仮面ライダーガヴ×カシバトル スイート・ジェネレーションズ   作:壱肆陸

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ビターすぎるヴァレン

「ここか!? ここだな! ここの……はずだ!」

 

 えらく複雑で長い道のりを数日間。借り受けたレジスタンスの端末の情報を頼りに、絆斗はオアズーケ王国の大工場に到着した。

 

「話によればここが敵の本拠地、で今は潜入調査だかなんだかやってるみてぇだが……」

 

 絆斗としても潜入調査は十八番だ。しかしこの時代でのんびりする気も無い。さっさとグラニュートをぶっ倒し、『センセイ』とかいうボスをシメて2024年に帰らなければ。

 

 できるのか? 自分にそれが。

 

『歯ァ……食いしばれ!』

 

『せっかくたんまり闇菓子貰えるチャンスだったのによぉ……どうしてくれんだよ!』

 

『仲間にならねぇなら始末しろってお達しだ。悪く思わんでくれ』

 

 つい最近だ。ようやく戦う力を手にしたというのに、たったこれだけの戦いで敗北の記憶は濃く、苦い。

 

 このままじゃガキの頃と変わらない。ただ失ったものを数えて暴れまわるだけの、何も守れない無力な木偶の坊だ。

 

 幼い頃、目の前で母を攫ったグラニュート。このままじゃアイツに辿り着く前に力尽きてしまう。

 

「どうすれば、俺は……もっと強くなれる……?」

 

 その時、工場の屋根を突き破って菓子の花火が咲いた。

 

「どうやら……もう始めてるみてぇだな!」

 

 悩んでいる暇はない。絆斗はヴァレンバスターにチョコドンを刺し、壁にぶちまけたチョコレートの中に飛び込む。

 

 壁をぶち破り、仮面ライダーヴァレンは音の鳴る方へ駆け出した。

 

──────────

 

「仮面ライダー……ヴェロス……!」

 

 噛み締めるようにガヴがその名を呟いた。

 べゼロが作ったというゴチゾウで、(シエン)が変身した『仮面ライダー』。

 

 鋼鉄の意思を以て、人間の世界を守るために、

 ショウマの敵として立ちはだかる仮面ライダー。

 

「下がれヒュドロ、確かめたい。俺様の作品の出来をな」

 

 べゼロは得意気に椅子に座ると、ヴェロスとヒュドロの後ろで「かかってこい」とガヴにサインを送る。戸惑うガヴよりも先に、反応したのはチョコとポップンだった。

 

「それがキサマの新しい力か。そんな力のために、キサマは犠牲を許容し、邪悪と手を組んだのか!!」

 

「弱き者は手段など選べない。例え力の根源が悪であろうと、ワタシは誓いましょう。この力が成すものは、正義であると」

 

「人を食う怪物が許せねーって言ってんだよ、オレ達は! そこをどけオッサン!」

 

 チョコレートとポップコーンを食べ、能力を発動した2人が攻撃を仕掛ける。

 ポップンが放つ、威力を集中させたポップコーンの弾丸。それはチョコを追い越し、ヴェロスに直撃した。

 

 だが、無傷。ヴェロスは依然直立。

 

「なんの……ッ、何発だって食らいやがれ! ポップン砲レベル3!」

 

 ポップンの左腕がハンドルの付いた銃に変化する。ポップンの能力は多段進化する『一点突破タイプ』。この形態はポップコーンの自販機の力を持ち、短時間調理の大量生産で速射を得意としている。

 

 ポップコーンの連射がヴェロスに火を吹く。

 しかし、元四天王の湾田さえ怯ませたこの攻撃を喰らっても、ヴェロスは微動だにしない。

 

「───待て、チョコ!」

 

 この敵は何かがおかしい。ポップンの直感がチョコに伝わる前に、彼の剣が振り抜かれる。

 

「必剣、気刀カット───!?」

 

