殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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110:文化祭②

 箒に腰掛けた魔法少女は大きく舌打ちした。

 アスファルトすれすれの低空飛行で夜の街を疾走、背後の敵対者に向けて右手を突き出す。

 

 小さな掌に鬼火が渦巻き、その中心から生まれたのはひとひらの桜。

 淡く光を帯びた花びらを吐息と共に送り出す。

 

 放たれたのは、春の風。

 粉塵と共に舞い上がる桜の暴風が歩道橋や信号機を容易く消し飛ばす。

 しかし道路の中央に巨大な竜巻が立ち上がり、攻撃はあっさりと吹き散らされた。

 

 続けてナインを照準した掌に、十字状の光芒が煌めく。

 甲高い共鳴音を響かせながら純白のレーザーを照射され、景色ごと竜巻を斜めに焼き切る。

 

 その向こう側から『ナイン』の雷霆が飛来した。

 小さな少女に横向きの落雷が音速を超えて迫る。

 

「そこ!!」

 

 魔法少女は、飛来するそれを灰色の鬼火を灯した人差し指で指し示した。

 

 落雷が空中でビタリと停止する。

 空間に縫い留めた高電圧の槍を追加入力で『ナイン』の仲間の動物男へと投げつけ、ついでに赤い液体を撒き散らす回転鋸を大量に放り込みながら端正な造形の少女は舌打ちした。

 

「随分な高出力だね『ナイン』。私と遠距離戦が成立する敵は珍しいけれど」

 

「……貴様こそよくやる。良い“個性”だ」

 

 返答と同時に、紫色の爪ビームが超高速で少女を追う。

 霊火は咄嗟に三角形に成形した氷塊のプリズムを展開して光を拡散。無害化する。

 

 彼女の周囲に鈍色に光る三本の包丁が浮かび上がった。

 

 『刺殺』『手術ミス』『破傷風』

 模擬戦で峰田実を震え上がらせた、悪夢のセットアップだ。

 

 緩い初速で放たれた刃物は刹那、音もなく消失。

 次の瞬間には、『ナイン』の周囲へと再出現する。

 

「なにっ!?」

 

 半透明の防御壁を展開する『ナイン』の足元が揺れる。

 

 『プリムローズ』に横座りする霊火は爪先でアスファルトをトンと叩いた。

 ナインの真下の地面から巨大な緑の結晶が生え、彼の身体を真下から打ち上げる。

 

 舗装道路や信号柱と共に吹き飛ばされた男に対し、霊火は右手を天に翳す。

 全長7メートルの燃え盛る真紅の炎槍を生成。

 

「死ね!!!!!!!」

 

 宙に浮いた敵を串刺しにしようと投擲するが、ここでナインの背中からサメの怪物のような影が二体飛び出した。

 

 ワープナイフはバリアに弾かれた。

 そして常闇の『黒影』を思わせる怪物が、炎槍を食い千切る。

 

 さらに、もう一匹が黒光りする顎で高層ビルの壁面に噛みつきワイヤーアクションじみた挙動でナインを上空へと引き上げていった。

 

(『AFO』『天候操作』『爪のビーム』『バリア』『鮫の怪物』『サーチ』……いや、拡張系視覚の応用か?)

 

 ラグドールや霊火のように、ダイレクトに情報を看破する類ではない。

 赤外線とかの目には見えない何かが見えている系統だろう。そうでなければ『雲』や『摂生』が見えているはず。

 

 しかし一つ一つが強力な個性だが、やはり『天候操作』が別格だ。

 落雷や強風の応用力も脅威だが、何より出力が桁違い。

 純粋な火力勝負なら、『ヘルフレイム』を超えて『半冷半燃』以上かもしれない。

 

 だが、数分間の撃ち合いで分かった。

 遠隔戦ならこちらに分がある。

 単発火力では劣るが、射程と連射速度はこちらの圧勝だ。

 

 霊火側は落雷や竜巻が直撃する高空飛行ができないが、向こうは向こうで直接的な機動力強化手段は持っていない。

 

 つまり引き撃ちで削り殺せる。

 

「ナイン!!」

 

 仲間がビルを切り裂き、霊火を猛追してくる。

 長い赤髪を刃として自在に操る女だ。

 

 夜空を裂く斬撃に、掌から爆炎を叩きつける。

 しなる凶刃をギリギリで回避しながら、霊火は吐き捨てた。

 

