ハリー・ポッターとアーヴィングの狼   作:揚げ芋

11 / 13
第十話:狼の憂い

結局イヴが授業に復帰したのは、満月の翌日の午後になってからだった。

丸一日をかけて行われていた希望者のための魔法生物飼育学の先行講義。本来なら三年生からの選択科目だが「選ぶためには知らなくてはならない」という、担当教授ケトルバーンの信念によって毎年開催されている一、二年生向けのものだ。

そのちょうど前半戦にあたる座学が終わって実習のために城の外へと移動していく一団にするりと合流する。

すると待っていましたとばかりにハンナとスーザンが寄ってきた。

 

「おかえりイヴ、遅かったね!」

 

「おかえり。クマできてるけど、そんなに大変だったの?」

 

ハンナは心底彼女が戻ってきたのを喜んでくれているのがわかるし、スーザンも彼女の些細な顔色の変化――派手なクマや肌荒れは身嗜みを整える際に魔法で誤魔化したはずなのだが――に気づいて気遣わしげに声をかけてくれる。

たった一日離れていただけなのに、二人のそんな優しさがとても懐かしく、暖かいものに感じて、彼女は微笑んだ。

 

「大丈夫。でも、頭パンクしそうだったかな」

 

心の奥で秘密を抱える苦しさがうっすらと影を落とすのを感じながら、イヴはそれでもするりと嘘を口にして微笑む。それでも楽しそうに笑い返してくれた二人のやさしさが胸に染み入るようで、少しだけ罪悪感が和らいだ気がした。

 

やがて生徒たちがたどり着いたのは、禁じられた森にほど近いところにある草原だった。

森番の小屋から手を振っているハグリッドにハリーとロンが手を振り返している。

 

「さて生徒諸君!」

 

金属の義手をカチャカチャと言わせながらそこに集まった生徒たちを見回して、その年老いた、しかし若々しさにも似た溌剌さを兼ね備える隻眼の魔法生物飼育学教授、シルバヌス・ケトルバーンは声をはりあげた。

 

「これから君たちには魔法生物の面白さを体験してもらおうと思う!」

 

そう言いながら、サイズに反して彼の手がすっぽり肩まで入り込んだ事からして検知不可能拡大呪文が掛かっている小袋から取り出したのは、カモノハシによく似た生き物だった。

その瞬間、周囲の生徒たちから「可愛い!」という歓声があがる。

ずんぐりむっくりした体にふわふわした黒の体毛、薄黄色の嘴。集まっている生徒の中でその生物がなんなのか見ただけで判断がついた者はイヴやハーマイオニーのようなごく一部を除いてほとんど居ないようだった。

ケトルバーン先生は生徒たち――とくに女の子たちがきゃっきゃとはしゃぎながらその生き物に目を奪われている様子を見て、うれしそうに笑った。

 

「この子はニフラーという魔法生物だ!」

 

ケトルバーン先生の声が響くと同時にニフラーが可愛らしく嘴をぱくぱくさせたかと思うと、ケトルバーン先生の腕を伝ってきらきら輝く義手の指先にじゃれつくようにしがみついた。

その仕草に、生徒たちはますます興味津々の様子で食い入るようにニフラーと先生を見つめる。

そのニフラーを愛おしそうに抱きなおして、ケトルバーン先生は生徒たちに、それがどんな魔法生物であるかを語り出した。

彼らはとてもすばしっこく金属や光るものが大好きで、そういったものを無差別に集めてはお腹にある検知不可能拡大呪文に似た魔法効果のかかった大容量の収納袋にしまって巣に持ちかえる習性がある。

お腹の袋というあたりで、そばにいたアジア系らしいハッフルパフの二年生が「どっかの青だぬきみたいだ」と呟いていた。

その青だぬきというのがどんな魔法生物であるかイヴは知らなかったが、実家が錬()術と魔法薬学で名を馳せている彼女にとってニフラーはたいへん馴染みのある生き物だった。

金属や宝石という、キラキラピカピカしたものを取り扱うことの多い錬金術師にとってニフラーはたいへん鬱陶しいと同時に、自分たちの技術が――少なくとも見栄えに関しては――良いものを作れているというお墨付きをくれる生き物でもある。

 

「この子の名前はルパンという! 儂の飼っているニフラーの三代目だ! 可愛がってやってくれ!」

 