 隙だらけのヴェロスの胴体に立った刃が、次の刹那には砕け散った。

 硬いなんてものではない。触れた途端に攻撃が反転したかのような衝撃だった。

 

 武器を失ったまま唖然を晒すチョコ。

 ヴェロスから分離したビスケットのユニットが起動し、反撃のプログラムに従って周囲を旋回。秩序的な破壊が生み出され、瞬く間にチョコとポップンは倒れ伏した。

 

「……素晴らしい。理想以上の仕上がりです」

 

「聞かせてやるよ愚図共。どっかの人間の研究資料を踏み台に、赤ガヴの眷族の力を出力する装置を作り上げたんだ」

 

「チョコ、ポップンくん……! でも、どうやって……まさか絆斗みたいにグラニュートの臓器を移植して……!?」

 

「おいおい一緒にするなよ、この俺様の天才と、人間如きを! 菓子能力とやらで眷族を作った意味は2つある。1つがそれだ、そうすることでグラニュートの力───『眷族』を『人間』が制御できるようになる。2つ目は……」

 

 そこまで言って、べゼロは思い出したように吹き出した。

 話の途中だろうが関係ない。べゼロの目線は己にしか向いていないのだから。

 

「あーそうだそうだ。臓器の移植なぁ。無理だったんだ。そいつ、カスの人間共の中でも輪をかけて貧弱だったからなぁ!」

 

「その通り。ワタシの体は、生まれつき非常に脆い」

 

 ポップンは思い出した。以前の戦いの後、ぽた子から聞いた(シエン)の情報。微弱な電撃しか起こせない『雷おこし』を喰らって、しばらく動けずにいたと。

 

「天はワタシに戦う体を与えなかった。だからワタシは求めたのです、戦うための体───最強の生物、『仮面ライダー』を」

 

「まぁそれでもヒュドロの力で多少は肉体を弄ったがな。どこまで壊れずにいられるかは見物だ」

 

「構いません。それまでに使命を果たせば、何一つ問題は無い」

 

 犠牲を払い、悪魔に魂を売り、命さえ削って手に入れた力。

 超硬度の鋼鉄があらゆる衝撃を遮断。菓子能力で形成された高エネルギー圧縮体のビスケットは、思考に直結して動きの補助と遠隔操作が可能。それが不動の兵士、仮面ライダーヴェロスの全容。

 

「さぁお前もかかってこいよ赤ガヴ。俺様の前に平伏せ!」

 

 べゼロの言葉でガヴが動く。

 

《グミ》

《パンチングミ》

 

 ソーダグミの力を宿した、青く澄んだ巨拳『パンチングミアシスト』。これは今ショウマが扱える中で、破壊力に特化した姿。

 

《チャージミー》《チャージミー》

《パンチングミパンチ!》

 

 宙を漂う泡が複数の拳となり、ヴェロスに照準を合わせた。そしてガヴは敵を一直線上に見据えて低く構え、駆け出す。

 

 ヴェロスは動かない。ガヴはそのグラニュートをも砕き殺す拳を全て、ヴェロスに───

 

「……できない」

 

 拳が泡となって消える。ガヴは拳をヴェロスの寸前で止めたのだった。

 

「ワタシが人間だから、ですか」

 

 その真意を察したヴェロスの声は、僅かに怒りを帯びていた。

 

 ショウマは人間を守るために同胞を殺す。どんな形であれその覚悟に背いてしまえば、ショウマはきっと、自分を人間と思えなくなる。

 

 ショウマは人間を殺せない。

 

「失望です。敵を前にし、仲間が敗れてなお、甘さを捨てられないとは。いくら力に恵まれようと、下らぬ心を晒し続ければ腐敗は必定」

 

 ヴェロスがガヴへ衝撃波を放つが、それでもガヴは反撃をしない。倒れず彼を見続けるのみ。

 

「信念など目的の前には無意味。何者にもなってはならない。心を閉じれなければ、愚かな弱者として死ぬだけだ」

 

