「”個性”社会と呼ばれるようになって久しいですが、実のところ超常は人間の特権でもありません」
「は?」
「今、こうやって命なき"ママ"が異能を振るっているように、超常というのは人体に依存する現象というわけでも無いのです。いえ、"超"常も何も。もとより全ての現象は、他の物理法則と同じように、最初から我々の目の前に横たわっていた」
『無貌』の怪物。
本来人を傷つける用途ではないありふれたガーデニング用品を自由自在に振り回すアンドロイドと、トップヒーローの衝突は更に激化していた。
大木を切り倒すための重たいチェンソーをチアリーダーのポンポンよりも気軽に振り回しながら、美人な若奥様はその長身を大きく屈めて疾走する。
凶暴なエンジン音と共にアッパー気味に振り上げられた得物が、シンリンカムイをまともに捉えた。
「伐採☆」
「シンリンカムイ!!!!!!」
ほっそりとした掌が木目調の首根っこをむんずと掴み、エンデヴァーの火炎放射の盾にする。
背後から近づこうとしていたウラビティにチェンソーを雑に放り投げるが、それはロックロックが空間に『施錠』した。
意外と良い人な彼は歯軋りしながら叫んだ。
「雄英のガキどもを下げろ!!!!!!」
「いいえ、逃がしません」
アンダースロー気味に投げられたレンガが、正確に蛙吹梅雨を狙い撃ちにする。
完全なる不意打ち。しかしその軌道上に、赤い影が横合いから飛び出した。
「ッしゃああ来いやァァァァ!!!!!!」
切島鋭児郎は両腕をガッツリとクロスし、蛙吹の前で立ち塞がる。
ガンッ――ッ!! と。
レンガは切島の前腕で粉砕された。爆ぜ散った破片が床に跳ねる。
「切島ちゃん! ありが―――」
「ママが逃がすとでも?」
若奥様の影がふわりと伸びる。
空間一面に広げられたブルーシートで援護に入ろうとするプロヒーローを一瞬撹乱し、切島に肉薄。
腰を落として、素手。
莫大な殺傷力を蓄えた白い拳が、切島の鳩尾めがけて突き出される。
「死にますが?」
「――来い!!!! 安無嶺過武瑠!!!!!!」
鋭い外殻が切島の全身を覆う。
アンドロイドの拳がその胸甲に吸い込まれていく一瞬、ファットガムは叫んだ。
「耐えろ烈怒頼雄斗!!!!!!」
何かが割り砕かれるような不吉なサウンドが響いた。
しかし切島は退かない。不屈の眼光で、鋼鉄より硬い身体で拳を無理やり受け止める。
「おや」
「烈怒交吽咤ァァァ!!!!!!!」
全身を硬化させたまま放たれるカウンターパンチが『美貌』の腹を打ち据えた。
若奥様はくの字になりながらも、その指先で切島の手首にそっと触れた。
『硬化』の鋭いエッジを気にせずに、ほっそりとした白い指が蛇のように絡みつく。
「……ッ!?」
「確かに『硬化』は優秀な能力ですが」
硬化した前腕を引いて柔道の動きで懐へ潜り込み、切島の腰をがっちりと抱え上げる。
「スーパーアーマーで投げ技は防げないでしょう?」
切島の視界が反転した。
ドゴォォンッ!!!! と、硬化した切島の全身がアスファルトに叩きつけられる。
衝撃が空気を揺らし、粉塵が円形に弾け飛ぶ。
ジャーマンスープレックスを決めたブリッジ体勢から、若奥様は軽やかに立ち上がる。
その踵がアスファルトを叩く。
「デトロイトスマァァッシュ!!!!」
「おっと」
『美貌』はその場でくるりと回る。
白いワンピースがふわりと広がり、
「……え?」
「避けろデク!!!!!」
エンデヴァーの警告は間に合わなかった。
拳を振り抜いた少年の真後ろで霧が渦を巻き、白い輪郭が女性らしいシルエットを作り出す。
