仮面ライダーガヴ×カシバトル スイート・ジェネレーションズ   作:壱肆陸

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缶詰に仕舞ったもの

「『禁錮兵糧牢』。開封条件は設定していません。アナタが倒れればワタシが開け、ワタシが気を失えば能力が解ける。単純な話です」

 

「なるほど、説明感謝する! (シエン)、いや……カンキリ=ハービストよ」

 

「よくご存じで。そう、ワタシは代々世界の均衡を守りし誉高きハービスト一族、その意思を継ぐ者。世界を救うという意思を」

 

 この塵一つ無い缶詰空間に、第三者が介在する要素は皆無。正真正銘、正々堂々、仮面ライダーヴェロスと鐘木チョコの大将戦が始まろうとしていた。

 

「アナタがどんな人間なのか、その中身がワタシには見える。その真っすぐ過ぎる心が、何を以てワタシへの勝算とするのか、今はそれが気になります」

 

「知らんようだから教えてやる、チョコレートとビスケットは相性が良いのだ」

 

「あまり失望させないでいただきたい。手加減ができなくなってしまう」

 

 ヴェロスが装甲からビスケットの浮遊ユニットを分離させ、戦闘態勢に。強大な菓子力(カシカ)だけじゃない。そこから感じるのは兵器としての圧力。

 

 緊張が汗として伝う。

 震えを抑えてチョコレートを齧り、チョコは眦を決した。

 

「───戦闘開始!」

 

 

──────────

 

 一騎打ちが繰り広げられる缶詰、その外側。

 正々堂々も、一騎打ちも、人間の矜持など怪物の知ったことではない。

 

 べゼロが悠々と見物する前で、ヒュドロが展開するのは純粋な破壊、暴力。目の前のゴミ───ガヴとポップンを叩くだけの、ただの作業だ。

 

「くっ……! ふざけやがって! テメェも前に出て戦え!」

 

「戦ってるだろ、寝言か人間。ヒュドロの力は俺様の力。ヒュドロの能力は俺様の才能だ」

 

 ポップンのポップコーン能力はまるでヒュドロに通じない。あの硬い鱗を貫通する威力をポップンは持ち得ない。

 

 当たり前だ。菓子能力は、敵を殺すための力じゃないのだから。

 

(でも、アイツは……オレを当然みたいに殺す。まるでハエや蚊みてぇに、それで……!)

 

 グラニュートは、人を菓子にして食う。

 気を抜くと身体が震えて使い物にならなくなる。ポップンは必死に頭を闘志で染め、誤魔化すしかない。それなのに、

 

(なんでオマエは……ショウマは! そんな風に戦えるんだよ)

 

 ショウマはヒュドロを前に微塵も怯えない。命のやり取りに平然と足を踏み入れ、しかも動きは冷静で迷いがない。

 

「へぇ、やるな赤ガヴ。流石はあのブーシュの手ほどきを受けただけある。尤も、その中途半端さで兄弟に嫌われてるんだったな」

 

「お前……やっぱりストマックのことを知りすぎてる。ただのグラニュートじゃないな」

 

「ストマックとエストマは血を分けた間柄だ。まぁチャチな商売に固執するストマック家の、落ちこぼれのお前とは、もはや無縁だがな」

 

「ショウマが……落ちこぼれ……?」

 

 真っ赤に燃え上がっていたポップンの意識が、その一言で水に沈められたように停滞した。

 

『恥さらしが』

 

 思い出したくもない言葉が浮かぶ前に、べゼロの笑い声がポップンの耳に響く。

 

「そう! ブーシュの奴が攫ってきた人間のメスと作ったガキがそいつだ。まぁ試みとしちゃ面白い、俺様は評価してるぜ。だが想像しろよ人間。お前突然血の繋がった家畜が現れたら、どう思う?」

 

 べゼロの口角は醜悪に婉曲する。

 答えられるわけがなかった。想像できるわけも、なかった。

 

「父親は気狂いの異常者。母親は生かされてただけのゴミ。兄弟からは疎まれ嫌われ、挙げ句に母親が処分されて逃げ出したと来た! 心底思うぜ、お前のような奴がエストマじゃなくて良かったってな、なぁストマックの汚点!」

 

 僅かに足が鈍ったガヴを、ヒュドロの豪腕が薙ぎ払った。

 

 ようやくポップンは理解できた。

 ショウマは美味そうに飯を食う。楽しそうに日々を過ごす。その些細な幸せを噛み締めるように、彼は生きていた。

 

 それもそのはずだ、彼の過去には噛み締める幸せが無かったのだから。

 

 人間でもグラニュートでもない。そんな孤独の中で、どうしてショウマは戦ってこれたんだ。

 

