殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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010:殻木霊火:オリジン

 自室の大きな鏡の前で、霊火は自分の姿を見つめる。

 

 今の霊火はぱっつんのセミロングだ。髪色は黒色に染めてある。

 霊火は体質上髪の毛の成長が極めて早く、切ってもすぐに伸びる。ヘアスタイルの変更がたくさんできるという強みはあるが、やはりめんどくさい。

 

 鏡に映る中学の制服のセーラー服は少し大きめで、華奢な体つきが際立つ。

 年齢の割に幼さが残る体型は、どこか貧相で不健康な印象だ。身長も中々伸びないし、胸も大きくならない。

 日頃から大人っぽいねとあらゆる人に言われる霊火だが、それはこの身体の未熟さの裏返しな気がしてならなかった。

 

 ”個性”『摂生』

 運動能力と引き換えに生命力を二倍にする異能

 霊火の成長はあらゆる面から歪められているが、これもその一つだ

 

 霊火は、ドクターに製造されたある種の脳無だ。

 通常型や黒霧と仕組みや設計は異なれど。

 

 霊火もまた、人の死体から出来ている。

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 ある春の日のことです。

 

 三歳の誕生日を迎えたばかりの女の子が、お母さんと手をつないで街を歩いていました。

 桜の花びらが舞う中、女の子は新しい靴を履いて、楽しそうにスキップをしていました。

 

 そのとき、女の子は大きな建物の間に不思議な光を見つけました。

 小さな赤い光が、ふわふわと漂っているのです。まるで春の妖精のように、とても綺麗でした。

 

「お母さん、あれなに?」

 

 女の子は光に近づき、小さな指で指さしました。

 

「えっ? どれどれ...」

 

 お母さんは不思議そうな顔をして、女の子の指さす方向を見ました。

 

「なんだろうねぇ。誰かの”個性”かな? それとも春の魔法かもしれないね」

 

 そうして楽しい春の日々が過ぎ、暑い夏がやってきました。女の子は両親と一緒に、生まれて初めての家族旅行に出かけることになりました。

 

 夜の飛行機の中は暗くて、女の子は少し怖くなりました。

 窓の外は真っ暗で、機内の明かりも控えめです。お父さんとお母さんは、疲れて眠っていました。

 

(もっと明るくしたいな...お星さまみたいな光があったらいいのに...)

 

 そう思った瞬間、女の子の手の中に小さな光が灯りました。あの日、大きな建物の近くで見たのと同じ赤い光です。

 

 光は女の子の手から離れ、ふわふわと浮かび上がり、まるで蝶のように舞い始めました。

 女の子が止めようとした時には、もう遅かったのです。

 

 光は天井に触れ、そして——。

 

 飛行機は落ちていきました。

 

 父親は大きな体で家族を守ろうとしました。たくましい腕で母と娘を抱きしめ、自分の体で覆います。「大丈夫だ、大丈夫だ」と、何度も繰り返しました。

 

 母親は小さな娘をしっかりと抱きしめました。「安心して、大丈夫だよ」と囁きながら、娘の頭を優しく撫でます。母親の手は少し震えていましたが、その声は静かで穏やかでした。

 

 女の子は、自分が何かをしてしまったことに気がついていました。「ごめんなさい...ごめんなさい...」小さな声で必死に謝る女の子。でも、誰にも聞こえていませんでした。

 

 機内は悲鳴と祈りで満ちていました。誰もが愛する人の名前を呼び、許しを請い、最期の言葉を囁きます。

 

 女の子は父親と母親の腕の中で、ただ小さく震えていました。

 

「ごめんなさい...お父さん...お母さん...私が……私が……」

 

 飛行機は、落ちました。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 死者113人、行方不明者3人、生存者無し。公的には原因不明。

 ”個性”『死因』を持つ女の子は、そこで死亡した。

 

 その子が春に見つけた光は妖精ではなく、鬼火だったのだ。

 霊火ですら後から調べて分かった話だが、あの場所でサラリーマンの飛び降り自殺があったらしい。その”鬼火”だった。

 

 『死因』の鬼火は、対物なら必殺だ。

 あの時飛行機は、霊火によって「墜落死」したのだ。100名以上の乗客と共に。

 

