ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム   作:ひいろの鳥

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こちらでも、明けましておめでとうございます。これからも週一ペースで続けていくので良しなに。
さて、今回はリクエストを頂いていた便利屋68...もとい、アルちゃん回です。リクエストは適宜こうして消化していく予定なので、くださると有難いです。ちなみに戦闘描写はクソザコです、許して...。

そういえば、別作品のほうなんですが、ファンアートを戴きました。ファンアートを投げつけてくれると作者が喜び散らかすので、もし描いてくださるのであればDMなり作品名をつけて投稿なりすれば捕捉します。FAタグは...なんか自分が作るのは烏滸がましい気がするので作れと言われるまで作りません。悪しからず。

毎度のことながら、評価感想お気に入り登録は有難く頂戴しております。してくれると励みになります。


陸八魔アルは頼らない

陸八魔アルは今、少しの緊張感と、それを遥かに追い越す興奮で溢れていた。

目の前に、憧れの人――ビナーと言う人がいたからだ。そして、この場にアルとビナー以外の皆が寝静まっていることもまた、僥倖だったといえよう。もし誰かが起きていたら、今のような顔は出来ていなかったであろうからだ。

アルは、目の前にいる大人に心底憧れの念を抱いていた。理由といえば単純に、ビナーが()()()()()らしいという、それだけといえばそうだった。黒ずくめの異様な恰好、得体の知れない力、嗜虐的な眼――その全てが、アルの持つアウトロー像と一致していた。子供の手本として在る先生には些か失礼かもしれないが、アルの眼に、彼女はお手本の様な悪として映っていた。

何故アルがこの大人のことをそう捉えているのか、話は幾らか遡る。


その日は、便利屋68の全員である仕事をしていた。仕事と言っても猫探しだったのだが、それでも手を抜く事は出来ない。勿論、アルの仕事に対するスタンスでもあったが、一番の要因といえば矢張りお金の問題だろう。この仕事すらもしくじれば、また暫くは飯を抜かなければいけない。否、アルだけならまだしも、他の社員達をその状況に追いやるのは、些か──否かなり心苦しかった。

幸いにも、此度の依頼には無類の猫好きであるカヨコが付いているから、直ぐに終わる――

筈だった。

 

「社長、そっちにに逃げたよ!」

「こ、こっち!?」

「アルちゃん、そっちは逆だよ~?」

「あ、こ、こっちにいました!」

 

路地裏の只中で、数えて四人の声が木霊する。その声の先に居るのは、一匹の猫だった。初動は、言ってしまえば失敗に終わった。思いの外警戒心の強い子だった様だ。それでもめげずに──折れてしまえば食費すら賄えないから、そして諦めるという選択肢がそもそも端から無いが為に、こうして四人揃って意地になって猫を追いかけ回している。

 

「今度はそっち!」

 

カヨコの言葉通り、猫は曲がり角を急な角度で曲がり切っている。それを息を切らしながらアルも追い掛けていた。そして、その果てしない追いかけっこはまた、直ぐに終わりを迎えた。

曲がり角を急いで曲がった先に、一見猫は見当たらなかった。代わりに目の前にいたのは、全身を黒を基調とした服で身を包んだ、アルよりも一回りか二回りほど背の高い大人であった。その大人は、アルの姿を認識すると、足音の一つすら立てずにゆっくりと近付いてきた。よく見ると、その両腕の中には、逃げ回っていた猫が、先程までの元気が嘘みたいに大人しく抱えられている。

 

「え、えっと、その猫は...。」

「此が、御前の捜していたものか。」

 

アルが言い切る前に、その大人は静かに口を開いた。その声色は、どこか厳かで、聞く者に依ってはある種の警戒心なども抱くであろうものだった。否、警戒心を抱かせるのは、やはり声だけでは無いだろう。そもそもこの世界では珍しい人間の大人である事に加えて、異様な格好と、少し開きかけている眼から差す妖しい眼光、それら全てが、人の諸々に敏感な子供達の意識を攫っていくものだった。遅れて追い付いた他の三人も、その例に漏れず、各々銃を構えかけた。

 

