ハリー・ポッターとアーヴィングの狼   作:揚げ芋

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第十一話:灯台と狼

私――スーザン・ボーンズはいつも、他人のちょっとした変化に気づいてしまう。

髪の毛を少し切ったとか、おろしたての靴を履いているとか。そういう変化ならいいのだけれど、きっとその人が「気づかないで」と思っているような変化まで。

育ての親である叔母さんからは「それは得難い才能だ」とほめてもらえたけれど、往々にして悩みの種になるこの聡さを、私はあまりいいものだとは思えなかった。

特に、気付いたところでどうしていいかわからないときには。

 

それは例えば――イヴ・アーヴィングのこと。

 

ホグワーツで同室になった彼女は優等生そのもので、いつだって真面目で、誰に対しても礼儀正しい。

エディンバラのアーヴィングという由緒正しい純血家系のご令嬢なのに、半純血である私やハンナ、マグル生まれの生徒たちを見下すこともないどころか、なぜかはわからないけどマグル文化にも精通していそうな雰囲気すらある。

いつも落ち着いて、背筋を伸ばして凛としている彼女の姿を寮のみんなは密かに「まるでお姉さんみたいだよね!」なんて言っていたけれど、私はそうは思わなかった。

ふとした瞬間――みんなの意識が彼女から完全に逸れた瞬間、彼女はよく物憂げな顔で下を見る。

あまり自分のことを話したがらないけれど、自分のことを語るとき、彼女はよくネクタイの結び目を触る。

彼女の穏やかさも優しさも、決して嘘だなんて思ってはいないけれど、穏やかで優しい()()だなんて、思えなかった。

 

あの日、ケトルバーン先生の魔法生物飼育学の特別講義を受けた日。

彼女が落とした薬瓶は間違いなく、スネイプ先生のものだった。だって魔法薬学の授業の時、彼の背後にある棚にあれと同じものが並んでいるのを見たおぼえがある。

でも彼女はそれを「祖父がくれたハーブコーディアル」だと言った。

たまたまイヴのおじい様が同じ瓶を使っていた可能性もある。……けどそれはもしその瓶がマグル製品なら、だ。

マグル製品と違って魔法界の物品に規格統一なんて思想がない以上、エディンバラとスコットランドのホグズミード*1で同じ物品が出回っている可能性は著しく低い。マグル製品に魔法をかけるならあり得るが、由緒正しい純血一族であるアーヴィング家と過激な純血主義思想がはびこるスリザリン寮の寮監殿がわざわざマグル製の量産品を購入して魔法をかけるだろうか?

だからおそらく、あれはスネイプ先生の薬瓶で間違いないはずなのだ。

それはつまり彼女が「校医であるマダム・ポンフリーを差し置いてスネイプ先生から薬をもらわなければいけない事情」があり「彼女はその事情を隠したがっている」ということを示していた。

隠しておきたい事情で思いつくのは一つ、痛み止めという可能性もあるが、それなら男性のスネイプよりも校医でなおかつ女性のマダム・ポンフリーを頼る方が自然だ。

ならばなにかしら高度な魔法薬を必要としていたのだろうが――

 

「スーザン、スーザンってば!」

 

思考の海にどっぷりと浸かってしまっていた私の意識は、その顔いっぱいに「不服だ!」という感情を表したハンナの呼びかけで現実へと引き戻された。

 

「ごめんなさいね。どうかしたのハンナ?」

 

「ほら! やっぱり聞いてない~! あたしの話ビンズ先生の魔法史よりつまんない?!」

 

ぷくーっと膨らんだハンナのほっぺたを両側からぎゅっと人差し指で押して萎ませながら、私は苦笑いを浮かべた。

 

「本当にごめんなさい、考え事をしちゃってたの。拗ねないでちょうだい? でもビンズ先生の魔法史は楽しいわよ」

 

「「それはないとおもう」」

 

自分のベッドでうつ伏せになって本を読んでいたイヴまでもが声を合わせるものだから思わず吹き出してしまう。

こうして寝室にいるとき、彼女は少し肩の力を抜いているらしく、普段よりぽやっとした表情を浮かべたり、時々ちいさく欠伸をしたりする。その姿は、いつもの彼女とはまるで別人のようだ。

 

「ねぇスーザン、お願い! 魔法史の宿題おしえてよぉ~!」

 

「この話の流れでよく教えてもらえると思ったわねハンナ? もちろん教えてあげますけど~」

 

わざと、ハンナがしたようにぷくっと頬を膨らませながら応えると、彼女は少し恥ずかしくなったのか頬を赤くしながらぺしっと私の肩を叩いた。

 

