ビナー先生のキヴォトスでの優雅なティータイム 作:ひいろの鳥
そういえば先週末だか週明けだかに、この小説が日間ランキングに乗ったようですね、有難い限りです。
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広いエントランスに一つ、静かな足音が鳴り響く。それと同時に、黒い人影が、向こうの側から降り立ってきた。
「呼んだかい、アンジェラ。」
静かだが厳かな声が、徒広い空洞に響く。それを待っていたかのように、指が鳴る音と共に、一人の機械が姿を現した。
「良く来てくれたわね、ビナー。」
「用があるのだろう。」
「ええ、ローランは酔い潰れて使い物にならないもの。」
呆れた様なため息を吐きながら、アンジェラと呼ばれる蒼白な機械は続けた。
「それに──この話は、貴女の方が適任だと思って。」
「ほう。」
それに対して、ビナーは矢張り無感動に、それで居て興味深げな息を漏らした。
それを肯定と受け取ると、アンジェラは壁一面に埋まっている本棚から、一冊の本を取り出した。
「この本なのだけれど。」
そう言いながら差し出された本を静かに受け取ると、ビナーはゆっくりと頁を一枚ずつ捲っていった。
「未だ綴られて居ない様だね。」
「そうなのよ。私にもよく分からないわ。」
「此の図書館に於いて、御前以上に図書館と本に就いて識っている者は居ないだろうよ。」
アンジェラに対して意地悪くそう言うと、彼女もまた薄く微笑んで答えた。
「幻想体について貴方以上に知っている人も居ないでしょう?」
「否定は出来ないね。」
そう言いながらも、ビナーは未だに本をじっと見詰めている。暫し何かを考えるように沈黙が続いた後、ビナーがまた口を開いた。
「アンジェラ、御前は都市をどう視る?」
「...唐突ね。」
そう言いながらも、アンジェラは目を閉じて考え始めた。そもそも、ビナーがこの手の話題を振ってくると、答えるまで話が進まないのだから仕方が無い。
「...そうね、人間しか許されない世界だと思うわ。」
「其れもまた、そうなのだろうな。」
暫くして帰ってきた答えに、ビナーはそう返した。淡々とした受け答えに見えるが、その実言葉の中には僅かな満足も含まれていた。
「御前はまた、都市で神を視たことがあるか?」
「無いわね。そもそも、そういったものは此処――外郭に放られるものじゃないかしら。」
「其の通りだよ。都市は神や神秘を異物とし、其の総てを排斥し続けた。都市に於ける神とは則ち、人に依る物だと云えるだろうね。」
「...何が言いたいの?」
流石に遠回り過ぎる言い回しに苛立ちの念が嵩ましていく中、ビナーは矢張り愉しそうに答えた。
「此の本に書かれた世界には、其の"神"が未だ居る様だね。」
彼女の唐突な推理に暫し茫然とするアンジェラに対して、ビナーは続けた。
「此の本を、御前は如何したい?」
「完成させたいわね。」
その言葉に静かにビナーは肯いた。
「兎に角、その本については貴女に任せたわ、ビナー。」
その肯きを肯定と受け取るや否や、早く話を切り上げたいという気持ちを前面に押し出しながら、アンジェラはそう言って何処かに去っていった。
ビナーは矢張り、本をじっと見詰め続けた後――
また緩慢に、階段に足を掛けた。
「シャオよ。」
星が照るような装飾が飾り付けられた、静かな部屋にビナーの声が響いた。この場所は紅茶の匂いで常に満ちているが、その中心には凡そ常に一人の青年がいる。今日もそうだったようで、ビナーの声はその方向に投げかけられた。そして、ビナーの声に直ぐに反応するように、紫色の髪の青年が、少し眠たげな顔を上げた。彼の周りで茶菓子を手に取っていた他の子供たちも同じように顔を向けて、そそくさとビナーの席を空けた。それに気づき、ビナーも合わせるように席に着いた。
「どうされましたか、ビナー様。」
先程淹れたのか、紅茶の浪々と入ったカップを丁寧に差し出しながら、シャオと呼ばれた青年は聞き返した。
それに対して、ビナーは手に持っていた本を静かに机上に置いた。
「本...幻想体ですか?」
「本の中にのみ在り得るという処を語れば同じと云えようが、本質はまた違った処に在るだろうね。」
