ハリー・ポッターとアーヴィングの狼   作:揚げ芋

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第四話:狼と穴熊

歓迎会の後、ハッフルパフの監督生に連れられて初めて訪れた寮の談話室は、イヴが想像していたよりもずっと居心地のよい場所だった。

全体的に木の温もりを感じさせる美しい曲線の内装と壁を這うツタに茂った緑には、誰をも穏やかな気持ちにさせる力があるように思える。

家具には魔法的な彫刻が施されており、小さな動物たちが木の表面を駆け巡るように動いていた。天井には柔らかな黄金の光が漂い、まるで朝の陽射しが閉じ込められているかのようだった。暖炉の上にはハッフルパフの象徴であるアナグマの盾が掲げられ、その横にはホグワーツ創設時代の古びた肖像画が飾られていた。

ただの談話室のはずなのに、童話の世界に入り込んでしまったかのような非現実感がある。

 

「ピーターラビットみたいだわ」

 

そんな呟きが誰かから聞こえてきて、イヴは内心でなるほどと膝を打ちながらちらりと声の主を見やる。

少しだけ丈を折ったスカートを履いた橙色のロングヘアの少女だ。組み分けの時にはハンナと同じく随分早く名を呼ばれていはずだが、なんだっただろう。

 

――A……B、ボーンズ。そう、たしかスーザン・ボーンズだ。

 

マグルの絵本を知っているあたり、半純血かマグル生まれなのだろう。もっとも、イヴのようにマグルの絵本を知っている純血もいるのだから絶対そうとは言えないが。

 

「素敵ねイヴ……!」

 

感動を体で表しながら呟いたハンナに「そうだね」と返しながらイヴは談話室を見渡す。

室内の上級生たちはみな穏やかな笑みを浮かべて、緊張する新入生たちを見つめていた。その中でもひときわ目を引いたのは、優しげな顔立ちと背の高い体躯を持つ金髪の少年だった。

 

「新入生の皆、ようこそ僕らのハッフルパフへ!」

 

彼は前に進み出て、朗らかに声をかけた。その声には、自信と親しみやすさが混じり合っている。

 

「僕はセドリック・ディゴリー。三年生だよ。何か困ったことがあれば、僕や他の上級生にいつでも声をかけてくれ!」

 

彼は言葉の端々に責任感と誠実さが滲み出ていて、その姿は新入生たちの不安をすっと和らげるように思えた。

 

「セドリック、監督生の仕事を奪ってくれてありがとう。ま、そういうことだから、よろしく頼むぞみんな!」

 

イヴたち新入生を引率してくれていた監督生がぐしゃぐしゃと彼の頭を撫でながらそう締めくくると、上級生たち皆が暖かな拍手をする。

 

「彼、かっこいいね」

 

小声で呟くハンナの言葉にイヴは小さく頷く。

セドリックと名乗った彼は、まだ三年生だというのにその一挙手一投足から確かな自信とリーダーシップ、そして誠実さのようなものが感じられた。

アーヴィング家の家訓である“高貴は責任を重んじる”を胸に刻むイヴにとって、その姿は好ましいものに見える。

 

「イヴもそう思う? 彼すごくハンサムだもんね!」

 

しかしハンナはどうやら彼の顔のことを言っていたらしい。

 

「ふふ、そうだねハンナ」

 

くすくす笑いながら相槌を打っていると二人の視線に気付いたのか、彼はこちらに向けてパチりとウィンクをしてくる。

ハンナが小さく黄色い悲鳴を上げるのを聞くと、彼は楽しそうに笑いながらこちらに歩みよってきた。

 

「アボットさんとアーヴィングさんだよね? ハッフルパフの仲間として、これからよろしく。なにかあったら遠慮なく僕たち上級生を頼ってくれていいからね」

 

セドリックの言葉に、イヴは思わず胸が詰まる。

狼人間である自分が、その「仲間」に本当になれるのだろうか――そんな不安が、心の奥底で鎌首をもたげる。

――もしバレたらどうなるのだろう?