「ねぇイヴ! イヴもスーザンに教えてもらおうよ!」

 

「ごめんねハンナ、実はそれもう終わってないのハンナだけなんだ」

 

「えっ……?! う、裏切り者ぉっ!」

 

イヴと一瞬目を合わせてから二人でくすくすと笑う。

 

「だってハンナ、明日提出なのに、もう夜の十時過ぎよ?」

 

「…………だってつまんないんだもんっ!」

 

「つまるつまらないじゃなくて宿題はやらなきゃいけないんだよハンナ」

 

「ハイ……」

 

私とイヴで順番に正論でぶん殴られたハンナはついにベッドの上で膝を抱えてしまった。一瞬だけちょっとやりすぎたかもと思ったけれど、膝にうずめられた彼女の口元が弧を描いているのに気づいて私は小さく息を吐いた。

けれどイヴはどうやらハンナが本気で気落ちしていると思ったようで、あわあわと焦った様子で私のベッド脇に歩いてくると片膝だけをベッドに乗せて彼女の肩を抱いた。

 

「ごめんハンナ、冗談だよ。私なんかで良ければいくらでも手伝うから、一緒に宿題やろう?」

 

「……ホント?」

 

明らかに笑いを堪えている声なのだけど、たしかに聞きようによっては嗚咽で震えているようにも聞こえる声でハンナが問う。

イヴはそれに気づいていないようで高らかに「もちろん!」と答え、彼女は困ったように眉をひそめてちらりと私の方を見た。

 

「イヴ、それウソ泣きよ」

 

「えっ」

 

私が肩をすくめてそう言うと同時にがばっと動き出したハンナが目を丸くしているイヴをぎゅっと抱きしめながらベッドに倒れこむ。

この子、私のベッドの上で暴れることに遠慮とかないのかしら? なんて思うけど、きっとハンナには無いんだろう。なにせ他ならぬ私がハンナにならばそれを許してしまうことを、彼女は()()()()()わかっていてやっているのだろうから。

イヴとハンナの距離感は私と二人のそれよりも近いのだけれど、少なくとも、イヴのベッドの上でハンナが大はしゃぎしている様子は見たことがなかった。

 

「えへへっ、イヴ大好き~~♪」

 

「ちょ、ちょっとハンナっ?!」

 

ビズー*2の嵐に吹かれて顔を真っ赤にしているイヴは、普段の“キレイ”とか“カッコイイ”という形容詞が似合うアーヴィング家のイヴではなくて、年相応の可愛らしい女の子のようだった。

ハンナはきっと、自分がどれだけ他人の心を軽くしているかなんて気づいていないんだろう。

 

「あらハンナ、私は嫌い?」

 

うぅ〜っと恥ずかしそうに唸りながらハンナを抱きとめるでもなくどかすでもなく助けを求めるように空を切るイヴの両手を見かねて私はハンナにそう問いかける。

すると狙い通り彼女はまたガバッと起き上がって今度は私をベッドに押し倒してきた。

 

「嫌いなわけないじゃん~!!!」

 

「そうよね~私も大好きよハンナ~♪ 嫌いって言ってたらひっぱたいてたわ~♪」

 

「ひえっこわいっ」

 

そんな軽口を言い合いながら軽くビズーを交わす。

ちらりと視界の端で、イヴが寂しそうに――というよりも、どこか羨ましそうに私たちを見ているのが映った。

イヴは時折、私たちとの間になにか、ありもしない線が引かれているような顔をする。

あの薬瓶が――あの薬瓶を必要とするような何かが彼女にそんな顔をさせているなら、私は彼女のために何ができるんだろう?

彼女に尋ねるべきだろうか。だけど、もしそれが彼女にとって傷口に触れるようなことだったら――私はそんな無神経な人間にはなりたくない。

 

「ほらイヴもっ!」

 

不意にハンナがイヴの手を引っ張って、そこにあった見えない線を消してしまう。

きっとハンナはそんな”線”なんて引いたことが無いんだろう。

引いたことがないから、簡単にその線を消してしまえる。

それは私にも、イヴにもない得難い才能。

 

そしてそれがわかっていながら、私もその線を越えたいなんて願ってしまうのが、きっと(スーザン・ボーンズ)の悪いところ、なんだろうな。

*1
ホグワーツ城にほど近い、イギリスで唯一の魔法使いだけが住んでいる村。

*2
頬同士をくっつけて唇でチュッと音を鳴らす。フランスでよくある挨拶。異性同士でも同性同士でもする。




はじめてのイヴ以外の視点です。
なんなら一人称が初めて?

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