「ふっっっざけんじゃ……ねぇぇぇぇえ!!」

 

 ポップンが放ったポップコーン弾が、その時僅かにヒュドロをよろめかせた。その力は顔を歪めるほどの『怒り』。

 

「ふざけんな! そんなの……辛すぎるじゃねぇか。それなのになんでオレは……ショウマを信じれなかった!?」

 

 ポップンの怒りは、自分の喉元に向けられたものだった。

 

「ポップンくん……?」

 

「オマエとは比べものにもなんねぇけどよ。オレも、家の落ちこぼれだった。家族から貶されて、恥さらしだからって外にも出してもらえねぇ。それで……家を出た」

 

 ポップンの生まれは貴族のコンスターチ家。

 母は世間体のために彼を突き放し、父は気遣うような言葉で彼を全否定し、弟は自分より劣る兄を嘲った。

 

 そんな家を飛び出して、チョコと出会い、今のポップンがいる。

 

 ショウマと同じ過去を、ポップンはなぞっていた。

 

「だから、オレなら気付けたはずだ。それなのにオレは……ショウマがグラニュートだからって、疑って……怖がって……!」

 

「見るに堪えないんだよ、愚図同士の慰め合いは。叩けヒュドロ」

 

 ヒュドロの腕が空気を断つように振り下ろされる。しかし、ポップンはそれを避け、爆発の推進力で放った拳がヒュドロの胴体を突いた。

 

 またしても、ヒュドロの体幹が揺らぐ。

 

「……あ?」

 

「愚図なんかじゃねぇ。こんなオレはそうだとしても、ショウマは違ぇ! ショウマはすげぇヤツだ!」

 

 心の奥から、熱い何かが湧いてくる。

 動き出したくてたまらない。折れかけていた戦意に、隅々まで力が行き渡ったような感覚。

 

 ショウマも、ポップンも、なんで戦ってこれたのかなんて答えは一つだ。

 

 孤独じゃなかったから。誰かが認め、讃え、隣にいてくれたから。

 

「ごめんなショウマ。もう迷わねぇ! オレとオマエで、あのクズ野郎をぶっ倒す!」

 

「あぁ……! 行こう、ポップン!」

 

「立ち上がれただけで満点かァ? 見下げたもんだな、人間の教育は」

 

 べゼロの言葉などもう気にならない。

 ガヴは駆け寄ってきたゴチゾウを即座に拾い上げ、腹部にセット。

 

《スナック》

《EAT スナック》《EAT スナック》

 

《ザクザクチップス》

《ザックザク!》

 

 ガヴが変わる。極薄のチップスの防具を身に着け、同じく極薄の剣を両手に携えた超軽量剣士。ポテトチップの力を持った『ザクザクチップスフォーム』。

 

「ポテチの能力か。こっからはしょっぱいコンボだな!」

 

「え、ポップコーンってしょっぱいんだ! いいなぁ、食べてみたい!」

 

 ヒュドロの攻撃を身軽に躱し、ガヴは両手の『ザクザクチップスラッシャー』で堅牢な鱗を斬りつける。

 

 しかし、砕けたのは刀身の方。ポテトチップの刃は当然ながら酷く脆い。

 

 そこで生じた隙を突くヒュドロ。その視界が、爆発した。

 

「……!」

 

「ポップン砲、レベル2!」

 

 威力が足りなければやり方を変えるまで。一度に大量のポップコーンを放つ『レベル2』がヒュドロの視覚を奪った。

 

 ガヴが持ち手を握ると、チップスが飛び出て刃が再生した。ガヴが斬り、ポップンがサポート。その絶妙なコンビネーションはヒュドロを翻弄する。

 

「持たざる者の努力ってやつは泣けるなぁ! そんな紙切れ同然の剣、いくら撫でようが意味……」

 

 『ザクッ』。今までとは明らかに違う音。

 何度刃が砕けても、ガヴは斬り続けたのだ。徐々に力を込め、角度を見極め、剣の振り方を洗練させた。

 

 そして、全体重を込め、1ミリのズレもない最適な角度で刃を当てた時、ガヴは遂にヒュドロの鱗を烈断することに成功した。

 

「やっぱすげぇな……ショウマ……!」

 

 一度成功したらショウマはもうその感覚を忘れない。次々とヒュドロに傷が刻まれていく。

 

 ヒュドロがその現状を見て、呻くこともなく動いた。その両腕で明らかに攻撃ではない構えを取り───

 

「ッ……!」

 

 その瞬間、ヒュドロの動きが止まる。ポップンが直感的にポップコーンをヒュドロの手に放っていたのだ。

 

 チョコとレモネドと全力攻撃を仕掛けた時、手を組んだ状態でヒュドロは無傷だった。そして今、ヒュドロは手を組もうとしていた。

 

「ショウマ、手だ! アイツが手を組むと何かが起こる!」

 

「そうか……! 再生だ! ヒュドロは異常な再生能力を持つけど、確かにあの時手を組んでた!」

 

 だったら作戦は一つだ。ヒュドロに決して手を組ませず、このまま畳み掛ける!

