ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム   作:ひいろの鳥

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テストで結構空いてしまいました、申し訳ねえ。
以降は週一ペースを守れるように...したいなぁ。

ああそうそう、序にマシュマロも始めました。アイデアとかぶん投げてくれたら、めっちゃ嬉しいぜ!!!

評価感想お気に入り登録はしてくれると裸で狂喜乱舞するのでしてほしいぜ!!!(乞食)


黒見セリカは受け入れない

黒見セリカは、今ここに用意された場に落ち着きを取り戻せなかった。

目の前では、一人の大人が優雅に茶を啜っている。その大人の正体はシャーレの"先生"だ。

黒見セリカは、先生のことを受け入れていなかった。

理由は単純だった。

先生が、このキヴォトスの中でも指折りの異質なものだったからだ。

彼女に対する世間からの評価はそれなりに高い。

ミステリアスな雰囲気を纏っていて近づき難いが、生徒相手に頼まれたことなら快諾し、早急に事を済ませるのだという。

実際、セリカも彼女に助けられたし、その点では先生のことを信頼しているといっていいだろう。

それでも、決して何処かに雑じることなく、ただそこに在り続けるその居住まいが、どうにも異物としてしか受け止められなかった。

今現実にある状況から目を背けるように、そのことについてふと思い返してみた。


初めて会ったのは、セリカが近所のカフェでバイトをしていた時だった。

見慣れぬ格好をした大人がぬっと現れたのだから、それはもう驚いた。だが、その時点ではその人を先生だとは認識していなかった。

その大人は興味深げに茶葉を見て周り、そのうちの一つを購入した。

その後も、度々現れては茶を頼んだり買ったりしていた。時には他所の生徒を連れ込んだ時には、もしや何らか凄い人では無いのかと訝しみ始めたが、それを正面から聞くことは流石に憚られた。

ひと月ほど経つと、すっかり店の常連になっていた。だが、それでも名前はまだ知らなかった。その為に、店主とは「黒いお姉さん」などと雑な命名を勝手にしていた。

 

彼女の正体を知ったのは、丁度その時ぐらいだった。

その時、アヤネがシャーレなる組織に物資の補給を連絡していた。

シャーレとは何なのか聞くと、超法務的機関とか何とか言われた。

 

「つまり...どういうことなの?」

「生徒の頼み事を聞いてくれる便利屋...みたいな感じだと思う。」

「ちょっと、幾らなんでも怪しすぎない!?」

 

流石にそんな組織が堂々と出来たという話には耳を疑った。アヤネ自身も半信半疑らしかったが、今はこれを信じるしか無いとも言われた。

それは──正論だった。何せ物資が底を尽きかけている上に、ヘルメット団がまだ学校に押しかけたりもしている。

だが、それでもセリカが受け入れられなかったのは、一重にその得体の知れなさのせいだろう。その存在自体が信じられなかったとも言える。

しかしアヤネは既に連絡をしてしまっている。もし物資が届いたら万々歳だな、その程度に考えていた。

だから、翌日に起きたことが現実だとは、その時は到底思えなかった。

 

その日も、いつも通りアヤネと一緒に登校していた。シャーレのことについて話すのも癪で、結局他愛も無い話をしながらダラダラ歩いていた。

そして、何事もなく一日が始まるのだろうと、部室の扉を開こうとした。違和感を抱いたのはその瞬間だった。

セリカは獣の神秘を持つ為に、一際鼻が効く。その為に、扉の奥から漂う妙な香り──丁度、カフェで嗅いでいるような茶の香りが鼻腔を擽った。

 

「...アヤネちゃん、ノノミ先輩って紅茶飲まないよね。」

「き、急だね...確かに飲んでるところは見ないけど...。」

 

じゃあ、この奥にいるのは誰なんだ。

咄嗟に銃を構えながら、慎重に扉に手を掛け、ゆっくりと開いた。

隙間から、じわじわと香りが広がっていく。その最奥に佇んでいるのは、あの──黒い大人だった。

 

「って、何であんたがここにいるのよ!?」

「だ、誰ですか!?」

 

二人の声が同時に部屋に響いたが、目の前の大人は尚も泰然としている。

 

