ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム   作:ひいろの鳥

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2回目はユウカ&司書補シャオの設定面の説明回です。暫し付き合ってもらうぞ。
ここまでは鏡の中の青春に書き溜めていたものですが、これ以降はストックがないので週一投稿できるかわかりません。頑張りますけど。


早瀬ユウカは戴けない

「すいません、遅れました!」

 

その声とともに、やにわにシャーレの扉を開けた。

早瀬ユウカは、息を切らしながらシャーレの扉にもたれかかるように立っていた。

扉で区切られていた向こうでは、一人の青年が少し目を丸くしながらユウカの方を見ていた。紅茶を淹れている最中のようだ。

 

「遅かったですね、どうされましたか?」

「少し...用事が出来てしまいまして...。」

 

用事、その言葉に間違いはなかった。ただ、予算書の提出や修正をしていないゲーム開発部やエンジニア部に文句を言いに追いかけまわしていた、というだけなのだが。

その言葉で取り乱した様子をある程度繕いながら、部屋を見回した。どうやら目的の人――ビナー先生はいないようだ。

正直に言えば、ユウカはその大人にある程度の好意を寄せていた。勿論誰にもそんなことは言ったことないが(全員にバレバレではあるが)

ただ、今日は来た時間が遅かったせいか、その人の姿が見当たらなかった。代わりに、先生の補佐役というシャオと名乗る青年が一人佇んでいた。彼はあまり先生には似ず、真面目で明瞭な若者、という印象を受ける。寧ろ先生がやけにミステリアスで不明瞭な人物であり過ぎるのでもあるだろうが。

 

「良ければどうぞ。今淹れたばかりですが。」

 

そう言いながら、青年は紅茶を差し出してきた。

お構いなく、と断ろうとしたが、その前に青年は自分のデスクに戻ってしまった。こういうところは、先生に似ているのかもしれない。

二人の間を、暫しの間沈黙が包み込む。キーボードを打ち込む音が時々聞こえる程度だ。

手持無沙汰になり、少し手伝おうと腰を上げたが、その前に彼はパソコンをそっと畳んだ。仕事は既に終わったようだ。

そのまま、彼は積んであった本を本棚に仕舞い始めた。これもどうやら彼の日課の一つらしい。初めてこの場所に来た時も、本棚の整理をしていたはずだ。本は先生とシャオ共通の趣味で、互いに本を集めては紅茶を片手に静かに読み始めるという光景を幾度となく見ている。そのせいか、シャーレの壁の一面は本棚で埋まっている。内容はこの世界の歴史から小説、哲学まで幅広く取り揃えられている。場所が場所なら古本屋と名乗れそうなほどである。

暫くは、紙を捲る音だけが響いていた。

差し出された紅茶を少し飲みながら、ユウカは芒と考えていた。先生とシャオの関係についてだ。

平時、彼らは常に一緒にいる。偶に先生が散歩と称して1人で出かけることはあるが、それ以外で2人が離れている場面はあまり見ない。また、先生の身の回りの世話は全て彼が行っている。それは補佐という役割を超えて、もっと深い所に何かがあるのでは無いかと思わせられた。

無論、そういった手合いの話が好きな年頃の女子の、他愛もない妄想だ。だが、一度そうなのでは無いかと気になり始めると、矢張りそうなのだと思えてしまう。そもそも、彼らの出自からして不明瞭な上、それを探る手段も無いが為に、その様な荒唐無稽な妄想も一切合切否めるものでは無かった。

そして、もしそうなのだとしたら、それは先生に何某かを抱いている彼女に取っては、不都合極まりないことでもあった。

それは厭だな、と冷めた紅茶を飲みながら、そう思った。

 

「――私とビナー様の関係について、ですか?」

 

そんな事を考えていたら、藪から棒にシャオが言った。気づかない内に、言葉が漏れ出ていたようだ。

 

「き、聞こえてましたか!?」

「ええ、まあ、そうですね。折角ですし話しましょうか。」

 

ユウカの驚く声にも一切調子を変えること無く、手に持っていた本をそのままに、ユウカの座っていた向かいに腰掛けてきた。

本を指で弄しながら、暫く何かを考える素振りをした後に、シャオは口を開いた。

 

