仮面ライダーガヴ×カシバトル スイート・ジェネレーションズ   作:壱肆陸

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苦・辛・酸

 蓄積されたダメージが限界に達し、ヴァレンの変身が解除された。

 薄れていくチョコレートとドーナツの甘い香りを裂いて現れる、熱を帯びたコーヒーの香りの存在感。

 

「ここまで好き勝手やってくれたんだ。アンタ等には、ニゲー目に遭ってもらうぜ」

 

 感覚が全部黒く塗りつぶされたような錯覚がした。それほどに濃く、重く、深い、苦々しい殺気。ヤイガが振り撒いていた余裕さえ一瞬で沈殿させ、その脚は忌避感のまま勝手に後方へ退けられる。

 

 これがオアズーケ王国四天王。元・『(ビター)』軍軍団長。

 そして、かつてレジスタンスで最強格に立っていた男、湾田ファイア。

 

 巨大なコーヒーキャンディ、『黒弾』を喰らったべゼロが頭を抑えながら立ち上がった。

 痛みが屈辱となって湧き出てくる。人間の食い物の匂いで吐き気が止まらない。ストマックなんかより高貴な血が流れるエストマ家で、唯一生き残った選ばれし存在が、人間如きに膝を付いた?

 

「ヒュドロ!!! 何してるさっさと来い!! ヒュドロッッ!!」

 

 腹心のヒュドロには通信の改造を施しているが、名を呼んでも応答が無い。相当距離が離れている事実に、べゼロは破裂しそうな頭で憤怒を喚く。

 

「この愚図共が……ッ、図に乗るなよ食材がァ!! あぁそうだ、お前らの相手なんかする必要がどこにあったんだ!? 集落に行けば下僕共が食材を抑えてるはずだ。回収さえ終わればこんなゴミみてェな田舎、用済みなんだよ!」

 

「ほぉ、なるほどねぇ。ま、そもそも行かせねーが……そりゃちょっと舐めすぎだぜ、アイツ等をな」

 

 湾田は里の方角を振り返りもしない。そこにいるのは、自分と同じで道を間違え、それでも再び立ち上がった強い菓子能力者(カシマスター)たちだ。

 

_____________

 

 里を襲撃したのは無数のエージェントと、新装(ネオ)レジスタンスの菓子能力者(カシマスター)たち。ヤイガが率いる『ソルト隊』だけでなく、その他の部隊も総力を挙げて人間狩りを遂行していた。

 

 しかし、作戦は停滞していた。予め調べがついていたことではあるが、新装(ネオ)レジスタンスの想像以上に強過ぎたのだ。かつてオアズーケ王国に所属していた、上位クラスの菓子能力者(カシマスター)たちが。

 

「抹茶ONプレッツェル……『茶柱ンス』!」

 

 エージェントたちを薙ぎ払い、『抹茶』の菓子能力者(カシマスター)、マッチャスキーが対峙するのは『煎餅』の菓子能力者(カシマスター)。煎餅といえば、不煮が話していた鶴田ぽた子のことを思い出す。

 

「虚を狙った卑劣な奇襲……オヌシたちには『大和魂』のカケラも無い! フニちゃんを返してモラオウ!」

 

 マッチャスキーの槍の周囲に、湯飲みのような管が出現する。

 里で学んだ、日本で500年の歴史を持つ『尾張貫流槍術』。その伝統技術と菓子能力を掛け合わせた刺突は、抹茶を掻き混ぜる動作の如く高速で回転しながら、急激に間合いを伸ばして煎餅の盾を砕き貫いた。

 

「『ロング茶柱ンス』……! オヌシたちのような者に、ここで負けるわけにはいかない」

 

 マッチャスキー、本名マイケル。彼は失われつつある日本の文化を憂い、オアズーケ王国『(ビター)』軍副軍団長として、日本の『作り直し』を目指した。それは『愛』と『悲しみ』の成れの果ての『恨み』。そんな彼の過ちを、優しさを以て斬って捨てた少年がいた。

