雄英高校の会議室に、トップヒーローたちが次々と席へつく。
八斎會突入作戦予定日の一週間前。
今回の会議参加者は、イレイザーヘッド、エッジショット、ロックロック、ナイトアイ、ミリオ、センチピーダー、リューキュウ、そしてデクだ。
不参加メンバーには後でセンチピーダーが概要を報告してくれるらしい。ビデオカメラが設置されている。
その隣で霊火はリューキュウと軽く言葉を交わす。
「お茶子ちゃんと梅雨ちゃんは参加しないんですか?」
「あの子たちには、私のサイドキックたちと一緒に八斎會の見張りを任せているわ」
「へえ。二人とも頑張ってますね」
今回会議を呼びかけたのは他ならぬ霊火自身だ。
会議卓の端に立って銀色のノートPCをプロジェクターへ接続すると、小さな起動音が鳴り壁面に青い待機画面が広がった。
少女はコホンと咳払いし、場を見渡す。
「はい。皆さん、本日はお集まりいただきありがとうございます」
霊火は軽く会釈する。
「時間もありませんので、早速本題に入ります。本日の議題は神野区の不可侵領域、通称『神域』についてです」
その名が出た途端、室内がわずかにざわめいた。
霊火はスライドを開きながら説明を続ける。
「まず、八斎會の作戦会議でなぜ神野区が議題に上るのかという点ですね。これは『ナイトアイ』さんの予知で、この案件に『アマリリス』が関わってくると判明したためです。であればアマリリスに関する情報共有も必須だろうということで私がまとめました」
……ぶっちゃけ、エリの保護や治崎との取引で神野区を使う事は決定しているのだ。
だからエリを救いたいプロヒーローたちには、製作者としてもしっかりと概要を教えておきたい。
一枚目のスライドをクリックする。
青かった画面が切り替わり、白地の地図とともに〈神野区『神域』〉の文字が大きく表示された。
デクは小さく眉を寄せ、ロックロックが無言で腕を組む。
映し出された映像は、隕石が落下する瞬間から始まる。
クレーターは異様な速度で埋め戻され、ほどなく姿を現したのは歪な工業地帯。
そしてその先、白い大理石じみた滑らかで不気味な構造物が立ち上がるところまでが連続して示された。
「まず前提情報の確認から。皆さんご存じの通り、神野区は八月に隕石が落下した場所です。とりあえず現状からいきましょう。神野区には現在、“都市として成立した何か”が存在します」
ここまでは基礎情報だ。昼のワイドショーでも散々取り上げられている。
ロックロックが小さく舌打ちした。
「……テレビゲームのダンジョンみたいになってるとは噂で聞いちゃいるが、気味が悪いな」
「マジでヤバいですよ『神域』。私は先日リューキュウさんと現地調査に行きましたが、『呪い火』の対物性能をもってしても全く油断できない極悪難易度です」
「あまりに危険だったからインターン生を連れて行けなかったの。『フロイライン』は学生さんなのに良くやってくれたわ」
「リューキュウさんには私の実力不足をカバーしてもらいました。少数精鋭で行かないと普通に死人が出ますのでそこはお気を付け下さい」
最高傑作、『自由都市』。
霊火が作り出した神野区は超絶危険地帯だ。
少女は肩をすくめつつ続ける。
「災害発生以降、元住民、泥棒、警察、ヒーロー、さらには来日していたスターアンドストライプまで様々な立場の人間があの領域に挑みました。しかし、私たちを含めて『神域』内に60分以上滞在できた人間は一人もいません」
会議室に重たい沈黙が落ちた。ナイトアイの瞳がわずかに細くなる。
「では本題に入ります。神野区には『
スクリーンに次々と白銀の実体が映し出される。
ミズクラゲ、マダラサソリ、ガラガラヘビ、ハツカネズミ、ハイイロオオカミ……。
いずれも動物の姿をしているが、共通しているのは頭部に浮かぶ光輪……いわゆる“天使の輪っか”だ。
イレイザーヘッドが眉をひそめる。
「……写真や動画には映らないって噂じゃなかったか?」
「噂通りで彼らはデジタルカメラには映りません。しかし感光剤を使ったフィルムカメラなら撮れました」
