ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム 作:ひいろの鳥
さて、投稿頻度について、あとがきの方に書いております。そちらにの目を通して頂けるとなんか嬉しくなります。
薄く灯る電灯と壁一面の窓から差し込む星明かりのみが照らし出す、薄暗い廊下の只中で、美甘ネルは一つの黒く大きな影と対峙していた。
その影──ビナーという、このキヴォトスにおける先生の役割を担っている人間は、動ずることなくただ佇むばかりであった。夜の暗さに蔭った表情も、至極どうでも良さそうに窺える。ネルにとって、その態度は些か気に食わないものだ。それ故か、彼女は現に武器を構える手を一段強く握りしめている。
だが、同時にネルは滾っていた。一見隙だらけに見えるが、その実何処からも付け入ることの出来ないその佇まいに、確かに聞き及んでいた通りの強者の風格を感じ取っていた。その為に、戦闘好きとしての血が逸るのも、また致し方ないものだった。
大小二つの影が、何故にこの様に向かい合うことになったのか、話は些か遡る。
ネルがその噂話を聞いたのは、遡ると一月程前にまで至る。その時は、ミレニアム中が静かに、それで居て確かにザワついていた筈だ。
だが、ネルはその理由を未だ知らなかった。それなのに、学校という狭い世間は、ネルの関知しない所で勝手に騒めきたっている。その事が妙に気に食わなかったことは、何故か今でも頭の隅に残っている。アッサリとしてはいるが、それでも根に持ちやすい質なのだろう。
結局我慢ならずに、C&Cの活動が終わった後に、ネルはアカネにひっそりと理由を聞いた。彼女は一瞬意外そうな顔をしたが、それも束の間に一人納得したような顔をして、囁き返すように答えた。
「シャーレに漸く、先生がいらっしゃったんですよ。」
シャーレの先生と聞いて、ネルも漸く得心がいった。何でも、連邦生徒会長が失踪してから随分と治安が悪くなっていたらしい。度々現場に赴いていたネル自身も、それを肌で感じていた。その騒動を纏めあげる存在が現れたともなれば、それはさぞ騒ぎにはなるだろう。ただ、外の世界から来た人間は総じて脆いとも聞いていた。その為か、思いの外心が動くような事は無かった。
だが、そうして納得しかけたところに、アカネの微妙な表情がネルの目に飛び込んできた。何か隠している、ネルは表情から、そう確信した。
「何だよ、他に何かあるのか?」
我ながら粗雑な聞き方だと思いつつも、ネルは次いでそう問い詰めた。アカネは少し考える素振りを見せた後、一段声の調子を落として答えた。
「セミナーのユウカさんって居るじゃないですか」
「おう、アイツがどうした?」
「ユウカさん、先生に会ったらしいんですけど...」
そこで一瞬声を区切った後、躊躇うようにアカネは続けた。
「ヘルメット団を一人で蹴散らしたとか、銃すら使わずに不思議な力で攻撃していたとか...信じられないんですけど、確かにそう聞いたんですよ」
それを聞いた時は、少し笑いを堪えきれなくなりそうだった。勿論失笑だ。ネル本人やゲヘナの風紀委員長の様な指折りの強さを誇る生徒ならともかく、外の世界から来た人間が、まして銃火器すら使わずにヘルメット団の大群を処理するなど、凡そ冗談にしても質が悪いというものだ。だが、アカネの表情は、ネルの想像よりも数倍は真面目だった。その迫力に押し切られて、半ば信じ切れないままに、結局はその情報を鵜呑みにするしか無かった。
「...って言うことでさ、お前から直接聞きたいんだけど?」
「いきなり来て言う台詞がそれですか!?」
セミナーの会計室で、ユウカの驚く声が木霊した。
