休暇も終わり、宮殿内の執務室で書類仕事をしていた。
今日はブドー大将軍が直々に兵士たちを鍛えてくれるそうなので遠慮なくお任せした。俺よりも遥かに軍歴の長いブドー大将軍なら安心して兵士たちを任せられる。
嬉々として俺は兵士たちをブドー大将軍に預けた。
兵士たちからの恨みがましい視線が集中したが兵士たちのためを思うとこの選択は間違えていない。
他の将軍に任せるよりもずっと安心なのだから。
今も……ギャァァァッ! 、ヒィィィィッ! 、助けてくれぇぇぇッ!! と言う悲鳴が聞こえてくるが悲鳴が聞こえてくるだけあってまだまだ余裕だな。
そのうち、悲鳴を出す力すらなくなるのは確定しているんだからな。頑張れよ……部下たち。
俺はお前たちの悲鳴を聞きながら書類仕事を終わらせるから。
「将軍……今期の武具の手入れ用品は入荷が少ないので節約しなくてはなりません」
「どれくらいだ?」
「普段の約3割減です」
3割も少ないのか……でも、3割ならまだ節約でなんとかなるレベルだな。
「分かった。節約して使ってもしも足りなくなったら俺に言ってくれ」
「わかりました」
ランに書類仕事を任せると早く終わるので助かる。
俺もやってはいるがランよりも書類を片付ける速度は遅い。
得意不得意の差だろう。
そんなことを思っているとコンコンと扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
そう言いながら入ってきたのは―――覆面に拘束具といった不気味な出で立ちの巨漢である。そんな男が手にお弁当箱を抱えて部屋に入ってきたのだ。
当然、周りにいた一般の事務員は硬直する。
そんな事態を引き起こした本人は真っ直ぐに俺の方へと近寄ってくるスッとお弁当箱を差し出してきた。
「どうぞ、お裾分けです」
「お、悪いね。奥さんにお礼を言っておいてくれ。後で直接お礼を言いに行くのでそれもよろしく」
「ええ、妻も喜びます。それじゃあ失礼しますね」
ペコリと頭を下げて、律儀に驚かせてごめんなさいと一般の事務員に謝りつつ退出するボルス。
一般の事務員が硬直から解けたのはボルスが退出してから数分のことだった。
「あの……さっきの人は?」
恐る恐るといった様子で一般の事務員が話しかけてきた。
「ああ、さっきの彼はボルス。焼却部隊の隊長で帝具〈煉獄招致〉ルビカンテの使い手であり、俺の友人だ」
「本当ですかッ!?」
やはり、ボルスの友人だと驚かれる。彼は見た目はアレだが、実際に話したりしているととても良い人なのだ。
料理も上手いし、休日なんかはよく家族と一緒に過ごしている家庭的な男。
仲良くなるとさっきみたいにお裾分けとかくれるので仲良くなることをお薦めする。
この帝都で損得勘定なしで付き合える数少ない貴重な友人だ。
ああ、やっぱり俺の部隊に欲しいな。参謀ならランがいるし、白兵戦なら俺がいる。そして、ボルスが部隊の纏め役兼範囲攻撃役。
うん……かなりいけるな。
エスデス将軍の部下には3人の帝具使い―――通称、三獣士と呼ばれる部下たちがいるんだし俺のところにも2人ぐらい帝具使いがいてもいいだろう。
そうなると当然、大臣がネチネチと文句を言ってくるんだろうな。
そう考えると腹が立つ……いっそのこと陛下に言って無理矢理運動させてやろうか?
