世界の限界を越える歌声   作:鳥籠のカナリア

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当作品は苗根杏さん企画、「バンドリ共通プロット企画」の投稿物になります。
本編全5話を毎日10時26分投稿していきますのでぜひぜひ。
企画時には、「グビカ・アークナイド」という名前で参加させていただいておりました


本編
第1話


 ことの発端は数日前の昼下がり。大学生の自分は遊ぶ金だろうと自分で捻出する必要がある。

 その点、知り合いから紹介されたライブハウスcircleのアルバイトは自給も高く、労力もそれほどいらない仕事ばかりで正直助かっている。このままこの場所から離れられずに社員として就職するのもいいのではないかと冗談交じりにでも思える程度には気に入っていた。

 

 ただ、続けているのは居心地がいい以外にしっかりとした理由がある。

 接客を別の人間に丸投げて店のラウンジで雑誌を読みふけっている女性に近寄る。

 彼女が読んでいるのは国内ではバンドをやっている人間ならば読んでいない人間は少ないくらい有名な音楽雑誌らしく、経費扱いでレジに打ち込んだ記憶が何度もあった。

 

「オーナー。休憩入ってもいいですか?」

「ん、ああ。ナツメくんか。お客さんもやっと少なくなってきたし構わないよ」

「今日は忙しくてかないませんね」

 

 俺の本名は夏目健一郎というのだが、だいたいの人はナツメと呼んでくる。どうやら健一郎という名前は通りが悪いらしい。

 

 本来であればライブハウスはイベントのとき以外はそれほど混まないのだが、今日に限ってはその前提は存在しないかのような盛況ぶりで昼過ぎにも関わらず休憩に入れなかった。

 

 もっとも、他のスタッフは休憩に入ってもらって自分の休憩を後回しにしていたから起きた悲劇なので誰を責めることも出来ない。それはそれとしてこの人も手伝ってくれてよかったのではないかと思うのは間違いじゃないだろう。

 

 オーナーだろう働け。

 

「まぁ、メジャーデビューバンドがうちを懇意にしてるって雑誌で広がったみたいだからねぇ」

「そうなんですか?」

「そそ。ほら見てみなよ」

 

 オーナーが差し出してきた雑誌の一ページにRoseliaというバンドに関することが書かれていた。こういう雑誌はあまり見ないのだが、これほどの特集を組まれるということは注目を浴びている証拠なのではないだろうか。

 

 少し目を通して、vocalの欄まで見たところでオーナーに返してため息を吐く。

 

 ここを拠点にしているガールズバンドだから今更確認することもない。お得意様の顔と名前を覚えないようでは接客業なんてやってられん。

 

「働いている側からすれば迷惑な話ですけどね」

「ははは。まぁ頑張ってくれよバイトさん。これでも期待してるんだぜ?」

「それだけ期待してるなら給料あげてくださいよ」

 

 この人一回殴ってやろうかな、と思うくらいのいい笑顔に呆れた視線を向けても一切動じない。

 チクタク、回る時計を見てこれ以上は付き合っていると貴重な休憩時間がなくなってしまうことを悟って話をさっさと切り上げることにした。自由に出来る時間はある場所に行くと決めているのだ。

 

 いつまでもオーナーの相手をしているわけにはいかない。

 

「……とりあえず休憩入りますね」

「うん、おつかれさま。……そういえば、友希那ちゃんはもう入ってるみたいだよ?」

「湊が」

 

 その名前を聞いて足を止める。その相手はこれから会おうとしている人間で、Roseliaのなかで一番接点のある人間。ただ、わざわざ名前を出されるほど親しい間柄だとも思っていないので、首を傾げる。

 

 ただ付き合いの長いだけの店員と利用者というだけのはず。

 

「なんで湊の名前が出てくるんですか」

「それは休憩の度に様子を見に行っているからじゃない? それに、友希那ちゃんが今日入ってるか聞いてきたんだよね」

「湊が……」

「なんの用だろうねぇ。お気に入りの子からのオファーなんだからちゃんとしなよ~?」

 

