ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム 作:ひいろの鳥
言い訳をすると、MDにデモンスミスが来たので遊んでました。でもデモンスミスインフェルノイドが楽しいのがいけないと思います。
才羽モモイは、少し頭を抱えていた。
言うまでもなく、目の前にいる大人――ビナーと名乗る先生もその原因の一つである。
否、根本的な問題が自分にあることは判っているが、それでもこの大人を目の前にすると、何故か緊張してしまう。
何よりも困るのが――この大人がずっと無言を貫いている点だ。その癖にこちらから話しかけ辛い威圧感もあるから、どうにも何か聞き出すことすら叶わない。
その為に――それだけが理由ではないが、モモイは、シナリオを未だに創れていないし、頭を抱えている。
この大人に頼ろうとしたことを早くも後悔している所だ。
どうしてこんな事態になってしまったのか、時は幾らか遡る。
「ぐっ...このぉ~!!」
「お姉ちゃん、動き甘すぎ...!」
『ゲーム開発部』と看板の付けられた部屋の中で、二つの声とゲームの音が鳴り響いていた。この場に限っては、それはいつものことだった。ゲーム開発部という名の通りに、ゲームを作り上げることが本懐ではあるが、肝心の作品はまだ出来上がっていない。それにも関わらず、才羽モモイと才羽ミドリの二人がゲームに没頭しているのは、矢張り性としか言い表せないだろう。
その日も、相変わらず二人は格闘ゲームに興じていた。二人の諍いの声が聞こえてくるのも、また日常の一つだった。だが、その日はいつもとは少し違っていた。
「こんなクソゲー――」
「ちょっ、待ってお姉ちゃん!」
その言葉と共に、モモイはゲーム機を持ち上げた。ごとり、と重い音とそれに見合った重量に少し腕が震えながらも、モモイはそれを窓際まで運んでいき――
「こうしてやる~~!!!」
そのまま、重たい鉄の塊は、ケーブルを引き裂きながら宙を舞った。ミドリの悲鳴も空しく、重力に抗えずに鉄塊は空しく落ちていき、二人は慌てて窓の外を見遣った。そこにあった光景に、二人は同時に息を呑んだ。
ゲーム機の落下地点に、人が二人歩いている。このままでは、惨事は免れないだろうことは厭でも分かった。
「早く逃げてー!!」
モモイの叫び声も空しく、今まさにゲーム機が片割れの頭にぶつかりそうになった。
――瞬間、一瞬の金属音が、その場に響いた。
次にその場にあったのは、真っ二つにされたゲーム機
そのまま、青年は残骸を抱えて、女性の後を追いかけて――
一瞬間の内に、その二人の姿は窓から見える範囲からは消え去っていた。
「...お姉ちゃん、プライステーションは...」
「ま、まだ壊れたと決まった訳じゃ」
言い訳じみた言葉を言い切る前に、コンコンとドアをノックする音が耳に飛び込んできた。
慌ててミドリが開けると、目の前にいたのは先程の二人と、無惨に真っ二つになったゲーム機の残骸だった。
「私達のプライステーションがーーー!!!」
「それよりも先に言うことがあるでしょミドリ!?」
二人のその声を遮るように、青年が口を開いた。
「この件に関しては、後程弁償させて戴きますので。申し訳ございませんでした。」
「そ、それで、もしかしてお二人がシャーレの先生...ですか?」
話題を変えようと、ミドリはそう尋ねた。それに対して、女性の方は表情を変えずに答えた。
「私はビナーと云う。」
それだけを言って、また女性は押し黙ってしまった。だが、この寡黙な態度こそが先生の特徴であると、二人は聞き及んでいた。
「私はシャオです。ビナー様の補佐と思っていただければ大丈夫ですので。」
青年も、ビナーと名乗る大人に続いてそう言いながら、いつの間にか紫色の服からビナーと同じ黒っぽい服に着替えていた。『紫の涙』と表紙に書かれてある本を懐に仕舞いながら、彼はまた深くお辞儀をした。
