イェーガーズが組織されてから、そう時が経たないうちにエスデスが帝都で武芸試合を主催したいと言ってきた。
「……金は?」
「私の私財だ。問題ないだろ」
「それなら構わない。ちゃんと自分で届け出ろよ」
「わかってる。私の暇潰しのようなものだ」
暇潰しで武芸試合を開くなと言いたいが、私財を使って開くと言っているので認める。
国の金を使うようであれば断固として拒否したのだが……。
「クロメ、判を押し終わったらサヨに渡してくれ。サヨはクロメから受け取った紙を内容ごとに分けてファイルに挟んでいってくれ」
「うん」
「わかりました」
クロメとサヨに手伝ってもらいながら俺は帝都の現状についての報告書に目を通す。
クロメにやってもらっているのは俺が確認した報告書に確認済みの判を押してもらうことで、サヨはそれを内容ごとに分けてファイルに挟んでもらうことだ。
「とりあえず、イェーガーズの仕事の一環にしておくぞ」
「……人件費を浮かせるためか……ケチなことをする」
「削れるものは削る。そして、浮いた分は他の所に回す」
「ランスロット将軍。帝都警備隊本部へと命令書を届けてきました」
お使いを頼んでいたウェイブが戻ってきた。
「ご苦労。少し休んでくれ。お茶を飲むなら部屋に備え付けられたキッチンの戸棚にお茶菓子が入ってるから食べてていいぞ」
「ウッス! いただきます。そして、隊長はどうしてここに?」
ウェイブは俺の言葉に返事を返したあとエスデスに話しかけた。
「ああ、暇潰しがてらに武芸試合を開こうと思ってな、その話をしに来たのだ」
「そうだったんですか。隊長もお茶飲みます?」
「いや、遠慮しておこう。私はこれから武芸試合を開催する準備があるからな」
「そうですか」
ウェイブとエスデスの会話に耳を傾けつつ報告書の確認を行う。
スリの被害届は毎月減少しているか。
「ではな」
扉を閉めることなくエスデスが部屋から出ていく。
「あ、ウェイブ。私にもお菓子ちょうだい」
「おう。何にする? クッキーとチョコレートがあるけど」
「クッキーで」
「ほら」
ウェイブがクッキーの入った小袋をクロメに向かって優しく投げた。
「ありがと」
クッキーの入った小袋をキャッチすると早速クロメは袋を開けてクッキーを食べ始める。
それでも判を押すのを止めていない。
ただ……微妙にクッキーの食べ滓が床に落ちているので後で掃除をする必要がある。
「サヨもいるか?」
「はい」
ウェイブがサヨにもクッキーの入った小袋を優しく投げた。
ボルスとランには各々20人の部下を連れて帝都周辺にいる危険種の間引きに行ってもらっているのでこの場にいない。
現在全く仕事をしていないのはエスデスであると言える。
ドクターは研究所で投薬実験のデータを解析しているらしい。
被験者はドクターの私兵。
イェーガーズの任務で使用する予定の薬。所謂、毒とその解毒薬の作成も平行してやっていると本人が言っていた。
「スタイリッシュな男なら幾つものことを平行して出来るものよ! 」 と最後に不可思議がポーズをとりつつ豪語していたが。
ドクターなので、奇抜な行動は当たり前だと思っているとこれが普通に思えるのだから不思議だ。
逆にもの凄く真面目でオカマではないドクターの姿が想像出来ない。
とりあえず、今はやっていることを終えたら手伝ってくれたウェイブ、クロメ、サヨにお昼を奢るとしよう。
■
「う~ん……どうしようかしら?」
自身の所有する研究所の人体改造専用の部屋で特殊な機器に繋がれ眠っているオーガを悩ましげに見ながらスタイリッシュは帝具パーフェクター越しに握っている丸みを帯びた機械を遊ばせる。
―――粗方の改造を終えて、もう弄ることの出来る部分がないのよね……。
本当はまだ改造を行える余地はあるのだが……素体となるオーガ自身がこれ以上の改造に耐えられないとスタイリッシュは判断したのだ。
現在、オーガの身体は超級危険種であるタイラントの血肉を筆頭に様々な危険種の優れた部位を移植している。
そのため人間である部分は重要な臓器などごく一部の箇所でしかなく、