 

《ヒリヒリチップス》

 

 ガヴの追い菓子チェンジで、刀身が唐辛子の炎で燃え上がる。そうして殺傷力を増した斬撃で、ヒュドロを斬る。斬る。斬る。暇なんて与えない。

 

 ヒュドロは沈黙を貫く。言葉ではなく破壊で、ヒュドロは主人の怒りを発露する。狙いは弱者、ポップン。

 

「ポップン!」

 

 振りかぶられた拳と彼の間に、ガヴが割り込んだ。それは鋼鉄だろうが粉砕する一撃。しかし、柔らかいというのは決して砕けないものだ。

 

《ふわマロ》

《フワフワ〜!》

 

 マシュマロを宇宙服のように着込んだ純白の形態、『ふわマロフォーム』。

 

 マシュマロは柔らかく、低反発で、そして軽い。浮いた『フワフワ』という文字を掴み、無傷なポップンとガヴは空気に流されるまま宙を漂う。

 

 ヒュドロの腕が決して届かない上空まで浮かぶが、その複眼はとっくに逃走の選択肢を焼き払っていた。

 

《まるマロ》

《まるマロローリング!》

 

 今度は過剰なまでの数のマシュマロがガヴと一体化し、ポップンさえ飲み込んで巨大なローラーと化して落下を始めた。

 

 この体積は両手でなければ対処不能。再生できないままヒュドロはローラーを受け止めた。

 だが、ヒュドロの傷に残った辛味の『熱』が、マシュマロを溶かして全身に纏わりついていく。

 

《ブルキャン》

 

「全速力を……喰らいやがれ!」

 

 溶けたマシュマロローラーを突き破ってブルキャンバギーが激突。

 それはポップコーンによる文字通りの爆発的加速。再生が許されない状態の怒涛の連撃に、ヒュドロは初めて膝をついた。

 

「ッ……!? 何やってるヒュドロ! ストマックの愚図と人間だぞ!? さっさと叩き潰せ、この役立たずがァ!」

 

「……ヒュドロ。なんでお前はべゼロの下にいる。力が全てのグラニュートの世界で、こんなにも強いお前が」

 

「世界……理……全ては、エストマ家の……べゼロ様のために。そこに意思など、無い……」

 

「そうか……」

 

 ガヴが踏み出し、加速する。矢継ぎ早のフォームチェンジで的確にダメージを与え、当然再生の隙も与えない。

 

「調子に乗ってんじゃねぇ混ざり物風情が!! 何の価値も無い出来損ないが! 生まれたのが失敗の癖に、何もせず生きてきただけの生ゴミの癖に、誰の許可を得て今更粋がってんだ!? あァ!?」

 

「うるっっ……せぇ!!」

 

 『生まれてきたことが間違いだった』。かつて兄のランゴにも向けられた、悪意ですらない嫌悪の言葉。

 

 ショウマの胸に突き刺さったこの棘を、ポップンは一息で蹴り飛ばしてみせた。

 

「関係ねぇよ! オレ達にとって家族がどんだけクソでも、家族にとって……オレ達がどんだけクソでも!! オレ達にはもう理由も価値もある!」

 

 辺り一帯を破壊するヒュドロの反撃に、ガヴが一瞬怯んだ。そこに躊躇なく飛び込み、手を自由にさせまいとポップンが決死のインファイトを演じる。

 

 ショウマはまだ、兄の言葉を否定できない。

 ポップンの強さが、ショウマには眩しく映った。

 

「そうだろ、チョコ!」

 

 

──────────

 

「───ポップン……!」

 

 友に呼ばれた気がして、チョコは意識を取り戻した。

 全身が痛む。ヴェロスの圧倒的な力を前に、打ちのめされ、心まで折れるところだった。

 

「ツラいものだな、独りでの戦いというのは」

 

「見上げた精神力です。その強さを他者に委ねなていなければ」

 

 ヴェロスのビスケットユニットが、正確な軌道でチョコに襲い掛かる。この攻防一体の戦法が、単純かつ難攻不落なのだ。

 

「『板チョコシールド アソート(タイプ)』!」

 

 片手に装備した板チョコの盾で攻撃を防ぎつつ、チョコレー刀を片手に斬りかかる。しかしこのビスケットは常に凄まじいエネルギーを帯びており、一度の衝突で盾が使い物にならなくなる。