「なんだそりゃ。そんなこと可能なのか?」
「さあ……? イメージセンサーに干渉してるんじゃないかと思ってるんですが……」
霊火は愛らしく首をかしげつつ、レーザーポインターで一体を示す。
「で、神野区における全ての防衛機構にはこの“ヘイロー”が付随しています」
「初めて写真をみたが、天使と呼ばれるのはこれの影響か」
「そうですね。都市自体が何故かルネサンス期の建築様式な事と、天使たちが白だったり銀だったり神聖な感じの色なのも呼称に影響していると思います」
ここでエッジショットが手を挙げた。
「つまり、これらが市民やヒーローや警察を攻撃するのか?」
「まあ基本的にはそうですね。ただ『神域』に迷い込んだだけで即死って訳じゃなくて、まずは下位の天使が警告してくれたりします」
「その体験談は聞いたことがあるな……」
「外に出るための道案内もしてくれるみたいなので案外親切設計です。それを無視して長く留まろうとしたり、中心部へ進もうとすると段階的に攻撃が激化します」
エッジショットはマスクを軽く摘みながら考え込んだ。
「……よく分からないな。神野区の大虐殺や『風香』の大虐殺の主犯格だろ? 今更なんでそんな事をするんだ?」
「私はずっと複数人説を提唱しているんですけどね……。まあロサンゼルスでは人命救助に取り組んでたって話もありますし何か事情でもあるのかもしれません」
因みに世間で最近ホットなのは、『アマリリス宇宙人説』だ。冗談は休み休み言ってほしい。
ナイトアイが手をビシッと挙げた。
霊火が当てると白スーツは立ち上がる。
「ところで、連中は都市の外には出てこないのか?」
「基本的には出てきません……が、出られないわけではないみたいです。数日前、エチゼンクラゲの“天使”を『神域』内部で捕獲してジェットクルーザーで持ち去ろうとした海外の
「噂には聞いているな。何故かニュースにならないから不審に思っていたが……」
「神野区関連のニュースは混乱を招くためか報道規制されがちです。なので私が個人的に調べたデータを出します。アデリーペンギンとハシブトガラスの“天使”が太平洋上まで追撃してきて、ジェットクルーザーが撃沈されたみたいです。死者12名、生き残り3名。因みにこの生き残りとの取引で得た情報です」
「おいおい、こいつらが外に出て東京を攻撃し始めるだけでヤバいんじゃないか……?」
「ここにスターが来日した時に発生した米国製X―66とハクトウワシの"天使"の戦闘記録があります。……まあスペックは互角ぐらいですね」
エッジショットが呻いた。
最新鋭戦闘機と同格ともなると、量産力次第では世界征服すらもあり得る数値だ。今頃ペンタゴンの連中は頭を抱えているだろう。
次のスライドには”ヘイロー”の拡大写真が映される。
環状の光が何層にも重なっており、その表層に意味不明の文字列が表示されている。
身を乗り出すヒーローに、こう説明した。
「ちなみにこの動物たちのヘイロー、よく見ると"エノク文字"で構成されています」
「エノク文字……?」
首を傾げたのは緑谷だ。
正直、あまり重要な部分でも無いのだが一応説明する。
「天使が使っている文字……らしいね。並べて正しく発音すると対応する天使や精霊を強制召喚して使役できるとか言われてたり……?」
会議室のヒーローが皆一斉に不審な目付きになった。真面目な話かと思ったら宗教勧誘だったみたいな空気が漂い始める。
デクは首をひねってこう言った。
「……オカルトみたいな話?」
「オカルトだしペテンだよ。歴史の教科書にも詐欺事件として載ってるような由緒と格式あるデタラメ話でもある」
「……じゃあなんで『アマリリス』は、そんなデタラメのエノク文字?を、作った"天使"の輪っかに使ったのかな?」
「ネーミングセンスとか趣味の問題じゃないかな? 兵器や軍隊に神話や伝承から名前を拝借するのは珍しい事でもないし」
「そうなの?」
「最近アメリカが配備したミサイルだって『ティアマト』でしょ?」