 

『日本を好きになってくれてありがとう』

『今度オレに日本のチョコレートの歴史の話を聞かせてくれ。キサマの入れた抹茶と共にな』

 

「大事なヤクソクがあるんでね……!」

 

 同時に、そして同様に、エージェントや菓子能力者(カシマスター)たちを叩きのめす10本の『触手』。その『イカの足』に捕らわれた敵の菓子能力者(カシマスター)は、意識を失う寸前に吐き捨てる。

 

「王国の負け犬が……っ! 今更どの面を下げて戦っている……恥知らずの罪人の癖に……!」

 

「恥知らず……ね。確かに、この歳でやり直そうなんてバカな話なのかもしれない。でも……」

 

 イカ足を操る男性は、実質的な『(ビネガー)』軍副軍団長にして、『酢イカ』の菓子能力者(カシマスター)外祖(げそ)怒流(いかる)。かつて王国の直営店『スーパースナッキング』の店長として、レジスタンスの壁となった男だ。

 

 彼は社会の中で夢を失い、気付けば王国に身を置いていた。夢を忘れ、妥協と諦めでいっぱいだった彼の心を、少年は信念を貫いた上で殴り飛ばした。

 

『キサマが夢をもっていた新人時代に食べていた、あの酢イカの思い出を救いたい!』

『キサマたちならやり直せる!』

 

「彼に拾ってもらった夢を……勝手に諦めるのは、大人のやることじゃないよね」

 

 あの甘くてお節介な拳の痛みを思い出し、外祖は微笑んだ。

 その背後でもまた、激しい戦闘音と共にエージェントが吹き飛び、次々と消えていく。

 

「『スマッシュ・ポテト』!」

 

 膨らんだポテチの袋のように肥大化した拳が、エージェントたちを一気に薙ぎ倒す。丸々と太った赤鼻のシルクハット、傍から見ればふざけているように見える風貌の彼は、『ポテトチップス』の菓子能力者(カシマスター)、ポテト男爵。

 

「ふん。とんだ見掛け倒しなのであーる」

 

 これでも『(スパイシー)』軍の副軍団長を担っていた男。それなりの実力者なのだ。

 

「『これでも』とか『それなり』とか余計なのであーる!! ん? ワガハイは何にツッコんで……あっ……」

 

 声を荒げて油断していたところを、物陰から現れた3体のエージェントと目が合った。

 もちろん襲い掛かる。手に持ったポテチは空。一転して大ピンチ。ポテト男爵が悲鳴を上げて逃げる中、エージェントの顔面を高速飛来した円盤が撃ち抜いた。

 

「こっ……この香ばしい小麦と砂糖の香りは……ぼっちゃまぁぁぁぁぁ!」

 

「全く、何をやっているんだ……それにしても何なのだコイツ等は!」

 

 全身にポケットが付いた妙な服を着た、少しの高慢さと揺るぎない高貴さを備えた顔つきの少年。彼はビスケット王子。その名の通り『ビスケット』の能力者であり、オアズーケ王国の正当な王子である。

 

「ボク達がレジスタンスの尋問から帰ったらこれだ。何があったのか説明しろ男爵!」

 

「ワガハイにも分からないのですぼっちゃま! コイツら突然いきなり襲ってきまして……あ、ただこのスーツの連中は人間じゃなさそうなのであーる!」

 

「人間じゃない……か」

 

 それを聞くと『黒い流星』のことや、妹のクッキー姫が見たという謎の存在のことを想起する。それらと関係があるかは分からないが、王子のやるべき事は最初から決まっている。

 

「襲われている里の民を助けに行く! ボクについてこい、男爵!」

 

「えぇっ!? そんな、ぼっちゃまは安全な場所へ……」

 

「そうはいかない!」

 

