殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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105:インターン⑪

 星空の下、空気が歪んだ。

 

 炎を纏う男へと姿を変えた『美貌』はもはや人の形をしているだけの災害だった。

 真っ青な炎がそこかしこから噴き上がり周囲の空気を一瞬で焼き切る。

 

 麗日お茶子と蛙吹梅雨を両脇に抱えた緑谷は、声色に焦燥の色をにじませる。

 

「熱すぎて近づけない!!! 一体どうすれば……!!!」

 

 吹き荒れる熱波だけで街路樹の葉は黒く縮れ、アスファルトは水飴のようにぐずりと溶けていく。

 星空の光が高熱で揺らぎ、夜空はまるで水面のように震えていた。

 

「来るぞお!!!!!」

 

 ミルコの警告が響く。

 『美貌』が片腕を振り抜いただけで白い火柱が奔り、数十メートル先のビルの壁面が紙細工のように焼き破られた。

 

 ナイトアイが緑谷たちを振り返り、鋭く指示を飛ばす。

 

「避難優先!!! 半径5キロ以内の市民をただちに避難させろ!!!」

 

「「「はい!!!!!」」」

 

 アレはダメだ。

 存在しているだけで“本物の灼熱地獄”。

 殴るとか蹴るとか、そういう次元ではない。

 

―――――――――

 

(扱いづらいな轟燈矢!!!!! 何の操作も受け付けないじゃん!!!!!)

 

 『夢幻』は、質問対象の理解度。つまり“見た者が抱くイメージ”への依存度が極めて激しい能力だ。

 模倣する姿形や再現される癖や挙動は、全て相手の中にある像の精度に左右される。

 つまり観測者側の視力の良し悪し、観察眼、理解度、思い込み……そういった主観的な情報を丸ごと素材にして構築する。同じ人物を再現しても相手によって出来は天と地ほど違ってくるのだ。

 

 具体的な例を挙げると、絵を描くのがうまい人を質問対象にしたら現実に近い姿になるが、極端に絵が下手くそな人を回答者に置くと作画が崩壊したりする。とにかく繊細な”個性”なのだ。

 

 つまり『ナイトアイにとってのオールマイト』や『緑谷にとっての殻木霊火』はかなりの優良素材だったと言える。

 このパターンは相手への“解像度”が異常に高いため、『夢幻』もかなり精密な人格再現を行えた。

 ほぼ生身と遜色ない操作性、安定した自我の流れ、欠けのない反応速度と、制御の綱引きがあるにしても操縦者側としては比較的扱いやすい素材だったのだ。

 

 だが、成長した“未来の轟燈矢”となると話は別だ。

 何しろエンデヴァー自身も会ったことが無い相手なのだ。イメージが曖昧すぎる。

 そのせいで構築される人格の土台がスカスカで、操作すべき意識の柱がまともに成立していない。

 人格そのものが不安定化しているため、制御の引っ掛かりが無い。

 

(なんか”個性”への解像度だけが異常に高いの嫌だな……)

 

 つまりは『オールマイトも凌駕する最高のヒーロー』でありながら、その精神性やヒーローとしての人望には意味がなく、単に火力だけの構想だけが完全に固まっているのだ。

 

 という訳で霊火自身の手すらも離れてなんか暴走している『美貌』だが、まあ取り敢えず放置でいいだろう。『夢幻』の解除自体はいつでも出来るし。

 

―――――――――

 

 神野区グラウンドゼロには、一つの駅が存在した。

 

 ここには“天使”は来ない。

 だが四方七キロメートルが“天使”の徘徊領域と化している以上当然誰も近寄れないのだが、その割にルネサンス様式の白亜の駅舎には必要以上の設備が揃っていた。

 

 自動改札、駅員室、切手売り場、ロッカールーム、エレベーターにエスカレーター。

 意味をなさない乗り換え案内、用途不明の自販機、ベンチ、プラットフォーム、線路——。

 巨大な天蓋のコンコースを抜けた先には、場違いに堂々と駅ビルまでそびえ立っている。

 

 その一角、警備員室。

 駅構内に大量に存在する大小無数の彫像に仕込まれた監視カメラの情報が一点に集まる部屋にて、”文学少女”は頬杖をついていた。

 

「ふうん……」

 