再実体化しながらも回転の勢いをそのまま乗せた若奥様は、背後から勢いよくスコップを振り抜いた。
「せぇい!!」
ガッキーン!! と硬い音が響いた。
外角高めのソロホームラン。
スコップを担ぎ、放物線を描いて飛んでいく少年を見上げる『美貌』は満足顔だ。
血塗れのマウントレディが代表して叫ぶ。
「
「シンプル故に強力です。そして中々レアでしょう?」
貌の無い怪物は、そしてこう続けた。
「では、そろそろ遊びはおしまいにしましょうか。『製作者』の方も大詰めみたいですし」
「何を言って……」
「質問です『サーナイトアイ』」
全ての流れをぶった切って、若奥様はこう聞いた。
「”
女の身体が、歪んだ。
―――――――――
[Class6:Geocentrism]
第12世代“個性”『永夜』を封じた金色の懐中時計。
太陽を覆い隠し、虚構の星空を降ろす終末装置。
がこん、と低い唸りがあった。
天空の運行を司る歯車が回るその音は、世界の誰もが聞いた。
―――――――――
最初に、陽光が消えた。
窓の外を見た相澤消太が、座っていた椅子を押し退けて立ち上がる。
ついさっきまで雲ひとつない快晴が広がっていたはずの空はそこになかった。
まずはブレーカーが落ちたかのような暗転。
一呼吸のあいだに澄み渡るスカイブルーは、墨を垂らしたようなアイボリーブラックへと塗り替えられる。
「…………………………おい」
視覚的にも分かりやすい”世界の終わり”。
エッジショットのうめき声には、警戒や恐怖を通り越した自我喪失の色さえ混じっていた。
次に、星が生まれた。
一番星の淡い輝きが真っ黒な天幕に針で穴を穿つように、灯る。
続けて光点は、二つ、十、百、千——。
それらは瞬く間に増殖し、偽りの夜空は黒い海原に撒かれた宝石のような姿へと変貌していく。
その星々は、地球上から観測できる本物の宇宙より遥かに鮮明に煌めく。
(……暗すぎると活動しにくいと思って、星空はかなり明るめに設定したけれど……)
霊火の『永夜』時計こと【天動説】。ぶっちゃけやってる事はプラネタリウムに近い。
その気になれば五つの角がある星を配置したり星座に線を引く天体ショーも出来たりするのだが、ちょっとやり過ぎたかもしれない。
演出過剰なのだ。満天の星があまりにも満天の星過ぎて逆に嘘っぽい。
明るさを確保したいのならオーロラの一つでも引いてあげても良かったかも。
だがやはりインパクトだけは一級品だ。
全世界で前代未聞の大混乱が巻き起こる事は確定。
歴戦のプロヒーローたちでさえ、『永夜』の光景に思考を奪われていた。
……そして夜。『黒影』ベースの『図書委員』をフルスペックで動かせる。
霊火は好機とばかりに、雄英高校上空の自家製ステルス機内で待機させている“栞”へ意識を集中させた。
(3…2…1…着弾!!!!!!)
狙い通り、建物の壁が外側から粉砕された。
決して広くはない会議室に複数の黒い塊が雪崩れ込む。
「なッ……!?」
ルミリオンが目を見開いて叫ぶ。
霊火が操作する『図書委員』がコントロールする大型トラックほどのサイズの黒い蟹が、ガサゴソと脚を鳴らしながら突入してきた。
(……頭がおかしくなりそう……『美貌』と『図書委員』と私自身を同時に動かすの疲れる……!!)
「っ……!? ロサンゼルスに現れたアンドロイドだと!?!?」
「フロイライン!!! エリちゃんを守――」
相澤が霊火とエリへ視線を向けたその瞬間にはもう手遅れだ。
『アマリリス』は既に次の手を打っている。
(『転送』……!!! 対象は私とエリちゃんで……!!!!)
