何か知らないことがあるのなら、一人で延々と悩んでいたって仕方がない。
そういう時は調べる努力をするべきだ。
そして大抵の場合、調べ物は知ってる人に聞くのが一番早い。
「あのさあ『ドクター』、ちょっと教えて欲しい事があるんだけど」
「ホ!!! 儂の最高傑作が連絡してきたわい!! ところでこの端末をどうやって見つけたのじゃ?」
ハイツアライアンスの屋上。
夏は過ぎて秋。紅葉。
夕暮れの風が金属の柵を低く鳴らしていく。
良い天候だ。
熱中症常習犯の殻木霊火は夏の間基本的に弱っているので、こうして冷たい風を感じると安心する。
制服に黒いロング。
文化祭のミュージカルでの殻木霊火は『幽霊役』だ。その雰囲気作りのために今は髪を伸ばしていた。
そんな女子生徒は柵にもたれかかり、誰もいない屋上で片足に体重を預けたまま端末を耳に当てる。
視線は遠くの街並みに投げ出され、緊張感の欠片もない。
「で、どうなの近況は。そっちの調子はどう?」
「……なんじゃ、もっと重要なことを聞きたいのかと思っとったが」
ある意味、実家にいる時の完全なオフモード。
どうでもいい雑談の延長。
それでいて世界最悪の敵同士の会話でもあった。
雄英高校は、これを辿れない。
この通話は電波という現象を使っていないので、感知できる筈もない。
「先に親の健康を確認してもいいでしょ。で、どうなのさ?」
「元気じゃよ。それにしてもこうやって会話する時が来るとは思わなかったわい」
「何さ、『ドクター』は私と話したくないの? 別に喧嘩別れしたわけでもないのに」
毒親・虐待・死別。
基本的に親とは不仲な敵業界だが、殻木親子はかなり仲が良い部類だ。
そもそも霊火の目線だと、頭脳の出来という点において話が通じる相手がドクターぐらいしか存在しないのだ。選択の余地がない。
ドクターは優しい声でこう答えた。
「霊火の方も元気そうで何よりじゃ。テレビで活躍をいつも見ておるぞ」
「最近だと『ナイン』とかね」
「アレは悪かった。彼は儂の実験体じゃが、まさか霊火の"個性"を狙うとは夢にも思ってなかったわい」
「今どき強さを追い求めるだけの敵も珍しいよね。『AFO』持ちってだけで拡張性が無限大だからあんまり放置するのも怖いんだけれど」
とても当たり前の話だが、『AFO』は極めて強力な能力だ。史上最強の"個性"と断言しても問題は無いだろう。
上位の脳無や霊火自身のアンドロイドが体現しているように、複数"個性"というのはそれだけで死ぬほど強い。
ドクターは楽しそうに言う。
「彼の本来の"個性"『気象操作』じゃが、アレは使えば使うほど細胞が死滅していくというデメリットがある」
「ああなるほど。だから細胞活性か。父親と子供セットで欲しいってわけね」
「ホ!! 霊火は戦闘中に気がついておったじゃろう?」
「段々動きが悪くなってたからね。何らかの重い反動が有るんだろうなとは考えてた。まあ私の『死因』含め、高射程の火力個性にキツめの反動は付き物だからね」
「青山君の『ネビルレーザー』とかかの?」
「なんでそこで彼をチョイスしたのかはよく分からないけれど」
仮に『気象操作』が、『半冷半燃』レベルでノーリスクの力ならナインはあの個性だけで天下を取れている。
ドクターに声をかけたということは、つまり彼の能力には何らかの不足があったと言うことだ。
…………轟焦凍のヤバさが際立つ話でもある。
「ねえ、ドクターの実験体はなんで全員我が強いの?」
「儂が自主性を重んじる子育て方針だからかのう……」
「冗談きついよお父さん」
少女の声が僅かに冷えた。
育てて貰った事は感謝しているが、言いたいことは山のようにあるのだ。