 その時素早く3歳の女の子の死体を回収したのが『ドクター』だ。

 彼はその後すぐにその女の子の”個性”に目をつけ、それを脳無に改造する。

 

 その女の子は3歳から15歳まで、数えきれないほどの手術や改造を受けながらも成長する。

 ……もはややっていることが死者蘇生レベルの神業だが、流石の『ドクター』もこれは偶然上手くいったという奇跡の産物ではあったらしい。

 

 そして『ドクター』はどういう心情か、彼なりにその脳無を娘として愛し、娘として接し、娘として教育し、娘として育てた。

 

 

 ある秋の日、10歳になった殻木霊火は、郊外の山中の飛行機の墜落現場に行った。

 

 それは単純な興味だったが、そこで見た『死因』は彼女の想像を絶するものだった。

 そこで知ったのは、自分が殺した100名以上もの乗客の最期の激情。自分の両親の愛情だった。

 

 そして自分自身の『死因』まで手に入れた時、初めて霊火は自分が何者なのかを理解した。

 

 ………………霊火はそれまで、自分が飛行機事故で死んだことは知っていても、自分が飛行機を落としたことは知らなかったのだ。

 

 未だにあの時のことは忘れられない。毎晩夢を見る。

 

 乗客の誰もに、待っている人がいた。愛する人もいた。愛される人もいた。

 自分を愛していた父親がいた。自分を愛していた母親がいた。

 

 一人一人に、大きな大きなドラマがあったのだ。

 

 それをすべて、全て、完全に、たった一つのミスで壊した自分がいた。

 

 ショックで山中で動けなくなった霊火を慌てて助けに来た『ドクター』は、泣く霊火を抱きしめて懸命に励ました。

 

 そして霊火は泣きながらドクターにこう言ったのだ。

 

「こんな事がもう二度と起こってほしくない」と。

 

 それ以来、殻木霊火は『検死官』になった。

 過ぎた”個性”で身を滅ぼす子供が出てこないようにするために。大切な『ドクター』の無念を晴らすために。

 

 霊火はあの日”個性”特異点の解決を誓った。

 これこそが決して世間に認められない血みどろの研究を行う、一人の(ヴィラン)原点(オリジン)なのだ。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 今日はナチュラルメイクで、透明感を意識することにした。

 

 まずは薄手のBBクリームを手に取り、指先で少量を顔全体に優しく馴染ませていく。

 霊火はもともと肌は明るめなので、これで十分。

 睡眠不足の目の下の隈はコンシーラーで軽くカバーしなじませる。

 

 眉毛はブラシで毛並みを整える程度。目元は、ビューラーでまつげを軽く上げるだけ。

 今日はアイメイクはいらないだろう。どうせ彼は気が付かないし。

 

 最後に、無色のリップクリームを塗って唇の荒れを防ぐ程度に整える。

 

 鏡に映る顔を確認する。鏡の中の霊火は満足げに頷いた。

 今日は中々のコンディションだ。

 

 霊火が何故、朝から鏡とにらめっこしているかというと、今日は緑谷と出かける用事があるからだ。

 

 

 昨日の入学試験後、霊火は緑谷と約束を取り付けた。

 入学試験が終わってから、合格発表までの一週間。雄英高校に入ってからでは忙しいだろうし、このタイミングしかないとも思っていたが……。

 

「ねえ、明日一日遊びに行かない? 何か予定あったりする?」

 

 正直、断られる可能性は高いと思っていた。

 緑谷のことだから「もっとトレーニングしないと...」とか言い出しかねないとも思っていたが、緑谷は目を丸くしながらも誘いを受けてくれた。

 

 どうやら霊火もそれぐらいの好感度は稼げていたらしい。

 

 

 鏡の前で丁寧に髪を梳かす。

 ……実は容姿には自信がある方だ。鏡を見ても相当整っている方だと思うし、かわいいともよく言われる。

 

 …………………………本当は自分でも滅茶苦茶かわいいと思っているが、女の子の社会でこの辺りの問題は複雑だ。

 まずよっぽどのド天然でもない限り、女の子は自分の容姿のレベルを自覚している。

 その上で、「かわいい子ぶってる」とも「実は自分がかわいいの気づいてないフリしてる」とも思われないように立ち回る感覚が同性の世界の世渡りには要求されるのだ。

 

