殺人現場より、愛をこめて   作:トリスメギストス3世

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112:文化祭④

「ストップ!! 緑谷、今のダメだよ!!」

 

 芦戸三奈の声が鋭く走った。

 同時に音楽が止まり、体育館の床を叩いていた足音も凍りつく。

 

 緑谷出久はその場で硬直した。

 出来ているつもりなのだ。

 頭の中では振りも流れも繋がっている。しかしこの部分での指摘はこれで四度目だ。

 

 随分と長時間練習を続けていて呼吸が浅く肺が十分に膨らまない。疲労で足裏が痺れて床の感触が遠のく。

 現実でも作中でも『厳しいダンスコーチ』役の芦戸が、腕を組んだまま歩み寄ってくる。

 

「何がダメだったか分かってないでしょ」

 

「ご、ごめん芦戸さん――」

 

「まずさ、ロックはダンスであって体操じゃないの」

 

 真正面。距離が近い。

 声は荒れていない。というより彼女の声はむしろ明るいのだが、今はその視線が怖い。

 

「いい? 緑谷。ロックダンスの“ロック”は“LOCK”!!! 動きを完全に止めるの!!!」

 

「は、はい!!」

 

「本当は鏡のある部屋で練習したいんだけどな。多分動いてるつもりないんだよね?」

 

 その通りだ。

 芦戸は腕組みをして淡々と言葉を重ねる。

 

「肩が遅れてるし肘は流れてるのよ」

 

「……す、すみません」

 

「大丈夫!! いけるいける頑張ろう緑谷!!」

 

 そう言い切ると、彼女は即座に音楽を再生する。

 

 劇中では『雄英高校芸能科が文化祭で披露するロックダンス』という立ち位置だ。

 テンポは速く、要求される完成度は高い。振り付けを覚えて合わせるだけで精一杯。

 カウントを取ろうとした瞬間に“止める”意識が抜け落ち、止めようとすれば次の動きが出ない。

 

「はい、ストップ!」

 

 まただ。

 だが今度は、緑谷個人だけへの指摘ではない。

 

「みんな、目線を気を付けて!!! 下見てるよ!!」

 

 芦戸は自分の目を指差した。

 

「これ、演劇!! 演劇のダンスだから床見ない! 自分の足を確認しない! お客さんは正面!!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

「練習の時から前を見る癖を叩き込んで!!」

 

 そう言いながら、彼女はその場で見本を見せる。

 

「ロックに限らないけどね。ダンスは“自信があるように見せなきゃ”ダメだよ!!」

 

「「「「はい!!!」」」」

 

 彼女は両手を数度打ち鳴らし、こう煽った。

 

「この調子だとさ、霊火の『サンドボックス』の中で埋もれるどころか、下手すぎて悪目立ちするからね!!!!!!」

 

―――――――――

 

 1年A組が文化祭準備に精を出す一方、殻木霊火は真面目にお仕事中だった。

 

 昼下がりの廃墟。

 白い陽光が割れた高窓から斜めに落ちる。

 

「ふむ……」

 

 天井が高い玄関ホール。

 広い空間だ。大きなシャンデリアも合わさりかつては高級な空間だったことは窺えるが、今となっては剥落と埃が全てを覆ってしまって見る陰も無い。

 色褪せた赤いカーペットが波打つ床に染みのある壁紙。きっと長いこと使われていないのだろう。保存状態が悪く、下手すると床を踏み抜きそうだ。

 

 また髪を伸ばし始めた殻木霊火は、ベタつく床を嫌そうに避けながら周囲を一瞥して呆れた声で言った。

 

「……完全に放置、ってほどでもなさそう?」

 

 人の気配というのはそう簡単に消えない。

 隠蔽と冤罪の専門家でもある殻木霊火はよく知っている。汚れや埃というのは、除去する事は簡単でも堆積させるのは相応に難しいのだ。

 

 埃の積もり方が不自然に薄い場所。

 靴底で擦ったような黒い跡。誰かがここを通った痕跡は確かにある。隠そうとする意志すら感じられない。

 

