、あの無能を仕留めたぜっ!)

 

 ただ一人を除いて。

 

(光月の野郎を巻き込めなかったのはあれだが、本命の無能は始末できて良かったぜ!)

 

 皆が顔を青ざめたりしている中、檜山は一人だけ誰にもバレないようにほくそ笑んでいた。

 

(アイツが悪いんだ。雑魚のくせに、調子に乗るから。……そうだ、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない!)

 

 彼の脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

 それは、迷宮に入る前日、ホルアドの町で宿泊していたときのこと。

 緊張のせいか中々寝付けずにいた檜山は、トイレついでに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。

 彼女に対して密かに好意を寄せていた檜山は気づかれないように彼女の後を追った。

 とある部屋の前に着いた香織は扉をノックし、中から出てきたのはハジメだった。

 それを見た檜山は頭が真っ白になった。

 光輝ならばともかく、自分より劣った存在(檜山はそう思っている)であるハジメが彼女の傍にいるのはおかしい。それなら自分でもいいじゃないか、と檜山は本気で思い始めたのだ。

 そして、ベヒモスを足止めして、こちらに向かってくるハジメたちを見た檜山は悪魔に魂を売り渡した。

 自分の適性属性である風の魔法を使わず、火の魔法を使ってハジメを襲った。

 あれだけ、大量の魔法が放っている中で自分の魔法がハジメに当たったなど、誰も気づかない。

 絶対にバレない。

 檜山は暗い笑みを浮かべながら、確信していた。

 

「フィッシュ」

 

 しかし、それは問屋が卸さなかった。

 突如、檜山の周りに赤い布が纏わりつく。

 

「な、何だ?!」

 

 突然のことに慌てる檜山だったが、そうしているうちに布は彼を縛り上げた。

 

「く、クソッ! 何だよ、これ!」

「捕まえました」

 

 布を振り解こうと暴れる檜山だが、まったくビクともしない。そんな彼の傍に一人の少女が歩み寄って来た。

 

「まさか、ここまで愚かだったとは。正直、ドン引きしてしまいました」

「て、テメェは?!」

 

 顔を上げる檜山が見たのは、据わった目で自分を見下すカレン・オルテシアの姿があった。

 

「カレン! 何をしているんだ?!」

「見ての通りですよ、勇者様。現行犯逮捕です」

「げ、現行犯?」

「はい。南雲様に魔法を放ったのは、この男です」

 

 彼女の告発に周りのクラスメイトたちは目を大きく見開いた。

 一方で、檜山は顔を真っ青にして口を走らせる。

 

「な、何言ってんだ?! 俺なわけねぇだろう!」

「そうだ、カレン! あれはただの事故だ! 檜山がそんな事するはずがないだろう!」

「いいえ、彼の魔法が南雲様に向かったのは、この目で見ました。たとえ、事故であろうと、彼の魔法が南雲様に当たったのは事実ですよ」

「だから、俺じゃねぇよ! だいたい、俺の適性属性は風だぞ! 火なんか使ってねぇよ!」

「おや? 私は一度も火の魔法が南雲様に当たったなんて、一言も言っていませんが」

 

 カレンの指摘に檜山の顔がひどく歪む。彼の口走りに周りから疑惑の視線が集まる。

 

「まぁ、あなたがやったのかどうか、これからわかることになりますが」

 

 カレンは懐からある物を取り出す。それは教会でよく見かける十字架だった。

 

「これより、ここは神の聖域。いかなる沈黙も、嘘も許しません」

 

 詠唱のように唱えるカレンは十字架を檜山の前に掲げて、彼に問いかける。

 

「質問します。南雲様に魔法を放ったのは貴方ですか?」

「そ、そんなの!」

 

 当然、やっていないと言おうとする檜山。だが――、

 

()()()()()!!」

 

 檜山の声が木霊する。それにその場が静寂に包まれる。

 

「え……、な、何で?!」

「言ったはずです。この場で嘘は許しません。次の質問です。どうして、南雲様を狙ったのですか?」

 

 カレンの質問に、今度は黙秘しようとする檜山。しかし――、

 

「き、気に入らなかったんだよ!」

 

 本人の意思を無視して、口が勝手に動く。

 

「あんな無能が白崎に……、香織に気にかけられるのが気に入らなかったんだよ! 天之河ならまだしも、何であんな無能で底辺な奴が香織と関わってるんだよ! あんな奴でいいんなら、別に俺でもいいじゃねぇか! 俺よりも劣っている無能が調子に乗っていやがったから、俺が天罰を与えてやったんだ! っっ!! 何で勝手にっ!」

「黙秘権も許されませんよ。まったく、聞くに堪えませんね」

 

 檜山の自己中心的な主張にカレンはゴミを見るかのように彼を軽蔑していた。

 

