ムスペルヘイムソルフェージュ 仮面ライダー鎧武 外伝 仮面ライダー斧鉞(フェージュ)   作:鉄槻緋色/竜胆藍

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こちらは、基本的に鉄槻オリジナルキャラクターをメインに構成される『仮面ライダー 鎧武』の外伝的ストーリーです。
世界観に若干のズレがあるほか、原作のキャラクターはほとんど登場しませんので御注意下さい。


第一話 浸食する悪意 蝕む刃
・aパート


「もう起きちまった事に、後からなんでとかどうしてとか言ったって始まらねえだろ」

 揺らめく朱に照らされながら、男は焼け焦げた地面に横たわる女を見下ろして言った。

 辺りを激しく燃え盛る炎に囲まれているというのに、ここだけがまるで台風の目のようにぽっかりと開けている。

「……それが、あなたの美学、よね?」

 続くいつものセリフを女に先んじられて、男は僅かに鼻白む。

 それは今にも消えそうな、弱くかすれた声音ではあったが、無数の延焼物が爆ぜる轟音に囲まれていようと聞き漏らすものではない。

 雑音など、今さら二人の間には何の妨げにもならない。

「ああ。そうだ。 だから、俺は行くぜ」

 取り縋って泣く必要もない。

 荒れ狂う炎は運命の合図。戦いの火の手はもう、上げられたのだ。

「なあに。すぐに追いつく」

「うん。気を付けてね」

 煤だらけ、傷だらけでぼろぼろになって倒れているというのに、女はまるで玄関から見送るような調子でそんな事を言った。

 見上げる顔に、微笑みさえ浮かべて。

「わたし、待ってるから」

「ああ」

 だから男は跪き、女の額にかかる髪を指先でどかして顔を寄せ、口づけた。

「……行ってくる」

 立ち上がった男は、女に背を向けて歩き出した。

 未だ火勢の衰えぬ炎の海の中を悠々と進む、その巨大な背中はやがて見えなくなった。

 

 

◆◆

 

 

 六両編成の電車がホームに滑り込み、やがて停車する。

 続いて圧縮空気の抜ける音と共に全てのドアが開かれた。

 が、そこから足を踏み出してきたのは一人だけ。

 その武骨なブーツに包まれた足は大股の歩調でのしのしと構内を歩き、自動改札機の間をくぐり抜け……ようとして、ブザーと同時に閉塞してきた小さなフラップドアを蹴り砕いた。

「あ」

 立ち止まった足の主である男が、その長身を屈めて足元の惨劇を確認する。

「……えー? なんか足らなかったかよ」

 男は自動改札機から吐き出された乗車券を引き抜くと、それを矯めつ眇めつしながら逆戻りし、改札口脇の駅員室に向かった。

 自動で開いたドアを、僅かに身を屈めて潜る。

「あのー。 これなんだけど」

 応対に出てきた不愛想な駅員に乗車券を渡し、不足していたらしき料金分の小銭を並べて支払うと、駅員に促されてそのまま出口から外に出た。

 フラップドアの損壊は駅員からは見えない死角である上、男も既にその事は忘却していた。

 それはともかく、ようやく瑞架市(みずかし)の地に降り立ったその男は、非常に上背のある、がっしりした身体つきだった。 

 衣服を内から押し上げる筋肉と言い、どこから押しても少しも揺らぎそうにない立ち姿勢と言い、明らかに身体を動かす何らかのプロフェッショナルを感じさせる巨体。

 けれどその体躯に反して、手元の地図を覗き込む顔はどこか人を惹きつける愛嬌を感じさせる。

「ふむ」

 行き先の見当が付いたのか、男はくたびれたザックを肩に掛け直して一方へと歩き出した。

 その時、後ろの方から駅員の悲鳴が聞こえてきたが、男は一顧だにしなかった。

 ロータリーの周りは美しいモザイク柄を描かれたレンガ敷きの歩道が取り囲んでおり、華やかな商業施設が建ち並んでいる。

 それなのに、町の光景はどうにも活気を感じさせない。

 平日昼間の駅前だと言うのに人が少なく、駅前は閑散としていた。

 立ち寄ったコンビニにも客の姿がない。

 その入店メロディすら白々しい。

「ありがとうございましたー」

 店員の声にも覇気がない。

 小腹を埋める為に買ったあんぱんと牛乳が一層粗末に見えてくる気がする。

 駅前エリアを抜けると、どこからか軽快な音楽が聞こえてきた。

 覗き込んだ路地の奥に、オーディオデッキで鳴らした音楽に乗ってダンスに興じる若者たちの姿が垣間見えた。

 そう言えば、ここから電車で一時間ほどのところにある地方都市・沢芽市では若者たちの間でストリートダンスによるパフォーマンスが流行している事を思い出した。その影響が、この街にも流れてきたのだろう。