「そ、そうよ!どなたか知らないけれど、感謝するわ!!」

 

唯一、アルだけがそんな事お構い無しに明るく謝辞を述べていた。

アルの言葉に応えるように、大人は静かに抱えていた猫をアルに差し出した。矢張り、暴れる様子も無い。それをアルは素直に受け取り、また丁寧にお辞儀をした。

 

「こ、これはお礼に──」

「必要無いよ。御前達にも保つべき暮らしがあるだろうに、私は其れを奪いはしないよ。」

 

財布から慌ててお金を取り出そうとするアルを、大人は手を振りかざして制止した。まるで、彼女達の暮らしぶりを知っているかの様な口振りだったが──アルがそれに気付くことも無く、そのまま立ち去っていく背中をただ見送った。

 

「あ、アルちゃん、アレは...。」

「社長...。」

「あ、アル様...。」

 

あの大人が立ち去った瞬間、三人は口々に、不安と心配を覗かせながら、アルに声を掛けた。ただ後ろに立っていた自分達でさえそれなりの緊張感を植え付けられる相手だった、それに対して正面からぶつかり対話さえしたアルの精神を、三人は心配した。それはまともな判断だっただろう。だが、一つ、彼女達が見落としていたことと言えば──

 

「か、か...

 

カッコよかったわ...!!!

 

彼女が、陸八魔アル(世界で最も純粋なアウトロー)である事だった。

目を輝かせながら、彼女は三人の方に振り返った。その眼差しは、傑作のアウトロー映画を観終えた後のそれ──否、それ以上のものだった。その純粋な、人を疑うことを一切知らない眼に、三人の不安は何処かに飛んで行ってしまった。

 

「え、何で皆そんな顔してるのよ...?」

「...何でもないよ、社長。早く報告しなきゃ。」

 

戸惑うアルに、カヨコは冷静に返した。その言葉を受けて慌てて依頼主に電話を掛けるアルを横目に、カヨコは肘でムツキをつついた。

 

「なあに、カヨコちゃん?」

「...さっきの大人、ヤバいよね。社長はああだったけど。」

「...まあ、アルちゃんに危険が及びそうなら、ね?それまでは...さっきまでのあの眼、壊したくないじゃん?」

「それも...そうだね。」

 

小声で会話している内に、アルは報告を終えたのか、上機嫌に三人を引き連れて何処かの公園に向かっていった。どうやらそこで引き渡しを行うようだ。

目的地に着くまでの間、三人の頭の中には一様にあの大人の姿がこびり付いていた。だが、それが何だか厭で、振り払う様にアルに適当に話を振りながら、ダラダラと路地裏を歩いていった。

 

 

斯くして、便利屋68は一応のお金は手に入れた。そして、アルは軽率に、ラーメンを食べに行こうと言い出した。だが、彼女は考慮していなかった。滞納していた水道費や光熱費の支払いで、それなりの額が飛んでいくことを。

今、彼女達の目の前にあるのは、一枚の金色に輝く硬貨だけだった。

 

「えーっと...アルちゃん?別に無理にラーメンを食べに行かなくても...。」

「そ、そうです!私にそんな贅沢品なんて...。」

「...いや、行くわよ!一度提案したのを撤回するなんて、アウトローらしくないもの!!」

 

何ともまあ無茶な言い分だが、こうなった彼女を止める方法がそう無いことも、その場にいる全員が把握していた。結局、500円で一杯分のラーメンが食べれる、そんな夢みたいなラーメン屋を探し回ることになった。

そして、実際それはあった。アルは内心涙を流しそうなほど感動したが、それをお首にも出そうとせずに、意気揚々と一杯分のラーメンを注文した。そこには、二つの誤算があった。一つは、大将の気前の良さからか、実際に運ばれてきたラーメンが10人前は優にありそうな盛られ方をしていたこと。そしてもう一つは──アル自身は気付いていなかったが、依頼で倒さなければならない相手であるアビドス高等学校の生徒達が、挙ってその店に来ていた事であった。そうと知らずに、アルは彼女らと楽しく談笑した。その談笑相手が、数時間後には銃を向け合う相手だとは露知らずに。