少なくとも緑谷はピンと来なかったみたいだ。
多分ミサイルのティアマトも神話のティアマトも伝わっていない。
……神野区の"天使"たちは一から設計した自信作、少なくとも魔法陣の前で呪文を唱えて謎の次元から召喚した訳じゃない事だけは確かだ。
相澤が手を挙げて発言した。
「待て殻木、その説明をするということは……そのエノク文字は読める物なのか?」
「読めます。歴史的経緯については省きますが、言語のルールとしては右から左に書く英語みたいなものです。結局は人間が作った言語なので解読不可能って事はありません」
『神域』自体がルネサンス期の作りであることまで含めて様々なフレーバーを盛り込んでいたりするのだが、まあ霊火のこだわりが理解される日は来ないだろう。
またスライドが切り替わり、複数の”天使”が表示される。
その横にはローマ数字がスライドに足されていた。
「とにかくヘイローを読み解けば天使たちについて分かったりします。特に重要情報としては『天使たちは階級制』ってところなんですが……」
霊火は一度チラっとヒーローたちの表情を確認し、軽く咳払いした。
「えー……この辺は説明が長くなるので概要だけでも押さえておきます。細かいデータは後で書面で転送します」
スライドが切り替わる。
〈階級 I〉〈階級 II〉〈階級 III〉……〈階級 IX〉まで並ぶ。
「結論から話すと、神野区に存在する“天使”シリーズは全部で九階級です。上に行けば行くほど戦闘力も厄介さも上がるとイメージしてください」
「マジでテレビゲームみたいになってきたぞ」
「実際にイメージソースなのかもしれませんね。私としてはどちらかというと近未来ディストピア物に出てくる監視機構に見えましたが」
霊火はレーザーポインターでいちばん下の階級を示した。
授業の時間だ。
現役最大級のスーパー敵である『アマリリス』からプロヒーローに送る、最大限の恩情である。
何しろ事前情報無しで『神域』に突っ込んだら普通に死ぬ。
「で、まず第九階級『
「……クラゲの触手とかに触っても大丈夫なのか? 見るからに危なそうだが」
「静電気みたいなのがビリっとくるとの事です。実害は特に無いかと。先ほど話に出てきた敵グループが捕獲したエチゼンクラゲもこのグループです。大きさは10センチから20センチ。時々2メートル級の奴がいる感じで、『今すぐここを出て行かないと攻撃します』とか『この先は進入禁止区域です』とか『こちらが出口です』とか繰り返すアナウンス担当でもあります」
この辺は無害担当だ。
耐久性も攻撃性もほぼない。
RPGだったら雑魚敵というより、そもそも敵アイコンが点灯しないNPC枠とでもいうべき住民たちだ。
「続けて第八階級『
「……これで市民を追い払えるのか?」
「あー、実際に生で見たら印象変わると思いますよナイトアイ。スリッパよりもデカいサソリとか普通に怖すぎますからね」
リューキュウが激しく頷いた。
霊火は軽く肩を竦める。
実際、『神域』の運用において彼らの役割は大きい。一般市民の皆様はここら辺のデカい蜂や蜘蛛にちょっと迫られたら大慌てで逃げ出すからだ。
まあ迷い込んだ子供や探検しに来た一般人を殺戮して回るのは、霊火の本意ではない。
次に第七階級を指す。
「第七階級『
「映画かよ……」
「この階級もあんまり強くないんですが、ホオジロザメの”天使”だけは例外です。凶暴な上にやたら速くて殺傷力もクソ高いので、一般人の負傷者を大量に出しています」
「映画かよ……」
「ただ、サメからは意外と逃げ切れるっぽいんですよね。話を聞く限り"脚を噛まない"みたいな思考ルーチンが設定されているみたいで、オマケに必死に逃げてたら出口に辿り着いてたみたいな追い方をしてくるっぽいです。牧羊犬が近いんですかね? 一般人でも必死に逃げればちゃんと帰れる余地を残してくれているというか……」
霊火は神野区を"侵入者を食い殺す魔境"にしたい訳じゃない。
