拙作ではありますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
諸々が眠るべき時間に、彷徨い歩く人影があった。
その足取りは重く、覚束ない。
今。彼がいるその世界において。
その出で立ちは、格好のエサでしかなかった。
東方盾騎伝 ~The knight of silver~
――物語は遡る。
彼は騎士として、この世に生を受けた。
代々、皇家の護り手としての役割を担ってきた武門の一族。
彼は一族に待ち望まれた、希望の担い手だった。
父譲りの銀髪と、母譲りの碧眼。
成長するにつれ、希望は大きく確かな光を放った。
父は彼を深く愛した。
母もまたそれに劣ることのない愛情をもって接した。
時に言葉で。時に拳で。時に温もりで。
皇家ひいては国の守護者たる、栄誉ある家柄。
しかしそれゆえに伴う重苦をまるで感じさせない、幸せな家族だった。
時が経つにつれて。
父は彼を厳しく鍛えた。
母もまたそれに劣ることなく教養を叩き込んだ。
その家柄は、他者と決して同列に在ることのできないもの。
しかし彼は理解していた。
だから捻くれることなく、真っ直ぐに、父母の教えに従った。
家督を継ぎ、ゆくゆくは
それが自分の運命であるのだと。
自分も他人も、誰も彼もが、それを疑わなかった。
その運命を、嘲笑う者がいるなどと、知ることなく。
◇
「何か、言い遺すことはあるか?」
紅色の空の下、廃墟と化した街の残骸の中。
おそらく街の広場であったであろうその場所に、五つの人影があった。
絢爛豪華な衣を纏った男が、屈強な男二人に拘束され、力なく項垂れている。
問いかける男もまた、数多の修羅場を潜ってきたであろう貫禄を感じさせる。
「……どうしてだ。どうして、こんなことを?」
「ふむ。お前の座っていたところからは、この世は幸せなお花畑にでも見えていたか?」
「少なくともこの国は、この街は、皆が幸せであったはずだ!」
「やれやれ。そんなことだから、お前は今こうして這いつくばっているのだ。皇よ」
あまりがっかりさせてくれるな、と。
かつての敬うべき相手に対し、男は卑しく笑う。
「花畑には美しいものばかりが集まるわけじゃない。
見えないところに薄汚いゴミどもも寄ってくる。やがてすべてを枯らしてしまうような、な」
「ふん。それは、今オレの目の前にいるようなヤツのことか?」
「私はほんの僅か摘み取っただけだ。楽園そのものを枯れさせないための犠牲にすぎんよ」
「戯言を抜かすな中将よ! どうせ権力財力、ただ力の欲しさにやったまでだろう!」
拘束されてなお掴みかからんとする勢いで、皇と呼ばれた男は叫ぶ。
中将と呼ばれた男は意に介する様子もなく、冷めた目で皇を見下す。
「
「何が護り人だ! こうして謀反に加担している以上、逆賊以外の何者でもない!」
皇と共に代々続く家名を穢し貶めた、武人として恥ずべき、生き恥の塊よ!」
「……もう、語るべきこともないようだ。
皇よ。他に言い遺すことがなければ、処断を以ってこの聖戦は決着だ」
中将が視線で合図をすると、護り人と呼ばれた男が斧を構える。
その背格好は細身でやや上背がある程度だが、構える斧は重厚で大きく、
彼に操れる代物なのか疑わしくさえある。
しかし護り人は平然と、顔色ひとつ変えることなく得物を操り、皇の首に刃をあてがった。
「皇よ。私は汚名を被ってでもこの国を護ると決めたのだ。例え、鬼と呼ばれたとしても」
「笑わせるな! 鬼の支配で何が護れるものか!
オレの護るべきものたちを食い荒らした貴様らが、いったい何を護るというのだ!」
「その答え、あの世で眺めているがよい。さらばだ、皇よ」
中将の右腕が振り下ろされる。
一瞬の間の後。
風鳴りの音、ついで首の転がる音。
「聖戦は成れり。これより私は王として、護国の鬼と成ろう。
護り人よ、御苦労であったな」
王の労いにも、護り人は顔色を変えることなく。
ただじっと、その碧眼は変わり果てた皇の骸を見つめていた。
紅の空の下、廃墟と化した街の残骸の中。
――護り人が幻想郷へと迷い込む、十日前の出来事であった。
次回より、東方の世界へ。