殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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103:インターン⑨

 「また随分と予定と違ってきたけれど……」

 

 殻木霊火はそう呟いた。

 

 神野区。通称『神域』。

 凍りついたように静まり返った駅構内。

 白い大理石の床は不自然なほど清潔で生活感というものがまるでない。

 

 その中心に立つのは、人を殺しそうな目をした赤い瞳の少女。

 黒いセミロングがかすかに揺れ、横に構えられた仕込み杖が揺れる。

 

 若頭は端的にこう言った。

 

「返せ」

 

「あほらし。早く帰ろう、エリちゃん」

 

 そして、だ。

 

 霊火の背後には、白い髪の少女がしがみつくように立っていた。

 怯えた呼吸が掴まれた衣服越しに伝わり、細い指は助けを手放すまいと必死に布を握り締めている。

 ……という風に振る舞っている。

 

「どうやってここまで来た」

 

「泥のワープでエリちゃんと引き剥がされた時は超焦ったけど、エリちゃんにはGPS仕込んでたから位置だけは分かったの。『神域』の防衛機構を急いで吹き飛ばしながら来たよ」

 

「そうか。エリを返せ。返さないなら殺す」

 

「口を慎めよロリコン。小さい女の子でしか勃起しないとか人として終わってない? やだ、近寄らないでくれます〜?」

 

 けらけらと笑う殻木霊火の足元には、既に複数のペストマスク男が折り重なるように倒れていた。

 

 首元を切り裂かれ、出血を抑えようと自分の喉を押さえ続ける“音本 真”。

 手首の動脈を断たれ、土下座の姿勢のまま血溜まりに沈む“窃野トウヤ”。

 両手両足が全て不自然な方向に折れたまま痙攣している“天蓋 壁慈”。

 

 とてもプロヒーローの仕業とは思えない。

 制圧ではなく悲鳴をあげさせるための純然たる暴力。

 ヤクザですら震え上がるほど血なまぐさい残虐ショーを繰り広げた『フロイライン』に、八斎會の手駒たちは動揺を隠せない。

 

 少女は小首を可愛らしく傾げる。

 

「『バリア』って言っても物理限定でしょ? 声が通るなら音響でダウン取れちゃうじゃん。こういう防御型の耐性漏れを突くの得意なんだよね」

 

「……戻ってこい、エリ。その女が大切なんだろ」

 

 霊火には話が通じないと悟ったのだろう。

 治崎は攻撃対象を霊火からエリへ切り替えた。

 

「お前は人を壊す。そう生まれついた」

 

「え〜? でもエリちゃんは私の右眼を治してくれたよ?」

 

「……お前の行動の一つ一つが人を殺す。お前は呪われた存在なんだ、エリ」

 

「あれあれあれ〜??????? おっかしいなあ〜〜〜〜????」

 

 大声でわざとらしく死ぬほど馬鹿にした調子で横槍を入れると、治崎は分かりやすく青筋を立てた。

 ……意外と煽り耐性が無い。

 

「ねえエリちゃん、おかしいと思わない???? 八木おじちゃんもデクお兄さんも相澤せんせいもメリッサお姉さんも、エリちゃんの"個性"は人の役にたててすごいって褒めてくれたよね???」

 

 白い髪の少女は、こくんと頷いた。

 霊火は我が意を得たりとばかりに口角を上げる。

 

「やっぱりエリちゃんもそう思うよね???? あーー!!! 霊火お姉さん分かっちゃった!!!! あのおじさん嘘ついてる〜〜〜〜!!!!」

 

 思い切り中指を立て、親指で首を掻っ切るジェスチャーをしながら追撃にかかる。

 

「ダッサ。だーっさ!!!! しょーもな!!!」

 

「黙れ」

 

「なんだっけ、"個性"破壊弾で個性社会を壊す、だっけ? そりゃまた御大層な計画だこと!!! 一体どこにモチベーションがあるのやら……」

 

 微妙にこっちにもダメージがある悪口を言いながら、霊火は舌を出す。

 

「あれ? おじさん怒ってる? さっきは『お前らヒーローは感情ばかりで大局を見ようとしない(低音)』とか言ってたよね? あほらし!! 見て見てエリちゃん!!! おじさん怒ってる〜!!!!」

 

 こんなの全てが茶番だ。

 どれほど不穏な心霊スポットでも、そこでサンバカーニバルが開催されれば恐怖や権威は全て吹き飛ぶ。恐怖を武器とするヤクザが最も嫌がる事だ。

 ここぞとばかりに悪口を言いまくる。

 