「先ず、私とビナー様は、貴女の考えているような関係性ではありません。」

 

開口一番、単刀直入な言葉が飛んできた。というよりも、そもそも勝手な妄想がバレていることが、ユウカには驚きだった。同時に、不埒とも言える想像が見透かされていたことに対する諸々が綯い交ぜになった感情も湧き始めた。

 

「わ、私が考えているようなって──」

「顔に書いてありましたよ。まあ、妄想は自由ですが、私があの方とその様な関係になるなんて畏れ多いにも程がありますけどね。」

 

慌てて繕おうとしたが、淡々とした返しに何も言えなくなってしまった。

 

「じゃあ、どういう関係なんですか?」

 

妄想していたこともバレてしまったがために、いっそ自棄になってそう聞いた。返事によっては、この小さな想いも諦めざるを得ないだろう。

シャオは、暫く逡巡した後に、答えた。

 

「関係性という面だけで言えば、上司と部下の関係でしょうね。

ただ、私はそれ以上にあの方を敬愛していますし、あの方も信頼して私をお使いになる、それだけです。」

 

そう話すシャオの声は、矢張り終始淡々としていた。

ただ、その言葉の端々に、それだけだと言うには留まらない何かがあった。

その所為で、ただの真面目な青年という印象から、何処か狂気じみたものを感じた。ただ知りたかっただけなのに、何だか彼のことが少し怖くなった。

その思いを飲み込みながら、言った。

 

「それは分かりましたが...ここに来る前からその関係だったんですか?」

「ええ、そうですね。」

「じゃあ、何の仕事をしてたんですか?」

 

その言葉に、シャオは暫く口を閉ざした。

 

「あ、いえ、言えないことでしたら無理に言わなくても」

「いえ――大丈夫です。」

 

そうですねえ、と少し間を置いた後、シャオは続けた。

 

「図書館での接待、ですかね。その前は管理業務でしたが。」

「図書館で受付をしていたとか、そういうことですか?」

 

その言葉に、シャオは少し唸り声を上げた。

 

「多分ユウカさんの想像する図書館とは違いますね。」

「と、言うと?」

「少し...昔話をしましょうか。」

 

そう言うと、彼はカップを置き、改めて居住まいを正した。

 

「これは、私達がこの都市に来る前、"都市"にいた時の話です。」


「まず、私達がこことは別の世界から来た、ということは知ってますよね。」

「ええ、確か外の世界から来た人間だと...。」

「私達がいた世界は、"都市"と呼ばれていました。」

 

都市、という言葉を一段強調し、シャオは続けた。

 

「まず、私は巣で産まれました。まあ、その後契約のせいで裏路地に一家丸ごと放り出されましたけどね。」

 

巣や裏路地、それらは知っている単語のはずなのに、この場合だとその意味で使われている訳では無いようだ。

それを悟ったのか、彼は直ぐにつけ加えた。

 

「巣はこの世界で言うところの自治区、裏路地はブラックマーケットですね。

学校にいたのにある日突然ブラックマーケット生活といえば、過酷さは伝わるかと思います。」

 

それを聞いて、ユウカは少し鳥肌が立った。勿論、ブラックマーケット生活を想像して、だ。ブラックマーケットについては、近づかないが知ってはいる。何らかの理由で学校に居られなくなった生徒が集う、掃き溜めの様な場所。聞くところによれば悪い大人の食い物にされることもザラにある上、犯罪まがいのことも平気でしなければならないという。そこに突然身を窶すことは、彼女には想像だに出来ないことだった。

 

「その後は這這の体で生きていきましたけどね。親も死にましたし、人を食べたのもその時が初めてでしたね。不味かったですけど。」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

続きを話そうとするシャオを、手をかざしながら止めた。

 

「どうされましたか。」

「い、今親が死んだって...それに人を食べたって...。」

 

