仮面ライダーガヴ×カシバトル スイート・ジェネレーションズ   作:壱肆陸

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注意! カシバトル、グッド・テイス島編以降のネタバレが含まれます!


苦虫を噛む

 ちゃす、辛木田(からきだ)絆斗(はんと)だ。

 

 ガヴ先輩───ショウマと一緒にグラニュートを追い詰めたんだが、いきなり謎の黒い渦に吸い込まれちまった。目が覚めたらショウマもグラニュートもいやがらねぇし、どう考えても全然知らねぇ場所にいるし……! あー、どうなってやがんだチクショウ!!

 

____________

 

 周囲は森、山、崖。建物は古式な武家屋敷ばかり。

 そして、そこにいる者たちは、想像上であるはずの想像以上に想像通りの『忍者』。

 

 現代基準なら映画村か何かのように思えたが、どうやらここは『噛木の里』といい、本当に忍者の里らしい。もうこの時点で何がなんだか分からない。そんな状況下にある青年、辛木田絆斗は───

 

「……っし命中!」

 

「手裏剣って結構難しいんだぜ。あんたセンスあるよ」

 

「師範の教えが上手いからっすよ~」

 

 忍装束を着て修練に参加。投げた手裏剣は見事に的の中心を射抜く。

 この里に落ちてから日数が経ち、彼は完全に順応していた。

 

「って、やってる場合じゃねぇーーー!!」

 

 流石に危機感は忘れていなかった。

 誰も見てない場所で頭巾を脱ぎ、絆斗は頭を抱える。状況はかなり最悪だった。

 

「どーなってんだ! 社長にも酸賀(すが)にも連絡付かねぇ……のは、まぁ状況考えれば当たり前だが。いやその状況が意味わかんねぇんだよ!! しかもショウマにも連絡できねぇ! アイツもこっち来てんのか? 無事なんだろうな……? あーもう、どうしろってんだ!」

 

 絆斗の本業はライターだ。つまり情報収集はお手の物。

 ここに来た時は一旦パニックにはなったが、落ち着いた絆斗はまず情報集めに奔走。その結果、一つの衝撃的な事実が発覚した。

 

 ここは2121年。絆斗がいた時代よりも100年ほど未来の世界なのだ。

 2度目のパニックで絆斗は倒れそうになった。

 

 そして、この里にいる連中はおかしな……いや、これは洒落ではなく『お菓子』な力を持っていた。

 

「抹茶ONプレッツェル、『茶柱ンス』!」

 

「『ストロベリー・ベリーランス』!」

 

 外国人であろう青年が抹茶の香りがする槍を、前髪で目が隠れた少女がイチゴの槍を、それぞれ卓越した動作でぶつけ合う。あれは見てくれではなく、正真正銘本物のお菓子であり、それ以上の力を持った『武器』でもある。

 

「日本に伝わる槍術、研鑽と歴史! それを本物のニンジャから教わる……ナンタル幸せ! 必ず強くなってみせるでゴザル!」

 

「そりゃアタシのセリフだぜ! 待ってろ鶴田ぽた子ォーーーー!!」

 

 この時代ではお菓子の超能力者が存在するらしい。

 これを知って3度目のパニック到来。だがそこで絆斗は我に返った。

 

 よく考えれば自分やショウマも菓子の力で戦っている。そのゴチゾウはショウマが作っているらしいし、もしかしたらショウマのような超能力者がここに集まっているのかもしれない。

 

 タイムスリップも同じだ。そもそも、体を改造して人を喰う怪物と戦ってることだってタイムスリップとトントンの非現実具合だ。だったらタイムスリップくらいのSFもあり得るはずだ。そう思うことにした。

 

「今回ほどライターやってて良かったって思ったことはねぇよ。長年モンスターを追って色々ありえねぇ話も聞いてたからな、割とすぐ飲み込めた。飲み込めてる……と思う。とにかく冷静だ。それが大事だ」

 

 で、問題はどうやって元の時代に戻るのか、である。

 

「とりあえず、あのグラニュートの仕業と仮定するっきゃねぇよな。一緒に渦に入ってたならアイツもこっち来てるはずだ。もう逃げられてたらどうしようもねぇが……どっちにしろ、ここで修行なんてやってる場合じゃ……!」

 

「何を一人で喋っている」

 

