ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム 作:ひいろの鳥
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狐坂ワカモは、その実緊張に満ち溢れていた。
何せ、目の前に憧れの人がいるのだから。
目の前に置かれた茶すら、満足に飲める心持ではなかった。
それに構うことなく、その人は、傍から見れば何の感慨も抱いてないように見えるほど、ただ淡々と茶を啜っているが。
その所作、しなやかな指先、落ち着き払った顔、そのどれもが彼女の心臓を刺激する。
率直に言うと、ワカモは目の前の人に惚れていた。それも、一目惚れだ。
破壊と略奪こそが何よりの嗜好であったはずの彼女だが、それ以上に今はその人に釘付けになっている。
故に、狐坂ワカモには、この人とこの人が大切にするものを壊せない、壊そうという気にもならい。
何故彼女が目の前に座る人――ビナー先生にそこまで入れ込んでいるのか、話は暫く遡る。
始まりは数週間前のことだった。
その時、丁度ワカモは矯正局からの脱獄に成功していた。はっきり言って仕舞えばザルな警備、潜り抜けることなぞ彼女に取っては容易いものであった。
それでも、それまでは特段外に出て何かある訳でも無く、連邦生徒会長の絶対的な権力もあり、故に出ようという気もあまりなかった。
だがその瞬間は違った。連邦生徒会長はシャーレの中――否、キヴォトス中何処を探しても見つからなかった。失踪――らしかった。そしてまた数奇なことに、その生徒会長が、サンクトゥムタワーの地下深くに置き土産しているということもまた、それなりの筋から知らされていた。
ならば、これこそが好機だと、ワカモは捉えた。今思い返しても、それはごく自然な流れであったと考えられる。
それ故に、ワカモは外に出た。
久しぶりに澄んだ空気を吸うのは、些か気持ちよかったと言えた。
扨出たはいいもののどうしようかと、追ってくるものを雑に蹴散らしながら考えていた。
生身で件の建物に突撃しに行くのも悪くはなかったが、それでは芸が無さすぎる。
少し考えたのち、とある人物に連絡を取った。
「ほむ...ヘルメット団を手配して欲しいと?」
「ええ。サンクトゥムタワーに生徒会長が置き土産を残しているというのが本当だと信頼して、です。」
「ふむ...良いでしょう。ただ、"先生"なる人物もじきこの地に来る、という話もあります。未知数ですから、何か対策は...。」
「要りませんわ。」
"先生"――ワカモは、その人物に対して一切情報を持っていなかった。何せ、その名前すら初めて聞いたくらいだ。
それでも、連邦生徒会長無しで自分を妨げられる人間、それも制御権を失っている連邦生徒会が動かせる生徒となれば、該当するような人間はいないと言えた。それ故の慢心であった。
頼んでいたヘルメット団は、思いのほか早くワカモの元に集った。中には違法に入手したであろう戦車もあり、その手配の早さに、知っていたとはいえ、矢張り少しばかり驚いた。
だがそれはそれだ。これらを引き連れて街中を壊し尽くし、ワカモ自身は件の物を破壊する。完璧な計画だった。
そうして、ワカモ達は殆ど当てのない破壊を目的に、D.U.シラトリ区を練り歩いた。
暫くの間は、それなりに楽しかった。
ヘルメット団達が一先ず荒らし、ワカモ自身が破壊し尽くす。久しぶりの土煙の匂いは、どれほど澄み渡った空よりも心地よかった。
後ろからある程度の追っても来ているが、矢張り制御権のない生徒会では対処できる限界がある。それに対するヘルメット団の量とワカモの力を鑑みれば、この行軍を止められないことは自明の理であった。
「それでは、私は先に向かいますので♪」
そう言いながら、先のほうに躍り出た。全てが己の手中にあるという全能感と、破壊の限りを尽くせるという、どうにも満たせなかった欲求、これらが彼女の足取りを幾分か軽いものにしていた。
そうして、暫し呑気に歩いていた。久しく感じていなかったこの快感を、じっくりと噛み締めたかったのかもしれない。
「あらら、まだ連邦生徒会は来ていないみたいですね。」
誰に言うわけでもなく、そう独り言ちた。
別にだからどうしたという訳でもないが、いつもは直ぐに追ってきていた連邦生徒会お抱えの私兵や訓練された生徒が来ないことは、少しばかり淋しさを感じさせた。或いは、違和感と言い換えられたかもしれない。
だが、少しばかり、それとは別種の違和感を抱いていた。
背後から聞こえていた爆発音が些か少なくなっている。
