けど、何も変わってないかもしれない。
【三つ子の魂百まで】なんて言葉があるように。
人はそう簡単に変わるモノじゃあないんだ。
だから、少しは昔の理想や夢を思い出してみるのも良いんじゃないかな?
酒の肴として、ふとした時に昔を思い出すのも良いかもしれないよ。
「やあ。久し振り」
そんな声が後ろから聞こえた。
しかし、その声に振り返ることはない。
「まぁた。こんなとこで独り飲んでるのか?」
声の主が隣に座ったが、気にせず目の前に置かれたグラスを手に取る。
「相変わらずだねぇ。とはいえ、来たんだったら話ぐらい聞かせておくれ」
隣に居るのは一人のはずなのに、何故か複数人居るような感覚を覚える。
「っても、早々に話を聞かせろってのはアレだな。俺の昔話も聞いてくれや」
こちらから何かを言うことはない。
代わりとして何故か目の前にある余っていたグラスに氷と琥珀色の液体を入れて隣の席にいる存在の前に滑らせる。
「ふふっ。ありがとう。それじゃあ、話をするわね」
そう言って、ナニカは語り出す。
「アレは確か、高校時代だったかね?
あの頃は馬鹿なことを繰り返したものさ。
君も覚えてるだろう?
仲間達と5人集まってピンポンダッシュして警察沙汰になったよなぁ。
それから、皆でコンビニでお酒を買って酒盛りしたりもしたよね。
集まったトコのオヤジさんに見つかって怒られるかと思ったら、まさか七輪で干物を炙って食わされるとは思わなかった。
嗚呼。懐かしい。そうは思わないか?」
ナニカは囁く。
聞いた覚えはない思い出を。
「オマエも何か、思い出を聞かせてくれよ。酒の席にツマミも無しは寂しいだろ?」
催促されるが、口を開こうという気にはなれなかった。
昔は何でもできるような気がした。
やる気と気力に満ちあふれ、何にでもなれる気がしていた。
けれど、今は自分の限界を知った。
途端に身体に穴が空いたかのようにポッカリと何もかも抜けた気がした。
だからだろうか。
空っぽになった自分にはない気力に満ちた隣の存在が気に食わないと思ってしまったのは。
「随分と草臥れたな」
語りかけてくるナニカを無視して、ただただグラスの中身を呷る。
空いたグラスに氷と酒をただただ注ぐ。
中身の満たされたグラスを呷り、またテーブルに置く。
グラスの中身はほんの少ししか残っていない。
だからといって継ぎ足そうとは思えなかった。
そのあいだ、隣にいる存在は何も言わない。
ただただ此方の言葉を待っているようだった。
なぜかは分からない。
何かを言わなければいけないと、そう思ってしまった。
【 はさ。今、楽しい?】
口から出たのはそんなありふれたものだった。
そんなことしか言えない自分が嫌になるが、ナニカはそんな自分の様子なんて知らないとばかりに嬉しそうに言う。
「面白いことを言うね。楽しいよ。
ワタシは私。今も昔も変わらずに何事も楽しむのがモットーだからね」
思わず、隣を見そうになった。
けれど、その衝動を抑えるように僅かに液体の残ったグラスを完全に空ける。
「んな飲み方をするのは良くねぇんじゃねぇ?」
そんな言葉を気にせずグラスを満たし、そして空ける。
何度も何度も繰り返す。
グラスだけを見るように。グラスに映り込んだナニカからは目を背け続けて、ただただグラスを空け続ける。
そんな飲み方をしていれば、元から曖昧な認識はさらに曖昧になってきた。
「本当に何をやってるんですか。
お酒だけで飲むより、他にも何かを挟まないと身体に悪いですよ」
意識が朦朧としてきた。
「昔の理想と今の現実。
ソレに苛まれるのは構いません。
ですが、お酒を飲まれるのならばお供として昔を思い出して見てはいかがでしょうか?
楽しかったことや辛かったこともあるでしょう。
しかし、だからこそ今があるのですよ。
それでも辛くなった時にはまた『此処』で逢いましょう。
昔話くらいならいくらでもしますよ」
意識が途切れる。
現実へと戻る。
けれど、不思議と今なら昔を思い出せる気がする。
ナニカに感謝をしながら、私の意識は途切れた。