美少女になったら、追放元のPTに甘やかされたんだが   作:緑茶わいん

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ステラ(3)

 今のうちに逃げようか本気で悩んだ。

 

 魔術師エマは長い黒髪に深淵のような黒い瞳を持つ美女だ。普段はあまり物事に動じない淡々とした性格だが、時折異常に沸点が低くなる。

 『寝るから起こすな』と部屋に引きこもった時はその一つだ。

 どうしても必要な時は俺が起こしに行くのだが──部屋に入らず大声で起こしただけで「死にたいの?」と冷たく言われた。

 そんな奴をよく叩き起こせるな。……というか、一人寝のために部屋をもう一つ取ったら宿代結局大差ないだろうが。

 

 しかし、下手に逃げるとフレアがキレそうだ。

 前門のエマ、後門のフレア。

 観念して待ち受けていると、漆黒の瞳がこちらを向いて──。

 

「……この子は?」

 

 視線を逸らすことは許さない、と、暗に言われているような眼差し。

 

「ギルドに行ったらメンバー探してるっていうから連れてきたの。料理も雑用も得意なんだって」

「へえ」

 

 エマの目がすっと細められる。

 まだ少女らしさの残るフレアと違い、彼女は大人の色気が強い。残念ながらその形のいい胸は普段、しっかりと閉じられたコートに隠されているが。

 こつこつと靴音と共に近づかれるといい匂い。フレアの匂いが野に咲くタンポポだとすれば、エマは花壇の百合。

 コートの間からにゅっと伸びた両手が俺の髪、頬、肩その他を撫でて、

 

「冒険者ギルドじゃなくて他のギルドに行ったのかしら?」

「そう思いたいくらい可愛いけど、ちゃんと冒険者だってば」

「そう。こんなにかわいい子がね」

 

 手袋を嵌めた細い指が唇をなぞって。

 

「とりあえず食事でもしながら話しましょうか。お酒はいける口かしら?」

 

 あれ、機嫌良くなってないか……?

 口元にうっすら笑みが浮かんでいるし、もう本人も飲む気満々。どこかに機嫌直す要素あったか? 美少女に会って嬉しいのは男だけじゃないのか?

 というかその前に問題がある。

 

「あの、わたし、安い宿に一泊するのがやっとのお金しか……」

「いいわ、そんなの。それくらいご馳走してあげる」

「そんな、悪いです」

「お金なんてどうせ余っているもの」

 

 凄腕のパーティは言うことが違うな……?

 

「そ、それじゃあ、お言葉に甘えて」

「ええ。好きなだけ頼みなさい」

「え、それってエマの奢りってこと? じゃああたしはロゼのワインと──」

「あなたたちは自腹に決まってるでしょ」

 

 俺はエールに揚げ芋、と言いたいのを堪え、サングリア──フルーツ漬けワインの赤とチーズの盛り合わせを注文した。

 高い酒なんていつ以来か。

 この身体のアルコール耐性がわからないまま恐る恐る口をつけると、芳醇かつ複雑な味わいに思わず吐息がこぼれた。

 うまいな、これ、今までは「甘い酒なんて」と手をつけてこなかったが、お気に入りになりそうだ。合間にチーズをちまちま齧るのもいい。味覚まで変わったのだろうか?

 

 ちなみにフレアは結局自腹でロゼ──ではなくウォッカを注文。ちびちびやり始めた。

 リーシャは俺と同じくサングリア。エマは白ワインをボトルで注文した。

 封を開けた白ワインのボトルに軽く指が添えられたかと思うと短く呪文が唱えられ、その後、ワインがグラスに傾けられると内側に気泡が立つ。

 炭酸の呪文。以前、どこかの地方で炭酸ワインを飲んで以来エマはこれがお気に入りらしく、いつもこうして飲んでいる。

 

 俺の注文したチーズの盛り合わせ以外にも思い思いのつまみが注文され、みんなで好きに手を伸ばすような形に。

 

「それで、あなたのことを詳しく聞いてもいいかしら?」

「はい。あの、わたしは記憶喪失で、今は仮にステラと名乗っています。それで──」

 

 ステータスの判定結果や得意なことなどを話すと、エマは深く頷いた。

 落ち着いている時の彼女は冷静沈着。情に流されない判断力は何度もパーティを危機から救った。得体の知れない小娘の加入なんて即座に突っぱねられてもおかしくは、

 

「つまり、古代語魔法も神の奇跡も、精霊魔法も教えれば使えるようになるのね?」

「そういうこと! すごくない?」

「ええ、とても良い。それに可愛い。……可愛いのはとても重要」

 