「セリカちゃん、この人を知ってるんですか!?」

「...バイト先のカフェの常連さん何だけど...なんでここに居るのよ!」

 

再度そう問うと、漸くその大人は顔を上げ、目を開いた。

黒く、吸い込まれそうな眼だった。それに何処か不安──畏れといっても良いのかもしれない、言いようも無い何かを覚えて、震える手を抑えながら再び銃を構えた。

 

「そう身構える事は無いよ。」

 

その大人は、手を翳しながらゆっくりと口を開いた。

銃を突きつけられても、何も思わないその様子に、却って益々身を強ばらせた。

 

「あなたは、だ──」

 

誰なのよ、そう言おうと口を開いた瞬間、それを遮るように目の前の大人は続けた。

 

「人とは常に飢え、渇くものだ。それを満たす為に、互いを貪り、或いは啜るのだろう。だが、その力も無い者は、何れ喰われるだけに過ぎないのだよ。

先ずは其の肉の飢えを満たしなさいな。そうすれば、其の飢えの本質も自ずと視えてくるものだよ。」

 

突然そう捲し立てたかと思うと、傍らから何かを取りだした。

それは──物資だった。丁度、アヤネが頼んでいたものと一分も違わずに、それらが積まれていた。

それらは、目の前の大人がかのシャーレから遣わされた者だという、紛れも無い証拠だった。

 

「私はビナーと云う。御前達の好きに呼ぶと好い。」

 

そこで漸く、目の前の大人の正体が、一月越しに判った。

 

「ビナー...先生って呼べば良いですか?」

「構わないよ。」

 

アヤネからの質問を軽く受け流して、ビナーはまた座り込み、茶を飲み始めた。

 

「ちょっと、それだけなの!?」

 

その態度が気に食わなかったせいか、声を荒らげてしまった。

それにも関わらず、大人は平然と座り、黙していた。

今はまだ、話すことは無いとでも言いたげな様で、それがまたセリカの気に触った。

 

「だいたい、私はあんたを信用してる訳じゃ──」

「落ち着いてお呉れ。怒りは目の前を冥くするだけに過ぎないのだよ。」

 

そう言いながら顔を上げ、今度はその眼が真正面からセリカの顔を捉えた。

その瞬間、本能的な何かに駆られ、体が冷え冷えとして凍てついた。銃を突きつけては行けない、決して勝てない相手だと、恐怖が理性を押し殺す。確たる証拠は何も無いのに、何の素振りも言動も無いのに、目の前の大人が静かに手を振り翳すだけで、首が飛んでしまいそうな、酷く厭な未来すら視えてしまう。無論、それが現実に起こる筈がないと理性は必死に訴えていたが。

 

「と、取り敢えず先輩に知らせないと──」

 

アヤネのその言葉で、漸く現実に引き戻された。

ビナーは、既に先程と同様茶を啜ることに戻ってしまっているようだった。先程の冷めた視線は、既に無かった。

 

「ちょっと呼んでくるね。」

 

そう言い残し、いつも先輩が寝ている空き教室に足を運んだ。

砂を踏み締めながら、扉の前に立ったが、扉の向こうから音は聞こえない。だが気配だけはあるから、矢張り寝ているのだろう。

 

「いつまで寝てるのよ、先輩!」

 

半ば怒鳴りながら、扉を開けた。

その中には、予想通り桃髪の少女が、予想外に起きたまま窓の向こうを見ていた。

 

「...先輩、起きてるのよね?」

 

そう言いながら近づいても、先輩は振り向きもせずにじっとしている。

まだ寝ているのか、そう思いながら、じわじわと距離を詰めていく。

 

「ホシノ先輩...?」

 

まだ彼女は動かない。寝ているようには見えないが、呆としているのだろうか。

また一歩近づき、肩に手を乗せようとした。

その瞬間、手首に激烈な痛みを感じた。

捻られた、そう脳が処理するより早く、銃口が眼前に突き付けられた。

 

「...セリカ、ちゃん...?」

 

目の前にいる先輩は、意外そうな顔をして手首を握る力を弱めた。

 

「ちょっ、ホシノ先輩、急に何なのよ!?」

 

