殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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プロローグ
001:『彼岸花』


 肝試しに行くとしよう。

 

 行き先の選択肢は大きく分けて二つある。

 金を払って遊園地などのお化け屋敷に行くか、車を出して廃トンネルや廃病院といった“本物”の心霊スポットに向かうかだ。

 

 そして当たり前の話だが、お化け屋敷にはお化けが出てくる。

 これは結構重要な話で、お金を払って楽しむコンテンツであるお化け屋敷には当然、その対価として客を怖がらせるお化けが出てくるのだ。

 

 一方で、本物の心霊スポットにそんなものはない。

 

 仮に懐中電灯片手に廃病院を探索している最中、包丁を持った血まみれの男が現れたとしたら、それはお化けではなくシンプルに危険人物だ。

 それはもう普通に大事件と言える。相当な強“個性”でもない限り、さっさと逃げたほうがいい。

 

 つまり、無償かつ無保証の心霊スポットには、来場者が無事に帰れる保証がない。

 廃病院は別にお化けが出るから進入禁止というわけでははく、単純に危険だから進入禁止なのだ。

 地味に老朽化した床を踏み抜いてそのまま死亡なんて地味な事故も十分すぎるほど怖かったりする。

 

 そして世の中には肝試しに出かけた人間が本当に命を落とし、

 その心霊スポットが“本物の殺人現場”になってしまった、なんて笑えない話が溢れているのだ。

 

 そして『肝試しに行った○○が帰って来なかった』と、心霊スポットの格は無意味に上がり続けるのである。

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 誰もいないはずの深夜の学校に、二人の危険人物がいた。

 

 月明かりが廊下に差し込み、二つの長い影を床に描く。

 

 影は二人の動きに合わせてゆらゆらと揺れて不気味さを漂わせるが、影の持ち主たちは無頓着だ。

 

「ねえ黒霧、何だかんだで夜の学校って普通に怖くない?」

 

 少女は世間話かのようなトーンで、隣の男に話しかけた。

 

 大げさに肩を震わせ怖がるようなそぶりを見せながらも唇には薄い笑みが浮かび、その目の奥には隠しきれない余裕さがちらついていた。

 

 制服のスカートが歩調に合わせて揺れる。

 肩にかかるほどの黒髪はきっちりと整えられたボブカット。

 毛先が月光に照らされ柔らかく光を弾き、その整ったラインが彼女の顔立ちを引き立てている。

 

 風が窓ガラスを揺らす音が響くが、男の方からは呆れたようなため息が返ってくるだけで会話は続かなかった。

 少女は『やっぱり人体模型とかが悪さしてるのかな……理科の授業で扱われてるの見たことないけれど……』などと、ただ間を持たすための意味のない会話を試みる。

 それでも男からの返答はなく、少女はつまらなそうに口を尖らせた。

 

 少女はいっそのこと音楽家の肖像とかが動いてでもくれないかと思って「音楽室」とボードに書かれたドアを覗き込むが、もちろん肖像画の中が空だったりピアノがひとりでに演奏が始まるなんて面白現象は起きない。 

 

 「無駄話を止めて貴女は早く仕事をして下さい」

 

 彼女に付き添う男は黒い霧が服を着たような異形の風貌で、暗闇の中で黄色い眼光だけが爛々と光る。

 黒霧、と呼ばれた男の対応は冷静で慇懃無礼だったが、どうにも内心の興味のなさを隠しきれていなかった。

 

 彼は時々何かを警戒しているように振り返ったりもするが、こちらもまた少女と同じように真夜中の学校を怖がっているという態度ではない。

 

 むしろその恐ろしげな外見は彼こそが学校の怪談そのものといった容姿だ。もし夜の学校で彼と出会ったら普通の人はその場で腰が抜けるだろう。

 その場合、哀れな遭遇者が相談するべきは霊媒師でも退魔師でもなく、警察かヒーローだ。まあ大抵のヒーローはそのまま哀れな死体になるだろうが。

 

 少女は呆れ顔で肩を竦めた。

 

「そもそも本当にここなの? 黒霧、もし間違ってたら私たちただの怖がり損だよ?」

 

「勘違いされているようですが私は恐怖を感じていません」

 

「え、私は割と怖いんだけれど……」

 

 奇妙な二人組だった。

 男の足音はしっかりとした革靴の音で、歩くたびに乾いた音が反響する。少女の軽やかな靴音は少しだけ不規則だ。

 

 廊下の窓の外では風が吹くたびに木々がざわざわと揺れて、影がガラスに映り込む。それが彼女の背後でまるで生き物のように動くたび少女はちらりと振り返るが、すぐにまた歩き出す。その仕草には全く動揺の色がない。