「違う!」

 

 その言葉を弾いたのは、ガヴではなく立ち上がったチョコだった。チョコはガヴに並び立ち、攻撃を受け続けていたガヴの背中を支え、言い放つ。

 

「信念は自分そのものだ。手段を選ぶのも、何かを譲れないのも、最後まで自分として戦うためだ! 己を守るための戦いは……決して愚かなどではない!」

 

「チョコ……!」

 

 チョコはガヴの前に出て、ヴェロスの眼前で立ち止まった。その表情の無い鉄仮面を見上げ、チョコは刀を地面に突き立てる。

 

「ショウマが戦えないなら、キサマを止めるのはオレの役目だ! (シエン)、この前の缶詰空間で、オレと正々堂々、一対一で勝負しろ!」

 

「……何言ってんだァ? こっちはいつでも皆殺しできるんだぞ、なんでお前の指図なんざ」

 

「つまりワタシが勝てば、命を差し出す以上のものを……アナタがワタシの手駒となり王国打倒に協力すると、そう解釈してもよろしいでしょうか?」

 

 べゼロの言葉を素通りし、(シエン)は交渉の宅に着いた。

 

「あぁ。負ければキサマの言う通り、心を閉じてキサマの手駒になろう。ただし、オレが勝てば闇菓子から手を引け!」

 

 無謀だ。べゼロは鼻で笑い、ショウマの心は絶望で染められた。ショウマが戦えないせいで、チョコは己の魂を犠牲にしようとしている。

 

 ガヴがその間に割って入ろうとした時、それを止めたのはポップンだった。

 

「ポップン、キサマはショウマと一緒にいてくれ」

 

「わかってるよ……自分だけ犠牲に、なんてならねぇもんな。勝てるんだろ、チョコ!」

 

「わからん! だが、勝てる算段はある! だから勝つ!!」

 

「……良いでしょう。意志の強さに敗れるようであれば計画の破綻も同義。すべては勝者の意のままに」

 

 ヴェロスが菓子能力を発動し、2人の姿が缶詰の中に閉ざされた。

 

 チョコは死にに行ったも同然だ。だが、ポップンの瞳が映す信頼に揺らぎは無い。分からないが、ショウマは理解した。

 

 これが仲間の信頼。一方的に守るだけじゃない。互いに命を預かり合い、言葉もなく解り合う対等な関係性。

 

 それを感じたとき、ショウマの頭に絆斗の顔が浮かんだ。

 

「……潰せヒュドロ」

 

 中の見えない缶詰を無視して、べゼロの一言がヒュドロを再起動させた。ギリギリで警戒していたガヴが真っ先に動き、ポップンと共に回避を果たす。

 

「っ危ねぇ! オイ、一対一の大将戦じゃねぇのかよ!」

 

「ゴミが妄想を押し付けるなよ。まぁ仮に俺様が寛大な心で譲歩してやったとしても、どうして人間共の指図を聞いてやる必要がある?」

 

 べゼロはポップンに、ただの食材に興味を向けない。その双眸が切先を向けるのは、ガヴのみ。

 

「俺様の作品から逃げやがって。なぁ、どこまで俺様をコケにする気だ? 恐れをなしたなら認めろ。認めて蹲え、悔め、轢かれ死ね。俺様を見ろストマック!!」

 

 もう一つ。仲間とは、互いに互いを補完するものだ。

 

 チョコがやりにいったことは、きっとショウマにはできないことだ。彼にできるのは、最後の分岐点を委ねることだけ。

 

 そして、決して理解できない悪意を、命を奪って止めることだけだ。

 

「お前たちは、俺が倒す……! ポップンくん、力を貸してくれる?」

 

「怖ぇけど……やってやるぜ! 俺だけ戦わずにいられるか!」

 

──────────

 