「面倒!!」

 

「彼を援護しろ!!!」

 

「おう!!!!」

 

 むしろ厄介なのはこちらだ。

 

 赤い包帯男は相性上怖い相手ではないが、残り二人は高機動近接型と最も苦手な属性。

 髪を刃として振り回す赤髪女も厄介だが、様々な動物の特徴を併せ持つ異形系の大男が強すぎる。

 お手本のような怪力異形だというのに口から火炎放射までしてきたときには流石に仰天した。

 

「『フロイライン』!!!! 援護す―――うおっ!?!?」

 

「死ぬよ!?!?」

 

 通報を受けて現場に急行した知らないプロヒーローが出現。

 『ナイン』の爪ビームに出落ちさせられそうになるのを慌てて吹き飛ばしながら霊火は毒づいた。

 

 そして相性上霊火に対して役割が無いため、周りの市民に襲い掛かっている包帯男に狙いを定め、意識を集中する。

 

 『一家心中』、『溺死』、そして世にも珍しい"個性"による『呪殺』。

 霊火の足元から地を這うように伸びる黒い繊維が包帯男の脚に絡みついた。

 ぬめる黒い髪の束が足元から急速に這い上がりそのまま口腔内に侵入する。男はパニックの悲鳴をあげる。

 

「う、うわああああ!?!?!?!?」

 

 喉奥から胃の方に不潔な髪束が侵入するのを見た『ナイン』一行は慌てて霊火から距離を置く。

 

 女の髪には命が宿る。

 不浄で怨嗟に満ちた本物の『呪い』。元となった鬼火の性質上、男性相手にしか使えない奥の手だ。

 因みに一度これを喰らった峰田実は数日間の間ノイローゼだった。

 

「この女……!!」

 

「お前も呪殺してやろうか?」

 

 孤軍奮闘の霊火だが、ここは普通に人が住むビル街のためこれでもすぐに通報はされたのだ。

 とはいえ範囲攻撃が飛び交う『フロイライン』と『ナイン』の戦場は、並みのヒーローが手を出していい現場ではない。

 テレビカメラがいっぱい来ているので纏めて吹き飛ばすわけにもいかないし。

 

 赤色灯が夜の街を断続的に照らし、悲鳴と避難の呼び声が入り乱れる。

 報道ヘリのローター音が響き渡る戦場で、少女はうんざりと肩を落とした。

 

 ……時間は、霊火に味方している。

 ここまで派手な戦闘になっているのだ。いつか必ずヒーローが加勢に来てくれる。

 まさか、このヒーロー社会を当てにする日が来るとは思わなかった。人生色々だが―――。

 

(向こうもそれは分かっているはず。時間は基本的にヒーロー側の味方……他の大物ヒーローが来る前に何かの大技で私を仕留めて、”個性”を奪って逃げだしたいはずだけど……)

 

 周囲の空気がざわめいた。背筋に嫌な感覚が走る。

 

 暑い。

 目の前のビル群や道路が真夏の砂漠のように熱気で歪む。

 気圧の変化や強風、雷と雨といった『気象操作』の攻撃パターンは色々と見たが、温度変化まで自在に操れるとは思わなかった。

 

 赤い髪の女と異形系の大男が再び飛び掛かってくる。

 霊火は暴風を放って迎撃しようとしたが、暴風は標的をすり抜けていった。

 

 「なっ!?」

 

 蜃気楼。

 目の前の景色が揺れ、歪み揺らめく。

 完全に初見の新技に赤い瞳が見開かれる。

 振り下ろされる赤髪の刃、拳を振り上げる異形の大男。霊火の迎撃は空振りし、迎撃は間に合わない。

 

 霊火の主観時間が引き延ばされる。

 

(……あれ?)

 

 死ぬ?