 かと言って、自分の容姿に自信があることを素直に認めるのもそれはそれで角が立つから面倒だ。

 霊火の場合は大体自分の体型が貧相であることに着地させて、自虐で終わらせるのが常套手段だった。

 

 ――――――――――――――――――――――――――

 

 待ち合わせ場所は最寄り駅の改札に設定した。

 普通に平日の朝なので、構内には通勤・通学の人々が行き交う。

 

 霊火は集合時間の30分前に到着したが、改札前には既に緑谷の姿があった。

 彼は制服姿でリラックスした様子でスマホを見ていた。近づく霊火に気が付いて、嬉しそうに手を振る。

 

 因みに服装に制服を指定したのは霊火だ。

 こちらも制服で簡単に合わせられるし、何よりも緑谷があまりにもラフな格好で来すぎたり、逆に気合を入れすぎたりすることを防げる一石三鳥の策だ。

 

「おはよう出久くん、今日はありがとうね」

 

「いやいやいや誘ってくれてありがとう殻木さん!!」

 

 そんなこんなで今日の目的地は遊園地だ。平日で人は少なく、定番のお出かけスポット。

 電車に揺られて一時間弱。これまで海浜公園での特訓か受験対策の勉強でしかまとまった時間が取れなかったため、こういうのは初めてだ。

 

 園内で最初に向かったジェットコースターは二人とも余裕だった。

 日頃から"個性"を扱う身には、むしろ物足りないくらいだったのかもしれない。

 

 メリーゴーラウンドでは、きらびやかな装飾の馬に乗った。

 コーヒーカップでは回転する速度を際限なく高め、くらくらするぐらい楽しんだ。

 

 お昼には割高なハンバーガーを食べ、クレープを二人でそれぞれ一つずつ買って午後はパレードを見学。

 

 その後訪れたお化け屋敷では、入口で余裕の表情を見せていた霊火は悲鳴を上げ、逆に並んでいる間怯えていた緑谷の方が意外なほど冷静に対応していた。

 霊火はとても不本意だったが、そっちの方が受けがいいかもしれないと思い自分を納得させた。

 なんというか、普通に滅茶苦茶怖かった。計算され、作られたホラーだからこそ逆に怖いものがある。

 

 ……このお化け屋敷には最後の方に客の反応を撮影するスポットがあった。

 ただ、退場口にて確認すると何故か霊火たちペアの写真には緑谷だけが写っており、霊火の姿が映っていなかった。

 写真を確認した施設のスタッフは霊火の姿が写っていないことに気が付き明らかに動揺していたが、むしろ本当に怖かったのは霊火だった。洒落にならない。

 

 遊園地にいる間、霊火はチラチラ緑谷の様子を確認していたが、彼はどこか解放されたかのように笑っていて霊火はほっとした。

 

 緑谷はいつもどこか張り詰めた表情をしていることが多い。

 ヒーローになるという夢を追いかけ、常に自分を追い込むように頑張っている。でも今日は少しはそれらを置いて遊べているように見えた。

 

 時々見せる困った表情も、驚いた表情も、笑顔も、全てが自然で飾り気がない。

 霊火はそんな緑谷の様子を見れて、とても嬉しかった。

 

 ……あまりにも緑谷が緊張することもなく落ち着いていたので、もしかして彼の中で親友とか妹とかの枠に入れられてないかとも思ったけれど。

 

 ――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ”個性”には所有者の意識が宿ることがある。ある男はそう言ったらしい。

 

 その意見には同意だ。何を隠そう、霊火も手に入れた”個性”の元の持ち主を稀にだが夢に見ることがある。

 そして夢の中の彼らは普通に霊火の知らない情報とかを零すことがあるので結構ビビるのだ。この辺りは霊火の研究内容にも深くかかわってくる。

 

 その中でも『摂生』と『雲』、この二つは霊火の幼少期から持っていた”個性”なので、霊火の人格形成に強く影響している。

 …………………………と霊火は考えていた。如何せん他にデータがないので感覚の話になってしまうが。

 

『摂生』、ドクターの”個性”

 手段を問わない性質、抑えられない悪趣味、ややずれた感性、科学の悪用、効果的で異常なアプローチ

 

『雲』白雲朧の”個性”

 明朗、活動的な行動傾向、誰か気に入った人がいるとずっと気にかけてしまう精神性、善良さ

 

 霊火は、自身の成長の過程でこの辺りの要素を中途半端に取り込んだ気がしてならなかった。

 

 そう考えると、自分の人格すら本当に「自分のもの」なのか分からなくなる。元の少女の『死因』まで含めるとさらにごった煮だ。

 霊火は思う。他人の意識の寄せ集めで形作られた「殻木霊火」という存在に、どこまでの真実味があるのだろうか?

