ムスペルヘイムソルフェージュ 仮面ライダー鎧武 外伝 仮面ライダー斧鉞(フェージュ) 作:鉄槻緋色/竜胆藍
ブルートガルドにおいて、下位リーグであるワイルドライドは直接観戦が可能な上、誰でも賭けに参加できるが、上位リーグであるアーマーライドは下位に比べて制限がある。
その構造上、直接の観戦が不可能なため、訪れた観客は設置された巨大モニターを通じて試合の模様を観ることになる他、一般の入場者は賭けに参加する事ができない。
なぜなら、本来の客層がこの辺鄙な場所まで直接出向く事のない人種であり、かつ莫大な金が動くからだった。
賭けに参加できるのは、紹介を受けて入会した富裕層の会員に限定される。そして彼らはネットを通じて試合の模様を観戦するのだ。
この異常な暴力によるエンターテイメントが、特製麻薬「グライプ」に並ぶ「雨枷」の主力商品だった。
「直接観戦できない、ってのは、どういう事だい?」
阿根倉の解説に淘滋が疑問を挟む。
「アーマードライダーの戦いの舞台はね。主に、およそ四キロメートル四方の、どこでもない森の中だからよ」
問われた阿根倉が、派手なアフロヘアーを振って軽快に応えた。
「木立で視界は制限されるし、お客を招くには不向きな場所なのよねえ」
「行ってみれば、わかるよ」
後ろにいる希沙が、つまらなそうに付け足した。
「ロックシードで開いた穴の向こう側。あんた、行った事ある?」
「ほう。そんな感じか」
希沙の注釈に淘滋は鷹揚に頷いた。
いま三人がいるのは、アーマーライドの選手であるアーマードライダーの専用の控え室、と呼ばれる部屋だった。
とは言っても、打ち放しコンクリートの簡素なビルの一室にしか見えないが。
一方の壁には複数のモニターと巨大なコンソールが設置されている。
そのモニターには、このアーマーライドの試合の模様を伝える為のネット番組が映し出されている。明るく上品に整えられたセットの前で、男女の司会者が何事か明るい調子で語り合っていた。
それに比べて、この部屋はなんとも裏方感が溢れる質素さだった。
「さあて、ぼちぼちお時間よお」
ブザーを聞いて時計を確認した阿根倉が、手に持つ端末を操作する。
すると、部屋の奥を仕切るシャッターがくぐもった音を立てて上にスライドしていった。
開かれた壁の向こうは、こちらと同じくらいの部屋が続いており、その部屋の中央に門のように二本の柱が立っていた。
「……? なにもないぞ? あれは何だ?」
「あれが、戦いの舞台の入り口よお」
言って阿根倉が端末の画面をタップする。
その途端、二本の柱から電光が迸って絡み合い、柱の間の中空に線ファスナーが現れると、迅速にスライダーが降りてその口を大きく開いた。
「……つくづく、どういう仕組みなんだかなあ……」
「さあ。アタシも詳しい事は知らないけれど、ロックシードの召還プロセスのうちの、入り口を開け閉めするところだけに干渉して操ってるらしいわあ。 見て」
暗闇の虚空に浮かぶ務歯の列が描く楕円を境に、その向こうは不気味な色合いの異形の森の光景が広がっていた。
「あれがその舞台。『
「ほう。そりゃあ物騒なことだ」
頷いた淘滋の両脇を、いくつもの小さい何かが掠め飛び、そのファスナーの向こうへと飛び込んでいった。
「今のはなんだ?」
「試合の模様をお客様にお届けするための中継用のカメラよ。自律飛行型カメラ。高価いんだから、壊しちゃダメよ」
阿根倉が取り出したのは、四基のプロペラを備えたクアッドコプターだった。
五十センチ足らずのその機械が、意外と静粛な音を立ててローターを回転させると阿根倉の手から浮かび上がり、仲間を追って虚空の裂け目へ飛び込んでゆく。
「中継と、あとは監視だよな」
「当たり前でしょお? つまらないこと言わないの。さ。もう試合が始まるから、あなたも変身して」
「おう!」
促されて一歩前に出た淘滋は、取り出した機械──アゲートドライバーを背後に回し、両手でバンドを引き出しながら自らの腹に巻き付けた。
腹の前でユニットを接続させると、左右のユニットから小さなリング状のパーツが飛び出し、中央でその軸を重ね合わせた。
続いて淘滋はロックシードを眼前に構えた。キャストパッドに彫り込まれているのは、中央に亀裂を穿った薄紫色の紡錘形。
側面のリリーススイッチを押し込み、開錠する。
《アケビ!》
ロックシードが自らの果実の名を告げた。