そんな疑問が再び心に冷たい影を落とす。

 

「さて、それじゃあ、ちびっ子たち! 部屋に案内するから着いてきて!」

 

監督生たちが手分けして新入生を男女別に引率し、寝室へと案内を始めた。

 

「おっと、もうそんな時間か。またね」

 

そう言って離れていくセドリックに短く挨拶を返し、二人は一緒に女子の監督生に連れられて女子寮の部屋へと入っていった。

 

女子寮の寝室は談話室と同じように木の温もりに包まれた五、六人部屋で、部屋割りは各学年ごとに別れているようだ。

しかしどうやら部屋数には余裕があると見えて、定員がきっちり埋まっている部屋はほとんど無さそうだった。

イヴとハンナ、そして先程のピーターラビットの子――スーザン・ボーンズが割り当てられた部屋のベッドには柔らかなキルトがかけられていて、暖かなランタンの光が優しく室内を照らしていた。

地下だというのにわざわざ設けられている部屋の窓には魔法で描かれた星空が広がっていて、目を凝らすと星座の形がゆっくりと動いているのがわかった。

イヴはこの静かな仕掛けに、ホグワーツが特別な場所であることを改めて実感する。

 

「ここもまるでおとぎ話の中みたい……!」

 

ハンナが上げた小さな歓声にスーザンが「本当にそうね」と言って微笑む。

イヴはベッドに荷物を置きながら、心の中で彼女たちに同意していた。この場所は確かに安全で暖かく、心を落ち着けてくれる。

 

しかし、その安心感の裏側で、ふと胸に疼くものがあった。

 

――私が……狼人間だと知ったら、この子たちはどう思うだろう?

 

窓に映る自分の顔をふと見つめる。穏やかで優しい光に包まれているのに、心の奥には冷たい闇が降り積もる。

隠すべき秘密を隠し通せるのかという不安。そして、もしバレてしまった時どうなるのだろうかという恐れ。

 

「あなたどうしたの?」

 

スーザンの声に、イヴははっとして顔を上げた。

彼女もハンナも自分を心配そうに見つめている。

 

「ううん、何でもない。ただ、ちょっと疲れただけ」

 

微笑んで答えると、スーザンは安心したように頷き、「今日は長い一日だったものね」と同意する。

イヴは彼女の優しさに、少しだけ胸の重みが和らぐのを感じた。

 

「はぁ~、それにしたってなんて素敵な寮なのかしら!」

 

ハンナが大きく伸びをしながらベッドに腰掛け、トランクをベッドの上に引き上げる。

次の瞬間、バチンと大きな音を立ててトランクの金具が勢いよく外れた。

どれほど無理に詰め込まれていたのか、圧力から解放されたトランクはスプリングのきいたベッドの上で大きく跳ねて、彼女が持ってきたお菓子や本、衣類、果てはいくつかのぬいぐるみまでもが飛び出してくる。

 

「わぁ! ちょっと、何をそんなに詰め込んだの?」

 

頭に乗っかった首長竜らしき謎のぬいぐるみを手に取りながらスーザンが笑う。

パッと数えるだけで優に五つを超えているぬいぐるみたちは一番小さなものでも6インチ*1はありそうなのだ。よくもまぁすべてをトランクの中に押し込めたものだと感心してしまう。

ランタンの明かりを浴びるぬいぐるみたちはどれもよく使い込まれていて、彼女がこれらを大切にしていることが一目でわかった。

ハンナはそんな二人の生暖かい視線に気づいたのか、羞恥で顔を真っ赤にしながら唇を尖らせる。

 

「だって、もしホームシックになったらどうするの? ぬいぐるみがあれば寂しさが紛れるかなって思ったの!」

 