 どうせ来るときは毎回顔を合わせるのに彼女がわざわざ働いているか聞いてくるということは、おそらく用があるのだろうが心当たりがまるでない。

 おそらく長い話になるのだろうな、と思いながら渋い顔をしているとニヤニヤとまるで面白いものを見ているかのような腹の立つ笑顔を浮かべるオーナーの姿が見えてしまった。

 こうなったときの年上というのは面倒なことをこれまでの人生で知っている。

 

「……なんですか」

「ああ、いいやぁ? 別に? ちょっと嬉しそうな顔してたからさぁ?」

「色々言いたいことはありますが……」

 

 によによとした笑顔を殴って止めたいところでも、相手は一応雇用主。手を出すのはまずいので怒りを腹の内に収めてため息を吐く。

 

「……まぁ、ありがとうございます。ちょっと休憩長めでもいいですか?」

「どうぞどうぞ。青春しなよ若人よ。なんなら上がってくれてもいいよ~お姉さんは大歓迎だ」

「三十路の人がなんか言ってる……」

「あー! 私だって気にしてるんだから言うなよー! 相手よこせー!」

 

 青春を大切にしろ。多くの大人に言われるが、あまり実感の湧かない言葉だ。

 

 青春を気にするのは過ぎ去ったときを求めているからであって、その時間を過ごしている人間にとってはそれほど大切にも思えない。だから大事にしろと言われると、正直首をかしげる。今を大切にするのは当然で、青春だからというのは違うのではないだろうかとも思ってしまうのだ。

 これを言うとなぜか生温かい目を向けられるためボソリと言葉を落としてキッチンスペースに向かう。

 

 とりあえず昼食だけ簡易的に済ませなくてはこのあと動けなくなってしまう。

 

「飯はさっと済ませて……」

 

 お湯を沸かしながら自宅から持ってきた保冷バッグからおにぎりを取り出し咀嚼して嚥下する。自分のことはあとまわし。普通は逆だと周囲から注意され続けているのだが、自分では他人を優先しているつもりもないので自覚はない。

 

 それに朝食を多めに取ることにしているので健康上はともかくエネルギー量としては問題ない。

 これから話をするってときに消化にエネルギーを使おうとするとうっかり失言をしかねないので食べれないという方が正しい。

 

 消化にエネルギーを使って失言をしたことは一度や二度ではないし、その度にRoseliaの面々に正座させられている。仲のいい人間に対しては口が軽くなってしまう悪癖はこの歳になっても治らない。

 

「あー……まぁ、ティーポッドでいいか……」

 

 茶葉を入れて、適当にお湯も突っ込んでサッとフタをする。

 ベストドロップとやらを気にするのも面倒で、体感でおおよそ三分経ってからカップを二つ取り出す。一つは自分用、もうひとつはいつの間にか習慣になったもう一人のため。

 二つのカップに茶こしをセットして紅茶を注いでいき、片方にははちみつを加えてティースプーンでよく混ぜて完成。

 

 ライブハウスで出てくる飲み物としては上々だろう……と、いうよりも、紅茶用の道具を使ってまで紅茶を淹れようという人間はこのライブハウスに自分以外に居ない。

 

 あまりゆっくりしていると休憩時間が終わってしまう。

 さっとトレーに乗せて目的のスタジオに向けて歩き出す。

 通り道のスタジオから微かに漏れ聞こえてくる楽器の音はどこか楽しげで、青春を燃やす女子高生たちが頑張っている。

 

 そんな音たちを通り過ぎて、目的のスタジオで足を止めてノックしてから扉を開く。

 

「よっす」

「こんにちはナツメさん」

 

 特段驚くこともなく視線だけこちらに寄越して譜面台に向き直った。

 

 彼女は湊 友希那(みなと ゆきな)。件のメジャーデビューを果たしたバンド、Roseliaのvocal。腰あたりまで伸ばした絹のように美しい銀髪、鋭い視線からは想像も出来ないほどの透き通った金色の瞳。モデルと言われても納得出来るほどのビジュアルを持っている。