 

 ヒソヒソと囁き声で言葉を交わし、暗黒の中をライトも付けずに歩く彼らは、間違っても肝試しに来たバカな学生といった雰囲気ではなかった。

 

「この学校もそろそろ見るところがないよ? 私は嫌だよトイレとかまで調べるの」

 

「私の情報では、あの事件は廊下での出来事だったとのことですので心配なさらず……ああ、ほら。あそこでは?」

 

 突然男が足を止め、視線を前方に向けた。

 少女も、無言で男の視線を追いかける。

 

 廊下の中央は花束が置かれていた。

 

「な~るほどね」

 

 少女は小声で呟きながらその花束に近づき、しゃがんで観察する。

 

 花束は複数が置かれていた。

 花は古くなっており、色褪せ萎れている。周りには葉っぱが散り、同様に何枚かのメッセージカードも散乱していた。

 『忘れない』などと書かれたそれの意味は哀悼だ。

 

 その花束は誰かが亡くなったことを暗示し、確かに周りの重い雰囲気を演出していた。

 

「あーー、今話題の連続失血死事件発祥の地だっけ? 女子中学生が犯人の?」

 

「今は年齢的には高校生かと。中学の卒業式後に事件が発生。加害者の女子生徒は逃走。既に被害者は4名。見つかっていないだけで、もっと被害者がいる可能性もあるかと」

 

「犯人の目星は?」

 

「実名ぐらいまでは警察も掴んでいるそうですが未成年ということもあり報道されていません」

 

「今時検索一つで卒業アルバムに実名住所まで一発で出てくるのに、メディアだけが自主規制して何の意味があるのかな……」

 

 少女は喋りながら花束に触れた手をゆっくりと引き、立ち上がった。

 静寂の中で、その小さな動きが異様に大きく響いた。

 彼女は目を細め、何かを感じ取ろうとするように、目の前の暗闇を見つめている。

 

 ボッと、空気が揺れる音がした。

 

 突然、空気の中から出現した赤い炎が廊下に急に現れ、光を放つ。

 あたりを一瞬で照らし、周囲の薄暗い廊下を鮮やかな赤に染め上げた。

 

 ”鬼火”は弾けるように揺れ、花が供えられたまさにその場をふわふわと浮遊する。

 音もなく漂うその光は神秘的だが、どこか強烈な不安を呼び起こすような異常な輝きを放っていた。

 

 少女はその明るい光に手をかざすと、鬼火がその手のひらに引き寄せられるように動く。彼女の瞳には僅かな興奮が煌めいている。

 

 次の瞬間鬼火はぱっと消えた。

 まるで夢のように、何もなかったかのように空気が元通りになり、明るかった廊下は再び暗闇に包まれる。

 光が消えた瞬間、少女の手のひらはもう何も感じない空気を掴んでいるだけだ。

 

 「うっ……」

 

 少女はもう片方の手でこめかみを押さえ、深く息を吐いた。

 少女の頭の中でさまざまな映像や言葉が交錯する。それらは鮮明ではなく不安定なものだ。彼女は目を開け、再び鬼火が消えた場所を見つめる。

 

 しばらくして少女が口を開く。漏れるのは思考の塊だ。

 

(加害者は渡我被身子、被害者は齋藤君って子で死因は失血死。凶器はカッターナイフ。市販の安物。急所を一突き。”個性”による攻撃ではなく素の身体能力による攻撃。被害者側の感情は混乱、恐怖、激痛によるパニック。加害者からは……なんだこれ、性欲由来の快感に分類…… ? いや愛情行動が根本からずれてるタイプかな。衝動的で計画性は見受けられず。抑圧からの解放と快楽が基本。典型的な“個性”に引っ張られた犯罪。吸血行動あり。傷口からストローで直飲みとか色々汚い……。変貌。“個性”の暴走? 加害者側の服装になんらかの乱れアリ。吸血後、渡我被身子の容貌が被害者に変身するのを確認。うん。これが“個性”だ間違いない。割と強烈な”個性”だな。これ多分一生捕まらないぞ。目撃者複数あり。怖かっただろうなこれ。犠牲者と加害者の関係は遠くも近くもなく。友達関係……? 知り合い程度かな。互いに顔と名前が一致する程度でそこまで親しくはなかったと思うけど険悪な関係でもなし。被害者からはとにかく加害者からは強めの片想い? いやこれ片想いに分類したくないなあ……)

 

 少女が思考する。読み取った情報を咀嚼する。

 

 彼女が高速で、加害者、被害者の名前、感情、起こったこと、殺害方法、動機、関係性、この殺人現場に起きたありとあらゆることを暴きたてる。

 

