殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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102:インターン⑧

 ガツンと、茶色いローファーが金属製のフロアを叩いた。

 

 報道ヘリコプターの内部。

 天井は低く、機材ラックに無数のスイッチと小型モニターが貼り付けられた機内で、若手女性リポーターは腰を抜かしながら叫ぶ。

 

「ふ、『風香』!?!? どうしてここに!?!?」

 

「精々400m上空にいる程度で安全圏って訳でもあるまいに」

 

 金色の瞳に蒼い角。そして赤い翼。

 頑丈なカーゴドアなんてあっさりと切り飛ばされた。

 ヘリ機内に直接踏み込んできた100万殺しの”鬼”は、男性カメラマンが抱え込む中継カメラに右手をかざした。

 

 『念動力(テレキネシス)

 機材を浮き上がらせて自分自身に焦点を当てるアンドロイドは、レンズに向かって横ピースする。

 

「なんかインタビューとか無いの? せっかく顔出してあげたのに……」

 

「ヒッ……!!」

 

「さあ、この『風香』ちゃんが視聴率を稼ぎに来てあげたぞ~?」

 

 そう言われてもインタビューなんて咄嗟に出来るわけがない。リポーターは震える指でマイクを握りこむ。

 

 ……元々ここに来た理由は中継の為だった。

 本来なら午前九時。朝陽が街を照らしているはずの時間帯だというのに、窓の外には満天の星。

 報道各局はパニックの中で空へと飛び立ち、状況の把握に躍起になっていた。

 

 その中でも雄英高校の東側、およそ五キロ地点上空。

 地上がロサンゼルスでも見受けられた“黒い蟹”で埋め尽くされている地点。

 

 極大の危機に晒されながら、それでも質問自体は出来たのは職業意識の賜物か。

 リポーターは床に尻をつけたまま震える声でこう聞いた。

 

「こ、この夜は『アマリリス』によるものなのですか!?!?」

 

「そうだけど」

 

 あっさりとした肯定。

 なんでこんな初歩的な事が分からないのだろうという当惑まで滲む即答。

 

「まあそんな大騒ぎする必要もないよ。12時頃には元に戻してあげるからさ」

 

「な、何を……!! どうやって……!!」

 

「企業秘密。あと、栞ちゃん……ロサンゼルスでも活躍していた『図書委員』のことね? あの子も人を傷つける気は無いから、市民の皆様はあんまり怖がらないでね~。では今後ともよろしく!! ちょっと用事があるから!!」

 

―――――――――

 

 風香によるインタビューから数分後。

 

 その街は美しかった。

 

 建物という建物は磨き上げられ、白い大理石を敷き詰められた舗道は星灯りを受けて鈍く光を返す。まるで夜空を映した氷の板だ。

 

 左右にそびえ立つ構造物はいずれもルネサンス様式。

 人間の理性と秩序を信じた時代の建築で、均整の取れた立面、厳密に計算された比例、直線と円弧だけで構成された静かな調和が特徴。

 半円アーチとコリント式の柱。幾何学的な窓枠のどれもが新品同然で欠けも汚れもひとつとしてない。

 

 神野区『神域』。隕石墜落跡。

 八斎會の若頭、治崎廻は不意に足を止めた。

 吸い込んだ空気は乾いて澄み、どこか無機質な静寂が肺の奥に張り付く。

 

 プラットフォーム中央の規則正しい白光を放つホログラム掲示板下に彼女はいた。

 

 可憐な文学少女だ。

 ベンチに腰掛け、薄いカバーのかかった文庫本を両手でそっと支えている。

 ページをめくる指先は細く、本の重さすら感じていないかのようだった。

 

『図書委員』。

 いま、この瞬間も雄英高校を襲撃しているアンドロイド。

 

 治崎は外套をわずかに揺らし、丁寧に問いかけた。

 

「貴方が“栞”か?」

 

 少女は顔を上げ、淡い笑みを浮かべた。

 瞳の奥には静かな光だけが宿り人間らしい温度は見えない。

 

「そうですよ。八斎會の治崎廻さん。真奈美さんの紹介ですね」

 

 彼女は本を閉じず、薄いページに指を挟んだまま治崎を見上げていた。

 治崎はわずかに息を整えもう一つ問いかける。

 

「何を読んでいる?」

 

 少女は視線をページに戻した。

 

「『ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか』」

 

「『銀河鉄道の夜』か」

 

「よくお勉強されているようで」

 

 少女はパタンと本を閉じた。

 

「発車予定日は明日ですよ」

 

「今日出発しろ。今すぐだ」

 