 フランと相対するのはレモネド、そしてぽた子。

 2対1を問題にもしないほど、菓子力(カシカ)は圧倒的にフランが上。技術や経験が差をさらに広げる。

 

 しかし、そこにあったのは伯仲した激闘だった。

 

「バカな……! さっきよりも明らかに菓子力(カシカ)が上がっている!?」

 

「だって託されたから! あなたのことを助けてって、チョコくんに! ショウマくんからも勇気をもらった!」

 

「アンタも言ってただろ? 菓子能力の基本、『カシバトルは気持ちが大事』ってね!」

 

 菓子力(カシカ)の上昇に加え、個の優位を覆す見事な連携。2人は確実にフランの背中を捉えている。

 

「だったらわたしも言った……! 気持ちの強さで、わたしが! わたしの先生への想いが負けるはずないんだ!」

 

 カラメルの糖分が沸き立つ。加熱するフランの猛攻に、飛来したチョコレートが風穴を開けた。

 

「チョコちゃん……!? いや……」

 

「やっと追いついた! 『センセイ』って言ったな今! んなら敵はお前か!」

 

「「誰!?」」

 

 戦闘に割って入ったのはヴァレンだった。

 レモネドとぽた子、ヴァレンがしばらく顔を見合わせる。顔……というより、チョコレートで構成された仮面を見て、2人は気付いた。

 

「あっ、もしかしてショウマくんのお仲間さんですか!?」

 

「ショウマ!? お前、ショウマのこと知ってんのか!?」

 

「やっぱそうか、アンタも過去から来たってワケね。オイラたちはショウちゃんの友達。ショウちゃんは……この先で戦ってる」

 

「アイツもここにいるのか……なら今すぐ合流してぇとこだが、このヤバそうな嬢ちゃん無視して行けねぇよな」

 

 フランの意識はしっかりとヴァレンにも向けられていた。一見可憐な少女だが絆斗は気を引き締める。彼女の佇まいは修羅場を生き抜いた強者のそれだ。

 

「おまえが……酸賀研造の仮面ライダー。ヤイガの仕留め損い、用済みの邪魔者。ここでまとめて刈り取る……!」

 

「誰がっ……! なんつー口の利き方だ、これだから21年代のガキは!」

 

「連携しましょう! あたし、鶴田ぽた子です! こっちはレモネドくん。よろしくお願いします!」

 

「お、おぉ。こっちはすげぇ礼儀正しい。俺はヴァレンだ! 悪ぃがほぼ素人なんでな、合わせてくれ!」

 

 兎にも角にもまずは猪突猛進。ヴァレンは銃撃を連射しながら突っ込んでいくが、全てフランのカスタードベールに阻まれる。

 

「やっぱ効かねぇよな! ちょっと乱暴になっちまうが、文句言うなよ!」

 

「旧世代の遺物が、わたしに敵うものか!」

 

 フランは接近を許容し、近接格闘の土俵に持ち込んだ。そこに現れるのは技能の差。フランの柔軟な動きでヴァレンの攻撃はいなされ、逆に反撃を食らい続けてしまう。

 

 しかし、ヴァレンは怯まない。

 

「っ……まだまだぁ!」

 

「なんだ……!? この男……!」

 

 そこにレモネドのバブルボルトの援護射撃。カラメルの刃でそれらをヴァレンもろとも斬り伏せるが、それでも彼は直進をやめない。

 

「ヴァレンさん、今です!」

 

 その勢いに一歩後退したフランの背中が、壁にぶつかった。ぽた子が出した煎餅の防壁が、彼女の自由を奪う。

 

 逃げ場を無くしたその一瞬。ヴァレンはバスターの銃口をフランのベールに密着させ、ゼロ距離の連射。連射。連射。

 

「うおおおおおお! ……っ、オラァ!」

 

 ベールのバリアが弾け飛び、無防備になったフランに、ヴァレンは一瞬躊躇。あのグラニュートのバケモノ女ならともかく、生身の女子の顔や腹に殴る蹴るはマズい。

 