ぼたり、と。
エリの口元から黒い泥が零れ落ちる。
喉の奥から逆流して溢れだした粘性のある黒い液体が、白い顎をじわりと染めていく。
「っ……、っぐ……ぅ……!」
霊火は少女の手をしっかりと掴む。
そのまま抱き寄せてあげる。そして霊火が仕掛けた『転送』は霊火自身も対象だ。
自分自身の唇の隙間から、同じ黒い液体がどろりと流れ落ちる。
「エリちゃん!!!! 殻木さん!!!! ダメだ!!!!」
ルミリオンが蒼白になって霊火とエリの腕を強く掴むが、もう止められない。
その背後から大型蟹が会議室の机を弾き飛ばしながら迫っている。
エッジショットは一瞬だけ霊火たちへ視線を向けて逡巡し、後ろ髪を引かれるような表情で前を向き直って黒い蟹の群れへ突撃していく。
「殻木ぃ!!!!」
相澤が絶叫する。
彼の叫びを呑み込むように、霊火とエリの身体は黒い泥に覆われていき。
そして、二人は黒い泥の奥へと呑まれて消えた。
―――――――――
「HAHAHAHAHAHAHA!!!!」
高らかな哄笑が瓦礫の散らばる路地一帯を震わせた。
緑谷出久は呆然としたまま、『首輪』が描き出す膨大な攻撃予測線だけを頼りに反射のような動きで死地をかい潜る。
オールマイトが暴れている。
シルバーエイジのコスチューム。
幼いころから崇拝し続けた“平和の象徴”の姿。
しかし今、その巨体は跳ね、蹴り飛ばし、殴りつけ、破壊だけを垂れ流す災害となっていた。
「OKLAHOMA SMASH!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ただのラリアット。
それだけで地平線まで届くほどの風圧が直線状に奔り抜け、天へと螺旋を描いて巨大な竜巻が立ち上がった。
星空へ向かって伸びる白い暴風の塔が荒れ狂う。
地面の瓦礫は吸い上げられて街灯は根元から捻じ切れ、路地は一帯ごとえぐり取られた。
マウントレディは大の字に倒れ、すでに意識がない。
ファットガムはたった一撃で地面に沈み込み、呻くことすらできていない。
麗日お茶子は塀に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちて動かない。
「私が来た!!!!!!!!!」
「……ま、待って……これ……どういう……!?」
『おそらく“変身系”能力です!!!! 先ほどのナイトアイへの質問がトリガーと思われます!!!!』
『首輪』が高速で分析を続けている一方で、緑谷の思考はほとんど痺れ切っていた。
回避も救助も自分がやっている気がしない。身体が“勝手に”動いているだけだ。
「そもそもこの夜は……」
『気にするのは後にしましょう!!!! 『美貌』がマズ過ぎます!!!!』
今は本来、朝の九時だ。
だが空を見上げれば、そこにあるのは深く沈んだ満天の星。
脳が状況を処理する前に、世界がまるごと正気を欠いていた。
「デク!!! 落ち着け!!!」
ナイトアイの声が、混線した思考の奥へ鋭く突き刺さる。
「通信が入った。
「……え?」
「おそらくこの夜空も『アマリリス』の仕業だ。更にロサンゼルスに現れた『図書委員』の大蟹によって雄英が襲撃を受けている! 我々は可及的速やかに『美貌』を倒し、救出に向かう!」
こういうときにやるべきことを言葉で示してくれる人は貴重だ。
その知らせは少年の思考を一度まっさらにしたが、自分が迷っている場合じゃないことだけは理解した。
少年の胸の奥で、何かが跳ねる。
混乱も恐怖も何もかもが一気に吹き飛んだ。
攫われた二人を助ける。
一つの目的が鋼の芯となって心の中心に通う。
その目に暴れ狂う“憧れ”の影が映る。
「……『レイ』」
緑谷は静かに息を吸い、揺らぎの消えた声音で問いかけた。
「アレを倒せる?」
『……可能です』
『首輪』が、無数のガイドマーカーや速度補正円、タイミングゲージに高密度化した予測線の網を展開する。
殻木霊火の声でAIはこう続けた。
『いいですか? 私のガイドに従って下さい。5分以内に仕留めなければこちらが死にます』
星空の下、偽りのオールマイトが目に入る。
瓦礫の匂い、竜巻の轟音、負傷者の息遣い。その全部が現実へと自分を強制的に引き戻す。
『あの変身能力は、"質問を飛ばして相手が想起した人物に変身する"ものと推測できます。つまりアレは、『サー・ナイトアイが最も尊敬する全盛期のオールマイト』です』
「あのアンドロイドを倒して、霊火さんとエリちゃんを助けに行く!!!」
……この個性の練習は数度しかしていない。