 

 盾が消えた瞬間、ヴェロスの右手とユニットが連動し、並列に接続されたビスケットから放たれた電撃砲がチョコを狙い撃った。

 

 これで何度目だ。冷酷で、躊躇なく、的確。ヴェロスは戦場における『強さ』の全てでチョコを叩き潰す。

 

「アナタは実に強い。その強さは悪への怒り、思いの強さです。それなのになぜ手段を選ぶ。アナタならば必ず王国を倒せる」

 

「……ならばオレも聞こう。キサマが本当に心を全て閉ざしたのならば……なぜキサマは他者に答えを求める?」

 

 壁を殴られたように、爪を立てられたように、ヴェロスの背中が粟立つ。倒れ伏しながらも、チョコは心を剥き出しにして(シエン)に向き合う。

 

「他人と自分の心を無視して突き進めるとすれば、それはもはや人間ではない。キサマのやったことは決して許せん! だが! オレにはキサマがバケモノには見えん!」

 

 問答に気を取られ、ヴェロスは気付くのに遅れた。板チョコシールドとチョコレー刀の残骸が再構築され、チョコの右腕を覆うチョコレートのガントレットになっていることに。

 

「準備完了! これより必殺技に入る!」

 

 ヴェロスは身構えた。これが王国の刺客を幾度となく撃破してきた、鐘木チョコのフィニッシュブロー。

 

「『カカオ100%』!!」

 

 チョコが地を殴りつけたことで力が足元を伝播し、極大のチョコレートの拳がヴェロスを突き上げる。

 

 乾坤一擲の一撃。それは盾となったビスケットユニットを遂に粉砕してみせた。

 

 しかし───ヴェロスの両足は離れない。

 

《ガン》

《ヴェロス・グラビティ》

 

 『キャンドバックル』の蓋が一度閉開され、ヴェロスの掌から放たれるのは凄まじい重力場。その圧力はチョコの武器も、余力も、何もかもを砕く。

 

「ぐ、があッ……!!」

 

「実に惜しい。その手札を切るタイミングは熟考すべきだった。ワタシのユニットは菓子能力、つまり壊れた所で再生が可能。アナタは感情に呑まれ、ワタシを倒す可能性を失った」

 

 言葉の通り再生成されるユニットを見れば、誰もが心を折る。思いで何かを成せると信じてしまうから、失った時にはもう立ち上がれない。

 

 少なくとも(シエン)はそう思っていた。

 だが、少なくともチョコは、まだ折れていなかった。

 

「バカな。何故、そこまで……」

 

「オレは諦めない。キサマが不要と言った『幸せ』が、オレを強くした! それに言ったはずだ、チョコレートとビスケットは相性が良いと!」

 

 立ち上がったチョコが握っていたのは、砕けたユニットの破片。その菓子能力のビスケットを、チョコは大きな口で頬張った。

 

「まさか狙いは最初から、『能力喰い』……!」

 

 チョコの『おまけ能力』、それが『能力喰い』。

 他人の菓子能力を食べることができる特異な能力。だが、その効果は未知数。悲惨なマイナスにも劇的なプラスにもなり得る、危険すぎる賭けだ。

 

(これは───『不味い』!?)

 

 ビスケットを咀嚼し、飲み込んだ。

 味が無い。水分も甘味もなく、その奥から感じたのは……頑丈に焼き固められた、悲しすぎる感情。

 

 その瞬間、チョコの脳内に光景が流れ込んでくる。これは以前、外祖の『酢イカ』能力を食べた時と同じ反応。

 

(これは、ヤツの過去なのか……)

 

『殺せないだと? ならば死ね、貴様のようなゴミは生まれてなかった方が都合がいい』

『我が一族に貧弱な人間が産まれるわけがない。誤っているのはお前の方だ、分かるな?』

『触るな! なんだそれは、優しさのつもりか? そんなものがあるからお前は出来損ないなんだ!』

 

 世界を守ることを宿命とする正義の一族。

 揺るぎない正義に必要なものは非情。

 そんな一族に、身体が弱いが心の優しい普通の男の子が産まれてしまった。

 

 世界を慈しみ、他人を想い、小さな幸せを尊ぶ心は、一族にとっては無用。その身体も、心も、苛烈な鍛錬に耐えられない。家族は彼を『失敗』と呼んだ。

 

 だが、彼は素直で優しすぎた。

 世界を守る一族を誇りに持ち、間違っているのは自分だと信じた。間違いを正すべく、認めてもらうべく、血を吐くどころではない努力を重ねた。

 

 努力は実らない。家族はもはや失望もしない。

 