 ただし、沢芽市ではダンスチームの数に対してパフォーマンスの為のステージが圧倒的に不足しているらしく、ダンスチーム同士での場所争いが常態化しているとニュースで見かけた事があった。

「別に、ダンスなんかどこででもできると思うけどなあ」

 ぼやき、男は聴こえてくる音楽に合わせて適当に身体を揺すると、そのノリのままその場から歩き出した。

 街路樹の並ぶ通りをのしのしと進む。

 

 ──その街路樹には、明らかに別種の、生態相からして異なる蔦のようなものが絡みついていた。

 

 

 瑞架市は、どこか中途半端な印象を抱かせる街だった。

 三方を山に囲まれ一方を河川で断たれた、陸の孤島とも言える地形で、それぞれの隣接地域へはトンネルや橋、及び鉄道に頼らねばならない。

 それなのに、駅や県道を中心に局地的に商業施設やビル街が密集して発達しているように見えるのは、鉄道で繋がっている沢芽市でのここ数年の著しい発展に当て込んでベッドタウン化を目論んで、そして失敗した結果だからだ。

 瑞架市の振興は想定したほどの成果を出さず、人々が他の都市へ流れ出た結果、無人の地域がまるで虫食い穴のようにあちこちに出来上がってしまった。

 だが、瑞架市を蝕んでいるのは、虫食い穴のようなゴーストタウンだけではない。

 街路樹に絡みつく奇妙な植物。

 それは、公園の植込みや民家の庭先など、街の至る所で散見された。

 謎の奇妙な蔓草は、ビルの壁面やコンクリートすら侵して蝕み、駆除できない異常な植生に住民の方が気味悪がって逃げてしまったのだ。

 それによって街の過疎化はさらに進行し、有り体に言って瑞架市の行政は滅亡に瀕していた。

 

 男の姿は、裏寂れた無人のビル街の中にあった。

 粗末な振興計画のおかげで複雑に入り組んだビル街は整備が不充分で、地図の更新もろくにされていない。

 ゆえに、男は役に立たない地図のおかげで目的地に辿り着けないでいた。

 不気味な蔦にびっしりと覆われた、薄暗いビルの群れに囲まれて、男は途方に暮れていた。

「あれえ? どうなってんだこりゃあ」

 やがて交差路の一つで立ち止まると、首を傾げた。

 再び地図を取り出して覗き込む。

 やはりどう見ても地図と地形が一致しない。

「んー。誰かに訊いてみっかなー」

 そうぼやいて今度は地図に埋まるほど顔を近づけて、目を皿のようにして経路を見直す。

 だから男の視界は今、地図帳によって完全に遮断されていた。

 ──にも関わらず。

 男はひょいとコンビニ袋を持ち上げて、背後から袋に飛び付こうとしていた何者かの手を躱した。

 持ち上げられたビニール袋の下を、小さな少女が手を突き出した姿勢で物凄い勢いで通過していった。

 それは棒のように痩せた少女だった。どう見ても十代半ばにも達していないに違いない。

 だが、そうしてつんのめって派手に顔から転倒した少女にも、男は見向きもしない。

 たった今、先ほど購入したパンと牛乳をひったくられそうになったのにも関わらず、だ。

「…………!」

 地面にぶつけたらしき鼻を押さえて起き上がった少女が刺々しい目つきで睨んできても、男は一顧だにしない。黙々と、地図と現在地との照合に腐心している。

「チクショウ」

 呟いた少女は即座に立ち上がると、男から離れる方向に駆け出した。

 逃げるのだろう。体格差は隔絶している。正面から奪えないと分かっているから、こっそりとひったくろうとしたのだ。姿を見られては、捕まる前に逃げるしかない。

「あのよう。この辺に石英病院て知らねえか?」

「ひッ?」

 ところが、その少女の目の前に、上から男が僅かに膝を曲げて着地してきた。

 あまりにも現実離れした現象に、少女は目を白黒させた。数メートルの距離を、小柄とはいえ人ひとりの頭上を飛び越えてきたのに、男の動作は違和感を覚えるほど軽快だったのだ。

「……え……あ……?」

「ああほら、怖がんねえでくれよ。俺様ってば超紳士。ものを尋ねる時は、慌てず騒がず穏やかに。それが俺様の……美学!」

 鷹揚に掌を振って意味の分からない事を言い出した男が、台詞の最後に合わせて小指と薬指だけを立てた右手(親指側から指を折って数を数えた場合の「3」の状態だ)をかざしてポーズをキメた。