 

 

 

 帰り道、通り過ぎる車のヘッドライトが二人の姿を照らした。

 ここは霊火が一人暮らしするマンションのすぐ近くだ。

 

 二人並んで信号待ちで立ち止まった時、ふと隣を見上げると緑谷もまた空を見上げていた。

 

 …………………………一瞬、霊火は衝動的に告白してしまいそうになった。

 遊園地帰りの帰り道、人通りのない交差点、あまりにもシチュエーションが揃いすぎていて、唇が少し開きかける。

 

 けれど、結局その言葉は飲み込んだ。ちょっとでも考える時間があったら言えなくなってしまった。

 

 当たり前の話だ。片方はヒーロー志望で片方は(ヴィラン)

 

 殻木霊火と緑谷出久は最初から、いつかは絶対に破綻する関係なのだ。

 

 ――――――――――――――――――――

 

 緑谷と別れ帰宅した後、霊火は夜更けの真っ暗な部屋でベッドの上に仰向けになって顔を手で覆っていた。

 今日の遊園地での出来事が、まだ鮮やかに心に残っていた。

 

 そして、この下がる気配もない心拍数はもう否定することができなかった。

 霊火は、ずっと前から緑谷のことが好きだった。

 

 そもそも、いつから彼のことを好きになったのだろう。

 いつ、どんな瞬間に、この感情は芽生えたのだろうか。記憶を手繰り寄せるように、静かに目を閉じた。

 

 いわゆる、「決定的な瞬間」、つまり心臓をキューピッドの矢が射抜くような。青天の霹靂のような、突然の雷鳴とともに恋に落ちるような。

 そんな劇的な一瞬は無かったと断言できる。

 緑谷とはただ、海浜公園での日々だったり勉強だったり、そういう日常的な事しかしてこなかった。

 

 そう、彼は遅効性の毒のように、ゆっくりと確実に霊火の心に浸透していた。

 気づかないうちに、世界は少しずつ歪められていた。彼の笑顔が、言葉が、仕草が、まるで透明な糸のように霊火を縛りつけていく。

 

 その毒が全身を巡っていることに気づいた時には、もう手遅れだった。

 今となってはあの海浜公園で出会ったあの夜から既にある程度好きだったような気さえしてきていた。

 

 けれど、この恋が実を結ぶことがないことも、霊火ははっきりと理解していた。

 彼が霊火の正体を知ったら、彼は決して私を受け入れはしない。

 

 霊火の知る緑谷出久は、ただがむしゃらにヒーローを目指していた。

 敵を倒し、皆を助ける、そういう存在になるため努力し続けていた。

 

 霊火は、彼のそういうところに惹かれたのだ。

 自分の気持ちよりも、相手や周りのことを考えられる強さが。その優しさと正義感が好きだった。

 

 

 だからこれは叶わない恋だということは分かっていたけれど、それでも霊火はこの想いを肯定できた。

 

 多分、この感情は本物だ。

 霊火には、これが「殻木霊火」という存在が抱いた恋心だという、圧倒的な確信があった。

 

 純粋で、誰も傷つけず、ただ相手を想うだけの。叶わないと知りながらなお相手の幸せを願う。

 この感情こそが「殻木霊火」だというのなら。

 

 そう、それだけで良かったのだ。

 ただ想いを抱くことができるというだけで、心は確かに温かかった。生まれて初めて感じる、この不思議な温もり。

 それは霊火という存在が、初めて手にした本物の感情で。

 

 きっと、これこそが、殻木霊火という女の子にとっての原点(オリジン)だった。




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後ヴィジランテのアニメ化楽しみ
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