慌てて手を引っ込めたが、まだ手首は痛んでいる。

目の前の彼女は、何も答えずにただ呆けていた。

その眼は、遠くを見ているようにも、何かを恐れているようにも見えた。

 

「...ごめんね、私、疲れてたみたいでさ。」

 

そう言いながら立ち上がったが、その瞬間に少しふらついた様で態勢を崩しかけていた。

 

「ちょっと、本当に大丈夫なの!?」

「だ、大丈夫だよぉ~、さっきは寝ぼけてただけだって~!」

 

うへぇ、といつもの調子を戻そうとしているが、その笑顔は引き攣っていた。

 

「それで、どうしたの?もう会議の時間だっけ?」

「いや、えっと――」

 

何を話そうとしていたのか、先程の衝撃で飛んでしまっていた。

 

「――もしかして、あの大人のこと?」

「それよ、それ!!というかもう知ってたの!?」

 

そう言うと、また顔が翳った。

そのままの顔で、彼女は部屋から出ようとしていた。

 

「あの大人に、何かされたんでしょ!!」

 

去ろうとしている背中に、辛うじてその言葉を投げかけた。

その言葉に、歩みが数舜止まった。

 

「――今は信じるしかないよ。」

 

背を向けたままそう答えて、彼女はまた歩き始めた。

 

「でも!」

「私が何とかするから、セリカちゃんは安心してよ。」

 

否定の言葉を紡ぐ前に、先輩は振り返って優しく微笑みながらそう答えた。

それでも、そのぎこちない笑みに納得はいかなかったが。電灯のついていない廊下に出ていく先輩の背中を追いかけるのに、その時は必至で、問い詰めようという気はいつの間にか雲散していた。

代わりに、先生とかいう大人に対する怒りが、廊下の砂を強く踏みしめさせていた。

 

先輩と再び部室に入ると、ノノミ先輩やシロコ先輩も既に部室に入っていた。

ビナーとの挨拶は既に済ませたのか、二人は何事もないように居座っている。

ホシノ先輩も、先程纏っていた雰囲気を掻き消して――或いは潜めて、ソファにだらしなく寝転んだ。

 

「ちょっと、起こしたばっかじゃないの!!」

 

そう言いながら彼女を起こそうとすると――外から、銃声が聞こえてきた。

 

「ひゃーははは!!」

「既に奴らの補給は断たれている!学校を占領するのだ!!」

 

多少くぐもっている声から察するに、またヘルメット団が来たようだ。

 

「あいつら、また性懲りもなく――!!」

 

シロコ先輩はそう言いながら、窓から飛び出した。

それに続いて、ノノミ先輩も銃を担いで外に出た。

 

「とにかく、ホシノ先輩も一緒に行かないと!!」

「うへぇ、しょうがないか~...。」

 

そう言いながら、寝惚けたような先輩を連れて、セリカも外に向かった。

ビナーはと言えば、校舎内から静観しているだけだった。特段慌てる風もなく、指示も出さずに、まるで見守るかのように眺めるだけだった。

 

「よし、このままアジトも叩きに行っちゃおっか。大丈夫かな、先生?」

『御前達の為したいようになさい。』

 

ホシノ先輩の提案にも、通信機越しにそれだけを言って無言に立ち返った。その無言を同意の間と捉えて、全員動き出したが、先程の声に興味関心というものが一切込められていない様に思えた。

 

結局、物資はあったから勝利は余裕だったが、あの態度は少し――否かなり納得し難かった。

勿論、先生が前線に立つことはないという話は聞いてはいた。聞いてはいたが、それにしても何もしていない。些か期待外れだったし、そこから湧き上がる怒りもまたあった。

 

「ちょっと、何もしてないじゃないの!!」

 

学校に上がるなり、その言葉がビナーに向かって飛び出た。言わずもがな、セリカの怒声である。

それにビナーは眉一つ動かさず、本を読み続けていた。

 

「まあまあ、勝てたことですし...。」

「それにしてもよ!興味無さそうな顔しちゃって!!本当にシャーレの先生なの!?」

 

アヤネの制止も聞かずに、感情に任せてビナーを怒鳴りつけた。

 

「私は唯見守るだけに過ぎない。」

 