過労で死んだならしょうがないしな……。
まあ、そんなことが出来れば良いんだけどな。さっきまでの馬鹿らしい考えを捨てる。
「本当だ。人は見かけじゃないってのを実践している男だぞ」
そう言えば……兵士たちの悲鳴が聞こえなくなったな。
全員声を上げる余裕すらなくなかったかもしくはへばったか……どちらにせよ午前の部はこれで終わりだな。
そろそろ休ませないとお昼を食べる体力すらなくなりそうだ。
部下の健康にも気を使うのも上司の勤め。
俺はボルスからもらったお弁当箱を片手に執務室の扉の前に歩き出す。
「ある程度終わったら各自適当に休んでいいぞ。俺はこれからブドー大将軍の元に行って部下たちのことを聞いてくるから」
「わかりました。将軍の指示を仰ぐ必要があるもの以外は私の裁量で判断しても構いませんか?」
「構わないぞ。不正はしないと信頼してるからな」
ランなら問題ない。元々副官を決めるときに求めていたのは事務処理能力で戦闘能力はあまり求めていなかったが、大々的に公募したらランが自分を売り込んで来たので即決した。
帝具も所持しており、文武両道の活躍を見せた。なら、即決しかない。
だから、その際に俺が帝具を持っていないのと帝具持ちの副官を欲していると言うことを理由にしてランを副官に引き入れたのだ。
「ええ、そんなことをしたら将軍にバッサリと殺られちゃいますから」
冗談じみた物言いだが、ランは俺が実際にそうすることをわかって言っている。
かなり前になるが不正をした馬鹿がいたのでなんの迷いもなく処断した。ミスではなくわざとだったからだ。
ミスであれば、叱り今後間違えのないようにすればいいだけだがわざとやった奴には容赦しない。
ここで追放しても他の場所で不正を続けるだけだからだ。
だからこそここにいる一般の事務員は能力よりも真面目で不正をしないであろう人格者を集めている。
「ふふ……それじゃあ後は頼んだぞ」
「はい、お任せください」
生き生きとした表情で俺を送り出すあたり先日の休暇が良かったみたいだ。
こんな場所にいるよりも教師をしていた方が本人は楽しいのかもしれない。やりがいなら負けるつもりはないが……命の危険もあるのでお薦めは出来ない。
執務室からブドー大将軍が兵士たちの訓練をしている宮殿内の訓練場に向かう。
悲鳴や武器を打ち合う音すら聞こえないので完全にへばったのだと理解した。
そのまま歩いていると動きやすい格好をしたブドー大将軍の姿が見えてきた。腕を組み地面にへばりつく兵士たちを眺めている。
「お疲れ様です。どうですか、兵士たちの様子は?」
「思った以上に根性はあった。後、お前が目をつけていた兵士たちは部隊の動かしかたを覚えればすぐにでも隊長に任命しても構わない実力だ」
それは……良かった。ブドー大将軍のお墨付きをもらえた。
「そうですか……それなら、それようの訓練をつけ始めます。他にめぼしいのありましたか?」
「ふむ……伸びしろは今一だが、周りの状況をよく見ているのも何人か見かけた」
「なら、彼らは偵察と伝令を主体とした訓練をつけましょう。その方が部隊を効率よく運用しやすくなるでしょう」
ちょうど伝令役も不足してたしちょうどいい。渡りに船だ。
「そうか」
「はい。それよりも今日はありがとうございます。彼らにも良い刺激となったでしょう」
死屍累々といった言葉が似合うような状態になっている兵士たちを見ながら言う。
実際……ブドー大将軍に直接指導してもらえるのだ、かなり良い経験。
ブドー大将軍に指導してもらいたいと思っている者もそれなりに多い中で彼らはその指導を受けることが出来たのだから。
この経験は決して無駄にならない。俺よりもずっと長く軍にいる人の指導なのだ……それが無駄になるはずがない。
「構わん。私もそういう気分であっただけだからな。ただ……この者たちのように根性がある兵士は久々に見た」
「やる気のあるものだけを選抜してますから。いくら伸びしろや才能があろうともやる気がない輩は不要です」
例え弱くともやる気の有る無しではやる気の有る方を俺は選ぶ。
「私はそろそろ行く」
「はい……また、彼らを揉んでやってくれますか?」
去りゆくブドー大将軍にそう声をかけると、彼は立ち止まり少しだけ顔をこちらの方に向ける。
「……気が向けばな」
その声から判別するに彼らはブドー大将軍にそれなりに気に入られたらしい。
「……だそうだぞ? 」
ブドー大将軍の姿が見えなくなってから死屍累々となっている部下たちにそう言う。
「……勘弁してください」
その声に力はなく、本当に勘弁してほしそうであった。
「そうか? だが、ブドー大将軍はお前らのことをそれなりに気に入っているようだから諦めろ」
「…………本当ですか? 怒鳴られた覚えしかないのですが……」
信じられない様子でそんなことを言ってくる辺りブドー大将軍にさんざん怒鳴られたようだ。
厳しい人なので誤解されることも多いのだ。
だからこそ、この部下の様子にも得心がいく。
「あの人はお前たちになんの見込みもなかったらすでにここから追い出してるぞ。怒鳴られるってことはそれだけお前たちのことを見ているってことだ」