 気配の無い場所から声を掛けられ、絆斗は背筋を伸ばして跳び上がる。

 長い前髪で片目を隠し、もう片目の鋭い眼光を絆斗に突き刺す。その青年の名は噛木(かみき)羽子妙(はごたえ)。その苗字の通り、この里を治める一族の者らしい。

 

 彼は絆斗がここで最初に出会った人物だが、何故か非常に絆斗を敵視している。自分を嫌う人間をわざわざ好いてやる余裕もなく、絆斗も噛木のことが苦手である。

 

「よく言われんだよ、独り言が多いってな。放っといてくれ」

 

「どうでもいい。例の物が仕上がった、さっさと来い」

 

 淡々と告げられた吉報に、絆斗も驚きの表情と共に拳を握り固めた。

 そして案内されたのは、里の中心にある一際大きな屋敷。仰々しい門を潜り、通された応接間には里の長が待っていると絆斗は聞いていた。

 

 しかし、そこにはちょこんと座る少女───いや、流石に幼女と呼ぶのが妥当なほど小さな子供がいた。

 

「この里の長、噛木(かみき)食華(しょっか)と申します!」

 

「お……おぉ、辛木田絆斗だ。随分ちっちゃい長だな。こう見えて結構な歳だったりするアレか……?」

 

「黙っていろ。次に食華……長を侮辱するようなことを言えば始末する」

 

「兄上! 辛木田殿はお客人ですよ! 辛木田殿の事情は聞いています。これで元いた場所に戻れるといいのですが……」

 

 反応を見る限り、彼女は本当に幼いと見てよさそうだ。その辺りの事情は絆斗も知らない、というか、時代を特定できた辺りで里の連中は絆斗に一切情報を与えなくなったのだ。

 

(この子はともかく、こっちの男に怪しまれているのは確かだな。そんで情報統制が入ったってとこだろ。こっちだってこんな里、コイツでさっさとおさらばできたらいいんだが……)

 

 食華に渡されたのはクッキーだった。『絆斗が元の場所に戻れる方法』に心当たりがあるというので、絆斗はそれを今まで待っていたのだが、やはり絆斗の常識の外側───菓子能力によるものらしい。

 

「……こいつを食えばいいのか? まぁ食えって言われりゃ食うが、俺甘いもんは苦手で……」

 

「あ、いえ! 辛木田殿が帰りたい場所を思い浮かべて、そのクッキーを割っていただければ。うまくいけばクッキーの中から門が現れるはずです」

 

 本当に何でもありだなと思いながらも、言われた通りに絆斗はイメージする。人々の営みの裏で怪物どもが蔓延る、あの2024年の世界を思い浮かべ、絆斗はクッキーを砕いた。

 

 すると、食華の言う通り黒い渦がクッキーの中から発生する。それは確かに、絆斗をこの時代に連れて来た渦と同質のものだった。

 

 しかし、それは一定の大きさを得る前に霧散し、消えてしまった。手元にはただのクッキーの残骸が残った。

 

「……すみません、失敗みたいです。実はこのクッキーを焼いたお方は、ある事情で能力が本調子ではないようで……」

 

「どうだろうな。本当は帰る気など無いのではないか? オマエが王国のスパイなら、使命を終えるまで帰るわけにはいかないからな」

 

「だから言っただろうが、俺は100年前の過去から来たんだ! さっきの失敗も、多分そのせいなんじゃねぇのか? つか王国ってなんだよ!」

 

「時間移動など誰が信じるか! そうやって無理難題を騙り、この里に居座るつもりなんだろう!?」

 

「んでそんな回りくどい嘘つかなきゃいけねぇんだよ! 俺だって暇じゃねぇんだ、元の時代に戻る方法がねぇなら、この里から出て行くだけだ。世話んなったけどな!」

 

「里の内情を知った者を外に出すわけにもいかん」

 

「じゃあどうしろってんだよ!!!」

 

 あぁ言えばこう言う。絆斗の中で噛木のランクが『苦手』から『嫌い』に昇格した。

 

「兄上、辛木田殿が嘘を言っているようには見えません。外でも行く当てが無いようですし、鐘木(べるぎ)殿に協力をお願いするのはどうでしょうか?」

 

「食華、これは里の存続にも関わる問題だ。万が一のことを考えなければならない。それにコイツが敵だった場合、鐘木(べるぎ)達を危険に晒すことにもなるんだぞ」

 

「それは……」

 

「オマエの処遇はこれから議論する。それが決まるまでは自由にさせん。いいな」

 

