殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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106:インターン⑫

 そろそろ頃合いかな。

 年齢設定を13歳に戻してあげてね。

 

 エンデヴァーにはどんな大火力よりもそれが一番効くと思うよ。

 うん、『無貌』で強制的に植え付けた恐怖はまだ残留しているから逆ギレ発狂の可能性は捨てていいと思う。

 

 轟炎司側の想像をそのまま再生してね。

 

―――――――――

 

「あっ」

 

 小さな声がこぼれた。

 

 何の前兆も無かった。

 必死に『美貌』と向き合ってヒーローとしての責務を果たしていたエンデヴァーの目の前で、轟燈矢の身体が縮み始めた。

 輪郭がしぼみ、骨格が細くなり、声変わり前の声色が露わになる。

 

 逆再生のような変化は止まらない。

 戸惑ったような声があった。

 

「あ、熱っ……熱い熱い熱い……!!!! な、何で……!?」

 

「……燈矢……? やめろ、『美貌』!!!!! 何故こんな事をする!!!」

 

 星空の下、何かに気が付いたエンデヴァーの叫びは風に千切れて消えていった。

 目の前には少年へと戻っていく長男の姿。

 

 その肩に、胸に、頬に、朱色の炎がぱちりと移る。悲痛な悲鳴があがった。

 

「うああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 幼い皮膚は高温に耐え切れない。

 赤く爛れて割れ、炙られた紙のように崩れる小さな身体。

 細い腕が震えて涙と叫びが混ざった声が一気に吹き出した。

 

「お父さん……!!!!! 助けて……!!!!」

 

 その一言が、既にギリギリのエンデヴァーを折った。

 ナンバーワンヒーローは動けない。

 最も触れたくない記憶が蘇り、その脚を縫い止める。

 

 手を伸ばすことすらできないまま。

 エンデヴァーは幼い轟燈矢が炎に呑まれていく光景を凝視するしかない。

 

「た、助けて……助けて……お父さん……」

 

「許さん……許さんぞ『アマリリス』!!!! なぜ……なぜこんな物を俺に見せる……!?!?」

 

「何で……何であの時は来てくれなかったの……?」

 

 そしてエンデヴァーの背後に立つヒーローたちは凍りつく。

 何かを察した。緑谷は歯を強く噛み、ナイトアイは沈痛な表情で目を伏せる。

 

「たすけて……おとうさん……」

 

 幼い燈矢はもう原形を保てていなかった。

 皮膚は剥がれ、炭となり、砕け散る。

 炎は容赦なく少年を削り、細い身体は折れた紙人形のように傾いた。

 

「やめろ……やめてくれ……燈矢ァァァ!!!!」

 

 エンデヴァーの絶叫が星空を震わせる。

 

「おれだって……おれだっておとうさんにみてて……」

 

「『アマリリス』!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! やめろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 汚すな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 そして。

 13歳の轟燈矢は、最後に震える指を父へ向けたまま。

 

 ぱきりと乾いた音を立てて崩れ落ちた。

 

 炎に包まれた少年は細かな灰となり、風に散っていく。

 

 その静寂に、ヒーローたちはようやく呼吸を戻した。

 ロックロックが、誰に向けるでもなく呟く。

 

「……倒せた……のか?」

 

 緑谷がはっと顔を上げ、ナイトアイが微かに息を吐いた。

 勝利の実感はどこにも無い。あまりにも後味が悪い光景だった。

 

 エンデヴァーは灰になった空間に膝を折り、茫然と呟く。

 

「……燈矢……」

 

「…………エンデヴァー、行こう」

 

 ここは成人男性のロックロックが前に出た。

 エンデヴァーの肩をポンと叩き、こう告げる。

 

「アンタの家にどんな事情があるかは知らんが、今は神野の方で助けを必要としている仲間がいる。ヒーローだろう俺らは」

 

「……その通りだロックロック。俺は絶対に『アマリリス』を許さん」

 

「そうだ。俺も許せねえ。だから行こうエンデヴァー、『神域』攻略にはアンタの火力が必要だ」

 

 そして、だ。

 

 全員が『美貌』から気を逸らしたその一瞬だった。

 

 白い灰が、つむじ風に巻き上げられたかのようにぎゅるりと渦を巻く。

 