 あ、こいつもう酔ってるな。

 見ればかなりのペースでグラスを傾けている。ワインもウォッカほどじゃないが強い酒だ。ぽんぽん飲んでいたら酔っ払うに決まっている。

 なお、ウォッカを飲んでいるフレアは普段から半分酔っているようなものなので気にしないものとする。

 

「あの、お酒、飲み過ぎじゃないですか?」

「いいじゃない。新しい仲間が入ったお祝いよ」

「わたし、採用決定なんですか!?」

 

 どうにかしろ、とばかりに最後の一人を見る。

 

 女神官のリーシャは三人の中で最年長。

 性格も落ち着いていて慈悲深く、猪突猛進なフレアと効率主義なエマを宥める立ち位置。ゆったりとした聖衣のせいで体型がわかりづらいものの、その胸はおっとりした性格を反映するかのように豊かだ。

 まとめると胸のサイズはリーシャ>エマ>フレア(>俺)ということになる。それはともかく。

 

 銀髪青目の美女は、大丈夫、とばかりに微笑んで、

 

「ステラさんさえ問題なければ、是非」

 

 ええ……? リーシャ、お前もか……?

 いやまあ、彼女は三人の中では良識派。だからこそ、あの時突き離されたのはショックだったのだが──逆に言うと、フレアたちが先走っている時は彼女が止める係だというのに。

 望んでいた『三乙女』への復帰。それも向こうから乞われる形での。

 これ以上ないはずの状況なのに、つい「本当にいいんでしょうか?」と尋ねてしまう。

 

「以前にメンバーとのいざこざがあったと伺ったのですが……」

「ああ、あいつの話? いいのよそれは。ステラとは全然違う雑魚だし。男だし」

 

 雑魚で悪かったな!?

 

「男の象徴をちゃんと持っているのか怪しい男だったわね。便利ではあったけど」

「え、エマ。言い過ぎよ」

 

 失礼な、ちゃんとついてる──ついていたわ!

 一発ぶん殴ってやろうかと思いつつ睨んでいると、リーシャから「どうしました?」と尋ねられたので「なんでも」と笑って誤魔化す。

 

「あいつはねー。弱いくせに意地張って。雑用しかできないくせに口うるさくて」

「酒の飲み過ぎ。塩辛いつまみの食べ過ぎ。それでも男か、と思うことは多かったわ」

 

 やっぱり一発ぶん殴ってやろうか。

 

「その後もメンバーは探したのよ。あたしたちだけでも冒険はできるけど、サポートメンバーがいると捗るのは事実だし」

「でも良い子が見つからなかった。私たちに釣り合うような女の子なんてなかなかいないでしょう?」

 

 女の冒険者は数が少ない。

 美人で凄腕で若いとなれば尚更。いてもそういう人材は既にどこかのパーティに属していることがほとんどだ。

 俺みたいに野良の新人なんてレア中のレア。

 

「ステラなら言うことないわ! むしろあたしたちと出会うために来てくれたんじゃないかっていうくらい!」

「可愛いし、女の子だものね」

「そう、ですか」

 

 すげえな。ステータスも駆け出し時の俺よりは高いとはいえ、こいつらと別れた時の数値よりは低いってのに。

 男か女かでそんなに変わるものか。

 そりゃまあ、俺も男の多いパーティにあらためて入って気楽さを実感したが。

 ……結局、こいつらは自分に都合のいい仲間を求めていたわけだ。

 そこに寂しさと悔しさを感じつつ、求められる嬉しさを同時に感じて。

 

「わかりました」

 

 俺は万感の思いと共に頷いた。

 

「わたしでよければ、お手伝いをさせてください」

「決まりね!」

 

 フレアが歓声を上げ、ウォッカのおかわりを注文する。いや、その酒はぐいっと煽るもんじゃ──あああ!

 たん! と酒杯を置いたフレアはにぃ、と、明らかに酔っ払っている表情で笑い、

 

「そうと決まればステラの服を調達しないとね。そんなサイズの合っていない服を着せておいたら勿体ないわ!」

「ええ……?」

 

 お前、俺にプレゼントなんてしたことなかっただろうに、なに気前良いこと言ってるんだ。

 ドン引きしているとエマまで「いいわね」と同意。

 

「私としては可愛い服を着てほしいわ。フリルのたくさんついたドレスとか」

「それ冒険者のする格好じゃありませんよね!?」

「絶対似合うと思う」

 

 駄目だ聞いてねえ。

 こういう時はリーシャに助けを求めて──。

 

「ふふっ。なんだかステラさんとは仲良くできそうな気がします。気軽に、お好きなように呼んでくださいね?」

 

 優しいけど状況に噛み合ってねえ!

 ……その後、俺は酔っ払ったフレアに押し倒され「脱げ」と命令されて──。

 ギリギリで貞操の危機だけは免れたことをここに主張しておく。

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