仮面ライダーガヴ×カシバトル スイート・ジェネレーションズ   作:壱肆陸

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切り裂きプディングガール

《ポッピングミ》

《ジューシー!》

 

「これがショウマくんの菓子能力……!?」

 

 ぽた子の前で変身をしたショウマは、『ガヴ』から吐き出された剣を握って、強襲のグラニュート『ヒュドロ』へと斬りかかる。

 

 ヒュドロはショウマと同じで、あの謎の渦に巻き込まれた存在。元の世界に帰る方法を知っているかもしれない。いや、今はそんな打算を考えている場合ではないと、ショウマも分かっている。

 

「来い……赤ガヴ……」

 

 明確にショウマを探して現れたヒュドロが街を壊し、人間を襲った。チョコやぽた子に危険が及んでいるのは自分のせいだ。だったら、降り掛かった火の粉は自分が払うしかない。

 

「ショウマくん! 一人じゃ危ないよ! あたしも一緒に……!」

 

「おっとお嬢さん、それは良くない。それでは彼を正確に見定められない」

 

 助けに向かおうとするぽた子の進路を、新装(ネオ)レジスタンスを名乗る菓子能力者(カシマスター)(シエン)が遮った。

 

「どいてください! 敵……ですよね、あたし達の。邪魔をするなら力づくでも退かします」

 

「なるほど……! 外側を慈しみで固めているが、その中にはあるのは強き覚悟と……そう、激情だ。恨みや、怒り。無意識に閉じているのでしょう。それで良い。それはきっと誰にも理解されず、優しく否定されるだけだから」

 

 荒らされた陳列棚。踏み躙られた手書きのポップ。泣き叫ぶ祖母の姿。

 ぽた子の脳裏で記憶が焼け焦げる。

 

 (シエン)の目には光が無い。何も反射することのない、淡く深い灰色だ。その灰色は嘘も方便も見透かして、ぽた子の内側を───『隠した自分自身』を言い当てる。

 

 だがぽた子は感情を一呼吸で鎮めた。ここで怒ることに意味は無い。

 対峙しただけで(シエン)の強さを肌で感じる。ぽた子は煎餅を噛み砕き、能力発動の体勢を整えた。

 

「……押し通ります!」

 

「全く恐れ多い。まだ若いというのに素晴らしい菓子力(カシカ)です。御覧なさい、さっきの電撃でワタシはまだ満足に動けない」

 

 『乾パン』

 古くから軍隊用の携帯食として作られてきたビスケットの一種。水分量が少ないのが特徴。缶詰に入れられ保存食として売られることが多い。

 

 (シエン)が乾パンを齧ると、焼き固められた小麦の弾丸が彼の掌に出現。

 次の瞬間、ひとりでにビスケットの弾が浮かび上がったと思うと、煎餅と化したぽた子の片拳を射抜き、砕いていた。

 

「ポップンくんと同じタイプの能力! でも……『硬さ』と『速さ』が桁違いに……!」

 

「ですが、あなた一人なら私程度でもお相手できそうだ。辛うじて、ではありますが」

 

 煎餅と乾パンの破片が入り混じる横で、ガヴの戦いは一方的な展開を見せていた。

 

 ガヴが仁王立ちするヒュドロに刃を振るう。反撃の暇を与えず、何度も、何度も。

 その上で『無傷』。一方的な攻撃は、何一つヒュドロに通じていなかった。

 

「硬い……! 今まで戦った、どんなグラニュートよりずっと!」

 

 艶の無い宝石のような鱗は異常な硬さを誇る。前に滑りで斬撃を無効化する敵はいたが、それとは違って文字通り『刃が立たない』。あの時のように打撃なら通じるとかそういう話でもない。

 

「……その程度……なら、べゼロ様の障害には……ならない……」

 

 漸くヒュドロが腕を振るう。攻撃が通じないだけなら可愛いもので、そこから発揮されるのは常識外れのパワー。その腕力はポッピングミの弾性限界を一瞬で超過する。

 