 王子の頭に浮かぶ顔は、あのツリ目でトゲトゲ頭の熱血庶民。

 

『だが、キサマの妹を想う気持ちは好きだ!』

『いや……姫を守るのはオレじゃない。決して諦めていない、王子の心だ!』

 

 決して相容れない敵ではあったが、家族を想う心という一点で彼は王子を信じ、許した。あの島での戦いで彼が信じてくれたからこそ、また家族がひとつになれたのだ。

 

「今度はボクの番だ! ヤツらはボク達を信じてこの里に送り出してくれた。ボクはその信頼に応える義務がある!」

 

「信頼……で、あーるか。それならこのポテト男爵、ぼっちゃまと共に!」

 

「だからそう言っているだろ、当たり前だ! 行くぞ男爵!」

 

 お菓子を取り戻すために戦ってきた少年たちの道程が、縁となって彼らを動かしている。その想いの強さは、怪物と能力者の軍勢などでは微塵も揺らぐことはない。

 

「里に送られたのはたった十数名の菓子能力者(カシマスター)……それにここまでしてやられるとは。ふっ……何をやっている皆の者ッッ!」

 

 新装(ネオ)レジスタンス、戦闘特化サワー隊筆頭の美青年、クエン=カンキツ。彼は部下の通信が続々と途切れていく様を激しく嘆く。

 

「昨日の夜、あのゼリーの娘も我が『レモン』の能力の前には無力だった。やれやれ仕方がない、この私が出向いてやろう。全ては悪人を裁き、世界を救うために」

 

 『レモンのお菓子』の菓子能力者(カシマスター)である彼は、その酸の能力で成果を上げている。やはり頼れるのは自分だけだと、指揮を執る立場を下りて前線へと駆け出した。

 

「なっ……!? なんだこれは!?」

 

 そこで彼が見たのは、一か所にまとめて倒された部下たちの姿。べゼロから借りたエージェントもそこらに何体も転がっている。この様子を見るに、彼らは誰か一人に一瞬で倒されたと考えるのが自然。

 

 到底信じ難い現実だった。そのすぐ傍にあったのは、派手に崩壊した蔵。中は牢屋になっており、その檻は恐らく部下かエージェントによるものであろうが、壊され───

 

「おー、あったあった。匂いがしたからな。持ってると思ったぜ。おっ、なんだ強そうなヤツいるじゃねーか」

 

 その声だけで、クエンの全身が総毛立った。

 倒れた部下の懐をまさぐり、いくつかの味の『それ』を見つけたその男は、野蛮な笑いを浮かべてクエンに一瞥を向ける。

 

「何故だ……何故キサマがここにッ───!?」

 

 聞いていない。この男はレジスタンスに敗れ、厳重に捕らわれていたはずだ。

 

()ろーぜ♬」

 

 

______________

 

「……ほぼ全滅。マジかよ、ここまでとは思わんわ流石に……」

 

 戦況を遠隔で確認し、ヤイガは空を仰いで呟いた。

 何よりあのクエンがやられたのが信じられない。彼はちょっとだけアホだが、フランに勝るとも劣らない最高戦力だ。

 

 しかも、目の前には『苦味のジョージ』。絆斗もチョコドンを手に持ち、再び変身して戦闘態勢に入ろうとしている。

 

 その時だった。森が揺れた。

 空気の壁をぶち破る勢いで、何かがこちらに爆速で向かっているのを感じる。構える暇もない。それはこの戦況を一切鑑みることなく、ただ己が思うままに荒れ狂う。

 

 絆斗が振り返った瞬間、邪魔だと言わんばかりに、その何かに殴られて猛烈な勢いで吹っ飛ばされた。手から離れたチョコドンとバスターを、『苦手』で湾田が受け止める。

 

 『苦手』に触れたチョコドンが黒く染まり、目を廻して落下してしまった。湾田は「ヤベ」と声を漏らすが、吹き飛ばされた絆斗はそれどころじゃない。

 