淘滋の頭上の虚空に現れたファスナーが円を描き、迅速にスライダーが一周すると円形に切り裂かれた空間が垂れ下がり、その向こうから巨大なアケビの果実が降りてきた。
ロックシードを手の中で僅かに跳ね上げてから掴み取って宣言する。
「変身!」
そして振り上げたアケビロックシードをベルトバックル中央のスロットにはめ込み、スライドシャックルを上から叩いてバックルのリングに通して施錠した。
《ロックオン》
バックルが無機質な女声で認証を告げる。
続いてバックルの右端に設置されたレバーを上から押し下げる操作に従い、連動してロックシードの左右の突起から爪が伸びるとロックシードを両側から突き刺した。
キャストパッドが割り開かれ、果実の断面を晒して展開させた。
《アケビアームズ。レディ》
バックルが認証を告げると、頭上の果実が急降下して淘滋の頭に被さった。
果実から放たれたエネルギーが淘滋の体を取り巻くと、肌に密着したボディスーツが形成される。
それはまるで不吉な灰を思わせる昏いグレーのライドウェア。
続いて頭の果実が分割され、各部が変形しつつ四方に展開された。
それら果実のパーツは胸郭に、背に、両肩に配置され、位置を微調整してからウェアに接合された。
果実の中から現れた頭部も仮面によって完全に覆われており、それはまるでドクロを思わせる形状の武者の面頬のようなマスク。
左右に吹き返しのような張り出した部位を備えた兜を含めて、全体として武者の甲冑のような姿。
──それは先日、希沙の前で見せたものとまったく同じ姿だった。
《アケビアームズ。一・刀・両・断》
バックルがシークエンス完了の旨を告げ、余剰のエネルギーが閃光と化して迸った。
『よおし。 んじゃ、行ってくるぜ』
「いってらっしゃい。 油断は……まあ、しないと思うけど、相手もここに来てそんなに長くない奴だから、あんまり気負わないようにね」
「え? 相手は誰?」
壁に設置されているモニターの中の番組では、まだ今回の選手の紹介までは進行していなかった。
なので希沙は、阿根倉が抱えているいるタブレットPCを覗き込んだ。
「げ!
嘔吐くようにして呻いた希沙を、変身した淘滋が振り返った。
「ほう? 希沙ちゃん、そいつヤな奴なのかい?」
「なんかセコイ手ばっか使う奴! そのクセ負けたりもする、なんか中途半端な奴でんさ。見ててすっごいモヤモヤするんな!」
「ホントは、選手にはいちいち相手を知らせたりはしないんだけれどね」
体を抱きすくめて身悶えしている希沙を横目に苦笑しながら阿根倉が付け足した。
だが、言うほど厳格な決まりと言うわけでもないらしい。
「このローカクは、なんだかんだでロックシードは一定数は確保し続けてるのよね。取ったり取られたりしながら。 だからそれなりに賭けは盛り上がるんだけど、人気は低いわねー」
阿根倉までもが呆れたように溜め息を吐いた。
「でもまあ、アーマードライダーのパワーのする事だから、気を付けてね。 まずはそのパワーに慣れるように」
「はいよ!」
肩越しにアケビアックスを振った淘滋が──登録名・フェージュが、軽快な動作で虚空に穿たれたファスナーのゲートに飛び込んでいった。
一方、今回の相手とされる選手の控え室でも、選手当人と、数名のスタッフが待機していた。
バトルの舞台であるブルートガルドへ至るクラックゲートを前に、男がアゲートドライバーを片手に提げて立っている。
マネージャーの合図にうなずくと、背後に回したアゲートドライバーを両手で掴み、バンドを引き出しながら腰を半周して腹の前で左右のユニットを組み合わせる。
続いて取り出した、編み目を纏ったグリーンの球体がキャストパッドに彫り込まれたロックシードを、まるで高階の窓辺に求愛を詠うように虚空に差し出した。
そして側面のリリーススイッチを押し込み、開錠する。
《メロン》
ロックシードが自らの果実の名を告げた。
男の頭上の虚空に現れたファスナーが円を描き、迅速にスライダーが一周すると円形に切り裂かれた空間が垂れ下がり、その向こうから巨大なメロンの果実が降りてきた。
「……変身」
芝居がかった甘い声で呟くと、そのロックシードを優雅に横に振ってから、くるっとターンしてバックル中央のスロットにはめ込み、上から叩いてスライドシャックルを押し込みリングに通して施錠する。
《ロックオン》
バックルが無機質な女声で認証を告げる。