「そもそもこんな小さな子供一人手懐けられないのに、世界を牛耳る大計画を立てられるわけが無いだろバーカ!! いくら何でも魔王舐め過ぎ!! 『AFO』も苦笑いだよ!!!!」

 

「……エリを返せ。殺すぞ」

 

「それしか話せないのかよ治崎おじさん!! ふふ……!! 八斎會を再興したいんだっけ? ひひ……ふふふ……やだ私、フフ、アハハハハハ!!!!! ダッサ!!! つまらねぇ〜〜!!!!」

 

 煽りが効いている。煽れば煽るほど戦いやすくなる。

 

「敵なんだからもっと大きな目標掲げろよ!! というかさあ、”個性”が病気だから治したいのか、ヒーロー社会を無くしたいのか、それとも八斎會をデカくしたいのか何なのかよく分かんねえんだよね、お前の主張!!! さあ一番重要なのはどれだ?????」

 

「全てだ。全ては繋がっている」

 

 霊火は爆笑した。

 

「ぜぜぜぜぜぜ全部!?!?!? 全部が繋がってる!?!?? マジで言ってる!?!? あ、もしかして……優先順位とか、無い? 無い!?!?!? 今の今まで考えていなかったとか!?!? うひゃ~恐怖政治のワントップって恐ろしいねえ!!! 周りにイエスマンしかいない環境だとやっぱり独りよがりの妄想にやられちゃうんだ!!! 『これは無理ですね』って言ってくれるメンバーは全員粛清しちゃったのかにゃあ!?!? 未来ある若者をあんまりがっかりさせないでよ~!!! いい大人が集団組んでるんだからしっかりして~!!!」

 

 ヒーローたちに居場所は知らせてある。時間は霊火に味方する。

 だから対話で時間を稼げば稼ぐほど霊火の有利だ。煽ればそれが勝利へ直結する。

 

 ……色々と言ってはいるが、自戒すべき内容も多い内容でもある。治崎と霊火は驚くほど似た者同士だ。

 

 少女はゲラゲラと笑いながら言った。

 

「アッハハハハハハ!!! つまらな過ぎて逆に面白いわ!!! ふふ……アハハ!!! やだ、霊火お姉さん笑いすぎてぽんぽん壊れちゃう〜〜〜〜!!!」

 

「……っ!!!」

 

 オーバーホールを中心に、白い大理石の床が一気に“分解”された。

 

(来た……!!!!)

 

 若頭が触れた瞬間、そこから床材が崩れ落ちるように粒子へ還元されていく。

 真っ白な駅構内に灰色の奔流が走った。

 

 対する霊火は、ぱちんと指を鳴らす。

 一拍遅れて分解の奔流を覆っていた粒子が赤い焔に呑まれた。

 粒子は『死因』で焼却され、跡形もなく消滅する。現象としてはそれで終わりだ。

 

 『オーバーホール』の種は割れている。

 地形変更のスパイク攻撃は無し。若頭は眉をひそめ、霊火の背後の白髪の少女は怯えたように服を握りしめた。

 

「……何をした?」

 

「貴方は”修復”の前に必ず”分解”の工程を必要とする」

 

 ニヤニヤ笑いながら答え合わせをする。

 

「つまり地形変更による遠距離攻撃に不意打ちは無い。タイミングは常に決まり切っているから対処法さえ分かれば怖くない」

 

 少女の周囲に青白い鬼火がふわりと漂った。

 好戦的な笑みを浮かべながら霊火は『プリムローズ』へと手を掛ける。

 

「反射神経には自信があるの。”分解”の直後に全部を壊してしまえば、あなたは”修復”できない」

 

「……お前が“何”で壊すかさえ読み切れば治せる」

 

「だけど私は遠距離最強の『フロイライン』だよ? 射程外から惨めに削り殺される覚悟はできてる?」

 

「そもそもお前に触れれば“分解”で終わりだ」

 

「一撃必殺の“分解”は射程が短い。そして増強系以外の相手に接近を許すほど私は甘くない」

 

 そもそも“分解”など持ち出すまでもないのだ。霊火はそこらの成人男性に殴られるだけで普通に死ぬ。

 防御無視の『オーバーホール』は確かに極めて強力な”個性”だが、霊火相手では攻撃力過剰だ。

 