その一言だけを言い残し、その後は押し黙ってしまった。微妙な空気が部屋に残り、居づらさが更に頭を熱した。

ソファに荒々しく座り込み、うつ伏せになって、目の前の大人から目を背けた。

借金問題も、そうやって目を背けれたら良かったのに、そう言った失望に近い感情が、暗くなった視界の中に充満した。

 

「せ、セリカちゃん──」

「セリカ、それは...。」

 

周囲の反応に、セリカは慌てて顔を上げた。

皆の顔を見回したが、ビナー以外は一様に面食らったような顔をしている。

 

「も、もしかして私──」

「言っちゃいましたね〜‪☆」

 

瞬間、先程までの熱がセリカの中から完全に引いていった。この学校の恥部と言えよう事実を、よりにもよってあの大人に知られてしまった、その事実に顔が青ざめていくのを肌で味わった。

 

「まあ、言ってもいいんじゃない〜?」

 

ホシノ先輩は、柔らかい口調でそう言った。

 

「でも、ずっと私達だけで解決してたじゃない!それに、この大人は──」

「今はまだ、何もしてないんだよ、この大人は。

まだ──牙を向けるべきじゃ無いと思うな〜。」

 

セリカの怒りを鎮めるように、変わらない物言いでホシノ先輩は諭してきた。

 

「それでも、私は認めないから!!」

 

その言葉には、認めたくないという感情も多分に含まれていたのだが。

この一連のやり取りになんの感慨も示さないあの大人に対する嫌悪感もあっただろうか、己の身を押し潰してくる空気に耐えきれず、結局教室を飛び出してしまった。

廊下の空気は冷え冷えとしていて、目眩のする熱を少しばかし冷やそうとしてくれているようだった。その優しさの中に、あの大人がいることが──どうしても許せなかった。だが追い出す方法も思いつかずに、結局セリカ自身が学校に背を向けるしか無く、足早に学校を去っていった。

 

 

 

「悩んでるみたいさねセリカちゃん。」

 

バイト先の一つであるカフェに行っていつもの様に準備していると、店主からそう声を掛けられた。

 

「急に何よ店長...。」

「思ったことを口に出しただけさね、それでどう、あってる?」

 

平素の様にうざったく声をかけてくる。良い人なのだが、その分誰かと話してないと死んでしまうかの様な性質が一層悪く際立っていた。

 

「...何もありませんよ。」

 

何も無いことは無かったのだが、頭が冷えている今では、あの状況で悪いのは自分なのだと気づいていた。だが、それだからこそ、それを店長に話すのは憚られた。

 

「ふぅん...早く向き合ってちゃんと話したほうが良いと思うよ?」

「へぁ!?」

 

店主から藪から棒にそう言われ、手に持っていた皿が音を立てて割れ落ちた。

 

「ちょっ、何か知ってるの店長!?」

「いや、その年頃で悩みだったら恋か喧嘩で相場が決まってるから...当たってた?」

 

何ともまあ適当な人なのだろうか。だが、こうなってしまっては言い逃れも出来ない。

 

「まあ...はい...。」

 

結局、曖昧に返事を濁して割れた皿を回収した。

向き合っていない――そう言われても仕様がなかった。あの大人の瞳を思い起こすだけで、身の毛がよだつ。否、あの大人自身は何一つしていないのだ。だが、何もかも知っていそうな態度と冷え切った視線、それでいて何もしない振る舞いに感じた不気味さが、あの姿を直視することを許さなかった。

それでも、今のままではいけないのだろうとも、それとなく感じてはいる。ホシノ先輩の言う通り、まだ信じるべき――なのだろう。どうにも受け入れ難いのも事実ではあったが、受け入れることが最適なこともまた事実であった。

その矛盾がどうにも耐え切れず、また無性に腹が立ってしまった。

その日にビナーがカフェに来なかったことは幸いだろう。或いは、他のみんなが止めたのかもしれないが、それは定かではなかった。

 

 

 

次の日は偶々学校がなく、一日中ラーメン屋で働こうと思っていた。何故かはわからないが、ビナーはこのような店には来ないだろうという不思議な勘がそこにあった。

それでも、先輩達が店に来ることは予想外だったが。

 

