東方盾騎伝   作:アニュスデイ

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02.霧雨

 

月明かりの下。

人間と妖怪の命の遣り取り。

一対一、決闘のようなそれは

月からの流星群で幕を引く。

 

 

 

 

「星符『メテオニックシャワー』!」

 

 

それは、俺もろとも異形を飲み込み、押し流さんとする光の流星群。

俺は寸でのところで距離をとったが、完全に不意を突かれた異形は抗えず、

悲鳴と共に吹き飛ばされた。

 

「悪いなルーミア。でもな、人間が襲われてるのをほっとくと夢見が悪くなってよ」

 

次いで空から、箒にまたがった少女が得意げな顔で謝罪する。

吹き飛ばされたはずの異形の少女はすぐさま戻ってきて、箒の少女に文句をつける。

 

「ううー……ひどい。せっかく美味しそうな人間だったのに」

「次はもっとうまくやれ。人目につきそうにないところとか、いろいろあるだろ?」

「魔理沙が邪魔しなかったら最高の条件だったのに」

「いいや、わたしにバレる時点で最低の条件だったってことだぜ」

 

もっともあんたには最高だったかもな、と。

警戒を解かない俺に、金髪茶瞳の少女はけらけらと笑ってみせた。

 

「なるほど外来人か。なんだよルーミア、人間相手に手こずるだなんて、ちょっと(なま)ってるんじゃないか?」

「それがこの人間、思ったより抵抗してきて。もうちょっとのところだったのに」

 

唇を尖らせる妖怪。

魔理沙、と呼ばれた少女は興味深そうにこちらを見ている。

 

「ふーん。確かに、今まさにってところだったな。

 まるで偶然危ないところを通りがかったヒーローみたいだな、わたし」

 

にやにやと。楽しそうに。

魔理沙は俺をじっくり見回し、肩に手を乗せて言う。

 

 

「なぁ、お前。

 命の恩人たるこのヒーロー霧雨魔理沙に、ちょっとばかりお礼をする気はないか?」

 

 

俺は、異形以上に厄介なものに捕まった気がした。

 

 

 

 

今日の幻想郷において、外来人そのものはそう珍しいもんでもない。

だけど、生きたまま話を聞けるというのはそれなりに珍しい。

大抵の場合、もう妖怪の腹の中に収まっちまってて、

そこらに放り捨てられた外の品々を持ち帰る程度だ。

 

「よし、適当に座ってくれよ。

 あぁ……悪いけど、わたしに医療の心得はないぜ。薬くらいは持ってるけどな」

 

確かこの辺だったかな。適当に見繕って、ビンを数本投げてやる。

いつぞやの実験で作った傷薬。効果はそれなりだ。

 

「とりあえず、身の安全は保証するぜ。ここなら妖怪も襲ってこない」

 

薬を使いなと顎で促すが、そのつもりはないらしい。

ついてきた割には、まるで警戒を解く様子もない。

もっともわたしが世話を焼く義理もないので、それ以上のことは言わない。

用件だけをストレートに伝える。

 

「わたしはお前の話を聞きたいだけだ。

 外来人の知識、見識、なんでもいい。

 とにかくお前の話を聞かせてもらいたいんだぜ」

 

両手を挙げてひらひらと、敵対する意思がないことを示す。

とにかく少しでも口を開いてくれればいいんだが。

壁に話しているみたいで疲れちまうぜ、まったく。

 

「……あんたの名前は、魔理沙、でいいのか?」

「おう。良かった、喋れないのかと心配しちまったぜ」

 

思ったよりも素直な反応に、少し頬が緩む。

さて何が聞けるかなと構えたところで、そいつはいきなり床に倒れやがった。

 

 

「すまない。少し寝させてくれ」

 

 

起きたら礼をすると言い、面食らったわたしが何か言うより早く、眠りやがった。

 

「……まぁ、とりあえず人間ってことか」

 

ルーミアと戦り合っていたのだから、てっきり魔法使いかなんかだと思ったんだがな。

擦り傷やらなんやら、泥やらなんやら。

これだけの汚れっぷり、本当なら蹴飛ばして外に転がしておきたいところだ。

 

「流れ星が落ちてきた……それくらい面白いことだといいんだけどな」

 

期待の外来人が起きるまで、さっき借りてきたものに目を通すことにした。

せめてこの借り物よりは面白いヤツであってほしいものだぜ。

 

 