仲良しごっこをしたいわけじゃない。そこを履き違えられたら困る。
しかし、耳慣れた“男性の老人の声”でドクターの声を聞くこと自体が地味に想定外だ。
霊火のよく知るあの殻木球大の身体は、既に死んでいるものと思っていた。もしかしたら最初の素体からして生きているのかもしれない。
「まあ健康ならいいや。で? 敵連合って最近何してんの?」
「弔か? 今はゴリーニファミリーと抗争中じゃな」
「マジで何やってんの? ヨーロッパ最大の犯罪組織じゃん」
随分と楽しそうなことをやっているようで何より。
今からでも途中参加させてほしいぐらいだ。そんなの絶対に面白い。
「ええええ、なんで私と喧嘩した後にそんな愉快なイベントやってんのさ。今からでもうちの子を誰か派遣しよっか?」
「ホ!!! マグネを殺害したことで『アマリリス』は、敵連合の最優先抹殺対象に入っとるの!!!」
「あ、そっか。そういえばそうじゃん。今の今までそのことを忘れてたわ」
「霊火も何だかんだで割と凶悪な部類の敵じゃのう……。殺したことも覚えておらんとは……」
「言葉の綾だよドクター。忘却はしてないよ単に大したことだと思っていないだけで。………荼毘に左腕焼かれたこととかは覚えてるわ」
「藪蛇じゃったわ」
「なんか思い出したら腹立ってきたなあのファザコン男。思い返してみたらアレもドクターの実験体じゃん!!」
「さあ話題を変えよう霊火!! 何を聞きたいのじゃ!?」
柵を指で叩く。
荼毘のすべてを勝手にエンデヴァーにバラそうなどと心の中でこっそり考えながら、少女はようやく本題に入った。
「で、アレなに?」
「アレ、とは?」
「私が勝手に『妹』って呼んでる子。私のそっくりさんがいるよね?」
「ホ!!!」
すっごい楽しそうな声が返って来た。
髪を指先で巻きながら、少女は畳み掛ける。
「ねーえ!! 教えてよ!! てっきりドクターの手先かと思ったらなんか違いそうだしさ。エンデヴァーをロスに呼び押せて脳無にぶつけたり、敵連合から逃げ出したヤオモモを雄英に連れて行ったりって具合で……」
「まあ儂にとっても敵に位置する相手なのは間違いないわい」
かなり重要な情報だ。
もちろん完全に信じるのも危険だが、実際に彼らが密な連携をしている可能性は無いと霊火は考える。
「で、豚の死体を使って個性を扱うアンデッドを組み上げてるアレは何?」
「あの子も器用な事をやるのう……儂の脳無と比べて肉体強度は低いが、使い捨ての戦力としてはコストの面で一級品じゃ」
「単価1000円ぐらいなんじゃないのアレ。コスパ最強というか、あのアンデッドを愚直に量産され続けたら結構マズイことになるよね?」
材料の入手難度に性能が比例する脳無や、精緻を極めたアンドロイドとはまた違った強さだ。
おそらく、あのアンデッドは業務用スーパーで材料一式が揃ってしまう。造り方でも配布されたら、それだけで世界は狂ってしまうかもしれない。
「というか行動性に一貫性が無さ過ぎて超怖いんだけど、彼女は何が目的なの?」
「ホ!!! 儂にもよく分からんわい!!」
「そんなこったろうと思ったよお父さん……」
ドクターの通常運行だ。今さら驚きも無い。
ナインだって霊火だって妹だって荼毘だって、『ドクター』の実験体は製作者のコントロールを外れて大暴走を始める運命にある。
多分そのうち黒霧もやらかす。霊火には確信がある。
「しかし霊火、あの子は『
「……え、ちょっと待って。姉? 妹じゃなくて?」
聞き捨てならない情報があった。
霊火は取り落としそうになるスマホを慌てて掴みなおす。
……………………え、姉!?!?!?