「……酷いクレーマーですね。そうは言われても車両の準備が出来ていません。ワープドライブの調整がどれだけ繊細な機構かをご理解頂きたいのですが……」

 

「ヒーローに嗅ぎつけられた」

 

 治崎は短く告げた。

 文学少女は呆れたように肩を竦める。

 

「十分存じております」

 

「今すぐ出せ」

 

「仕方ありませんね、今すぐは無理ですが繰り上げましょうか。次元の隙間に落っこちても知りませんよ」

 

 治崎は無言で親指を背後へ向けた。

 その動きに応じて、背後の影がずらりと並ぶ。

 

 そこにいるのはペストマスク姿の組員たちだった。

 屈強な男たちのくぐもった呼吸音が、神域の静寂を不快にかき乱す。

 そしてとても目立つのは、角のある小さな少女だった。眠る彼女が白い服を着た男に抱えられている。

 

 少女は彼らを一瞥し、淡々と告げた。

 

「むさくるしいカムパネルラですね?」

 

「俺はジョバンニという柄じゃない」

 

「じゃあ星野鉄郎なんです?」

 

―――――――――

 

 全体的に緊張感が足りなかった。

 

 その元凶たる殻木霊火は黒いセミロングの髪を揺らしながらソファにぐでんと寝転がっていた。

 リモコンを指先でくるくる回し、ぼんやりと視線だけをテレビへ向ける。

 薄型の大型モニターには複数のニュース番組が同時に映し出され、どの局のレポーターも緊迫した声で状況を伝えている。

 

 しかしどのチャンネルも似たような光景だ。

 昼であるはずの時間帯にも関わらず、都市全体が闇に沈み街灯が自動点灯している。

 人々は空を指差し、悲鳴を上げ、車はクラクションを鳴らしながら立ち往生し、レポーターたちは声を震わせて実況する感じだった。

 

 その中でも、雄英高校上空を映すニュース。

 セーラー服姿の『風香』がヘリから飛び立つシーンを見て、少女はぽつりと呟いた。

 

「……うん、意外とオートでもいけるな、アンドロイドたち」

 

 推定『妹』の干渉疑惑は確かに存在する。

 本来なら、アンドロイド一体一体に自分の意識を“流し込んで”直接操作するのが理想だ。

 

 ただ、『妹』もこの手のハッキングやクラッキングが特別得意というわけでもない気がする。

 主観ではあるが、殻木霊火がどう派生しようと強大なスーパーハッカーになるビジョンは浮かばないのだ。

 

(まあ、不意打ちの初回はともかく、二回目は逆探知を嫌ってやらないだろうなあ。私ならやらないし)

 

 同時操作は霊火への負担が大きい。

 負担が大きいだけならまだいいが、『美貌』側で本体の発言をしたりなどの致命的なミスが怖い。

 出来ればミスのないAI操作に任せたい所だ。

 

(エリちゃんはダイナが面倒見てくれているし……)

 

 サブノーティカに拉致したエリだが、愛らしい短足マンチカンがよほど琴線に触れたらしい。終始ご機嫌だった。

 

 ……信頼を得て、秘密を共有し、自分のテリトリーに連れ込んで犬猫の面倒を見させるなど、いよいよやる事が小児性愛者のグルーミング染みてきた。

 緑谷もそうだが、エリはエリで将来的に霊火の正体を知ったときのダメージは相当大きくなるだろう。出来れば霊火に依存し切る前に良識ある大人の元に返してあげたいのだが……。

 

 しかし今は『予知』の攻略が最優先。

 殻木霊火は大きなため息をつく。『巻き戻し』を手放そうと考えるなんて、敵としてもマッドサイエンティストとしても三流に成り下がった物だ。

 

(……取り敢えず全てのアンドロイドに即死を取れる私自身の隔離には成功したけど……ちょっと難しい場面だなあ)

 

 このまま『アマリリス』による拉致扱いで潜伏してしまうのも手ではあるが、『予知』の攻略のためにプロヒーローとしても動ける霊火の柔軟さは残しておきたい、

 頃合いを見てしれっと復帰すればいいだろうが、そのためのシナリオも必要だ。

 

 八斎會防衛担当の『美貌』の方は途中からAIに操作を投げているが、あっちはあっちで相当追い詰められているらしい。

 しかしこれは想定内だ。八斎會に向かったメンバーの豪華さを考えると、思ったよりも健闘していると言える。

 

「『首輪』が煽って超必殺の『変速』も吐かせたし、後は適当に時間潰して終わりかな」

 