 大量のモニターを見ながら、”栞”は独り言を漏らす。

 

「なるほど、そう来たか」

 

 ―――――――――

 

 天井と壁を、青白い火花が稲妻のように駆け抜けた。

 

 『呪い火』が白い巨石を削り抜く。

 瞬き一つの間に円筒や立方体へと形を変えた五メートル級の石塊群が、火花を尾に引く流星のごとく射出された。

 

 大質量の石塊が一直線に迫ってくるのを、ヤクザの若頭は身をのけぞらせながら無理矢理回避。

 

 飛来する巨石へ手をかざして触れ、『分解』して無力化する。

 破砕音すら追いつかない速度で石塊は爆散。治崎廻は苛立たし気に叫んだ。

 

「何故俺の邪魔をするヒーロー!!!!」

 

「んん、お前を殺してから考えるよ」

 

「本当にプロヒーローかお前は!?!?」

 

 思わず突っ込んでしまった。通り魔の理屈だ。

 フロイラインの背後に寄り添うエリが目を丸くしているが、正直治崎もまったく同じ心境だった。

 

 ガシャガシャ変形するサポートアイテムを振り回す少女は酷薄に笑う。

 

「私が可愛くて弱そうだからかな? 本当の本当に例外なく、どんな相手でも必ず油断はするんだよね。これはあの狂った思想家『ヒーロー殺し』でも変わらなかった」

 

「っ……!!! お前まさか……!!!」

 

「気をつけろよ治崎廻。私はヒトを殺せるぞ」

 

 有言実行もいい所だった。

 『オーバーホール』のいる場所の天井が纏めて”落ちた”。

 自動車クラスの巨石が頭上から山ほど降り注いでくる中オーバーホールは必死に距離を取る。倒れている八斎會の組員も問答無用で巻き込む攻撃範囲だ。あまりにも殺意が高すぎる。

 

(こいつ……!!! イカレてやがる……!!!!)

 

 八斎會側に元々あった人数差の有利なんて誤差のようなものだった。

 

 高熱、雷、氷結、光、風、瘴気、音響、麻痺に毒。

 ただでさえ他に例が無いほどの万能の手札。その上で圧倒的な射程と破格の連射力を両立した新世代のプロヒーロー。

 高校一年生にして既に遠隔最強の呼び声高いプロヒーロー『フロイライン』。

 

 治崎は歯噛みする。

 人数に勝る八斎會といえど、凶悪な範囲攻撃を全方向に連打する殻木霊火相手に戦線を維持するのは難しかったのだ。

 突出した戦闘力を持つ治崎一人を残し、残りの組員は既に全滅。

 

「さあ、”若”は何人助けられるかな?」

 

「っ……!!!!」

  

 オーバーホールの額に青筋が立つ。天井の崩落範囲には倒れた組員が10人ほど。

 当然、直撃したら死ぬ破壊力だ。

 

(リスクを取る!!!! ここは崩落そのものを……!!!!)

 

 あまり使った事が無い”個性”の活用法だ。

 

 治崎は手を上にあげて落ちてきた瓦礫に触れ、無理やり『修復』。

 もう片方の手で、治崎は足元で倒れている玄野針の身体を“治す”。

 

「クロノォ!!!! 起きろ!!!!」

 

「意外と仲間想いだね? そいつの蘇生は四回目じゃない?」

 

 天井の崩落を歪な形で縫い留める。『クロノスタシス』も治した。

 その一瞬を逃さず、殻木霊火が”大鎌”を振り回す。

 

 生成されたのは禍々しい深紅の三日月だった。刃渡り40メートルの明らかな大技。

 飾り窓の聖人像は腰から真っ二つ、駅ビルの巨大広告パネルは紙細工のように斜めに削げ落ちる。

 ゴミ箱も自販機もベンチも何もかもを誕生日ケーキよりも簡単に切断しながら、凶悪なギロチンが治崎と玄野へ一直線に飛来してくる。

 

「ふっざけんな……!!」

 

「いくら壊してもいい戦闘って最高だけれど」

 

 対物最強の『呪い火』相手に、分かりやすい遮蔽は全く役に立たない。

 どんな頑丈な盾に身を隠してもそのまま輪切りにされるだけだ。視界が塞がるだけ不利になっているとまで言える。

 