霊火と試したのもほんの数回。本格的な模擬戦なんて未経験だ。
ぶっつけ本番でやるしかない。
緑谷は足を半歩開き両腕をわずかに下げる。
自動車のシフトレバーを引き込むような独特の構えを取る。
「――2ndトランスミッション」
『……さあ、憧れを超えるときです『デク』!!!』
―――――――――
『転送』は、黒い液体をゲートとして対象を移動させる”個性”だ。
激レアのワープなのはいいのだが、喉に生臭い液体が流れ込むためあまり快適とは言えない移動方法である。
「っ……けほ、けほ……! おえっ……!!!! エリちゃん、大丈夫……?」
「だ……だいじょうぶ……!!!」
転送先は広さとしてはごく普通のワンルーム程度。
ふかふかの革張りソファにガラスのローテーブルが配置されたリビング風の空間だが、窓は一つもない。
潜地艦『サブノーティカ』居住区。
雄英高校直下三千メートルで待機させていた『アマリリス』の移動拠点である。
ヒーローコスチュームに付いた液体を両手で払いつつ、殻木霊火はヨロヨロと立ち上がる。
(まったく……結局こうなるのか……)
エリを『転送』でサブノーティカに拉致する案は、元をたどればエリが最初にハイツアライアンスに来た時に思いついたものだ。
あの時は情に負けて拉致は諦めたが、回りまわって結局『転送』拉致はしているのだから業が深い。
「う……エリちゃん、ここはもうあんぜ――おえっ!!!!」
「だいじょうぶお姉さん!?!?」
泥ワープの残骸が喉の奥に残っている気がする。
エリよりも霊火の方がダメージが深い始末だった。虚弱体質すぎる。
ソファの縁に縋りつきながらゲホゲホと咳き込んでいると、エリが心配そうに背中をさすってくれる。
「お水のむ……?」
「ちょっと待ってエリちゃん……お姉ちゃんちょっと喉に色々引っ掛かってて……」
そのままゴホゴホと咳き込むこと数分。
エリをソファに座らせて、霊火はその前に屈んで目線の高さを合わせる。
「……ビックリしなかった?」
エリにこう問いかけた。
小さな少女は首を横に振りながら、少し誇らしげに胸を張った。
「すごいビックリしたけど……! 夜になるのも、カニさんも、泥も、お姉さんが教えてくれたからぜんぜんこわくなかったよ……!!! それに、お星さまがすっごくキレイだった……!!!」
「……そっか。よかったぁ……」
あの星空を見て綺麗という感想が出てくるのも子供ならではだ。
とにかく霊火は胸を撫で下ろす。彼女の精神は思ったよりも安定している。
エリはきょろきょろと室内を見回すと、霊火の手をぎゅっと握った。
「ここって、お姉さんのおうち……?」
「そうだよ。お姉ちゃんはいつもは雄英高校に住んでるからあんまりこっちには帰ってこないけどね」
エリは安心したのか、ソファの端にちょこんと座って揺れる足先を眺めている。
「エリちゃん。この前も話したけど、しばらくデクさんとか相澤先生には、会えなくなるよ」
「うんっ……!!!! さびしいけど、ここがいちばん安全なんでしょ?」
「そうだね。それに……ほらおいで『ダイナ』!!!」
霊火が軽く手を叩くと、リビング奥の寝室スペースから小さな影が現れた。
白と黒のツートンカラー。まん丸の目に、極端に短い足。
マンチカン。猫のダイナが、ぽてぽて歩きながら姿を見せた。
「……!!!!」
エリの瞳がキラキラに輝く。
「ね、ねこちゃんだ!!!! ねこちゃん!!!!」
ダイナは優雅に胸を張り、お嬢様のように尻尾をくねらせた。
エリの前に優雅に座り込み、前足を揃える。
そして落ち着き払った声でこう続けた。
「ごきげんよう、エリ。話は聞いております。あたくし、ダイナと申しますわ。どうぞよろしくて?」
「しゃ……しゃべった!!!!?」
霊火は苦笑しながら、『招き猫』ことダイナの背中を軽く撫でた。
「エリちゃん。ダイナはここの管理をしてくれている賢い猫ちゃんだからね。この子がエリちゃんのお世話をしてくれるよ」
ダイナはふわりと尻尾を揺らした。
「ええ、安心して下さいませ。今日からあなたの身の回りはこのダイナにお任せあそばせ。ただしあたくしの言う事は良く聞くこと」
「……すごい……!!! おひめさまみたいな猫ちゃんだ……!!!!」
(ちょっろ……)
喋る猫などそこらの6歳は騙せない気がするが、エリはあっさり信じてしまっていた。
まあ八斎會に閉じ込められ続けた結果と考えると中々闇が深いが。
因みにこの猫、普通に”個性”機械だ。
搭載能力は『黄金化』『金属操作』『透視』の三つ。