「……わかったよ。だったら俺も、勝手に自由にやらせてもらう」

 

 申し訳なさそうに縮こまる食華を横目に、絆斗は角のある足取りで部屋を立ち去る。そのポケットから漂うチョコレートの香りに、噛木は顔をしかめた。

 

______________

 

「クソっ、何なんだよアイツ!」

 

 噛木のことを思い出すたび、絆斗は向け場の無い怒りを声に出す。

 

 噛木達にとっては、絆斗は今まで通り生かさず殺さず何もさせずが無難。議論とやらがいつまで続くか分からないし、何かの秘術で記憶を消されるみたいな話になったらたまったものじゃない。

 

 絆斗にも噛木が悪い人間でないことくらい分かる。彼の言う事に従えば、少なくともこの時代で命の危険は無いだろう。

 

「わかってんだよ。俺だって俺が怪しいと思うし、アイツが言ってることは正しい! でも……っ!」

 

 でも、絆斗はこんな時代でただ生きているわけにはいかない。

 

「……あのグラサンのオッサンは、確か……」

 

 だったらもう逃げ出してやろうと、里の端まで来たところで絆斗はその人物に出会った。これまでの生活で何度か見かけた、黒スーツに丸い黒サングラス、全体的に何か黒くて厳ついその男。

 

「こんなとこまで何の用だ兄ちゃん。脱走ならやめとくのが賢明だぜ。里の周りには何重にも罠が張ってあるし、訓練された獣が見張ってるしで相当厳重だ。特に()()、な」

 

「そりゃ親切にドーモ。アンタこそなんでこんなとこにいんだよ、確か……湾田さん、だったか?」

 

「へぇー覚えてんのか。偉い偉い」

 

 湾田(わんだ)ファイア。話したことこそ初めてだが、絆斗の中では妙に印象に残っている人物だった。まさに大人の男性といった雰囲気で、タバコを吸っていそうという偏見を抱いていたが、実際はむしろ爽やかで苦味のある香りがした。

 

「オレは散歩だよ。それより聞いたぜ? 帰るの失敗したらしいじゃねーか。ま、過去に繋げるなんざ、いくらなんでもだろ。姫様が本調子でも無理だろーぜ」

 

「そうやってアンタもおちょくりやがって……言っとくがな、100年前の日付が入った免許証やマイナンバーカードだって持ってんだぞ! 偽物だっつって誰も信じちゃくれなかったけど……」

 

「んー、なるほどなぁ……こりゃ本物だ。マジで過去から来たんだな、兄ちゃん」

 

 どうせ湾田も同じだろうと半笑いで身分証明書を出した絆斗だったが、帰って来た意外過ぎる反応に綺麗な二度見をしてしまった。

 

「信じて……くれんのか……!?」

 

「こう見えて元警官だからな。そいつが本物かどうかくらいは分かるってこった」

 

 こんな荒唐無稽な身の上を、さも当たり前かのように湾田は受け入れた。誰かに分かってほしかったとか、孤独だったとかそういうのじゃなかったはずなのに、ただそれだけで涙が零れそうになった。

 

「ま、オレもこの里で権力があるとかそういうのじゃねーから、オレの一声で状況が変わるなんて期待すんなよ」

 

「……いいんだよ。なんか、すげぇホッとしたんだ。信じてくれるってだけで、こんなに嬉しいもんなんだなって……そういえばそうだった」

 

「あぁ……そうだな。にしても災難なもんだぜ。『黒い流星』も『菓子能力』も、もう何が起こったって不思議じゃねぇなんて気持ちになりもしたが……タイムスリップとは笑えもしねぇ」

 

「別に、俺がいなくなったって、悲しむような人はもう誰もいねぇよ。ここの人たちは優しいし、飯も美味い。ここで生きていくのもアリっちゃアリだと思う。でも……!」

 

 母を攫った、師匠を殺した、あの怪物共が2024年にのさばっていると思うと怒りが沸いて止まらない。この力を、奴らを根絶やしにすることに使い続けなければ、自分で自分を許せない。

 

 絆斗が喉の奥に隠した声は、隠しきれない怒りとなって表情に滲み出る。湾田はただ一言、絆斗の燻る激情に問いかけた。

 

「当てはあるのか?」

 

「こっちにもう一人、知り合いが来てるはずだ。まずはそいつが心配だ。少なくとも外に出なくちゃ始まらねぇ」

 