 デバフの『無貌』と短距離ブリンクの『霧中』で安定した戦闘力を持つ『美貌』だが、『夢幻』は割とオマケだったりする。

 そもそも全盛期オールマイトなんて機械で再現出来るなら霊火はこんなに苦労してない。

 

 つまりナイトアイの心の中にある『オールマイト』は、本来は変速無しで倒せる敵なのだ。というか部分的にでも全盛期のオールマイトを再現出来るなら『アマリリス』はもっと別の作戦を立てている。

 

(まあ悪魔との契約なんてこんなもんだよ出久くん。破格の条件の裏でガッツリ搾取……まあ搾取は出来てないか。信じてくれているのは悪い気はしないけれど……)

 

 『首輪』のサポートAIに指示を出せば、デクの行動を誘導できるというのは便利だ。

 彼を八斎會にさえ縛り付けていれば対戦相手が永遠に霊火製のアンドロイドなため、緑谷に後に残るような傷を負わせないように調整できるのも良い。

 一応、他のプロヒーローや雄英生徒も殺さないようにしている。警察は知らないが。

 

 どちらにしても『夢幻』を発動している最中の"真奈美"は手動操作の効きが悪い。

 戦闘力にしても行動パターンとしても、『夢幻』は相手の想像依存なのだ。

 

 だからこそというべきか。

 実はこういう裏技があったりする。

 

―――――――――

 

 緑谷出久は歯を食いしばる。

 

 彼の見る先にはオールマイトの姿。

 平和の象徴は緑谷に背を向けて崩れかけたビルの下へ飛び込む。

 そしてしばらくして、逃げ遅れた親子をその太い腕で優しく抱えて出てきたのだ。

 

もう大丈夫!!! 私が来た!!!

 

「オールマイト!?!?!? な、引退した筈じゃ……!?」

 

「こんな非常事態に黙っていられるわけないだろう!! 一夜限りの復活さ!!」

 

 緑谷出久が動画で何度も聞いた声は。

 幼少期から憧れ、目指し続けたヒーローそのものだった。

 

 救助活動を悔しげに見つめるしかない少年に、『首輪』がそっと囁く。

 

『攻撃したら救助者を巻き込みます。ずっとそういう立ち位置です』

 

「分かってる……!!」

 

 もちろん相手もそれを狙っているのだろう。

 

 もし『美貌』が市民を傷付けるような真似をするなら緑谷出久は動ける。

 しかし偽物のオールマイトはただ市民を助け、ファンサービスをし、子どもたちを勇気づけるだけだ。

 

「オールマイト!!!! 助けてくれてありがとう!!!!」

 

HAHAHAHAHAHAHA!!!! もう大丈夫!!!!

 

 雄英高校ではヒーローに必要な事をたくさん習ったが、救助中のヒーローを攻撃する訓練などあるわけがない。

 あの崩れかけたビル自体『美貌』が攻撃したものでマッチポンプだ。それなのに手が出せない。

 

 背後から追いついてきたナイトアイが緑谷の肩に手を置いた。

 彼は偽物のオールマイトを見て首を横に振る。

 

「……どんな時でも笑顔で人を救ける、最高のヒーローか」

 

「ナイトアイ……」

 

「……アレがまさに、私が最も尊敬するオールマイトの姿なのだろうな」

 

 追いついたエンデヴァーは『美貌』の姿を見て苦虫を噛み潰したような顔をする。ミルコですら蹴りかかったりなどしなかった。

 

 それからすぐに緑谷出久の全身が硬直する。『変速』の反動だ。

 緑谷の様子を見た蛙吹梅雨が、傍に寄り添って背負ってくれる。

 

 オールマイトは、陽気な笑顔のまま真正面から堂々とヒーローたちの元に戻ってきた。

 

HAHAHAHAHAHA!!! 緑谷少年!!!!

 

 ファットガムは前に出て、零す。

 

「『美貌』……お前は……お前は何が目的でこんな……!!!」

 

「緑谷出久は時限の強化技を空撃ちしました。これで面倒な緑谷出久は無力化。安全に時間を稼げる方法があるならそれを選択するべきです」

 

 ぎゅるんと。

 平和の象徴が、長身の女性の姿に戻る。

 白いワンピースの女は、豊かな胸を腕組みで下から押し上げてゆさりと強調させる。

 

「ママの『夢幻』はそこまで便利な力ではないですよ? あのオールマイトにしてもナイトアイの頭の中にある人物像に引っ張られるため、頭の中で制御権の綱引きになりますし」

 

「……………………………」

 

「ヒーローに変身すれば悪事を働かせ辛く、敵に変身すれば言うことを聞きづらい。そんな面倒な能力です」

 