(……なにコイツ。キモ)

 男の説得はむしろ少女の悪寒を増長させた。

 なんのポーズか知らないが、男のしているそれはオネエキャラの芸人がシナを作っているようにしか見えない。

「な? 頼むよ。教えてくれよ。ここがこの辺だと思うんだけど、俺様迷っちまったみたいでさ」

「……ッ!」

 先ほどの離れ技も奇矯なポーズも置き去りに、なおも地図を突き出してくる男から逃れるように少女は跳び退った。

「ええー? いや、そこは親切心を発揮するところだろ。 なあ知ってたら教えてくれよ。この辺のこと、分かんねえかなあ」

 ショックを受けながらも、呑気な顔でなおも尋ねてくる男に対し、少女はポケットから取り出した物をかざして身構えた。

 少女の手のひらにも収まる大きさの四角い筐体。表面に紫色の丸い文様が彫り込んである。

 そしてその上部から生えたU字型のアーチ。パッと見は南京錠にそっくりな物体。

 「ロックシード」。それは沢芽市のごく一部でしか流通していないはずのアイテムだった。

 少女はそれの側面に設置された突起を、親指でぐいと押し込んだ。

 すると、がしゃん、と音を立てて上部のアーチが飛び出し、錠が開放された。

 だが、それで開かれるのはただの門ではない。

 男と少女の中間の虚空に突如、なんの支えも無しに線ファスナーが現れ、手も触れられずにスライダーが勝手に下りると、務歯の列が解放されて空中にアーモンド形の口を開いた。

 そのファスナーの中はまるで写真でもあてがったみたいにまるで異なる光景が広がっており、務歯の列を境に毒々しい色の花々や果実が実る異形の森の光景が見えた。

 そこから何者かが「こちら側」へと飛び出してきた。

『ーーーーッ!』

 目の前に着地したそいつは、世界のどの獣にも該当しない奇怪な咆哮をあげた。

 四肢五体を備えた赤き表皮の人型の、異形。ロックシードによって召喚される、「向こう側」に棲息する生物。

 インベス。

 それも、高等なロックシードによって召喚される強力な上級インベスだ。

 頭部の周囲に炎のような赤い鬣を生やしたライオンのごときインベス──ライオンインベスは、腕を振り回して身構えると、男に向かって飛びかかってきた。

 開放したロックシードを構えた少女は、男とインベスを強く睨みつけている。ロックシードによって召喚されるインベスは、ロックシードの持ち主の意志によって操られる。少女はインベスの支配に集中しているのだろう。