 ただ存在を否定される日々が続く。そんなある日、彼の兄弟はこう命じた。

 

『訓練だ。俺達がいいと言うまで、この地下シェルターに入ってろ。これを成し遂げれば、父上もお前を認めるとさ』

 

 彼はその言葉に歓喜し、言われた通りにした。

 しかしいつまで経っても合図は無い。日が暮れ、夜が明けても。でも生半可な訓練ではないと思っていたから、彼は黙って待ち続けた。

 

 数日が経った。腹が減り、身体が冷え、意識が保てない。今すぐ外に出て陽の光が見たい。助けてと叫びたい。誰かと一緒にいたい。

 

 だが、その弱さを家族は絶対に認めない。

 だから湧き上がる全部を彼は心の中に閉ざした。気が狂いほどの飢えは、シェルターの奥で埋もれていた古い乾パンの缶詰で凌いだ。心を閉ざした彼は、もう味すらも感じなかった。

 

 そして、ある時。地上で凄まじい爆発音が響いた。

 まるでくり抜かれたように地下シェルターの天井が剥がされ、陽光を手繰り寄せるように地上に出た時、

 

 ───そこには何も無かった。

 

 2118年。『黒い流星』の謎の大爆発。

 一族の屋敷も、一族そのものも、何一つ遺すことなく消滅していた。

 

 心を閉ざし、地下に居続けたから、彼だけが生き残ってしまった。

 

 悲しむことが生き残りの役目じゃない。

 一族の意思を継ぐ。世界を守る。その思いが彼の心を上塗りした。

 

 そして彼は菓子能力に目覚め、レジスタンスに招集される。そこでも彼は役立たずの烙印を押されたが、考えたのは己の能力で如何に王国を倒すか、ただそれだけ。

 

 過去で矛盾を作ることはできない。それが能力の制約。

 一族を救うことも王国を未然に潰すことも矛盾になる。だから彼は名前を捨てて20年前に戻り、王国を倒すためだけの組織を作ることを決意した。

 

 そして今、

 対王国の兵隊を育て、彼は戦う身体と力を手に入れた。

 

「……そうだったのか。だからキサマの乾パンは不味かったのだな」

 

「何を見た。ワタシの能力を食い、何を見た!?」

 

「全てを見た! キサマが心を閉ざした理由も、キサマに降りかかった悲劇も!」

 

「悲劇? ワタシに起こったことは、ただそれだけの事象です。そこに感情は不要。ワタシはただ成すべき事を成すのみ!」

 

「ならば何故! キサマの乾パンから孤独の味がした!」

 

 振り払うようにヴェロスが攻撃するが、チョコはそれを拳で叩き落とす。死に体同然の体から発揮されるのは尋常ではないパワー。

 

「なんだその力は……!」

 

 能力喰いによる効果としか考えられない。乾パン菓子能力のエネルギーの全てを、チョコはその身に宿したのだ。

 

「オレはオレの心のために負けられない! チャーリーに再び会うため、人々を守るため、仲間と共に生きるため、お菓子を食べる幸せのため! そして今、負けられない理由が一つ増えた!」

 

 チョコが出したのは、普段と違うパッケージの板チョコ。それはチョコのために船上工場で製造された特別な『感謝味』のチョコレート。

 

 感謝の想いが味となり、能力は深化する。

 溶けたチョコをマフラーのように靡かせ、刀は畳んだ傘のようなチョコレートの槍に研ぎ澄まされた。

 

「ゆくぞ、カンキリ=ハービスト! 歯磨きの準備をしておけ!」

 

「戯言を───」

 

 見失った。瞬間、ユニットの自動防御が反応し、死角からの一撃を辛うじて防いだ。

 

 速く、鋭く、強い。非常食として高いエネルギーを持つチョコレートと乾パンが相乗効果を発揮し、チョコの力を飛躍させている。

 

「だが、まだワタシの……仮面ライダーの力には及ばない!」

 

《ガン》《ギン》

《ビスケット・エクスプロージョン》

 

 蓋を2度閉開。ビスケットの連鎖自爆がチョコを爆炎で包む。だが、チョコは巻き起こした扇風で熱を巻き取り、一直線に槍を突き出す。

 

「キサマは……道を間違えた。邪悪に手を染め、罪を犯してしまった! だからキサマを許さない! 許さないが、オレはキサマを救いたい!!」

 

「黙れ! 分かったような口を利くな! 間違っていただと!? なら、ワタシは……どうすればよかったんだ!」

 

「キサマは泣き、怒るべきだった! 逃げるべきだった! 家族の非情に耐えられないと、助けを求めてよかったのだ! キサマが尊いと感じていた幸せは、家族ではない誰かと共に分かち合えたはずだ!」