 逡巡した挙げ句、ヴァレンの投げ技がフランに炸裂した。

 

「すっげ。経験の差をゴリ押しで突破しちゃったよ」

 

 能力に依存しない喧嘩戦法。確かに酷く原始的だが、その泥臭い足掻きは洗練の極みにさえ届いた。

 

「あり得ない……わたしが、こんなヤツに。この先で戦う先生の邪魔はさせない! わたしは、こんなところで!」

 

「……なぁ、そのセンセイってヤツは何なんだ。お前まだガキじゃねぇか。グラニュートなんかと手を組んでまで……本当にそこまでするほどのヤツなのか?」

 

「黙れ! お前なんかに何が分かる!? わたしは生まれたときから無価値だった、価値をくれたのは先生だ!」

 

 それは固く閉ざした心から溢れた感情。

 

『ご飯が欲しいならお金を払いなさい』

『お金が欲しいなら何かを売りなさい』

『何も無いなら役に立て。自分を使え』

 

 世の中の全ては有償である。フラン=プディングはそう教わって育った。何の使い道もない彼女には、愛の一つすら与えられなかった。

 

 彼女はそんな地獄でも泣かなかった。その現実を肯定した。否定ばかりの泣き虫は、役に立たないから。

 

 彼女を拾い、菓子能力者(カシマスター)としての『役割』をくれたのが(シエン)だった。

 

「先生がくれたものを返さないと。わたしは役に立つ。わたしの使い道を……先生に示す。わたしは……!」

 

「おい、お前それ……!」

 

 侵入者対処に向かう直前、フランとヤイガだけがべゼロに呼び出された。

 

『お前らの計画は最強の兵士を作ることだ。だが兵士は一人じゃ意味ねぇ。そうだろ?』

 

『……そのために闇菓子を利用する』

 

『ウチは慢性的な人手不足。その強い依存性で使い捨ての兵士を、ひいては強力な仮面ライダーの素体を確保するのが狙いだ。確認のために呼んだのか? 暇つぶしならあのデカいペットとやってくれ』

 

『つまりオーダーは人間にウケる闇菓子ってワケだ。バカな注文だぜ───天才闇菓子職人の俺様じゃなけりゃな』

 

 フランが袖のホルダーから摘み出したのは、禍々しく濁った黒いプリン。

 

 まだ実物を見たことは無い。だが、絆斗はそれを目にした瞬間、迷わずその名前を想起した。

 

「───闇菓子!? 待てお前! 分かってんのか、そいつは……!」

 

 これは(シエン)の計画には無い。だが、もしここで闇菓子と菓子能力の相性を実証し、この侵入者共を駆逐できたのなら。

 

 こんなわたしでも役に立てる。

 

「そう、わたしは、それがいい」

 

 ヴァレンの制止を聴くこともなく、闇菓子プリンはフランの口に落とされ喉を通った。

 

 口に入れた瞬間に広がるプリンの甘く高貴な味わいを、刺して溶かして侵す極彩色の刺激。

 気持ちよくて、吐きそうで、踊りたくって、そのまま死んでしまいたい。脳が無くなりそうな多幸感と忌避感が、同時に全身に行き渡る。

 

 頭に残った何もかもが黒く塗り潰される。

 言葉を忘れ、価値を失い、ただその甘美な罪に身を委ねることしかできない。

 

「馬鹿野郎……ッ……!」

 

 穢れたクリームの大洪水が、生成と消失を流転して無数の触手を伴う広大なベールを成す。体の火照りのままに上着を脱ぎ捨て、白い皮膚が黒焦げのカラメルの鱗に包まれる。

 

 闇菓子能力『荒嵐(アラ)モード』。

 

 快楽で煤けた紅い瞳を隠すように、カラメルが顔をも覆った。尖った破片の角はまるで悪魔か鬼の如く。

 