「じゃあ、私達が送った手紙を読んでくれたってこと!?来てくれたんだ!!」
ふためくミドリを余所に、モモイの場違いともとれる明るい声が部屋中に響いた。
それに応えるように、シャオという青年は懐をまさぐり、一枚の紙片を取り出し、そこに書いてある文字をなぞる様に読み上げた。
「『生徒会からの廃部命令により、存続の危機に迫っている』...でしたか、何があったんですか?」
シャオの率直な疑問に、モモイは朗らかに答えた。
「えっと、まず私たちゲーム開発部は平和に16ビットのゲームとかを作ってたんだけど、ある日生徒会に襲撃されたの!」
「襲撃、ですか。」
シャオは少し思案した後、再び口を開いた。
「では私達はその護衛ということですか。」
その言葉に、モモイは一瞬キョトンとした表情を浮かべた。
「護衛...そうとも言えるかな!」
「いや、お姉ちゃんの言い方が紛らわしいから勘違いしてるだけでしょ...」
コホンとミドリは咳払いして、モモイに続けるように言い始めた。
「襲撃というのは比喩なんですが...とにかく、私達には後がないんですよ」
「その件は、私から直接ご説明しましょうか?」
ミドリの言葉に合わせて、扉越しにその声が聞こえてきた。その聞き馴染みのある声に、モモイとミドリは同時に肩を震えがらせた。その予想通りに、部屋に顔を覗かせたのは早瀬ユウカだった。
「出たな!冷酷な算術使い!」
「勝手に人をモンスター呼ばわりしないでくれる?」
そう言いながら、目下にいる見慣れない二人組を見止めながら、ユウカは呆れたように続けた。
「先生とシャオさん...はあ、シャーレに泣きついても無駄よモモイ。この部活の廃部は決まったことだから」
「でも、部員数が規定以上になるか成果を出せれば...」
「どっちも足りてないまま何か月経ってると思ってるの?もう間に合わないわよ...」
そのまま、ある意味では日常とも取れるような暫くの諍いの内に、モモイは叫んだ。
「私達は、ミレニアムプライスに『テイルズ・サガ・クロニクル2』を出してやるんだから!!」
そうして高らかに宣言したモモイを、ミドリとユウカは茫然と見詰めた。
「...ちょっと、反応悪くない!?」
「いえ...余りにも突拍子が無さ過ぎてね」
溜息交じりに、ユウカはそう答えた。
「でもまあ、分かったわ。そこまでは待ってあげましょう。そこで結果を出せなければ...分かってるわよね?」
「勿論!鼻からスパゲッティでも食べてみせるよ!」
「そんなことは要求しないけど...楽しみにしてるわね」
そう言い残して、ユウカは部屋を去っていった。
「...どうするのお姉ちゃん!?あんなこと言って大丈夫だったの!?」
「大丈夫だって、その為に秘策もあるんだから!」
当惑するミドリに対して、モモイは自信に満ちた声で答えながら、佇んでいた二人の方に振り返って言った。
「ということで、二人には『廃墟』に来てほしいの!」
「廃墟ですか。」
そう鸚鵡返しをしながら、シャオはビナーの方を無言で見遣った。
「私にしか為しえぬ事であろうな。御前は休んでいなさい。」
「了解しました。」
無言の内に短くそうやり取りすると、ビナーはそのまま扉の方向に向かっていった。
「えっと、まだ何も説明してないと思うけど...」
「刻は余り遺されていないようであるからな。」
モモイの疑問に対しても、ただそうやって簡潔に答えると、ビナーはそのまま部屋を出て行った。
「ミドリ、早く追いかけよう!」
「え、ちょっと待ってよお姉ちゃん!」
二人も、それに慌てて付いていくように部屋を飛び出していった。
三人はそうして、建物だったものが立ち並ぶ、頽廃とした場所に足を運んでいた。その様相は、正に廃墟と呼ぶに相応しいものだ。散らばる瓦礫に屡々足を取られそうになりながら、悠々と進むビナーに、二人は追い縋るように付いて行っていた。同じような残骸ばかりが立ち並ぶせいで、ともすればグルグルと同じ場所を回ってしまいそうになる。実際、既にモモイは若干目を回してしまっていた。だが、見当識は愚か、目的地すら何処にあるか分からないというのに、ビナーの足取りは何処に何があるかをすべて知っているかのように確りしていた。その自信とも取れる後ろ姿を信じるしかなく、二人はただ歩き続けていた。