「わかった。じゃあオレが手伝ってやるよ、脱走」

 

「はぁ……!? 待て待て! そんなことしてアンタは大丈夫なのかよ!? てかおかしいだろ、なんで俺のためにそこまでやってくれるんだよ!?」

 

「元警官だって言ったろ。困ってるヤツを助けんのは当たり前ってもんよ」

 

 そう言う湾田の顔を見て、あからさまに怪訝そうにする絆斗。信じてくれたのは嬉しいが、警察というには湾田の恰好の治安が余りに悪い。どちらかといえば警察を手玉に取ってほくそ笑んでそうな風貌である。

 

「……手伝ってやらねぇぞ?」

 

「あっ、違ぇ、悪ぃ! 手を貸してくれ……じゃねぇ、ください! お願いしあっス湾田さん!」

 

 絆斗が下げた頭が風を切り、腰の角度は90度。体育会系すぎる熱量に湾田も思わずたじろぐが、その若々しさを懐かしむように目を細めるのだった。

 

______________

 

 湾田曰く、『忍の里だけあって、夜間はむしろ厳戒態勢。狙い目は修行でごちゃついている昼間』らしい。絆斗はそれに従って好機が訪れるのを待つことにしたが、早速翌日の昼間、異変は起きた。

 

「なんだ? どうしたんスか、なんか騒がしいっスけど」

 

「あぁ。どうにも、昨日の夜から姿が見えないヤツが何人かいるらしい」

 

 騒ぎの中で佇んでいた湾田が、絆斗にそう説明した。この厳戒警備の里で行方不明者というのは、確かに異常事態だ。

 

「昨晩、東の修練場に向かったフニちゃんが帰ってないでゴザル。セッシャがついて行かなかったばかりに……! 一生の不覚……ッ!」

 

「お供させたカヌレのヤツもいなくなったであーる。あれでもそれなりの実力者、その辺の獣にやられたとは考えにくいであーるが……」

 

 抹茶の槍を使っていたイケメンの外国人と、太った奇術師のような赤鼻の男が心配そうに話していた。顔を歪めて俯く外国人の青年の肩を湾田が叩く。

 

「大丈夫だマッチャスキー……いや、マイケル。最悪を考えるのはまだ早ぇ、今すぐ探しに行くぞ。お前は東を、男爵達は屋敷の方を頼む。オレは西を探す」

 

 指揮を執る湾田に、周囲にいた里の人々も『我々も手伝います!』『アイツ等はもう里の一員だからな!』と指示を仰ぐ。湾田は礼と共に彼らに指示を出すと、最後に絆斗の方を向いた。

 

「絆斗はオレと一緒に来てくれるか」

 

 そして、絆斗は言われた通り湾田と共に里の西へ向かった。

 湾田は人間離れした速度でどんどんと捜索の脚を伸ばしていき、絆斗もそれに気合いでついて行くが、完全に人の気配がなくなった辺りで湾田が足を止めた。

 

「……今がチャンスだぞ。里全体が混乱してる今なら、逃げ切れる可能性は高ぇ」

 

 湾田の親指は森の向こう、里の外に向いていた。

 湾田の真剣な表情を見れば、これが冗談で言ってるわけではないことも分かるし、行方不明事件も本当の一大事であることも分かる。だが、それでも敢えて、逃げるなら今しかないと絆斗に伝えているのだ。

 

 絆斗の脚が半歩、湾田が指す方向に動いた。だが、絆斗はそこで踏み止まる。

 

「逃げねぇっスよ。まずはその消えちまった……フニちゃんとカヌレってヤツを見つけてからだ」

 

「別に気にすることはねぇんだぞ? やるべき事が……ツブしてぇ何かがあるんだろ。関係ねぇヤツのことなんか放っといて、身勝手にやったって誰も恨まねぇよ」

 

「そんな見捨てるような真似したら、もう誰にも顔向けできなくなる。戦う意味も無くなっちまうよ」

 

 絆斗は懐に手を当てる。その内側にあるのは、師匠の『破片』だ。

 塩谷壮士。記者としての師匠であり、母も祖母も失った絆斗を育てた親代わりでもある。彼はグラニュートにヒトプレスにされ、真っ二つに折られて死亡した。

 

