現状特にやれることのない俺は帝都の外へと出ていた。
ランには大臣がこれから起こすであろうことの内で最も高い可能性のあることを話し、それの対策のために帝都から離れてもらっている。
ボルスには変わらず部下の訓練をやってもらっている。同時に相談役もだ。
何でも恋愛相談や子育てのやり方について聞かれることが多く、休暇のとれた日は奥さん、娘さんと共に部下たちと家族ぐるみでの交流をしているそうだ。
本人の人間関係が良好でなによりだ。知り合いだけの場所でなら覆面も外して素顔のままでいる時もあるぐらいなのだから。
鬱蒼とした森の中を進む。
特注で造らせた武具であるパルチザンを背負いながら。
これは、斬撃と刺突に重点を置いた2メートルに満たない長さのショートスピア。材料に俺が昔に単身で討伐した亀型の超級危険種の甲殻を使用している。
完成まで一年以上かかった一品だ。
しばらく歩いていると川を見つけた。
「……上流に行ってみるか」
危険種が現れることなく俺は楽々と上流へと近づけていける。
そして、滝を発見した。
「……こんな場所に滝なんてあったのか」
意外な発見ゆえに俺はあることに気がつくのにしばらく時間がかかった。
そう……滝の傍の崖に大きな籠と畳まれた黒い服、刀が置かれていたのだから。
「まさか……ッ!?」
その刀を見た瞬間にある考えが脳裏を過り、口に出そうとした瞬間に滝壺から巨大な魚が飛び出してきた。
それも、1匹や2匹ではなく10匹以上だ。
飛び出してきた魚は全て籠の中に落ちる。
俺はこのような真似が出来る存在に心当たりがあった。それも、刀を見た瞬間に脳裏を過ったことに関係している。
滝壺から上がってくる、赤い目に長い黒髪の少女の姿を見て完全に確信する。久々の再会だ。
「久しぶりだな……アカメ」
「……なっ!? ラ、ランスロット……将軍」
全く予期せぬ再会であるがこんなこともあるのか運命の不思議さを再認識させられる。
水着姿のまま、俺を見て警戒体制をとるアカメ。
その反応は普通だろう。帝国を裏切った暗殺者と帝国の将軍が遭遇したのだから。
「……相変わらず、大食いのようだな」
柔らかい口調でそう言うもアカメは変わらず警戒体制を解かない。
まあ、元々解けるとは思ってもいなかったので予想通りと言えば予想通りだが。
「…………何故、ここに?」
「今日はやることが無くてな。すでにこの情報は知っているだろうが……数日前に俺とその手勢が帝都の害虫駆除をしただろう」
「……ああ」
「それで、帝都周辺の散策をしていたら、たまたま川を見つけたんでな、その上流へ行ってみようと思ったからここにいる」
こうやって話している間もアカメはジリジリと服と刀のある方へと下がっていく。
「服を着たいなら着ていいぞ。……その帝具……一斬必殺"村雨"を携えてもな」
俺は腕を組み、アカメの出方を伺う。
アカメは一応、警戒しつつも服を着て、村雨をいつでも抜刀できるようにしながら俺を見ていた。
完全に無表情なので、何を考えているか表情から全く読めない。
気配からしていつでも逃げられるようにはしているようだが。
「……何が目的だ? 」
「特に目的はないな。陛下からナイトレイドに対しての命令は受けていない。それに……今日はさっきも言ったが特にやることがない日……つまりは休みだ」
俺はアカメから視線を逸らして滝の方へと向ける。
「だから……アジトに戻りたければ戻っていいぞ」
こっちに向かってくる気配を複数感じる。
「―――はい、そうですかって……信じられると思ってるのか?」
背後から飛びかかってくる気配を感じていたので簡単に避けられる。
避けると誰が背後から飛びかかって来たのかすぐにわかった。
全身鎧にマント……悪鬼纏身"インクルシオ"……ブラートか。
「まあ、そうだろうな」
そのままアカメと合流するブラート。
まだ、他にも気配を感じる。誰か潜んでいるのだろう。
居場所が判別できない……相手も中々やるようだ。
「帰りが遅えから探しにきてみれば……ランスロット将軍と相対してたとはな」
インクルシオの副武装である槍……ノインテーターを構えるブラート。
本当に久方ぶりにまみえるが……強くなっている。……厄介なことだ。