 こちらの目線では、シンプルに速度が上がる増強系”個性”の方が100倍怖い。

 

 霊火は背後の白髪の少女に窃野が持っていた拳銃を一丁渡した。

 普通のプロヒーローなら絶対に選ばない極めて過激な選択肢にヤクザたちがざわめく。

 

「さあ、エリちゃん」

 

 白い髪の少女が『フロイライン』を見上げる。

 遠慮する必要はない。そもそも、エリを治崎に渡すつもりなど最初から全く無かったのだ。

 

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 だからこう囁いた。

 

「さあ実戦だ。治崎は貴女を殺せない。だからエリちゃんが治崎を撃ち殺しちゃってもいいんだよ?」

 

 あの治崎が本気で目を剥いた。

 白髪の少女に迷いは一切ない。乾いた銃声とともに戦いの火蓋が切られた。

 

 ―――――――――

 

 八斎會前の『美貌』戦。

 黒く揺らめく幻想の矢が弾丸よりも鋭い軌跡で数本放たれる。

 

 その直後に小さな影が揺らぐ。

 ”殻木霊火”は矢を追うように地面を抉る勢いで駆け出していた。

 

 掻き消えたかと錯覚するほどの初速。

 低身長ゆえの極端な低姿勢のまま、地を滑るようにナイトアイの懐へ。

 

 高速の足払いが叩き込まれ、長身が揺らぐ。

 

「死ぬよ?」

 

 霊火の姿をした『美貌』の囁きとともに銀色の刃が閃いた。

 中段、下段、上段、下段、下段、中段。六連斬りを半秒も使わず刻む。

 風切り音が爆ぜ、桜色の真空刃と血飛沫が飛び散った。

 

「野郎!!!」

 

「女の子なんですけど!!!」

 

 横から飛び込んできたエンデヴァーに向けて少女の身体が跳ね上がる。

 

 細い指先が獣の爪のように弧を描き、紫電をまとった斬撃が伸びる。

 高電圧高エネルギー。拡張された5本の軌跡が牙を剥く。 

 

 接近を嫌ったフレイムヒーローは、脚からのジェット噴射でバックダッシュ。

 

 そんなエンデヴァーに対し、少女は前ダッシュしながら前転した。

 霧とともに小さな身体が掻き消える。

 

「『霧中』」

 

「なっ!?!?!?」

 

 逃げる相手を追う攻めのワープ。移動距離は僅か三メートル。

 エンデヴァーの目と鼻の先に出現した霊火は、大型ナイフに変形させた『プリムローズ』を振りかぶって追撃する。

 

 顔面狙い。

 仰け反るエンデヴァーの左目を、ギザギザした刃が切り裂いた。

 

「ぐわあああ!!!」

 

「エンデヴァー!!!!!」

 

 パトカーが霊火とエンデヴァーの隙間に捩じ込むように突っ込んできた。

 空中ジャンプを絡めた三次元の軌道で交通事故を回避する赤い瞳は、逆さまの体勢のまま一言。

 

「無駄なので」

 

 指笛を吹くような仕草。

 繰り出されるのは粒子状の"何か"。

 超高速で吹き散らされるそれは、サンドブラストじみた挙動で救援に来たパトカーの下半分を消し飛ばす。

 

「踵半月輪!!!」

 

「そっちも見えてる」

 

 大型ナイフとミルコの脚がぶつかりあう。

 本来の殻木霊火を知る者であれば目を疑うような近接戦。

 ナイフを細い腕で振り回し接近戦のスペシャリストと互角に撃ち合う。

 

 更には警察の銃撃を地面から生やしたコンクリート塊で片手間で防ぎ、本体とは別にふよふよと浮かぶ鬼火が射線をガン無視した謎の光弾を掃射する。

 

 エンデヴァーが叫んだ。

 

「イグナイテッドアロー!!!!」

 

「出力勝負では勝てなくても―――」

 

 ミルコと撃ち合いながらの、片手間も片手間。

 負傷したフレイムヒーローが遠距離から投げた炎の槍に対して、セーラー服の少女はおまじないでもするかのように指先をくるりと回した。

 直線を突き進む高熱の塊が湾曲し、同じ場所を延々と回って野球ボール大にまで圧縮される。

 

 少女はクスクスと上品に笑った。

 

「――こうすれば問題ないと思いません?」

 

「何個"個性"を持ってんだコイツは!!!!! テレポート以外も本当に一つの個性なのか!?!? 応用幅が無茶苦茶だぞ!!!」

 