 若奥様は上品にクスクスと笑う。

 何故か天喰環に視線を流しながらこう続けた。

 

「しかし、既にターゲットになりたくなさそうな人が数名。ほら、今目を逸らしたそこの君です。先生に当てられたくない生徒ですか貴方は」

 

「やめろ……」

 

「質問です『サンイーター』"最も恋心を―――”」

 

 天喰が絶望的な顔で『美貌』を見た。波動ねじれが僅かに緊張したように天喰を見る。

 

 しかし、若奥様は何故かそこで止まった。

 掌を頬に当てて優雅に首を傾げ、色っぽいため息。

 

「……あら甘酸っぱい。なら止めましょうか。ママとしても良くない気がしてきました」

 

「な……!!」

 

「ママはロマンチストなのです。敢えて言うならそういう風に組み上げられた人格なので、本当は戦い自体が好みじゃないんですよ?」

 

 そう嘯く若奥様は、エンデヴァーにこう切り出す。

 

「なんか冷めちゃいました。ママとしては、この場にいる全員がここに留まってくれるのならこれ以上戦う理由も見当たらないのですが」

 

「お前は何が目的だ『アマリリス』!!!」

 

「あの方は色々考えておりますよ。貴方よりも世界全体の事を考えております。視野が広すぎるせいでうっかり大量殺戮に走ったりするあたりが難点ではありますが」

 

 プロヒーローたちが、一斉に距離を詰めた。

 『美貌』は薄っすらと目を細める。ため息を一つ挟んで、呆れた声でこう切り出した。

 

 或いは、『美貌』が製作者の遠隔操作中なら、逆に出来なかったであろう問いを。

 

「質問です『デク』」

 

 そしてこう続けた。

 

「”最も守りたい人は誰?”」

 

―――――――――

 

 世界の何処かで全てを見ていた赤い瞳の少女は。

 頬を赤くして俯いた。

 

―――――――――

 

 そう、緑谷出久の目の前に、彼女は立っていた。

 

「ふう…」

 

 幼く甘い吐息が一つ。

 

 黒のブレザーに身を包み、胸元には白いスカーフ。

 背は低く、小柄で、影さえ細い。 

 髪色は綺麗な黒。ミディアムボブが星明かりを受け艶やかに曲線を描き、耳元で静かに揺れる。 

 

 幼さを残す完璧な造形。

 長いまつげが伏せられるたびに影が頬に落ち、大きな瞳は鮮やかな赤色だった。

 

「あらあらまあまあ……。アオハル、ですね?」

 

 当の本人も本気で予想外とでも言いたげな顔だ。

 両手を伸ばし身体を捻ってその矮躯のあちこちを見て回る。試着室にいる感じが近いか。

 

 次第に、口調や声のトーンそのものが変身先に変質していく。

 

「……へえ、この質問内容で”私”になるんだ。ふうん……ふーん?……てっきり引子さんとかエリちゃんとか身を守る術を持たない人を思い浮かべると思ってたけれど」

 

「………………」

 

「出久くんもそんな目で見ないでよ。貴方が想像する殻木霊火ですよ」

 

 逆に、善良な大人組が気まずさで一斉に黙り込んだ。

 全体的に見てはいけないものを見た感が漂っている。何となく弛緩した空気が漂い始めた。

 

「本当は引子さんとかエリちゃんとか引き当てて時間稼ぎを狙いたかったんだけど、なんか戦える子が出てきちゃったなあ……」

 

「………………」

 

「そういえば、なんで折寺中の制服なの? そんなに印象深かった?」

 

 リューキュウは固まっている麗日をチラリと見た。

 動き辛そうな男子陣を見かね、人型形態に戻りながら前に出る。

 

「『フロイライン』……よね?」

 

「見ての通りですよ?」

 

「……状況は分かっている筈よ。申し訳ないけど『美貌』が安全な貴女の姿を取ってる内に、貴方を捕まえさせて欲しいの」

 

 緑谷出久は動けない。

 次に起こることを正確に分かっていながらリューキュウを制止する術がない。

 

 リューキュウに続き、複数の警官が拘束具を構えて近づく。

 先ほどの『美貌』の、制御権の綱引きという言葉を信じているのだろう。

 ならばプロヒーローに変身している今がチャンスと彼らは考えている。

 

(ダメだ……!!)

