美少女になったら、追放元のPTに甘やかされたんだが   作:緑茶わいん

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エマ(1)

 冒険者の宿はたいてい騒がしいものだが、『三乙女(トライデント)』の定宿は静かで落ち着ける環境が整っている。

 一番騒がしいのが他でもないフレアなのが皮肉だが。

 冒険者というのは人気商売なところがある。当然、他のパーティと張り合うことも多い。有名冒険者が根城にしている宿は避けられる傾向なので、フレアたちが荒くれから宿を守っている面もあるだろう。

 というわけで。

 宿の部屋は十分、落ち着いて話をしたり勉強のできる環境だった。

 

「古代語魔法とはその名の通り古代語を用いて発動させる魔法のこと」

 

 昨夜宣言された通り、朝食が終わるとすぐ俺はエマに部屋へと連れ込まれた。

 今日は彼女の専門──古代語魔法についての講義らしい。

 

「古代語は圧縮言語。短い発声で複数の意味を持たせられる。これによって属性、威力、指向性等を定義して発動させる」

「複雑な分、発音がとても難しいんですよね?」

「そう。それが一番厄介な点」

 

 言葉とは当たり前なようでいて扱いの難しいものである。

 例えば方言。別の地方に行けば発音が違うとか独特の言い回しがあるとか珍しいことじゃない。同じ時代の別地方に行くだけでこれなら古い言語ならどれだけデリケートか。

 当時の生き証人なんて見つからない。文献は残っていても、本に発音を記すことは困難を極める。主な手がかりは口伝であり、古代語魔法使いの数があまり増えない理由だ。

 

「簡単な魔法を使うだけなら発音を練習すれば誰でもできる。間違わずに唱えられるようになるまで千回でも一万回でも、十万回でも続けるだけ」

「だけ、って言うには簡単ではないかと……」

 

 ぶっちゃけると俺は簡単な古代語魔法ならもともと使える。

 エマが言った通り、呪文を丸暗記して百発百中になるまでえんえん練習して覚えた。その時のことを思い出すと今でもげんなりする。

 なにせ、そこまでやってできるようになったのが「小さな火を灯す」や「両手を器にしてすくえる程度の水を出す」程度だ。

 料理や洗顔には便利だが戦闘にはとても使えなかった。

 

 すると、エマは漆黒の瞳に深淵をたたえたまま頷いて、

 

「安心して。ステラには並行して理論も教える。多くの魔法を扱うには丸暗記するより法則を理解して自分で組み立てられるようになったほうが良い」

「よ、よろしくお願いします」

 

 本来なら金を払って教えを乞うべき内容だ。

 教師を見つけるのだって一苦労。天才であるエマも昔、師匠の元で何年も修行してここまでの実力になったらしい。

 遠慮するべきところだろうが、おそらく聞いてもらえない。ならば、真剣に聞いて血肉にし、役に立てるほうがいい。

 

「いい返事」

 

 呟くように言うと、エマは向かい合って座っていた状態から立ち上がって。

 間に挟んでいたテーブルを回り込んでくる。

 

「え、エマさん?」

「じっとして。まずは魔法を使う感覚を掴むところから」

 

 背もたれ越しに腕を回され、手をそっと重ねられる。

 静かな息遣い。百合の花を思わせる匂いにどきっとした。

 右手が上に持ち上げられ、金の髪がふぅっ、と息で払われる。

 耳に近づけられた唇から天然のウィスパーボイスが漏れて、

 

「さあ、復唱して。《ライト》」

「《ライト》」

 

 複雑な思考をするどころじゃなくなった俺はできないフリをするのも忘れて感覚のままに呪文を紡いでしまった。

 身体の中の熱が指先から僅かに染み出し、ぽう、と、小さな明かりを生み出す。

 それをじっと見つめたエマは、ほう、と息を吐いて。

 

「天才」

「た、たまたまです」

 

 しまった、怪しまれる理由を自分から増やしてしまった。

 慌てて言えば僅かな間を置いて、

 

「じゃあ、私の教え方がいいから?」

「きっとそうです」

「私とステラの相性がいいから?」

「きっとそう……です?」

 

 相性とかあるのか?