「個性婚でハイブリッド作り出したヒーローが言うと迫力があるなあ……」

 

 半冷半燃のクラスメイトの事を思い出しながらしみじみと呟く。エンデヴァーの青筋が立った。

 

 ヘルフレイムを封じ込めた火炎ボールをミルコに投げつけて大爆発を起こしながら、赤い瞳の少女はパチンと指を鳴らした。

 

 地面から飛び出していたコンクリート塊が根っこから千切れ、警察部隊の方向に吹き飛ぶ。

 その前に赤い影が飛び出してきた。

 

「うおおおおおッッ!!!!」

 

 切島だった。

 硬化した全身は衝突の瞬間に鋭さを増す。コンクリート塊と彼の前腕がぶつかり、耳を裂くような破砕音が弾ける。

 

 コンクリートの巨大な塊は粉砕された。切島は衝撃の全てを肩と腕で受け止め、背後の警察隊へ欠片ひとつ通さない。

 

 少女は嬉しそうに両手を合わせた。

 

「流石。私が紹介しただけあるね」

 

「あったりまえだ殻木!!! 俺はお前に借りはあるが、『美貌』は絶対に許さねえ!!」

 

 砂煙を蹴り飛ばし切島は前へ踏み出す。

 赤い瞳の少女は、細い指を持ち上げて照準。

 

 瞬間、空気が裂けた。

 

 真空刃が五つ、六つ。

 続けざまに横向きの落雷が走り、さらに霜を巻き込んだ白銀の冷凍ビームが地面を凍てつかせながら迫る。

 

「後ろには通さねえ!!!! 俺がいる!!!」

 

 切島は硬化をさらに深めた。

 皮膚は岩盤のように鈍く光り、ギザギザになった前腕で真空刃を砕き、電撃を耐えきり、冷凍ビームを肩で受け止める。

 

 単純な物理はもちろん属性攻撃も無意味か。

 切島鋭児郎は必殺技名を叫ぶ。

 

安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)!!!! 来い殻木!! 何が来ても受け止めてやる!!」

 

「いい技だね切島。挑発の仕方も良し。確かに私の"個性"は対人威力が不足しがちだけれど―――」

 

 殻木霊火は仕込み杖のヘッドに親指を掛けた。

 仕込み杖の鞘から刃を抜き去っての"抜刀"。

 放たれた銀色の爆風は、その軌道上に存在する切島"には"一切のダメージを与えなかった。

 

 そして無傷の少年を嘲笑うかのように、背後の警察”だけ”を腰の位置で真っ二つに惨殺する。

 

「―――『幽霊斬り』。ならその防御力に付き合わなきゃいいじゃんね」

 

「な」

 

「その技は見たことがある。まさか対策していないとでも?」

 

 箱の中のリンゴだけを斬る練習をコツコツ繰り返した。

 ”座標攻撃”。切島のような正統派タンクでは原理上対処不可能な攻撃だ。

 

 自分の背後の血溜まりを恐る恐る振り返る切島。上半身と下半身が切り離された警察官を見て、少年は真っ青になって固まった。

 ……そんな反応をされたら霊火の胸が痛む。こんな外道の敵でも学友は大切なのだ。

 

「許さないわ」

 

「梅雨ちゃん」

 

「その名前で呼ばないで。その名前で呼んでいいのは友達になりたい人だけなの」

 

 『美貌』操作中の霊火はそこそこの精神ダメージを負った。

 とはいえ全面的にその通りなので反論しようがない。

 

「私の友達の顔で酷い事しないで、『美貌』」

 

「悪かったって……。しかしまあ私が傷つけたくない人ばかり前線に出てきやがって……」

 

 緑谷出久の想像する殻木霊火であるからこそ、学友とファットガムには本気で攻撃出来ない。

 これは『夢幻』のルールでもあるので操縦者の殻木霊火でも覆せない。気が変わって蛙吹梅雨を消し飛ばすなどは出来ない仕様となっているのだ。

 

(まあ逆に言うと警察を惨殺するぐらいはやりかねないと思われてるって事でもあるんだけど……)

 

 それを逆用される形で、前線を張るのはまさにその傷付けられないメンバーだ。正直かなりやり辛い。

 

 蛙吹梅雨が地を蹴った。

 彼女は空中で身体をひねり両足を前へ突き出す。

 

「対象『フロッピー』」

 