 その上で、気になるのはその足跡の小ささだ。霊火と同じぐらい。

 周囲に複数の白い"鬼火"を浮かばせて光源を確保する少女は、神経質に自分の爪を弄る。

 

「なんか子供っぽいんですよねこの痕跡。小学校低学年ぐらい?」

 

「気ぃつけぇや『フロイライン』。なーんか、やな気配や」

 

「それは私も同感です。まったくもう、ファットさんからの要請じゃなければこんな陰気な所絶対に来なかったんですけど」

 

「でも来てくれてありがたいわあ!! インターン期間も終わってしもうて環を呼べんくなってんねん!!」

 

「まあ私はプロヒーローですからね。呼ばれたら来はしますが」

 

 とはいえ、せっかくの学祭準備期間にクラスメイトと過ごせないのは少し不本意でもある。

 それでも校外に出てプロヒーローとしての仕事をしているのは、個人的に恩のあるファットガムに呼ばれたからに過ぎない。

 

 シャンデリアが微かに軋む。

 脚本も演出も大体終わらせて最近逆に暇な少女は、自身の20倍ぐらい質量差が有りそうな巨漢をジト目で見上げる。

 

「で、私を引っ張り出したのは良いんですけど。その『アマリリス』の目撃情報というのはどこ情報なんです?」

 

「近所のヒトの通報や!!」

 

「なんだそりゃ。イタズラなんじゃないです?」

 

 『アマリリス』の目撃情報。

 前提として殻木霊火は、この関西圏の廃墟に来た覚えが全く無い。

 

(そもそも正体が割れていない『アマリリス』の何を見て”目撃した”ってことになるんだろうな……)

 

 当然、霊火としてはこの目撃情報の出処はとても気になる。

 ファットガムは顎に手を当てて天井を見上げた。

 

「いや、『アマリリス』がいるかどうかはとにかく見に来る必要はあるねん」

 

「ほう」

 

「不審な人影がこの廃墟を出入りしているって目撃情報自体は、この辺の住民から結構出とってな。それに、調べてみたところ凄まじい量の電気が使われとる」

 

「電気……? ダメな植物の栽培でもしてるんですかね?」

 

「危ない研究とかもあり得るやろ? 仮に近所の悪ガキが秘密基地を作ってたとかなら良し!! キツく叱って然るべき機関に繋げて終わりや」

 

「いやまあたしかに近所の子供が秘密基地作ってるとかなら、シンプルに危ないですもんね」

 

 アマリリスかどうかはとにかく、ヒーローとしては調査はしておきたいという事だろう。

 

 廃墟に秘密基地。

 確かに響き自体はロマンに溢れているが、いざ現実にやられたら危険極まりない。

 廃墟は廃墟であるがゆえにトラブルの温床だ。不審者や(ヴィラン)も怖いが、扉が歪んで部屋から出られなくなるとかだけでも十分怖いのが廃墟だ。何しろスマホも圏外だし。

 

「餓死した子供の死体とかが見つからないといいですね」

 

「縁起の悪い事言わんといてや……」

 

 まあ、本当にただの子供の秘密基地ならそれで済む話だ。

 しかし、わざわざ霊火を呼び出したということは、ファットガムは『ただの子供じゃない』と考えているのだろう。

 

 なにしろ、さっきから霊火自身も物凄く嫌な予感がするのだ。

 

「……先に進みましょうか。ここには何もなさそうですし」

 

「まあ玄関ホールをジロジロ見てもしゃあないからな」

 

 ホール奥へ続く通路に足を向ける。

 扉は既に半開きで、蝶番が擦れた低い呻き声を上げた。

 

 埃っぽい長い廊下。

 壁には古い風景画や人物画が等間隔に掛けられている。

 窓はあるが厚いカーテンは半ば崩れ落ち、光は埃を含んだ細い筋として床に落ちるだけだ。

 

「……頭数増やしておきましょうか?」

 

「? どういう意味や?」

 

 霊火が両手を軽く組むと、ザリザリと砂が擦れるような音と共に真っ黒な大型生物じみた何かが現れた。

 