あまりにもかわいらしい彼女の答えに、イヴとスーザンは二人そろってほぼ無意識のままこみあげてくる愛おしさに任せてハンナの頭を撫でる。

 

「たくさん持ってこられて偉いわね」

 

既に幼い妹か弟をなだめるかのような口調になっているスーザンに、彼女はぷくっと頬を膨らませて「だってわたし心配性なんだもん!」と拗ねたように、けれどどこか楽しげに言う。

 

「じゃあ、この子たちにも挨拶しておくべきかな?」

 

イヴが柔らかい声で尋ねながら、飛び出したぬいぐるみの一つ、ふさふさした茶色の耳が特徴的なクマのぬいぐるみを手に取った。

 

「その子はゴルディロックスよ、イヴ」

 

ハンナが真剣な表情で名付け親のように答える。その姿にイヴは微笑みながら、そのクマを空中で少し踊らせてみせた。

 

「よろしく、ゴルディロックス」

 

イヴは自然と笑みを浮かべる。

さきほどまであった狼人間としての不安も消え去るほどに、今この時、部屋には温かな空気が満ちていた。

 

「……それで、こっちの首長竜は?」

 

スーザンが笑いを堪えながら首長竜のぬいぐるみを掲げると、ハンナは少し恥ずかしそうにしながらも答えた。

 

「そ、それはネルソン! 旅行先で見つけたの!」

 

「ネルソンか。いい名前ね。でも、ちょっと迫力がありすぎない?」

 

スーザンが冗談ぽく言うと、ハンナは「そんなことないもん!」と慌てて反論する。

 

「この子たちがいれば安心ね。でも、本当に持ってこられるだけ持ってきたんだね、ハンナ」

 

イヴが穏やかな声でそう言うと、彼女は少し照れたように笑った。

 

「だって、初めて家族と離れるのよ?」

 

その言葉に、一瞬沈黙が落ちる。

ホグワーツの新入生たちの多くは、生まれて初めて親元を離れ、ここにいる。

寂しさや不安は誰もが抱えているものだろう。

イヴにはその不安が痛いほどに理解できた。

 

「……まあ、こうして二人が一緒にいるから、そんなに寂しくないかもだけど」

 

ハンナがそう続けると、スーザンが大きく頷いた。

 

「そうよ、ハンナ。それにイヴも。私たちはハッフルパフの仲間だもの。寂しさなんて忘れちゃうくらいに素敵な時間を過ごせるはずよ」

 

彼女のその言葉には不思議な力があった。

イヴの胸に小さな火が灯った気がした――それはまだ頼りない灯火だったが、それでも暖かさを感じることができた。

 

「……ありがとう、スーザン」

 

イヴが微笑んで言うと、スーザンも笑みを返す。

 

「お礼なんていらないわ。仲間がいるっていうことが、何より大事なんだから」

 

その言葉に、イヴは黙って頷いた。狼人間である秘密を抱えていても、自分も「仲間」としてここにいられるのだろうか――そんな疑問がまだ完全に晴れることはなかった。

だが、スーザンやハンナの笑顔に包まれていると、少しだけその疑念が薄れていく気がした。

窓から見える魔法の星空がゆっくりと動き、眠りを誘うような穏やかな光を放つ中、イヴは荷物を整え、自分のベッドに潜り込んだ。

柔らかなキルトに包まれると、体も心も少しずつ解放されていくようだった。

 

「おやすみ、ハンナ、スーザン」

 

「おやすみなさい、二人とも」

 

「いい夢を見てね!」

 

二人の優しい声が耳に届く。

そしてイヴは目を閉じた。

暗闇の中に、静かに揺れる光――それがハッフルパフの寮そのもののように感じられた。

狼人間である自分の心に沈む影に、その光はどれだけ届くだろうか。

それを考える前に、彼女の意識はふわりと眠りに沈んでいった。

*1
約15センチ




キャラ描写が安定しません、助けてください……

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