結局は本人に聞くのが一番早い、ネルはそう判断して、任務からの帰還後に早速セミナーに押し掛けていた。無論、アポなど取ってはいない。それでも迎え入れている時点で、今はそれなりに暇なのだろう。
「だってよ、その...先生だったか?そいつがそんなに強いのか気になるのは当たり前だろ?」
ネルのその言葉に呆れたように溜息をつくユウカの目の前に、紅茶が音を立てて差し出された。振り向くと、傍にはいつの間にかノアが立っていた。
「話してあげても良いんじゃない、ユウカちゃん?」
ノアのその言葉に諭されるように、ユウカはまた一段大きく溜息をつきながら、応接用にソファにネルを座らせ、紅茶を飲みながら口を開いた。
「それで...先生の強さについて知りたいんでしたっけ?」
「おう、頼むぜ」
そう返すと、ユウカは悩むように唸りながらも続けた。
「まず...銃は使ってませんでした。その代わりに、手から黄色い何かを飛ばしてて...」
「何かってなんだよ」
「分からないからそう言うしかないんですよ!」
少し声を荒らげた後、軽く咳払いをしてユウカはまた続けた。
「それで、その黄色いもので、ヘルメット団の手足を斬り裂いてる...感じでした。それと、鎖?で体を縛り付けてたりもしていました」
そこまで来ると、もはやファンタジーの領域な気もするが。ユウカの真剣な口調に、そんな野暮なことを言えよう筈も無く、ネルはただ頷くばかりだった。
「まあ何だ、兎に角強かったんだろ?」
「そ、そうですね...」
正直な所、ネルが知りたかったのはそこだった。如何程に強いのか、ただそれだけが知りたかったし、それさえ聞き出せれば後は関係の無い事でもあった。
「わざわざ時間取っちまったな、ありがとな」
そう言って紅茶を一気に飲み干しながら、ネルはそのまま部屋を立ち去った。足早に廊下を歩きながら、いつか目の前でその光景を見れる日が来るのかもしれないとなると、年甲斐も無く興奮しそうになり、それがまた一段とネルの歩速を速めた。
だが、その期待も虚しく、実際にお目にかかれたのは、実に月が一つ回ってからの事だった。
何でも、アビドスという辺境の学校のいざこざを解決した先生が次に足を運んできたのが、ここミレニアムサイエンススクールだったと言う。それも、ゲーム開発部という半ば問題児の部活の手助けだとか。先生とやらが何でも請け負う人間だとは小耳に挟んでいたが、流石に仕事を選ばなさ過ぎでは無いかと思いつつ 、折角この学校にいるのなら一目見てやろうかと子供のような心持ちでいた。
それでも、機会というのは中々に訪れないもので、ネルの方も任務が嵩んでいた事もあり、一週間が経ってもなお姿すらまともに見ていない始末であった。流石に苛立ちの方が勝り始め、一月前の高揚感が嘘のような不満と共に 、態とらしく足音を立てて廊下を闊歩していた。その時、曲がり角から不意に大きな影が気配も無しにぬっと姿を現した。突然の事であり、ネルもまた前をあまり見ていなかったことも重なって、とうとうぶつかってしまい、ネルの方少しよろけた。そこまで来て、遂にネルの中は苛立ちで一杯になってしまった。
「おい、危ねえぞ!」
苛立ちに任せて声を荒らげると、黒いその人間は、身を起こすのを手伝うように、ゆっくりと手を差し出した。ただ、それを素直に掴むのも癪に障るようで、ネルは結局一人で立ち上がり、その顔を見上げた。
殆ど真黒いゆったりとした服装に、吸い込まれそうな黒い瞳を持った顔と、その全体を見回して、漸くネルは、目の前にいる存在が先生その人であると理解した。
「...お前が先生か?」
その言葉に、黒い大人はゆっくりと答えた。
「私はビナーと云う。」
それだけを言って、ビナーと名乗る人間はまたゆっくりとその場を立ち去ろうとしていた。
「おい、ちょっと待てよ」