続いてバックルの右端に設置されたレバーを上からバレエの手振りのように押し下げる操作に従い、連動してロックシードの左右の突起から爪が伸びるとロックシードを両側から突き刺した。
キャストパッドが割り開かれ、果実の断面を晒して展開させた。
《メロンアームズ。レディ》
バックルが認証を告げると頭上の果実が急降下して、喝采を浴びるスターのように両腕を広げた男の頭に被さった。
果実から放たれたエネルギーが男の体を取り巻くと、肌に密着したボディスーツが形成される。
それは非常に鮮やかな、まぶしいくらいのイエローに彩られたライドウェア。腰の前には前垂れが提げられており、表面に描かれた渦巻き模様など、その意匠はどこか中華めいたデザインだった。
続いて頭の果実が分割され、各部が変形しつつ四方に展開された。
それら果実のパーツは胸郭に、背に、両肩に配置され、位置を微調整してからウェアに接合された。
果実の中から現れた頭部も仮面によって完全に覆われており、それは渦をモチーフとしたフレームに囲まれた、巨大な鋭角の瞳をもつ中国の伝承の獣を思わせるマスク。
その手には、アームズと同じ鮮やかなグリーンに彩られた巨大な盾を持っていた。
《メロンアームズ。天・下・御・免》
バックルがシークエンス完了の旨を告げ、余剰のエネルギーが閃光と化して迸った。
そうして変身した男は、まるで舞台の俳優のようにその場で優雅なターンをキメると気取った仕草で両腕を広げ、余韻に浸るように身動きを止めた。
──なお、この間、室内のスタッフは各々の作業に注視しており、誰も男の動作を見ていない。
唯一男の背後で待っていた、熊のような厳つい中年男のマネージャーがこめかみを掻いて溜め息を吐くと、のしのしと歩み寄り「早よ行け」と尻を蹴りつけて変身した男をクラックの向こうへ蹴り込んだ。
◆◆
鬱蒼と生い茂る、無数の異物が折り重なり絡まり合って形成される不気味なドームの中を歩く。
そこは日本はおろか、熱帯でも寒冷地でも見た事のない、異様な形状の、でも木や草としか言いようのない物体で埋め尽くされた世界だった。
どこまで行っても景色を埋め尽くす、深く暗く濁った緑、緑、緑。
世界を照らすのは、果たして良く知る太陽の光なのだろうか。淘滋の目に映る光景は、マスクのセンサーが補正する精細な視野を通してなおダルトーンに沈んでいた。森の緑はおろか、空の青も、どこか暗い。
『……ふん。忌々しい』
反吐が出る。
実際に唾棄する事は、マスクを被った今となっては叶わないが。
そのマスクに顔面をくまなく覆われていると言うのに、視界を遮るものは何もなく、視野は異様に広い。
センサーに映る光景が、そのまま淘滋の視野に投影されているのだ。このマスクには突起があちこち突き出ているはずだが、自身の目にはそれが表示されない。おかげでマスクを被っているという事を忘れてしまいそうだ。
そしてその視野には、方位を示す三軸の円弧状のレティクルが邪魔にならない色合いと配置で投影されていた。
淘滋が謎の森を歩くにつれ、ちらちらと角度を変えるそれは方角・方位を示しているのだろうが、前後左右の頂点を示す表記が東西南北を示す「N・E・W・S」ではなく、別の記号が当てられていた。
ほか、細長いアイコンが一方を示し、傍に数値を表示している。
それが戦闘エリアの中央を示すものだと、阿根倉から聞いていた。
数値は、エリア中央からの距離。そこを中心に約二キロメートル圏内が、このバトルの舞台と言うわけだ。
ただし、自分がこの森に進入したスタート地点が、全体のどの位置なのかは分からない。恐らく相手も同様だろう。
つまりこの広大なエリアの中で、相手を見つけるところからゲームは始まっているのだ。
先に相手を捕捉できれば、不意を突いて先制することもできるだろう。
そして他に何も目印がないこの森の事。まずは唯一の指標である「エリア中央」へ向かうのが定石だろう。
なにしろ誰も懇切丁寧に説明してはくれない。ここのスタッフの中では阿根倉はまだ親切なほうだろう。
ともあれ、行動方針の見当をつけた淘滋はレティクルの示す「エリア中央」目指して奇妙な緑を分け入って進んでいった。
地面に散らばる朽ちかけた枝を、ライドウェアのブーツが土ごと踏み潰していった。
『…………』
土に穿たれたライドウェアのブーツの足跡の真ん中で二つに折れている枯れ枝を、イエローのスーツにグリーンの装甲を纏ったアーマードライダーが見下ろしていた。