「先生、G.Bibleのこと知ってるの?」
その言葉に、ビナーは静かに頷いた。
何処で知ったのだろうかという疑問はあったが、そのことはもう一点の疑念に掻き消されていた。
モモイは、この場所が危険だと聞き及んでいた。連邦生徒会長の失踪のせいで管理が為されておらず、その所為で暴走したロボットなんかが蔓延っているだとか、はたまた危険な野生動物がうろついているとか、その手の噂には事欠かない場所ではあったはずなのだが。まるでそれらが全て嘘であったと言うように、進んでいる道程にはその様な因子はなく、精々瓦礫に足を取られて躓きそうになるぐらいだった。
「ちょっとタンマ先生、何処にあるか分かってるの!?」
モモイの疑問に答える代わりとでもいうように、ビナーはただ歩き続けた。ずっとこの調子なのだから、結局二人も後を付いていくしかなかった。
そうして暫く歩き続けていると、ビナーはふと立ち止まった。その背中にぶつかりよろめく二人に、ビナーは静かに言い放った。
「伏せなさい。」
その言葉の中に潜む威圧感に、身体が反射的に膝を屈めた。
それと同時に、足元が、頭が、全身が揺さぶられるような感覚が一瞬二人に迸った。
そのことに声を出すことも出来ずに蹲っていると、ビナーは振り返って二人に向けて言った。
「顔を上げなさい。御前達の道に立つ壁は既に打ち毀れた。」
その言葉通りに顔を上げると、ビナーは既に足音も立てずに真っすぐ進んでいた。その先には、工場らしき建物と、その前に散らばるロボット達の残骸があった。目の前の大人が何を為したのか分からないまま、どうすることも出来ずに二人はまた言われるがままに付いていった。
工場と推定される建物に入り暫く進んでいると、部屋全体が音により震え始めた。
「なっ何!?音!?」
モモイのその声を掻き消すように、無機質な音が部屋全体に響き始めた。
『認証。才羽モモイ、資格がありません。』
「え、なんで私のことを知ってるの!?」
モモイの疑問に答えることなく、声は続けられた。
『才羽ミドリ、資格がありません。』
「わ、私のことも...」
少しの間をおいて、再び声は続いた。
『認証。ビナー先生...資格を確認しました。入室権限を付与します。
才羽モモイと才羽ミドリを同行者として承認。入室権限を付与します。』
無機質な声を聞き届けると、ビナーは何の反応も示さずにまた歩き始めた。
「ちょっと先生、何か知ってるの!?」
「識っていることしか識らないよ。」
モモイの言葉に、ビナーはそう一言だけ返して、紋様の施された床の上に立ち、二人を手招いた。
そうして導かれるままに二人が床上に立った瞬間――
ガシャンという音と共に、床が文字通り
そのまま、二人の悲鳴と共に、三人は穴に吸い込まれるように落ちていった。
「あ痛たた...お姉ちゃん、先生、大丈夫!?」
「わ、私は平気...先生は?」
「自分のことに気を遣いなさい。」
ビナーはそう言いながら、埃を手で払いながら薄暗い空間を進み始めた。
だが、慌てて追いかけようとする二人の足は、一瞬にして止まった。その先に、得も言われぬ光景が広がっていたからだ。
薄く日差しのような明かりの差す只中に、無機質な椅子と機械類、そしてその椅子の上で眠る一人の少女がいた。肌はマネキンのようにしっとりとしながらも無機質で、眠っているという表現が些か正確では無いようにも思えてきてしまう。幻想的にも見えながら、それとミスマッチな無機質さの溢れるその光景に、二人は暫し気を取られていた。
それに構うことなく、ビナーは少女に近づいて行った。
その瞬間に一瞬だけ見えた横顔は、何処となく愉し気に、モモイの眼には映った。