 

 それは、チョコもそうだったように。

 幸せ。本当に大事だと想うもの。

 (シエン)が、缶詰の中に閉じて仕舞ったもの。

 

「否定されるだけだ……そんなもの! だから、ワタシは……」

 

「本当に大事なものなら堂々と曝け出せ! 己の手で守り抜け!! それが……戦うということだ!!」

 

 チョコの槍とヴェロスの装甲が衝突する。貫く想いと堅牢な覚悟。矛と盾、せめぎ合う両雄の意志。

 

 

 ヴェロスの───不動の兵士の足が、後退した。

 

 

 一族が滅んだ時、泣いてよかったのか。

 仲間から役立たずと言われた時、怒ればよかったのか。

 

 心で世界に向き合っていれば、こんなに辛くはなかったのだろうか。

 

『先生』

『センセイ』

 

 大義のために彼らの人生を利用した。

 許されることじゃないのは分かっていたけど、罪悪感以外に見えたものを受け入れればよかった。

 

 孤独じゃなかったこの20年が

 幸せだったと、もっと早く認めればよかった。

 

───────────

 

 闇菓子能力に溺れたフランに、ビターヴァレンが苦味を叩き込む。能力を相殺し、生じた狂乱の抜け穴を、レモネドの捨て身が抉じ開ける。

 

「育ての親から貰ったものを返す、だっけ? だから役に立たなきゃ? ズレてるよ、アンタ」

 

 満身創痍、しかし全身全霊の『バブルボルトダイレクト』。レモネドの蹴りと炭酸電撃がフランの動きを鈍らせた。

 

「親から貰ったものなんてデカすぎて返せないって、オレは知ってる。だから損得なんかじゃない。こっちもあげればいいんだ、貰った愛や優しさを、同じように!」

 

「さっさと目ぇ覚ましやがれ! いつまでも甘えてんじゃねぇ! 返したくても……返せなくなっちまうぞ!!」

 

 ビターヴァレンの銃弾が触手を一掃。凶悪極まる威力の反撃を、馬鹿正直に正面から砕く。挫く。殴る。

 

 頭が痛い。彼らの言葉が、フランの何かを激しく揺らす。視界の奥に、うっすらと誰かの姿が見える。

 

 そして、その隙に飛び込んだのは、ぽた子だった。

 僅かに動く指先で放たれる暴力を一身に受けながら、ぽた子は直進してフランの肩を掴んで、優しく語りかける。

 

「フランちゃんが(シエン)さんにやってあげたかったことは、こんなことじゃない。だって、今のフランちゃんのプリン、ちっとも美味しそうじゃないから」

 

「ッ……な……」

 

「あなたの菓子能力、とっても強くて怖かったけど、すごく美味しそうだった。甘い良い香りがして、すごく滑らかで上品……それはフランちゃんのプリンの想い出が、それだけ大事だったってことだよ」

 

 プリンの想い出。闇の中から輝きを放つ、これがそうなのか。

 

『これ……なに……? あまい……やさしい……こんなにおいしいもの、食べたことない……!』

 

『プリン。食べるだけで贅沢な気分になれる、そんなお菓子です。気に入ってくれたならよかった』

 

『こんなにいいもの……何を払えば……わたし、何も返せない……』

 

『料金……それなら、さっきとても良い笑顔を見せてもらった。それで十分ですよ』

 

 あの日がわたしの生まれた日。

 先生からもらったプリンが、全部のはじまりだった。

 

『本当に大事なものは、誰にも見せちゃいけない。心の奥に閉じておくんだ。そうしないと、すぐに壊されてしまうから』

 

 そう教えてくれた先生の顔は、とても悲しそうだった。だから、この大事な思い出をずっと、忘れるくらい心に閉じ込めてた。

 

『オマエな、ちょっとは前髪とか整えろ。女子だろ一応。クエンもいるし、ヒマだし、ヘアピンとか買いに行くぞ』

 

『おぉヤイガ。ナイスなお誘い感激だ。ちなみに私の推薦はまっ金金のド派手カチューシャ!』

 

『やっぱ置いてくかコイツ。赤いヘアピンとかでいいだろ、オマエの赤い瞳に似合うし』

 

 フランの手が、前髪を留めるヘアピンに触れた。

 ようやく気付いた。貰っていたものの、本当の価値に。

 

 見てくれることも、隣にいてくれることも、想ってくれることさえも、たまらなく嬉しい。この想いの名前を知りたい。

 

「……これは、わたしが貰ったものは……なに……?」

 

「無償の愛、だよ。フランちゃん」

 

「そっか……困ったな、本当に……素敵で、とても返せないや……」

 