 咄嗟にこういう作戦を思いつき、そのまま実行してしまうところが殻木霊火の敵たる所以なのか。

 ドロップキックの着弾直前に、少女は呟く。

 

「”最も大切にしてる人は誰?”」

 

 ぎゅるんと、霊火の容貌が変化した。

 背丈は更に小さくなり更に幼い容姿に。もしかしたらエリよりも年下だろうか。

 

 蛙っぽいその女の子を見た蛙吹梅雨は、必死にドロップキックを中止しようとした。

 

「さつき!?!?」

 

「おねえちゃ――」

 

 小さな女の子が”合わせる”事で、キックはそのまま突き刺さった。

 

 普通の人体ではありえないような柔らかさで、小さな女の子の背骨が真後ろに120度以上折れ曲がる。 

 見るも無惨だった。何かが砕けたり破裂したりする音を響かせながら小さな身体はバウンドして吹っ飛んでいき、痙攣したまま動かなくなる。

 

 自分の蹴りで小さな妹の背骨を折って殺してしまった姉はまともな着地も出来ず、そのまま地面に崩れ落ちた。

 足裏から伝わる圧倒的な加害の感触。蛙吹梅雨は腹の底から湧き出る吐き気に耐えきれずにそのまま嘔吐してしまう。

 

「うっぷ……うおええ……」

 

「やば、ちょっとやりすぎたかな」

 

 何しろ殺してしまったのは蛙吹梅雨の想像する"蛙吹さつき"だ。

 緑谷の想像する霊火が中学生の姿だったように、その姿は実際のさつきちゃんよりも小さかったかもしれない。

 彼女の家族愛は知っている。だから敢えてそれを蹴り殺させた。

 

 蛙吹さつきの死体から、”殻木霊火”の姿に戻して立ち上がりながら少女は肩を竦めた。

 

 殻木霊火は、元から可愛さや庇護欲を武器に転化する事に慣れている。

 善なるヒーローというのは自分が傷つくことには強いが、加害者の立ち位置に置かれると滅法脆い。

 

(こういうのは『先生』の芸だよなあ……)

 

「フロッピー!!!! このっ……『ねじれる波―――』」

 

「波動先輩!!!! 飛んじゃダメ!!!!!!!!!!」

 

 蛙吹梅雨の大惨事を目の当たりにして怒りを宿して空へ跳び上がった波動ねじれだが、それを見た麗日はギョッと目を見開いて叫んだ。

 

 パチン、と指が空気を叩く軽い音が響く。

 

 『墜落死』。……厳密には緑谷の知る効果なので『死因』では無かったりするが。

 二十メートルほど上昇していた波動ねじれに落下の運命が絡みつく。受け止めようとする天喰環は不自然に失敗。

 全ての理屈を無視して、彼女の身体は地面へと叩きつけられた。

 

 少女はそれを視界の端で捉えるや、滑るように地面を蹴った。

 

 低姿勢のままとんでもない初速で走り出した少女の背後では、蝶のカタチの桃色が羽ばたく。

 『死因』の応用。それらは複雑な軌跡を描きながら幾匹も連なって追走する。

 

 突進進路上に、ファットガムが飛び出した。

 

「あかん!!!! 止まれ『フロイライン』!!!!!!」

 

 少女の何倍もある巨体が壁のように立ちはだかる。

 しかし霊火は速度を殺さないまま身体を捻った。短距離転移『霧中』の予備動作。

 

 反射的に真後ろを振り返ったファットガムの腕が、裏拳気味に大気を押し潰す。

 しかし霊火はテレポートを使わなかった。フェイントとしてだけ動作を見せつけ、そのまま低い姿勢でもう一度正面に向き直ろうとする巨体の股下を滑り抜ける。

 

 背後で桃色の蝶が次々とファットガムに突き刺さり大爆発が起きる。

 タコの触腕も無重力の肉球も躱し、霊火のナイフが波動ねじれの喉元へ吸い込まれていくその刹那。

 

「ねじれに触るな!!!」

 

 圧倒的な風圧。

 横合いからリューキュウの巨影が斜めにねじ込まれ、鍛鉄の爪が霊火の胴を攫い上げる軌道で迫る。

 

 霊火の足裏が地面を軽く払った。

 

「『霧中』」

 

 竜の爪は虚しく空を裂き、爪先から瓦礫が散った。

 霊火が再出現したのは十数メートル上空。

 