恐らく、ほんの少し前に、ここを相手選手が通っていったのだろう。
『…………』
ぱちんとフィンガースナップを打ったアーマードライダーが、誰も見ていないにも関わらず気障ったらしい仕草でその足跡の行き先を指さすと、森の奥へと踏み込んでいった。
マスクのセンサーがもたらす精細な視力は、屈むことなく地面に転々とつけられた足跡を見分けてみせる。イエローのアーマードライダーは、鼻歌でも歌っているかのようにリズムに乗せて首を揺らしながら、散歩するような足取りでその足跡を追跡してゆく。
タイミングからして、そう遠くないうちに相手を捕捉できるだろう。そう思っていたが、そこでイエローのアーマードライダーは足を止めた。
足跡が、途切れているのだ。最後の足跡から、その周辺に続きの足跡が見当たらない。
どこか離れた位置に跳躍でもしたのかと、周囲を見回したその背後で、突如気配が大きく膨らんだ。
(かかった)
森の中を歩く途中で大木の枝に飛び移っていた淘滋──フェージュは、こちらの足跡を追跡してきたイエローのアーマードライダーが真下を通過していったところで乗っていた枝から飛び降り、背後から相手を奇襲した。
マスクの視野には相手の身体に二重写しにユニットのアイコンが表示され、それを指して「
なんともご丁寧なことである。
それはさて置き、フェージュは飛びかかる途上で相手の様子をざっと観察した。
ライドウェアのカラーはイエロー。纏っているアームズはグリーンのメロンを模した鎧で、右手に巨大な盾を持っていた。
『って、盾?』
渾身の力を込めて振り下ろしたアケビアックスを、凄まじい激突音を立てて受け止めたその盾を見て淘滋は仰天した。
斧の一撃を跳ね返されたフェージュは大きく仰け反って後退したが、受け止めたローカクは盾を構えた体勢で僅かも後退していなかった。
防御特化のアームズなのだろう。盾の強度もさることながら相手──ローカクのライドウェアは敵の攻撃を阻み、その場で受け止め、衝撃を受け流す能力に長じているようだ。今の一撃を受けても揺らがない重心の置き方も、微動だにしない構えも見事なものだ。
(だとして、バトルの現場に盾だけ持ってきてどうするつもりだ?)
ロックシードがもたらすアームズにバリエーションがある事を、淘滋は知っている。
ただしその数はほんの僅かであり、すべてを知っているわけではない。
見れば、ローカクの盾には先端に突起があり、反り返った縁は鋭利な刃のようになっている。攻撃手段がないわけではないのだろう。
『ま、そーだよな。これからも、こんな調子で見たこともないロックシードがぽんぽん出て来るんだろうしな』
想定外の防御の衝撃で痺れた手首をぶらぶらと振りながらぼやく。
『起きた事に、今さらなんでとかどうしてとか言ったところで始まらねえ。 それが俺様の、美学だしな!』
アケビアックスを持ち直し、フェージュは再びローカクへと飛びかかっていった。
ローカクの盾は非常に強固なようだが、何も律儀に盾を殴りつけてやる事もない。フェージュは盾の及ばない足元へ斧を振り下ろした。
だがその攻撃の線上に即座に盾が割り込んだ。
打ち込んだ勢いを丸ごと跳ね返されてフェージュの身体が仰け反るが、その勢いを利用してくるりと身を翻すと今度はがら空きの肩めがけて斧を振り下ろす。
それもまた即座に割り込んだ盾に阻まれる。
再び跳ね返されて仰け反った勢いを利用して身を翻したフェージュは、今度はローカクの背後へ回り込もうと移動した。
だが円で移動するフェージュに対し、ローカクはその場で身体の向きを変えるだけで盾をフェージュに向けられる。
攻め込む隙がない。これでは埒が明かない。
(なるほど。希沙ちゃんの言う通り、コスい野郎だ)
そう言えば、試合の制限時間についても聞いていなかったが、こいつはどうやら長丁場になる事も厭わずに守りに徹して、焦れた相手の隙を突くつもりなのかもしれない。
それは人気も出ないだろう。ローカクの中の人間は、エンターテイメントや美学を解せぬ可哀相な輩に違いない。
『なら、俺様がいっちょ、盛り上げてやろうじゃないかね!』
アケビアックスの刃の腹を叩いて、フェージュが三度、飛びかかっていった。
助走をつけて僅かに跳躍し、大上段からローカクの頭を狙って体重を乗せたアケビアックスを振り下ろす。
それは、ひょいとかざしたメロンディフェンダーに激突してあっさりと阻まれた。