 

「ラーメンも無料で大盛りにしてあげたのに!この恩知らず!!」

 

故に、そう罵られることも、仕方の無い事ではあった。だが、アルの興味は、実の所其方には余り向いていなかった。寧ろ 、その視線はアビドス生の奥に佇む、一人の大人に注がれていた。

 

「さ、さっきの人じゃないの...!?」

 

その言葉に、向こう側の生徒が一斉に大人の方を振り返った。

 

「ちょっと先生、どういうことよ!アイツらと関わりがあったの!?」

「彼の者達の失せ物を拾い上げただけだよ。」

 

子供達の逆上せた声にも、矢張りあの時と同じように静かに答えている。アルの見立て通りなら、間違いなくあの時の大人と同一人物だった。

 

「あ、貴女、何者なの!?」

 

咄嗟に、アルの口からその言葉が漏れ出た。それに対しても、大人は静かに言った。

 

「私はビナーと云う。」

「こ、こちらは、シャーレから来て下さったビナー先生です!」

 

やや言葉足らずな自己紹介を補うように、隣にいた子供がそう付け足した。

シャーレの先生と言えば、幾ら世間に疎いアルでも知っている。生徒第一で動き、生徒の頼みであれば何でも熟してしまう、それでいて一切の弱みを見せない無敵の大人──そんな評判が、色んな媒体から流れ込んで来ていた。アルは、自分の運命を恨んだ。シャーレの先生という強大な人間が居ることも然ることながら、恩を受けた人間をこの様に敵に回すことが、実に心に響いた。否、それで言えば、アビドス高等学校を襲う事も心底厭だった。だが、金と依頼の為に、アルは首を何度か横に振って決心した。

 

「良いわ!ビナー先生諸共、私達が勝ってみせるわよ!!」

 

そう啖呵を切ったは良いものの、アルの内心は矢張り不安で満ち溢れていた。シャーレの先生が、どの様に動くのかが全くの未知数だったからだ。

だが、そんなアルの予想を、ビナーは大きく下回った。予想以上に、何も──しなかったのだ。殆ど、否全くと言っていいほど、彼女は傍観しているだけだった。まるで、自分が干渉することは何も無いと言わんばかりのその態度に、前評判との落差を確かに感じた。それでも、負けてしまったのだが。

 

「お、覚えていなさいよー!!」

「あははっ、安っぽい敵役みたいだね〜」

 

そうムツキに揶揄われながら、便利屋68は事務所に撤退した。直後に、依頼主から半ば脅しとも取れる進捗の確認の電話が飛んできたが、アルは既に意気消沈していた。相手が強すぎるのもそうだが、それ以上に──矢張り、一度恩を受けた相手に牙を剥くことは、彼女なりの言い方で言えば()()()()()らしくないのだ。それで、暫くはソファの中でぐるぐるとあれこれ考えていた。それで何か拓けるかと言うと、そういうことは全く無かったのだが。

 

結局、その後も屡々、集団であれ個人間であれ、アビドスとの接触は続いた。そして、その背後には常にあの大人の影が顔を覗かせていた。とは言うものの、本当に覗かせているだけであって、先生本人が何かをしている素振りは、傍から見れば――少なくともアルの眼には何もしていないように見えた。その所為か、初めに抱いたアウトローらしいという率直な感想は、少しずつ薄れていった。

ただ、それでも敵に回したくは無かったし、依頼のこととも板挟みになり、どうしようもなくなっていることもまた、事実ではあった。

 

とは言え、そうしてうだうだとしている時間も、実際の所はそう長くなかった。勿論、依頼主に急かされたからだとか、そういう事情も多少はあった。序でに何故かアビドスの肩を持つ事になったり、ハルカの暴走でラーメン屋が爆発したりもしたが、それは些細なことだった。少なくとも、最も大きな要因は、依頼主からの圧力では無い。寧ろ──逆だった。

依頼主からの連絡が、ある日を境にパタリと途絶えたのだ。それと同時に流れてきたニュースも、これまた衝撃的だった。

 

『カイザーコーポレーション理事 未だ逃走中』

 