 黒いクレヨンで塗りつぶしたような体長3メートル以上の化物。

 口元のシルエットとしては巨大なワニか恐竜。逞しい四肢に、妖しく光る4つの目玉。

 口内から溢れ出る”鬼火”のエネルギーといった禍々しい身体的特徴に目を瞑れば、全体的には毛の長い大型犬っぽい見た目と言える。

 

 霊火の想定としてはレトリバー種のフォルム。

 ファットガムは困惑混じりの目で、突如召喚されたデカい犬を見た。

 

「相変わらず訳の分からん”個性”やな……」

 

()()()()って言うんです。カワイイでしょう?」

 

 実は『呪い火』に見せかけた、全く別枠のテクノロジーである。

 

 『黒影』ベースの個性機械。

 つまりは"栞"のカルキノス――『影の大蟹』の親戚みたいなものだ。

 

 カゲマル最大の特徴は光への完全耐性だ。

 真っ昼間でもスペックを落とさず活動出来るどころか、光・熱系の攻撃は完全ノーダメージで抑えきる事が出来る。

 その代償として『黒影』本来の無敵属性は喪われたが、それでも新幹線との正面衝突ぐらいなら普通に耐える頑強さは健在。

 

 ベースの"個性"が滅茶苦茶強いため、単体でも強靭かつ俊敏。

 更には概念的に霊火と接続しているので『死因』の移動砲台としての運用が可能という有用性も持つ。

 

 この怪物を『呪い火』の応用と言い張る事で、霊火は表の身分でも個性機械を戦力に組み込むことに成功した。

 

 ファットガムはやや呆れ交じりで、カゲマルの背中をぽんぽんと叩く。

 

「……コイツ、実際どれぐらいやれんのや?」

 

「雄英シェルター程度なら粘土のように毟り取る事が可能です」

 

「凄まじい”個性”やな『呪い火』……」

 

「まあ実戦で使うのは初めてですから評価はその後に。お願いカゲマル、先行して」

 

 霊火の忠犬は、その口の端から白い光を零しながらゆっくりと先を行った。

 白い光が揺れるたびに壁のシミや剥落が別の形に揺らぐ。……光源が『死因』のため、真っ昼間だというのに場の幽霊屋敷感は増す一方だ。

 

「……大したものやな」

 

「ナイン戦の時にこの技の開発が間に合ってたらなあ……。でも思ったより荒れてませんねここ。こういう廃墟って金目の物は根こそぎ取られてると思っていました」

 

「4か月前まで偏屈な爺さんが住んどったらしいで」

 

「割と最近じゃないですか。十年ぐらい放置した質感だけどなこの御屋敷……」

 

「生前からゴミ屋敷やったんやろ。そういう話を近所のオバちゃんから聞いたわ」

 

 しかし、この屋敷にその老人の『死因』がない。

 鬼火は死亡場所依存のため、出先や病院で息を引き取ったと考えるのが自然か。

 

 カゲマルが足を止めた。

 爪先で床を軽く叩き、空気を探るように首を傾げる。

 少女は目を細めてこう切り出した。

 

「……あっちゃ~……」

 

「どないした『フロイライン』?」

 

「ダメです。最悪の出目を引きましたね」

 

 ファットガムは不審そうに眉を顰めた。

 一歩遅れて鼻を鳴らすと巨体が強張る。

 

 カゲマルが低く唸った。

 少女は呆れの混ざった大きな瞳で上目遣い。

 

「ね?」

 

「……悪いフロイライン。もう雄英に帰っていいで。文化祭の準備大変やろ?」

 

「ここまで来て速攻で帰そうとしないで下さい。危険度的にはむしろ戦力が必要な場面でしょ」

 

 湿気とは違う、重たい粘り。

 喉の奥に張り付くような、甘く腐敗した匂い。

 実家のように慣れ親しんだいつもの匂いだ。

 

 大型犬のボディーガードを自身に寄り添わせつつ、霊火は呑気に肩を竦めた。

 

「迷い込んだ野生動物が腐ってるとかならいいですね」

 

「なんでそんなに平気そうなん?」

 

「良くも悪くも悲劇慣れしてるので」

 

