崩壊した大橋を挟んで相対する二人。
階段側にいるのは、深い憎悪を込めた目を向ける勇仁。
そして、通路側にいるのは、かつて勇仁たちが倒したロマリア四将軍の一人であるザルバドだった。
「誰だ、貴様は?」
名前を言い当てられ、ザルバドは勇仁の顔を見て眉を潜める。
その反応に勇仁は睨みを強くする。彼の突然の咆哮に騒いでいたクラスメイトたちは言葉を失い、睨み合っている二人を静観する。
「勇仁、どうしたの? あの人の事、知ってるの?」
今まで見たことがない彼の姿に雫は心配そうに問いかけるが、彼は何も答えなかった。
勇仁は懐を漁り、一本の木の枝を手に取った。
「目覚めろ、精霊の息吹、我が杖となれ」
枝がひとりで見る見る成長していく。
やがて勇仁の等身くらいはある一本の杖に変わる。
杖を手にした瞬間、彼を中心に魔力が溢れ出し、奔流となって周囲に巻き散らす。
「貴様……、その杖……」
勇仁が持つ杖にザルバドは目を見開き、改めて、彼を観察する。
黒の三角帽子と黒のローブ。木で作られた杖と白と黒の虹彩異色。
その姿にザルバドは見覚えがあった。しかも二度も。
一度目はロマリアの鉄クズ置き場。灰色の髪をした魔女の後ろでビクビクと震えていた少年の姿。
そして、二度目は自分の最後。宿敵であるアークの後ろで、怯えながらも自分に杖を向ける少年の姿を。
「アークと一緒にいたあの時の小僧か。随分と見違えたな」
十年という月日で正体をすぐに気づけなかったザルバドだったが、勇仁だと気づくと目が鋭くなった。ベヒモスとは比較にならない濃厚な殺気を正面からもらい、クラスメイトたちは委縮して、顔が真っ青を通り越して白くなっていた。
「まさか、このような形で出会えるとはな」
「なんで、お前がここにいる。いや、そんなことより、どうして生きている? お前は確かに……」
「あぁ、死んだな。アークと貴様らと戦い、そして、殺されたよ」
ザルバドの口から出た内容に全員が勇仁の方に振り向く。
ザルバドが一度、死んでいるというのも驚きだが、それ以上に、勇仁が彼を殺したことに言葉を失ってしまう。
「おい、光月! 今のはどういう意味だ?! お前はあの人を……、人を殺したのか?!」
だが、光輝だけは血相を変えて、勇仁に詰め寄る。近くで大声を上げられながらも、勇仁はザルバドから視線を外さなかった。
「おい! 何とか言ったらどうなんだ! お前は本当に……」
「うるさい」
勇仁は杖を光輝に向けて、風球をぶつける。不意打ちで吹き飛ばされた光輝は壁に激突して、そのまま気を失うのだった。
「仲間割れか? 先程の男は勇者と言われていたが、アークから鞘替えしたのか?」
「ふざけるな。寝言は寝て言え」
嘲笑うザルバドだったが、勇仁はすぐさま否定する。
「俺が勇者と認めているのはアークさんだけだ。あんな奴を俺は勇者と認めたことは一度もない」
向こうの世界で勇仁と共に旅をした仲間にして、リーダーだった勇者アーク。
元々は行方不明だった父を探すために旅に出たが、いつの間にか世界の命運を託されてしまった今の勇仁たちと同い年くらいの少年。
突然、重い使命を背負われてしまった彼は多くの痛みと苦悩を受けた。
生まれ故郷である村を壊されてしまった。
一つの村が焼き払われる光景を見てしまった。
ずっと、探し続けていた父を助けることができず、見殺しにしてしまった。
心が折れそうになり、逃げだしたいと思ってもおかしくはなかった。
だが、彼はそんな辛い現実から決して目を逸らすことなく、正面から向き合った。
時には悲しみ、怒り狂うこともあった。目を背けたい光景を何度も見てきた。
それでも、彼は逃げなかった。決して忘れてはならないと、その光景を目に焼き付けた。
そんな彼だからこそ、彼の痛みを分かち合おうと、彼を助けようと多くの仲間が集ったのだ。
悪いことが起きれば、自分を傷つけまいとご都合主義で現実から目を逸らす
だから、勇仁は光輝を勇者と認めることはできない。
「ザルバド。お前がどうやって生き返ったのかは知らないが、再び、俺の前に立ち塞がるのなら容赦はしない。……もう一度、お前を殺す」