「それで、あの大人はいないの?」

 

ふと、気になることを聞いた。来ないとは思っていたが、実際いないと何か欠けている様な妙な気分になる。

 

「あら、セリカちゃんも気になっちゃいますか~☆」

「そ、そういうんじゃないから!むしろ居ないほうが良いわよあんなの!!」

 

つい大きな声で叫んでしまい、大将から睨まれ慌てて声を落とした。

 

「あはは...先生は掃除をすると言っていましたし、学校にいると思いますよ?」

「そうなのね、まあいいわ。」

「...セリカは、まだあの人のこと嫌ってる?」

 

唐突に、シロコがそう聞いてきた。

 

「...嫌いというか...。」

 

怖い、とか不気味だ、みたいな形容があってるのだろうが、今この場でそれを言うことは、流石に人前である分憚られた。

 

「まあまあ、取り敢えず注文していいかな~?」

 

ホシノ先輩が良いタイミングでそう尋ねてきたことから、この話は一旦中止になった。

セリカにとって、ホシノの気持ちは自分と同じだろうという、確証のない確信があった。だからこそ、この助け舟は知っているからこそのものだろうと思った。

 

皆が帰った後も暫く営業は続き、結局帰るのは夜になってしまった。

実のところ、夜はそこまで嫌いではなかった。冷え冷えとした空気が、気持ち悪いほど熱された頭を、自然と冷やしてくれるからだ。

それでも、人がいない、ということは些か寂しいものでもあった。決して夜だけが原因ではないのだろう。そして、それを解決するためには――

またあの大人の顔がチラついた。それがやりきれなくて少し地団太を踏みかけたが、冷えた空気が冷静さを取り戻させた。

――否、頭を冷やしたのは、それもまた夜だけではなかった。

周囲から物音がする。人の気配だ。一人、二人...それ以上か、何処にどれだけいるのか見当もつかない。

じっと姿勢を低くして、様子を窺うと、正面から数人のヘルメット団が現れた。

 

「ちょっと、こんな時間に何か用なの!?」

 

そう言いながら銃を突きつけたが、相手達は無言で銃を構えてくる。交戦の意思があるものと見なし、引き金を引こうとした。だが、その指は背後から響く銃声に抑えられた。

痛む背中を抑えて、背後に目をやると、そこにも同じようにヘルメット団が待ち構えていた。

逃げなければ、本能的にそう思った。

 

「捕らえろ。」

 

無情に鳴る声とともに、背後から爆音が響いた。次いで、痛みが全身に走る。

その音が違法な爆薬のそれと分かった時には、既に体は動かなかった。

最初から、自分を狙っていたのか。

そう思いながら、セリカはゆっくりと意識を手放した。

 

 

 

次に目が覚めたのは、暗く狭い箱の中だった。身体が揺さぶられているし、トランクか何かに詰められているのだろうか。それじゃあどこに連れていかれるというのだろう。

先程とは質の違う暗闇に、重大な恐怖が真隣に居座っている。怖くて息が詰まる様に苦しいが、閉塞されているからか声が出ない。

そこで漸く初めて、セリカは死というものを感じ取った。嗚呼死ぬってこういうことなのかと、意外と冷静な頭は判断した。それでも苦しみと恐怖は収まらず、次第に目から涙が溢れ出てきた。

 

「ちょっ...なんかタイヤ動かねえんだけど...。」

「はぁ?ちょっと貸せって...どうなってんだコレ、パンクしてんのか?」

 

暫し揺られている感覚が続いていたが、それが急に止まった。困惑する間もなく、それと同時に、外から爆音が聞こえ、身体が大きく横に倒れた。

次いで、視界に急に光が戻ってきた。一瞬間は眩しさに目を閉じたが、やがて目を開けると、そこにはアビドスの皆の姿があった。

 

「ん、べそかいてるセリカを救出。」

「寂しかったのね〜パパ謝るよ〜!!」

「じゃあ私はママですね‪☆」

 

先輩達が口々に好き勝手言うこの光景に、漸く現実に引き戻された。帰って──これたのか。

また泣き出しそうになったが、それもまた馬鹿にされそうで堪えた。

 