「なんて毒々しい色艶……それに、甘いのになんだか、とても嫌な匂い……!」

 

「待ってぽた子ちゃん、あの子の菓子力(カシカ)……!」

 

 レジスタンス専用端末は菓子力(カシカ)の測定機能も持つ。レモネドが測定した今のフランの菓子力(カシカ)は───『10157』。

 

 オアズーケ王国の四天王すらも凌駕する桁外れの値。

 

「ヤバい、逃げっ……!」

 

 押し寄せる絶望感すら上塗りする、煮え滾ったカスタードの大津波。ぽた子の煎餅の盾とヴァレンの装甲が熱と毒素でドロドロに溶解してしまった。

 

 磨き上げられた戦闘技術は見る影もない。彼女はただ有り余る力を無闇矢鱈に振り回し、気付いた頃には辺りから形ある物体が消え去っていた。

 

 蕩けた視界は倒れた侵入者を見つけた。

 もはや虫けらに等しいそれを踏み潰そうとした時、

 

 その虫けらは……鶴田ぽた子は、まだその眼に闘志を宿していた。

 

「フラン……ちゃん。聞こえてる……? フランちゃんは……本当にこれがよかったの……!? こんなの、あなたがやりたかったことじゃない!」

 

 脳髄が痛みでその言葉を否定する。

 何が分かる。お前に。役立たずの虫けらなんかに。

 

「逃げる……って感じじゃないよね。ま、オイラも……アンタに言いたいこと、あるんだよネ……!」

 

「このバカガキ……! 闇菓子なんか食いやがって……ぶん殴って吐かせてやる!」

 

 絆斗とレモネドまで立ち上がった。

 

 黒ずんだ幸福が指示するままに、カラメルの刃を撒き散らすフラン。だが威力に対して精度が滅茶苦茶だ。

 

「『カシバトルは気持ちが大事』、あの子は気持ちを失ってる。付け入る隙があるならそこしかない」

 

「うん。ちゃんと言わなきゃ、君の考えは間違ってるって。あたしはフランちゃんを助けたい! もう一度、手を貸してください!」

 

「っ……でも、どうすりゃいい……!」

 

 この僅かな猶予で、絆斗は考える。

 チョコドンは通用しなかった。ドーマルに変えたところで何か好転するようなレベルじゃない。絆斗は完全に足手まといだ。

 

 その時、絆斗の足元をゴチゾウが叩いた

 

「……なんだお前? 行きたいっつっても、お前じゃ……いや……!」

 

 一見いつものチョコドンに見えたが、手に取った瞬間に感じた。

 

 違う。それは皮膚からも感じるほどの『苦味』。光を一切通さない、吸い込まれるような黒の、ビターチョコのゴチゾウ。

 

 直感だった。絆斗はそれを、ヴァレンバスターへと装填した。

 

《CHOCO》

《SET CHOCO》《SET》《SET》

《SE》《SE》《S》

 

《BITE CHOCO》

 

 それは噛木の里での戦闘時のこと。ヤオギン参戦の巻き添えで絆斗はゴチゾウを落とし、湾田がそれを『苦手』で受け止めた。

 

 強烈な苦味を浴びたチョコドンは新たなゴチゾウへと生まれ変わり、湾田の菓子能力がゴチゾウを通してバスターにも作用した。

 

 引き金に指を当て、レバーを閉じた時、脳を裂くような苦味を予感して身体が震えた。

 

「もう、やるしかねぇんだ……!」

 

 他人の幸せのために命をかける子供たちを前に、弱い自分が逃げるわけにはいかない。

 

 恐怖、憎悪、怒り、後悔。

 何が来ようと噛み潰す覚悟を。

 

「変身ッ!」

 

 引き金を引いた。足元から這い上がるダークチョコレートが、絆斗の全身を苦味で覆い尽くす。

 

「これって……湾田さんの……!?」

 

