月明かりの下。
人間と妖怪の命の遣り取り。
一対一、決闘のようなそれは
月からの流星群で幕を引く。
◇
「星符『メテオニックシャワー』!」
それは、俺もろとも異形を飲み込み、押し流さんとする光の流星群。
俺は寸でのところで距離をとったが、完全に不意を突かれた異形は抗えず、
悲鳴と共に吹き飛ばされた。
「悪いなルーミア。でもな、人間が襲われてるのをほっとくと夢見が悪くなってよ」
次いで空から、箒にまたがった少女が得意げな顔で謝罪する。
吹き飛ばされたはずの異形の少女はすぐさま戻ってきて、箒の少女に文句をつける。
「ううー……ひどい。せっかく美味しそうな人間だったのに」
「次はもっとうまくやれ。人目につきそうにないところとか、いろいろあるだろ?」
「魔理沙が邪魔しなかったら最高の条件だったのに」
「いいや、わたしにバレる時点で最低の条件だったってことだぜ」
もっともあんたには最高だったかもな、と。
警戒を解かない俺に、金髪茶瞳の少女はけらけらと笑ってみせた。
「なるほど外来人か。なんだよルーミア、人間相手に手こずるだなんて、ちょっと
「それがこの人間、思ったより抵抗してきて。もうちょっとのところだったのに」
唇を尖らせる妖怪。
魔理沙、と呼ばれた少女は興味深そうにこちらを見ている。
「ふーん。確かに、今まさにってところだったな。
まるで偶然危ないところを通りがかったヒーローみたいだな、わたし」
にやにやと。楽しそうに。
魔理沙は俺をじっくり見回し、肩に手を乗せて言う。
「なぁ、お前。
命の恩人たるこのヒーロー霧雨魔理沙に、ちょっとばかりお礼をする気はないか?」
俺は、異形以上に厄介なものに捕まった気がした。
◇
今日の幻想郷において、外来人そのものはそう珍しいもんでもない。
だけど、生きたまま話を聞けるというのはそれなりに珍しい。
大抵の場合、もう妖怪の腹の中に収まっちまってて、
そこらに放り捨てられた外の品々を持ち帰る程度だ。
「よし、適当に座ってくれよ。
あぁ……悪いけど、わたしに医療の心得はないぜ。薬くらいは持ってるけどな」
確かこの辺だったかな。適当に見繕って、ビンを数本投げてやる。
いつぞやの実験で作った傷薬。効果はそれなりだ。
「とりあえず、身の安全は保証するぜ。ここなら妖怪も襲ってこない」
薬を使いなと顎で促すが、そのつもりはないらしい。
ついてきた割には、まるで警戒を解く様子もない。
もっともわたしが世話を焼く義理もないので、それ以上のことは言わない。
用件だけをストレートに伝える。
「わたしはお前の話を聞きたいだけだ。
外来人の知識、見識、なんでもいい。
とにかくお前の話を聞かせてもらいたいんだぜ」
両手を挙げてひらひらと、敵対する意思がないことを示す。
とにかく少しでも口を開いてくれればいいんだが。
壁に話しているみたいで疲れちまうぜ、まったく。
「……あんたの名前は、魔理沙、でいいのか?」
「おう。良かった、喋れないのかと心配しちまったぜ」
思ったよりも素直な反応に、少し頬が緩む。
さて何が聞けるかなと構えたところで、そいつはいきなり床に倒れやがった。
「すまない。少し寝させてくれ」
起きたら礼をすると言い、面食らったわたしが何か言うより早く、眠りやがった。
「……まぁ、とりあえず人間ってことか」
ルーミアと戦り合っていたのだから、てっきり魔法使いかなんかだと思ったんだがな。
擦り傷やらなんやら、泥やらなんやら。
これだけの汚れっぷり、本当なら蹴飛ばして外に転がしておきたいところだ。
「流れ星が落ちてきた……それくらい面白いことだといいんだけどな」
期待の外来人が起きるまで、さっき借りてきたものに目を通すことにした。
せめてこの借り物よりは面白いヤツであってほしいものだぜ。
まだまだ夜は長い。
わたしの欲求はとどまることを知らない。
