ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム 作:ひいろの鳥
つまり何が言いたいかというと、金曜日にこれを書ききって日曜にもう一本とか無理だろっていう泣き言です。それだけ。隔週は多分続けます。
扨前置きが長くなりました、何時もの如く評価感想お気に入り登録諸々ありがたく頂戴しておりますわよ!
砂狼シロコは、眼前に居座る大人の顔面に、手に持っている銃を突き付けていた。
それにも関わらず、その大人――ビナーと呼ばれるその人は一切動じる素振りを見せない。平然とした様子で、ティーカップを片手にただじっとしている。
シロコは、この大人に心を開いていなかった。理由は様々あろうが、得体の知れなさと、ある時に見せられたビナーの力が主な要因だろう。
そしてまた、心を開けずにどうすれば良いか分からない時、シロコの取れる手段が、今執っているこの行動以外に無いという事も、彼女自身理解していた。していたからこそ、今まさにこうなっていると言えるだろう。
そもそも何故彼女が目の前の大人にこの様な態度を取るのか、あの日──ホシノが囚われた時の事まで、話は遡る。
初めて会ったのは、一ヶ月ほど前のことだった。
その日は朝からサイクリングをしていたせいで、少し学校に来るのが遅かった。
自転車を漕ぎ、颯爽とした風を身に浴びながら、一人坂を降り、砂を散らしながら学校の前に着いた。多分既に皆いるのだろうな、などと雑な予想を立てながら、校舎の扉を潜った。
入った瞬間、何やらガヤガヤとしか声が聞こえた。方向は
部屋の前まで着くと、扉が空いていることに気が付いた。そして、その空洞から、嗅ぎ慣れない匂いがすることにもまた気が行った。妙な匂いだが、不思議と安心感がある。それでも流石に警戒心を取り除くことは出来ず、少しの不信感を持ったまま扉の先を覗いた。
そこにいたのは、予想通りの二人と、もう一人──見慣れない大人の姿があった。二人の様子から見るに、先程の声はこの大人との会話のものだったらしいが、それにしては大人の声が聞こえていなかった。
「ん...その人は誰?」
「あ、おはようございます、シロコ先輩。こちらは──」
アヤネが慌てて紹介しようとするのを遮るように、大人はゆっくりと口を開いた。
「私はビナーと云う。」
静かにそれだけを言い放つと、再びビナーと名乗る大人は押し黙った。なんとも掴み所の無い人だなと、率直にそう思った。そもそも、名前だけ教えられて、何故ここにいるのかという説明は一切なされていないのだが、ビナー本人にそれを話す気が無いようにも見える。
「この人──ビナーさんは、シャーレからいらっしゃった先生です。」
「物資補給の申請が通った見たいですね☆」
それを見兼ねたのか、アヤネとノノミがそうつけ加えた。
シャーレ、その名前は世間に疎いシロコでも流石に聞いたことぐらいはあった。何でも、生徒の頼みなら何処へでも出張ってきて解決していくとか、シャーレの先生が来てから治安がグッと良くなったとか、良い噂を数え上げれば枚挙に暇がない。実際、その噂が耳に届き始めたころ、ヘルメット団の数が減った様な気がすると、シロコも何となく体感していた。どうやら、アヤネが頼んでいた物資を、目の前のこの大人が届けに来たようである。成る程、それならばこの人間が今この場にいることも、何もおかしくはない。そこまで至って、漸くシロコは意識的に纏っていた敵意を解いた。
「それで、この匂いは何?」
「茶の薫りだよ。味わって見るかい。」
そう言いながら、ビナーは手元にあったティーカップをシロコの側に押し遣った。中には、これまた見慣れない茶色い液体が波々と注がれている。
「いや...私はいい。」
少し好奇心はあったが、警戒心の方がやや勝ってしまい、そう言って断った。それにビナーも嫌な顔をすること無く、静かにカップを引っ込めた。
「そういえば、ホシノ先輩は?」
「ホシノ先輩なら、セリカちゃんが起こしに行ってます。」
アヤネがそう答えたと同時に、二つの人影がまた教室に入り込んできた。言わずもがな、セリカとホシノだった。
ホシノは、何時ものようにだらりとソファに体を倒し埋めた。セリカはと言えば――どうにも晴れない顔をしていた。その訳を聞く前に――外から銃声が鳴り響いた。急いで窓際に近寄り外を覗くと、ヘルメット団が奇声を上げながら銃を乱射していた。
「あいつら、また性懲りもなく――!!」
そう言いながら、シロコは窓から身を投げ出した。端的に言えば、我慢ならなかったのだ。最近見ていなかっただけに、余計にうざったく思えたのも、その感覚を助長させた。そんなシロコに続く形で、アヤネとビナーを除く皆も外に出てきた。
物資がふんだんにあるおかげで、ヘルメット団は普段より早く追い返せた。そのままの勢いで、アジトも制圧出来てしまい、何だかあっけないような気さえした。そもそもが物資不足による衰弱だったがために、それさえ解消できればこうなることも、必然だといえたのだろうが。
「ちょっと、あの大人何もしてないじゃないのよ!!」
だが、そんな中でもセリカは苛立っているようだった。その怒声が、誰もいない道の真ん中に鳴り響いた。
先程の晴れない顔とは、ビナーのことを認めてないが故のことだったのかと、漸くシロコは悟った。確かに、ビナーは何もしていない。具体的に指示を出すわけでも、前線に立って敵を蹴散らしたわけでもない。それでも...