そのまま少女の傍まで歩み寄ると、ビナーはその頭に静かに手を触れた。
「ま、待って先生!!」
モモイは、反射的にそう叫んだ。何故かは分からないが、このままだと全てが台無しになりそうだという厭な予感が、モモイの口を動かしていた。
その言葉に、ビナーは振り返ると無機質に言い放った。
「私は既に其の役目を降りたが故に、人ならざる機械を壊さねばならぬ道理もないだろうからな。」
そう言いながら、ビナーはゆっくりと手を放して、そのまま周囲にある機械のうちの一つに触れた。
その様子を放っておけなくなり、モモイも反射的に少女の方向に駆け出して行った。
近くで見ると、その無機質さがより一層際立つ。そしてまた、椅子に何か文字が刻まれていることに気づいた。
「エー、エル、アイ、エス...?」
「エーエルワンエス、AL-1Sじゃないかな...」
同じく近寄ってきたミドリがそう言いながら触れようとすると、突然機械音が少女の中から鳴り響いた。
それに二人が驚いていると、少女はゆっくりと目を開いた。
「状況把握、難航。会話を試みます。状況を説明願えますか。」
矢張り無機質な声で、少女は総言葉を発した。
「説明が欲しいのはこっち!あなたは何者で、ここはなんなの!?」
ミドリの半ば悲鳴じみた質問に、少女は答えた。
「本機の自我、記憶、目的は消失状態であることを確認。データがありません。」
その答えにミドリが頭を悩ませているのを余所に、モモイは少女の腕を掴んだ。
「ちょっと、何やってるのお姉ちゃん!?」
「...工場の地下、ほぼ全裸の少女、そして地下室...つまり!」
一呼吸おいて、モモイは叫んだ。
「私達の仲間にぴったりってことだよ!!」
そう言いながら、モモイはビナーの方に目を向けた。
「御前達の為したいようになさい。」
その至極平坦に放たれた言葉内に、どうでも良いという感情が汲み取れたような気がしたが、それを気にせずにモモイは少女の腕を引っ張っていった。
少女を引き連れて部室に戻ると、中から嗅ぎ慣れない匂いが漂ってきていた。
扉を開けると、中央には先程の青年と花岡ユズと、二人の間に真白いカップが三つ、所狭しと並んでいた。匂いの正体は、そこに注がれている薄茶色い液体のようだった。
「お帰りなさいませ、ビナー様。お二人もお疲れ様です。」
「ユズ、いつの間に来てたの?」
シャオの挨拶を通り越して、モモイはユズにそう問い掛けた。
「えっと、皆が出て行った後に来たら、シャオさんがいて...ゲームについて知らないっていうから、教えてたんだけど...」
「教えて戴きました。有難うございます。」
そう言ってシャオはユズに向かって頭を下げると、再び三人に顔を向けて、傍にあったカップを勧めるように押し遣ってきた。それに応ずるように、ビナーはその内の一つを取って、静かに飲み始めた。
「二人と...び、ビナーさんもお帰りなさい...えっと、その子は?」
「拾ってきた!」
モモイは朗らかにそう答えた。
振り返ってみると、少女は床に散らばっていたコントローラーを口に含んでいた。
「ちょっとアリス!それは食べ物じゃないよ!」
「お姉ちゃん、名前勝手に付けちゃったの!?」
「だってエーエル何とかとか言いづらいもん!!」
「...アリス。」
二人の声の狭間に、少女はゆっくりと、確かめるようにその言葉を繰り返した。
「アリス、それが本機の名称でしょうか。」
「そう、アリス、いい名前でしょ?」
暫くの無言の内に、少女は頷きながら再び口を開いた。
「...肯定。本機の名前はアリスです。」
その答えに満足したようにモモイも頷き返した。
「よし、じゃあ次のステップだね!」
「...もしかして、この子をうちの部員に偽装しようっていうの?!」
ミドリのその言葉に再び頷くと、また頭を抱え始めてしまった。
「問題しか無いでしょ!話し方とか学籍とか...!」
「学生証とかは私がマキに掛け合って何とかするから、ミドリとユズで言葉を教えてあげて!あ、先生達も──」