「ダメだ……! 剣も打撃も効かないし、防御も意味ない。勝ってるのは……身軽さだけだ。だったらもっと別の攻撃で、せめて少しでも硬く……!」

 

 ガヴが腹部からゴチゾウを引き抜くと、力を使い果たしたゴチゾウは満足そうに消滅する。その代わりにガヴが舌の上に乗せたのは、『グミ』ではない別の選択肢だった。

 

《チョコ》

《EATチョコ》《EATチョコ》

《ガヴ……ガヴ……》

 

 ガヴの全身から溢れだした焦げ茶色の流体が、舌鼓を打つと同時に収束し、凝固する。鎧の隙間から溶け出た流体は一枚のマントとなり、風を受け止めて香り高く靡いた。

 

《チョコダン》

《パキパキ!》

 

「チョコレート!? どういうこと? ショウマくんって、『グミ』の菓子能力者(カシマスター)じゃなかったの……?」

 

「おぉ……! それでこそ、菓子能力を超えるグラニュートの可能性!」

 

 ショウマが生み出せる眷族はグミに限られない。ショウマが得た感動と幸せの分だけ、ガヴの力は数を増す。

 

 チョコレートの銃『チョコダンガン』を携え、板チョコを纏ったガンマンのような風貌。チョコやヴァレンと同じように『チョコレート』の力を使う『チョコダンフォーム』が、その銃口をヒュドロへと向ける。

 

___________

 

新装(ネオ)レジスタンス、シュガー隊筆頭。フラン=プディング。推して参る」

 

 (シエン)の能力で生み出された缶詰空間の内側で、少女───フランは菓子能力を顕現させた。胴体を覆うベールは卵と牛乳、そしてバニラの香りを気品高く漂わせている。確かめるまでも無く彼女は『プリン』の菓子能力者(カシマスター)だ。

 

「この香り……間違いない! あのダイズーという菓子取団から奪い返した古い缶詰、それが消えた時に香ったものだ!」

 

「あ、あの時のやつか! 結局元々が違法取引で手に入れたものだって発覚して、オレらにお咎め無しってことになったけど......てことはコイツが缶詰泥棒ってことかよ!」

 

「チョコちゃんが言うなら間違いないね。オイラ達はじめましてじゃないわけだ。で、何のためにそんなことを?」

 

「悪いね。それを話す権限は与えられてない」

 

 レモネドがそう問いかけた瞬間、3人が次に彼女の姿を見たのは自分たちの間。

 戦慄が怖気となって肌を走る。実に素早く、実に滑らかに、フランは臨戦態勢の3人の間に潜り込んでいたのだ。

 

「くっ……! 『マッシュルーム』!」

「『バブルボルトダイレクト』!」

 

 ポップンが丸型のポップコーンを拳と同化させ、爆発の推進力で拳を突き出す。そして息を合わせ、レモネドが電撃を蹴り飛ばすことなく直接フランへと叩き込まんとした。

 

「───プリンは大きく分けて2種類ある。1つは冷やして作る『ケミカルプリン』、ゼラチンを入れるタイプだね。ババロアに近い」

 

 しかし、冷気と共に2人の視界からフランが消えた。顔から倒れたような極端なしゃがみ込みで攻撃を空振りさせ、そのまま片手と同化したプリンで地面をグリップ。

 

「もう1つはよりプリンの起源に近いタイプ。熱して作る『カスタードプディング』だ」

 

 逆立ちの体勢からプリンの弾性力で跳ね上がり、缶詰の天井に張り付いてみせた。そこから加速力を付けて落下し、空中で繰り出されたのは、熱を帯びた滑るような動作の回し蹴り。

 

「おのれっ……! 『チョコレー刀』───!?」

 

 背後を取られていたチョコが一瞬遅れて、フランに向けてチョコレー刀を振り抜く。だが、その刃はフランのベールに食い込んだまま止まってしまった。それはプリンからイメージされる弾む触感ではなく、いわゆる『レトロプリン』と呼ばれるような、固く、そして硬いプリンの防護服。