カイザーコーポレーションの理事と言えば、何を隠そう便利屋68の依頼主その人だった。何故彼が逃げ回る立場になっているのか、その真相をアルは全く知らなかった。否、元から黒い噂はあったのだろうし、他の社員達は気づいていたりもしたのだろうが、アル本人はその暗さを知らないまま、何も知らずに振り回されてばかりいた。兎も角、彼の失踪により、依頼も無くなってしまい収入も途絶えた。

──訳では無かった。

その後 、どういう訳か、比較的()()()な依頼が幾度か、それも定期的に舞い込んで来たおかげで、収入は一応の安定を保てるようになった。急に都合よく事態が好転するなんて事があれば、普通は少しでも疑う様な気もするが、純朴なアルは、これを単なる運の良さだとかツキが回ってきただとか、そう認識していた。

そして、その勢いのまま、次の依頼を受けた。それが間違いであり、またある意味では正解だと言えたかもしれなかった。

 

その日受けた依頼は、あるヘルメット団の一派の殲滅だった。それだけなら容易いことだと、アルはまた軽々しく受けた。実際、それだけだったら簡単なことだっただろう。

ただ一つ、大きな誤算があった。

 

「社長、あの武器...。」

「違法な奴みたいだね~」

 

瓦礫の陰に隠れながら話す二人の声が、通信機から発せられた。ブラックマーケットのジャンク品を継ぎ接ぎしたか、或いは隠し持っていた財力でもあったのか、相手方の使う武器は異音を奏でながら地面を抉っていた。

 

「処理、間に合いそう?」

「数が多すぎるわね...。」

 

そうぼやきながらアルも愛銃で敵を一人ずつ撃ち抜いていたが、キリがない...というよりも、増援が少しずつ増えていっているようだ。最近はどういう訳か数が減っていっているという噂も聞いていたし、普段横の繋がりが薄い彼らでもそうせざるを得なかったのだろうか、どちらにせよ厄介だった。

 

「このままだとジリ貧だけど...社長、どうする?」

「し、暫く耐えてちょうだい!」

「りょうか~い、まあ、倒しちゃっても良いんだよね?」

 

ムツキの楽しそうな声と共に、爆音が鳴り響いた。彼女が爆弾を投げたようだ。遠目から見ても、その爆煙は目についた。

それを見て一瞬安心したアルの頬に、何かが掠め取んできた。

直後に、アルの直ぐ後ろで、同じように爆発音と爆風が襲い掛かってきた。

煙の奥からは、戦車の砲塔が顔を覗かせている。あれが自分を狙っていたのだと、アルはすぐさま判断した。

 

「社長、大丈夫!?」

「え、えぇ...私は――」

 

大丈夫だと、そう言おうとした瞬間。

 

「アル様を傷つけるなんて...許せない許せない許せない!!!」

 

瓦礫の奥から、ハルカが飛び出した。

 

「は、ハルカ、止まりなさい!!」

 

アルの制止も聞かずに、ハルカは一心不乱に戦車の元へ向かおうとしていた。勿論、無策で突っ込んでしまえば、銃弾の雨に曝されることは必至だった。無論、それを良しとする者が居ないこともまた、確かなことだった。

突進するハルカに追い縋るように、カヨコも飛び出し、ハルカに銃を向ける者共を睨み付けながら、怯んだ者から順番にその頭を撃ち抜いた。カヨコ自身は認めたく無い様だが、こういう時に彼女の顔は役に立つらしい。

同時にアルの狙撃やムツキの爆発も重なり、一旦周囲のヘルメット団は蹴散らせた。

後は戦車を破壊するだけだ、その思いを壊すように――その砲頭が、カヨコとハルカの顔に突き付けられた。

回避も距離的に間に合わない、それを直感で二人は感じ取り、固く眼を瞑った。

次に感じたのは、爆撃――では無く、押し飛ばされる感覚だった。

横に押し出されながら、爆発が掠め、その風が全身に襲い掛かってくる。地面に投げ飛ばされながら視界が一瞬ブラックアウトした。直後、次第にカヨコの黒まった視界が開けていった。