その言葉の途中に、シャオは首を横に振った。
「申し訳ありませんが、ここから先で私達が関与する部分はありません。」
「ど、どうして!?」
一転して驚愕の声を上げたモモイに対して、ビナーは静かに答えた。
「大きな流れに沿わねばならぬが故に、私達が御前達に手を差し伸べるべきでは無い。理解してお呉れ。」
小難しい表現にシャオ以外の全員が首を傾げたが、それに構うことなくビナーは無言で紅茶を飲んでいた。
「...私達は事情があって関われないんです。それを全てお伝えすることは出来ませんが、ご理解していただけませんか。」
シャオは付け加えるようにそう言った。それに少しの不満を持ちながらも、目の端でカセットを口に含むアリスを見留てから、二人の事情を探る事も頭から吹き飛び、アリスの教育に暫し注力することになった。
そうして、G.Bibleの回収や、それに伴う鏡の奪還、そして後日に待ち構えていたネルとの戦いに至るまで、二人は宣言通り殆ど何もしなかった。たまに、疲れ切っている所にシャオが紅茶を差し出していたが、それ以外で動いたことはまず無かった。
──否、正確には一度だけ、ビナーが動いた事があった。
ユウカとC&Cのアカネとアスナに囲まれ、モモイとミドリは窮地に陥っていた。直接の戦闘では勝てる相手ではなく、その為に妨害工作やハッキング等を駆使して撒いていたが、それでも追い詰められてしまっていた。
幸いにもアリスとユズは逃がせていたが、それでもこのまま捕まればゲームは作れない。だが二人だけでは突破出来る手立てもなく、互いに失意の中目を伏せっていた、その時だった。
「開け。」
その言葉と共に、ハッキングによって閉じられていたはずの扉が、何事も無かったかのように開き、その奥から一つの黒い影が現れた。
それと同時に、重い金属音が響いたかと思うと──突然、アカネとアスナの動きが止まった。二人の身体には、地面から生えた鎖のような物が巻き付いている。
「せ、先生!?これはどう言う──」
「川が流れゆくように、これもまた止められぬ事であったが故に。唯、少し早まっただけだ。」
そう言いながら、ビナーはモモイとミドリの頭を強引に押さえつけながら、少し横に身体を動かした。
その瞬間、二人の頭上に熱が迸り、同時に視界が急激に明るくなった。一瞬白くなった視界が戻ると、目の前にはアリスが現れていた。
「征きなさい。」
ビナーのその言葉に突き動かされるように、二人はアリスの元に駆け出していた。
どうやってあの大人が扉を開けたのか、どうやってC&Cの二人の動きを封じたのか、その疑念は尽きなかったが──ただ、生徒の為に動く人間であると知れたことが、モモイに取っては何となく嬉しかった。
そうして、モモイ達はTSC2を創り上げ、また新たなゲーム開発に着手していたのだが――
今、モモイの頭には何のアイデアもなかった。揺らしてみればカランコロンと愉快な音を立ててしまうだろう。
モモイの頭の中には、一つの疑念しかなかった。則ち、ビナーの使ったであろう黄黒い鎖についてだった。
そもそも、あの大人は何もかもを知っていそうな態度を取っているし、実際にそうなのだろうと確信している。だからこそ、何かしら聞き出してしまえば良いアイデアでも思いつくかもしれないと、安逸にそう考えていた。
そしてまた、彼女には行動力があった。
「呼んだかい。」
電話をして呼び出してみると、ビナーは思いの外早く部室に顔を出した。
「うん、来てくれてありがとう先生!」
そう言って、モモイは足の踏み場を応急処置的に作り出し、その狭い空間に二人は座り込んだ。
「それで――」
改めて何かを聞こうとしたが、ふと考えてみると何から聞けばいいのか分からなかった。