「ッ……てぇ! なんだ!? 台風か!? 地震か!? 何が起こりやがった!?」

 

「あーなるほど、コイツ起こしちまったのか……こりゃ苦いってより、『辛ぇ』ってか?」

 

 それが獲物に定めたのは、ヤイガだった。

 その姿を見たヤイガは、凄まじい不満と憤懣を噛み殺した顔で、襲い掛かる彼を迎え撃つ。

 

「やっぱ強ぇーなオマエも! ()ろうぜ!」

 

「ふっっっっっざけんなよ……! なんでいやがる。オアズーケ王国四天王、ヤオギン……!」

 

 『(スパイシー)』軍軍団長、ヤオギン。

 鐘木チョコと噛木に敗れた彼は、どういう経緯か里に送られていたのだ。それを突き止められなかったのはヤイガの落ち度だが、いくらなんでも理不尽だとヤイガは奥歯を噛む。

 

 彼は『コーンスナック』の菓子能力者(カシマスター)。サラミ味の『なが~い棒』から生み出された武器、『サラミ双剣』で一気呵成に斬りかかるその姿は、まさに鬼。

 

「んだよ、あの男……!?」

 

「オレの元同僚。見ての通りメチャクチャな奴だけどな。おい元気そうだなヤオギンさんよぉ! そいつとそこの鳥が元凶だ、ぶっ潰していいぞー!」

 

「関係ねぇな!! 里がメチャクチャっつーことは()り放題ってことだろ!? 折角だ、この後に()ろうぜジョージ!」

 

「王国のヤツらも信じるって決めたんだが……それ撤回していいっスか?」

 

「まあアイツに関しては返す言葉もねぇ」

 

 ヤイガが銃を撃つ隙すら与えてくれない。得意の体術でギリギリ戦いにはなっているが、能力の強さも、お菓子の質も、身体能力も技術も怪物さえ遥かに凌駕する、桁外れの菓子力(カシカ)。いくらなんでも人間が戦っていい相手じゃない。

 

「ッ……『ペンシルロッド』!」

 

「おっ、いいねぇ。好きだぜー、そういうの! アゲてくれんじゃねぇの!」

 

 ヤイガが長いカルパスのロッドで応戦し、食らい付いたのがいけなかった。

 虎の尾を踏んだ。ヤオギンは『コーンポタージュ味』のなが~い棒を開け、齧る。それを見た噛木と湾田の顔色が青くなっていく。

 

「なっ!? まさかアイツ……!」

 

「マジか、あのバカ野郎っ……! 全員伏せろ!!」

 

「行くぜ───『コンポタアックス』」

 

 ヤオギンの能力は、食べたなが~い棒の味が好みであるほど強くなる。

 コーンポタージュ味は最上位好物。それによって生み出された最強武器、大戦斧『コンポタアックス』を振りかぶり───

 

 横薙ぎ一閃。

 それは人智を越えた天災だった。ただの斧の一撃が、周囲の木々を全て捌き倒し、森を切り裂いた。

 

「う……そだろオイ……これが人間の力かよ……!?」

 

 絆斗は伏せたまま言葉を失う。ヤイガは咄嗟にべゼロを庇って同じように伏せ、なんとか無事。だがコンポタアックスを掲げて佇むヤオギンの姿は、絶望するには余りに十分な存在感だった。

 

 べゼロは震える自身の体を受容できない。咄嗟に視線を逸らして、呆気にとられていた絆斗に襲い掛かる。

 

 その不意打ちに生身の絆斗が軽々と弾き飛ばされる。しかし、次の瞬間には湾田の『黒弾』が再び炸裂。到底認められない敗北感、屈辱。ストマック家のみならず、人間如きに這い蹲っているというこの現実に、べゼロは絶叫した。

 