 かつて全部を失った絆斗は、もうどうでもよくなってただ暴れていた。塩谷はそんな絆斗を見捨てなかった人だ。またヤケになって、同じように自分勝手を撒き散らしたら、彼の想いを否定することになってしまう。

 

「ていうか、よく考えりゃこんだけお世話になっといて勝手に消えるのがそもそも不義理すぎっスし。アンタが信じてくれたんだ、あの鬼太郎ヘアーだって……時間はかかるかもしれねぇけど、いつか信じてくれる。俺はその時に、堂々と里を出て行きますよ」

 

 絆斗の言葉を聞いて、湾田は軽く笑って走り出す。捜索に戻ったのだ。

 

「……そう言うと思ったよ。お前もな」

 

 湾田はかつて激情に負けた。信じることも信じられることも諦め、身勝手を晒して走った。

 絆斗は自分とは違った。仲間の愛を以て絶望を乗り越えた、『彼』のように。

 

「そういや、なんで俺を信じてくれたんスか? あの時は嬉しすぎてスルーしちまったけど……あんな一目見ただけで、身分証明書の真贋なんて分かるとは思えねぇ」

 

「そーだな。お前の顔を見た時から、オレはお前を信じるって決めてた」

 

「だから、なんで……?」

 

「お前が『苦虫をつぶしたような顔』をしてたから……か?」

 

「なんだそれ……ワケわかんねぇよ」

 

 だろうな、と湾田はもう一度笑った。

 

『オレはなぁ、そのつぶされた“苦虫”を救ってやりてェのよ。警官だからな!』

 

 今ならその言葉の意味も、あの人の気持ちも、よく分かる。

 信じることで救われる苦虫がいる。あの時信じきれなかったからこそ、この澄んだ視界に見える苦虫を全部救ってやりたい。それがせめてもの『罪滅ぼし』になるのなら。

 

「……! 待ってくれ湾田さん!」

 

 絆斗の声で湾田が足を止めた。絆斗が森の中で発見したのは、全身に怪我をして倒れていた女児。正面からボコボコに殴られたような怪我だった。

 

 恰好は里の住人と同じ忍装束だが、消えたゼリーの槍使い───二湖鮴(にこごり)不煮(ふに)とは明らかに別人だ。しかし見捨てるなんて選択肢は、絆斗にも湾田にも無い。

 

「オイしっかりしろ! 何があった! オイ!」

 

「息はあるが意識は無い。もしかしたら、アイツ等の行方不明に関係あるかもしれねぇ。今すぐ屋敷に運ぶぞ!」

 

 湾田が少女の体を持ち上げようとした瞬間、

 姿も見せず、音よりも速く。絆斗の顔のすぐ横を何かが通り過ぎた。

 絆斗の先にいた湾田にそれが命中した時、スモーキーな薫香が遅れて鼻腔を刺す。

 

「───ッ! 湾田さん!」

 

 狙撃だ。絆斗がそう気付いた時にはもう遅かった。

 しかし湾田は凶弾に倒れるどころか、声すら上げない。湾田はコーヒーキャンディを口に含み、真っ黒に染まった右手で銃弾を掻き消していた。

 

 湾田ファイアは『苦いお菓子』の菓子能力者(カシマスター)

 その菓子能力は『苦手(ニガテ)』。あらゆる苦味成分を抽出した右手は、触れた菓子能力を『苦味』に染め上げ無力化する。

 

「すげぇ……アンタも能力者だったのか。にしたって、音も無い狙撃を片手で……!?」

 

「ボケっとすんな絆斗! 一発じゃねぇ!」

 

 湾田の言葉通り、森の四方八方から時間差で次々に銃弾が放たれた。

 怪我をした少女と絆斗を庇い、湾田はそれらを全て苦手で叩き落とす。絆斗も湾田と会った時から只者の風格じゃないと思っていたが、その動きは元警官どころではなく、グラニュートや変身した絆斗のそれさえ凌駕している。

 

 周囲が胸の詰まるような煙の香りに包まれた辺りで、銃撃の嵐が止んだ。

 

 今の攻撃は何だったのか。何が目的なのか。里を狙う敵がいるのか。沈黙の数秒でそんな思考に移ろうとしていた刹那を狙い、頭上の木の上から人影は落ちる。

 

 煙と燻香で気配を隠し、湾田でさえ全くその存在に気付かなかった。

 目の下にクマを蓄える眠たげな少年は、落下しながら湾田の死角で引鉄を引く。湾田の両手は防御できる体勢ではない。

 

