傷付いた鎧。
所々、刃こぼれした斧槍。
かつて彼が冠した称号。
かけ離れたその姿、しかしその瞳は決して曇らず。
◇
昼夜もなく追い立てられて、何日が過ぎたのだろうか。
【
中将に言われるまま行動した結果、俺は中将――王から殺されるべき標的となっていた。
『常に気を許すことなく在れ』という父の教えを守り、自身の警戒を続けていたおかげで、
不意の夜襲から辛くも逃れることができた。
それからは追手とやり合う日々が続いている。
街中、平原、場所も昼夜も問わずに。
多勢を相手にここまで逃げ延びていられるのは、
それは、国一番の存在を護りぬく、国一番の武人の名前。
その称号に違わぬ教えのおかげで、俺はこうして生き延びていられる。
月夜の平原。
辺りは静まり返り、草木も眠る頃合いであろう。
這々の体で身体をなんとか引きずり歩く。
誰がどう見ても、とても皇の護り人とは思えない
それでも歩く。少しでも距離を離すために。
これほど見通しの良いところで止まっていては殺してくれといわんばかりだ。
せめて身を隠すところを見つけないことには。
だがしかし、妙である。
これほど見通しの良いところ、俺の記憶にない。
鬱蒼とした森を彷徨い歩き、身をひた隠して進んできたのだ。
記憶が確かなら、俺はまだまだ森の中を歩いていなければならない。
幸いなことに追手の気配もない今、一先ずここがどこかを確かめなければ。
「あは。あなたはきっと、食べてもいい人間だね」
それは突然のこと。
闇が、いきなり声を発した。
刹那、飛び退く。立っていた場所から、がちんと金属の噛みあうような不快な音がした。
「あれれ、避けられちゃったか。勘の良い人間だね」
闇が薄まり、金髪赤眼の少女がうっすらと姿を見せた。
宵闇を従え纏うかのような雰囲気に、思わず身体が総毛立つ。
残念だったなー、と。
けらけらと笑っているが、その瞳からは明確な殺意が放たれる。
「見たところ外来人かな。
そんな様子だと何処行ったって食べられちゃうから、大人しくわたしに食べられてよ」
幸いにして言葉は理解できるのだが、その内容は理解しがたい。
食べるという言葉と、先ほどの噛み合わせる音。
この少女と思しきモノは、異形の何かであろうか。
異形。
だとするなら。
為すべきは決まっている。
「断る。この命、異形に食われる為に生きてきたのではない」
「イギョウ? あのね、わたしは妖怪だよ」
「なんであれ人でないなら同じこと。そもそも、俺はこんなところを死に場所には選べない」
得物を構える。
身の丈を超える斧槍。
連日の逃亡劇により満身創痍、武具も傷み、とても戦える状態ではない。
だがしかし、例え死の間際であっても。
異形を前にしたならば、皇の護り人は。
「――護る為に」
全身全霊を以って、戦いに臨む。
「へー、やる気なんだ。人間が妖怪相手に。おまけにそんなぼろぼろなのに」
「異形相手にそう易々とやられはしない」
「イギョウっていうのがよくわからないけど、いっしょにしてたら痛い目みるよ?」
「そうか。そうだろうな。そのつもりだ」
闇に紛れようとする少女の心を目掛け、真っ直ぐに先端の槍で突く。
風を裂き狙い違わず貫くはずのそれは、しかし、空を切った。
「あぶないなー。服、破れちゃったじゃない」
何か不可思議を使ったかと思いきや純粋に避けたらしく、確かに胸元が破れている。
隙を突いて攻めてくるかと体勢を整えていたが、その様子は今のところない。
まさかいまので喰い気を失くしたか、それとも余裕の表れか。
「――あんまり怒らせないでよね。なるべく、綺麗に食べたいんだから」
ぞわ。と。またしても怖気立つ。
間違いなく、先程の考えが後者であることを悟る。
「外からのエサに弾幕ごっこなんて加減はしないよ。だからあきらめてね」
「生憎、こちらとてエサで終わるつもりはない。悪いが他を当たってくれるか」
「ヤダよー。こんな機会、そうそうないんだからね。それじゃあ、いただきます」
異形はまたしても闇に紛れる。逃すまいと今度は斧槍を横に薙ぐ。
響く甲高い炸裂音。金属のぶつかり合う手応え。
見れば剣のようなもので、斧槍の斬撃を止めていた。
見てくれは幼子であってもやはり異形か。これでも大の大人を切り離す程度の
「おおー、けっこう強いね」
「こうまで簡単に止めておいて言うことか」
翻し、槍先で連撃を試みる。
線ではなく点の攻めならば、剣で受け流すわけにはいかない。
しかしその悉く手応えなく、躱しきったところでお返しとばかりの袈裟斬り。
身体に叩きこまれた経験が、その斬撃を受け止めず、刹那の回避を選択する。
もしも人間相手にやるように受けたなら、斧槍はあっさり砕き切られたであろう。
異形もそのつもりだったようで、なにやら不満そうな表情を浮かべている。
先程の受け、そして一部ながら砕かれた鎧を見るに、相当な膂力の持ち主であることは明白だ。
「やっぱり勘の良い人間。誰かさんみたい」
「誰か?」
「うんとね、博麗の巫女。生き延びたら会えるかもね」
踏み込み、肉薄する剣の異形。
こちらは長柄、間合いを詰められるのは望ましくない。
だが、この規格外の速度は止めようがない。
瞬間、俺は得物を手放した。
異形の表情が変わるがその速度は不変のまま。
空手となった俺は斬撃を防ぐように右腕を掲げる。
「まずは腕からいただくねっ!」
先程の袈裟斬りがもう一度。
右腕への一閃、違えることなく腕を失うはずの一撃。
その一撃を、右腕が、押し止めた。
「……へ?」
異形の唖然とした顔。信じられないといった様子。
だが真実として、俺の右腕は妖怪の一撃を防いでいる。
否、防いでいるのは腕ではなく。
「俺は――護る為に在る」
それは、盾。
小型ながら、妖怪の刃を押し止める銀色の盾が、そこに在った。
◇
「これ、能力だよね。外来人なのに能力があるだなんて。もしかして妖怪じゃないの?」
「れっきとした人間だ。時に人から、時に異形から、護るべきものを護ってきた」
異形にも意地があるのか。
盾に止められた剣を引くことなく、力任せに断ち切ろうと粘っている。
「へぇ。じゃあきっとその辺の人間より美味しいはず……なんとしてでも食べなきゃ」
「さっきも言ったが諦めてもらおう。俺の死に場所はここではない」
とはいえ人外の力とあっては一筋縄ではいかない。
この盾を解いた瞬間、右腕は奴の腹に収まることが明らかだ。
維持しつつ打開する手立てを考えつかなくてはならない。
覚悟した矢先のこと。
その根比べは、突如として終わりを告げた。
――月から、
突如として、星が降ってきたのだ。
いわゆるEXルーミアのイメージです。