 

「プリンは製法や材料で食感を自在に変える。弾むように、滑らかに、そして固く」

 

 それだけでは終わらない。ベールは内部で止まったチョコレー刀を徐々に取り込んでいき、その色をも変えていく。

 

「強制合体技(トッピング)。『チョコプリンモード』」

 

 武器を失ったチョコをフランの連撃が貫く。心奪われるほど滑らかで、一撃一撃が体の内から揺らすような衝撃を放つ、甘く苦いラッシュが炸裂した。 

 

「バカな……『強過ぎる』……!?」

 

 チョコが不意に零したその言葉は、決して絶望ではない。

 チョコは今までオアズーケ王国軍団長の『ホワイ・T』、『ヤオギン』、『お梅』、『苦味のジョージ』の全員と一戦を交えたことがある。彼女の能力が彼らに並ぶほど理不尽に強いかと言われると、否だ。ただ、彼女の持つ強さは余りに不可解だった。

 

 チョコが感じた違和感を、立ち上がったレモネドが言語化してフランへとぶつける。

 

「アンタさ、能力の強さよりも何より『能力の熟練度が高すぎる』。菓子能力なんて5年やそこらしか歴史が無いってのに。どういうワケ?」

 

 レモネドの言う通り、菓子能力の経験値はどれだけ長くても数年。それなのにフランの動きはまるで、能力を前提に長年訓練したようなものだった。彼女が元々戦闘訓練を積んだ兵士か何かだとしても、動きと能力が馴染みすぎている。

 

「キサマが何故それほど強いのか……気になるが実際それだけ強いのだ、それに足る努力をしたのだろう! だが、それだけ強い者が何故怪物の味方をする!? 王国打倒が目的ならば、オレ達と共に戦えば良いではないか!」

 

「……それに関しては話す許可が下りてる。先生が言ってた。レジスタンスは、選びすぎていると。猫の手も欲しながら悪魔の手は取る気が無い」

 

「話がわかんねーよ! 要するになんだ? 王国をツブすためにアレを利用してぇってことだろ!? まず何なんだよあのバケモンは!」

 

 ポップンも立ち上がり3人でフランを取り囲むが、依然彼女に隙は微塵も無い。息も乱さないまま彼女は言葉を続けた。

 

「それも話せる。『グラニュート』。この世界とは別の世界から来た、腹に口を持つ生命体。人よりも強い体を持ち、人間を『闇菓子』という食品に加工する技術を持っている」

 

 体の芯から血の気が引く。肌を怖気が這い回る。

 あの怪物の正体は、人を喰らう悪魔。道を踏み外した人間とは違う、人の理を外れすぎた獣。ヒュドロがそうであると理解した上で、その存在そのものは決して理解できず、ただ言葉に出来ない恐怖と憤怒が彼ら中で強くなっていく。

 

 

「……そんなバケモノを、キサマ達は利用しようと言うのか。どんな犠牲が出るのかも、考えてのことなんだろうな……?」

 

「先生にオマエ達を勧誘するようにも命じられた。ここで憤りに蓋をしないのであれば、以降敵と見なして……」

 

 それ以上の問答は必要なかった。

 チョコ達の目は、たった今完全にフランを「敵」と捉えた。

 

「そう、それならそれがいい。独り言は好きだけど会話は苦手だ。わたしの使い道は戦い(それ)がいい」

 

 フランの目的が時間稼ぎであるのは明白。ショウマを助けに行くために、チョコ達から仕掛けるのは必要条件。しかし、フランの菓子能力は守りに適し過ぎている。

 

「『マッシュルーム』!」

 

 ポップンがもう1度加速した拳を突き出し、レモネドもフランに蹴りを叩き込まんとする。前よりも勢いが増しているのは、動き出した瞬間から明らかだった。

 

「菓子能力は『気持ち』で強くなる。それは事実だ、怒りにも意味はある。でもね」

 

