「ここか……」
帝国のとある地方都市。
黒い噂の絶えない太守の治める場所を丘の上から眺めていた。
「あれば……壊す。そのついでにここの太守も始末出来るなら始末しておくか」
ここに来た目的はとある
でなければここには来なかった。
俺はバン族の反乱時に幾多の部隊長クラスの首を討ち取り、複数の拠点を陥落させたことにより将軍へと登り詰めた。
これに胡座をかいてしまうと陛下の目は節穴だと思われてしまうので、これからも手柄を立てなければならない。
ただでさえ敵は多いのだから。
…………その敵の大半が同じ帝国に仕える者というのが辛いところだが。
まあ、近所に住む焼却部隊に所属するボルスという男は良い人だったのが救いだ。
あれこそ典型的な見た目で損をする人だろう。普段からガスマスクを被っている上に拘束具を身に着けているのだから。
それでも、美人の奥さんと結婚して子どももいる。さらに夫婦の仲も良いのだから不思議だ。
奥さんは人当たりが良く、人見知りしがちなボルスのことをよくフォローしている。
ボルスの良いところを然り気無く会話に混ぜてくる辺り、よっぽどのことがない限り喧嘩すらしなさそうだ。
まあ、それは今は置いておこう。
丘の上から見える一際大きな城。
役場としても使われているらしいが……周りにある家々の数十倍の大きさである。
崖の上にあるので攻められたら逃げようのない土地だな。
「……攻められた時のことは考えていなかったのか」
まあ、どうでもいいか。この辺りの危険種はそこまで強くはない。
せいぜい強くても2級止まりだ。これなら特に問題ないだろう。
街の衛兵でも十分だ。……ちゃんとした衛兵ならばの話だが。
■
馬を走らせること数分。
街の入口の前までやって来た。
そこには身なりの整った兵士たちが数十人とこの街の太守と役場で働いているであろう見栄えの良い女性が数人姿勢を正して立っていた。
「ようこそ、ランスロット将軍」
こちらに取り入るような明らかに作った笑みを顔に貼り付けた太守が近づいてきた。
「わざわざこのような出迎えをする必要などなかったのだが」
「いえいえ……そうはいきません。帝都から来た客人なのですから、これは当たり前のことです」
大方……俺を通して陛下への覚えを得ようという魂胆なのだろう。
「そうか……わざわざ済まないな、太守殿」
馬から降りて、したくもない握手をする。
ある程度、友好的に接して警戒心を解いておかねばこの後が動きにくくなる。こちらが友好的に接していれば向こうもそうせざるおえなくなるからだ。
下手に俺の不興を買い、陛下への覚えが悪くなったら困るだろうしな。
「ささ、私の屋敷へ案内します」
はぁ……精神的に疲れるから早く終わらせたいものだ
■
「……でありまして」
ここの太守の屋敷に着いて、談話室に通されるとそこで太守の自慢話を聞かされた。
自分はこんなに優秀ですよ、と明らかに誇張した話がちらほらと聞かされる。
内心でうんざりしながらも相づちを打つ。
それに気を良くした太守がさらに話を続ける。
「……と、いった具合でしてな」
「なるほど。ところで太守殿」
「なんですか?」
「この地の役場の中を拝見したいので誰か案内をつけてもらって構わないか?」
精神的苦痛な話はこれ以上聞きたくないのが本音だ。
「そうですか……なら、1人案内をつけましょう。彼女ならランスロット将軍の質問にもある程度答えられると思います」
そう言うと太守は部屋の外に控えていた使用人に案内の者を呼んでくるように伝えた。
彼女という言葉を使っていたので役場で働く女性の誰かなのだろう。
おそらく……案内として付けられる人物は見た目が良く、能力もそれなりにある存在なのだと予想出来る。
同時に俺の監視も含まれているはずだ。
さて……どうするか。
まず、殺すのは論外だ。もちろん薬を盛ってきたら別だが。
それは無いだろう。デメリットの方が大きすぎる。
とりあえずは様子見だ。使えそうな人物であるなら……太守の死亡後に雇うのもいいかもしれない。
「では、案内の者が来るまで話を続けましょうか」
…………はぁ。溜め息しか出ないな。
■
聞きたくもない話を聞き続けること約20分。
「失礼します」
1人の女性がやって来た。
「うむ。待っていたぞ、チェルシー」
太守はようやく来たかとばかりにその名を呼んだ。
「はい。お待たせしました」
そう言いながら太守に向けて頭を下げるチェルシーと呼ばれた女性。
街の入口で俺を出迎えたうちの1人か。
ほんの片隅にでも視界に入れていたならそこから話を広げることが出来るので、コミュニケーションがとりやすいようにとの配慮だろう。
そして、太守がその女性を自分の隣に立たせて、紹介を始めた。
「彼女がランスロット将軍の案内を勤めさせていただく」
「チェルシーと申します」
名乗るとチェルシーは慣れた動きで頭を下げた。
何度か同じようなことをやっていたのだろう。動きにぎこちなさがない。
「よろしく頼む」
「はい」
決まりきったようなやりとりに安息を感じるとは……。
■
「…………………………」
「どうかしました?」
「いや、なんでもない」
役場の内部を案内してもらっているが……明らかに手抜きの仕事をしているのがわかる。
一部は真面目なのだが……これは酷い。
遠目でもわかるくらいにだらけていた。
俺が来るのはわかっているのだろうが、文官と武官の領分の違いから文句は言えないとでも思っているのだろうか?