その言葉を聞きながら、シャオとその周りの子供達は一緒に本を捲り眺め、次第に目を丸くしていった。
「中身が殆ど無い様ですし...最初の方に書かれてある、この都市というのは――。」
「未だ綴られていない本なのだろうね。そして、此の都市もまた、"都市"の有り得た姿であろうよ。」
「都市の...ですか。それで、要件とは一体?」
青年の疑問に、少し微笑みながらビナーは答えた。
「此の本を完成させるように、アンジェラから頼まれたのだよ。故に、御前も共に行じて呉れないか。」
「ええ、貴女の心の儘に。」
「有難う。ゆっくりと準備なさいな。」
シャオはそう畏まりながら答えると、早速壁一面に広がる本棚に向かっていった。子供の不満そうな視線が彼の背中に注がれ続けたが、何時ものことだと無視しながら、暫くして幾つかの本と茶葉の薫りが漂う小包を抱えて戻ってきた。
「準備出来ました。」
「それでは、発とうか。」
「おい待てや
「一人だけ抜け駆けとか狡いぞ俺もビナー様と紅茶飲みたいのに」
「ちょっと宗教の階から失楽園パチって来るわ」
静かに本に入ろうとする二人の背中――正確に言えばシャオ一人のみに向けられた――言葉を適当に受け流しながら、二人は静かに本の中に入った。
電車が走る音だけが聞こえる、静かな空洞の中、二人は目覚めた。僅かだが、身体が揺さぶられる感覚が付き纏っている。壁には幾つもの窓から、明るい日差しが差していた。今のこの場所が電車の中だということに気付くのには、そう時間は掛からなかった。
「責任を負う者について、話したことがありましたね。」
目の前に座る少女が、そう言葉を紡ぐ。あたかも二人に話しかけているようだが、その実それは独り言のようにも聞こえる。
「大人としての責任と義務、そしてその延長線上にあった、貴方の選択。」
都市では珍しく、また聞きなれない言葉が、意外にも二人の笑いを誘った。矢張り少女は、それに構うことなく続けた。
「私が信じられる大人である貴方になら――この捻じれて歪んだ先の終着点とは、別の結末を――。」
その言葉が続けられる前に、音を立てながら揺られる感覚が収まった。
気づいた時には、目の前の少女は居なくなっていた。その代わりとでも言うように、扉が開いている。その隙間から、眩い光が漏れ出していた。
「それでは、征こうか。」
「ええ。」
短くそうやり取りすると、二人は静かに――扉の先に一歩、踏み出した。
夕日が差し込む静かな教室の中、ビナーは一人の少女――砂狼シロコの頭に手を置いていた。
今、この都市に置いて、彼女は唯一、生徒の味方になる大人として立っていた。それには或る理由――この
だが、それはあくまで噺の中での役割だった。
『此の噺が終る迄は、私も導く者であり、星空に雑じらぬ者であり続けるだろうよ。』
何時の日か、セリカという子供に、ビナーはそう言い放った。それは乃ち、噺の中ではそう在り続けるという事だった。
しかし、シッテムの箱を回収した"後"、ワカモと接敵した"後"、セリカを助けた"後"、ホシノを救出した"後"――その"後"の話は、本の中には綴られない。
つまり、今の此の状況は、噺では無い。
噺で無いが為に、今の彼女を縛るものは何も無かった。
そしてまた、彼女の持つ気質として、猫の如き好奇心も多分に有った。
そんな彼女には、少しばかり気になっていることがあった。この都市に在る、神についてだった。
"都市"には所謂純粋な神は居ないか、居たとしてもとうに放逐されて久しかった。故に、純粋な神の眠るこの世界は、彼女の好奇心を大いに刺激した。
そんな中、初めてシロコと出会ったとき、ビナーはかつて抽出した一つの幻想体――
アヌビス――死後の世界を司る神を、シロコは内包している。
その事実は、ビナーを珍しく興奮させた。嘗てのビナー、否ガリオンなら直視すら拒んだだろうが、今のビナーには未知を知り呑み下すだけの力が、奇しくも自らを機械の体に封じ込めた男によって齎されていた。
故に。
「観せてお呉れ。都市から除かれた神と、其れの掌る死について。」
この行動は、詰まるところ、彼女の猫をも殺し兼ねない好奇心と、其れが許される状況に由来していた。