 その行動に、フランはもはや回避すらしない。弾力を持ったプリンの『ケミカルモード』のベールがそれらの攻撃を優しく受け止めた。

 

「気持ちが勝敗を決めるなら、わたしが負ける道理が無い。世界を救う先生の望み。それに懸けるわたしの想いを、おまえ達の甘い怒りと並べるな」

 

 怒りに任せ、通じなかった手を繰り返すなど論外も論外。それなら命令通りに時間いっぱい、公私も分けられない子供の相手をするだけだ。

 

「『チョコレー刀』!」

 

 チョコもまた、さっき無力化された攻撃を再演する。

 これが四天王を倒した英雄の姿とは、失望させてくれる。フランは眉一つ動かさないままベールの配合を変え、『レトロモード』に刃を沈めようとした。

 

「……かかった!」

 

「───ッ!?」

 

 瞬間、ベールを通ってフランの全身に強烈な電流が駆け抜けた。

 

「脚に微小なバブルボルトを無数に纏わせ、蹴りと同時に電撃を放つ『小粒増量バブルボルト』……新技だよん。アンタなら、このトリックが分かるだろ?」

 

 さっきのレモネドの蹴りは攻撃ではなく、ベールの内部に極小の『バブルボルト』を侵入させるのが目的。そして『レトロプリン』は『ケミカルプリン』とは違い、卵の凝固反応によって作られる。

 

 ベールを凝固させたことで圧縮が起こり、電流が入った微細な泡が割れる。その結果、時間差の電流がフランを襲ったのだ。

 

「くっ……!」

 

 電流を喰らった致命的な隙でも、フランはチョコレー刀をギリギリで回避する。その後を狩るのは再度放たれた『マッシュルーム』の拳、ポップンの追撃だ。

 

「さんざやったんだ。防御できる……って思うよな。舐めんな!」

 

 しかし、その拳はベールに衝突する寸前で静止。掌が開かれ、ポップコーンの爆裂が不完全になっていたフランのベールを吹き飛ばした。

 

 体勢こそ足元のプリンで維持しているが、ベールによる防御は無力化した。そこに迫るのは必然、研ぎ澄まされた怒りの刃───鐘木チョコ。

 

(怒りに任せたワケじゃなかった。わたしを敵と判断した瞬間から、これを狙って……!)

 

 (シエン)の言葉が正しければ、フランに一撃でも浴びせられれば缶詰の牢獄は消える。最後まで気を断つことなく、刃を振り抜いたチョコが見たのは

 

 切り裂かれた、チョコレー刀の刀身だった。

 

「なっ……!?」

 

「……侮ってた。そうかこれが、四天王を倒したレジスタンスの……()()()()()()()()の切り札……違う……わたしを熱く、させるな……!」

 

 プリンのベールと共に上着を脱ぎ捨てたフランが、3人の前に揺れて佇む。

 

 袖を剥がされた白い腕を滴る卵液、その表面を滑る粘度の高い液体の正体は、その甘さと苦さが一体となった香りが教えてくれる。

 

「焦げた砂糖の香り……これは、『カラメル』!?」

 

 ひと瞬きの間にフランが消え、チョコが振り返った時には、レモネドの胴体に一閃の斬り傷が刻まれていた。

 

「レモネド!!」

 

「チョコ危ねぇ!」

 

 卵液でスリップし方向を変えたフランに向け、ポップンがポップコーンを発射。

 ただ、それらは空中で真っ二つに分裂し、滅裂な軌道へと逸れていく。

 

 チョコが折れたチョコレー刀を構えるが、再生するどころか刀が形すら失い始めているのに気付いた。

 温度だ。この缶詰内の温度が、急激に上昇しチョコレートが溶け始めている。

 

 迫る赤く苦い眼光。チョコは刀を己に刺し、一か八かチョコレートが溶けない短時間だけ刃を身体から発生させる『とろける剣術』での応戦を試みた。

 