 

―――――――――

 

 『ナイン』はじっと目を細めた。

 

 フロイラインが『スライス』と『キメラ』に八つ裂きにされる寸前、そこに緑色の閃光が飛び込んできた。

 大仰なマスクをつけた男は数度落雷やビームを放って狙い撃つが、乱入者は殻木霊火を抱えたまま器用にも回避。

 髪の刃や爪や牙まで避け切り、その少年は距離を取る。

 

「霊火さん……良かった間にあった……!!」

 

「な……!? え、なんで……」

 

「あんなにド派手にやり合っていたらそりゃ起きるよ!!!! 大丈夫だよ霊火さん、もう無事だからね!!!!」

 

 緑谷出久、ヒーロー名『デク』。

 ナインは強く眉を顰める。最悪の目を引いた。

 

「……『ナイン』だな」

 

 怒気に満ち、緊張で極限まで研ぎ澄まされた声色が放たれる。

 少女を抱えた彼は、全身に緑色の火花を散らしながらこちらを真っすぐと見据えていた。

 

「『デク』か。厄介だな」

 

 この二人を同時に相手取るのは無理だ。こうなると逃げの一手。

 

 すぐさま『気象操作』を操る。全身に激痛が走るが無理やり抑え込む。

 

 急速に空気が冷えた。

 フロイラインが慌ててお姫様だっこから飛び降りたが、もう遅い。

 

 『気象操作』による猛吹雪。世界は真っ白に染めあげる。

 

「ふっざけんな……!!」

 

 フロイラインは右手を天にかざして自身を中心とした炎の渦を展開したようだが、既にナインは逃走を開始していた。

 背後から強烈な爆発音が響くが、おそらくフロイラインがホワイトアウトの中、当てずっぽうで攻撃を投げ込んでいるのだろう。

 

「ナイン!!! 『マミー』は!?」

 

「一度置いていく!!!」

 

 特に反論は無かった。

 推定『呪い火』を確保出来なかったのは残念だが、逃げてしまえばいくらでもやり直しは出来る。

 

 『気象操作』のデメリット軽減は未だに上手くいっていないが、何度でも同じことを繰り返そう。

 

―――――――――

 

 結局、あれから大変だったのだ。

 

 『ナイン』には見事に逃亡され、追跡に失敗。

 警察は夜明け近くまでかなりの範囲を洗ったようだが、未だに成果はゼロ。

 気配も痕跡も最初から存在しなかったみたいに綺麗さっぱりとの事だ。

 

 霊火は霊火で、昨日の夜は疲労でまともに動ける状態じゃなかった。

 無理に立っているだけで視界が滲んでいたし、呼吸も浅くなって、それでも警察の事情聴取は容赦なくやられた。

 

 状況説明、能力の使用状況、敵の特徴など同じことを何度も聞かれた。

 警察嫌いなので三回は本気でキレかけ、一度は警察署の一角を丸ごと消し飛ばした。

 実にしょうもない事でガチの敵デビューを果たしそうになった霊火だが、同じく事情聴取中だった緑谷が大慌てで回収に来てくれたので事なきを得た。

 

 そうして警察からようやく解放された頃にはもう限界で、迎えに来てくれた相澤の車に乗って帰寮。

 死に掛けながらシャワーだけ浴びて、就寝したのだ。

 

 ハイツアライアンス女子寮の共用スペースは、朝の光でやけに白っぽく見えた。

 大きな鏡の前に陣取る殻木霊火は、目の下に出来た真っ黒なクマを睨み付けていた。

 

「……寝不足……」

 

 本当はホットタオルで温めるのが一番いいのだが、そんな事をしていたらいくら時間があっても足りない。

 手の甲にピンク系のコンシーラーを出して馴染ませ、無理やり寝不足の隠蔽を図る。頬にうっすら血色を足すのがポイントだ。

 アイラインは引いたか引いてないか分からないくらいで止める。

 

「朝から真面目だね霊火」

 

「おはよ、切奈」

 

「昨日はお疲れ様。みんなで中継見てたよ」

 

「そりゃどうも。まったく、私は出久くんを連れ戻しにいっただけだっていうのに……」

 

 鏡越しに見えたのは取蔭切奈だ。

 寝癖一歩手前の髪に、まだ完全に覚醒していない目。寒いのが苦手な彼女の手にはマグカップ。

 

「でも昨日は緑谷が助けに来てくれて良かったね」

 

「思ったよりも強かったよあの敵……」

 

「霊火の”個性”狙いだったんでしょ? ニュースでそう言ってた」

 

 そう言いながらも、取蔭は鏡越しに霊火の顔をじっと確認してくる。

 

「何?」

 

「……で、緑谷と何かあったの?」

 

「え、なんの話?」

 

「助けられた時にお姫様だっこされてたじゃん。顔真っ赤で視線泳ぎまくりだったけど」

 

「なんで知ってるの!? え、それ全国放送されてた!?」

 