 鬼火を一つ増やして廊下の奥を照らす。

 右手に並ぶ扉の一つだけが僅かに開いていた。

 まったく科学的な根拠はないが、どことなく隙間から闇が零れているように見えた。

 

「子供の秘密基地、ねえ」

 

「……俺の後ろに下がっとき。あんま不意打ちに強いタイプや無いやろ」

 

「まずカゲマルを先行させましょう」

 

 囮代わりに犬を突入させた。

 特に内部で待ち構えられたりとかはしていないようだ。

 ファットガムは一歩前に出て、少女を背に庇うように進む。

 

 室内に踏み込んだファットガムは険しい顔になり、霊火は思い切り遠い目をした。

 

「……アカン」

 

「あーもう滅茶苦茶だ」

 

 かつては舞踏室か客間だったのだろう。部屋は広く、壁の装飾も一応は残っている。

 だが中央に置かれているそれが全てを台無しにしていた。

 

 血塗れの手術台。

 

 無機質な金属製の台が鎮座し、床には排水溝が増設されて赤黒く変色した跡が伸びていた。周囲の台にはメスやら鉗子やら鋸やらが無造作に置かれる有様だ。

 ここまで分かりやすいグロテスクが来ると、逆にパフォーマンスじみた何かを感じる。何のためにこんな悪趣味な事をするのかは謎だが。

 

 少女は、デスクに無造作に置かれたカルテを一瞥した。

 

()()()()……どこかで聞いたな」

 

「……那歩島から失踪した男の子や」

 

「ああ、ニュースになってましたね。八月だったかな。父親の方も行方不明とかなんとか……」

 

 八月の日本は事件が多すぎたので大きく扱われなかったはずだ。

 霊火自身も当時は指名手配だの右目損失だのでそれどころではなかった為あまり詳しくない。

 

 口元に指先を当てながら少女は記憶を辿る。

 

「確か、姉を残したまま帰ってこなかったとかだったかな?」

 

「……こんな所におるとはな……」

 

 那歩島は九州南西の離島だ。

 だからこそ霊火は当然の疑問を口にした。

 

「で、何で那歩島在住の少年のカルテが大阪の廃墟に?」

 

「……絶対に許さんわ!!!!! 卑怯な事ばかりしおって!!!」

 

「うわびっくりした!! 急に大声出さないでファット……」

 

 だが、カルテがあるからといって彼がここにいるとは限らないのがポイントだ。

 

 何しろ数が多すぎる。

 等間隔に十数個並べられた金属製のパイプベッドには、シーツを被せられた“何か”が何個も横たわっている。

 強烈な腐臭が漂うそれらの大きさは大体同じだが、まさかこれらが全て島乃活真くんの死体というわけでも無かろう。

 

 そもそも、厳密には人の死臭ですら無い気がする。

 人の死に慣れすぎた霊火だからこそ分かる僅かな差だが、人の死臭じゃないのだ。何処となく豚っぽい。

 

(……動物の肉を使ったヒトの死体の成形……これ私の技術だな。なんかカルテの書き方私っぽいし……)

 

 正直な感想としてはこんな感じだった。

 使われている手術道具の選択や場の演出まで似ている。自分の部屋を見ているみたいだ。

 

 ……つまり、ここの主は『妹』だ。

 予想外のところで面倒な相手を引き当ててしまった。

 

(『死因』は反応なし。まあ個性には頼れないな……)

 

 一人の死で発生する鬼火は一つだ。

 仮に『妹』が霊火と同じ個性を持っていると考えると、解析能力としての『死因』はアテに出来ない。

 問題の鬼火を回収されるだけで死因は読み取れなくなってしまう。

 

(……『妹』の趣味がよく分からないな?)

 

 霊火にこんな猟奇趣味は無い。

 死体を弄くるのが好きということは、霊火の親愛なる妹は『ドクター』寄りの嗜好を持っているのかもしれない。

 

 推定『妹』説を頭の片隅に置きつつ霊火はファットガムの服の端を摘まんだ。

 助ける人も敵もいないのならそれはプロヒーローの仕事ではない。警察の仕事だ。

 

「帰りましょうファットガム。現場保存です。ここまでの惨状となると感染症も怖いですし」

 

「あ、ああ。そうやな。一度撤退するで、フロイライン」

 

 そして二人は視線を外さぬまま、後退りでゆっくりと部屋を出ようとした。

 その瞬間だった。

 

 バタンッ!! 