もちろん侵入者を全員殺すみたいなシステムの方が簡単ではある。しかし腕に自信があるなら"迷い込んだ羊を元の場所に戻すための管理システム"を目指すべきだ。
……逆に言うとお客様対応はこの辺りがリミットだ。
スライドを次へ送る。
表示されたのはウーパールーパー、カエル、アリゲーター、カラス、タカ、イタチ、ネズミ、ネコなどの姿だ。
ロックロックが端的に皆の意見を代弁した。
「おいデカくないか!?!?」
「この辺りから一般的な人間よりデカい動物たちが出てきますね……」
自分よりもデカいネズミなど恐怖でしかない。
小人の気持ちを体感できるゾーンだ。いざ見てみると霊火が作った物なのに超怖かった。
「私は便宜上この六、五、四階級を"中位天使"と呼んでいます」
「中位……」
「戦闘力は下位に比べ跳ね上がり、一度ターゲットされると一般市民は逃げ切れません。『神域』における死亡事件は殆どこの階級に依るものです」
「情報が殆ど表に出てないのはそのせいか……!!」
「その通りです相澤先生。死人に口無しとは良く言った物で、コイツらに遭遇したパンピーは帰って来ないため情報を持ち出せません」
そのせいで世間では、『神域』はサメだらけという謎の誤情報が蔓延していたりする。
サメならギリギリ生きて帰れるだけの話で、『神域』はそんな面白空間では無い。
「ここら辺は早足で行きましょうかね。第六階級『
「やはり強いのか?」
「うーん……個体差が激しいんですよね。平均としては雄英の警備ロボぐらい……? あれって雄英生徒とかなら全然破壊出来ますが、一般人がターゲットされたら死ぬじゃないですか」
「じゃあプロヒーローなら安全か?」
「それは何とも言えませんね……。先程も言いましたが個体差が激しくて、第六のワニ、第五の猛禽類、第四のネコは速い硬い強いで異常な高スペックでした。舐めてかかるとプロでも普通に死ぬと思います。特に第五階級の鳥類は、空を飛んで火薬で実弾を発射しまくる感じの奴ばっかりなので人によっては倒せないんじゃないですかね……」
「それは面倒だな……遠距離攻撃が欲しいって事か」
「六、五、四の中位天使は耐久もかなり高いです。とはいえ、戦闘系のプロヒーローならば対処できると思います」
むしろ、プロヒーローはここからが問題となるだろう。
「次は問題の第三階級『
「特徴は?」
「かなり珍しいですね。第三階級の分類は大型哺乳類ですが、データが残っているのがハイイロオオカミ、アムールトラ、アフリカゾウの三種類だけです。ただ、これは先程の中位分類でも似たような事を言った気がしますが、単に上位”天使”に遭遇した人たちが生きて帰っていないから情報が無いだけな気もするんですよね」
会議室が大きくざわついた。
イレイザーが代表して質問する。
「そんなに強いのか?」
「はい。このランクから、何らかの”個性”を使い始めるんです」
「は……!?」
霊火は呆れ顔でリモコンを押すと、スクリーンに新たな画像が映し出される。
体高五メートルほどの巨大なハイイロオオカミ。
周囲に氷の剣を大量に浮かばせ、画像の端では吹雪の渦が建物ごと呑み込んでいる写真だ。
ロックロックは目を剥く。
「待て待て待て待て! ”個性”って……アンドロイドの『風香』とかと同じか!?」
「流石にあれ程の理不尽さは感じませんが、それはそれとしてかなり強力な”個性”を使ってきます」
「フロイラインと出会ったこの狼も、とても強力な冷気系”個性”だったわ。身体能力も私でようやく抑え込めるぐらいでもう………」
「補足情報ですが、『スターアンドストライプ』は超重力を使うアフリカゾウと視線で人体を弛緩させるアムールトラが同時に出てきたことで身の危険を感じて念のため撤退とのことです」
会議室がお通夜みたいな空気になってきた。
……第三階級『座天使』は、意外と倒せると思うので頑張って欲しい。八斎會突入の時には少し弱体化しておくつもりだから。
会議室全体をぐるりと見渡して、霊火は言い辛い事を伝える。
「……で、えー……この上にまだ二つ、“上位天使”がいます」
「いると思ったんだよね!?」