仮に自分の部下にこんなのがいたら即解雇して、新しいのを雇うな。
「……中庭は綺麗だな」
ふと役場である城の窓から見えた中庭にそう言葉が漏れた。
「…………そうですか」
「……ああ。次は……そうだな、資料室を頼む」
帝具を探すのは深夜。
今のうちに城の地図を見て、覚えておきたい。
俺が寝泊まりすることになっている場所は城のすぐそばの太守の住む屋敷なのだ。
これなら簡単に潜入することが出来るの。
滞在期間は短くチャンスは少ない。3日以内に見つけたいところだ。
■
「―――ふむ、そうか」
ランスロットの案内を終えたチェルシーは太守の私室でランスロットの行った場所やその様子について報告していた。
―――帝国って……人材不足なのかしら?
それはチェルシーがランスロットを見た時の正直な感想だった。
自分ではどう足掻こうとも、どうにもならないくらいには強いのだろう。事実、軍人が役場に勤める女に殺られるくらい弱いわけない。
少し前の自分なら玉の輿のチャンス! って色々とアプローチをかけたんだろうな。
将軍ともなればそれこそ高給取りだ。顔にも体型にも自信はある。自分よりも綺麗で可愛くてスタイルの良い女性はそうはいないと思っている。
でも、今はそんなことを考えようとも思えない。
帝国の役場は賄賂が当然の汚い世界。
そして、ここの太守は狩を獣ではなく人で楽しむような畜生。
秘密裏に行われる賄賂や狩り。次第にその光景を見ることに慣れていく自分に嫌気がさしてきた。
でも、女1人ではどうしようも出来ない。
虚無感で魂が死にかけていた。
―――でも、将軍が来ているなら好都合!あの将軍がここの太守のような畜生でないのなら……。
チェルシーの虚無感で死にかけていた魂。それが甦ろうとしていた。
そして、この後……太守に言われる言葉がチェルシーにチャンスを作り出すこととなる。
「チェルシー……お前は―――」
■
「……何か用か?」
夜。与えられた部屋の窓から外を眺めていたら、扉がノックされた。
なので、扉を開けて誰が来たのかを確認すると俺の案内をしたチェルシーが寝間着姿で部屋の前にいた。
その手には酒だとわかるラベルの貼ってあるビンと2つのグラスとビスケットの入ったバスケットを持って。
「よろしければ、どうです?」
明らかに何かある。
太守の命令かそれとも自分の意思でかはわからないが……。
あからさまな誘いであるがどんな思惑があるにせよ受けておくべきだろう。
「……入れ」
「失礼します」
チェルシーを部屋に招き入れ、扉の鍵を閉める。
さて……何をしに来たのか、それを確かめるとするか。
「それで……用件は?」
「…………単刀直入ですね」
「雰囲気が違うからな」
誘惑しに来たようには見えない。
格好は普通の寝間着。
誘惑ならもっときわどい寝間着姿で来るだろう。
「実は聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「ランスロット将軍……あなたはここをどう思いますか? 正直にお願いします」
「ここをか……」
果たして何が狙いなのだろうか?