「ん、そういう言い方は良くない。あの人は物資を届けてくれた、それだけでも十分。」
「そうだよ~?先生に感謝しなきゃね~。」
ホシノも便乗するようにセリカを宥めた。それでもセリカの怒りが収まることはなく、結局校舎内で先ほどと同じ様な声が鳴り響いた。
シロコがビナーに対して何か異様なものを感じ取ったのは、寧ろその時だった。セリカの怒りにも真面に付き合おうとせずに、ただ一言
「私は唯見守るだけに過ぎない。」
と、それだけを言い残して、後はずっと本を読んでいるようだった。
否、シロコは気づいていた。その視線が、その実セリカの方に向いていることに。そしてまた、その眼が少し――愉しそうにしていたことに。しかし、それについて話す前に、セリカが苛立ちを残したまま教室を立ち去ってしまった。
「ん、先生、さっきは楽しそうだった。」
ホシノが借金についての説明――その時は、何もかも知っている風で、興味なさげに聞いていたが――をし終わった時に、シロコは目の前の大人にそう言った。シロコの中に間やタイミングという概念は無い。場が少し凍り付いたことに気づいたのは、時間が暫く経ってからだった。
「御前がそう思うのなら、それもまたそうなのだろうな。」
ビナーはそう言って、否定も肯定もせずにいた。その不明瞭な感が、またシロコの腹の中にモヤモヤとしたものを残した。
その日はそれで解散になり、ビナーに見送られながら学校を去った。
次の日、ラーメン屋に行こうと誘ったが、掃除をするとか言われて、あえなく断られた。昨日の態度も鑑みると、一人でいることを好む質なのかもしれない。結局、4人だけでセリカがバイトをしているラーメン屋に行った。思えば、初めてビナーに何らかの力があると分かったのは、その日だったはずだ。
皆でラーメンを啜りながらセリカを突っつきつつ、皆で校舎に帰った時にはビナーがまたいつものように
その夜――アヤネから電話が来た。眠気を持ったまま電話に出ると、早々に衝撃的な言葉が飛んできた。
「セリカちゃんが――誘拐されたかもしれません!!」
その声を聞いて、直ぐに学校に向かった。彼女も大切な後輩だったが為に、危険な目に合わせたくはなかった。
学校の前まで急いで自転車を漕いでいると、アヤネとノノミも一緒に集まっていた。ホシノは――既に学校にいるのだろうか。偶に夜遅くに校舎で寝ているところを見かけるし、その可能性は十分にあった。
皆一様に駆け足で部室に入ろうとした時、無造作に開かれたままの扉の向こうから、落ち着いた声が聞こえた。
「見つかったかい、シャオ。
...有難う。御前も暫く休みなさいな。」
間違いなく、ビナーの声だった。誰かと電話しているのだろうか、そう思いながらも、構わずにシロコは部屋に入った。中には、電話を静かに置いたビナーと、ソファに座り銃を握り締めるホシノがいた。
「先生、大変。セリカが――」
「拐されたのだね。」
何処で知ったのか、ビナーはシロコの言葉にそう付け足した。
「ん...何で知ってるの?」
「識っている事しか識らぬよ。」
答えになっていないような答えを残したまま、彼女は立ち上がり、部屋を出ようとしていた。
「せ、先生、どこに行くんですか!?」
「急いては逃すものも生じようが、また刻は無為に遣うものでも無いが故にな。
御前達も、あの子供を取り戻したいのだろう?」
矢張り不明瞭な言葉を残したまま、ビナーは静かに部屋を出て行った。
それに続くように、ホシノもまた立ち上がり始めた。
「ん、先輩も...?」
「先生とその後輩ちゃん?がセリカちゃんの場所を出してくれたらしいから、早く行くよ。」
柔らかい口調だったが、その中にどこか厳しい――否、焦るような気持ちが見え隠れしている。その言葉に発破を掛けられるように、シロコ達も一緒に学校を飛び出した。
ビナーはシロコ達と一定の距離を保つように、前を歩き続けている。暫く走っていると、急にビナーが立ち止まった。
そこに急いで近づくと――同時に、彼女は空に手を翳した。彼女の目線の先には、砂漠の中をゆっくりと走るトラックが一台あった。
「先生、何を――」
ノノミがそう聞いたのと同時に、重厚な、そして奇妙な音が響いた。