 絆斗が叫ぶ。無機質な銃声が響く。

 

「───バケモンかよ」

 

 少年は呟く。両手の不在を確認し、脳天を狙った銃弾さえも、やはり苦味に掻き消されて湾田の傷とはならなかった。

 

「菓子能力『苦舌(ニガシタ)』。舌まで使うことになるとは思わなかったぜ。惜しかったが……ここまでだパンダ君よぉ」

 

 謎の強襲を完全に防ぎ、狙撃手の姿も捉えて完全な一対一。不煮やカヌレを攫い、この少女を襲ったのが彼だというのなら全て説明がつく。

 

 しかし、絆斗の脳裏が不安で曇る。何かを見落としている気がする。

 明確に怪しい敵を目の前にして、背後には気を失った少女───

 

『めんどくせぇなァ……俺は闇菓子が食いてェんだ!』

 

「まさか───!」

 

 絆斗の直感が身体を動かすまで、1秒。

 少女と湾田の間に割り込む絆斗。だが、その『舌』は絆斗の体で僅かに軌道を逸らしただけで、一瞬遅れて湾田へと襲い掛かった。

 

 しかし異次元の反射神経で、湾田は苦手を使ってその舌を掴んで防御する。

 

「アンタのことは知ってるぜ『苦味のジョージ』。随分なバケモノだが、アンタの能力の弱点は……『菓子能力特効』だってことだ」

 

 少年の言葉が意味すること。この『舌』は菓子能力ではなく、苦手で打ち消せない。

 舌は進行を止めず湾田に巻き付き、その身体を圧縮させる。

 

 そして、歪んだ表情のまま湾田は『ヒトプレス』となって地に落ちた。

 

「……オイオイオイオイ。なんでわかったそこの人間。人間は雌個体で、さらに幼体相手では警戒心が極めて薄い。これは俺様が集めた統計の結果だ。違うワケねぇんだよ、わかるだろ?」

 

 少女が神経を逆なでするような可愛らしい声のまま、不機嫌を剝き出しにして絆斗にまくしたてる。衣服をはだけさせて晒した腹部にあるのは、『口』だ。

 

 少女が腹部の口から何かを引き抜き、人間の外見が剥がれ落ちてゆく。

 カラスと獣が混じったような姿のグラニュート。絆斗が2024年で最後に見た『べゼロ・エストマ』とかいったグラニュートだ。

 

「グラニュート……ッ! テメェふざけやがって……よくも……!」

 

「あぁいい。そういうのどーでもいい。聞かせろっつったろ、なんで俺様の擬態が分かったんだよ」

 

「いたんだよ! つい最近、子供のフリして後ろから人を襲う、テメェみたいな卑怯なグラニュートがな!」

 

「ハッハハ、そういうことか。お前グラニュートハンターの人間か! だがそいつは失敗したんだろ? 俺様は成功した、バレて尚な。それにお前みたいなグラニュートハンターは特殊な例だ、俺様に落ち度は無い。統計の標準にも加われないとは憐れだ。涙が出るね」

 

「あ゛ぁ?」

 

 回収されるより先に舌で湾田のヒトプレスを拾い、べゼロは軽薄に笑う。

 

「俺達を100年後の未来に連れてきて、やることが馬鹿の一つ覚えの人間狩りか!?」

 

「見当違いも甚だしい。俺様は被害者だ、そいつらのな。しかし偶然ってのは怖いな。この里にグラニュートハンターがいるなんて……なぁ人間」

 

「ヤイガだ。親しくする気は無いけど、紛らわしい」

 

「あぁそうそう。覚えとかなきゃなぁ個体名くらいは。王妃ってヤツが不在で、現状一番面倒なのが片付いたんだ。もう始めていいんだよなぁ」

 

 グラニュートと人間───ヤイガと名乗った少年が手を組んでいる。狙いは絆斗ではなく湾田。絆斗は何がなんだか分からないまま、べゼロの号令を見ていることしかできなかった。

 

「獲り放題だ。草の根一本残さず狩り尽くせ」

 

 里の各地で悲鳴が起こる。スーツを着たロボットのような怪人───べゼロの眷族『エージェント』が人々を、特に菓子能力者(カシマスター)を襲い出し、噛木の里は瞬く間に戦火に包まれた。

 