引き留めるように、ネルはその進路を阻まんと前に立ち塞がった。折角会えたのだから、やることと言えば一つしか無かった。
「あんた、強いんだってな。あたしと勝負しろよ」
粗暴かつ不敵に、ネルは目の前の大人にそう言い放った。だが、ビナーはそれに対して、先程と同じような緩慢さで答えた。
「未だその刻は来ていないだろうね。御前も、直に動かなければならない故、身体を息めなさい。」
見透かすようにその言葉を言いながら、ビナーはゆっくりとネルの横を通り過ぎて行った。ネルがそれを追いかけようと振り向いた瞬間には、ビナーの姿は無かった。それを不思議に思いながらも、真面に相手されなかった苛立ちの方が勝り、地団駄を踏みながらチクショウと誰に言うでもなく、一人呟きながら再び歩き出した。
だが、ビナーの言葉通りに、その邂逅の直後に新たな仕事が舞い込んできた。なんでも、様々な部活が総出で倉庫を襲撃しに来るらしい。ごちゃごちゃと七面倒な説明は受けたが、要約するとゲーム開発部のメンバーを叩きのめせばいいという、それだけだった。聞けば、そこに所属する後輩達はどれも戦闘を特別得手としていないらしい。それならば、簡単な話だと、そう考えていた。
それだのに、結果は――敗北だった。エンジニア部の予想外の支援や複雑なルート確保に、ネル自身もまんまと騙されて仕舞ったから余り強くは言えないが――それでも、直接接敵したアカネやアスナが、モモイ達に負けることがあるとは到底思えなかった。そしてまた、そうした蟠りを、ネルは特別好む質ではなかった。
「おい、アカネ、アスナ。何であいつらに負けたんだ?お前らなら勝てただろ」
だから、少し日が経ったときに、そう聞いた。責めるというわけではなく、ただ単純に気になったのだ。整っているはずなのに何処か雑然としている感の抜けないC&Cの部屋で、ソファに半ば身体を沈み込ませながら、ネルはそうアカネとアスナに訊ねた。その質問に、アカネは少し悩む素振りを見せながら言い淀んだ。代わるように、アスナがさっぱり言い放った。
「先生が私達を縛ってる間に、レールガンだっけ?あれをまともに食らっちゃったんだよねー!」
「...今なんつった?」
少し当惑するネルなどお構いなしに、アスナはそっくり先程の言葉を繰り返した。だが、二度聞いてもなお、瞬時にキヴォトスの生徒が引き千切れない程に堅い鎖で縛りつけるなど想像できようもなかった。否、以前ユウカから聞いていた通りではあるのだが、その言葉を与太として受け取っていたばかりに、大真面目にそのようなことを再び言われてしまうと流石に困惑の色が勝ってしまうというものだ。そんな感情が表情に表れていたことに気付いたのか、アカネが付け加えるように口を開いた。
「その場にユウカさんもいたので、信じられないのならあの人にも――」
「いや、いい」
ネルはぶっきらぼうに言って、C&Cの部室を立ち去った。わざわざセミナーに再び足を運ぶ気にはなれなかった。代わりに、先生に会ってみたい気持ちがあった。噂の力が真実なのだとしたら、矢張り戦ってみたい。その中にはリベンジ精神だとかに類するものもあっただろう。その思いで廊下を荒く練り歩いたが、生憎ビナーは見当たらなかった。それでも機会はまだあるかと、ネルにしては珍しく落ち着いた感情でその日を待ち望みにした。
その後は、気晴らしにゲーム開発部との再戦なんかをしながら、来る日も来る日もビナーを探した。だが、あのゆったりとした態度からは想像できないほどに、足取りを掴むことは出来なかった。時たまそれらしき影を見つけることはあれど、大抵はそのまま撒かれてしまうか、姿の似ている別人だった。焦りからかリオ会長を見間違えた時は、我ながら流石に呆れの溜息が出るほどだった。そして、そういうことが積み重なるたびに、ネルの苛立ちは徐々に、しかし確かに募っていった。いずれ破裂しそうだと自他ともに認める、そんな状況に陥っていた。