 ただ一度の剣戟音と刹那の極低温。その切り裂き魔がようやく正体を現す。

 フランの腕から生えるのは、焦げて硬化した『カラメルの刃』。

 

「んだそれ……! まるで、チョコの『とろける剣術』と同じ……!」

 

「『焦げる刃(ブリュレ・エッジ)』。わたしの使命……わたしは先生の望みを果たすために。 それ以外の何もいらない……わたしはただ、それだけのために!」

 

 超高温でプリンの糖分を焦がし、局所的な超低温で硬化させて刃とする。正気を失っているように見えて途轍もない超高等技術だ。

 

 上がり続ける温度。もはやそこはオーブンの中も同然。フランの『焦げる刃』とチョコの『とろける剣術』が激しい斬り合いを演じるが、チョコレートは溶けていく一方。

 

「キサマは……キサマにとって、あの(シエン)という男は何なのだ! 怪物と手を組み、犠牲を許容してまで世界を救いたいというのか!? そうして生まれる不幸を無視して、自分たちは幸せになろうだなどと……許されるものか!!」

 

「もう言ったよ。理由も、幸せもいらない! ただ『世界を救う』、オマエ達を殺す! それでいい!」

 

 チョコの溶け切った防御を切り裂こうとする、脚から生じた砂糖の刃。その致命的な一撃の刹那、ポップンが爆発の推進力でチョコを間一髪で避難させた。

 

「ポップン! 危なかった、感謝する!」

 

「もう話通じねーよアイツ! どうすんだチョコ。早くショウマを助けに行かねーと!」

 

「分かっている! しかし……」

 

「……なんだよ。あのおっかねぇネーチャンがどうかしたのか?」

 

「いや、何でもない。この温度ではどっちみち長期戦は不可能だ。短期で決めなければ負ける! だが……!」

 

 温度を上げる能力の敵とは何度か戦った。チョコはその度に打開策を編み出してきたが、そのどれもがこの状況ではあと一手足りない。歯痒さに悶え苦しむ間にも、フランは放たれた獣のように間合いを食い潰していく。その鬼気には、一部の隙さえも───

 

「『オリオンラッシュ』……!」

 

 枯れかけた声と共に、フランの足元を小粒のラムネが覆い尽くした。それは斬られたレモネドが僅かな余力で放った技だ。それ自体は苦し紛れだったのかもしれない。

 

 しかし、その機転にチョコが何かを反射した。そこから意図を直感したポップンは、能力のレベルを1つ上げ、一撃に大量のポップコーンを放つ『レベル2』をフランへと解き放つ。

 

「頼むぜ、チョコ! 『ポップ・バースト・ポップン』!」

 

 被弾が許されないフランは大きな回避動作をするが、『オリオンラッシュ』の小粒ラムネが彼女の足元を鈍らせた。

 

 今までフランの異次元なバランスを実現させていた弾むプリンの『ケミカルモード』は、『冷やすプリン』の能力。この高温下では使えず、初めてフランの体勢が崩れた。

 

 ただ、彼女自身の身体能力は菓子能力に依存せずとも一級。

 すぐにバランスを取り戻し、掌から伸びる焦げた飴色の剣が、チョコを討ち取らんと振り上げられた。チョコが避ける素振りは───無い。

 

「オマエを……殺す! 全ては、世界を救うために!」

 

「それは……本当にキサマの想い───」

 

 問いにも答えにも用は無い。

 瞬間、その苦味は空を一閃し、敵を切り裂いた。

 

 糖の甘さを塗りつぶした、刺すような、引っ搔くような、焦げの香り。

 ───それを断つように鮮烈に漂うのは、豊かな奥行きを持った、もう一つの苦い香り。

 

「……これは、カカオの……!」

 

「キサマは強かった……3人がかりで、ようやく『一太刀』だ……!」

 

 オアズーケ王国四天王、『(スパイシー)』軍団長ヤオギンとの戦い。

 そこでも熱に苦しめられたチョコは、師から受け継いだこの技を繰り出した。

 