 普通に恥ずかしすぎる。

 非常に不本意なことに、霊火の緑谷への片想いは結構有名だ。それがまた補強されてしまった。

 霊火は平静をキープしつつ、リップに手を伸ばした。

 

 ……昨日緑谷とした事といえばファーストキスの印象が強すぎる。

 聞かれた時には一瞬焦ったが、そちらではないらしい。

 危なかった。墓穴を掘るところだった。昨日の出来事をクラスメイトに知られる事は無さそうだ。

 

「で、緑谷が凄い赤い顔でブツブツ呟いて挙動不審なんだけど昨日なにがあったの?」

 

「…………………………出久くんはさあ」

 

 霊火は頭を抱えた。

 ダメそうだ。彼は隠し事に向いていない。

 

 取蔭切奈は大変嗜虐的に霊火をじっと見つめると、楽しそうにこう踏み込んできた。

 

「で、どうなの? どうやって彼を連れ戻したの?」

 

「そろそろ帰って来てくれないと寂しいよって伝えたよ?」

 

「……で、したの?」

 

「もう何かしたことは前提なんだね……」

 

 ここで「そこまでしてない!!!」とか言って慌てて否定すると、「じゃあ何をしたの?」で即死する。

 とはいえ、ここまで噂に尾鰭がつくと収拾が難しい。このからかいを躱す為には、ある程度は許容する必要がありそうだ。

 

 薄くリップを塗りながら霊火は片目を瞑る。

 

「ん~……強いて言うなら……返事待ち?」

 

「……マジで!?!? 告白したの!?!?!?!?!?」

 

「告白というか……ついうっかり衝動的に? 口を滑らせたって感じ」

 

「まだ返事貰ってないの!?!?」

 

「ご期待の所悪いけど、多分フラれると思うよ」

 

「なんで!?」

 

 なんか自分で言ってて悲しくなってきた。

 鼻の奥がツンと痛くなり、視界が滲む。

 

 それに気がついた親愛なる友人はギョッとしたように霊火を二度見。

 ワタワタしながら初恋少女の肩に後ろから手を置く。

 

「ごめんごめんごめん本当にごめん霊火泣かないで!!」

 

「…………私ってそんなに歳下に見えるかなあ」

 

「え?」

 

 自分が大きめの地雷を踏んだ事に気がついたらしい。

 取蔭切奈はダラダラと冷や汗を流しながら固まった。

 

 霊火は聞いた。

 

「……………出久くんにはさ。霊火さんは姪っ子みたい、ってよく言われるんだけれど」

 

「姪っ子!?!? 妹ポジションですらなく!? 可愛がってはいるけど女としては見てないって事じゃん」

 

「……………だとしたら悲しいな」

 

 リップを持つ手が震える。

 背後で取蔭が死ぬほど焦っているのを感じながら、こう続けた。

 

「ね、こうやっていくらお洒落とか頑張ってもさ。もしかしたら子供の背伸び程度に思われてるのかなあ……?」

 

「……………………いや、霊火は割と色っぽいよ」

 

「いろっ……え? マジで言ってる?」

 

 華奢で小柄で胸も大きくない霊火だが、産まれて初めて言われた。

 実際、霊火の実年齢は9歳だ。”姪っ子扱い”の感覚はむしろ正当でもある。

 しかし取蔭の発言も、声のトーン的にお世辞という訳でも無いらしい。

 

「……霊火は小柄で童顔だけど、意外とスタイルは大人だよね。本当の絶壁でも無いし、骨っぽくも無いし」

 

「……まあ?」

 

「何より、性格と知能が子供じゃない。私たちに勉強教えてる時の横顔とか本当に綺麗。艶やか」

 

「めっちゃ褒めてくれるじゃん」

 

「あとアレだよね。単に可愛いだけじゃないというか、薄暗くて儚くてどことなく危うさがあるというか……そう、アンニュイ!!」

 

「何だこれ褒められてるの?」

 

「いや、どんな事してたら高校生でそんな危険な雰囲気が身につくの?」

 

 『検死官』なんて物騒な活動を続けていれば、嫌でも身につくと思う。

 だけど、何だかんだで少し元気が出てきた。我ながら単純だ。

 

 取蔭は明らかにほっとした顔で言う。

 

「でもさ、霊火が告白しても緑谷は振れないでしょ」

 

「なんで?」

 

「……いやさ、あれだけ尽くしてくれた女の子の告白を断るとかさあ……それってどうなの?」

 