 つまり、このインベスの暴虐は、少女の意志によるものだ。

「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺様はただ道を訊きたいだけなんだけどな」

 ところが男は、目前に迫る異形が無いもののように呆れた顔でぼやきながら、ライオンインベスの振り回す拳を数歩後退するだけで躱してしまった。

「ああ、わかった。道を教えてくれたら、これやるよ。正当な報酬と引き換えだ。ビジネスだ。な?」

 さらに少女に向かってコンビニ袋をかさかさと振りながら、ろくに見もせずにインベスの攻撃を躱し続ける。

「……ッ?」

 それを見て少女は頭痛をこらえるように片手で頭を押さえて唇を噛んだ。

 異常を行使しているのは少女の側のはずなのに、男の言動はそれ以上におかしい。

 インベスを見ても、まるで取り乱す様子がない。

 有り得ない。ふざけるな。

 少女は、見ず知らずの人間を手伝いにここに来た訳ではない。

 欲しいものを、奪いに来たのだ。

「……!」

 少女の操作の意志に応えて、インベスの腕の動きが変わった。

 拳を解いて手を広げ、男がぶらさげるコンビニ袋を奪いにかかったのだ。

「おおっと」

 ところが男も即座に反応し、袋をインベスの手から遠ざける。

「おまえにゃあやらねえよ、これはあの娘にやるんだからな」

 言うと男は前蹴りを放ち、インベスの腹を押し遣って距離を広げた。

「ったくしょうがねえな」

 ぼやくと男はザックとコンビニ袋を投げ捨て、シャツのボタンを引きちぎって服の前を開けた。

「……?」

 その所作に少女は訝しんだ。

 この危険な事態だというのに、こいつは露出狂の変態だろうか。

 男の腹は、服の上からの見かけに相応しく、割れるほど見事な腹筋を備えていた。

 そのへそに、リングピアスが留められていた。

 続いてジャケットの懐から取り出したものを、指先でくるりと回し、眼前に構える。

「……え?」

 少女は目を見張った。男が取り出したそれも、ロックシードだったから。

 表面の掘り込み──キャストパッドに描かれているものは、縦に一筋の切れ込みを穿たれた、薄紫の楕円形。

「変身」

 呟き、親指で筐体側面のリリースボタンを押し込むと、上部のアーチ──スライドシャックルが跳ね上がって錠を開放した。

《アケビ!》

 錠前がその果実の名を告げると、男の頭上に線ファスナーによる円が現れた。

 スライダーが迅速に一周してファスナーを開放すると、丸く切り取られた空間が缶詰の蓋のように垂れ下がって開かれる。

 同種の凶器に少女が緊張するが、その向こうから現れたのはインベスではなかった。

 薄紫の紡錘形、穿たれた一筋の亀裂。

 アケビなんて果実など、少女は知らない。

 そんな果実の形状の、巨大な丸い物体が降りてきたのだ。

 続いて男はロックシードを自らの腹にあてがうと、スライドシャックルをへそのリングピアスに通してから押し込んで錠を閉じた。

 すると、上空に浮いていた果実は一気に下降。男の頭をすっぽりと飲み込んでしまった。

 まるで被り物のように男の肩に鎮座した果実は、縦横に切れ込みを入れると、四方に分解して割れて広がった。

 分割した果実のパーツは角度を変える途上で変形し、それぞれ両肩を、背を、胸板を覆い、両手までも手甲で包み込んだ。

 展開された果実の中から現れた男の頭部は、薄紫の丸いヘルメットで覆われていた。左右に反り返った吹き返しから、それは兜と呼ぶべきだろう。

 そんな兜の形状や、肩に垂れ上がる階段状の装甲の意匠など、それらはどことなく武士の甲冑を思わせる。

 そして男の右手には、いつの間にか薄紫の果実の意匠を施した、大きな斧が握られていた。

 男はカジュアルスタイルの服の上から甲冑を着込んだ鎧武者へと変じていたのだ。

「……来な。ちっと相手してやる」

 粋に口の端を釣り上げて、男が指先をくいと曲げて招いたのはライオンインベスだが、少女は構わずインベスに出撃を命じた。

『ーーーーッ!』

 吼えたライオンインベスは、今度は鈍く光る鋭い爪を振りかざして襲い掛かった。

 それに対し男は半身に構えると、肩でインベスの爪を受け止めた。

 鳴り響く激突音。男は、僅かに後退った。

「……おお。けっこう重いな」

 続く二撃、三撃を同様に肩当や手甲で捌きながら下がってゆく。

 その度に凄まじい激突音と火花が発生するのだが、男の表情はむしろ涼やかで、笑みさえ浮かべていた。

「んじゃ、そろそろこっちの番だ」

 言うや、インベスが爪を振り下ろして体勢を崩したタイミングで振り上げられた男の斧が、ライオンインベスの胸郭を殴り飛ばした。

『ーーーーッ!』

 ライオンインベスの赤き巨体が仰け反り、先ほどの攻撃で押し込んだ分だけ後退してきた。

 その異常に少女が目を剥いた。

 このインベスは、少女の知る限り最高位の強力な個体だ。

 低級ですら成人男性の手にも余るのに、この男は変な鎧を着ただけでそれを圧倒している。

 意味が分からない。

「まだまだあっ!」

 そこへ男が突進し、軽々と振り上げた斧を袈裟懸けに、逆袈裟に打ち込んでインベスを突き押してゆく。

「おーら、よっと!」

 続いて身を翻した男はバッティングのフォームで斧を振るうと、インベスの巨体を高々と打ち上げた。

 冗談のように虚空を舞うインベスの巨体が大きなアーチを描き、少女が開いたファスナーの門──クラックへと飛び込んでいった。

「ホームラン! 勝負ありだ! もうそれしまっとけ」

 さらに、呆気なく少女の眼前まで接近した男の片手が伸び、少女の手のロックシードのスライドシャックルを押し込んで閉じてしまった。

 同時に、虚空に穿たれていたクラックも迅速にファスナーを閉じ、消えてしまう。

 それを確認すると、男も自らの腹に装着したロックシードを開錠する。

 纏っていた甲冑が閉塞して果実の形態に戻り、頭から離れて宙にに浮かび上がると、霞んで消えてしまった。

「さあて、と。 なあお嬢ちゃん」

 呑気に言って男は、呆然としている少女の手首を──未だロックシードを握りしめている手首をぎゅっと握ると、少女の眼前にコンビニ袋をぶら下げた。

「これやるからさ、道教えてくんない?」

 にこりと、巨体の割に愛嬌のある笑顔で男が重ねて尋ねた。

 未だ衝撃に囚われた少女は、言葉が出ない。

 

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