 

「よし。じゃあ、この調子で何度も試す。《ライト》」

「ら、《ライト》」

 

 動揺が大きくなったからだろうか。相変わらず思考は乱れたままだったが、今度は発動せずに失敗する。

 

「残念」

「やっぱりたまたまでしたね」

「でも、一度目でできたということは古代語を発音するセンスがあるってこと。とりあえず三回、連続して成功するまで続ける」

「こ、このままですか!?」

「このままだけど」

 

 俺の顔を覗き込むようにしたエマはなにかに気づいたように。

 

「わかった」

「わかってくれましたか」

「これだと私が疲れるから一緒に座ろう」

 

 そうじゃねえよ!?

 椅子に座ったエマの膝に俺が座らされ、半ば抱きしめられるようにして手を取られた。

 静かなエマの鼓動が聞こえる。いや、ほんの少しだけ早いか。

 

「いい匂いがする」

「わたしだってそう思ってます!」

 

 俺の心臓はばくばく言いっぱなしだ。

 それでもエマは意に介してはくれず、

 

「ほら、詠唱。《ライト》」

「《ライト》」

「《ライト》」

「《ライト》」

 

 次第に俺は魔法の練習をしているんだか耳をくすぐられているんだかわからなくなっていった。

 フレアといいエマといい俺の耳をいじめすぎじゃないか。

 それだけじゃなくて重ねた手がたまにすりすりと動いてくすぐったいし。

 身体の感覚が接触部分に引っ張られて他のものに意識が向かなくなる。続けるほどに囁き声がはっきりと、深く頭に響くようになって、

 

「上出来。この調子でいくつか呪文を覚えたら理論の助けになる」

 

 俺はその日中に「ライトを三回連続で成功」を達成した。

 しかしこれ、毎回やられたら身が持たないんじゃないか……? 嬉しい悲鳴というのも存在するものである。

 

「ありがとうございます、エマさん。貴重な時間を使っていただいて」

「気にしなくていい、どうせ暇だし」

「? そうなんですか? 調薬や魔法の研究で夜ふかしして、そのせいで昼間眠っているのかと」

 

 聖職者のリーシャ早寝早起きが基本だし、身体が資本のフレアは「寝る子は育つ」とばかりに夜寝るが、頭脳労働担当のエマは起きてやることが他の二人よりも多い。

 起こされると怒るのはそのあたりが理由ではなかったのか。

 

「……なんのこと」

 

 数度の瞬きと共にきょとんとしたエマはその直後「!」と硬直した。

 表情があまり変わらない性質のおかげでわかりづらかったが、

 

「そ、そう。その通り」

「あの、ちょっと言い訳が苦しいと思います……」

 

 単純に眠いわけではないとしたらなんだったのか。隠れて美味いものでも食べてるとか。いや、でも自分の金でなにを買おうと自由だ。

 ご禁制品の薬を楽しんでいる……とかだったらさすがにまずいな。エマなら自分で作れてもおかしくないから実際可能だし。

 追及するべきか、と、悩みつつ視線を向けると、ぷいっと目をそむけられ、

 

「なにもない。眠かっただけ。そうだ、ステラも一緒に寝ればいい」

 

 寝る時に抱きしめられるのはリーシャ相手で間に合っているのだが。

 他に誰もいないからとエマがマントを外し始めるのを見て「またこいつは」と思った。俺は一年付き合っていてもその下を見たことなかったというのに、同性だとこんなに簡単に外すのか。

 てっきり見られたくないものがあるんだと──。

 

「あ」

「……エマさん?」

 

 俺は、美しい女魔術師の下半身が革と金属でできた拘束具に覆われているのをばっちりと見てしまった。拘束具は上から黒タイツで覆われているが、下着もスカートもない。

 というか、拘束具そのものが下着の代わりなのか?

 二本の棒状のものが取り付けられているように見えるのも、なにかしら下着的な意味があるのか(現実逃避)。

 

 フレアが「ああ」だった時点で嫌な予感はしていた。

 ただ、あいつと違って露出はこれでもかと少ない。人に見せたいタイプではないと思っていたが、まさか、見えないのをいいことに中で好き放題やっていたとは。

 

「あの、えっと……趣味なんですか?」

 

 俺の質問もだいぶどうかとは思うが、

 

「違う。精神集中のため」

「絶対集中乱れますよねっ!?」

 

 駄目だ。これもう絶対リーシャもなにかしらの変態じゃないか。

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