その眼前にあったのは、全身ボロボロになった状態で倒せ伏す、ムツキの姿だった。

 

「ムツキ!!」

 

カヨコはそう叫びながら身体を起こそうとしたが、無理に動かしたせいか痛みで再び倒れそうになった。傍に目を遣ると、ハルカも虫の息でその場に伏せている。

目の前には、まだあの戦車と、奥から細々と現れるヘルメット団がいる。

もはや命運もここまでか、そう覚悟しようとしたカヨコの前に、一つの影が現れた。

 

「逃げなさい、カヨコ課長。」

「しゃ、ちょう...貴女はどうするの...。」

 

振り絞ってそう言うと、アルは振り返って言った。

 

「社員を見捨てて逃げるなんて、アウトローらしく無いじゃない?」

 

その顔は、この状況にも関わらず、不思議と眩しく見えた。

その言葉に押し出されるように、カヨコは倒せる二人を抱えて、足を引き摺りながら後方に向かっていった。背後を一瞬振り返ったが、アルの毅然とした背中が、構わず進めと言っているように思えて、そのまま二人を連れて撤退していった。


数は減ったものの依然として居るヘルメット団達と、未だ健在の戦車を眼前に、実のところアルは死を覚悟していた。否、死ぬことは無いだろう。だが、それでも暫く――少なくとも一か月は動けなくなるに違いない。治療費なんかも含めれば、全員が路頭に迷う――否、それ以上に酷い目に遭うだろう。

それでも彼女は、社員(なかま)が傷つく様子を見たくなかった。そもそも、軽々しく事情を鑑みずに依頼を受けた自分の所為なのだ。犠牲になるのは自分だけで良いと、アルはそう考えていた。

彼女の得物は狙撃銃、殿や引き撃ちしながらの撤退には幾分か不向きだ。だが、やるしかない。

向かってくる銃弾を、爆発で出来た瓦礫を壁に防ぎながら、戦車に狙いを向ける。これもジャンク品なのか、弱点は直ぐに分かった。

 

「覚悟しなさい!」

 

仲間をやられた怒りか、平素よりも声を荒げながら、戦車を撃ち抜いた。目論見通り、乱雑な改造を施された戦車は直ぐに轟音を立てながら壊れていった。

だが、まだ敵が全滅した訳じゃない。否、寧ろここからが本番だろう。何せ、数多の銃弾を掻い潜りながら撤退しなければならない。

一息ついて、緊張から来る吐き気を抑えながら、落ち着いて弾を一つ一つ込め直す。装弾数は数えて六発。再度込め直す時間は無い。頭の中で脱出経路を描きながら、それを作り終えると、覚悟を決めて瓦礫から飛び出した。

 

「出てきたぞ!」「撃て!!」

 

ヘルメット団のその言葉が響く中、後ろを振り返らないまま、身体だけを背後に進めていった。

 

一発。

直線状に並んだ者共を纏めて撃ち抜き、一瞬弾雨の止んだ瞬間を縫って後ろに歩を進める。

 

一発。

傍を掠める銃弾を気に留めないまま、最も腕が立つ様に見える者を確り撃ち抜く。

 

一発。

再び奥から影を覗かせる戦車を、先回って撃ち抜き壊す。

 

一発。

脳天目掛けて飛んでくる銃弾を相殺し、

 

一発。

お返しと言わんばかりに、纏まった相手方を貫き穿つ。

 

一発。

攪乱の為に撃ち、混乱の中路地裏の手前まで引き下がる。

 

銃撃を食らいながらも、何とか路地裏に入った。しかし、遂に弾丸は切れてしまった。それでも尚ヘルメット団はまだ残っている。

後は逃げ切るだけだと、そう思いながら後ろを振り返って走ろうとしたが、矢張り先程までで受けた攻撃が響いたのか、上手く足が動かない。結局、道の半ばで限界を迎え、倒れそうになった。後ろからは足音と怒声が聞こえる。ここまでなのかと、アルは最早諦念に覆われていた。それでも、三人は逃せた。それで十分かと、彼女らしくない弱音が、今にも零れ落ちそうになった。

 

「伏せなさい。」

 