「…………………………まあ他所から見てたら私もドン引きするかも」

 

「ね、普通にクズすぎない? ちょっと軽蔑……」

 

「…………………………でも義務感でOK貰ってもなあ」

 

 だから霊火側から好意を示したらダメだったのだ。二人して鏡越しに視線を交わしため息。

 

 明らかに少し呆れた目で霊火の友人は言った。

 

「でも、相手に尽くして社会的に断れなくしたあと仕掛けるのは普通のことだよ霊火」

 

「うるさいうるさい初恋なの。夢見たっていいでしょ」

 

「え、告白されたいタイプ?」

 

「……なんか悪い?」

 

「ロマンチストじゃん……。そんなの付き合った後に考えればいいよ霊火ぐらい可愛ければ楽勝だよ緑谷も骨抜きだよ」

 

「……別にそこまでお花畑って事は無いよ。彼を本気で狙う女の子が出てきたらちゃんと告白してたし」

 

「まあ霊火はそういうタイプか」

 

「何のために出久くんのお母さんと仲良くしてると思ってるの」

 

「ヤバ。こいつマジか。緑谷めっちゃ外堀埋められてるじゃん」

 

 頭をわしゃわしゃ撫でてくる取蔭のお腹に、後ろ手で軽めの暴風をあてて吹き飛ばす。

 取蔭がバックステップして衝撃を殺すのを鏡で見ながら霊火は立ち上がった。

 

「恋は戦争だもん。失恋はまあギリ許容だけど、変な女に盗られるのは絶対に嫌」

 

「めっちゃ分かる」

 

「そんなことになったら世界最強の敵になって世界をぶっ壊すよ私」

 

「死ぬほど強そうで凄い嫌だな……」

 

 ―――――――――

 

 いつもの仮眠室だった。

 

「おはよう出久くん」

 

「お、おはおはおはおはよよよう霊火さん」

 

「DJみたいになってるよ?」

 

 呼び出された霊火はくすりと笑った。

 ギリギリ笑顔は作れたが、余裕があるかは別問題だ。

 

(やだやだやだやだやだ……!)

 

 心臓がやかましい。

 鼓動が耳の奥まで響き、視界の端がじわりと白く滲む。

 

 取蔭にはああ言ったが、現実は分かっている。

 

 彼の最優先はプロヒーローだ。

 『OFA』を持つ限り、緑谷出久が恋人を作らないことくらい理解している。

 

 だから問題は、断られ方だ。

 

 「平和を取り戻すまでは付き合えない」ならまだ耐えられる。

 「なかったことにしてほしい」とか、「異性として見られない」と言われたら即死だ。多分泣き出してしまう。

 

(……何とか、何とか普通に話せる友達関係に戻せたら……)

 

 最終目標はそこ。

 拳をぎゅっと握る。

 掌に汗が滲み、スカートの裾を掴んでは離し、また掴む。

 

「……あ、あのさ、霊火さん」

 

「なあに?」

 

 同時に黙り込んだ。

 ほんの数秒が、異様に長い。

 

 緑谷が、意を決したように息を吸う。

 

「……き、昨日のことなんだけどさ」

 

「うん」

 

「まずは、ありがとうね霊火さん。気持ちは受け取る」

 

「うん」

 

「びっくりはしたけど……嬉しかった。ただ――」

 

 一瞬、言葉を探すような間。

 今の時点で結構本気で泣きそうになりながら、少女は続きを待つ。

 

「今すぐ答えを出したら、嘘になる気がするんだ」

 

「……うん?」

 

 思っていたのと違う。

 

 内容だけ切り取れば完全にフラれているが、胸の奥に引っかかる違和感。

 赤い目が、すっと細くなる。

 

「出久くん。誰かに相談した?」

 

「えっ!?」

 

「断り方が上手すぎるんだけど。……で、誰に教えてもらったの?」

 

 腕を組み、半眼で睨みつけると緑谷は分かりやすく視線を泳がせた。

 

「え、えっと……その……」

 

「言って」

 

「……だ、誰にも相談してない、よ?」

 

「……ふうん」

 

 一拍。

 霊火は息をついてから、半笑いで問いかける。

 

「私相手に、隠し事するつもり?」

 

 少年の肩が跳ねた。そしてこう白状した。

 

「夢の中で……志村奈菜さんと話す機会があって」

 

「……んん? ちょっと待って?」

 

 霊火は片手を上げた。

 

「ごめん、どういうこと?」

 

「なんだろう……OFAの心象空間みたいな場所で……」

 

「……OFAの心象空間……?」

 

 なんだそれ?