 フランを足止めした数秒がなければ、成す術も無く斬られていた。

 

 それは『とろける剣術』よりも更に一瞬。熱が伝わるよりも速い刹那にチョコレートの質を全て懸け、刀の斬れ味を爆発的に増幅させる必殺のカウンター抜刀術。

 

「必剣、チョコ抜刀」

 

 砂糖を焦がしただけのカラメルと、品質を最大まで高めたチョコレート。どちらが菓子としての格が高いかは論じるまでもなく、『焦げる刃』が砕け散る。

 

 溢れ出るチョコレートの飛沫。咲き誇るカカオの花。

 その時、缶詰の蓋から光が射した。

 

___________

 

《チョコドン》

 

 ガヴは『チョコダン』に加えてホワイトチョコの眷族『チョコドン』を使い、『チョコダンガン』と対となる白銃『チョコドンガン』を召喚。素早い身のこなしでヒュドロの裏を取りつつ、二丁拳銃の精密乱射が火を吹いた。

 

 カラーボールを投げつけたように、体表で血の如くチョコが飛び散り、銃創が刻まれる。

 

 ヒュドロは依然として怯みも動じもしない。これが効いているのかは分からないが、ヒュドロの攻撃を回避できる敏捷はこの形態でギリギリ。火力を上げる『グルキャン』に頼るのは賭けだ。今はこれを続けるしかない。

 

「赤ガヴ……」

 

「俺の事を知ってる。でも、お前たちはストマック社の手先じゃないんだろ!? あのべゼロってやつも、お前も、何者なんだ!?」

 

「ヒュドロ……べゼロ様の手足となる者……エストマ家の繁栄を実現する者……!」

 

「エストマ家……!?」

 

 ショウマは母と共にほとんど軟禁生活を強いられてきた。だからグラニュートの世界のことさえよく知らない。自分の生家が人間を闇菓子にしていたことさえ、知ったのは───

 

 ───このことを思い出そうとすると、頭が痛む。

 

「……今は、考えたって意味ない。とにかくお前を、止める!!」

 

《チャージ ミー》《チャージ ミー》

《ガヴ……ガヴ……》

 

《チョコドンバースト!》

 

 チョコドンを咀嚼して絞り出したエネルギーを、二丁拳銃から無数に連射。それは機関銃すら凌ぐ密度のチョコレート弾の応酬。

 『パキパキ』とブロック状のチョコレートが次々に着弾し、それはヒュドロの全身のみならず、周囲の地面、壁面、世界の全てをカカオとミルクの2色に染め上げる。

 

 無数のチョコレート弾は、超高温の溶解弾と超低温の硬質弾の7:3配合。溶かした部分を穿つ殺傷能力の高い攻撃だが、ガヴの狙いはそれだけに留まらない。

 ヒュドロの反撃を受けて銃も装甲も砕け散った。即座にポッピングミへ換装し、体勢を崩しながらもガヴガブレイドを掴み、チョコレートで染まった地面へと鋼鉄の刃を突き立てた。

 

 その摩擦が火花を起こす。そして、この溶けたチョコレートは強烈な爆発性を有する。

 結果、地面に撒き散らされたチョコレートが次々に起爆。全身にチョコレートを浴びたヒュドロまで誘爆は伝播し、その巨体は大爆炎に包まれた。

 

「これで……やれたのか……ッ!?」

 

 爆炎が吸い込まれるように消えていく。そこに立つのは、両手を組んだ状態で無傷のヒュドロだった。チョコレート弾で溶かしたはずの鱗も元に戻っている。

 

 もう疑いようが無い。ヒュドロの能力は『超再生』、もしくはそれさえ超越した『何か』だ。チョコ達の一斉攻撃も、効いていなかったのではなく瞬く間に再生していただけ。それが分かったところで、ショウマに成す術は無い。

 

「───べゼロ様が……呼んでいる」

 

 ヒュドロが突然動きを止めた。その目は既にガヴを見ておらず、遥か彼方を捕捉するとヒュドロは迷いなくその方向に跳び立っていった。

 