「ありがとう、先輩達。」

「ん、先生にも感謝すべき。先生が居なかったら間に合わなかったかも。」

 

シロコはそう言いながら、後ろの方に目を遣った。その視線の先には、例の大人がいた。

 

「...どういうことよ。」

「セリカが誘拐されたって分かった時、真っ直ぐ向かっていった。」

 

そう言うシロコの顔は少しばかし微妙で、他に何か言いたいことでもある風だった。

だが、それを聞くことは──あの大人の正体と瞳の奥の秘密を知る事になりそうで、何となく怖かった。

結局、先輩達に押し出されるように、ビナーの元に向かった。

 

「えっと、その...。」

 

感謝の言葉を述べようとしたが、前に立つとその言葉が吹き飛んでしまった。どうにもこの大人の前では素直になれない。

それでも何とか言葉を出そうとすると、唐突に頭に何かの感触が乗せられた。撫でられていると気づくのに、少しの時間がかかった。

 

「能く耐えたね。安寧に睡りなさい。」

 

その言葉と共に頭から手が離れ、そのまま足音を立てずにビナーは何処かに去っていった。

 

「私達も帰りましょう!」

「そうだね〜、セリカちゃんは身体大丈夫?」

「え、えぇ、まあ...。」

 

実の所、ビナーがあの様なことをするとは思っておらず、暫くそれに気を取られていた。

漸く、事前の評判が本物なのだと判り、それとあの瞳の奥に潜むものとの差異に、矢張り板挟みにされた。

それがどうにも気持ち悪くって、呑み込めない感触が苛立ちとなって襲ってきそうになったが。

夜の寒さは、怒りを冷まして、セリカの喉奥にそれを押し込んだ。


その後、また何事も無かったようにカフェでバイトをしていた時の事だった。

セリカの頭の中は、矢張りビナーのことでいっぱいだった。

セリカには未だ、あの大人のことが受け入れられてなかった。助けてくれたのは確かだが、どうにも、何もかもが他人事の様な態度をとっている。何もかも、自分の埒の外で起こっていることの様に、静観した物言いをし続けている。あの後に会議やら便利屋の襲来やらあったが、あの大人は何もしていない。関わろうとしていない様にも思えたが、しばしば茶の差し入れや何かしらの工面をしてくれている様で、余計に分からなかった。そのハッキリしないモヤモヤとした塊を、呑み込むことは出来そうになかった。

 

そんな事を考えていると、扉が音を立てて開いた。

挨拶をしようと顔を上げると、そこにはビナーが立っていた。

 

「ちょっ、何でいるのよ!?」

「茶葉を買いに来ただけだよ。」

 

驚いた声と対照的に、至極落ち着いた声でそう答えられた。セリカの声に反応する様に、奥から店主が顔を覗かせた。

 

「おや黒いお人じゃないかね、久しぶりさね、最近此方に来られてなかったでしょ?何かあったの?」

「一つの茶に拘り続ける必要は無いからな。だが、昔見た星を懐かしみ探す事もまた、心躍ることだからね。」

 

店主のお喋りにも平素の様に答え、適当な席に着いた。店主はと言えば、ほぉんとかよく分からない音を出して、セリカに注文を受けるように命じた。

本当は、未だあの大人の元には向かいたくなかったが...命令に逆らえるはずもなく、結局独りビナーの元に足を進めた。

 

「注文は決まったの?」

「──御前は」

 

注文を尋ねようとすると、ビナーは唐突にそう口を開いた。

 

「私を未だ呑み込めぬ様だね。」

「は、はぁ!?」

 

藪から棒にそう言われ、また声が出てしまった。幸いにも、客はビナー一人しかいなかったから、それが聞こえたのは彼女と店主だけだった。

 

「落ち着きなさいな。そうだね──店主、焙じ紅茶を二つ、此の子供も暫し借りるよ。」

「あいよ〜」

 

軽い返事でセリカの身代はビナーに取られ、暫くして紅茶も二人の前に置かれた。

セリカに構わず茶を啜るビナーを見ながら、何故こうなってしまったのかを考えようとした。けれども、成り行きとしか言い様がないこの状況に、また苛立ちが隠せなくなりそうだった。