「もう少し頑丈だったらより強力に出来たんだけど……」
手で遊んでいた機械をデスクの上に奥とスタイリッシュは懐から複数の薬品の入った瓶と注射器を取り出す。
「まあ、これがオーガへの最後の改造になりそうだし少し派手にやろうかしら」
―――コロの武装に使う予定だった機械のプロトタイプの性能実験もまだだし、この際だからやらせてもらうわね。
眠りにつくオーガは知らない。
この時の改造により自身の運命が決まったことを。
素早く繊細かつ大胆にスタイリッシュの手が動きオーガの改造を開始する。
機械と危険種と人の融合。
拒絶反応を乗り越え、親和性を高め、第2の心臓と呼ぶべき機関をオーガの中へと埋め込む。
「ふふ……最後の最後まで役にたってもらうわよ。アタシの新たな私兵のプロトタイプの雛型としてね」
■
「今日は助かった。お陰で普段の倍の量を片付けることが出来た」
やることが終わったので手伝ってくれたウェイブ、クロメ、サヨの3人を連れて帝都のメインストリートにある高級レストランへとやって来た。
「あ、あの~……明らかに値段の桁がおかしいんですけど……」
メニュー表を見ていたウェイブが困惑した表情で言ってきた。
「気にするな。ここは帝都で1番料理の値段の高い店だ」
「…………たった1品頼んだだけで俺の給料の10分の1って」
…………意外と給料が低かったんだな。
帝具使いなのに低賃金とはこれまた珍しい。
サヨの給料は月に100万前後なのだが……。帝具使いなので、特別手当として数十万ほど加算されているが……。
「ウェイブって貧乏?」
「グハッ! そ、そう言うクロメはどうなんだ?」
「無いよ。だって申請すれば将軍がくれるし」
「お小遣いかよっ!? それでサヨはどれくらい貰ってるだ?」
ウェイブがサヨに話の穂先を変えた。
「私ですか? 私は月に100万前後です」
「な……なんだと……」
ピシリとウェイブが固まる。そして、ギギギと間接の錆びれたブリキ人形のように俺の方に首を向ける。
「将軍はどのくらいですか?」
「俺か……俺はこのくらいだな」
口に出すのを避けて紙に書き込みウェイブに見せる。
「……………………桁がおかしい」
そう言うとウェイブは両手で頭を押さえてしまう。
イェーガーズは基本的に危険手当てが他のことろと比べると格段に高いので危険手当てが多くもらえる。
自分が思ってたよりも薄給であったことを知りショックを受けているウェイブにイェーガーズの給料のことは言わなくてもいいだろう。
給料が貰えた時に知った方が嬉しいだろうしな。
「気にするな。それよりも値段のことは気にせず好きなものを頼むといい。俺の奢りだ」
「じゃあ、早速……ここからここまで」
クロメが早速近くを通りがかった従業員を捕まえ、メニュー表の1ページ目から2ページ目までのメニューを全て頼んだ。
「……はい? ………………はっ!? かしこまりました!」
あまりの量に信じられなかったのだろう。少しの間呆然としてから慌てて厨房の方に駆けていった。
「「……………………」」
クロメの注文した料理の量に唖然としたウェイブとサヨ。
「前よりも少ないな」
だが、今言った通り前よりも少なかった。
「「…………嘘だろ(でしょ)っ!?」」
「今回はウェイブとサヨがいるから。2人も何かしら頼むでしょ?」
「クロメ……前回メニューを全て頼んでただろ」
「あ、そうだった」
「あの時は数百万が昼代となったな」
料理の値段の高さは食材の希少性から来るものだからしょうがない。
怪魚であるコウガマグロに加え、エビルバードの希少種の肉にヘルジュラシック、ワイバーン、トリケプスなどの特級危険種、ロウセイキャンサーやマーグドンなどを食材として使っているので値が張っている。
特級危険種となると狩れるような人間が少ないのだからしょうがない。
「お待たせしました」
早速出来た料理が運ばれてくる。
……大皿に乗せられたマーグドンの頭が。
「………………」
絶句するウェイブ。
サヨも似たような感じである。