静かで冷徹にも聞こえるその声が、路地裏に響いた。

その言葉に咄嗟に頭を下げた瞬間、頭上を、けたたましい音とともに何かが掠めた。

顔を上げると、そこには、あの大人が立っていた。

 

「せ、先生...!?」

「先ずは御前の身を御しなさい。」

 

そう言いながら、黒ずくめの大人はアルを追い越しヘルメット団達の前に立った。

無茶だとは、不思議と思わなかった。それは先程頭上を通ったナニカだけが原因では無かった。

 

「要らぬ草木も、見放せば孰れ花を喰らうものだ。少しは、手入れをして於かなければな。」

 

静かにそう言いながら、ビナーは何かを掴むように、手を上にかかげた。

直後、途轍もない振動が、身体の全身に、地面に、頭に響いた。

それに耐え切れずに目を伏せ、次にアルが見たのは――

 

先程まで立っていたヘルメット団が皆、倒れ伏す姿だった。

 

「立てるかい?」

「え、えぇ...。」

 

疲れ切っているせいか、答える声は弱かった。それでも構わずに、ビナーは手を差し出し、アルもそれを掴んでやっと立ち上がった。

 

「み、皆は...。」

「直ぐ奥で睡っているよ。」

 

そう言いながら、大人は路地の奥に向かったかと思うと、何人かの人を抱えて戻ってきた。間違いなく、先程逃がした三人だった。

 

「直ぐに休ませなさい。」

「も、勿論よ!」

 

アルの返答に満足するように頷くと、大人はカヨコを静かに差し出してきた。

それを受け取り、二人は気を失った三人を抱えながら、便利屋の事務所に向かっていった。


三人を事務所のソファに寝かせて、アルも応接用の椅子に座った。一旦座ると、先ほどまでの疲れが押し寄せてきて、立ち上がれなくなった。

本来なら来客には茶でも出さなければならないはずだが、此度はビナーが自分で淹れている。

 

「飲むかい。」

 

そう言いながら、ビナーはティーカップを一つ差し出してきた。中には、なみなみと紅茶が注がれている。

有難く受け取ろうと思ったが、思いのほか身体が動かずに、カップを持つ腕すら出せなかった。それでもビナーは文句を言わずに、静かに椅子に座り紅茶を飲み始めた。

 

「せ、先生はどうして、あそこにいたのかしら?」

 

本来なら感謝を先に述べるべきだろうが、アルの中はその疑問で一杯だった。

 

「庭の手入れは早急に済まさねば成らないが故にな。」

 

短くそう答えて、ビナーはまた黙ってしまった。

話したくない――訳ではないようだ。少なくとも、アルの目にはそう映った。何かを待っている様にも見える。

 

「貴女は一体――何者なのかしら。」

 

奇妙な間を埋めるように、アルは再びそう問うた。

 

「此の都市に於いては、先生だと云えるだろうね。」

 

矢張り短く、ビナーは答えた。まるで先生ではない別の役目があるようにも聞こえる言い回しが引っ掛かったが、それを聞く前に、ビナーが先に口を開いた。

 

「御前は、私を観て如何想った。」

 

唐突な質問に、一瞬思考が白くなったが、アルは直ぐに答えた。

「勿論、頼れる大人よ!それに、凄く...()()()()()らしいわね!」

 

昨日までは寧ろその念は薄れていた筈だったのだが、先程のビナーの活躍に、再び上塗りされてしまったようだ。

ビナーはアルの答えに頷くと、静かに立ち上がり、後ろに歩いて行った。その先には、ソファで眠るカヨコがいた。

ビナーが彼女の傍まで近づくと、ゆっくりと――その首に、手を掛けた。

 

次の瞬間、ビナーの手元には、銃口が突き付けられていた。

不思議なことに、先程まで少しも動かなかったアルの身体は、カヨコ(大切な仲間)の命に手を掛けようとするビナーを止めようとしていた。

 

「止めなさい!幾ら先生でも――いいえ、誰であっても、許せないわ!」

 

切れ切れの息で、目の前の大人にそう啖呵を切った。それに対して、ビナーは――

 