だがそれは陽動。着地したフェージュの足が、ローカクの足を蹴りつけてその姿勢を崩した。
『っ!』
体勢を取り戻そうとしたローカクだが、右腕が動かない事に気付く。見れば、メロンディフェンダーの上端の縁をフェージュの左手ががっちり掴んでいたのだ。
『おらあ!』
これでローカクは防御できない。フェージュはローカクの背中めがけてアケビアックスを叩き込んだ。
『あ?』
だがその刃は狙うべき敵の背中を見失った。
ローカクは、盾を掴むフェージュの左手を上から己の左手でさらに押さえつけ、互いに掴むメロンディフェンダーを軸にくるりとこちらへ回り込んできたのだ。
『なに!』
斧を振り下ろしたフェージュの体勢は流れている。片手も押さえられ、ブロックすることもできない。その脇腹にローカクの後ろ回し蹴りが叩き込まれた。
『がっ!』
衝撃が淘滋の内臓を揺らす。
同じパワーを持つアーマードライダー同士。アームズでなくとも、その肉弾戦の威力も桁違いのようだ。ライドウェアの防御力があってもこれだけの衝撃が通ってくるとは。
それよりも淘滋は、僅かながらに驚いていた。
ローカクの今の動き。それは明らかに何らかの武術の動きだった。
(やっぱ、タダ者じゃなかったかよ!)
ローカクは待ちに徹することしかできないのではない。
やれば普通に戦えるのに、やらずに待ちに徹しているのだ。
(分かっててやってる! なおさらタチが悪い! 最悪じゃねえか!)
ようやく希沙が毛嫌いする気持ちが分かった。
『……バトルはクールにやるもんだが、気が変わった』
こいつは 趣 味 で 直々に叩きのめしてやる!
地面を転がって起き上がったフェージュは斧を持ち直し、改めてローカクに向かって身構えた。
この街に来るまでに培った、斧鉞流と、斧の扱いとを織り交ぜた、独自の闘法の構えで。
やはりローカクの中の人間には心得があるのだろう。フェージュの構えを見て、ローカクもまた身構えた。
その姿勢には隙が無い。重心は落としつつも、足の幅は狭く、即座に移動できる態勢だ。
(コスいけど、いるじゃねえか。なかなかヤる奴がよ!)
性格はアレだが、下位リーグではついぞ見なかった手錬の気配に、マスクの下で淘滋は犬歯を剥いて笑んだ。
(でも叩きのめすけどな!)
機は待たず、フェージュが突進した。
これまでのように斧を大きく振り上げたりはしない。アケビアックスを両手で抱え、上体を揺らさない滑るような歩法でローカクへ接近してゆく。
そして肘と手首の返しだけで斧を振りおろす。狙い目は、メロンディフェンダーの下端だ。
いかに盾が大きくとも、それを支える握り手は、軸だ。梃子の要領で盾の防御を崩すつもりだった。
ところが、今度はローカクも主体的に動いてきた。
斧が激突する寸前にメロンディフェンダーを自ら傾けたのだ。激突したアケビアックスが、盾の表面に沿って滑る。斧自身の重量と自らの勢いで、フェージュが勝手につんのめった形だ。
ローカクは、さらに盾をフェージュに押しつけた。体勢が崩れたフェージュの体を制し、盾の向こうでローカクが身を翻してフェージュの背後に回り込み、強烈な肘打ちを叩き込む。
それは空を切った。前方に体勢が流れたフェージュがその勢いのまま地面に身を投げ出して躱したのだ。
落ち葉を撒き散らして前転したフェージュは迅速に起き上がり、片手と両足で地を這うようにローカクに飛びかかると、地面すれすれにアケビアックスを振るいローカクの足を薙いだ。
その一閃は、地面に突き立てられたメロンディフェンダーに阻まれる。
それだけではなく、ローカクはメロンディフェンダー自体を支えに倒立したのだ。盾の上で宙返りすると、盾を殴りつけている状態のフェージュを踏みつけようと殺到する。
だがローカクのブーツは異質の土を爆発する勢いで踏みつけるに終わった。フェージュは、盾を殴りつけた反動で横に転がっていたのだ。
その場で倒立したフェージュの蹴りがローカクを襲う。メロンディフェンダーは未だ地面に刺さったままだが、ローカクは冷静に片手でその蹴りを打ち払ってゆく。
やがて立ち上がったフェージュと、盾を引き抜いたローカクが、再び身構えて対峙した。
ここまで、ほんの数瞬のこと。
この数瞬の交錯で、淘滋はローカクの中の者を少しだけ見直していた。
ローカクは、盾の陰に隠れるだけの卑怯者ではない。盾を使いこなしている。
(おもしろい……!)