「...それで、貴女も此処に来たと。」
紫髪の大人しそうな青年が、呆れるような声色で紅茶を差し出しながら呟いた。
無機質なシャーレの一室には、今はシャオと呼ばれるその青年とネルしかいない。この場所であれば見つけられるかと思いながら足繁く通っているが、ネルが来る頃にはビナーはいつも出払っている。そのせいで、大抵はこの青年か、彼もいない時は連邦生徒会長代理の七神リンが対応していた。
インテリアが少ない癖に微妙に窮屈に感じるのは、この部屋の壁一面に書架とその中にピッタリと納まりきっている本達が原因だろう。秋に差し掛かっているのに未だに冷房も付いているままなのも、季節感を失せさせてしまっていて、それが余計に身狭さを演出しているのかもしれない。そんなどうでもいいことに思考を巡らせるほどに、目の前の男との会話はつまらない。噂によるとこの青年も強いらしいが、ビナーに比べると根拠となるような話も薄く、シャオ自身もどうでもよさそうにしていたから、わざわざ喧嘩を売る気にはならなかった。
彼はそんなどうでもいいという態度を隠そうとする気も無いように、茶を出した後はいつものように本棚の整理に勤しんでいた。ただ、彼との会話は堅苦しくてすぐに退屈を迎えてしまうものだということも知っていたから、寧ろ互いに思い思いに過ごしているほうが良いとさえ思えていた。
「おい、先生は今日も来ねえのかよ?」
いつも通り、その疑問を投げかけた。それを聞いたのか、シャオはカレンダーをチラリと見ながら本棚の隅から一冊の本を取り出した。このやり取りも最早日課となっている。彼は本を開きながら数頁ほど捲ったのち、ネルの方に顔を向けた。
「今日は――大丈夫そうですね。」
その答えに、ネルは面食らった。またいつものように今日は無理だと突っぱねられるものだと覚悟してたから、些か拍子抜けだった。
「夜にはなるでしょうけど、大丈夫ですか。」
「お、おう。大丈夫だ。」
我ながら情けない声だと思いながらも、ネルは生返事を返した。シャオはそれに納得したのか、再び本棚の整理をし始めた。ネルはその姿を見ながら、一気に紅茶を飲み干してシャーレから出て行った。こうなると、ここで悠長に時間を潰している場合ではない。出来る限りの準備をして迎え撃とうと、矢張りその時の心持ちは何時になく高まっていたに違いなかった。
そして夜、部室には誰も居なかった。そもそも、この時間帯に学校に残っている生徒が居るかすら疑問だった。まだ明るい部屋も幾つかあるし居るのはそうなのだろうが、それでも殆ど帰ってしまっているのだと思う。それ程までに、この学校は静かに寝静まっているのだ。
C&Cの部室もそれに違わず、整えられた部屋にはネル一人しか居ない。整理が行き届いてるせいか、一人だと妙に広く感じる。普段の人数だと却って狭く感じるから、この感覚は奇妙だった。
そうして一人待っていると、ノックの音が響いた。開けると、黒いのっぽの影が部屋の前に佇んでいた。正にビナーその人だった。
ビナーは、何も言わずに静かに部屋に入り、椅子に腰掛けた。いつの間にか、部屋中が紅茶の香りで満ちている。よく見ると、影に隠れるように、ビナーの手にはティーカップが握られていた。
「御前は、如何して私を呼んだのか。」
茶を啜りながら、ビナーはそう静かに問うてきた。
「あ?戦いたいから、そんだけだ」
ネルは何も考えずにそう答えると、ビナーは立て続けて疑問を口にした。
「では、何故に御前は力を求めているのか。」