杖をザルバドに向けて、敵意を示す勇仁。その姿を見て、ザルバドは深く感心していた。
「あの時の小僧がここまで成長しているとはな。子供とはいえ精霊に選ばれることはある」
ザルバドは踵を返して、通路側へと向かう。
「逃げるのか!」
「くだらん挑発はよせ。後ろにいる奴らを庇いながら、私を倒せると思っているのか?」
ザルバドの指摘に勇仁は舌打ちをする。たしかに、このまま戦えば雫たちも巻き込まれる。彼女たちを一人で守りながら戦うのは無理だ。
「安心するがいい。私は再び、貴様の前に立つ。それまで、ゆっくりと刃を研ぎ澄ませておけ。…………せいぜい、あの魔女のように抗えるくらいにはな」
「っ! 貴様!」
「それではまた会おう」
ザルバドはその場で指を鳴らす。すると、上空から複数の咆哮が木霊する。
「っ、ワイバーンか」
大きな翼を広げたモンスター――ワイバーンが群れを成して上空から降りてきた。
勇仁たちがモンスターに気を取られている間に、ザルバドはその場から退出するのだった。
「メルドさん! 殿は俺がします! 今すぐ、離脱を!」
「わかった!」
メルドはクラスメイトたちを連れて避難する。勇仁にはいろいろと聞きたいことはあるが、今はこの場から離脱することを優先した。
気絶した光輝は龍太郎が、メルドによって気を失った香織は雫が、そして、恵理は鈴が背負って、避難する。
一方で、檜山は拘束されたまま、カレンによって地面を引きずられながら連れて行かれるのであった。
「さて……」
勇仁はワイバーンを見上げながら、辛そうに眉を歪ませる。
目の前にいるのは向こうの世界で生息するモンスターたち。当然、トータスには存在しないはずのモンスターたちだ。
それがなぜ、この世界にいるのか。ザルバドの存在その理由を知らしめていた。
「……ごめんな」
モンスターたちに小さな声で謝る勇仁。唇を噛み締めていた彼は杖を持つ手の力を強くする。
杖先に膨大な魔力が集まる。魔力が球体となって、そこからビリビリと雷が生まれる。
「走れ雷、暴風となりて、敵を撃ち抜け――"サンダーストーム"!!」
雷光と轟音がフロアを支配する。雷が落ちる空をワイバーンたちは逃げ回り、勇仁は次の魔法を撃とうと詠唱を始めるのであった。
~~~~~
「うわぁああーー!!」
恐怖で支配された悲鳴が地下深くで鳴り響く。
檜山によって奈落の底へと突き落とされたハジメは息を荒らしながら走っていた。
背後から迫ってくるのは、二メートルはある熊だった。血管のような赤黒い線が体中を走り、足元まで届く太い腕と、三本の鋭い爪を持った魔物だった。
爪熊とも言うべき魔物は唸り声を出しながら、ゆっくりとハジメに追っていた。
なぜ、こんなことになってしまったのか。
必死に走り続ける中、ハジメの頭に走馬灯がよぎる。
奈落に落とされたハジメは壁から噴き出る滝に何度も飲み込まれ、運よく無傷で生還を果たした。
折れそうになった心を堪えて地上への脱出を試みるハジメ。だが、その先にあったのは恐怖と絶望の連続だった。
迷宮をさ迷ったハジメは中型犬サイズのウサギの魔物を目撃した。
気づかれないように身を潜めたハジメは、そこでウサギの魔物が拳法家顔負けのカポエイラを披露して、遭遇した狼の魔物たちの首をへし折り、頭部を粉砕する蹂躙劇を目にしてしまった。
それに震えたハジメは誤って音を立ててしまい、跳びウサギに見つかってしまう。
武器であるボウガンを失ってしまったハジメは魔法を駆使して逃げようとするが、跳びウサギの強烈な蹴りで腕を折られてしまう。
そのまま、跳びウサギに殺されてしまいそうになったハジメだったが、そこに件の爪熊が現れて、跳びウサギを一撃で葬ってしまった。
そして、今に至る。
絶対に勝てない、明確な死の執行者を前にしたハジメは、男の意地だとかそんなものを投げ捨てて、無様に逃げていた。
少しでも距離を取ろうと、限界を無視して走り続けるハジメ。だが、そんな彼を嘲笑うかのように爪熊は腕を振るう。
――ザシュ!