 治崎は地面へ手を叩きつける。

 足元の白い床石が一斉に分解されて一気に隆起し、即席の高台が二人を持ち上げて高速で迫り上がるが―――。

 

「ふうん」

 

 死神が大鎌を振り回す事で、地面を滑るように飛翔していた深紅のギロチンが上昇する治崎に磁石のように吸い付いた。

 目を剥くオーバーホールは慌ててクロノスタシスの頭を掴んで高台から放り捨て、自分自身も高台を飛び降りる。

 

 続けて全く同じ深紅の三日月が二つホーミングしてくるのを何とか身を捻って躱しながら、若頭は地面に両手を叩きつける。

 

 尖りきった巨大なスパイクが炸裂的に生え上がった。

 ヤマアラシが怒り狂ったかのような凶暴さの針の山が、2人の少女たちに向けて連鎖的に伸びる。

 

 赤い瞳の少女が右手をかざす。十字の光芒が走った。

 極大のレーザー砲が一切の溜め無しに放たれて衝突。

 光と破壊の爆風が回廊のステンドグラスを一枚残らず粉砕し、ルネサンス模様の壁面を色とりどりの破片で染め上げる。

 

 足元にしがみつくエリの頭を撫でながら、少女は肩を竦めた。

 

「私と遠距離で撃ち合うなら轟焦凍クラスの出力が欲しいね?」

 

「……分かってきたぞ『フロイライン』」

 

 治崎は腰を落とし、両腕を大きく広げた。

 セミロングを揺らす少女は人懐こい猫のように首を傾げる。

 

「貴様の“個性”は見た目ほどデタラメじゃない。炎の拡散、雷の分岐、全ては何らかの厳密な法則に縛られている」

 

「へえ? そうなんだ?」

 

「『トランジスタ』の正体は“変換”だ。プリズムが光を分解するように、回路が電流を整えるように、貴様は基礎となる“鬼火”のエネルギーを一つのコンパイル規則に通し、身振り手振りというインターフェースで外界に出力しているに過ぎない」

 

 霊火は口角を上げた。

 

「だからなに? 五つの指先、多色の鬼火、仕草、息遣い、ステップ。そして『プリムローズ』の変形機構。私の攻撃に事実上無限のバリエーションがあるのは変わらないと思うよ?」

 

「薬指の白はホーミング。人差し指の緑は斬撃。中指の黄色は分裂」

 

 僅かな沈黙。

 ひゅう、と少女は愉快そうに口笛を吹いた。

 

「“変幻自在”を気取る『呪い火』には明確な予備動作がある。無限のバリエーション? 別に端から端まで丸暗記する必要は無い。基本となる公式を把握すれば、全ての問題は応用で読み解ける」

 

「ふうん……この私に? よりにもよって演算速度で勝負する気なの?」

 

「息が上がっているぞ『フロイライン』。お前が派手な動きをしないのは、余裕だからでもエリを庇っているからでもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここで初めて、霊火は大きく息を吐いた。エリが心配そうにヒーローを見上げる。

 

「貴様の弱点は最初から明白、接近戦と長期戦だ。分かるか雄英生、最初の遠隔攻撃のコンビネーションで俺を仕留め損ね、こうやってズルズルと削り合いになっている時点で遠隔最強ヒーロー『フロイライン』の強みは八割方潰れている」

 

「……へえ、仮にも頭脳派の(ヴィラン)ってわけか」

 

「疲労は思考のパフォーマンスを落とすぞ学生さん。ましてや体力不足の貴様に対して、俺の“個性”は外傷や乳酸の蓄積すら“修復”できる。言っていることが分かるか?」

 

 冷たい目で、ヤクザの若頭は小柄な少女を見下ろした。

 

()()()()()()()()。エリを守ることもできずに無意味にな」

 

「……()()()?」

 

 パリッ――と乾いた破裂音が響いた瞬間、オーバーホールの左腕が肩口からごっそりと消えた。

 

 霊火の右手から雷霆が迸った。

 視認を許さぬ初速、音よりも速い閃光。

 横に落ちる”稲妻”。治崎は反射で躱しはしたが、それでも心臓への直撃を避けられただけだった。

 

 刹那で焼き切られた断面が白煙を上げる。

 治崎は目を見開いて霊火を凝視した。

 