 彼女なくしてRoseliaは成り立たない中心人物だ。

 

 未だ分かりにくい表情から近寄りにくい雰囲気を感じるかもしれないが、最初よりは柔和になった。当初の力強さは鳴りを潜めて月のように穏やかな表情をすることが多くなり、今ではそれなりに長い付き合いならばどのような気持ちを抱いているのか分かる。

 本当に変わったとどこか他人ごとのように眺めていると不思議そうな表情を向けられる。

 

「なにかしら?」

「あ……いや……一人なのが珍しくてな」

「そうね。一曲書いたから、どう響くか確認したかったの」

「なるほど……納得」

 

 Roseliaは作詞も作曲もほとんどの場合湊がやっているらしい。つまり、彼女の世界観こそRoseliaの世界観。彼女の見る道が重要ならば、その道をしっかりと確認することにも妥協しないのは当たり前なのだろう。

 

 自分の足元を確認することは出来ても、自分が歩いていく道をしっかりと確認して踏みしめていける人間なんてほとんど居ない。そういう努力が出来るのは尊敬する。

 

「いつもの置いとくぞ」

「ありがとう」

 

 スタジオの端においてあるテーブルを近くに持ってきて、さきほど淹れてきた彼女の好物のはちみつティーを置く。

 正直、誰かの好物を作るのは少し神経を使う。人によってはこだわりの強い好物を作るとなると自分に作るのとは勝手が違うのだ。判断するのはあくまで相手で、自分は推測程度しか出来ないのだ。

 

 普段特定のものごとに対してこだわりを持たない人間なので、反応が気になってしょうがない。

 

 緊張を誤魔化すために自分用にいれたアールグレイのストレートティーに口を付ける。強烈な風味が鼻を突き抜けていき顔をしかめる。

 ミルクティーの方が良かったがまぁ妥協点だろうと頷いていると、一旦の区切りを付けた湊がこちらにやってきて椅子に座った。

 

「いただくわね」

「おう」

 

 ティーカップに口を付けてわずかに表情を和らげてくれたことに内心で安堵のため息を吐く。

 何度淹れても自分ではなく人のためにというのはなれないもので、毎回緊張している。

 

「おいしいわね」

「ま、今井に比べりゃ器用には出来んがな」

「いいえ。ここで飲むから意味があるのよ」

「そういうもんか」

 

 美味しいと言われて安堵する。今度はまた新しいアレンジを試してみよう。

 

 ノートを後ろから眺める。高等教育までの範囲しか音楽の知識はないのだが、文字を何度か消した痕跡がうっすらと見えて試行錯誤していることが分かる。

 

 ここまで仕上がっているならデモまで一通り仕上がっているのかもしれない。

 

 手書きで(したた)められたものを見るとその人物が辿ってきた努力の道を見れた気がしてうれしくなる。

 

 そのように大真面目にノートを眺めていると、音楽に興味があるわけでもないのに人のノートを吟味するように見ているのは珍しかったのだろう。

 彼女は振り返って不思議そうな表情を向けてくる。

 

「……そういえば、バイト中じゃないの?」

「ああ、それか……オーナーが暇だからいいって休憩中」

「そもそも自由にしている印象が強いわ」

「まぁ、否定は出来ないよね」

 

 どこか非難を含んだような視線を受けて肩をすくめる。

 

 今日は誰かのおかげでまったくゆっくり出来なかったけど、と喉元まで来た声を静かに呑み込んだ。別に彼女は悪くないし、それどころか努力して勝ち得た人気だ。

 

 そういう人間に文句をぶつけるのも話が違う。むしろこれは嬉しい悲鳴と言っていい。

 

 客が増えて店側はハッピー、湊は自分の努力がひとつの形になってハッピー、そんな彼女を見て俺もハッピー。うれしいこと尽くしだ。

 