銃声もまばらだし、その中に金属同士がぶつかり合う音や、水場なぞ近くにないにも関わらず、波のような音さえ微かに聞こえる。
いずれ、その中から、静かに進む足音が聞こえてきた。
「先生、止まってください!そちらにいるのは脱獄犯の狐坂ワカモです!!」
遠くから、絶叫とも聞こえる声が聞こえた。
先生、と言ったように聞こえた。あの者が言っていた、謎めいた存在だ。
それでも、あの声が言う通り、その先生とかいう人物も止まるべきなのだろうと、慢心故に勝手にそう思い込んだ。
それでも、足音は止まらず、真っすぐワカモの側に向かってくる。
それを不思議に感じ、漸く振り返った。
同時に、土煙の中から、二つの影が姿を現した。
一つは、紫髪の青年だった。黒と橙の指揮官のような格好をしていて、その珍妙な見た目とこの世界における男性の珍しさに、些か面食らった。
もう一つ、青年より一歩前を歩み続ける、少しばかり背の高い
黒と黄が混じった、これまた奇妙な恰好。だが、青年のものとは違い、何処か様になっている。
そして、何よりも、その眼が、ワカモの目と仮面越しに克ち合った。
黒く、何処までも深く黒い、深淵を思わせる眼。それが、ワカモを射竦め、暫し動くことはおろか、息さえまともに出来さえしなかった。
それを知ってか知らずか、その大人はただ只管に、笑っていた。薄く小さな微笑ではあったが、確かにそこから、酷く嗜虐的な笑みを感じ取れた。
その時、漸く悟った。この土煙たちは、この
瞬間、身体が鎖で締め付けられたように動かなくなった。身の毛がよだつような恐怖に駆られて、一歩でも早く走り出したかったのに、足は言うことを聞かない。
そんな間にも、一歩、また一歩とその人は近づいてくる。それでも身体は縛り付けられたままだ。
初めて、死というものをワカモは悟り、目をつむりその時をただ待った。
だが、予想していたことは起こらなかった。代わりにあったのは、頭に手を置かれる感覚だった。撫でられている――のだろう。
そのことに、目を見開いた。眼前には、あの
矢張り、吸い込まれそうなほどに黒い。だが、ただ黒いだけではない。懐かしいものを見遣るような光が、その奥に確かにあった。
「...御前は」
目の前の
「御前の斯様な眼は、私に似て居るな。崩れる物にこそ悦楽を見出す其の眼...懐かしいな。」
先ほどと同種に見える笑みを浮かべながら、そう言葉を紡いだ。だが、その顔の中には、矢張りどこか慈しみのようなものがあったように思えた。
撫でられていたのは、ほんの数秒に過ぎなかったはずなのに、ワカモにはそれが何分、何時間と永遠の暗闇に続いているようだった。
その永遠が自分の感覚に適応したとき、漸く身体が動くようになった。
「...し、し、失礼しましたわ―――!!」
咄嗟に、捨て台詞のようなものを吐き出して、その場を急いで立ち去った。だが、それはけして生物的な理由ばかりではなかった。
美しいと、確かにそう感じれたのだ。
自分では壊せないものだと思ったからかもしれないし、それならただそうとだけ受け止めればよかった。だが、破壊にしか興味がなかったワカモは、この奇妙な感覚には落ち着きを覚えることなどできなかった。
暫く走りながら、気持ちを落ち着かせながら空を見上げた。
昼ながらに薄く輝く星と、それを覆い隠す太陽。
その陽の心地よさと、同時に全てを飲み込んでしまう邪悪な眩しさに、暫くの間、目が眩んでいた。
嗚呼、また一目会いたい、落ち着いた心でそう思った。自分に新たな輝きを見せた者、別種の崩壊を見せつけた者、あの者にもう一度会いたかった。会って何か出来るかというと、別の話だったが。
「...それで、これですか。」
冷房が少し効いた部屋に、青年の呆れたような声が響いた。
「窓を突き破って侵入した上で馴れ初めを一から聞かされるの、今週でもう五回目ですよ。修理するのが誰か分かってるんですか?」
「仕方ないじゃありませんか、正面から入ろうにも門前払いが関の山でしょうし。」
眼前にいる青年を軽くいなしながら、ワカモはシャーレの部屋を見回していた。
「...今日も先生はいらっしゃらないんですね?」
「ビナー様なら散歩中です。いつ帰ってくるかも分かりませんし、待ってたらそのうちリンさんが来ますよ。」
シャオと名乗る青年がガラス片を片付けているのを横目に、ワカモは何とかして先生の居場所を特定できるものを探していた。
こうしてシャーレに不法侵入をし続けているが、タイミングを見計らったかのように先生は何処かに出かけている。何処に行っているかは、側近のシャオですら把握できていないようだった。