 先ほどまでの少女の攻撃と比べても次元が違う。

 殺傷力も弾速も何もかもが桁外れだ。よく見れば霊火の右手もまた、己の雷撃に巻き込まれて吹き飛んでいた。

 

 それでも。

 霊火は、口角を吊り上げた。

 

()()()()()、治崎廻」

 

「っ……!!!! エリ!!!!!!!!!!!」

 

「なんだっけ? 自分だけ回復できるから、持久戦に持ち込めば勝てるんだっけ?」

 

 エリの角が発光する。

 黒く焦げて焼け落ちた殻木霊火の右手が見る間に巻き戻っていく。

 見えない疲労も反動も、治崎が積み重ねてきたもの全てが無意味になっていく。

 

 ついに治崎の想定が崩れた。

 

「まさかエリに『巻き戻し』のコントロールを覚えさせたのか!?!? この短期間で!?!?」

 

「私はあの『デク』を造り上げた女だよ。人に教えるのは昔から得意なの」

 

 呆れたように笑う少女は、それでいて目が笑っていなかった。

 

 鋭い擦過音が響いた。

 少女の背後に大理石から造られた無数の包丁が浮遊し、空中でビタリと敵対者を照準する。

 

「エリちゃんが見てるからね。お姉さんもカッコいいとこ見せないと」

 

「……上方に飛翔したあと爆発。高電圧を撒き散らしながら、冷気を乗せた落雷」

 

「へえ、マジで分かってるんだ。でも、やっぱり私には届かない」

 

 感心したように嘯く殻木霊火の足元で、何かがざわりと蠢いた。

 

 無数の有刺鉄線のような何かが凄まじい勢いで迸り、ねじれながら四方へ奔る。

 瞬く間に治崎の周囲を囲い、檻となった。

 完全な新技、新系統。

 鉄線の節々が膨らみ、つぼみを形作り、毒々しい赤い薔薇が咲き誇る。

 

 さらに少女の手元でネオン出力がブレるような低い音。

 青い燐光でできた巨大な杭が形作られていく。

 

 『トランジスタ』複数同時起動。

 『落雷を導く氷の剣』『有刺鉄線と赤い薔薇』『低速プラズマビーム』。

 

 三つの思考を同時に走らせる天才少女は、人差し指をまっすぐ男へ突きつけた。

 

「大金をつぎ込んでも手に入らず、学力でも辿り着けず、故に貴方に足りない物」

 

「は?」

 

「すなわち“愛情”。『巻き戻し』の少女に逃げられた理由のひとつ。優れた頭脳にも最高の“個性”にも恵まれた治崎廻の唯一にして致命的な欠損」

 

 理解不能と言いたげに治崎は固まる。

 赤い瞳の少女は物憂げに首を横に振っていた。何かを憐れむようなその表情は、戦いのそれとは程遠かった。

 

「やっぱり私と貴方は違う。私も孤児で、アレルギー体質で、同年代とは誰とも話が合わなくて、毎日がどうしようもないぐらい孤独だったけど、それでも父は私を愛してくれた。今は好きな男の子だっている」

 

「何を言いたい」

 

「可哀想な人。勿体ない……。貴方だって愛されなかったわけじゃないのに……」

 

 治崎が地面に右手を叩きつけた。

 だが少女は、指をひとつ鳴らしてスパイク状の攻撃を停止。『修復』による地形操作はさせない。

 

「まったくバカバカしい。むしろ貴方は恵まれた側だった。その貴重な愛情を受信し損ねただけじゃん。孤児院から引き取られる子なんてそんなに多くないのにな……」

 

「……オヤジのことを言っているのか?」

 

「もし貴方が“家庭”の温かさを知り、その価値を理解できていたら……。エリちゃんに自分がしてもらったことと同じことをしてあげられていたら、貴方の夢は叶っていたのかもしれないのに」

 

「黙れ」

 

 少女はそっと顔を伏せた。もう言葉は要らない。きっと彼には何を言っても通じない。

 

 天才と天才。

 世界最高の”個性”研究者が二人、神域の中心にて激突した。

 

 

 




恋する少女は無敵(敵)!!!
……親に愛されて育った敵、ヒロアカでは割と激レアですね

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