「カ、カレン、檜山に何をしたんだ?」

「私は何もしていません。したと言うのなら、この十字架ですよ」

 

 カレンは手に持った十字架を光輝の前に出す。

 

「これは教会が所有する"アーティファクト"の一つ。これを見た者は嘘をつくことも、沈黙することもできなくなります。異端審問などをする際によく使われますが。こんな形で使うことになるとは思いませんでした」

「じゃ、じゃあ、檜山の言ったことは……」

「真実ですよ。彼はくだらない嫉妬で、共に戦う仲間を奈落に落としたのです」

「そ、そんなことがっ……!」

 

 信じられなかった光輝は、彼女の意見を否定しようと頭を働かせる。

 だが、その前に勇仁が檜山に詰め寄った。

 

「檜山。俺からも一つ聞かせろ」

 

 勇仁は恵理を降ろして、檜山の顔を無理矢理、十字架の前に置く。

 

「あの魔法は最初に俺を狙っていた。いや、たぶん、俺を巻き込む形でハジメに撃ったんだろう。……俺を巻き込もうとしたのは何でだ?」

 

 それに対して、檜山は押さえつけられた顔を上げて、憎々し気に勇仁を睨みつけてた。

 

「あの無能にちょっかいかけている時に、毎回毎回、テメェが邪魔してきたからだよ! いつもいつも上から目線で見下しやがって! あんな無能を匿うようなクズが俺を見下してんじゃねぇぞ!」

「だから、ハジメのついでに俺を始末しようとしたってことか」

「そうだよ! 俺は悪くねぇ! 自分の身の程を弁えずに香織に近づくあの無能と、そんな無能を匿うテメェの自業自得だ! 俺は何も間違っちゃいねぇ!!」

「ふざけないでよ!」

 

 自暴自棄になって、何もかも暴露する檜山の下に一人の少女が近づいて来た。鈴だった。

 

「そんなことのために南雲君を、光月君を狙ったの?! もし、光月君に当たったら、エリリンも一緒に落ちていたんだよ!」

「し、知るか、そんなの! こんな奴に惚れたのが悪いんだろう! 俺のせいじゃねぇ。悪いのは、惚れさせた光月のせいだ!」

「っっ!! こっのぉぉ!」

 

 どこまでも他人のせいにする檜山に鈴は彼に殴りかかろうとするが、後ろから龍太郎が抑える。

 

「離してよ、坂上君!」

「落ち着けよ、谷口! 今、こんなことしてる暇ねぇだろう!」

 

 ベヒモスの時とは別の意味で混乱する現場。この場をどう収めようかと、メルドは必死になって思考を巡らせる。

 

「やはり人間とは愚かな存在だな」

 

 その時、男の声がフロアに響く。

 クラスメイトの誰かじゃない。全く聞き覚えのない声だ。

 

「今の……声は……」

 

 だが、勇仁だけはその声に顔色を険しくしていた。

 

「あそこ!」

 

 雫は崩壊した橋を越えて、通路側を指す。それに全員が振り向く。勇仁もまた、ゆっくりと顔を向ける。

 

「己の欲のために命の恩人を切り捨てるとは。どこまでも愚かで、醜い存在だ」

 

 そこにいるのは、側頭部にしかない髪と濃い髭を生やした中年の男だった。軍服を身に付けたその男は勇仁たちを冷めた目で見つめていた。

 

「な、なん……で……」

 

 男の姿を見た勇仁の声が震えていた。

 

『私はイレイナ。旅の魔女です』

 

 勇仁は思い出す。自分の師、イレイナとの旅々を。

 

『今日から私の事を、先生と呼びなさい』

 

 空っぽだった自分の心を埋めてくれた長く楽しい旅。

 

『我慢しないで、自分に正直になりなさい』

 

 つらいことはあった。

 

『よくできましたね。さすが、私の弟子です』

 

 嬉しいこともあった。

 

『カッコいいからです』

 

 呆れるようなこともあった。

 

『あなたを弟子にして、今は良かったと思っていますよ』

 

 流れ星のように一瞬で、輝かしい日々だった。だが――、

 

『ユウジ。いつか、どこかで、また会いましょう』

 

 そんな日常は容赦なく壊された。

 荒れ果てた大地。自分たちを襲ってくるモンスターの大群。

 慈しむ笑みを向けた後、離れていく師の後ろ姿。

 そして、師に相対し、モンスターを引き連れて近づいてくる男。

 

 そう、今、目の前でこちらを見ている男を。

 

「っっ!! ザルバドォォオオオオオオオオオオ!!」

 

 喉を引き裂くほどの怒号が迷宮内に鳴り響く。

 かつて、向こうの世界で戦った宿敵。

 最終決戦前にアークと勇仁たちの前に立ちはだかった魔王の配下。

 ロマリア四将軍の一人、ザルバド・グルニカ・トンガスタがそこに立っていた。

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