「……!?!? ダメだエンデヴァー!!! まだ警戒を解くな!!!!!」

 

 ナイトアイが異常に気付いたときには、既に長身の女はフレイムヒーローの至近に立っていた。

 ふわりとロングヘアが靡く。

 

「油断しましたねエンデヴァー」

 

「な……!?!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 響く破裂音。

 鋼鉄の拳がエンデヴァーの胴へとめり込む。

 フレイムヒーローはぐらりと揺れ、そのまま地面へ崩れ落ちた。

 

―――――――――

 

「遠距離からチクチクと……!!」

 

「なら接近してみせろよ、治崎!!」

 

 地面や建物が次々とスパイク状へ隆起。

 更には修復の応用か、爆発して周囲に針を撒き散らす石が投げ込まれる。

 それを蹴散らすように、少女は真紅のウォータージェットを振り回し、建物や地面を丸ごと切り飛ばす。

 

 

 "個性"戦闘かくあるべし。

 神域中央部、『駅』構内にて極大の超常がぶつかりあう。

 

 霊火は僅かに呼吸を整えた。

 少女は右手で乱れた前髪をすくい、人差し指をそっと唇に当てる。

 その動きひとつで空気が切り替わる。

 

 ピンクの花弁が一枚。

 必殺技―――

 

「『平安の花吹雪』!!」

 

 世界が春に塗り替えられた。

 季節外れの春風。淡く発光する桜の花びらが桃色の奔流となって広場を呑み込む。

 

「っ……!!」

 

 男は地面に手を叩きつける。

 治崎の周囲の床材が一瞬で分解と修復をされ、分厚い壁が幾重にも折り重なるように隆起した。

 

 そこに花弁の奔流が正面から激突。

 桜色の閃光が壁面を削るが、次の瞬間彼の背筋に悪寒が走った。

 

 少女が、指先を曲げた。

 

 たったそれだけで暴風の流れがねじれる。

 桜吹雪の暴風が巨大な筆で曲線を描くように湾曲し、治崎の真横へ。

 壁の死角から背後へ回り込んだ。

 

「は……!? おいふざけ――」

 

 そのまま直撃した。

 瞬く間に桜色の刃が治崎の背中を裂き、肩口から腰までを一気に削ぎ落とす。

 

 鮮血が地面を叩く。

 血まみれのまま、治崎は歯噛みしつつ自分の身体に手を伸ばした。

 掌で触れた瞬間、肉片と骨が弾けて即座に修復される。

 

 効いた。

 ならば対応されるまで同じ技を撃ち続ける。

 

 人差し指を唇にあてた。

 

「もう一発来るのかよ、クソが……!」

 

 これは元はと言えば、必殺技開発の時間に何気なく使った思い付きの技だ。

 その綺麗で派手な見た目からクラスメイトからの評判があまりに良く、相澤までもが褒めてきた傑作技。

 それで一度きりのアドリブ技から晴れて必殺技に採用したという経緯があったりする。

 

 暴風。

 桜色の春風が神域中央部で吹き荒れた。

 

――――――――

 

 緑谷は真っ青になって叫ぶ。

 

「し……しまった!!!!」

 

「手加減はしました。ママが本気ならお腹に風穴が開いています」

 

 白いワンピース。圧倒的なプロポーション。

 赤く燃え盛る住宅街の中心に、アンドロイドが立つ。

 

 彼女は呆れたような声音で告げる。

 

「しかし注意力散漫ですねプロヒーロー。初見というわけですらない。既に一度実際に見せたはずです」

 

「……あ!!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 蛙吹梅雨は両腕で自分の身体を抱きしめた。

 妹を蹴り殺したときの記憶を、否応なく呼び覚まされたのだろう。

 

 『美貌』は豊かな胸を両腕で押し上げながら続ける。

 

「ええ、『夢幻』の変身状態を撃破しても、ママを倒したことにはなりません」

 

「嘘……だろ!?!? なら変身している間にお前を倒しても―――」

 

「最初から『夢幻』と言っているでしょう? あなたたちはママではなく、自分自身の幻想と戦っているだけなのです」

 

 ヒーローたちは一斉に息を呑んだ。

 リューキュウは何か言おうとしたが、言葉を失った。

 

 おそらく全員が、同じ結論にたどり着いていた。

 ”もう一度変身されたら終わる。”