「あくまで
「へ? 『お姉ちゃん』って呼ばれたいの? ちゃんと私の後発だよね?」
「そうじゃ!!」
「元気良く言われてもな……え、まあいいけどさ……」
どうやら『姉』らしい。
……実際に会ったことがある八百万の話では『霊火さんより少し幼かった』との事だ。
だからこそ霊火は『妹』と呼称していたのだが、自認は姉らしい。
年下のお姉さんとか存在そのものが矛盾している。
実年齢9歳は呆れて首を掻いた。
こっちは姉妹の序列に特に拘りが無いため、妹でも全然構わないが……。
「え~……? え〜〜……???? どんな人?」
「あの子の得意分野は『代謝』と『繁殖』。不死の専門家じゃよ」
「私のお姉ちゃん、死ぬほどめんどくさい特性持ってない?」
間違いなく最悪な部類のマッドサイエンティストだ。
死生観にダイレクトに触れるような禁忌の研究に踏み込んでいるところは実に”らしい”が……。
せっかくなので自分の事も聞いてみた。
「……ついでに聞いておくけれど、ドクター的に私はどうカテゴライズされるの?」
「霊火か? そんな分かり切ったこと……そうじゃな。得意分野は『偽造』と『戦争』じゃろう?」
「最悪だな私」
「冤罪と隠蔽で敵対者を内から引っ掻き回し、強大極まりない戦力を組み上げて軍の力で外から圧力を掛ける。基本の基本がしっかりしておるな」
「まあ侵略戦争の専門家だよな私は。……あれ、もしかして私の方が質が悪いのか?」
100万人殺しを実行した有史以来最悪の殺人犯。
間接的な殺人を含めれば殺した数は500万は下らない。完全なる単独犯でのこのキルスコアはおそらく世界記録だ。
何の自慢にもならないのがとても虚しい。
そんな愛娘に、父親は言った。
「あの子は妹想いの優しいお姉ちゃんじゃよ。あまり過剰に警戒しなくてもいいと考える」
「ふうん……?」
霊火は肩をすくめた。
これは信用できない。完全なる敵対者と想定しておく。
(不死の専門家ねえ……)
結局、輪郭が見えない。
具体的にどういう基本技を持ち、どんな応用技があるのかが全くイメージ出来ない。
全体的に生物系っぽい印象はあるが……。
(……気にするだけ無駄か)
こちらの身分だけ割れているのはあまり面白い状況では無いが、分からないものは仕方がない。
今の所、『妹』改め『姉』は霊火に対してそこまで脅威となる行動を取ってきていない。
だから大雑把に『いつか強敵になるかもしれない敵対者』枠に放り込む。可能ならば殺して安全を確保したいが、ケースバイケースとなるだろう。
「……もうちょっとヒントが欲しいな。『ドクター』、お姉ちゃんについてなにか固有のデータはないの? カワイイ末っ子に手助けしたくならない?」
「希死念慮の強い子じゃ。何度か自殺未遂を起こしたことがある」
「まさかのメンヘラちゃん!?!?」
怖すぎる。
そういう地雷芸は、頭空っぽの何にも出来ないバカ女がやるから様になるのだ。確かな技術を持った悪党にメンヘラになられると普通に危険すぎる。
「今はだいぶ安定してきたようじゃが……」
「だから安心!! とはならないよ?」
「そもそも霊火と違ってあっちは脳無だからのう……」
「それを最初に言ってよ!!!!!!」
色々と謎が解けた。
なるほど、確かに言われてみればの話ではある。
むしろ最初からそういう想定を持つべきだった。
霊火と同じ容姿と言うことで同型機、同じホムンクルスなのだろうと思い込んでいた。
しかしよく考えてみると、ドクターの製作物なら脳無の方が圧倒的に確率が高い。先に思いついても良かったはずだが…………………。
(…………………………あれ? 私と同じ容姿の”脳無”……?)
つまり素材は?
霊火は青い顔で呟いた。
「え、まさか……え、そういう!?!?」
「
「大切にしてあげてくれない!?!? え、私の”元の少女”ってこと!?!?」
道理で幼いわけだ。
戻橋火燐の享年は3歳。その死体をベースに組み上げた脳無。
多少は成長させてあるのだろうが、殻木霊火より幼いに決まっている。
つまり、彼女が殻木霊火の姉を名乗る理由は……。
「え、本当に私のお姉ちゃんってこと!?!?」
「コピー元としてはそうなるのう」
「ちょ、え、そうなるのうじゃなくて……。え、え!?!?」
大混乱していると、電話の向こうから呑気な声が返って来た。
「自殺未遂を繰り返しているのは、ブーストされた『超再生』を持っておるからじゃな」
「可哀想だよ!!!!!」
「『筋力増強』や『死因』『復活』『吸血』『翼』『影爪』も持たせておる」
「まさかのハイエンドなの!?!?」
霊火は悲鳴を上げた。
なんでそんなことするの?