タルタロスを単騎で攻略できるガチ設計で、間違っても子守ロボットをさせていいようなスペックではない。しかし『巻き戻し』のボディガードとしてはこれぐらいが適任だろう。
『招き猫』シリーズは小型で肉弾戦は望めないため、本体スペックを切り捨てた量産が出来る。『美貌』ほどシビアに作る必要が無いのだ。
それに『金属操作』を使えば大抵の家事をこなせる上に、身体が猫なので操作するのが大変だが霊火の遠隔操作も可能。
エリが外に出たがった場合も、サブノーティカに閉じ込め続けずに散歩に連れ出したりすることぐらい出来る。外の世界に触れることは子供の成長のため必須だ。
「……じゃあ、エリちゃん。ここでしばらく暮らしていけそう?」
霊火がそっと問いかけると、少女はダイナの頭を両手で包み込むように撫でながらぱっと顔を上げた。
「うんっ……!!! ダイナちゃんもいるし、お姉さんのおうちでぜんぜんこわくないよ……!」
「そう。よかった……色々落ち着いたら、学校とかに行く準備も始めようね?」
「うん……頑張る……!!!!」
エリはソファの端で足をぱたぱた揺らしながら、室内をきょろきょろと観察していた。
その時、ダイナが優雅に喉を鳴らしながらエリの足元に寄り添い、小さく咳払いをした。
「エリ、ひとまず案内をいたします。お手洗い、お風呂、キッチン、それからあなたのお部屋もございますの。ついていらして?」
「うん!!!!」
エリはパッと立ち上がりダイナの後ろを追いかけていった。やっぱり子守ロボットは猫型に限る。
―――――――――
ナイトアイは、相澤と霊火にこう告げた。
『顔の見えない何かに、エリが殺される』と。
……あの時はショックで何となく聞き逃してしまったが、改めて考えてみるとこれはかなり不可解だ。
そもそも、その“殺人者”は誰なんだろう?
ここで一つの疑問が出てくる。
冷静に考えれば、今回の事件の登場人物の中に、エリを殺して利益を得るものが一人もいないのだ。
善良なヒーローたちは憐れなエリを助けたい。
『アマリリス』は情にほだされている。
そして何より、『オーバーホール』にとってもエリの死は極めて致命的だ。
何故なら彼の計画は、エリが生きていることを前提に成立している。
ある意味、彼がこの世界で一番エリの安否を気にしているだろう。彼にとってエリは非常に重要な駒なのだ。
この時点で容疑者がゼロ。
こうなると、『顔の見えない何かに、エリが殺される』という話が全く別の意味を帯びてくる。
たとえば、推定『妹』による外部的介入。
たとえば、流れ弾での不幸な事故死。
だが、これらも根拠が薄い。
『妹』は、オリジナルの八百万百やメリッサへの態度からしてエリに害意を向けるようなタイプではないように思える。それ以外の外部犯ではそもそもエリに到達しないだろう。
事故死であれば、ナイトアイがわざわざ”殺される”という表現を使うのも不自然だ。何しろ事故と殺人ではヒーロー側が警戒すべき対象がまるで違う。ここを歪めるとエリの安全に直結する以上、ナイトアイがここで間違えるとは考え辛い。
……”顔の見えない”という言葉から直球で『無貌』持ちの『美貌』説もありえたが、予定を捻じ曲げて直接ナイトアイにぶつけてみても反応はゼロだった。
つまり、殺人犯は『美貌』でもないという事だ。
これで殺人犯の正体は闇の中だ。
いくら考えても答えが出ない。影も形も見つからず、尻尾の先も掴めない。
何しろ探偵役は殻木霊火だ。単純な頭脳なら世界トップクラスの自負がある。
単に情報不足で推理不能というならまだしも、今回の霊火はプロヒーロー、八斎會、そして『アマリリス』本人。全ての陣営に通じているコウモリ状態だ。
これだけ材料が揃っているのに、
つまり、こういう仮説が出てくる。
霊火が頭を悩ませている『予知』内容。
この情報は全て『サー・ナイトアイ』一人から口頭で伝えられた内容に過ぎないのだ。
『
作為的に誤情報を与えられているから、いくら考えても辻褄が合わないというのは非常に自然だ。
となると当然、新たにこういう疑問が出てくる。
彼は何故、霊火に本当の『予知』内容を伝えなかったのだろうか?
彼は一体何を見た? 初めて会う霊火をどのような基準で『予知』の共有相手として選んだ?
彼の『予知』に、何らかの形で霊火が映っているからでは?
それが、霊火にとって何か致命的なものという可能性は?
思い返せば、ナイトアイとの初対面。
彼は霊火に『予知』を使おうとしていなかったか?
『変速』の登場早いなあ……
感想や評価ありがとうございます。大きな励みになっております。