通形ミリオがビックリした顔でこちらを見た。
「一応データ上は、第二階級が『
「情報は?」
「ありません。そもそも誰も見ていません。私とリューキュウがもうちょっと粘れば会えていた可能性はありますが、それと接敵して生きて帰る自信が無かったんですよね……」
ロックロックが呻く。
「第三の『座天使』の時点で"個性"を使うって事は……」
「"個性"複数使用もあり得ますね。第一階級の『
霊火は淡々と続けた。
「まあぶっちゃけ、八斎會突入で神野区が盤面に出てこないことを祈るしかありませんね」
センチピーダーが顔を上げた。
「フロイライン、“出てくる”とはどういう意味だろうか?」
「治崎は『アマリリス』と協力関係なんでしょう? 敵が神野区に逃げ込むとか、神域の“天使”が八斎會に増援に来るとか。どちらも普通にあり得る可能性ではあると思いますが」
「……厄介だな」
「ところでナイトアイの『予知』にはどう映ってるんですか? 通形ミリオの周囲にここらの"天使"シリーズは映ったんです? こんな目立つやつら見逃すことは無いと思うんですけど」
ナイトアイは肩を竦めた。
「"天使"は見えなかった。仮に見えたら共有している」
「そりゃそうですね。じゃあもしかして今回の案件で"天使"は出てこないのかなあ……?」
―――――――――
端末から凄まじい破壊音や銃声、爆発音と共に自分の生徒の声が届くのを。
相澤消太は自分の歯を砕きそうになるほど食いしばって聞いていた。
『エリちゃん確保!! 現在、治崎廻を主とした八斎會メンバー全員と同時に交戦中です!! あっぶなっ!!!!』
「場所は!?!?!? そっちはどうなってる!!! 殻木!!!! エリちゃんも無事か!?!?」
『『神域』中心部グラウンドゼロ!! 伝え辛いですが『駅構内』です!!!!』
「駅…? いやいい、戦況は!? 天使は大丈夫なのか!?」
『何故か中心部には天使が来ません!! そして八斎會ですが、『窃盗』『バリア』『真実吐き』『泥酔』『結晶』『活力吸収』まで撃破!! あとここに来る道中で第三階級『座天使』を三体撃破しました』
「三体!?!?」
『が、その三倍の量の上位”天使”を見かけました!! 『神域』内は本物の地獄です!! いるのは天使なのに!!』
意外と余裕はありそうだった。何ならかなり楽しそうな声だ。
ただ、殻木霊火は非常に脆い。押しも押されもせぬトップヒーローではあれど安定感とは程遠いのが彼女だ。
担任教師は端末に叫ぶ。
「耐えろ殻木!! 俺が今すぐそっちに―――」
『道中に"個性"持ちの『智天使』や『座天使』が結構いるので絶対にダメです!! 『抹消』だけじゃ足りない!!!! デクかエンデヴァーレベルじゃないとこの『神域』は無理です!!!!』
殻木霊火の言う通りだった。
相澤がいるのは神野区の縁。
これでも雄英敷地内からエリのGPSを追って、エッジショットとルミリオンと共に死ぬ気でここまで来たのだ。
しかし、神野区上空にて体長200メートルはありそうな超巨大マッコウクジラが飛び回っていた。
スケールが桁違いすぎる。おそらくアレが『智天使』だ。
「っっっ………!!! フロイライン、耐えろ!!!」
『で、出来ればいつかは助けに来てくれるとありがたいですけどね……? 私一人ならどうとでもなるんですけど、エリちゃんを連れてたら『神域』外に抜け出せない……!! こっわ!!! 治崎てめえ殺すぞ!?!?』
「イレイザー!!!! 来るぞ!!!」
エッジショットの声で現実に引き戻される。
襲いかかって来るのは無数の蟹、蟹、蟹。
今危険なのは『神域』だけじゃない。
視界を埋め尽くすほど真っ黒な群れが押し寄せる。ロサンゼルスにて出現した『図書委員』の黒い蟹だ。
無限増殖にも思えるこの怪物は、雄英高校から神野区までの範囲どころか、首都圏全体をその数だけで完全に覆い尽くそうとしていた。
おそらくこれはヒーローたちが『神域』に行こうとするのを阻むための手だろう。相澤はつい空を見上げる。
(夜が……!!)