アジア系の先輩が笑いを堪えきれずぶふぉっと吹き出すのを怪訝そうに一瞥したあと、イヴは気になっていた――というより懸念していることをケトルバーン先生に問うべくスッと手を挙げた。

 

「そこの白くて細長い子! どうしたね?」

 

「ほ、細長いって……。先生、ニフラーで“魔法生物の面白さを体験”というのはどういうことですか?」

 

同年代の子達よりは多少身長も高ければ手足も長いので否定はできないのだが、あまりにもあんまりな指名のされ方に一瞬苦笑いを浮かべたあとイヴはそう問いかけた。

 

「良い質問だ! このあと君たちにはこの子たちと一緒に宝探しをしてもらう! ニフラーはゴブリンたちも利用する宝探しの名人だからな!」

 

ケトルバーンのその言葉でにわかに生徒たちは沸き立つ。

ニフラーという魔法生物への興味と“宝探し”という言葉の魔力はまだ若干十一、二歳の少年少女の期待感を膨らませるには十分だった。

ハンナとスーザンも顔を見合せて期待に目を輝かせている。

「この子()()()」と怪訝そうに呟くイヴの言葉が終わるか終わらないかのうちに「それじゃあ、宝探しの時間だ!」とケトルバーン先生が高らかにそう宣言して、袋の中からさらに数匹のニフラーが次々と飛び出してきた。

ニフラーたちはそれぞれが生徒の足元を嗅ぎ回るように動き始める。生徒たちは歓声を上げ、ニフラーの動きを追いかけた。

 

「すっごく可愛い!」

 

ハンナが顔を輝かせてニフラーを見つめていると、そのうちの一匹が彼女のリボンにつけられた小さな金属の飾りに興味を持ったらしく、鼻先で軽くつついた。ハンナは少し怯えながらも「何も盗らないでね」とそっと頭を撫でる。

イヴとスーザンもその様子に自然と笑みが零れた。

可愛い動物とかわいい友達が戯れているところなんてどれだけ見たって微笑ましいに決まっている。

 

「見ろ、あっちでニフラーが金貨を見つけた!」

 

ロンの声に生徒たちが振り向くと、ニフラーの一匹が地面を掘り返し、土の中から古びた金貨のようなものをくわえ出している。

 

「どうだ! 彼らは素晴らしいだろう!」

 

生徒たちから上がった歓声、ケトルバーン先生が得意げに笑った。

 

「イヴ、スーザン! わたしこの子に気に入られたのかしら?」

 

ハンナがまだ彼女の肩の上でつんつんと髪飾りをつついているニフラーを撫でながら楽しそうに声をかけてくる。

このほんの一瞬でもうすっかり彼女の中からニフラーに対する警戒とか怯えは消し飛んでしまったらしい。

二人はそんな彼女の様子にくすくすと笑いながら、少し遠慮がちにそのニフラーを指先で撫でる。

 

「ふわふわでやわこくて、本当にかわいいわね」

 

苦い顔をしながらニフラーは嫌いだと断言する祖父の姿を思い出しながら、しかしイヴはスーザンの意見に大賛成だった。

丸っこくってどこかコミカル、可愛らしいもふもふ姿の小動物というのは彼女の秘めた趣向に合致している。

 

そうこうしているうちに、そのニフラーはハンナの髪飾りに続いてイヴが持っていたポーチに興味を持ったようだった。

彼――あるいは彼女――はするするとハンナの肩から降りるとぴょんとイヴのポーチへ飛び移ると、器用に使ってポーチの中を物色し始めてしまった。

素早くポーチの中から光り物――脱狼薬の空き瓶と銀のティースプーンを引っ張り出し、お腹の袋にしまおうとしている。

 

「ダメッ!!!」

 

思わず鋭い大声を出しながらニフラーを掴みあげると、瓶とティースプーンはその小さな手からポロリとこぼれおちる。

なんとかティースプーンはもう片方の手で空中キャッチすることに成功するが、腕が二本しかない彼女には瓶も一緒にキャッチすることはかなわず、やわらかな芝に覆われた地面にコロコロと転がった。

 

「なにそれ?」

 

声を上げたのはいつの間にか傍によってきていたロンだ。

ニフラーが瓶を放り投げ、土の上に転がしたのを、彼が指差している。

イヴは一瞬、心臓が止まる思いがした。ハンナやスーザン、そしてハリーやハーマイオニーもその瓶に目を向けている。

瓶は幸いにも市販されている脱狼薬の瓶――魔法省の役人の月給よりもずっと高価な癖に、まるで嫌がらせのように狼をかたどったキャップだったりでかでかとラベルがついてる――とは異なり、高級感のあるただの小瓶だ。