 少女はふわりと風に乗るように姿勢を整え、『プリムローズ』を展開。

 刃が折り畳まれて柄が伸び、細身の”箒”モードへと変形して横座り。

 

 セーラー服の魔法使いは、風で煽られるスカートをちょっぴり気にしながら呆れた目で地表を見下ろした。

 

「雄英生徒は手加減するって言ったけどさあ、波動先輩は普通に殺すよ? 天喰先輩はファットに免じて見逃してあげるけど」

 

 ……つまり、霊火が波動ねじれを非常に苦手としている事を、緑谷出久が理解している証明でもある。

 麗日お茶子は悲痛な声で叫んだ。

 

「霊火ちゃん!!! お願い、もうやめて!!!」

 

「だから来ない方がいいって言ったのにお茶子ちゃん」

 

 空を舞う少女の背後では、宝石を砕いて敷き詰めたかのような星々が舞台照明のように瞬いた。

 

 黒い髪が風に乗ってしなやかに流れ、魔法使いは掌を真下へかざした。

 小さな手のひらから、ダイアモンドの破片じみた光が四散する。

 その瞬間だった。

 

「させない!!!」

 

「おっと」

 

 緑谷出久の身体が跳ね上がった。

 星空を割るような一閃。飛び蹴りが霊火の手首に届く。

 

「痛いっ!!!!」

 

 霊火の悲痛な声に、緑谷が明確に動揺した。

 指先から放たれかけていた”魔法”が霧散する。

 緑谷は反動を殺しきれず、そのまま空中で回転しながら叫ぶ。

 

「……っ!!!! 『美貌』!!! もうやめろ!!!」

 

「思ったよりも復帰が早かったね出久くん」

 

 バランスを崩した少女の身体が横へと傾いだ。

 

 霊火は落ちる。

 最後の数メートルでしなやかに回転して猫のように着地した。

 緑谷もまた、着地と同時に拳を軽く握り直す。

 

 殻木霊火は、心底面倒くさそうにこう告げた。

 

「『首輪』が邪魔だなあ……」

 

「っ!?!?!?」

 

 緑谷は条件反射で首元へ手を伸ばしたが、霊火は視線すら向けていなかった。

 小さな両手を胸の前でそっと組み、お祈りのように目を閉じる。

 

 鬼火が飛ぶ、とかそういう次元ですら無かった。

 銀色の輪は音もなく形を失い、跡形もなく焼失する。

 

 ショックを受けたように首元を押さえる緑谷に対して、セーラー服の少女は呆れた声で話しかける。

 

「逆に出久くんの中の私はどれだけ強いんだよって話なんだけど」

 

「……霊火さんは中学の時から僕の憧れで……ずっと助けてくれて、信じられないぐらい賢くて、滅茶苦茶強くて、意外と優しくて、でも本当はとても臆病でいつも怖がっていて……」

 

「んん?」

 

「警察が嫌いなのはよく知っているけど、学校の皆を大切にしていて………中学のころから僕をずっと面倒見てくれて……」

 

 殻木霊火は思い切り固まった。

 周囲に山ほど顔見知りのヒーローや学生がいる中で、彼の言葉は続く。

 

「平気な顔していつも傷ついていて……大怪我ばっかりして……人間嫌いの癖に本当はとても寂しがり屋さんで……だから僕は、そんな君のことを守ってあげたくて……」

 

「待って待って出久くんお願い待って嬉しいけどちょっと待ってほしくて」

 

霊火さんの姿を取る限り僕を傷つける事は出来ないぞ『美貌』!!!!!!!!!

 

 なんか向こうは気合が入ったようだが、霊火はもう戦意喪失気味だった。

 堪らず『夢幻』を解除する。身長が二倍ぐらい伸びてグラマラスな若奥様が現れる。

 

 メンタルがぐちゃぐちゃになったまま操作権を手放す製作者。

 取り残された”真奈美さん”は、あらあらと頬に手を当てながらこう言った。

 

「……鈍感も過ぎれば罪ですよ? 気が付いてあげてもいいと思うのですが……?」

 

「お前を倒して霊火さんとエリちゃんを助けに行く!!!!!!!!!」

 

「これで脈無しというのも逆に凄いですね。流石のママも同情します」

 

 聞いちゃいなかった。

 緑谷出久が拳を握りしめ若奥様に突進する。

 

 




Q:『夢幻』で霊火に化けてる真奈美さんどれぐらい強いの?
A:ダークマイトぐらい


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