その瞬間、あの冷めた視線がセリカを射抜いた。

 

「御前は私をどう視るか。」

 

また唐突に、ビナーはそう聞いてきた。その口調に苛立ちを覚えそうになったが、冷え切った視線はその苛立ちを凍えさせた。この寒さは、少し苦手だった。

 

「どうって...。」

「躊躇う事は無いよ。唯、御前の心の儘に話すが好い。」

 

その言葉にまた少し躊躇したが、また熱くなりかけた頭に任せて、言葉をぶつけた。

 

「あんたなんて嫌いよ。」

「私が何処にも属さぬからか。」

 

心を見透かされたようにそう答えられ、また一段と熱くなった。

 

「そうよ!その何もかも知ってそうな態度も!何もしないのも!!全部嫌いよ!!!」

 

心のままに、爆発するようにそう捲し立てた。もしかすると、心の奥底で感じている恐怖を掻き消す為に、感情が溢れ出たのかもしれない。それでも、ビナーは何事もないように座っている。

 

「私は唯、私が識っていることを識っているにすぎない。

御前が私に恐れを抱いていることも、またな。」

 

愉快そうに薄く笑いながら、目の前の大人はそう答えた。

それに怒りを以て応えようとすると、その前にビナーが続けた。

 

「星は皆、己の明さを識らぬが故に、私は眺め導く事を択んだ。昔は壊すことにしか愉しみを見出せなかったが、御前達の輝きを視ることもまた、悦ばしいことなのだよ。」

 

何を言っているのかいまいち分かりづらく少し考えている間に、ビナーはまた続けた。

 

「私は星空の一部に成れなかった落伍者と云えようが、御前達は確り御前自身の星を見詰ている。

私を恐れることは無いよ。そうだね――私は御前達の云う"先生"として此処に居るが為にな。」

 

そう言うビナーの眼は、心なしか少し優しかった。先程の冷たさは無い。何となく、恐怖心は薄らいだ気がする。我ながら単純だとそう思った。

 

「でも――何もしてないじゃないの。」

 

否、何もしていない事はないということも、心のどこかでは分かっていた。分かってはいたが、目の前の大人を兎に角否定したかった。

 

「此の噺はそう単純なものでは無い。」

 

諭すようにそう言って茶を飲み干すと、ビナーはまた口を開いた。

 

「私は先生として此処にいるが、異物であることに変わりは無いだろうね。

だが、私はそう在らねば為らないこともまた事実だ。此の噺が終る迄は、私も導く者であり、星空に雑じらぬ者であり続けるだろうよ。」

「結局何が言いたいのよ!!」

「其れは御前の中にあるよ。気付いたことを、其の儘見詰ればいいんだよ。」

 

結局溢れ出た怒声も軽くいなし、ビナーは席を立った。

セリカの目の前には、冷めた紅茶しか残っていない。

 

自分が何を気付いているというのだろうか。結局何も分からないままだ。

でも――

 

私も導く者であり、星空に雑じらぬ者であり続けるだろうよ。

 

その言葉は、いたく耳にこびり付いていた。

何事にも属さずに、ただ教え導く者。あの人はそう在り続けているという。

先生とは、そういうものなのか。

それでも、矢張りそれが受け入れ難いようにも思い、冷めた紅茶を飲み干しながら、外を見た。

外では、星が燦然と輝いていた。

 

「相性ってもんはあるわな。」

 

店主が後ろからそう声を掛けてきた。

 

「でも、受け入れられないような相手でも、一回受け入れてみると、何となく変わってくるさね。」

「...うっさい。」

 

店主はケタケタ笑いながら、また奥に引っ込んだ。

未だ、ビナーという大人のことは受け入れ難かったが。

先生を、一回受け入れてみるのもいいのかと、冷たくなった頭で、そう思えた。




感想やお気に入り、評価などしてくれると作者がとても喜びます。
「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。マジで。

ましまろ開けました、アイデアがあるなら至急連絡くれや
https://marshmallow-qa.com/pfrcn2t7nqzsj38?t=oA89ZD&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

それと司書補シャオの立ち絵も概要に載せておき...たかったけどやり方が分からないのでまだできてません、すまねぇ!
出来たらやります、はい。
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