「どいつもこいつもッ……勘違いしてんなァ、辺境世界の下等生物が!! この俺様の、闇菓子の芸術にしてやろうっていう心遣いを! なんって貧しい感性だ! あぁやめだ。もうやめにしてやる、皆殺しだここにいる全員!!」

 

 自棄のまま垂れ流す無尽蔵の悪感情。その声に応じてか、遠方から近付くエージェントたちの姿を目視し、べゼロは笑いを上げた。

 

 敵の援軍に身構える絆斗。しかし、そんな彼らをエージェントは素通りし───

 

 手に持った剣で、油断しきったべゼロを次々に斬り付けた。

 

「なッ……ん、のつもりだ愚図がァ!!」

 

 その衝撃で、持っていたヒトプレス───行方不明の不煮やカヌレたちが宙に放られ、それをすかさず湾田が奪取。戦利品を失ったべゼロが、(ガヴ)の底から慟哭する。

 

 そこで初めてエージェントたちを操れないことにべゼロが気付いた。

 噛木はその『酢』の香りで、ヴァレンもまた僅かに反射する光でそれを認識する。エージェントたちの体から繋がる、限りなく細い『糸』。

 

 それは極細の『昆布糸』で、取り付けた対象を操る菓子能力『傀儡昆布』によるもの。その操者は、水底で揺らめく海藻のような怪しさと、梅の花を思わせる雅さを漂わせた妙齢の貴婦人。

 

「王子と共に戻ってみればこの有様……愛しき我が子たちのみならず、罪深きワタクシさえも共に受け入れてくれたこの地を荒そうとは……地獄に墜ちる覚悟は、おありですわね……!?」

 

 元『(ビネガー)』軍軍団長、オアズーケ王妃。もはや装う必要もないその激しい怒りは、べゼロとヤイガへと槍の雨のように痛みすら伴って浴びせられる。

 

「なんだ随分久しぶりじゃねーか。あとはホワイ・Tの野郎がいりゃ、元四天王勢ぞろいだったのによぉ」

 

「アナタがいながらこのザマとは。留守番もまともにできないのですかジョージ」

 

「もう湾田だっつったろ王妃(オババ)。それに、まだ白黒(びゃっこく)のヤツには会いたくねーな正直」

 

 これがオアズーケ王国の四天王。

 一騎当千の人智を越えた修羅。王国打倒の正義を尽く打ち砕いて来た、最強の番人。

 

 目の前に敵意が剥き出しの怪物が3人。ヤイガは呼吸を忘れないよう意識しながら、思考する。

 

 王妃が尋問で留守にするタイミングを狙い、湾田を里の隅に誘導して奇襲を仕掛け、成功した。ここまでは完璧だった。誤算はヤオギンの存在と、予測よりも速い王妃の帰還。そして何よりも辛木田絆斗───仮面ライダーヴァレンがこの里にいたことが最大の不運で敗因。

 

「いつもそうだ、現実ってのは。本気になってどうすんだよ、こんな世界で」

 

 ヤイガはおもむろに右手を上げた。それに怪物共が反応するよりも速く、一発だけ残しておいたカルパス弾が木から発射され、ヤイガが持っていた缶詰を撃ち抜いた。

 

「オイオイオイ……ふざけるなよ! この俺様に、こんな奴らに背を向けろっていうのか……!?」

 

「はいはいお願いしますべゼロ様。死なれちゃ困るんだよアンタには」

 

 乱暴に開封された缶詰から出現する『ゲート』。至近距離から広がっていくゲートは妨害を受け付けず、ヤイガとべゼロを包み込んでいく。それを見て真っ先に声を荒げたのは絆斗だった。

 

「待てよ!! 王国を倒すとか言っときながら、負けっぱなしで、仲間も置いて逃げんのか!?」

 

「そりゃ逃げる、やってられねぇし。どーでもいいんだオレの私情なんか。意味があるのは、センセイの役に立てるかどうかだけだ」

 

「またセンセイかよ……お前にとって、そいつはそこまでのヤツなのかよ!?」

 