 

 ベッドの一つが内側から跳ね上がった。

 シーツに包まれた人型の“何か”が罠が作動するような勢いで上体を起こし、そのまま床に落っこちた。

 

 次の瞬間、シーツを被った”それ”は四肢の可動域とか関節の抵抗を無視した奇怪な動きで動きだした。

 人の形をしていながら人間の速度ではない。霊火の視界いっぱいに白い布の塊が迫る。

 

「ヒッ……!!」

 

「うおおおおおおおおおッ!?!?!?!? なんやコレぇぇぇぇ!?!?!」

 

 ファットガムの怒号が室内に炸裂した。

 反射的に霊火を背中へ庇って彼は拳を構える。

 

 思考停止に陥った飼い主に代わり、影が前に出た。

 大型犬の姿をしたカゲマルが、低く唸る。

 

 大きく開いた顎の奥。青白い燐光が、一つ、二つと灯った。

 

 自動操作。殻木霊火の個性を引き出す外付け機構。

 カゲマルの鼻先に十字の光芒が煌めき、咆哮と同時に――

 

「GRrrrrraaaaaa!!!!!!!!!!!」

 

 ―――純白の閃光が一直線に迸った。

 

 普通に直撃。更に『死因』の対物ルールが適用された。

 推定『ゾンビ』は光に触れた瞬間に胴体が消し飛ぶ。見た目通りというか、少なくとも生きた人体ではないらしい。

 

 残された頭部と手足が支えを失って床へ落下する。

 あまりにもドロドロすぎて性別も判別できなかったが、とにかく無力化はした。

 べちょりと湿った不快な音を聞いた瞬間、霊火は最悪の点に気がつく。

 

「ヤバ……! 推定行方不明者の死体を後先考えず吹き飛ばしちゃった!!」

 

「……っ!! 襲って来たんやしゃあないわ……!! それより残りの仏さんに注意――」

 

 その言葉が途中で凍りついた。

 

 ベッド。床。壁際。

 部屋に横たわっていた全ての死体が、同時に起き上がった。

 恐怖のあまりファットガムにしがみつく霊火だが、さらに部屋中央の頑丈な手術台が重力を無視して持ち上がる。

 

 宙に浮く金属を見た巨漢のプロヒーローはギョッとして叫ぶ。

 

「『()()()』……!?!?」

 

「わ、私じゃない!!! 私の”個性”じゃあんな事は出来ない!!!」

 

「じゃあ仏さんが個性を使っているとでも言うんか!?!?」

 

 そうらしい。

 視線を向ければ、ベッドの上の一体がでろでろに溶けた腕を手術台に突き出していた。

 

 他の死体もそれぞれ腐りきって骨の見える手を、こちらに向けてきている。

 次の瞬間、炎の矢が雨のように降り注いだ。

 別の死体からは圧縮された突風が放たれ、床を削りながら一直線に走ってくる。

 

 慌てて水晶の障壁を造り出してファットガムと後退りしながら、霊火は呻いた。

 

「”個性”持ち……冗談じゃない……!!」

 

「死体に”個性”やと……!?!? まさかここ、脳無の関連施設か!?!?」

 

 霊火とドクターは親子関係のため、ファットガムの推測も間違いではない。

 

 火。風。浮遊物。

 飽和する異能の嵐が、狭い部屋を一気に埋め尽くして廊下にまで波及してきた。

 殿を務めるカゲマルは、集中砲火を喰らいながらも死体に飛び掛かり腐敗した肉を噛み千切っている。

 

「……っ!!! ファット、ちょっと本気出しますよ私!?!?」

 

「しゃーない、ホントは仏さんを遺族の元に還してやりたいがやむを得ん!!!」

 

 霊火は『プリムローズ』を構えた。

 ショットガンモード。霊火の手を伝って砲身に青白いエネルギーが充填されていく。

 