イヴはスネイプ教授が実用主義者であることに心の底から感謝しながら、小さく息を吐いた。

 

「これなんの瓶? 薬瓶よね?」

 

ハーマイオニーが瓶を拾い上げ、呟いた。

 

「ハーブコーディアル*1の空瓶だよ」

 

努めて冷静にイヴは万一に備えて予め考えていた回答を返す。

先程瓶とティースプーンを取られそうになった瞬間の狼狽えようからするとむしろあまりにもいきなり沈静化してしまっていて、そのギャップにハンナとスーザンが目を白黒させているが、内心では心臓が縮み上がって早鐘を打っているイヴはそのことに気づかない。

 

「へえ、ずいぶん凝った入れ物だなぁ」

 

ロンが軽く茶化すように言う。

 

「それなりに良い品だからね、傷まないように保存魔法のかかった瓶を使ってたんだ。……それより、ハリー、あなたの眼鏡狙われてるよ」

 

「えぇ?!」

 

見事すぎるほど見事に平静を装いきって、彼女は瓶をポケットの奥底にしまい込む。

そうこうしているうちにあのニフラーの興味は、日差しを受けてきらきらと輝いていたハリーの眼鏡に移ってしまったらしく、ずんぐりとした動態には見合わないほど素早くハリーの体を駆け上って眼鏡をひったくっていく。

 

「嘘でしょ!?」

 

ハリーがぼやける視界のピントを合わせようと目を細めながら慌てて追いかける姿に、生徒たちから再び笑いが起こる。

イヴはくすくすと笑みを装いながら、内心ではこの一件からみんなの関心がハリーやニフラー達へ戻ったことを心底から安堵していた。

そうして他の生徒たちと一緒にハリーやニフラーを追いかけて、彼らが次々と暴き出す“宝物”たちに歓声が上がる。

ニフラー達が満足げに宝物の山を積み上げたころ、ハンナがふと足を止めてイヴのほうを振り返った。

少し眉をひそめ、イヴのポケットを指さす。

 

「イヴ、さっきの瓶、本当に大丈夫? すごく大切そうにしてた気がしたけど……」

 

スーザンもその隣で小さく頷く。

 

「ねぇ、あれ痛み止めかなにかの薬よね?」

 

イヴは一瞬、言葉を失いかけたが、すぐに薄く微笑んで肩をすくめてみせた。

 

「うん、大丈夫。ちょっと特別な……おじい様がくれたモノだったの。疲れたときとかに飲むと少し楽になるものだから」

 

「そうなの?」

 

ハンナが目を丸くする。

 

「うん。病気の時とかに飲むと、なんだかほっとする感じがするっていうか……」

 

イヴは努めて自然に見えるように声を抑えながら言葉を続けた。

でも、その瞳にはどこか焦りの色が浮かんでいるのをスーザンは見逃さなかった。

けれど彼女は敢えて追及することなく「そうなんだ」とだけ相槌を打った。

 

「ほら、ケトルバーン先生のお話が始まるわよ」

 

イヴとハンナの間に挟まるように歩み寄って二人の腰を抱きながら笑顔でそう言って、ニフラーが積み上げた宝の山の頂に立って得意満面の笑顔を浮かべるケトルバーン先生を指した。

まるでそれを待っていたかのように“今日の総括”を語りだした先生は、ニフラーによって高められた魔法生物への親近感を使って生徒たちを見事に“魔法生物沼”に引きずり込んでいく。

魔法生物飼育学がホグワーツの選択科目の中でも多大な人気を誇る科目であるのは、彼の魔法生物への理解と、それを生徒に共有するための手段が巧みだからなのだろう。

彼の語りにハリーたちのように冒険心の強いグリフィンドール生だけでなく、他寮の生徒や、イヴまでもがぐっと惹きつけられていた。

だから

 

「あれ、スネイプ先生の薬瓶だったわよね……?」

 

そのスーザンの独白は、誰の耳にも入らずに消えていった。

*1
イギリス発祥のハーブや果物を水や砂糖とともに煮詰めた薬用シロップ。水で薄めて飲む。




作者の都合でキャラを動かすより、キャラの都合で作者が動きたいんだけどな

感想、評価、ここすき、誤字脱字報告、ツッコミなんでもお待ちしています
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。