 ぽた子の腕の中で、フランが自我を取り戻す。

 フランは両腕を広げ、穢れた菓子能力を纏った身体を、ビターヴァレンへと向けた。

 

 ゴチゾウを噛み潰すように、ヴァレンバスターのトリガーを閉じ、開く。荒れ狂う黒雷、どこまでも深い黒のチョコレートが、一点に研ぎ澄まされていく。

 

─────────

 

《グルキャン》

《ペロペロ!》

 

《バクキャン》

 

 熱も衝撃も遮断する頑丈な飴のアーマー。ガヴの重戦車形態『グルキャンフォーム』。

 

 それに加え、ブルキャンバギーをガトリングに変形。棒キャンディ型の肩キャノン『バクキャンアシスト』をも足した、3乗の火力の全弾照射。

 

《バクキャンブラスト!》

 

 夥しいキャンディの爆撃はヒュドロの体躯をも容易く吹き飛ばす。

 

 その怪物はまだ倒れこそしない。だが、傷は深く、肉体は削れ、もはや両手を組む敏捷さも無い。落ちこぼれと呼ばれた2人が実現した、執念の景色だ。

 

「ヒュドロ……ッ! お前、自分が誰のものか分かってんのかァ!? 俺様に恥かかせてんじゃねぇぞこの愚図が!」

 

 べゼロの罵声は何一つとして状況を変えない。

 ヒュドロは物言わぬただの力として、動かない身体を引き摺って進む。

 

「オマエも可哀想なヤツだな。強くなれるわけねぇのにな、そんなのじゃ」

 

「理解、できない。赤ガヴ……それだけの力、何故……」

 

「……お前になくて、俺達にはあったものがある。多分、それが全部だ」

 

《チョコダン》

《パキパキ!》

 

 ガヴがチョコダンフォームに換装し、ポップンが右手を強く握る。溢れる力が集積されて膨れ上がる。その思いの強さが、大きさとなって。

 

 ポップン砲『レベル4』。

 

《チャージ ミー》《チャージ ミー》

 

 銃弾(レベル1)から散弾(レベル2)機関銃(レベル3)を経て到達した境地。一粒の、しかし呆れるほど巨大なポップコーンの砲弾。

 

 『カシバトルは気持ちが大事』。

 弱者たちの想いが連なり、力だけを持つ者たちを穿つ。

 

 3つの戦局が、決着を迎える。

 

 

「『ポップン砲・チョコレート味 極大』! 」

《チョコダンフィニッシュ!》

 

 チョコレートでコーティングされた巨大ポップコーンは、ヒュドロが受け止めると同時に感応し板チョコ状へと相変態───膨大な体積を持った爆弾が、炸裂した。

 

 

《BITTERSWEET THUNDER!》

 

 獣の牙の如き黒い雷撃。その苦味と僅かな甘味が、フランの闇菓子の穢れだけを切り裂き、焼き払う。

 

 

「『パラソルパイク』!!」

 気持ちが揺らぎ、強さを失った鎧。チョコレートの槍が一閃で貫く。20年間、固く閉ざされた缶詰が、砕けた。

 

 爆炎の中を豊かな芳香が吹き抜ける。

 その時、三ヶ所でチョコレートの香りが咲き誇った。

 

 

 缶詰の牢獄が弾け、変身が解けた(シエン)が天を仰ぐ。それと同時にヒュドロが遂に倒れた。

 

「チョコ! 勝ったんだ……本当に!」

 

「オレは信じてたぜ、オマエは絶対負けねぇって!」

 

「オレも信じていた。ポップンとショウマが一緒なら、どんな敵にも勝てるとな! これで後は……!」

 

 3人の少年がべゼロを見る。その視線に乗せられた感情は、言うまでもない、激しい怒りだ。

 

「……ふざけんな。俺様は天才だ。俺様には生きる価値がある。誤ってるのはそれを踏み躙るお前らだ。ストマックと、人間如きがッ……!」

 

 べゼロが椅子を蹴飛ばし、上擦った声が虚空に轟く。

 吐き出した安っぽい怒りとは裏腹に、ショウマたちの背中に這うような怖気が張り付く。

 

「ヒュドロぉッ!!」

 

 最早動く気力すら無いはずのヒュドロが、

 動かずして黒い靄となり、呆然としていた(シエン)の身体を貫いた。

 

「カンキリ!!」

 

 ヒュドロのガヴからミミックキーが飛び出て、破裂した。

 

 ミミックキーはグラニュートが人間に化けるためのものだ。それがグラニュートの姿から排出されたことが何を意味するのか。その答えを、ショウマは口ずさんだ。

 