 

 滑らかな声が響く。

 

「対象『ウラビティ』」

 

「麗日さん!!! 聞いちゃダメだ!!!」

 

 緑谷とリューキュウが青ざめた麗日に飛びつくよりも早かった。

 

「“最も賢い人は誰?”」

 

 質問は届いて、正しく受理された。

 ぎゅるり、と。

 麗日お茶子の脳裏に浮かんだ人物への変貌が始まる。

 

 茶髪のポニーテールだった。

 見覚えのあるゆるいリブ素材のオーバーサイズルームウェア。

 1年A組のクラスメイトが、そこに立っていた。

 

「あ……」

 

 麗日お茶子の喉から押しつぶされたような声が漏れた。

 ミルコが忌々しげに吐き捨てる。

 

「殻木霊火……!!!!! また安定択だな『美貌』!!!!!」

 

「え~……? でもさあ、一つ有効な手段を見つけたら相手が対応出来るまで愚直に繰り返すのは戦争の基本だよ?」

 

「は!!! 言うだけ言ってろ蹴っとばす!!!」

 

「で、私がやられたら次の人に”質問”すればいいだけだもんね。そもそも私は負けるつもりもないけれど」

 

 結局の所、『美貌』最大の持ち味はこれだ。

 ただでさえ強い基礎戦闘能力に上乗せされる『夢幻』。

 幻想の外殻で常に身を守り、殺されても壊れない状態をキープした上で、適度に戦闘パターンを味変しながら相手を削り殺す。

 

(同じ人に短時間で二回質問するのは出来ないから、タイマンで『夢幻』と本体で二回殺すのが一番確実な手段だと思うけれど……)

 

 この条件なら『美貌』の討伐が可能なヒーローもいるだろう。

 逆に多数で取り囲めば取り囲むだけ『夢幻』の発動回数が増えて手がつけられなくなるという仕組みだ。

 敵が出てきたら多人数でボコボコにするのが取り柄の現代ヒーローはマジで猛省してほしい。

 

 動けないヒーローを気にせず、赤い目の少女は自分の身体を確かめるように腕を軽く広げる。

 ちょっと不本意な格好だ。下手にお風呂上りとかを想起されるよりはよっぽどいいが、出来れば着替えたい。

 

「でもすっごい気を抜いてる時の格好じゃん。しかもノーメイクだし……」

 

「霊火ちゃん……」

 

 多分、寮で麗日に勉強を見てあげている時の格好だ。

 ひょいと視線を振りながら言った。

 

「あー……お茶子ちゃん、ちょっと私の似合ってた格好思い浮かべて?」

 

「えっ?」

 

 ぎゅるん、と少女の輪郭がゆがむ。

 麗日お茶子の記憶と想像を辿り、形が塗り替えられていく。

 

 今度は白いモヘアニット。

 淡いグレーのロング丈チュールスカートに、ゆるく結った後ろ髪。

 

 殻木霊火は新しい身体をくるりと見回し、満足そうに頷いた。露骨に同性受けが良さそうな服で少し笑ってしまったが。

 

「分かってるねお茶子ちゃん。A組女子でお洋服見に行った時のお洋服だ」

 

「あ、それだ!!! 可愛いなって思ってて―――え、なんで知ってるの?」

 

「あれ? 気づいていなかった? “ママ”の『夢幻』は質問相手の記憶を参照するので、質問者とその人が想起した相手との思い出話や秘密はある程度把握できます。例えば轟燈矢に変身したとき、エンデヴァーとの関係が分かっていなかったら超絶困るでしょう?」

 

 くすくすと愛らしく笑う『美貌』に、ヒーローは動けない。

 どこからか取り出した『プリムローズ』を構えるアンドロイドは、唇の端を上げた。

 

「そろそろかな」

 

「え?」

 

 殻木霊火は右手を高く掲げ夜空を指し示した。

 落ちてきそうなほど近い星空に、それは現れる。

 

 銀河鉄道『エリヤ』。

 

 金色の軌跡を夜空に焼きつけながら天蓋を疾走する、黒鉄のSL。

 夜空に轟音と重金属の響きを撒き散らしながら、極めて長大な車体が星空を駆ける。

 

―――――――――

 