ブラートには実力的にエスデス将軍やブドー大将軍ぐらいでなければ真っ正面から戦っても勝てない。例え同じ帝具持ちでも力量的に対抗できるのは搦め手や、特定の場所で圧倒的な力を発揮できる帝具持ちのみだろう。それでなければ確実にやられる。
今なお帝国に仕えていたのならば確実に将軍と成れるほどの力量を持っている。そんな彼が敵なのは非常に残念なことだ。
「休みの日にこんなことになるとは……俺も運がない」
背負ったパルチザンを手に持ち、構える。
敵は少なくとも3人。
そして、現在判明しているナイトレイドの構成員は4人。
あと最低でも1人。他にもまだ構成員がいることを考慮して置いた方がいいだろう。
人数的に不利だが俺も早々遅れをとるつもりはない。
白兵戦においては帝国最強と言われているのだ。
それが伊達ではないことはあちらも理解しているだろう。パルチザンが俺の本来の武器ではないことも。
そして、俺が本来の武器を出さずにいる理由を。
「……ブラート」
「……わかってる」
アカメとブラートは左右に俺を挟むように分かれる。
そのまま、挟撃してくるか? と思っていたが、俺は勘に従いすぐさま後方に下がった。
ほんの数瞬後、そこが狙撃された。
狙撃してきた場所に視線を向けると人影が見えた。だが、今いる位置からでは何もできない。
そこに少し意識を向けた隙をついてアカメとブラートが連携とれた動きで攻め立ててくる。
さらには遠距離からの狙撃による援護もあり、状況は悪い。
だが、それでも俺の命には届かない。
俺のパルチザンと村雨、ノインテーターが刃をぶつけ合い火花を散らす。
その合間合間に狙撃されるも変わらずに打ち合う。
そして、徐々にパルチザンに変化が起こる。
刃の部分が赤くなっていく。赤く赤く染まり、熱を持ち陽炎が見え始めた。
「帝具ッ!?」
変化の起こったパルチザンを見たアカメの警戒心が上がった。
「いや……帝具なんて強力なものじゃないさ。これは超級危険種の素材を使った槍なんだからな」
このパルチザンの材料となった亀型の超級危険種はある特性を秘めていた。
それは受けた衝撃を熱へと変換すること。
どういう仕組みでそうなっているのかわからないが、分厚い鉄の扉すら一瞬で溶断出来るくらいにまで熱が高まる。
難点は熱さ対策が必要なのと冷ますのに時間がかかるということだ。
「……むっ!」
突如、森の中から強烈な閃光が起こり視界が潰される。
同時にガサリと音がするとすぐに気配が遠ざかっていく。
「……逃げたか」
視界が回復した頃には誰もおらず、近くにはなんの気配も感じなかった。
いや……違うな。
俺はその考えを即座に捨て去る。
ブラートは「帰りが遅えから探しにきてみれば」と言っていた。となるとナイトレイドとして今日動くつもりなのだろう。
そして、俺との戦闘は俺から逃げ出すための囮。
ついてこられてアジトの場所がバレるのを避けるためか。
「……帰るか」
これ以上ここにいてもしょうがない。
でも、その前に……パルチザンを冷やさなければな。
若干赤くなり、熱を放っているパルチザンを背負いたくはない。
「……だが、中々に使い勝手は良かった」
超級危険種の素材を使っているだけあって帝具とまともに打ち合えるのだから。
普通の兵士たちが使っているような安物だと人は殺せても危険種や帝具が相手となると役に立たない場合がほとんどだ。
やはり部下たちの武器も安物ではなくそれなりの強度の高いものにするべきか……。
これはランやボルスと相談した方がいいだろう。俺の独断で決めてもいいのだが……その場合にかかる費用のことも考えると独断で決めるべきではないと判断した。
部下たち全員分となると莫大な金額となり、もし他に必要なものがあった場合にお金が足りなくなるかもしれないからだ。
西の地に残している部下たちの装備だけでも良い物に変えられるのであれば変えたいのだが。
ランはしばらくは帝都にいないからボルスと一緒に考えることになるな。
となると……多分、装備を変えることになるか。
反対なぞされないだろうし。
「まあ、それも……聞いてみないとわからないな」
俺はパルチザンを川の水で冷やしながらそんなことを考えていた。
■
帝都に戻る道すがら初めてアカメと会ったときのことを思い出す。