 少女は発光するそれを腰だめに構えた。

 

「喰らえ、成仏ビーム!!!」

 

「もうちょっと技名なんとかならんかったんか!?!?」

 

 神聖なる極太光線が、ゾンビごと廃墟の壁を盛大にぶち抜いた。

 

―――――――――

 

 あれ、『ナイン』対策だったのにうちの子を引っ掛けちゃった。

 

―――――――――

 

「……なんでそんな疲れた顔してるの、霊火さん」

 

「お仕事がとてもハードだったから……」

 

 ソファの背に肘を預けた緑谷出久が控えめに声をかけた。

 ハイツアライアンスの共用スペース。ソファにひっくり返った少女は疲れ切った声で答えた。

 

「なんでこう……私は面倒なのばっかり引き当てるんだろう」

 

「う……やっぱり僕も行くべきだったな……」

 

「断っちゃったのは私だから……。ファットと一緒だったから大丈夫だと思ったんだけど……」

 

 霊火は首を傾げ、上目遣いでじっと彼を見つめた。

 緑谷も随分と強くなったものだ。

 耐久力の差を考慮すれば、デクの総合的な戦闘力は霊火と比べても相当格上と言わざるを得ない。

 

「いやでも、私は頑張ったと思うよ。うん」

 

「……霊火さん、何があったのか教えてくれる?」

 

「あのさあ聞いてくれる? 死体がいきなり起き上がって攻撃してきたんだよ!?」

 

「え!?!?」

 

「脳無の派生技術かな。”個性”まで使ってきて面倒と言ったらありゃしない……アンデッド相手に『呪い火』の対物ルールがちゃんと機能したから良かったものの……」

 

「ええ……? それ結構重大事件じゃない?」

 

「どんな大怪我負っても動いてくるもんだからこっち側も余裕がなくってもう……」

 

 少女は力尽きたようにソファへと突っ伏した。

 緑谷は何も言わず隣に腰を下ろし、そっと彼女の頭に手を置く。

 

「……出久くんはさあ、私を懐いてくるデカい猫か何かだと思ってない?」

 

「あ、ごめん!! つい触っちゃって……嫌だったよね。本当にごめんなさい」

 

「撫でるのをやめるなバカ。猫扱いの方を否定してくれよ猫を。たまには私が女の子だということを思い出してほしい……」

 

 彼の腕を両手で頭に固定して撫でるのを継続させながら、少女は話題を切り替える。

 

「で、そっちの様子はどうなの? ダンスチームの練習。三奈が割と鬼コーチって噂は聞いたけど」

 

「芦戸さんはすごく教え方が上手だよ!! ……でもダンスって難しいんだね」

 

「苦労しているみたいだね。もし良かったら私と練習する?」

 

 緑谷はぱちぱちと瞬きをしてから、少し慌てた様子で首を振った。

 

「え、で、でも霊火さんも疲れてるでしょ?」

 

「私も出久くんと踊りたいなあ」

 

「……じゃあ、お願いしようかな」

 

 その返事に霊火は満足そうに上体を起こして、ふわりと柔らかく笑った。

 

「出久くんは一年A組の“先生役”だからね。やっぱりダンスはそれなりに出来ないと」

 

「なんで先生役がダンス上手くないといけないんだ……?」

 

「雄英芸能科の担任教師は全員プロのアイドルだからだね。その分踊る回数自体は生徒役より少ないんだけど……」

 

 ヒーロー『デク』として既に広く知られすぎている緑谷を生徒役のまま舞台に立たせれば、視線を独占してしまう。

 だからこその“教師”役だ。彼には結構似合う気がする。

 

「たしか、霊火さんは本番では踊らないんだよね?」

 

「みんなと足並み揃えてっていうのは無理だけどね。でも少しは踊るパートも入れる予定だよ」

 

「そうなんだ!! じゃあ霊火さんのも見せてほしいかも……!!」

 

「自動で踊るダンスシューズとか使ったインチキだよ? 見ても面白くないと思うけどな」

 

「霊火さんってサラッと凄いもの出すよね?」

 

 

 

 

 

 






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