 神野区にはルネサンス様式の街並みが広がっていた。

 磨き抜かれた大理石の壁、金箔を散らしたアーチ、どこまでも続く幾何学の柱列。

 

 殻木霊火とエリを助けようと果敢にも『神域』内に踏み込んだ相澤だが、頭上にエノク文字の光輪を掲げた”天使”たちに攻撃され続けて中々進めない。

 

「来るぞイレイザー!!」

 

 エッジショットの声より早く五メートル級のハブの”天使”が石畳を砕いて跳躍した。

 毒牙がぎらつき、しなる尾がムチのように唸る。

 

 相澤は即座にゴーグルを下ろしながら横方向に身を躱す。

 巨体が建物を削り取る轟音が背中をかすめ。続けざまに左右の路地からシベリアイタチの天使が疾走し、頭上にはシロフクロウの天使が羽音なく舞い降りる。

 

 シロフクロウを見たイレイザーヘッドは身を丸め、柱廊のある建物へ飛び込んだ。

 

(クソッ……!!!!!)

 

 次の瞬間、凄まじい爆音と共に弾丸の雨が降り注いだ。

 フクロウの”天使”の両翼から冗談みたいに飛び出した銃身が相澤のいた地点を容赦なく切り裂く。

 柱の陰に身を隠しながら相澤は息をつく。石壁を砕く銃撃が背後を削り、粉塵が白い煙のように舞う。

 

 しかし、そこもまた安全地帯ではなかった。

 

 飛び込んだ建物の奥から、低く唸るような鳴き声。

 ルネサンス建築の端正なアーチの下で一体の天使が背を丸めて毛を立てていた。

 

 アメリカンショートヘアの”天使”。

 毛並みは銀灰色。頭上の光輪がかすかに震え、尻尾を逆立てていた。

 明らかにこちらを敵と断じている目つきだった。

 

「……機嫌悪そうだなぁ、おい」

 

 返答は、喉奥から絞り出される獣のような咆哮だった。

 次の瞬間、ネコ科のハンターは石床を割りながら突進。

 

「イレイザー、伏せろ!」

 

 相澤が身を沈めた直後、横から黒い閃光が伸び上がった。

 

 相澤に飛びつこうとした猫の”天使”の身体を、針のように伸びた忍の軌跡が一閃で貫く。

 天使は鳴き声の途中で沈黙し、光輪が砕け散る。

 

「すまんエッジショット!!!!!」

 

「問題ない!!! 先を急ぐ―――」

 

 白亜のアーチを押しのけるように、巨大な影がゆっくりと立ち上がった。

 

 マウンテンゴリラの”天使”。

 全身が銀色で、頭上ではエノク文字の光輪が浮かぶ。

 胸板は石壁のように分厚く、腕は丸太どころではない。周囲の天使とは明らかに格が違う。

 

 そいつが、相澤を見た。

 目が合った瞬間地鳴りのようなドラミング。

 胸を叩く拳の衝撃が石畳を震わせ、ルネサンス建築の壁面に砂塵が降った。

 

「……おいまさかアイツ――」

 

 ゴリラの喉奥で火花が弾けた。

 相澤はすぐさま『抹消』を発動させる。

 ―――何かを消した感触はあったが、マウンテンゴリラは気にせず口から燃え盛る灼熱を噴き出した。

 

 エッジショットと相澤は急いで物陰に身を隠す。轟音とともに炎の奔流が通りを飲み込み、石畳が焼けた鉄のような赤に染まる。

 

「っ……!!!!! 第三以上の上位天使か!! 『抹消』は効いているはずだが……!?!?」

 

「……まさか、あの火炎放射は自前の兵器だと……?」

 

 エッジショットとイレイザーヘッドは目を見合わせた。

 じゃああのファイアゴリラ、本来はどういう”個性”を持っているんだ?