あの時からすでに大食いであった。
あれは……帝国を裏切って西の異民族に帝国の情報を流していた裏切り者を始末するためだったな。
その助っ人としてアカメが派遣されてきたのだ。
無表情でモグモグと大皿に乗った平らげていく様はその見た目からは想像できないものだった。
しかもその食事代を俺が払うことになったのだからよく覚えている。
思えばあの頃はまだナジェンダ元将軍やロクゴウ元将軍が帝国にいたな。他にも同時期に軍に入った者などが。
皆……今では革命軍に行ったり、死んでしてしまった。
それで、大半がいなくなった。……寂しくなる一方だ。
昔のことを思い出している間に鬱蒼とした森を抜けて、帝都へ続く街道に出てしまった。
俺としてはのんびり歩いていたつもりだが……思いの外早かったらしい。
「……それもまたそれで良しだな」
特に気にするべきことではない。
それで何が変わるわけではないし、始まるわけでもない。遅いか早いかの違いだけだ。
「いや……ロクゴウ元将軍の墓参りに行くか。帝国の裏切り者として暗殺されてしまったが……俺に酒の美味しさと将軍として何をすればいいのか分からなかった時に相談に乗ってくれたのだからな。お供え物はお酒の方が良いだろう。よく飲みに誘われたしな」
早めに帝都に戻らなければ店が閉まってしまう。
今回はアカメに会えたことに感謝だな。
しばらくロクゴウ元将軍の墓参りに行ってなかった。もし生きていたらロクゴウ元将軍に「この薄情者め~」とふざけながら肩をバシバシと叩かれてたと思う。
あの人はかなり気さくな人だったから。
■
帝都に戻り、酒を買った後にロクゴウ元将軍の墓参りに行ってから俺は自宅に帰った。
「……誰からだ?」
自宅に帰った折りに玄関に挟まれていた手紙。
それには送り主の名前がなく、誰が送ってきたのかわからない。
ただ単に俺宛としか書いてなかったのだ。
「……開けるか」
とりあえず、開けないことには何もわからないままになってしまうので封を切った。
中の紙は1枚。
「…………そうか」
俺は手紙の内容を確認するとそれをすぐに破ると燃やした。
手紙の内容は帝国を離れて革命軍に行くという部下からのものだ。
帝都の闇を見て決心したそうであり、同じように感じた数人の仲間と共に革命軍入りを決意したらしい。
こうやって報せてくる辺り律儀だが、それを俺に報せる危険性を考えてのことなのかが不安ではあるが、彼らが無事に革命軍に合流できることを今は祈ろうと思う。
元とは言え部下だったのだ。それぐらいは良いだろう。
彼らは彼らで帝国の未来を憂いその選択をしたのだから。俺はそれを尊重しよう。ただ、帝国を内側から変えようとしてくれなかったのは残念であるが
「……また、新人の募集をしなければな」
いい人材が現れてくれると良いのだが……腕もそれなりにあり、人格的にもなんの問題もない人物。
後……求めるとすれば伸びしろだな。できれば将軍に至れるもしくは将軍に近い位置までいけるぐらいの才覚の持ち主だとなお嬉しい。
そんな好条件に見会うような人物は滅多にいないだろうがな。
こんなことを考えた自分に少し自嘲してしまう。
そんな確率の少ないことを考えてしまうほど自分は詣っているのだろうかと。
でも、案外簡単に否定できない。肉体的な疲れではなく精神的な疲れなら。
ともかく……明日には新たな兵の募集をするための場所を確保して、それのために必要なことをしておかなければな。
遅くとも3日以内に募集をしたい。
幸いなことに毎度兵の募集を行うと行列が出来るので必ず人は集まるのが救いだ。
質はその時にならなければわからないが……旅の武芸者などがたまに募集に参加してくるのでそれを期待するとしよう。
後は辺境からのだな。
辺境からとなるとそれなりに腕のある奴がいる確率が高いからそれにも期待できる。
まだ、俺自身が20代前半なのに若く才能のある者を見つけるのが楽しみなのは正直、どうだろうとも思う。
俺もまだまだ若い部類に入るのにだ。
「ふっ……」
俺は小さく笑うと棚にしまってある酒の入ったボトルとグラスを取り出す。
「…………考えても仕方がないか」
俺はグラスに酒を注ぐとそれを飲むのだった。