いきなり情報の濁流を叩き込まれてしまい、ユウカの頭が暫しフリーズしてしまった。

まず、そう簡単に人は死ぬのか、という点だった。この世界には、死という概念が殆どない。そのせいか──そうでなくとも、その言葉は軽く話すには重大過ぎることであるはずなのに。目の前の青年は、未だ泰然としている。

 

「ああ、少し刺激が強かったですか。申し訳ございません。

ですが──"都市"では、それが日常だったんですよ。」

 

何事も無い様に、シャオは続けた。

 

「幸いにも、私自身はフィクサー──便利屋と言えばいいでしょうか、所謂何でも屋ですね。そこに拾い上げられました。

そこは情報系の事務所で、雑事なんかを任せてもらう代わりに住まわせてくれたんですよね。」

「じゃあ、その人が──」

「ビナー様とは違う人です。」

 

予想を口に出したが、直ぐに正された。真面目な分却って話が通じにくい質なのかもしれない。

 

「そこで働きながら色々教えてもらいましたね。特に情報の扱い方や契約については、徹底的に仕込まれましたね。

まず知ること、とあの人は言ってましたっけ。」

 

紅茶を飲みながら話す声は、何かを懐かしむような声色をしていた。どうやら大切な人のようだ。

 

「じゃあ、その人とは今も交流はあるんですか?」

「まさか、もう死んでますよ。」

 

また軽率に死んでしまった。だが、幾分か麻痺してしまったのか、最早そのことにはあまり動じていなかった。

 

「と言うよりも、私が殺したんですけどね。」

 

その言葉を聞いた瞬間、口に含んでいた紅茶を吹き出してしまった。

 

「こ、こ、ころ...」

「あの時はお金が必要だと思ったんです。何をするにも金金金...それで、手っ取り早く稼ぐには持ってる人から奪うのが早いと思ったもので。」

 

狂っている、真っ先にそう思った。話している内容もそうだが、それを何の感慨もなく話していることが、殺しという選択肢が平然と入っていることが、何よりも恐ろしかった。もしかしたら唐突に命を奪ってくるかもしれない、その疑念が頭を1度もたげると、今すぐにでも逃げ出したくなった。

 

「──ああ、安心してください。貴女方に手を掛けるつもりはありませんよ。ビナー様にもそう言われてますし。」

 

顔色を見て察したのか、宥めるようにそう言われたが、安心は出来なかった。

 

「──本当に殺したんですか?」

「ええ、夜中寝ているところを刺してそのまま事務所に火をつけて──」

「も、もういいですから!」

 

そうですか、とシャオはまた興味無さげに答えた。思えば、これまで話している時も何処か他人事のような感じだった。自分に対する興味が薄いのだろうか。

 

「まあそういう訳で、私は大金を得ました。ですが、なにかに使うと思っていた金も、いざとなると使い所に困ったんですよね。少しの贅沢が出来る程度の金なら良いんですが、事務所を纏めあげられる金を丸ごととなると、却って難しかったですね。」

「じゃあその後は...」

「情報網を悪用してネズミや破落戸を狩ったり、武器を新調した後は傭兵みたいなこともしましたね。未来への希望なんて当然ですがありませんでした。ただその日をどう生きていくか、それだけでしたね。」

 

懐かしむような声色で、矢張り淡々とシャオ続けた。

いつの間にか、彼の話に惹き込まれかけている。

 

「ですが──ある日、転機が訪れたんです。」

「転機──ですか?」

「ええ。L社という新しい翼──大企業ですね、そこから入社に関する報せが来たんですよ。」

「そ、それは幾ら何でも怪しすぎるんじゃ...」

 

そう言うと、シャオは少し笑いながら答えた。

 

「そうですね、私も流石に色々調べました。ですがまあ、何処まで調べても翼に入社出来るというのは真実らしかったですし、それにその時は人生に対する虚無感しか無かったので、半ば自棄で受けましたね。」

 

そこまで言って、シャオは窓の外を見遣った。どこか遠くを眺めているようだった。

 

「私が入ったその企業は、ロボトミーコーポレーションと呼ばれる会社でした。表向きはクリーンなエネルギー生産会社でしたが、実際にはそこも人を死なせて回る場所でしたね。」

「やっぱりそうなんですね...。」

 