 ぽた子は苦しむ絆斗の姿を見て、『能力喰い』で湾田の能力を食べ、我を忘れたチョコを思い出した。

 

 菓子能力が絆斗の記憶の『苦味』を、あの日の痛みのまま呼び起こす。

 

『……すんません師匠』

 

『あぁ、いいいい。張り込みは自分で行くよ』

 

『ありがとうございます! あやふやな噂レベルらしいんすけど、一応自分の足で調べときたくて』

 

『いい心がけだ。例の酸賀って男の話だけじゃ怪しいからな。今は───』

 

 それが、絆斗が塩谷と最後に交わした会話だった。

 母を攫ったモンスターの正体に近付けて、浮かれていた。塩谷がいるはずの張り込み現場に行った時、そこにあったのは真っ二つになった塩谷のヒトプレスだった。

 

『俺が行けばよかった。そしたらやられるのは俺だった』

『なんで師匠なんだよ……! なんでまたグラニュートなんだよッッ!!』

 

 許せなかった、幼い自分から母を奪ったモンスターが。忘れたことはない。追い続けて、追い続けたその先で、またグラニュートは大事な人を奪って行った。

 

 どれだけ俺から奪えば気が済む。

 どれだけ奪われれば気が済むんだ。

 

 許せねぇ。何もかもが許せねぇ。グラニュートも、役立たずの自分も。

 

「ヴァレンさん!」

 

 口も、目も、耳も、鼻も、もう苦味しか感じない。迫るフランの姿も見えない。ぽた子の声も届かない。全部が、苦味に───

 

『危ない真似はしてほしくないって思ってるよ。親代わりやってきた身としてはな』

 

『でも、生きてるから……誰かを助けたり、グラニュートを倒したりできるんだ。生き残ったから……できることがあるんだ』

 

 意識が黒に堕ちてしまう寸前、師匠とショウマの言葉がその腕を掴んだ。

 

 何もかも失ってしまっても、貰った愛だけは消えない。同じ痛みを背負った仲間もいた。

 

 どれだけ人生が苦く、辛くたって、光はある。

 だから生き抜け。この怒りを果たすために、苦味を背負って戦い抜け!

 

『絶望を越えられると思ったぜ、お前もな』

 

 最後に湾田の声が聞こえた気がした。

 絆斗は体を掻き毟るように、己を縛る金の包装を取り払う。そして、苦味を宿したその身体を剥き出しにして、吼えた。

 

「うおおおおおおおおおおおッッ!!」

 

《CHOCODON BLACK》

《BA・KI・BA・KI》

 

 純黒のチョコレートを纏い、白い涙のような線が仮面を伝っていた。怪物の頭部のように変異したヴァレンバスターがゴチゾウを噛み締め、無限の苦味が溢れ出す。

 

 『仮面ライダービターヴァレン』。

 

 フランが放つ有害極まるカスタードが消え去った。カラメルの刃も、プリンの触手も、ビターヴァレンに触れた瞬間、跡形もなく消滅する。

 

「あれは湾田さんの能力と同じ……」

 

「心強いなんてもんじゃないね。あれは、全身で菓子能力を無力化して打ち消す、『苦身』!」

 

 菓子能力を操れるだけじゃない。ビターヴァレンは爆発的に強化されているはずのフランの動きにも余裕で付いていき、菓子能力を無効化しながら肉薄。

 

 渾身の頭突きが炸裂し、カラメルの仮面が砕けた。そして虚ろなフランの瞳に、絆斗は問い掛ける。

 

「お前の気持ちは俺にも分かる。でも! その大事な恩人を放っといて、人の道外れて、暴れ回んのが! お前の恩返しなんだな!?」

 

 紅い瞳が揺れるだけで、返事は無い。

 

 だったら戦うだけだ。カシバトルで、この気持ちを全力で叩きつける。

 

「話は終わりだ……ぶっ倒す!」

 

 

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