「もうそれ以外ねぇんだ。それ以外は、全部仕舞ったんだよ」

 

 2人の姿が噛木の里から消えた。

 被害は数人の負傷者と破壊された建物のみ。誰一人死ぬことも、ヒトプレスとして奪われることもなく、ただ数多の謎を残して戦いは幕を下ろした。

 

_______________

 

「……つーわけで、世話になった!」

 

「さっさと行け。オレ達は荒らされた里の修繕で忙しいのだ」

 

「お前なぁ、最後くらいもうちょい愛想よくできねぇのかよ!」

 

「そうですよ兄上! 先ほどは辛木田殿のことを、あんなにお褒めになっていたではないですか!」

 

「食華!! 褒めてなどいない! 鐘木のように、チョコレート能力者にしてはと言っただけで……」

 

「んだよ、素直じゃねーな噛木!」

 

 馴れ馴れしく肩を叩く絆斗を睨みつける噛木。だが、その目からは以前のような不信感は消えていた。この戦いで信頼を勝ち取った絆斗は、噛木から里を出る許可を貰えたのだ。

 

 あの後、解放されたヤオギンを王妃と湾田がなんとか抑えて本当に騒動は収まった。

 絆斗は一先ず、過去に帰るために新装(ネオ)レジスタンスの動向を探ることを決めた。そうなれば絆斗が向かうべき場所は一つだと、湾田が小箱を手渡す。

 

「なんスかこれ。チョコボールの箱……? でもなんか、重いな」

 

「里に常駐する監視員に事情を話して、貸してもらったレジスタンス用の端末だ。かなり機能は削ってあるけどな。そこにレジスタンス支部の位置情報が入ってる。そこに行けば、オマエみたいなお人好し共が力を貸してくれるはずだぜ」

 

「うぉ……マジでスマホになってやがる。あざす!」

 

「悪ィな。オレも行きたいとこなんだが……執行猶予中のオレ等は里から出られねぇ」

 

「いいっスよ。俺は……アンタの口から本当の事を聞けてよかった」

 

 絆斗は湾田がオアズーケ王国に加担していた理由を聞いた。王妃も、マッチャスキーことマイケルも、それぞれの人生の果てにあの道を選ばざるを得なかったのだ。これは絆斗にとっても、決して他人事じゃない。

 

 そしてそれは、あのヤイガという男の話にも同じことが言えるんじゃないか。

 

 そんな事を考えていた絆斗に、オアズーケ王妃が歩み寄って、うやうやしく頭を下げた。

 

「ワタクシ達が不在の時、里を守ってくださり……心より感謝します。娘のクッキー姫が無事だったのも、アナタのおかげです。本当に……本当にありがとう……!」

 

「っ……そんな、俺は何もしてねぇよ。てか、クッキー姫って……」

 

「あたしのことじゃ。謙虚な男は良い男だが、過ぎれば美徳ではないぞ!」

 

 王妃の影からひょこっと現れた古風な言葉遣いの少女。その『クッキー姫』という名前が、絆斗は記憶のどこかで引っ掛かる。

 

「あたしの菓子能力がうまく使えなかったようじゃな。力になれなくてすまなかった」

 

「あー! やっぱクッキーってそうか! しゃーねぇよ、なんか調子悪ぃんだろ?」

 

「あの後もう一度作り直してみたのじゃ。やはりうまくは行ってない気がするが……何かの役に立つかもしれん。持って行ってくれ!」

 

 クッキー姫が袋詰めのクッキーを絆斗に渡す。以前に貰った分の余りがあったと記憶していたが、確認すると無くなっていた。あの戦いで落としたのだろうか。

 

 しかし改めて見ると、甘味が苦手な絆斗でも感心するほど、見事な出来栄えだ。

 

「女子から菓子貰うなんて、バレンタインぶりだわ。わかった、ありがたく貰っとくぜ!」

 