何事もなかったかのように手を離し、再び席について紅茶を飲み始めた。

その不可解な一連の行動に、アルは暫し困惑した。ただ、ビナーが座れという風に席を指し示した為に、訳の分からないまま、同じように席に着いた。

 

「御前は」

 

アルが座ったことを確かめると、ビナーは再び口を開いた。

 

「御前は、星である様だね。」

「ほ、星?」

 

唐突なその言葉に困惑するアルを置いていくように、ビナーは続けた。

 

「人は遍く、星を追う生き物だ。だが同時に、己自身も輝いている。其の事に、彼等は眼を逸らしている。己以外の求める輝きを背負うことは、重苦であると云えるだろうね。」

 

アルはずっと黙っている。黙って聞かなければならないような気がしていた。それに気づいたのか、ビナーはまた続けた。

 

「だが御前は、其れを識って尚、彼の者達を背負い立っている。私とは違うだろうね。」

「ち、違うのかしら?」

 

アルがそう聞くと、ビナーは少し微笑んだ。

 

「私は星空から目を背け、其れ等を痛めつけることを望んだ。酷く惰弱であった故に、私は星空には雑じれなかったのだよ。

御前の征く道に、私が立つことは無いだろうね。」

「それは...先生が、アウトローじゃないってこと、かしら?」

「そうとも云えるだろうね。」

 

その答えに、アルは再び頭を悩ませた。そうこうしている内に、ビナーは紅茶を飲み終えたようだ。

 

「御前の征く道を信じなさい。其の輝きは、続く者達の導と成るが故にな。」

 

その言葉を残し、ビナーは静かに席を立ち、外に出て行った。

 

「ま、待ってちょうだい!」

 

慌てて追い掛けようと外に出ると、夜の暗闇以外、そこには何も無かった。ビナーは既に何処かに消えてしまった様だ。

ふと、頭の上を見上げてみた。そこには、星が燦然と輝いていた。

それを見て、あの大人の言葉を思い出した。

 

「私も――」

 

あの星々の様に、輝いているのか。あの大人はそう言っていた。

何となく、手を伸ばしてみた。決して届く事は無いが、それでも良いような気がした。

 

「アルちゃん、何してるの~?」

 

ふと、後ろからその声が聞こえた。

振り返ると、三人が目を覚まして、窓越しにこちらを見ていた。

 

「アルちゃんもそういうことするんだ?ロマンチストだね~。」

「す、素敵だと思います!!」

 

ムツキは揶揄う様にそう言い、続けるようにハルカも――こちらは本当に尊敬するように言った。

 

「い、いつから見てたの...!?」

「ドタドタ扉を開ける音が聞こえて目が覚めたんだよ...何かあったの、社長?」

 

カヨコの疑問に、まともに答える気にはならなかった。先程までの会話が夢のような気がして、話してしまえば直ぐに雲散してしまう様な、根拠もなくそう思っていた。

 

「いえ...何でもないわ!それよりも、依頼が無事終わったことを報告しなくちゃね!」

 

そう言って事務所に戻る最中、アルは再びあの大人の言葉を胸の中で繰り返した。

 

あの言の葉の数々は難しくて、しっかりした意味を汲み取ることは難しかったけれど、それでも――

どんな輝きにも頼らない、孤高のアウトローとして、先生は自分を見てくれていた。

そして、そのことに気づかせてくれたお礼に、アウトローらしくお礼を振る舞わなければならないと、そのことが、少し楽しみになった。




ご拝読ありがとうございました。
感想やお気に入り、評価などしてくれると作者がとても喜びます。
「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。

ましまろ開けました。リクエスト等はこちらに投げて頂いて構いません。
https://marshmallow-qa.com/pfrcn2t7nqzsj38?t=oA89ZD&utm_medium=url_text&utm_source=promotion

それと、来週は少しお休みを頂くかもしれません。理由としては、並行して書いている夢貪る濁流×小鳥遊ホシノの終わりと、こちらのホシノ回を一緒に出したいからです。そのあたりはご容赦ください。アビドス編でテーマにして面白そうな生徒がいたら書くかもしれませんが、未定ということで。
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