「見せていただきました。一つの肉体で複数の菓子能力を駆使し、それはこの時代のものよりも遥かに攻撃的。ワタシが求めていた力そのものだ。『闇菓子』と『仮面ライダー』、この2つがあれば必ず世界を救える」

 

 (シエン)の声だ。思い出したようにガヴが振り返ると、倒れたぽた子の姿がその勝敗を語っていた。

 

「ぽた子さん!」

 

「おっと、ワタシに戦う意志は無い。これ以上彼女を痛めつける気もありません。そしてアナタをこの世界に呼んだのはワタシです」

 

「あのモヤモヤ……! 俺やヴァレン、アイツらを呼んだのは……世界を救うため───オアズーケ王国を倒すためなのか!?」

 

「えぇその通り。流石です。元の世界に帰りたければ、どうか世界を救うご助力を頂きたい」

 

 体は痛むが、ショウマは彼の言葉を落ち着いて精査する。きっと彼の言うことは真実だ。そして今、ぽた子が人質に取られているし、行方の分からない絆斗のこともある。しかし、一つ聞き逃せない単語があった。

 

「……人間なのに、『闇菓子』を欲しがってるのか……?」

 

 その瞬間、奥に鎮座していた缶詰の監獄が破裂した。

 中から現れる満身創痍のチョコ、ポップン、レモネド。そして、ただ一つの大きな斬り傷を受けたフランが倒れ込む。

 

「驚いた……フランが敗れたのですか」

 

「先生……! 申し訳ありませんっ……この程度の使命すら、わたしは……! これではわたしは、こんなものでは……わたしはわたしを使い果たせない……!!」

 

「時間がかかってしまった! ショウマ、無事……か……!?」

 

 ショウマもチョコに駆け寄ろうとした。

 しかし、その瞬間、今の状況を自覚してショウマの安堵が引き裂かれた。

 

 チョコ達が見たのは、正体不明の新手の怪物。グミを全身に纏い、腹には赤い口。そして倒れたぽた子の姿。

 

「ぽた子さん!!? どういうことだ! キサマの仕業か! ショウマは……ショウマをどこへやった!?」

 

「腹に口……このネーチャンが言ってた、さっきのデカいのと同じ『グラニュート』ってやつなんじゃねぇか!?」

 

「あぁ、新手だとすりゃかなり厳しいけど……!」

 

 レモネドが、気付いた。気付いてしまった。

 伝えたくない。それでも歯を食いしばり、ただその指を、『赤いガヴ』の中に向けた。

 

 そこにいるのは、チョコ達が知る通り、ショウマが連れていた『ゴチゾウ』だ。

 

「あれは、ショウマの……!?」

 

「チョコちゃん、ポっちゃん、聞いてくれ。オレは最初から疑ってたんだ。アレが菓子能力だってのに、微妙な違和感があってさ。杞憂であってほしかった。だから確かめたんだ……ぽた子ちゃんに持ってきてもらった、『菓子能力者(カシマスター)専用のグミ』を食べさせて」

 

 チョコ達が戦闘前に食べる菓子能力者(カシマスター)専用のお菓子は、材料を極力節約し、不足分を他の能力者の力で補って作られたもの。能力同士が共鳴すれば味を感じられるが、普通の人が食べても味がしないように作られている。

 

「本当にグミの菓子能力者(カシマスター)なら味を感じたはずだ。でも、あの反応は間違いなく……味を感じていなかった。オレ達に嘘をついてたことだけは、確かなんだ……!」

 

 はっきりと言葉にはしなかった。でも、目の前のグラニュートに対し、チョコの口から自然とその名前が出てしまう。

 

「ショウマ……なのか……?」

 

 ずっとこれを恐れていた。このお菓子禁止令の世界に来るより前から、ずっと。

 

『バ……バケモノ……2匹も!』

『聞いたか! お前、バケモノだってよ!』

 