何故か、その疑問にネルは一瞬考えを巡らせた。その様な事を、ネルは一切考えたことがなかった。と言うよりも、考える必要が無かったと言うべきだ。結局の所、力が強い方が強い。それがネルの考える所であり、そこに意味付け等は不必要なのだと了解していた。
「理由なんか無えよ。強い方がいい、それだけだ」
理解のままにそう答えると、ビナーは静かに頷いて、ゆっくりと立ち上がった。
「闘いたいのだろう。着いてきてお呉れ。」
静かにそう言いながら、ビナーは部屋を音もなく立ち去った。唐突なその行動に少し面食らいながらも、ネルは追いつこうと駆け出して行った。
そうして今、二人はミレニアムの真夜中の廊下で向かい合っている。辺りにはアリスと戦った時の痕跡が、まだ幾らか残っている。少し欠けた窓からは、冷え冷えとした秋風が差し込んでいた。
ビナーの顔は、矢張りネルには良く見えない。ただ、あの初めて出会った時の、そしてアリスと戦っている最中に垣間見えた、心底興味の無さそうな表情のままなのだろうと、勝手に思っている。出会った回数こそ少ないが、いつもその表情を保っていた為に、ネルの中でビナーの顔とはそれで固定化されてしまっている。
「おい、先生。本気でやっていいんだな?」
その言葉に、目の前の黒い影は静かに頷いた。それを肯定と受け取ると、ネルも銃に弾を込め始めた。
静寂が二人の間を一瞬間覆った。それは数秒にも満たないぐらいだったが、ネルには幾らでも長く感じられた。
静寂を切り裂いたのは、ネルの腕が風を切る音だった。己の鍛え上げられた筋肉に神秘を載せ、加速した銃身から放たれた渾身の一弾が、夜のしじまを突き破りながらビナーの頭目掛けて飛び出した。
だが、その弾丸は虚しくも、一瞬の奇怪な音と共にバラバラに引き裂かれて地に落ちた。眼前には、ビナーが小さく腕を前に差し出し、また静かに下ろした。
続いて、弾倉に入った弾を撃ち尽くす勢いで、ネルは銃弾をばら撒くように撃った。それを認めたのか、ビナーは今度は腕を上に掲げ、拳を握りしめた。
瞬間、押さえつけられるような衝撃が、身体中に迸った。それに耐えようと無闇に銃を撃ちながら後ろに下がった。
視界が開けると、先程ばら撒いた弾丸は、尽くが地面に叩き落とされていた。辛うじて当たった弾も殆どダメージが無かったのか、ビナーは平然と埃を払うようにしていた。
その何でもないような態度、そして──今こそネルに大きな隙があるのに、一向に攻撃してこない舐めている様な動きに、ネルの頭の何かが
「ナメてんじゃ...無ぇぞ!!」
そう叫びながらビナーの元まで駆け出したネルの眼前に、黄黒い何かが飛び出した。銃身でそれを弾きながら、銃弾を幾らか撃ち出した。それらは矢張り先程と同じように切り刻まれたが、予想していた通りだ。それに合わせるように死角に潜り込み、再び銃を加速させようとした。
「波よ。」
静かで厳かな言葉と共に、ビナーの傍から黒い波のようなものが湧き出し、ネルの元にゆっくりと近づいてきた。
咄嗟に銃弾で弾こうとするも、吸い込まれるように消えていくばかりで手応えがない。きっとこの波に当たるのは良くないのだと、本能的な何かで察知していた。だが如何せん廊下という場所のせいで左右に避けるスペースも無い。眼前まで波も押し寄せ、はや絶体絶命かと覚悟したが──ネルは咄嗟に、銃弾を
加速し切った銃弾は、ネルの幾許か軽い身体を持ち上げるには十分な力を持っていた。
そのまま落下する勢いを利用し、中空から銃弾の雨を降り注がせた。それをビナーは後ろにゆっくりと避けながら、幾つか避けきれないものは撃ち落としていた。
そしてネルが着地する直前に、ビナーは再び腕を前に突き出し、握りしめるようにした。同時に、地面に着いたネルの脚が、固着された様に動かなくなった。
「ッ!?クソッ...!」