「……そうですかね」
「ああ……俺も少しの間世話になっていたからな。ブドー大将軍は自他共に厳しい人だから言葉こそキツいがそれもお前たちのためを思ってのことだ」
「……はい」
「だから……そう落ち込む必要はない。何を言われたのかはわからないが……その言葉はお前たちを馬鹿にした言葉ではないはずだ」
あの人はあの人で不器用な人間なのだ。
厳しさの中に優しさのある人。
俺はそうだと思っている。
「さて……午後は午後で訓練があるんだからもう休憩してもいいぞ」
俺は気分を変えるようにパンパンと手を叩いて注目を集める。
「……今日は何をやるんですか?」
よろよろと立ち上がりながらそう問いかけてくる。
「小隊ごとの訓練だ。小隊長に関してはブドー大将軍のお墨付きをもらえているので安心するといい」
その直前になるまで誰が小隊長をするか知らせるつもりはないがな。
誰が小隊長をするかについては察しの良い奴は分かるだろうし、選ばれる奴は普段の行動から大体推測できるだろう。
「それじゃあ、解散だ。しっかり休んで、午後の訓練に向けてしっかりと英気を養えよ」
俺はそれだけ言うと踵を返して彼らに背を向けると宮殿の中へと入っていった。
■
宮殿内にある中庭で昼食を食べようと思い、そこへ向かっていると陛下の姿が見えた。
「こんにちは、陛下」
俺はゆっくりとした足取りで陛下へと挨拶をする。
「おお、ランスロットか。ランスロットがこんな時間に宮殿内にいるのは珍しいな」
「はい、今日は宮殿内の訓練場で部下たちを指導する予定でしたが代わりにブドー大将軍が指導してくれましたのでこの時間帯にここにいられるんです」
俺が指導していた場合はもっと時間がかかる。
様々な武器を使い指導するのでその武器を使う兵士たちごとに教えなければならないからだ。
「そうか。これからお昼なのだろう? どうだ余と一緒に食べないか」
「喜んでご一緒させていただきます」
こうして俺は陛下と一緒にお昼を食べることとなった。
「そう言えば……大臣の姿が見えませんが、ついに病気にでもなりましたか?」
普段なら大臣が陛下の傍にいるのだが姿が見えない。俺としてはとても嬉しいことなのだが、いないといないで何かしているんじゃないかと不安になる。
「相変わらず大臣には辛辣だな、お主は。大臣なら今日は外せない用事があって昼は出かけているぞ。何か用でもあったのか?」
「いえ、特に用はありません。姿が見えないと見えないで気になったものですから。後、俺が大臣に辛辣なのは人としての相性が悪いからです」
本当は陛下が自分の意思で考えることを放棄させて意のままに操ろうとする大臣が嫌いだからなのだがそれは陛下に言う必要がないだろう。
幼い頃から大臣の言葉を聞いてきた陛下は大臣に絶大な信頼を寄せてしまっているので、それをどうにかしないかぎり何を言っても無意味とは言わないが陛下には届かない。
「そういうものか」
「はい。それと俺は中庭で食べるつもりでしたが……どうしますか? 陛下が場所をお決めください」
「そうだな……今日は天気も良いし、中庭で食べるのも良いかもしれないな」
「わかりました。では、料理を中庭まで運んでもらいましょう……そこのメイド、調理場に行って陛下がお昼は中庭で食べるので料理を中庭に持ってくるように伝えてくれ」
俺は陛下に返事をすると、通りかかったメイドにそう伝える。
「はい、ただいま!」
ペコリと頭を垂れるとメイドはすぐさま駆け足で調理場に向かっていった。
「それでは……参りましょうか」
「うむ」
俺は陛下よりもほんの一歩後ろを歩きながら中庭へと移動するのを再開した。
宮殿内の中庭は常日頃から季節ごとに花を咲かせる草花を植えているため一年を通して花が枯れることはない。
一般には解放されることなく宮殿に勤める者しか見ることの出来ないものだ。
「いつ来ても……ここは綺麗ですね」
「そうだな。余は毎日のように来ているからわからないが……ここはそんなにも綺麗なのか?」
宮殿の外へ出ることのない陛下はこの庭がどれだけのものか理解しきれていないようだ。
これも当たり前か……比較すべきものを知らないのだから。
やはり、どうにかして陛下に国の現状を直接見ていただかなくてはならないと感じる。
国家の平和と安寧を願っている陛下だからこそ見ていただかなくてはならない!
大臣が良識であったなら陛下の代の帝国は素晴らしい国となっていたはずだ。
だが、それも大臣が原因で腐りゆく一方で良識派たちは革命軍へと合流し、今や陛下の味方と真に言える存在はほとんどいなくなってしまった。
「はい。ですが……これは作られたものです。ありのままの自然とは言えません」
「むぅ……そうか。……なら、余がそのありのままの自然を見たいと言ったら見せてくれるか?」
「はい、必ずや。今は準備が出来ていないのですぐにとは言えませんが……必ず」
「ああ! 期待して待ってるぞ」
はい……必ず。俺の言葉を信じてくれる陛下のためにも……。
今はまだこちらの準備が終わってないが準備が終われば必ずや。