「さて……いくら痛めつけても、ヒトプレスにすんには俺様がいねぇとなんだよな。ヒュドロのヤツはまだか? 使えねぇな愚図が……オイ、何してる人間。退けよ」

 

「退くわけねぇだろ! テメェらはいつもそうだ。俺が大事だと思ったもんを、汚ぇ手で傷付けて奪っていく……!」

 

 絆斗は懐から『装置』を掴み、引き抜く。

 機械的な存在感を剥き出しにした、何かの計器のような装置。絆斗のポケットから飛び出たホワイトチョコのゴチゾウ『チョコドン』が、その装置───『ヴァレンバスター』の台座に収まった。

 

 湾田の言っていたことが、なんとなく理解できた。

 この身体が壊れそうなほどの怒りが、湾田の言う『苦虫』だ。

 

「ブッ潰す!」

 

《Choco》

《SET Choco》《SET Choco》

 

 電子音声が鳴り響き、絆斗はバスターの両側のレバーを反対側に上げるように操作。両側から閉じられたレバーは、まるでゴチゾウを喰らう生物の顎のよう。

 

 そうして出現した銃口を敵ではなく地面に向け、その叫びと共にトリガーを押した。

 

「変身!」

 

 地面に着弾したチョコは液状となって領土を広げ、渦を成して絆斗の全身を包み込み、変質させる。そして、生成された2枚の板チョコがバラバラになり、強化された絆斗の肉体の各部に装着された。

 

 全身を覆う銀紙を掻き毟り、己の力の封を解く。現れたその姿はチョコレートを纏った強化戦士。

 

《CHOCODON》

《PAKIPAKI》

 

 仮面ライダーヴァレンは、その甘くない殺意を銃口と共にべゼロに向ける。

 しかし、そこに割り込んだのは銃を持った少年、ヤイガ。

 

「殊勝な心掛けだ。小物に構ってる暇は無いんでね」

 

「ざけんな。邪魔だ! お前、人間だろ! なんでグラニュートなんかの味方してやがる!」

 

「まー落ち着け……って言っても無理だろ。取り敢えずこっちも仕事なんだよ。話は聞いてくれ」

 

 少年が無気力に銃を乱射する。有無を言わせない先制攻撃を喰らってしまい、そこからヴァレンの装甲が『消えている』のに気付いた。これはただの銃弾じゃない。湾田と同じような『菓子能力』だ。

 

新装(ネオ)レジスタンス、隠密専門ソルト隊筆頭、更見(さらみ)ヤイガ。一応人間だ。手加減してくれると助かる」

 

「何が人間だクソッ……!」

 

 あれこれ考えている暇は無い。べゼロを行かせてしまえば、里で大勢の被害が出る。しかしヤイガはどう見ても相当な手練れだ。

 

 この時代の菓子能力者(カシマスター)という存在は、人間ながらグラニュートや仮面ライダーと肉体も能力も比肩している。そして恐らく、経験値という意味では惨敗だ。それだけの『慣れ』を、ヤイガの立ち振る舞いから感じた。

 

 立ち塞がるヤイガを前に、銃を構えるしかできないヴァレン。

 その時、木々を飛び移って飛来した影が、悠々と歩くべゼロの体を抉り取った。

 

「ッあ……!? なんだァ!?」

 

「里を襲う魑魅魍魎か……()っ、遅るるに足らんな。誰に歯向かったのかを教えてやろう」

 

「お前……噛木!」

 

 里の襲撃を感知すると、即座に行動を開始。里中を駆け回り、状況を予測し、元凶の位置を特定。最短でこのポイントに到着した。

 

 降り立った噛木羽子妙は、べゼロの姿に欠片も動じない。余裕の含んだ表情で、噛木はガムに歯を立てた。

 

「その姿、やはりヤツと同じチョコレートの菓子能力者(カシマスター)だったか。全く気に食わんが、そっちの銃手は任せた。オレはこの鳥頭をやる」

 

「はぁ、逆だろ普通!? 知らねぇだろうけど、そいつは人間が戦っていい相手じゃ……!」

 

 振り返ったヴァレンが見たのは、ガムを嚙む度に怒りを増すような噛木の顔。

 里を傷付けられた怒り。それは紛れもなく、絆斗の心にへばりついて取れない、苦くて苦しい感情と同じものだ。

 

 ヴァレンと噛木が背中を合わせる。

 過去と未来。異形と菓子能力者(カシマスター)。噛み潰されるのはどちらか。

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