「え、えええ……。ええええ…………………………」
「だから妹想いのいい子じゃよ。霊火に会いたがってるのじゃ」
「え、ええ……いいよ仲良くするよ会いに来てよ……ランチとか一緒に食べるよ全然」
「あー……もしかしたらあの子、雄英文化祭には顔を出すかもしれんの」
「え、文化祭に来るの!?!?!?!?!?!?」
―――――――――
人生最大レベルの衝撃だったが、取り敢えず保留の箱に収めておいた。
「と、いう訳で今から流し稽古をしま~す」
「「「「「はーい!!!!!!」」」」」
クラスメイトたちは大きな声で返事をしてくれた。
何重にも重なった声が体育館の天井に反響する。
霊火は一歩前に出ると、手にしていた銀色のトランクケースを床に置いた。
留め具を外す乾いた音が響く。
「じゃあ『サンドボックス』を展開するよ~」
大量の真っ黒な粒子が溢れ出した。
体育館の床やバスケットゴールが音もなく黒色に溶けていく。
代わりに現れたのは、黒光りする舞台床と金縁のプロセニアムアーチだった。
壁は深紅のカーテンに覆われ、天井には照明リグと吊り下げられたシャンデリアが輝きを放つ。
舞台中央には黒塗りの平台。観客席は幻のように揺らめき空間全体が薄い演出照明に包まれていった。
「わけ分かんね~!!」「ここ、体育館のままなんだよね?」
ざわめきが一斉に広がる。
誰もが足元と天井を交互に見上げ、現実感の欠落を確かめるように何度も瞬きをしていた。
霊火は軽く肩をすくめる。
「はいはい。混乱するのは分かるけどまず私が説明するから聞いてね」
黒光りする舞台床の上に立って小柄な少女は全体を見渡す。
「流し稽古っていうのは、作品全体の流れを覚える作業だよ。立ち位置、動線、出入り、タイミング。演劇というのは何かと覚えることが多いけど頑張ろうね!!」
つまりは演劇の基礎だ。台本はすでに暗記してもらっている。
クラス全員が忙しい中、こちらが定めた期限までにきっちり覚えてくれたため霊火も上機嫌だった。
上鳴電気が自信なさげな声を上げた。
「う……覚えられっかな、俺……殻木に怒られるの嫌なんだけど」
「真面目にやってくれてる人を怒ったりしないよ、私は。どっちにしても今日だけで覚えられるなんて最初から考えてないしさ」
素人の演劇で最も習得に難儀するのは、ズバリ『移動』だ。
とにかく覚えづらい上にミスの温床でもある。
緊張の本番で立ち位置を間違える程度ならまだしも、転倒や演者同士の衝突が起きるのは問題だ。
舞台事故という言葉がある通り、ステージの上というのはとても危険な空間だ。
いくら時間がなくとも、安全のためにしっかりと練習を積む必要がある。
「という訳で。私はこういう工夫をしたわけだけれども」
「え?」
少女はトランクケースに手を伸ばした。
軽いSEとともに、舞台床へ小さな足跡が連続して浮かび上がる。
靴底の形をした光が瞬く間に大量に出現。
舞台袖から中央へ、中央から奥へと、誰かが歩いた軌跡が連なっていく。
壁際には細い線。立ち止まる位置を示す円。床には矢印。さらに天井からは淡く色分けされた光が落ち、舞台上の区画を可視化した。
呆然とするA組の面々の前で、小柄な少女は壇上に上がる。
人差し指で床を指し示すと、色とりどりのマーカーが滑らかに動き出した。
「と、まあこんな感じで覚えていこうか。この黄色の線が動線。赤い丸が立ち位置。この数字は入りとハケのタイミング表示だよ」
「え、すごーい!!!!!!」
「各人これに従って動いてくれたら、それだけで台本通りになるってわけ」
本来、演劇の稽古における『場当たり』は、地味で時間がかかるうえ素人が最も混乱しやすい工程だ。
たとえプロの集団であっても、演出家の頭の中にある『完成図』を役者へ共有するのは簡単ではない。
そこで霊火は、その情報をリアルタイムで動き続けるRPGのガイド表示のようにすることで、演技というハードルの高い作業をリズムゲーム程度の単純さにまで落とし込んだ。
出来るかもしれない、と。
驚愕と高揚が入り混じった視線が、霊火へと集中する。
「じゃあ、みんな立ち位置につこうか。せっかく全員揃ってるから……第三段落。ポニーの自己紹介から、最初の授業のダンスシーンまでね。一気にやってみよう」