まだまだ夜は長い。

わたしの欲求はとどまることを知らない。

一時間の眠りよりも一冊の本を選ぶ。わたしは妖怪みたく長生きじゃないんだ。

 

「だから死ぬまで借りたところで、大した問題じゃないだろ?」

 

呟き、本に記してある名前をなぞる。

アイツは今頃どうしてることやら。

 

 

 

 

「……」

 

翌朝、まだ少々冷える頃合。

痺れを切らせた魔理沙が護り人を叩き起こす。

魔理沙お手製の食事も適当に済ませ、魔理沙はブン屋よろしく矢継ぎ早に質問を浴びせる。

護り人も少し落ち着いたようで、一つひとつに答えつつ、逆に魔理沙に尋ねることもあった。

 

魔理沙は、護り人のいた世界について。

護り人は、魔理沙たちのいるこの世界について。

 

 

幻想郷。

護り人は世界を違え、見知らぬ土地、どころではない。

異なる世界に迷い込んだことを理解する。

 

そして幻想郷の理を掻い摘んで語るうち、

魔理沙は『幻想郷には忘れ去られたモノが流れ着く』と口にした。

 

 

忘れ去られた。

その言葉が、護り人の心に、引っ掛かる。

 

 

「……あぁもう、こっちはいいや」

 

最初こそ気合十分、メモまでとらんとする魔理沙であったが、ほどなくしてメモを放り投げた。

護り人がどうしたと聞くと、お前には期待できそうな情報がないからだと言う。

なんでもいいと言いつつ、魔理沙が欲していたのは主に魔法の知識だった。

自分の魔法に活かせるような知識、知恵、その類。

しかし聞けど聞けども、自分にはほとんど縁のない、体術や武術の話。

痺れを切らして魔法はないのかと聞けば、魔法とはなんぞやといった返答。

そこでメモを投げ、魔理沙は露骨に大きなため息をついた。

 

「まぁ、話自体は面白いからいいけどな。まさか魔法のまの字もない世界とは」

「すまないな」

「いや、別にいいけどよ。あぁ……そういえば」

 

魔理沙ははたと気付く。

そういえば聞いていないことがあった。

 

「なぁ。アンタ、名前はなんていうんだ?」

 

ごく当たり前の疑問。人として聞いて当然の質問。

だが護り人は思いつめた様子で口元を一文字に結び、俯いてしまった。

魔理沙は首を傾げたのち、ああ、と声をあげる。

 

「心配すんなよ。別にアンタのことをどうこうしようと思っちゃいない。

 わたしはアンタの事情なんて知ったこっちゃないし、首を突っ込むつもりもないぜ」

 

名前を知られることで、追手に捕まることを恐れたのだろう。

魔理沙はそう合点したが、護り人は首を横に振った。

 

「名前は、捨てた」

「ステタ? ふーん、なんだか変な響きだぜ」

「……そうじゃない。捨てたんだ。俺は自分の名前を放棄した」

「あぁそういう……って、捨てただぁ? 名前を? なんで?」

 

目を丸くする魔理沙に対し、目を閉じる護り人。

なんの感情も読み取れない表情のまま、護り人は、しばしの間をおいて口を開いた。

 

「皇の護り人となった時に、皇より名前を戴いた。

 その皇に刃を向けねばならないと決まった時、俺はその名を捨てねばならないと、そう思った」

 

もとより、俺は護り人としか呼ばれなかったが。

だから名前などあってないようなものだろう、と。

魔理沙から見てせいぜい数年しか変わらないであろう、青年は言い放った。

そこには僅かな抑揚も、感情もない。

 

 

――その様が、あまりにも『彼女』によく似ていて。

  魔理沙は一瞬、言葉を失った。

 

 

「……だが、名前がないのではこれから困ることもあるな。適当に考えることにする」

「あ、あぁ。そうだな、そうだぜ。うんうん」

 

思わずどもってしまい、魔理沙はいかんいかんと頭を振る。

護り人がきょとんとしているが、なんでもないぜと誤魔化す。

 

 

「それより。まだまだちゃんとお礼してもらうからな」

 

 

にやにやと。楽しそうに。

魔理沙は、護り人の時間を気が済むまで借りたのだった。

 

 

 

 

それから。

魔理沙が満足し、護り人も幻想郷で無駄死にしない程度の知識を身につけた頃。

南に高かったはずの陽は、もう完全に沈みきっていた。

 

そして――夜が、降りてくる。

 

 

「見つけたぞ」

 

 

 

 

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