 緊張も忘れ、全く別の感情が頭をもたげる。

 

「……ごめんちょっと集中できないわ。先にそっちの話を詳しく聞かせて?」

 

 流石に知的好奇心が勝った。

 

―――――――――

 

「…………………………“個性”因子に意識が宿る、みたいな話は確かに聞いたことがある」

 

「やっぱりあるの!?」

 

「あくまで噂レベルだけどね。親と全く同じ“個性”を持つ子供が、親の名前を自分の名前と誤認するなんて話を聞いたことない?」

 

「え、ネット上の噂話だと思ってた」

 

「“個性”因子絡みの話ってちゃんとした研究でも似非科学に取り込まれがちなんだよね……」

 

 こうした話の専門は霊火ではない。『ドクター』の領分だ。

 彼は『AFO』の移植による人格復活や、『摂生』による人格移植など、“個性”因子に宿る意識を実用レベルで扱う技術を確立している。

 霊火自身も、『雲』の白雲朧や、『摂生』のドクターが出現する夢を見ることは度々ある。緑谷が見た光景も間違いなくその系譜だろう。

 

(でも私の中の『雲』や『摂生』はコピーだからかそれほど自意識があるようにも思えないんだよね……良くも悪くも残滓と言うべきか……)

 

 しかし、この話をそのまま伝えるわけにもいかない。

 取り敢えず濁すことにした。

 

「でも、出久くんに起きた現象の正体は、私にもよく分からないな」

 

「そっか……」

 

「複数“個性”そのものが『AFO』絡みじゃないと実在しないから断言はできないけどね。移植後にドナーの記憶や性格が伝わる記憶転移の親戚みたいなものなのかな?」

 

「……それって実在するの?」

 

「さあ? でも、“個性”因子に意識が宿るって話自体はまあまあガチだと思うよ」

 

 霊火は軽く肩を竦めた。

 

 気が付けば普通に話が出来ている。良い調子だ。

 出来ればこのまま有耶無耶にして友人関係へ戻りたい。切実に気まずくなりたくない。

 

「というか、そんな現象まで起きてやる事が七代目と恋愛相談なわけ? なんかこう……『OFA』の成り立ちとか心構えとかそういう話をするものじゃないの、普通は?」

 

「僕もそう思ったよ……でも七代目としてはこっちも大事みたいで……」

 

「別に大事じゃないよこんなの。世界の命運とかについて話しなよ……」

 

 二人で顔を見合わせて互いに笑った。

 

「志村菜奈さんは何て言えって?」

 

「…………絶対に霊火さんから目を離すなって」

 

「割と短めの拘束時間でいいね。私あんまり長くないから」

 

 霊火は思わず笑ってしまった。

 緑谷は酷く辛そうな表情で、そっと霊火の手を取る。

 

「……皆が笑って暮らせるようにしたら、今度は僕から言いたい」

 

「別につまみ食いしてもいいのにな」

 

「僕が必ず間に合わせる」

 

「そ。なら約束しようよ」

 

 少女はそっと小指を伸ばした。

 恐る恐るといった様子で、緑谷出久はそれに小指を絡める。

 

 甘く、危険な声で。

 赤い瞳の少女はこう続けた。

 

「出久くんは必ず、最高のヒーローになること」

 

 指切りげんまん。

 未だ未熟な少年少女は、顔を見合わせて照れ笑い。

 

(……平和の後、か)

 

 そこに霊火はいないというのに。

 また随分と酷な約束をさせてしまった。

 この約束を守るためには霊火を殺すしかないことを、緑谷出久はまだ知らない。

 

「じゃあ、これは私との約束だよ。絶対に破っちゃダメだからね」

 

「うん」

 

「頑張ってね出久くん。貴方ならなれるよ、誰にも負けない最高のヒーローに」

 

 嘘ついたら、針千本飲ます。

 指切った。

 

―――――――――

 

「文化祭があります」

 

「「「「「「ガッポォォォォイ!!!(※学校っぽいの意)」」」」」」

 

 文化祭の季節だ。

 夏が過ぎて秋。うだるような暑さはとっくに影を潜め、校舎の窓から吹き込む風には乾いた匂いが混じり始めていた。

 