ビナーが向いている方向に目を遣ると、トラックが砂漠の中で立ち止まっていた。間違いなく、この大人が何かをした、シロコはそう確信した。
「ん、何したの。」
「急ぎなさいな。あの中で子供も睡っているだろうね。」
その言葉に、疑問を投げかける声を掻き消され、ホシノが急いで駆け寄っている所を横目で見たことを契機に、シロコもまたトラックに飛び付いた。
トランクを抉じ開けると、中には少し泣き腫らしたセリカが座り込んでいた。
「ありがとう、先輩達。」
「ん、先生にも感謝すべき。先生が居なかったら間に合わなかったかも。」
本当は、トラックを止めていたりもしたが――得体の知れない力だったが為に、どう説明しようか迷っていた。その間にセリカもビナーのもとに向かった為に、何も分からないまま...向こうに居る大人が、何か奇妙な力を隠し持っているという事だけを知ったまま、セリカを保健室のベッドに連れ帰った。矢張り、よく分からない所為で、一段と心を開けないまま、その日が終わろうとしていた。
「ん、先生。」
だが、矢張りあの力については気になってしょうがなかった。そして、聞いちゃいけないかも、などという遠慮も、シロコの中には当然のように無かった。
「如何した。」
「さっき、トラックを止めてた。あの力は何?」
その言葉に、一切動じることなく、ビナーは淡々と答えた。
「御前の識る事では無いだろうね。」
「でも気になる。」
「辞めて於きなさい。川の水底に堆積した物を見詰る事は、却って御前自身を毀し兼ねないのだよ。」
「ん゛!!」
煙に巻かれるような物言いに少し苛立ったが、声を少し荒らげた所で後ろから肩に手を置かれた。
振り返ると、ホシノが欠伸をしながら立っていた。目の下が少し黒い。眠れていないのだろうか。
「シロコちゃ〜ん?あんまり聞いて欲しくないことを無理に聞くのは、おじさん良くないと思うな〜?」
「ん...でも...。」
「もう遅いしさ、早く帰って休まないと明日に響くよ〜?」
そう言いながら、ホシノはシロコを無理に学校の外に押し遣ろうとした。自分の事を棚に上げてそうするホシノの態度に、子供のような反発心を抱いた。
「ん...じゃあ先輩も一緒に帰るべき。」
「うへ、そうするよー。」
思いの外素直に聞いてくれた事に驚きながらも、結局シロコはホシノと帰った。ビナーの話は、もうしなかった。何だか分からなくて不気味だけど──そういう物かと、半ば無理に納得した。
その日以降も、色んなことがあった。だが、その全てに対して、ビナーは不干渉を貫いていた。ゲヘナの風紀委員が襲ってきた時は、流石に動くかと期待したが...その予期は呆気なく裏切られ、結局ただ見ているだけだった。
シロコは内心、あの大人がその実途轍もない力を隠し持っていることを、どこか確信していた。証拠はと言えば、セリカを助ける時に使った、トラックを止める力ぐらいだが、それ以上の何かがある様な気がしてならなかった。だが、先生に直接尋ねても、のらりくらりと躱されるばかりで、本人の口から確証を得られた事はなかった。だから、確信しているというだけである。
寧ろ、シロコが気になっているのは、ホシノの方だった。表面上はいつもの様に柔らかく振舞っているが、その顔の裏に何か、暗い影が差し込んでいる様にも思えた。勿論、これもただの勘だし、こちらに至っては確証めいたものも何も無い。本人に聞いても、矢張り適当に躱されるばかりだった。その為に、ただの疑念としてでしか無かった。
否、証拠と呼べるものは一つだけあったかもしれない。カイザーコーポレーションの理事を名乗る男との会話、その時のホシノの顔は、普段のそれとは比べ物にならない程に厳しいものだった。寧ろ、その時に初めてホシノの内情を疑ったのかもしれないが、そこの因果はどうでも良かった。
そして──疑念が確信に変わったのは、シロコがホシノの退部届を見つけた時だった。
「ん、先輩、これは何?」
夜、シロコとホシノ、そしてビナーしかいない部室の中で、単刀直入にそう聞いた。
それを見たホシノは、瞬間驚く素振りを見せた。ビナーはと言えば、全く動じていなかった。初めから、それがある事を知っている様だった。
「先輩、辞めるの?」
「...シロコちゃんが心配することじゃないよ。」
再び顔を変えて、毅然とした様子でホシノはそう言った。