己の使命を忘れるつもりもないが、心の中の戦いを楽しむ部分がうずくのを感じる。
(常に余裕を忘れない。それも俺様の美学、ってか)
若干言い訳めいた独白をしてから、フェージュが次の手を仕掛けるべく踏み出した。
その瞬間。
『ああ、でも。その美学はちょおっと待ってて欲しいかも』
『へ?』
懐かしい声とともに、淘滋の周囲の光景が微細に砕け散って吹き飛んでいった。
「なっ? 沙綾?」
『はあい』
それは、沙綾からの干渉だった。
だがいつもと様子が違う。何もない空間にいるのは淘滋ひとり。沙綾の姿が見当たらない。
『お待たせー。過去からの精算の、時間だよお』
おもしろがるようなそんな声とともに、背後から伸びた白く細い腕が、アケビロックシードを弾き飛ばすとアゲートドライバーの接続を解除し、バックルをふたつに分解すると淘滋の腹からベルトを引き抜いてしまったのだ。
「なっ? おい!」
たちまちアームズが解除され、身を包んでいたライドウェアが閃光と共に消滅してしまう。
『ご利用は計画的に。 ありがとうございましたー!』
慌てて振り返った淘滋の目の前で、戯けた調子でそんな事を言いながら朗らかに手を振る沙綾の姿が迅速に薄れて消えてゆく。
胸に淘滋のアゲートドライバーを抱き締めて。
何を言う暇もなかった。
次の瞬間にはまた微細に砕けた光景が殺到し、辺りは元の戦場に戻った。
『…………!』
ローカクが怪訝に首を傾げる。
そこには、変身を解除して元の姿に戻った淘滋が残されていた。
「……あ……な……なにも、こんなタイミングで持ってかなくてもよ……」
淘滋は呆然と呟いた。
これが、先日の、組織の案内役の男たちが変貌した化け物に対抗する為に行使した、沙綾への頼みの代償だった。
あの時に沙綾が導き出したアゲートドライバーは、何もないところから生み出したわけではない。
時を行き来できる沙綾に頼んで、「未来」から持ってきてもらったものだ。
ただし、そんな沙綾とて万能ではない。
アゲートドライバー自体は、開発された時点から歴史に存在してはいるが、沙綾が直接干渉して持ち運べるものは、事象の起点、すなわち淘滋が関わっているものに限られる。
そして、いかに沙綾が自在に未来と過去を行き来できるとしても、時に干渉するにはその時点に目印となるものが必要だ。
すなわち、今回の例で言えば「アゲートドライバーを淘滋が活用している場面」だ。
だから、「未使用時に持ち歩いているアゲートドライバー」には触れられず、このタイミングでの干渉となったのだ。
とはいえ。しかし。
「……うん。まあ。今さらなんでとかどうしてとか言ったって始まらねえけどよ」
沙綾のおもしろがるようなツッコミが聴こえてくるようだ。
──それがあなたの美学でしょ?
「どーすんだよ、これ」
これまで沙綾にものを頼んだ時とは危険度の桁が違った。
アーマードライダーの超越した能力は身に染みて理解している。生身で対抗できる訳がない事も。
蹴られた脇腹には、未だ鈍い痛みが残っている。ライドウェア越しでもこれなのだ。
あの時、ベルトを借りた時の戦闘を思い出す。どれほどの時間使用していたか。
概算百二十秒。
これから百二十秒経たないと、ベルトは戻ってこない。これがあの時、事を急いだ理由だった。
淘滋は、恐る恐るローカクを振り向いた。
ローカクは、棒立ちしてこちらを眺めている。どうも呆然としているように見受けられた。試合途中でライドウェアを解除するなど確かに愚行としか言いようがないだろう。
そして、さすがに二分間もそのままな訳もないだろう。
「……まあ、どうにかやってみるか」
唾を飲み、淘滋は拳を握り締めて身構えた。