何かにすがるように見てくるチェルシーに嘘は吐かない方が良いような気がするが……正直に話してそれが太守の耳に入るとも限らない。
監視の目は感じないので正直に言っても大丈夫なのだろうが、目の前にいるチェルシーを信じる要素は無いに等しいのも事実。
果たして……正直に言うか嘘を吐くか……どちらを選ぶべきなのだろう。
迷っている俺を見かねたのかチェルシーが口を開く。
「……ここの太守は秘密裏に人間を狩りの獲物にしてます」
「それは……本当なのか?」
「本当です。何度もこの目で見ました。それにこれも……」
チェルシーがバスケットの中にあるもの全てを取り出してバスケットの底に貼り付いていた紙を開いて俺に渡してきた。
「これは……」
渡されたのは脱税の証拠である。
「……これで正直に話してもらえますか?」
これを俺に見せるとは自分もこの脱税に関与していると言っているようなものだ。
そこまで、覚悟があったとは……。
「正直に言って……今すぐにでも太守を変えるべきだろう。ここの太守は太守に相応しくない……が、賄賂を渡しているなら他の誰かが太守の代わりに処刑されるだけだ。太守が死ねば……少なくとも今の太守よりは良い太守が来るだろう」
元よりここは良識派の内政官の逃げる場所にとも考えていたのだ。
新しい太守に困ることはない。
俺としては何故、そんなことを聞きに来たのかが気になる。
おそらく……何らかの手札があるのだろう。
それは俺がチェルシーのことを切って捨てられないくらい強力な札であることだ。
才能か能力か……はたまたその両方か。
「……将軍。見てほしい物があります」
「見てほしい物?」
「ええ、それは……城の宝物庫に保管されてます」
信用していいのかわからない俺がチェルシーのことを切って捨てられないくらいになるほどの物が宝物庫に保管されているのか。
「わかった。なら、すぐに城の宝物庫に行くぞ」
動くときは迅速にだ。
ここの警備は正直に言ってぬるい。
「……え?」
「見てもらいたい物があるんだろ? なら、さっさと行くぞ」
俺は部屋の扉を開けて、廊下に出るとすぐに屋敷の出入口に向かう。
そして、10秒もしないうちにタッタッタと小走りでかけてくる足音が聞こえてきた。
■
「……私……もしかして選択をミスった?」
片手にランタンを持ったチェルシーがランタンを持ってないほうの手で頭を抱える。
「ある意味選択ミスだな。俺に出会った人間の7割はそう遠くないうちに死ぬ」
「怖っ!? 何それ……何の呪い!!」
「実際にはその7割は戦場でだ。……普段は1割くらいか?」
「うん……戦場は仕方ないにしても、普段から1割は……ちょっと……」
これは打ち解けたと言ってもいいのだろうか?
そうだとしたら多分、チェルシーを抱えたまま城の窓まで駆け上がり、城の中に入ったのが原因だな。
「暗殺者に狙われたりしてる身だからな。大半は返り討ちにしてるから狙われなくなってきたが」
「うん。すごく物騒ね」
「まあな。でも、そのお陰で自重しなければならない技を覚えたが」
「自重しなければならない技?」
ああ、と答えつつうなずく。
あれは味方がいる場所では使えない上に周りへの被害が大きい。
「普通に剣は刃の届く範囲しか斬れないが……しばらく前に殺り合ったババア……じゃなくてババラという婆さんが包丁で斬撃というか真空の刃だかを飛ばす技を使っていたので真似て覚えた」
ほら、と銀食器のナイフを振るい再現して見せる。
ポトッと落ちるのは城の通路に飾られていた花。
その落ちた花は数メートル先の花瓶に生けられていたものだ。
「………………」
「とまあこんなものだ」
それにしても……滅多なことでは使わないから腕が落ちたな。
普段から使う機会がないからしかたがないか。
「……深く考えたら私の精神が別の意味で持たなさそうだから考えるのを止めるわ」
「そうか。これに関しては何で出来るのか俺自身にもわかってないからな。とりあえず出来るんだからしょうがないと考えないようにしている」
「あ……うん、そう。それよりももうすぐ目的の宝物庫に着くわよ」
「いよいよか」
さて、チェルシーは俺に何を見せてくれるのだろうか。
楽しみだ。
次はこの続きとなります。
次も10日以内を目指します。