「何でこんなもの用意してるの、説明して。」
「うへ、シロコちゃんが止まらないよ〜、先生何とかして〜!」
はぐらかす様にホシノはそう言ったが、ビナーは答えること無く紅茶を飲んでいる。
「先輩、早く。」
「...シロコちゃんはさ、そこに居る人、信頼出来る?」
またはぐらかされたと思ったが、その声色は、それを企図している様では無かった。この答えの如何によって、この先の命運が決まる様な、そんな予感さえあった。
正直なところ、ビナーの事は未だに分かっていなかった。何もせず、ただ見守っているだけの存在、そういうイメージがあった。そう言った点では、信頼するに足らない存在と言えたかもしれない。現に、シロコ自身も心を開けている訳では無いのだ。
でも──
「先生の事は、一応信頼してる。セリカも助けてくれたし。」
分からないし、未だ心を開けてはいないが。
不思議と、この人さえいれば何とかなるだろう、そういう類の期待はあった。その言葉にも、ビナーは一切反応しないのだが。
「...そっか。じゃあ、大丈夫だ。」
それだけを言い残して──
ホシノは足早に、教室を去った
「先輩!」
シロコの声が廊下に虚しく響き渡るが、その声が誰かに届く気配は無い。
「静かにして於きなさい。あの子供もまた、星を捜す最中なのだろうよ。」
「先生...。」
それでも、ホシノを諦めることが出来ずに、慌てて学校を飛び出した。
あのまま逃がしてしまえば、二度と戻ってこないような、そんな予感がした。
そして結局、その予感は的中した。
翌日、再び学校に着き部室を覗くと、ビナーただ一人が、またあの人同じように電話をしていた。
「ん、先生、誰との電話?」
「シャオ──私に伴う子供だよ。少し頼みたいことが在った。」
少し楽しそうにそう言いながら、机の上を指差した。その先には、昨日見た退部届が、無造作に置かれてあった。
暫くして来たノノミやセリカ、アヤネはそれを見て、皆一様に目を丸くした。シロコとビナーしか知らない事柄だったが為に、それもまた無理のない事だった。そして、シロコもまた少なからず動揺し、ホシノを留めることが出来なかった事を後悔していた。平然としているのは、ビナー一人だけであった。
「先生、早く先輩を──」
「焦りは時に、目の前に眩く輝る光に目を暗ませるものだ。丁度、あの子供の様にね。」
そう言いながら、ビナーはゆっくり本を読んでいた。流石のシロコも、この態度には苛立ちを隠せなかった。
「ん、先生...先輩がどうなってもいいの?」
「川は降り落ちるものだ。その道理が変えられない様に、この流れもまた必然だと云えるね。」
まるで、この全てが予期できた事かのように、ビナーはそう宣った。それでも納得出来ずに、声を荒げかけた時──ビナーの電話がまた鳴った。
「シャオか。如何だい。」
『契約書の未成立の確認は完了しました。黒服さんからホシノさんの座標も獲得しましたので、今から送ります。そこに向かえば、ホシノさんは居らっしゃると思います。』
「何時も有難うね。御前もゆっくり憩むと善い。」
電話越しの声と短くやり取りし、その通話が切られると同時に、端末上に地図が送られてきた。その座標は──
「先日の、あの基地と同じ場所ですね。」
「あの会社がホシノ先輩を捕まえたってこと!?」
「ここに向かえばいいの?」
「ですが、昨日以上の兵力があるとしたら、私達には..。」
皆が口々に言い合う中、ビナーは立ち上がった 。
「征こうか。」
それだけを言い残し、彼女は静かに、学校を発った。
「行くって...まさか、あの場所にお一人で、ですか...?」
「む、無茶です!ただでさえキヴォトスの外から来た人なのに、あの数は──」
「...早く行こう。」
不安がる皆を抑える様に、シロコはそう言って同じように発った。正直なところ、シロコもあの数以上の軍に、ホシノを抜いた自分達だけで勝てるとは思えなかった。けれども、弱気になっている自分を抑えて、震える脚を奮い立たせて、何とか向かっていった。
...その先で見たのは、正に蹂躙と言えた。
カイザーの軍兵が、先生を蹂躙している...否、その予想とはまるで正反対と言えた。
静かに歩きながら、目の前に現れる兵士を、埃を払うかの様に、掌から広がるナニカと共に蹴散らし。