 

「ああ、なるほどね。私は“出久くんの頭の中にある殻木霊火”なのか。そんな発想はなかったなあ」

 

「……あなたも実力あるヒーローだと聞いている。平和のために協力してほしいの」

 

「ふうん」

 

 少女は目を伏せただけだった。

 そして緑谷の想像通りになった。

 

 ―――――――――

 

 相性というものがある。

 『夢幻』中の『美貌』は手動操作の効きが悪いが、殻木霊火に変身しているなら流石に話は別だ。

 

 緑谷出久のイメージというのは大嘘。

 マニュアル操作の”霊火”だからこそ、彼女は行動した。

 

 ギュボッッッ!!!! と。

 湿った異音が響き、拘束具を構えていた警察官が頭の先から股間まで完全に切断された。

 

 ヒーローたち全員が”霊火”を中心に包囲する。

 

「ッ……!! 全員、距離を取れ!!」

 

 エンデヴァーが吠える。

 

 彼の全身が炎で爆ぜた瞬間には、霊火はもう動いていた。

 黒いセーラー服の儚げな病弱少女は膝を折り、アスファルトを一撫で。

 

 ゴッッッ!!!! と、地面を突き破って透明な結晶が10メートル単位で噴き上がった。

 

 エンデヴァーは咄嗟に両腕を交差して受け止めるが、重い衝撃が巨体を思い切り跳ね上げる。

 

「ぐッ……!!」

 

 着地する間もなく、二撃目。

 少女が軽く手首を返すだけで空中のエンデヴァーめがけて鋭利な真空刃が連続して生成される。彼はそれらを炎で受け止めながら滞空。

 

「おらァッ!!!!!」

 

 ミルコが割り込む。

 跳躍一つで霊火へ迫り獣の蹴りを叩き込むが、少女はそれを二の腕であっさりと受け止めた。

 

 ガキン!!! と激しい擦過音が響いた。

 目を剥くミルコの脚を掴み、少女は剛腕にしか許されない軌道でバニーを地面に叩きつける。

 

「まさか……身体能力は『美貌』依存か!?!?」

 

「どいて!!! 私がやる!!!」

 

 竜形態のヒーローが竜の爪を思い切り振りぬくが、少女は顔色一つ変えずにその場でくるりと回る。

 

 小さな少女は、その場から消失した。

 

「っ……!!」

 

 ドラグーンヒーローの背後に現れた霊火は、その掌を鱗に押し付けた。

 ズヴァチィ!!!! と高電圧が絶縁破壊を引き起こす音が響き、竜の巨体がその場で崩れ落ちる。

 

「短距離ワープ……!?!? まさか”個性”まで併用可能なのか!?!?」

 

「警察。私が世界で一番嫌いな組織だけれど。せめて女性職員を連れて来いって話だし」

 

 ズドン!!!! と。

 遠巻きに状況を見ていた男性警官の顔面に野球ボール大の大穴があく。

 

 幻想の少女に厳密な時系列は必要ない。

 サポートアイテムの『プリムローズ』を構える折寺中学校の少女は、仕込み杖のヘッドを親指で押し上げながら困った声を出す。

 対物必殺の『トランジスタ』を機械の身体で振るっているがそこもおかまいなしだ。『夢幻』は良くも悪くも極めてファジーなためあらゆる理屈が通用しない。

 

 どろりと。

 殺意で粘ついた目つきで周囲を見回しながら、少女は呟いた。

 

「う~ん、とりあえず皆は私の敵って事でいいのね?」

 

「おいどういう事だ『デク』何とかしろ!!!! お前のガールフレンドだろ!?!?」

 

「うるさいなあロックロック。そしてエンデヴァー、ミルコ、リューキュウ、ナイトアイ、その他のヒーローと警察の方々は全員私の敵って事でいいんだよね?」

 

 赤い瞳が、緑谷出久へ向けて細められた。

 

「ファットガムと雄英の生徒は見逃してあげる。その他は殺す。全員殺す。念のためで殺して、最優先の安全を確保する」

 

「霊火ちゃん、落ち着いて!!!! どうしたの霊火ちゃん……!!!! 誰もあなたを傷つけようなんて……!!」

 

 動けない緑谷に代わって前に出たのは麗日お茶子だった。

 セーラー服の少女は、困ったように眉を寄せる。

 

「……この子はオールマイトと比べて扱いやすいですね。緑谷出久とクラスメイトを傷つけないという縛りさえ守れば、”ママ”が自由に操作出来てしまいます」

 

「この……!!」

 

「別にそう不思議な事でも無いと思いますよ? 身内以外に攻撃性が高いという性質は、この年頃の女の子は皆大なり小なり持っているので……」

 

 その右手に複数の鬼火が絡みつく。

 『トランジスタ』を装填し、少女は好戦的に笑った。

 

「”ママ”はそこを後押しするだけです」

 

「避けろおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」

 

 白が、爆発した。

 

 

 

 

 

 






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