「っ、あ、あ、あがぁぁぁあああーーー!!!」
爪から放たれた風の刃がハジメの左腕を斬り裂いた。あまりの痛みに地面に転がり、悶えるハジメ。その間に爪熊は斬り落としたハジメの腕に口を近づいて食べ始めた。
「あ、あ、ぐぅううっっ!!」
汗と涙と鼻水で顔をベトベトに汚しながらも、ハジメはほふく前進のように身体を引きずりながら進んでいく。死にたくないという本能のみが、今の彼を限界まで引き出していた。
「グゥルアアア!!」
「れ、"錬成"!」
食べ終えた爪熊は食べ残しが逃げるのを見て咆哮する。爪熊の怒号を耳にしたハジメは無意識に魔法を発動する。
前にある壁に穴を開けてその中に避難するハジメ。
獲物を逃がしたことに怒りの咆哮をさらに上げる爪熊は、穴目掛けて爪を振るう。
「うぁあああーー! "錬成"! "錬成"! "錬成"!」
爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ばパニックになりながらも、少しでもあの化け物から離れようと連続して錬成を行い、どんどん奥へ進んでいく。
後ろから聞こえる恐ろしい音がどんどん遠ざかる。それでもハジメは前へ前へとトンネルを掘り続ける。
「……あっ」
ハジメは思わず立ち止まってしまう。後ろからの音は確かに消えた。だが、今度は前の方から音が聞こえた。
まさか、いや、そんなはずがない。これ以上の理不尽があるものか。
頭の中で必死にその考えを否定し続けるハジメ。しかし、その考えは、最悪の形で現実になってしまう。
前の壁にひびが入り、そこから巨大な爪が飛び出し、ハジメの腹を斬り裂いた。
「ア、ガァアアアアアアア!!」
穴が破壊されて元の場所に吹き飛ばされてしまうハジメ。腹から大量の血が吹き、地面にバラまかれる。
「あ……ぁぁ……」
もはや声も出すことができないハジメは顔を前に方へと向ける。そこには血がドッペりと付いた爪を舐める二体目の爪熊がいた。
(さ……最悪……だ……)
逃げた先に別の魔物が待ち構えているなど、最悪以外の何ものでもなかった。さらに、それだけではない。
「グゥゥ……」
自分を食おうと追っていた最初の爪熊が赤い目を光らせて、見下ろしていた。
その目に映る自分の姿をハジメは見つめる。目に光はなく、腹から血が止まることなく流れ続ける。
「ぃ……ゃ……」
無駄な足搔きだとわかりながら、ハジメは命乞いを漏らす。
だが、そんなことなど知ったことかと言わんばかりに爪熊の口が大きく開いた。
(た……たす……けて……)
もはや声も出すことができなくなったハジメ。だけど、彼は自分以外にいるはずがない奈落の底で助けを求めた。
魔獣の口が少しずつハジメに近づく。
そして――、
「危ない!」
突然、横から男の声が響いた。
そして、口が閉じる瞬間、ハジメの身体が大きく揺れる。
ハジメに向かって影が跳び込み、影は彼を抱えて爪熊から離れた。
「大丈夫か!」
男の声を発する影はハジメを地面に下ろして声をかける。腹から流れ続ける血を見て、男は顔を険しくする。
「すぐに助ける」
「……ぅ……」
ハジメは「後ろだ」と声を出そうとするが、上手く出なかった。
男の後ろから獲物を再び逃がした爪熊が二体目の爪熊と合流して、二体同時に男に襲い掛かった。
「邪魔をするな!!」