 この姿で人間と会う度に、バケモノと呼ばれた。

 だから隠した。人間の姿でいれば人間と触れ合える。人間の姿だから居場所がなかったあの家とは違って、こっちの世界には人間としての暖かい居場所がある。

 

 でも初めて変身した時に、この姿がきっと、自分の本質なのだとショウマは自覚した。人間を喰らう怪物と同じ遺伝子を持ち、同族を狩る、人間でもグラニュートでもない正真正銘のバケモノ。だから何も言い返せない。

 

「その通り、彼はグラニュート。ショウマ・ストマック、グラニュート界で闇菓子を販売する『ストマック家』の一員。ワタシは王国を倒すために、闇菓子の力を利用したいと考えています。ショウマ・ストマック、アナタが持つ闇菓子製造の知見をどうか貸していただきたい」

 

 (シエン)が何か言っている。ショウマは下っ端よりも更に下、家畜のような扱いをされていたのだから、闇菓子の技術なんて知るはずもない。でも、そんなことどうでもよくて、ただショウマは、チョコ達に何も言えず無気力に立ち尽くしていた。

 

「……何か言ってくれ、ショウマ」

 

 何も言えない。

 

「ぽた子さんを傷付けたのはショウマなのか……!? 人間を菓子にして喰らうなど、そんな非道を行っていたのか!? オレ達を、騙していたのか!? 答えてくれショウマ!!」

 

 人間とグラニュートの間に生まれ、あの恐ろしい一族の血を引いている。

 幸果にだって、絆斗にだって、恨まれて当然。罵られて当然。誰にも愛されなくて、当然なんだ。

 

 でも───

 ガヴは姿勢を低く構え、(シエン)へと黄色い複眼を向けた。

 追い込まれ、消えかけた生気の中で尚も灯る、体を刺し貫くような敵意。

 

 いくら人間に恨まれても、全てを失ってしまったとしても、ショウマは決して人間を守ることをやめない。母が愛したこの世界が、心から愛しいと思ったから。

 

「そうですか、残念だ。我々の障害になるのなら……ここで」

 

 (シエン)が乾パンを齧り、ガヴに投げたのは一個の缶詰。

 

「菓子能力『空間缶露門』」

 

「───ショウマ!!」

 

 缶詰が開く。そこから湧き出る黒い靄が渦となり、ガヴの体を覆い隠す。

 その瞬間、考えるよりも先にチョコが走り出していた。渦とガヴの間、入り込んだその異物をも、缶詰の『門』は飲み込んでしまった。

 

「チョコちゃん!!」

 

「チョコ……! ……ッ、テメェらショウマとチョコに何しやがった!?」

 

「勧誘には失敗したようですね。それなら彼も敵、教えるはずがないでしょう。邪魔をするのなら、彼ら同様に消えてもらうだけです。全ては世界を救うために。行きますよフラン」

 

「話は終わってねえぞ! 待っ……!」

 

 ポップンが掌を向けるが、それを気に留めることもなく(シエン)は缶詰を放る。

 もう一つの缶詰から新たな渦が生まれ、(シエン)とフランだけを飲み込んで消えた。

 

 傷を負った3人の菓子能力者(カシマスター)だけがそこに残された。

 壊された街で無力な少年は、空の拳を抉れた地に叩きつけた。

 

____________

 

 時は遡る。2024年で渦が飲み込んだのは、3体のグラニュートと、『1人の人間』。

 その人間は渦を通って時を超え、ショウマと同じ時代、だが全く違う地に落とされていた。

 

「クッソ……ここは……どこだ……!?」

 

 母も、慕う師をもグラニュートに奪われ、グラニュートに復讐を誓った青年。

 仮面ライダーヴァレン───辛木田絆斗が目覚めたのは、時代劇にでも迷い込んだような、見渡す限りの『和』の世界。

 

 『噛木の里』。

 絆斗が迷い込んだのは、世を忍ぶ菓子能力者(カシマスター)たちが集う、秘密の集落だった。

 

 

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