慣れたとはいえ、矢張り人が死ぬとなると鬱々としている。それに構わずシャオは続けた。

 

「私も死にそうになったり死んだ同僚を見ながら、何とか生き残りました。

そして──出会ったんですよ。」

「今の先生と、ですか。」

「その通りです。」

 

そこまで来て、漸く話が繋がった。

 

「開口一番、あの方は私の性質を見抜かれました。そして、それにも関わらず、あの方は私を受け入れて下さいました。」

 

性質とは、平然と奪えてしまうあの猟奇性の事だろう。確かに、先生がそういう事で動揺するような気はしない。

 

「嗚呼、私はこの人に出会うために生きてきたのだと、そう思えましたね。生きる目的になってくださったんです。」

 

その言葉は少々大袈裟に聞こえたが、ユウカは何も言わなかった。

 

「なので、私はあの方の意向に従うように、その後は動き続けました。それは今でも変わりませんね。」

「それじゃあ、図書館っていうのは──」

「それは」

「そこまでだよ。」

 

気配も無く、後ろから声が聞こえた。慌てて振り返ると、そこには大きな黒い影があった。先生が帰ってきていたようだ。

 

「何をしていたんだい?」

「昔話です。ビナー様は何をなされていたんですか?」

「善い茶屋があったから、土産に買ってきたのだよ。」

 

そう言うと、先生はそのままシャオの隣に腰掛けた

 

「何を話していたのか、教えてお呉れ。」

「私の生い立ちと、ビナー様との出会いの時の話ですね。」

「あの日か、懐かしいな。御前は今でも星を見る目は変わりないか?」

「ええ、今も尚奪うものであり続けています。」

「懐かしいな。確か黄昏に喰われることなく同胞を殺し続けていたね。」

「ビナー様の命に従ったまでです。」

 

いつの間にか、ユウカ抜きで話が進んでしまっている。それに気づいたのか、先生が声を掛けてきた。

 

「ユウカよ、怖くは無かったかい。此の子供は些か話し過ぎる処が有るからね。」

「その...」

 

人が死ぬという事にどうしても慣れない、と言おうか暫く逡巡していたが、答える前に先生が言った。

 

「シャオよ、この世界は我々と死に対する向き合い方が異なるが故に、其の様な話を軽率にしてはいけないよ。」

「善処致します。」

 

そのまま、シャオは先生から受けとった包みを持って、何処かへ行ってしまった。今や、先生とユウカぼ二人きりだ。

 

「私に会いに来てくれた様だね。」

「えっと...。」

 

こうして改めて二人きりになると、言葉に詰まってしまう。それでも、先生の方は泰然としているが。

 

「そう焦ることも緊張することも無いよ。御前の在りたい様に在れば好い。」

 

在りたいようにと言われても、却ってどうしようもなくなってしまう。そのまま暫く、無言の時間が続いた。

いつの間にかシャオが持ってきた紅茶を飲みながら、先生が再び口を開いた。

 

「学校の方は好くやっているかい。」

「え、まあ、それなりには...?」

「御前の様な子供には為すべきことも多いだろうからね。時に暗闇に遺されることもあろうが、惑った時には此処に来れば好いよ。

御前が星になる事は誰も留めはしないが、御前自身もまた、星を探さねばならないからね。」

 

正直なところ、ユウカには何を言っているのかを正確に把握は出来なかった。だが、その言葉にどこか安心感を覚える自分もいた。

 

「御前には此をあげよう。今日買ってきたものだ、友と飲むと善い。」

 

そう言いながら、先生は有無を言わさずに小さな包みを手渡してきた。

 

「もう夜も鎮まる時だ。帰った方が好いだろうね。」

 

その言葉に急いで時計を見ると、既に夜も遅かった。

 

「す、すいません!長居してしまいました!」

「謝らずとも好いよ。其の代わり、何時でも此処に遊びにおいで。」

 

そう言いながら、先生はユウカを見送った。

結局、先生の時間を戴くことは出来なかったが。

帰ったら、ノア達と戴いた紅茶を楽しもうかと、少し浮き足立った心持ちで帰路に着いた。




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