「よく分からないが湊が居る時が休憩時間に回されるんだよ」

「そんなに被るものかしら」

「事実としてあるわけだからねぇ」

「それもそうね。現に今も被っているもの」

 

 一度だけ、オーナーになぜ湊が来ているタイミングに被せるように休憩を入れるのか聞いたことがある。その時に、彼はこう言った。なんだか楽しそうだからと慈しむような優しい笑顔でひとこと言われただけだった。

 よく分からないが、おそらくは揶揄うような意図もないのだろうし、わざわざ掘り下げるようなことでもないから感謝してそれ以上聞かないようにした。

 

 彼女と関わる時間が増えるぶんには俺としても嬉しい。

 

「それより。聞いてもらえるかしら?」

「なにを」

「今回の曲よ。デモ用に歌ってみたから確認してほしいの」

「まずイヤホン片方貸してくれよ……」

「それもそうね」

 

 大真面目な表情で音楽の出来を聞いてくる湊に苦笑する。スピーカーでもないのだから、感想を聞かれても聴いていないのだから分からない。

 

 彼女は得心したように頷いて、イヤホンの片方を差し出してくる。いや、片方貸してくれって言ったのはこっちなんだけどさぁ。

 

「なにかしら」

「別に。恥じらいとかないんだなって」

「恥じらい……?」

「なんでもない」

 

 こういうのって男側が照れるのまでは定番として、女性側も少しは照れるものじゃないだろうか。大学の単位を幼馴染に管理されてる人間性赤ちゃんに期待するのは間違ってるかもしれないが、ちょっと残念。

 

 少し遅れた青春の残り香をイヤホンをかけて誤魔化すことで彼女の作り上げる音楽の世界に身を浸す。

 なにかに向き合うためには、真剣なまなざしを向けてくる彼女すらも雑音になりかねないから極力気にしないように音楽を聴く。

 

「……あれだな」

「なに?」

「サビの部分いいな……」

 

 偉大な創作者に尊敬のまなざしを向けると、少し照れたように瞳を伏せられる。

 

「まだインストも付けていない状態だから、これからもっとよくなるわ」

「今の状態を褒めない理由にはならないし。これからよくなるのも知ってるよ。ずっと見てきたもの」

 

 ここでアルバイトをし始めたのは高校に入りたてのころ。知り合いの紹介で始めたこのバイトをまさか大学に入ってからも続けることになるとは思っていなかったが、彼女はそのころからの付き合いだ。

 

 慣れ合いをせず、ただ自分が信じるための歌を歌い続けていた彼女が、どうにも眩しく思えた。

 それまで興味のそれほどなかった音楽について知る努力をさせたのは眩暈を起こさずに全てを見ていたいと思わされるほど彼女が強烈だったからなのだろう。

 

 もっとも、彼女はそんなことなんて覚えていないのかもしれないけれど。

 そのくせ、こうして魂と言えるほど大切な叫びを聞かせてくれるのは不思議な関係といえるだろう。ただ、俺にしてみればこれは必然と言えるものだった。興味を持って歩み寄ったのは俺の方なんだから。

 

「うん、俺からの感想はそんなところかな。それで、要件はそれだけで終わり?」

「前に三つまでお願いを聞いてくれるって話を覚えているかしら」

「……ああ。あれね」

 

 メジャーデビューの話が舞い込んだころ。彼女が自分ではなく、Roseliaの面々のために揺れていた彼女を見て咄嗟に提案した約束だったことを思い出す。あれから随分経つが、なにか思い付いたのだろうか。

 

 少し言いづらそうな様子を見ると、一般的にはハードルの高いことなのだろうか。……高価なものを要求されるとかそういうことだろうかと思いながら、それはあまり考えられないなと一蹴する。

 

「いいけど……あんまりハードルの高いものは考えるぞ?」

「構わないわ。……ねぇ、ナツメさん。デートしましょう」

「……はぁ!?」

 

 いつも自信たっぷりの彼女にしては珍しいわずかに緊張した顔で、そんなことを言われた。

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