シロコの頭に置いた掌に、ぐっと力を籠める。彼女の持つ神秘、その中に内包された神と死を、抉じ開け引き摺り出す様に。
そして、弾けるような音と共に、シロコが背中から倒れた瞬間。
空に暗雲が立ち込める。否、暗いだけで雲はなかったが、それがまた一層奇妙な光景を作り出している。
その空の中央に一つ、ぽっかりと大きな、黒い穴が、全てを吸い込むように開いている。
「これは...アヌビスか。」
倒れ伏したシロコの元に、白ずくめの人間が数人、音もなく近づいてきた。
「まだ完全ではないが――良い機会だ、嚮導者も急いで探さなければ。」
「しかし何故唐突に?」
「理由はどうでもいいだろう。今この状況があることの方が重要――」
口々にそう話し合う彼らはしかし、直ぐに身体が縛り上げられた様に動かなくなった。
慌てて足元を見ると、床から幾多もの鎖が生え延び、彼らの胴体に巻き付いていた。
「御前達は未だ、此の噺に綴られるには早いのだよ。」
彼らの背後から、ビナーの声が聞こえた。
「お前は――」
「此の噺では"先生"だ。」
「理解出来ぬ。何故先生がこの様な...。」
「今が噺の中では無いからだよ。そして、御前達の干渉はまた、噺に戻れなくなる事に繋がり兼ねないからね。」
「...理解出来ぬ。」
暫くの問答の後、男のうちの一人がそう呟いたのを契機に、皆が押し黙った。それを良しとしたのか、ビナーはゆっくりとシロコの元に近づいた。それに合わせるように、シロコもゆっくり立ち上がった。
「...。」
一見無防備に近づくビナーに、己の役目を果たさんと、シロコは静かに銃を構えた。
直後、窓が割れる音と共に、二人は校庭に降り立った。窓の破片と銃弾が校庭に散らばるのを横目に、二人は正面から対峙した。
「さあ、観せてお呉れ。」
再度その言葉を投げかけると、呼応するように、シロコの銃弾が火を噴いた。
それをビナーは黙々と、黒い波を宛がい勢いを相殺していく。その銃弾を一発でも食らえば直ぐに命を失うということを、その瞬間に察した。
暫くの間は銃弾の嵐が続き、校庭の砂が巻き上げられた。それでも、当たった感触はない。当然のように弾切れを起こし、銃弾を込めんと銃に手をかけた瞬間――
その手元に、黄黒い一閃が飛んできた。
慌てて手を引っ込めると、その先にあった地面が開かれるように抉られている。目の前に顔を向けると、一切傷付いていないビナーが、掌を翳しながら立っていた。その顔は、少し愉しそうに見える。
「...!」
身を翻しながら、シロコの背後空間に唐突に空いた穴から、ドローンが飛び出した。そこから飛び出す弾丸と、同時に投げられた手榴弾が、ビナーに襲い掛かった。
しかしビナーは軽やかな足取りで銃弾を躱しながら、砂煙の中飛び出してきた手榴弾を一つ一つ丁寧に閉じ、爆発しなくなったそれを適当に足で蹴り飛ばした。
その合間に飛んでくる鎖を銃弾で的確に弾きながら、シロコは息を整えた。
ビナーはその間に攻撃――することはなかった。
ただ悠然と佇む彼女に、シロコは舐められているように感じた。
その怒りのままに、銃を乱射しながらビナーの立つ方向に突っ込もうと駆け出すが、その弾丸達は同時に飛び出した妖精達に開かれ悉く落とされる。
代わりに、撹乱するように弾丸よりも多く撃ち出された妖精に、シロコの身体は次第に傷つけ開かれていった。
「眼の前の事に気を濯ぎなさい。」
ゆっくりと、確り怒りの火を煽るように、ビナーはゆっくりと口を開いた。
それでも――或いは当然のことだったか、半ば狂乱の中、己のアヌビスとしての使命を果たそうとするシロコに、ビナーは矢張り愉しそうに後退りながら、錠前で足を閉じ行動の自由を奪う。
「!?......!!」
言葉を発さないまま、必死に藻掻いて脚にかけられた錠前を壊すシロコの姿に、ビナーは三度愉快そう笑いながらに言い放った。
「成る程、
その言葉に反応するように、シロコは砕けた脚を持ち上げ、再度駆け出そうとした。
その瞬間。
「妖精ども。」
再び、今度は虚空に向かって妖精が飛び出す。
「収束。」
空間が閉じられる。この動作を、シロコは知っている。
予想通り、あの時と同じ柱が、創り出された。