「まさか……グラニュートに化けてた……? それなら、ヒュドロは!?」

 

「コイツはグラニュートじゃねぇ。その辺に転がってた生きた泥の塊を、俺様が拾ったんだよ。だがもういい。いい加減に役に立て、わかるよな? ヒュドロ」

 

 気体状になったヒュドロが(シエン)の腹からバックルを剥がし、べゼロの周囲を漂う。

 

「何を満足してた。どこのどいつの分際で、俺様を安く見てたんだ!? 俺様が、何のために! 人間が食える闇菓子と仮面ライダーなんかを作ったと思ってる!?」

 

 激情を叫ぶべゼロを、チョコたちの攻撃からヒュドロだったものが守る。べゼロがガヴで噛み込むようにキャンドバックルを装着し、ドス黒いゴチゾウを摘み上げた。

 

「全部、グラニュート界と人間界を、俺様のものにするための『作品』だ」

 

《ジャークッキー》

《SHUT クッキー》《SHUT クッキー》

 

 絶望が、重く伸し掛かる。

 醜悪に笑うクッキーのゴチゾウをバックルに装填するが、べゼロは更に指を鳴らした。

 

 それを合図にヒュドロがべゼロの指に収束する。

 精製された『カード』。それをバックルに差し込むことで、カードの紋様が一体化し、それは邪悪な絵画が描かれた缶詰のように。

 

《ウロボロス》

《SHUT クッキー》《SHUT クッキー》

 

「変身」

 

《ガガガ・ゴン》

 

 その瞳が、翠に光る。

 禍々しく輝く缶詰を骨の巨腕が開き、そこから溢れ出した美しいクッキーが金貨や宝石のように降り注いだ。

 

 べゼロが腕を振るうと、その甘く香ばしい雨が一気に砕け散り、バックルを通ってべゼロのガヴがそれらを喰らう。

 

《グリード キングダム》

《ブレッド レインズ》

 

 輪廻する蛇。それは永遠の象徴。

 怪物としてではなく、己が高位であることを誇示する、衣服を身に着けたような姿。

 

 綺羅びやかなクッキーを勲章や装飾として見せつけ、その強欲を剥き出しにして君臨する邪悪の皇子。

 

「人間の神とやらは、何を思ったか自分の体を菓子に例えたらしいな。神になる俺様も、それに倣ってやるよ」

 

 黒い翼を拡げ、悠々と空に鎮座する。

 手を振るう。その余波は空間を裂く。

 クッキーを砕き、その破片が剣へと再構築され───

 

 空間の裂け目を通り抜け、無軌道に少年たちを斬り刻んだ。

 

「今のは……姫サンの菓子能力……!?」

 

 空間を繋げる門を作る、クッキー姫の能力。

 『ジャークッキー』は菓子能力のクッキーと闇菓子を融合したものを、眷属として再錬成したゴチゾウ。

 

「そうだ、(あざな)は……『仮面ライダーブレッド』」

 

 未熟な努力も想いの強さも踏み付ける。

 理を喰らい嘲笑う黒翼の蛇。

 

 仮面ライダーブレッドが、物語の終わりを告げる。

 

───────────

 

「……この音、フランが使ったのか」

 

 少し時を遡る。

 派手な破壊音と衝撃を感じ、ヤイガは呟いた。

 

 その目下に転がるのは、ダブリとベッコウだ。

 

「思ったよりは手間取ったな、特に飴の方。まぁオレはもう行くけど」

 

 フランが闇菓子を使った。アレはまともな代物じゃない。あんなものを食ってしまえば、まず間違いなく正気ではいられないだろう。

 

 ヤイガは目を閉じた。締めが甘いから、余計なことばかりが頭に浮かぶ。これは、こんな世界で持ってもしょうがないものだ。

 

「───誰だお前」

 

 ヤイガが目を開くと、そこには見知らぬ人物の姿があった。

 

 その直前、揺らめく銀色の壁のようなものが視界に映った気がした。目の前の彼は、そこから現れたように見えた。

 

「どっちが俺の敵だ?」

 

「……なんだ?」

 

「いや、質問が悪かった。倒れてるヤツを倒しには呼ばれないな」

 

 男の一瞥は、ヤイガの警戒心に爪を立てた。

 直感的に銃を抜いてカルパスの弾丸を放つ。彼の眼は、人を殺す力を持つ者の───怪物の眼だ。

 

「……人間に見えたが、違うのか。あの人間、写真撮る暇があれば少しは説明してくれ」

 

 彼は弾丸の威嚇に少しも動じず、ただ帽子を取って深く溜息を吐いた。その肩に飛び乗ったのは、『カップに入った眷属』。

 

「……だる」

 

 

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