男は振り向きざまに腕を振るう。すると、それに応えるように突風が吹き荒れ、二体の爪熊を後ろに吹き飛ばした。
「じっとしているんだ」
男はハジメの腹に向かって手をかざす。すると、男の手から青い光が発する。
「ぁ……あ……」
沈みかけていた意識が少しずつ浮かび上がる。
青い光がハジメを包み込み、斬り裂かれた腹が少しずつ塞がっていく。それだけじゃない。斬り落とされた腕の痛みが引き、疲労していた身体が少しずつ軽くなっていく。
まるで、清浄な水に包まれて、汚れた身体と心を洗い流してくれるような潤いを感じる。
「これで大丈夫だ」
気づけば男の手から光は消えて、ハジメは回復していた。意識は完全に覚醒しており、痛みもまったくない。香織とカレンをも超える回復魔法にハジメは言葉を失っていた。
「あ、ありがとうございます。あなたは……」
「あぁ、俺は――」
男が名乗ろうとしたその時、後ろから咆哮が木霊する。
振り向くと、吹き飛ばされた二体の爪熊が歯を剥き出しにして、鋭い眼光で睨みつけていた。
「に、逃げましょう!」
「いや、逃げても、おそらく追いつかれる。……ここで倒す」
男は立ち上がり、腰に添えてあった剣を引き抜く。
ハジメは必死になって男を止めようとする。
爪熊の実力を見たが、とても勝てるような相手ではない。それこそ、クラスの中で一番ステータスが高い光輝でも勝つことはできないだろう。
「大丈夫だ」
だが、男の一声にハジメは止まってしまった。
男が大声を上げたからとか、黙らせたわけではない。
「俺にまかせろ」
男の声から感じる力にハジメは心から安心感を覚えてしまったからだ。
「火の精霊よ……、我が力となれ!」
炎が灯った。
男の剣から突然、炎が噴き出して、明かりを灯した。炎によって男の姿がはっきりと見えた。
真紅の鎧を身に纏ったハジメとほとんど変わらない年の青年だった。
短く切られた茶髪の髪と額には赤い鉢巻を付けていた。
(勇者…………)
青年の姿を見たハジメは無意識にそう思った。
迫って来る魔物に決して臆さず、堂々たる佇まいで向かい合う青年。
そのたくましさに、その勇ましさに、ハジメはおとぎ話に出てきそうな勇者が現れたと、幼稚な発想を思い浮かんでしまう。
爪熊は炎の剣を掲げる青年を捉える。爪熊はハジメから青年に標的を変えて、音を立てて走り出した。
それに青年は退かず、掲げた剣を逆手に持ち替えた。
「バーングラウンド!!」
炎の剣を地面に突き刺す。すると、突き刺した場所から赤い亀裂が地面を走る。亀裂は迫って来る爪熊へと向かう。そして、足元に着いた瞬間、巨大な火柱が地面から噴き出した。
「―――――――ッッッッ!!!!」
火柱に呑み込まれた爪熊は声にならぬ悲鳴を上げる。必死に藻掻く爪熊だったが、火柱から逃げることができず、その体が炎の中へと消えていった。
その姿を見てしまった、もう一体の爪熊は恐怖のあまり、ハジメたちに背中を向けて逃げ出すのだった。
脅威が立ち去ったのに安堵するハジメだったが、それよりも自分を助けてくれた青年に意識が持っていかれた。
「あなたは?」
魔物によって妨害された質問を再度、青年に聞く。
青年は剣を収めてハジメに近づき、今も燃え上がる炎を背にして手を差し伸べる。
「俺はアーク。アーク・エダ・リコルヌだ」
これが世界を救った勇者と、魔王になるはずだった錬成師の邂逅の瞬間だった。