だが、だからといって当てもなくこの広大な学園都市をうろついても見つかる確率なんてごく僅かだろう。
「...あら、この茶葉、最近までありませんでしたよね?」
毎日の様に押しかけては物色していたせいか、細かい変化にはすぐ気づくようになってしまった。
「そういえば最近、アビドスだかで珍しい茶葉を見つけたとか言ってましたね。随分お気に召していたようでしたが――」
その言葉に、居ても立っても居られなくなった。勿論、その地にいない可能性だって十二分にあるし、むしろそちらのほうが確率的には大きいだろう。だが、一縷の望みさえあれば、縋ってみたかった。
「失礼しましたわッ!!」
その言葉だけを置いて、ワカモは再び割れた窓から身を空に投じた。
「...言わないほうが良かったかなあ...。」
少し頭を抱える青年の言葉が遠のくのを感じながら、着地後直ぐに歩を進めた。
とはいえ、些か無計画であったかもしれない。何せ、アビドスが何処にあるのかすらも分かっていないのだ。
「なので、あびどすが何処にあるのか、教えてくださいませんこと?」
「し、知らねえってそんな田舎!!」
路地裏に、ヘルメットで籠った声が木霊する。
路地裏だからだろうか、やけに静かなせいで反響が何処までも続いている気がする。
「なんで今日はどいつもこいつも...というか何でそんな場所に行きてえんだよ!?」
「先生がそこに居るからかもしれませんわ、そこまで言えば...後は言わずとも、ですわよね?」
「分かんねえよ!というか、今先生っつったか!?」
「ええ、それが何か?」
先生、という言葉にヘルメットが頭を抱えたかと思うと、咳払いして息切れ切れに続けた。
「さっきまで私達がここを占拠してたってのに、あの大人がまるきり全部蹴散らして向こうに行ったんだよ...。
この所、他の奴らも同じ目に合ってるらしいし、それを辿れば──」
その言葉に、既にワカモはその場を去っていた。
後に残された者は、薄れる意識を芒と眺めながら、独りごちた。
「...早すぎんだろ...。」
その後も、ワカモは路地裏を次々に巡り、そこに倒れ伏す者や傷ついた者から、先生の行先を聞き出した。
その単語を聞いた者は皆一様に恐れながら答えていたが、その反応と異様な静けさから何が為されたのかは想像に難くなかった。
そして──
漸く、その後ろ姿目に入った。
本当は、今すぐにでもあの人の元に向かいたかった。だが、あの日の記憶があったからだろうか、少しばかり足が竦む。それに構うことなく、向こうの大人はまた何処かに行ってしまった。何とか足を動かし、それを遠巻きから着いていくことしか、その時のワカモには出来なかった。
先生は、路地裏を巡りながら、埃を払うかのように、目の前に立ちはだかる者達を散らし続けていた。ワカモが手を出す間もなく、路地裏は暫しの静けさを得ていた。あの日も、この様に何の感情も抱いてない様相で淡々と行っていたのだろうか。だが、その所作は、矢張り美しかった。
だが、そうやって追っていたのも束の間、いつの間にか先生の姿が再び見つからなくなった。確かに追っていたはずなのに、何処にいるのか、不思議な程に見当が着かなくなっていた。その時、路地裏の静けさに、この細く狭い闇が何処までも続くような気がした。自棄を起こして辺りを壊すことすらままならず、穴が空いたような感覚に、どうすることも出来ずにただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「御前だったか。久しいな」
背後から、唐突にその声が聞こえた。
慌てて振り返る前に、優しく肩に手を置かれた。
「息災だったか。」
「あ、貴女様は...。」
優しく包み込むような声に、泣き出しそうになった。それを堪えて声を発するが、その声になんの宛もないことも知っていた。
「時ももう遅い。少し、茶の薫りの中で話そうか。」
言われて気づいたが、既に日も落ちて星が燦然と輝いていた。
先生が指す向こうには、古びた小さな建物があった。
小さな建物は、その実カフェだった。木の匂いが時代を感じさせ、何処か懐かしさを醸造していた。時間のせいか、中にいる人は店主らしき人と、バイトと見受けられる子供しかいなかった。
先生に連れられるように、窓際の席に着いた。
「此を二つ。」
ワカモを無視しながら注文をする先生に、店主は無言で頷いた。
その実、この期に及んでワカモは何を喋ろうか思いあぐねていた。何せストーキング行為がバレた上に、その相手が目の前に座っているのだ。未だに恐怖も心のどこかに植わっている。この奇妙な感情の混ぜあいに、当惑することしかできなかった。