一時間の眠りよりも一冊の本を選ぶ。わたしは妖怪みたく長生きじゃないんだ。
「だから死ぬまで借りたところで、大した問題じゃないだろ?」
呟き、本に記してある名前をなぞる。
アイツは今頃どうしてることやら。
◇
「……」
翌朝、まだ少々冷える頃合。
痺れを切らせた魔理沙が護り人を叩き起こす。
魔理沙お手製の食事も適当に済ませ、魔理沙はブン屋よろしく矢継ぎ早に質問を浴びせる。
護り人も少し落ち着いたようで、一つひとつに答えつつ、逆に魔理沙に尋ねることもあった。
魔理沙は、護り人のいた世界について。
護り人は、魔理沙たちのいるこの世界について。
幻想郷。
護り人は世界を違え、見知らぬ土地、どころではない。
異なる世界に迷い込んだことを理解する。
そして幻想郷の理を掻い摘んで語るうち、
魔理沙は『幻想郷には忘れ去られたモノが流れ着く』と口にした。
忘れ去られた。
その言葉が、護り人の心に、引っ掛かる。
「……あぁもう、こっちはいいや」
最初こそ気合十分、メモまでとらんとする魔理沙であったが、ほどなくしてメモを放り投げた。
護り人がどうしたと聞くと、お前には期待できそうな情報がないからだと言う。
なんでもいいと言いつつ、魔理沙が欲していたのは主に魔法の知識だった。
自分の魔法に活かせるような知識、知恵、その類。
しかし聞けど聞けども、自分にはほとんど縁のない、体術や武術の話。
痺れを切らして魔法はないのかと聞けば、魔法とはなんぞやといった返答。
そこでメモを投げ、魔理沙は露骨に大きなため息をついた。
「まぁ、話自体は面白いからいいけどな。まさか魔法のまの字もない世界とは」
「すまないな」
「いや、別にいいけどよ。あぁ……そういえば」
魔理沙ははたと気付く。
そういえば聞いていないことがあった。
「なぁ。アンタ、名前はなんていうんだ?」
ごく当たり前の疑問。人として聞いて当然の質問。
だが護り人は思いつめた様子で口元を一文字に結び、俯いてしまった。
魔理沙は首を傾げたのち、ああ、と声をあげる。
「心配すんなよ。別にアンタのことをどうこうしようと思っちゃいない。
わたしはアンタの事情なんて知ったこっちゃないし、首を突っ込むつもりもないぜ」
名前を知られることで、追手に捕まることを恐れたのだろう。
魔理沙はそう合点したが、護り人は首を横に振った。
「名前は、捨てた」
「ステタ? ふーん、なんだか変な響きだぜ」
「……そうじゃない。捨てたんだ。俺は自分の名前を放棄した」
「あぁそういう……って、捨てただぁ? 名前を? なんで?」
目を丸くする魔理沙に対し、目を閉じる護り人。
なんの感情も読み取れない表情のまま、護り人は、しばしの間をおいて口を開いた。
「皇の護り人となった時に、皇より名前を戴いた。
その皇に刃を向けねばならないと決まった時、俺はその名を捨てねばならないと、そう思った」
もとより、俺は護り人としか呼ばれなかったが。
だから名前などあってないようなものだろう、と。
魔理沙から見てせいぜい数年しか変わらないであろう、青年は言い放った。
そこには僅かな抑揚も、感情もない。
――その様が、あまりにも『彼女』によく似ていて。
魔理沙は一瞬、言葉を失った。
「……だが、名前がないのではこれから困ることもあるな。適当に考えることにする」
「あ、あぁ。そうだな、そうだぜ。うんうん」
思わずどもってしまい、魔理沙はいかんいかんと頭を振る。
護り人がきょとんとしているが、なんでもないぜと誤魔化す。
「それより。まだまだちゃんとお礼してもらうからな」
にやにやと。楽しそうに。
魔理沙は、護り人の時間を気が済むまで借りたのだった。
◇
それから。
魔理沙が満足し、護り人も幻想郷で無駄死にしない程度の知識を身につけた頃。
南に高かったはずの陽は、もう完全に沈みきっていた。
そして――夜が、降りてくる。
「見つけたぞ」