「うむ! ポプによろしく伝えておいてくれ!」

 

「ポプ……? お、おぉ! 任せとけ! じゃあな!」

 

 クッキーの袋と端末。時を越えてこの里で貰った縁を手に、絆斗は里を後にした。

 振り返っても皆の姿が見えなくなった頃、絆斗は一人で拳を木に叩きつける。

 

 王妃はあぁ言ってくれたが、絆斗は自分が役立たずだったことくらい気付いている。噛木が強かったから難を逃れただけで、絆斗は人間のヤイガにすら勝てなかった。

 

 今に限ったことじゃない。グラニュートとの戦いだって、本当はショウマひとりで事足りているのではないか? ショウマの眷族が無ければ戦えもしない。絆斗はただ、自分のエゴで噛み付いて足を引っ張っているだけなんじゃないか?

 

 意味が無いからやらないなんてことは無い。命の使い道はもう決めた。

 でも、自分の無力で命を取り零すのは、もう御免だ。

 

「もっと……強くならねぇと……!!」

 

 痛む拳をもう一度握り、絆斗は前を向いた。

 

 そして端末を見る。どうやら目的地付近まで列車で移動できるらしく、代金も端末で払えるようだ。最寄りの駅まで、山3つ。

 

 二度見した。山3つだ。絆斗はショウマと違ってバイクになれるゴチゾウは持ってないし、なんなら変身用のチョコドンすら、クッキーと同様あの戦いで落としたのかあと数体のみ。

 

「……よぉーっし! やったろうじゃねぇかあああぁぁぁ!!」

 

 徒歩での山越えを決意した絆斗の叫びが、木々の間で木霊した。

 

______________

 

 ゲートを通り、拠点である廃菓子工場に着いたヤイガとべゼロ。彼らを待っていたのは(シエン)と、頭を抱えて虚空を睨むフランだった。

 

「お疲れ様、ヤイガ」

 

「任務失敗っス。クエン達も置いて来ました。里にヴァレンがいたけど、勧誘に乗らなかった。バスターの回収も無理でした。元四天王の連中も、引き入れられる感じじゃなかったっス」

 

「そうか。ここで上手くいけば楽だったが、やはり弱者が事を成すには障壁がある。プランを変えましょう。よろしいでしょうか、べゼロ様」

 

 (シエン)が振り返ったその時、菓子工場の屋上を突き破ってヒュドロが降り立った。ガヴとの戦闘中に姿を消したが、べゼロの気配を感じて馳せ参じたのだ。

 

「ッ……何処で何をやってた! 誰が拾ってやったと思ってる! 誰がお前を上手く使ってやってると思ってる!! このッ! 愚図がッ!!」

 

 べゼロは跪くヒュドロの巨体を何度も踏みつけ、罵声を浴びせる。それらを全て受け入れ、ヒュドロはただ沈黙して礼を尽くすのみ。

 

 その横で、フランもまた悪夢に魘されたように怨嗟と自責を呟いている。チョコ達に敗北したという事実は、そのまま己の無価値の証明。存在意義の消失と同じだから。

 

 その様子を見て、彼女に伸ばそうとした右手を、ヤイガは視線を落として止めた。

 

「まぁ、いい。『菓子能力者(カシマスター)』に、グラニュートハンター……いや『仮面ライダー』だったなァ……!」

 

 べゼロが人間共への恨みと共に、『ミミックキー』を握り砕いて捨てる。

 その代わりに掲げたのは、絆斗に襲い掛かった一瞬で懐から落ちたのを奪った、『チョコドン』と『クッキー姫のクッキー』。つまり『ゴチゾウ』と『菓子能力』。

 

「挽回の機会をくれてやる。働けヒュドロ。インスピレーションが湧いて来た……!」

 

 べゼロが邪悪に笑う。天才闇菓子職人がその眼に映すビジョンは、強欲な輝きを放っていた。

 




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