「これ……食べるところが少ないんだよな」
「うん。頬の肉はコリコリして美味しいんだけど量も少ないし、他の部位はもっと量が少ない……脳ミソは多いけど」
「だな」
俺はナイフでマーグドンの頭の肉を削ぎ小皿へと分けていく。
分けている間に次の品が運ばれてくる。
「ロウセイキャンサーの子どもの蒸し焼きが来たよ」
大きさは大体……人の頭2つ分である。
味は付けられていないのでテーブルに置いてある塩胡椒や特製のタレで自分で味付ける方式だ。
ホカホカと湯気を立てているので少し冷めるのを待つ必要がある。
「……さて、食べるか」
マーグドンの頭の肉を削ぎ終えたので、それを全部小皿に乗せ全員に配る。
「いただきます」
真っ先に食べ始めるクロメ。
「い、いただきます」
続くようにウェイブが食べ始める。
ただし……箸を持つ手が震えているが。
「いただきます」
サヨも食べ始める。
サヨはウェイブと違い箸ではなくフォークを使っていた。
俺も食べるとするか。
さて……今日のお昼代はいくらになるのだろうか。まあ、4人だからそれなりの値段はいくだろうな。
そんなことを頭の片隅で考えつつ俺はマーグドンの肉を食べ始めるのだった。
■
昼食を食べ終わり、そのままデザートを食べていると伝票に書いてある金額を見たウェイブが顔を青くしていた。
「俺の奢りだから気にするな」
「は、はは……わかってはいるんですけど……実際に金額を見ると 」
「ん、大丈夫。将軍の財布はそんなに軽くない!」
未だにモリモリと肉を食べているクロメがキリッとした顔でそう言う。
「ああ、ほら……食べ滓がついてるぞ」
せっかくキリッとした顔で言っているのに色々と残念だ。
紙ナプキンでクロメの口についた食べ滓を拭き取る。
「ん……ありがと」
「どういたしまして」
礼を言うとすぐに食べるのを再開したクロメに苦笑しつつ、水を飲む。
「あの……将軍とクロメちゃんはすごく仲良さそうですがどんな関係で?」
「あ、それは俺も気になってた。で、どうなんです?」
サヨに便乗してウェイブも聞いてきた。
「私の命の恩人で短い間だったけど師匠、それと超級危険種を狩りにくなか」
「……ふぅ……命の恩人と師匠なのはわかった。だけどな……超級危険種を狩りにいくってってそうピクニックに行くような軽いもんじゃねえだろ」
「ですよね……特級危険種でさえ小さな村では壊滅必至なのに」
「ま、普通はそうだろうね。でも、中々に迫力はあるよ怪獣大決戦とか」
「あれは確かに迫力があるな」
危険すぎて孤児院の子どもたちに見せられないのが残念だ。男の子辺りは絶対に喜ぶ子が多いはず。
逆に女の子には怖がられそうだ。
骸人形なら子どもたちの遊び相手に危険種が使えそうなのだが……さすがに街中に超級危険種を出すのは憚られる。
八房の平和的利用方なら他には超級危険種や他の危険種の移動博物館的なのが思いつくが……。
「か、怪獣大決戦……それって複数いるんだよな?」
「もちろん。……だって私は
「ちなみにその中の1体は2ヶ月かけて居場所を探しだし、虫の息にしてクロメにあげた」
……あの時は正体を隠して帝国のあちらこちらで不正をしている役人を始末していたな。
今になって見れば将軍という立場を使って視察と言う名目で不正を暴けばもっと他のことに時間を使えたと思う。
■
ウェイブは内心……頭を抱えていた。
―――エスデス隊長だけでなくランスロット将軍も色々とまともじゃなかった。
帝国海軍にも色々とランスロットの化物染みた噂は流れてきてはいたのだが、それは尾びれのついた噂であろうと冗談だと思っていたが、本当はもっとぶっ飛んだものだった。
―――こ、これが……都会の荒波ってやつなのかっ!?
イェーガーズのメンバー初の顔合わせの時に上司がやったことが可愛く見える。
そんなウェイブの救いは自分と限りなく近い感性を持つサヨの存在であった。……イェーガーズの中ではの話ではあるが。
それ故に密かにというか誰も知るよしもないがサヨはウェイブにとってのオアシスとなり始めていた。ウェイブの精神的な面で……。