というよりも、想像を超える威圧感を不思議と感じ取ってしまい、頭がこんがらがってしまう。こうして二人きりで対面することが今までなかったから気づかなかったが、この大人から途轍もないオーラを感じる――と、不思議とそんな風に思っていた。ゲームに準えて言えば、魔王の風格といえば良いだろうか。アリスと初めて出会った時の、全てを台無しにしそうなあの予感と似たものが胸の中にあった。
「私について識りたい様だな。」
唐突に、ビナーはそう切り出した。
「えっと...そう、かも?」
曖昧にそう答えると、ビナーは頷いて続けた。
「私は、都市という場所から来た。人のみを愛し、其れ等以外を排斥する場所だった。」
分かりづらいが、恐らくビナー自身のことについて話しているのだろうと判断し、モモイは口を噤んだ。
「其処で私は、調律者として立っていた。」
「ちょーりつしゃ?」
モモイの疑問の籠った言葉に、ビナーは単調に返した。
「都市から排斥されるべきものを、この手で毀す者達の名だ。」
ビナーは紅茶を飲みながら続けた。
「私は、星々を痛めつけることこそが至上の悦びであった。そして、其れは都市で生きていく為の術であった。」
そこまで言って少し言葉を切ると、ビナーはモモイを正面から捉え、再び言葉を紡ぎ始めた。
「都市に存在できない者達は、外郭に放逐される。私は、御前と似た者を、其処で見た。」
「わ、私と似た人?」
「そうだ。形態は違えど、あの者は常にその場所にいた。
そして――私は、其の者の結末を識っている。」
「モモイよ。御前は、御前が脆く崩れ去る様を想像できようか。」
「え、えーっと...」
自分が崩れる姿。そんなもの、想像すらしたことがなかった。
暫く悩み続けるモモイに対して、ビナーは言った。
「御前は星であるが、同時に滅びゆく死兆星とも重なり合う。故に、御前は周りに目を向けなければならない。
物語もまた、その様に紡がれるだろうな。総ては切り離されず、続いているであろう。現実と空想もまた、その様に在るものだ。」
そこまで言って、ビナーはゆっくり立ち上がった。
「歩みを留めぬ様に、然れど眼の前のみに気を注がぬようにな。期待しているよ。」
そうして、ビナーは部屋を静かに出ていった。
「...あ、結局何も聞けてないじゃん!!」
一人残されたモモイの叫び声が、部屋中に虚しく響いた。その静寂の中で、モモイは先程のビナーの言葉を反芻した。
目の前のことだけに目を向けずに、周りのことを見て造る。多分そういうことを言いたかったのだろうし、それは真なのだろう。
そうして呆としながら、先程まで目の前にいた人間のことを考えていると、自然と手が動いた。
「...それで、シナリオが完成したの?」
ミドリの疑問符に、モモイは自信満々に紙束を見せつけた。それを受け取ると、ミドリは一枚一枚捲って内容を確かめていった。
「...あれ、お姉ちゃんにしては意外とマトモ...?」
意外そうにそう呟くミドリの表情は、しかし終盤に差し掛かるにあたり次第に曇っていった。
「...お姉ちゃん、この"大魔王 ビナ""って...」
「ふふん、先生のアドバイスを受けて思い付いたんだ!」
その返答に、ミドリは溜息混じりに答えた。
「これ、本人に許可取ってるの?それにシャオさんも...」
「先生なら許してくれるでしょ!シャオさんは...バレなかったら」
「良いんですけどね。」
突如、モモイの背後からそう声が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこにはあの日と同じ紫色の服を着たシャオが立っていた。
「ど、どうしてここに...」
「ユウカさんに用事があったので立ち寄っていたんですが...まあ、そのシナリオとやらがどうなるかは、分かりますよね?」
その言葉と共に無慈悲に振り下ろされた剣先に無惨にもバラバラになってしまったシナリオの残骸を見ながら、モモイは膝から崩れ落ちて叫んだ。
「もう創作なんて懲り懲りだ〜!!」
「いや、なんでそんなに昭和な終わり方なの...」
シャオが紫の涙を使っているのは、単純に移動に便利だからです。結構多用しています。