黒い蟹は常闇踏陰の『黒影』と似た性質を持ち、光に弱い。
しかし太陽が昇らないとなると、この甲殻類は無敵に近い。そこまで含めての夜なのだろう。
それに『抹消』は本体を見ないと意味がない。黒い蟹だけを見ても消えないのだ。
「フロイライン!!」
『何です!?!? こっちは超忙しいんですが!!!』
「絶対に死ぬな!!!!!!!!!!!」
『……ふ、霊火ちゃんに任せて下さい!!! 最初からそう言えばいいんです!!! でもなるべく早めに来てくださいね!?!?』
甲殻同士を激しくぶつけ合いながら迫り来る無数の鋏。
エッジショットは身体を紙のように薄くし、刃の風となって蟹たちを斬り裂いていく。
エッジショットは振り返り、相澤と視線を合わせた。
互いに同じ事を考えていた。
「……ルミリオン」
相澤は頼んだ。
「行ってくれ!! 頼む、お前なら殻木とエリちゃんの元に行ける!!!」
しかしこれは悲劇と裏返しの選択だ。
気になるのはナイトアイの『予知』。
ルミリオンを一人で行かせてしまったら、彼は『風香』と会い、治崎にエリちゃんを奪われ、彼女は殺されてしまう。
しかし他の選択肢がない。
つぶらな瞳の青年は、光り輝く太陽のような笑みを返してきた。
「はい! 任せてくださいイレイザー!! 行ってきます!!!」
ルミリオンの身体が"沈んだ"。
蟹の群れの下をすり抜け、瓦礫をすり抜けて真っすぐ『神域』に向かって行く。
―――――――――
栞ちゃんはそろそろ手を緩めて!!
真奈美さんは私がもう一度操作する!!!
何が何でも出久くんとエンデヴァーを八斎會に縫い止める。彼らを『神域』に寄こしたら破綻する!!!
―――――――――
"個性"『夢幻』
発動条件は直近一時間で5分以上目を合わせること。
質問をして、相手が想起した通りの人物に変化する。
変身後は、相手の想像力との制御権の引っ張り合いになる。
但し変身先の年齢や状態の変更権限は、『夢幻』使用者側にある。
―――――――――
そして質問は発せられた。
「対象『エンデヴァー』、"最も会いたい人は誰?"」
想定される変身先は概ね三択。
一つ目は、若い頃に死に別れた実の父親。
二つ目は、最高傑作である轟焦凍。
三つ目は―――
その姿を見た瞬間、轟炎司は動かなくなった。
小さな影を見てミルコが叫ぶ。
「おいエンデヴァー!! コイツ誰だ!? このガキ蹴飛ばしていいんだよな!?」
「轟くんではないね? 髪が白だし……」
「轟くんのお兄さんかな? 確か僕には姉と兄が一人ずついるって言ってたような……」
緑谷と麗日は互いに顔を見合わせる。
エンデヴァーは動かなかった。
(当たりを引いた……!!!)
白い髪。
およそ13歳頃の身体つきの少年。
「………
「…………………………許されない嘘だ」
おそらく、瀬古杜岳における焼身事故の”前夜”だ。
操縦者の殻木霊火は制御権を無理に奪おうとせず、敢えてエンデヴァー側の想像に身を任せる。
“エンデヴァーが最も会いたい人”。
白い髪の少年は、心の底から嬉しそうに、絶望から救われたように、プレゼントを前にした子供のように、迷子が保護者を見つけたような顔で言った。
「良かった……!!!
「やめろ、『美貌』……!!!」
「何言ってるんだよお父さん!!! 見て……焦凍にも、オールマイトにも負けないような、お父さんもきっと―――」
「やめろ!!!!!!!!!!」
「―――
ぎゅるん、と。
轟燈矢の“背”が伸びる。
白い髪はそのままに第二次性徴を越えた姿へと変わる。
精悍な顔。がっしりした体格。自信に満ちた立ち姿。年齢は二十五歳ほどか。
いかにもヒーロー然としたマントが翻り、凄まじい存在感を放つ。
ナイトアイの“オールマイト”とも、デクの“殻木霊火”とも違う。そこには圧倒的な熱量があった。
ミルコとリューキュウが同時に飛び出す。
「っ!!! 悪いがやるぞエンデヴァー!!!!!!!!!!」
「マズい……!!!!!!!!!!」
「見ててよお父さん。赫灼熱拳―――」
調整完了。
この“ビジュアル”で、轟炎司の想像を完全に固定した。
もう彼は“あったかもしれない未来”への夢想を決して止められない。
『もし燈矢が生きていて、立派なヒーローになっていたのなら』
白い髪の青年は、両腕をクロスさせた。
「プロミネンスバーン!!!!!!!!!!!」
あの冬。
あの日、轟炎司が瀬古杜岳へ向かっていれば存在したかもしれない“可能性”。
叶わなかった夢。消えない幻。
轟燈矢。
エンデヴァーが作り上げた。
オールマイトをも超えるナンバーワンヒーロー。
イマジンオールマイト→オーバード霊火→アナザー燈矢
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