 

―――――――――

 

「増援か……!!!」

 

 治崎は忌々し気に霊火たちを見つめる。

 霊火とエリの傍にはもう一人、つぶらな瞳の金髪青年が立っていた。

 

「二人とも無事かい!?!? 遅れて申し訳ない!!!」

 

「エリちゃんは守れてます。だけど治崎を倒すのが厳しくて……!!!」

 

「ああ、でも俺が着いちゃえば後は楽勝なんだよね!!!」

 

 エリはとても嬉しそうに遅れてやって来たヒーローを見上げていた。

 霊火と通形は『オーバーホール』の方に向き直る。

 

 通形の顔が険しくなった。

 

「何をするにも、まずはあれを倒してからだよね」

 

「近接は任せます。私も気を付けますが、範囲攻撃に巻き込まれないよう細心の注意を払ってください」

 

「3年生として情けない所は見せられないね!!! 治崎は俺が請け負う、火力援護とエリちゃんの防御は頼んだよ『フロイライン』!!!」

 

 遠隔の『フロイライン』、近接の『ルミリオン』、ついでにヒーラーエリちゃん。

 割と最強のチームが出来上がった瞬間だった。

 

 

―――――――――

 

 真昼だというのに星空が広がっていた。

 濃紺の天に幾千もの光点が滲む。物理法則も常識も何もかもを塗り替えた不自然極まる光景。

 

 『ドクター』と呼ばれる老人は、日本以外の大都会でしばし空を仰いだ。

 

 凄まじいな、とまず思う。

 次いで、ごく静かに結論へ行き着く。

 

「流石は霊火、儂の娘じゃのう……」

 

 かつて殻木球大と殻木霊火は、"個性"について一つの結論に辿り着いていた。

 

 『"個性"は人体でしか安定して扱えない』。

 機械や動物では(極一部の例外を除いて)個性因子が機能せず、超常として成立しないのだ。

 

 だから『ドクター』は死体を使う。

 命が無くとも、死体は人体だからだ。元々備わっている個性因子を流用出来るのも都合が良く、特定の手順で人体を繋ぎ合わせる事で『AFO』抜きでの"個性"移植も可能となる。

 仮にも生体素材なこともあり、準備さえ整っていれば培養や改造にも手が届きやすいという利点もある。

 

 しかしここで殻木霊火は全く別の事が気になったらしい。

 

 すなわち、『"個性"因子は何を以て人体を判別しているのか?』

 幼い彼女は幾度もの人体実験の果てに、神に定められた"人体の定義"を特定する。

 

 殻木霊火が保有する技術は『人間の模倣』。

 

 ”個性”因子が「これは人間の身体である」と誤認する回路を完全な工学で組む方法。

 その本式を完全に確立した事こそが、『アマリリス』最大の功績だ。

 

 人格と結びついた”個性”を個人から剥奪し、誰でも扱える技術に貶める論理体系。

 銃の登場は騎士の時代を終わらせた。”個性”機械は同じように、ヒーローの時代を終わらせるだろう。

 

 善悪好悪のどれでもなく、事実として殻木霊火は、”個性”社会最大の天敵だ。

 

「…………………………気持ちは分かるがのう」

 

 おそらく、霊火はこの技術で世界を制圧するつもりだ。

 それは“個性”特異点を越えるためというのも理由の一つではあろうが、目的はそれだけでもないはずだ。

 

 きっと、彼女は怖いのだ。

 自分が組み上げた理論が、現実の爆薬や核兵器と同じ道を辿る未来が。

 ……研究者にとって、自分の開発物が手が届かない場所で人殺しの道具として使われることほど悍ましい事もない。

 

 だからこそ、彼女は他国や他組織が“個性機械”を製造できるようになる前に手を打ちたい。

 人類の歴史で核兵器の拡散が止められなかったように、このままでは”個性”機械はいつか必ず世界に出てくる。

 『アマリリス』の模倣にしても再発明にしても、いつまでも殻木霊火の独占技術のままにはしておけないのだ。

 

 だからその前に、自分の手で強制的に全世界を支配したい。

 未来永劫、この世界で唯一の”個性”機械製造者にして唯一の運用者でありたい。

 そんなシステムを造り出して、世界を『正しく』導いてあげたい。

 

 このままでは終わる人類の『()()()』になりたい。

 

 何ともまあ。

 人間不信を拗らせた殻木霊火らしい理想でもあり。

 万能感を拗らせた子どもじみた潔癖さでもあり。

 寿命が短いゆえの焦燥でもあり。

 野望の実現に手が届かせられる実力に裏打ちされた傲慢でもあり。

 自分なら出来ると信じる楽観に満ちた学生らしさでもあり。

 本人すら気が付いていないほど純粋で無邪気な野望でもある。

 

 

 

 

 




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