あの柱を真正面から受けたら、命すら危うい。その直感は、あの時見た光景に由来していた。
咄嗟に空間を開き、逃げ込もうとするが。
「逃がさないよ。」
鍵を掛けられ、空間が収束し閉じられる。
それでも、あの破壊から逃れようと、身を必死に捩らせた。
「崩れろ。」
その言葉とともに、勢いよく柱が射出される。
砂埃を巻き上げながら、地面を抉り、シロコの直ぐ傍を通り抜け、直線状のクレーターをその場に残した。
その光景と、柱が自分に当たらなかった――否、そもそも意識して当てられなかった事に意識が割かれている内に、足元から飛び出した鎖に、手足を拘束されてしまった。
「...!!」
何とか脱出しようと藻掻くが、先ほどと違い鎖は中々壊れない。その様子を、矢張りビナーは面白そうに見ている。
「では、御前の記憶と権能を、観せて貰おうか。」
そう言いながら、再度頭に手を置き、妖精を繰り出した。
記憶を、神秘を、旧き神を、全てを開き抉じ開け、覗いていく。
この都市の成り立つ前の歴史、放棄された技術と遺産、亡くなった記憶、全てを探り、本の頁を一枚ずつ捲っていくように、丁寧に読み解いていく。
「有難う。無理をさせてしまったね、睡ると好い。」
そう言って満足そうな表情を浮かべながら、鎖を解きながら錠前で開かれた神秘と身体の瑕疵を閉じていった。シロコは案の定、眠っている。身体に刻まれていた傷は、先程までの闘いの記憶と共に、封じられ何も無かったように消え去っている。何時の間にか、立ち込めていた暗雲と巨きな穴も何処かに去っていき、校舎のほうに目を向けてみたが、あの白づくめの人々も居なくなっていた。闘いがあった証拠といえば、所々抉られた校庭ぐらいだろうか、それもすぐに閉じられるだろうが。
疲労で倒れ伏しそうなシロコを抱えて、ビナーは緩慢と校舎に向かって歩き出した。
「止まれ!!」
ふと、その校舎の側から、聞き覚えのある声が響いた。
目を向けると、夕陽に差されて陰になっている中で、銃を構える少女が一人居た。
「その子を――シロコちゃんを放せ!!」
怒りに溢れた声で、怒声は響き続けている。陰になっていて分かり辛いが、その表情は蒼褪めているように見えた。オッドアイの両目には、怒りとも困惑とも取れる光が見え隠れしている。
ビナーは、声に構うことなく歩き続けた。
「聞こえないのか!?」
否、ビナーには確かに聞こえていた。聞こえていながら、尚も愉快気に歩き続けた。
ビナーは知っていた。否、気づいていたと言う方が正しいだろうか。
目の前で構える少女――小鳥遊ホシノが、嘗ての自分と同じく、鎖を断ち切れず、恐怖に向き合えていないことを。そして、それを断ち切ることは、此の噺の流れの上では不可能だということを。
「川の流れが自然に変わることはない。御前が断ち切れないのもまた、その道理に沿っていると云えよう。」
しかし、ビナーはまた、眼の前の少女に期待を抱いていた。あの子供も、嘗て自分に立ち向かった者の様に、それを為すことが出来るのではないかと。
「だが、私の役目は、其の流れを導き変える事だと云えるだろうね。御前が眼の前の星明に眩むなら、頭上に在る星を見詰める様に星を指差す事こそが、私の為すべき事だと云えるだろうね。」
本来ならば、今ここでそれを為す事は、噺の道理には沿わないだろう。
しかし、ビナーはまた、好奇心が酷く旺盛であった。
故に。
「御前の穴は深く大きいのだろうが、蓋をするのみでは孰れ崩れてしまうだろう。直に刻も更けるだろう。暫し、茶の薫りを愉しみながら、話そうか。」
ビナーは愉快そうに、そう言って微笑んだ。
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「この生徒との絡みを見たい」等のリクエストも募集しているので、良ければネタ出しにご協力ください。
ましまろ開けました、アイデアがあるなら至急連絡くれや
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――そういえば便利屋68でリクエストを頂いているんですが、次週かその次ぐらいには上がると思います。