大きな戦車は、あの日──セリカを助けた時と同じように、重厚な音と共に時間が止まったように動かなくなり。
「う、撃て!!」
「何で引き金が引けねえんだよ!?」
「ま、まずい、こっちに来る!!!」
情けない悲鳴と砂煙を掻い潜る様に、ビナーは悠々と歩んでいた。
「ちょっ、どうなってんのこれ!?」
「これ、全部先生が...?」
「ん...多分そう...。」
後ろから着いてきたセリカとノノミも、困惑の声をあげることしか出来ないようだった。斯く言うシロコも、目の前の有り得ない惨状に、ただ嘆息しか出せなかった訳だが。
「...良くもまあここまで来たな、シャーレの先生とやら。」
砂煙が舞い上がる中、その奥からもう一人の大人が顔を出した。カイザーコーポレーションの理事だ。彼は目の前の惨状を見てもなお平然としている。寧ろ、兵士が生徒達を蹂躙し、結局ビナー一人だけが生き残ったと、そう思い違いをしているのかもしれない。
「生徒達は置いてきてしまったようだなあ?行け、PMC兵よ!!」
その声と共に、基地の奥から大量の兵士が現れる。しかし、ビナーは一切動じる気配を見せない。
「分析、圧縮、展開。」
空間が引き裂かれ、こじ開けられる。
「鍵の凝縮だ。」
重厚な音と共に、空間が閉じられ、凝縮され、一つの姿を形取る。
「受け止めて見るが好い。」
その言葉と共に、ビナーの前に創り出された、巨紋様の入った巨大な柱が、勢いよく飛び出し、PMC兵達を貫いた。
結局、ビナー一人の手でホシノは救出され、その後はまた、ビナーの加わった、変わりない日常が続いた。
「それで、あの力は何?」
ある日の夕方、シロコは先生にそう問い詰めた。今、この部室にはビナーとホシノ以外誰もいない。
ビナーはそれに対して答える気が無いように、茶を啜っている。この匂いももう嗅ぎ慣れてしまった。
あの日の一件以来、シロコは益々ビナーから心を閉ざしていた。理由は単純に、訳の分からない力を使いこなすからだ。酷く動物的な理由だが、純粋な力とも言えない異様な雰囲気は、彼女を警戒させるに足るだけのものだった。
「PMC兵達を先生一人で倒してた。」
「気になるかい。」
「気になる。」
その返答に、ビナーは特段困るような素振りを見せずに口を開いた。
「御前は、何故に心を開かないのか。」
「先生が教えてくれないから。」
「だが御前自身を毀し兼ねないからね。身体の傷なら閉じることも出来ようが、心はそう簡単には往かないのだよ。」
平然とそうやってはぐらかす態度を取られると、余計に気になってしまう。だが、こう言った時に交渉する術を、シロコ自身は持っていなかった。
故に――
「じゃあ、こうしよう。」
その言葉とともに、ビナーの眼前に銃口が差し向けられた。
シロコの中で、こういう状況になったときに頼れるのは、実力行使の四文字だった。
この状況になったにも関わらず、ビナーは一切動じる様子も無く茶を飲んでいる。
「入ってるのは実弾じゃない。一発でも当たったら教えて。当たらなかったら...諦める。」
その言葉に、愉しそうにビナーは答えた。
「御前は、死後の世界を識っているか。」
「ん、急に何?」
「私の居た世界には、其れは既に、人が生き残る為に、神の名と共に排斥された。」
カップに残っていた茶を飲み干すと、ビナーは続けた。
「私は私の識る事しか識らない。昔なら、その無知の惧れを呑み込んだが...今は、却って其の暗闇が気になるのだよ。」
「先生、どうしたの――」
「故にな。」
そう言いながら、ビナーはシロコの頭に手を置いた。
「観せてお呉れ。都市から除かれた神と、其れの掌る死について。」
その言葉と共に。
シロコの耳に、何かが開かれ、抉じ開けられる音が響いたと同時に。
意識を瞬時に、遠く手放してしまった。
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「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。マジで。
ましまろ開けました、アイデアがあるなら至急連絡くれや
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