いずれ紅茶が二人の元に差し出され、目の前の大人はそれを早速飲み始めた。だが、ワカモ自身は飲む気になれなかった。紅茶が嫌いという訳ではなかったが、この場が設けられたことに対する複雑な心持が、中中に飲む気を躊躇わせた。それを誤魔化すように、先生の所作や顔、眼を見遣る。矢張り、美しい。当の本人は何も感じていないように見えるが、それが却ってワカモの心を刺激していた。
「飲まないのか。」
唐突に、先生がそう言った。
「いっ、いえ」
「そう焦らずとも好い。御前のタイミングで飲めば善いのだよ。」
落ち着き払った、無感慨な声で諭された。その言葉に、余計に心を乱される。
焦る様相が表に出ていたのか、先生は手に持っていたカップを置き、再び正面からワカモを捉え、口を開いた。
「少し、話をしようか。」
そう言いながら、先生は窓の外を見遣った。
連れて外に目を向けると、そこには綺麗な星空があった。あの日の日が照る空とは違い、静かに皆が等しく瞬いていた。
「御前は、私を恐れている様だな。」
星空を眺めていると、その言葉がワカモを刺してきた。単刀直入なその言葉に、返す言葉を失った。心のどこかで恐れているのは事実であったのも、それを助長したのかもしれない。
「今も尚、そうであろうか。」
「いえ、私は――」
「繕うことはないよ。御前の心の儘に話すが好い。」
正直に話せということだろうか。今は、あの時の恐怖と、それ以上に心の中を覗き見られるような不快で不可解な感覚があった。
だが、それは真実本意なのだろうか。逸らすように見ていた空から目を離し、再び確と先生の眼を見た。
あの時と同じ、黒く吸い込まれそうな眼だ。深淵と形容できよう。だが、ただその黒の中にあるのは、恐怖ばかりではなかった。
全てを飲み込む邪悪さと、それでもなお心地の良い安堵が、同時にあった。真夜中の様な暗さなのに、その在り様は太陽のようで、また眩むような心地がした。
だからこそ、ワカモは答えた。
「――ええ、確かに、貴女様が恐ろしゅう感じることもあります。ですが、それ以上に――貴女様のその美しさと残酷さを、お慕いしたいので御座います。」
その答えに、目の前の大人は満足したように頷いた。
「それなら、御前は、あの星々をどう視る?」
再び、先生が外を見遣った。星はまだ燦然と瞬いている。
その言葉に答えるべき言葉は、昼間の太陽のように、今なら直ぐに見つけられた。
「壊すもの、ですわ。
あの明るく輝くモノ、あれらを全て、余すことなく壊してみたく、御座います。」
その言葉に、先生はただほう、とだけ答え、少し口角を上げた。
「矢張り、御前は私と似ているな。」
「似て...おりますか?」
その言葉に疑問を投げかけると、先生は愉しそうに続けた。
「私は嘗て、星々を見ても涙を流すことなく、それらを指先で抓み壊すことだけが愉しみだった。今も尚そうなのだろうな。
其の残酷さに、私は私自身を呑み込んだが――御前の今の眼には、また新たな輝きが宿っているな。」
「ええ、貴女様の陽の様な眩しさと残酷さが、私にはとても眩しいのです。」
そこまで言って落ち着くと、喉が渇いていることに気づいた。
そこで漸く、目の前にあった茶を啜った。
何処か、懐かしい味がした。
「これは...。」
「茶を焙じたものだよ。生姜が入っているから、薫りも善い。」
その言葉の通り、生姜の味がして、中々に飲みやすい味だった。
「偶には、昔を懐かしんでみるものだね。御前との話は、遠く過ぎ去った嘗てを見ている様だった。」
そう言うこの人は、少し楽し気な顔していた。
その柔らかな顔が、一層ワカモの柔らかな心臓を突いてきた。
二人が飲み終えた時、丁度店が畳まれる時間だった。
会計を済ませて店を出て、暫く共に歩いていた。
「独りでも大丈夫か。」
「ええ、構わなくても大丈夫で御座います。」
「そうか。また機会があれば、話をしようか。」
「是非♪」
その言葉を契機に別れ、ワカモは再び一人になった。
静かな空気を肺いっぱい吸い込み、空を見上げた。星は尚も輝き続けている。
ワカモには、矢張りあの人は壊せない。それでも、その崩壊以上に、あの人は美しく、破滅的であった。
その存在に、壊せない眩しさに、目が眩む感覚が、確かにあった。
感想やお気に入り、評価などしてくれると作者がとても喜びます。
「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。マジで。
(作者は以降このテンプレを使い回しまくります。一々後書き考えるの面倒だもの。)