 男はその一部始終を黙って聞いていた。一瞬感心したかのように目を細めたが、すぐにその表情を戻した。

 

「流石『彼岸花(アマリリス)』。見事な分析です。報告はまた後でお願いします」

 

「その名前で呼ぶのあなたしかいないけど……」

 

 少女はもう一度花束を見つめる。

 

「ああ、やっぱり人が死ぬのは面白いね。どんな凡人でも最期は輝く」

 

 少女が心底楽しそうにくすくすと笑った。

 

 男は呆れたように肩をすくめる。

 彼が手招きをすると少女は抵抗せず素直に近寄る。

 

 最後に少女はふと気になったかのように、男に質問をした。

 

「そういえば黒霧。どうしてこの子を追いかけてるの?」

 

「できれば勧誘できればと」

 

「何にだよ」

 

 廊下に真っ暗な靄が拡散され、次の瞬間二人の姿は闇の中にかき消えた。

 

 空気は元の静けさを取り戻し、ただ無人の廊下が広がる。

 その場に残されたのは、誰のものでもないかのようにひっそりと残された花束だけだった。

 

 ――――――――――

 

 教科書に書かれた数学の問題、黒板の前に立って淡々と説明を繰り返す先生の声、部屋に響くペンがノートに触れる音、そして窓からひらりと吹き込む春の風――。

 

 これらすべてがあまりにも退屈で、霊火は無意識に手を口元に添えてそっと欠伸をかみ殺していた。

 涙が滲むのを感じながら、目をこすっても眠気は収まる気配がない。

 

 こんなありふれた日常がただひたすらに退屈だった。進級したのに授業は全く面白くならないし、時計の針の進みは遅く長く感じられる。

 外からはポカポカと暖かい日差しが差し込み無駄に暖かくて、彼女がいくら頑張っても、脳はあっという間に意識を手放しそうになる。

 

(ちょっとぐらい寝とけばよかったかも……)

 

 昨夜は深夜の学校ツアーの他にも複数仕事があって徹夜になってしまったのだ。

 一時間でも眠っておけば違ったかなと後悔。

 

 ついに授業に集中することを諦め、こっそりと横の席を見る。

 

 そこには緑色の癖毛とそばかすのクラスメイト、緑谷出久が座っていた。なぜだか彼の大きな目はうつろで何も見ていないようだった。開かれたノートには一切の書き込みもなく、心ここにあらずといった様子。

 要するに、彼もまた放心状態に陥っていた。

 

 緑谷の様子を見て、霊火はつい悪戯心が沸く。

 授業が退屈すぎて、他のことに気を取られなければ耐えられそうにない。少女はそっと手を伸ばして、緑谷の肩を軽くつついた。

 彼は急な刺激に目をパチクリさせ、動揺したようにパッとこちらを見た。

 そのまま小声で謝ってくる。

 

「ご……ごめん。僕、寝てた?」

 

「ううん、ボーっとしてただけ。何考えていたの?」

 

 小声で聞いてみたが、彼はあたふたと挙動不審な動きをし、見るからに答えに窮していた。

 

「進路のことで悩んでるの?」と霊火は少し笑いながら助け舟を出す。

 

 緑谷はしばらく黙っていたが、ようやく小さな声で答える。

 「うん…ちょっとね」という彼の言葉にはどこか疲れたような響きがあった。

 

「”無個性”で雄英志望だっけ」

「うん……まあ……」

 

 今日あった進路指導の話だ。

 雄英高校は日本で一番レベルの高い高校で、特にヒーロー科は日本最難関として知られている。

 進路希望の紙を集めた時に、緑谷が爆豪というクラスメイトに詰められていたことを思い出す。『記念受験はやめろ』とか、なんとか。

 

 実際問題、“無個性”で雄英はほぼ不可能だ。霊火だってそう思う。

 

(まあ緑谷だけじゃないけどね。このクラスのヒーロー科志望だって九割はヒーロー科に行けないんだし……)

 

 ヒーロー科はそう簡単に入れるところではない。このクラスの殆どは結局緑谷と同じように偏差値や“個性”から妥協する運命にあるのだ。

 

 そしてどうせ彼も自力で気が付くのだ。

 わざわざこちらが彼に『雄英は無理』だなんて指摘して、彼を無駄に落ち込ませるまでもない。

 

 「何か相談があったら言ってね。手伝うよ」

 

 「あ……ありがとう殻木さん……助かるよ……」

 

 だからいい子の私は親愛なるクラスメイトをただ励ました。

 中学三年生の春、穏やかな日の出来事だった。




こんなの雄英に入れていいんか?
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