「文化祭!!!」

「何するか決めよう!!!」

 

 クラスメイトたちは一斉にテンションを跳ね上げるが、霊火は頬杖を突いたままどこか浮かない顔だ。

 

「マジでやるの? 私が『ナイン』に狙われてるこの状況で?」

 

「殻木ィ……!! そう固いこと言うなよ、文化祭だぜ!? ミスコンだぜ!?!?」

 

「でもあのマスク男が来たらどうするの。文化祭で一般人巻き込んだ敵退治とかやりたくないんだけど」

 

「殻木の言うことはもっともだ」

 

 低い声で追従したのは相澤だった。

 寝袋に入ったまま無表情で教壇に立ち、彼は淡々と続ける。

 

「しかし雄英はヒーロー科だけで回っているわけじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台だとすれば、文化祭は普通科やサポート科、経営科の生徒たちが主役だ」

 

「ああ……そういえばサポート科の子たち張り切ってたな」

 

「だから簡単に自粛というわけにもいかない。現状、ただでさえ全寮制を始めとしたヒーロー科主体の動きに不満を抱いている人間は少なくないからな」

 

 霊火は怪訝そうに眉をひそめた。

 相澤の理屈は理解できる。だが、『ナイン』はそんな配慮で手を引くような相手ではない。

 

「……仮にもプロヒーローの立場としては、安全を軽視できません。先生もあの中継は見てたでしょう。『天候操作』を持つ広範囲攻撃の化け物が文化祭に現れたら普通科の生徒や来場者まで守り切れません」

 

「全くの正論だ。実際、職員会議でもその点は議論になった。……実を言うと俺自身は開催反対派でもある」

 

「え」

 

「だが校長は文化祭を開催するおつもりだ」

 

「マジで? いや、別に私もやりたくないって事はないですけど、私狙いの敵に文化祭をぶち壊されたら後味悪いどころの話じゃないですよ」

 

「当然、雄英としても最大レベルの警戒態勢を敷く。『抹消』の俺に、セメントスの防御。ハウンドドッグの索敵。それに『フロイライン』と『デク』。さらに複数のプロヒーローをゲスト兼警備として招く予定だ」

 

「……被害者ゼロで逮捕まで持っていける、と?」

 

「先日、アレは殻木と緑谷が合流した時点で退いている。これまでの傾向から見ても、『ナイン』はここまで厳重に守られた雄英を襲撃するタイプの犯罪者ではない、というのが校長の判断だ」

 

「…………………………まあ、そこまで言うなら」

 

 不安が消えたわけではない。

 だが、あの校長がここまで言う以上何らかの算段はあるのだろう。

 

 事実、ここで文化祭まで中止になれば校内の分断は決定的だ。

 リスクを承知の上で開催を選ぶその判断には意味があるはずだ。

 

「……今年は一般客は招かない。基本は生徒の身内と、一部の関係者のみだ」

 

 超不安だった。

 念のため、アンドロイドを数体警護に回そうなどと考えながら、霊火は肩を竦めて了承の意を示す。

 

「主役じゃないとは言ったが、決まりとして一クラス一つ出し物を出さねばならん。今日はそれを決めてもらう」

 

「じゃあここからは私が進行するね」

 

 A組の委員長、取蔭が立ち上がる。

 

「まずは出し物の候補を挙げていこうか」

 

「「「「「「「「「はい!!!!!」」」」」」」」」」

 

「じゃあ、まずは上鳴」

 

「メイド喫茶!!!!!」

 

「峰田は?」

 

「おっぱ———」

 

―――――――――

 

 チャイムが鳴った。

 

「実に非合理的な会議だったな」

 

「う……」

 

 取蔭が居心地悪そうに肩をすくめるのを横目に、霊火はぱちりと瞬きをする。

 教室の隅では霊火の高電圧を受けてビクビクと痙攣する峰田が転がり、緑谷が必死に応急処置をしていた。

 

「お前ら、明日の朝までに決めておけ」

 

「はい……」

 

「決まらなかった場合、公開座学とする」

 

 文化祭で座学はダメだろ。

 




Q:霊火はどんな出し物を提案したの?
A:自主制作の映画撮影。雄英敷地外に出られないから撮影出来ないという理由で却下された

耳郎響香がB組なの影響がデカすぎる……B組はBバンドします


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