誰に言うでもなく悔しがるように呟くネルを他所に、ビナーは拳を握りしめたまま、腕を振り上げながら静かに呟き出した。
「分析...。」
ビナーの掌中が、赤く眩く光り始める。
死、その文字がネルの頭に浮かび、何とかして抜け出そうと足掻くものの、脚は一向に動かない。
「圧縮...。」
ビナーの掌中で、何かが弾け出す。
「展開。私の前に──立つな。」
そう小さく呟くと同時に、ビナーから今度は赤い何かが、先程とは段違いの大きさと音を伴ってネルの眼前に向かってきた。
同時に、ネルは──己の脚を、撃ち抜いた。
「チク...ショウッ!」
叫びながら、ネルは痛みと共に自由になった脚を必死に動かし、横に避けた。赤いものは、ネルの頬を掠めて廊下の果てに飛んで行った。ネルの頬から赤い液体が垂れているが、そんな痛みなどお構い無しに、ネルは再びビナーの元に飛び出そうとした瞬間に──ネルの身体に、黒い鎖が巻き付いた。
「了りだ。」
「まだ、終わって...」
悔しがるように呟くネルに、ビナーは静かに近づきながら、鎖を紐解きながら言った。
「御前が何故勝てないか教えてやろう。」
「はぁ?」
ビナーの挑発的なその言葉に、ネルは反抗的に言葉を漏らした。それを無視するように、ビナーは続けた。
「御前には守るものがない。それ故に、独りで動き全てを破壊しようとする。
だが──鋭いだけの刃は、唯空を斬る鈍に過ぎない。」
鎖を解き終えて、ビナーは何かを懐かしむように、窓の外を見遣った。
「御前には、護るべきものが無い。それ故に、守り抜く勇気も無い。其れがある者は──想像を超える力すら持てるのだがな。」
まるで見知ったように言葉を紡ぐその姿に、ネルは少し思い返した。確かに、自分には誰かを守ろうとしたことがない。ただ、自分がそうしたいからという理由で力を求め、何かを壊していた。
「星は独りで星空を象る訳では無い。御前以外にも人は居る。そして、その星々の中から、御前にとって守る価値のある物を見つけ出せば善いのだよ。」
その言葉は、傍から聞けばどの様な意味を成すか分からないものだろう。だが、今のネルには何となく分かる気がした。
「...それじゃあ、あんたを守るって言うのは?」
その言葉に、ビナーは意外そうにネルの顔を見て、直ぐに微笑んだ。
「私はこの物語に組み込まれ得ない傍観者であり、星空に雑じらぬ儘に星を指指す者だ。故に、御前達は私に星を見る目を向けぬ様にな。」
そう言いながら、ビナーはゆっくりと廊下の突き当たりまで歩き、そのまま何処かに消えていった。きっと今追いかけても無駄なのだろうと思う。
廊下には、先程の闘いの痕が刻まれている。窓も割れてしまっていたのか、隙間風は一層大きくなっていた。その微妙な寒さに身体を震わせながら、荒々しく銃を振り回して立ち上がった。今度は、悔しがる気にもなれなかった。その代わりに──先程のビナーの言葉を反芻しながら、歩き出した。
90%の読者はビナーの強さに目がいき、銃弾をトンデモ加速して射ち出した反動で上空に飛び上がって波を避けたり、錠前で閉じられた脚をぶち壊して無理やり動かすなど、ネルも大概変な事してるのに気づかないと言います。
感想やお気に入り、評価などしてくれると作者がとても喜びます。
「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。マジで。
さて投稿頻度について。お察しの通りかなり下がります。元からカスなのは置いといて。
というのも、作者が来年度から受験なんですよね。それで中々に時間が取れなくなるので、多分春休みが明けたが最後月一とかになるかもしれない、って感じですね。本格的に投稿できなくなる時はまた言います。それでは。