「え!?!? いきなり!?!? 俺たちまだ演技の練習なんて一度も……」
「足元見ながらゆっくりでいいんだよ。私の側で適宜スピードは調整するからさ」
まずは一度演技を通してみてほしい。
その経験があるかないかで、今後の上達速度は大きく変わってくる。
少女は両手を合わせて明るく号令をかけた。
「さあさあ、一回やってみよ!! そんな緊張しないで!! まずは楽しみましょう!!」
霊火は、たいていのことは自分一人で進めた方が圧倒的に早い。
それでも、皆で一つのものを作ることがこんなに楽しいだなんて、初めて知った。
―――――――――
サポート科の工房には、重く鈍い手応えの巨大な防音扉がある。
身長137センチ体重26キロの霊火には、この扉がかなりキツい。まさか『死因』で消し飛ばすわけにもいかないので、腰を落としながら背中で無理やり開ける。
扉が軋む音とともに、中から独特の空気が溢れ出した。
金属と油の匂い。焦げた樹脂の残り香。
床にはケーブルが絡まり作業台の上には分解された装置や未完成のパーツが無造作に並んでいる。あちこちで工具の金属音が響き、溶接機の火花が短く弾ける。
霊火は忙しさと機械の匂いが混ざった空気を懐かしく思いながら声を掛けた。
「お久しぶりでーす。殻木霊火ですちょっと様子を見に来ましたー」
「あれ? 霊火? 久しぶりじゃん」
「忙しそうだね。元気にしてた?」
文化祭前の工房は、誰もが時間に追われるざわつきと緊張の隙間に漂う軽い殺気で満ちている。
「元気元気!! でもごめん、今ちょっと手が離せなくて」
「あー、気にしないで。忙しいときに来ちゃってごめんね、文化祭前だもんね」
体育祭で顔を合わせたこともあり、サポート科には霊火の顔見知りが多い。
技術畑の彼らは基本的に、この分野において極めて優れた腕を持つ霊火を尊敬の眼差しで見てくれる。
「ヒーロー科も忙しそうだね~。演劇やるんだって?」
「うちのクラスはそうだよ。サポート科は……見に来る暇ないね!!」
「ごめん無理だと思うわ。霊火は文化祭楽しみなよ。彼氏と一緒に回ればいいじゃん」
「彼氏になってくれればいいんだけどねえ……」
霊火は鼻歌混じりに自分用として設置してある工作機械の前に陣取り、スイッチを入れた。
完全自作。OSも自作。プログラムも自作。言語も自作。
工作機械を構成する部品の一つ一つを作るのに自作の工作機械が必要という、非効率を極めた万能工作マシンだ。
「よく来たね、殻木」
「お久しぶりですパワーローダー先生」
「今日は何を作りに来たんだい?」
「服飾ですよ。うちのクラスは文化祭でミュージカルやるんで、それを全員分用意しに来たんですけど……」
ステージの上に立つ演者の衣装が安物なことほど、観客の熱意を削ぐものはない。
色味が安っぽい、サイズが合っていない、動きにくい。それだけで演技の説得力は半減する。
これを防ぐための一番分かりやすい方法は、専門的技能を持った人が自作してしまう事。製作全般担当の霊火がやってしまうのが安くて早い。
そのうえで、演劇の衣装にはいくつかの注意点がある。
動きやすさや視覚的統一感といった基本的なものはもちろん、早着替えへの適性も必要だ。
暗い舞台袖での着替えに時間がかかると劇のテンポが悪くなるので、ボタンよりマジックテープが有効だったりする。
パワーローダー先生は首を捻った。
「全員? クラスの分を?」
「別にそう大した手間でもありませんよ。ほらこんな風に……」
霊火がポチっと事前に組んでおいたデータを工作機械に送信。
機械の内部でモーターが唸りを上げ、フレームの間から業務用コピー機のような勢いで衣装が次々と出力される。
「……アパレル業界が泡を吹いて倒れるね」
「材料さえ入れれば大抵の物は作れますよ?」
「君はなんでサポート科に来なかったんだい?」
―――――――――
放課後の校庭。
文化祭準備の喧騒から外れた、校舎の影が伸びる一角。
金属が擦れる音や誰かの笑い声が風に乗って流れてくる。
遠くで鳴る拡声器の残響と、夕暮れ前の乾いた空気に混じる土の匂い。
(なんか三奈はダンスの要素にアイススケート要素を入れたいとか言ってけど………………………………………)
超不安だった。
ダンス班のやることは芦戸に任せてあるが、流石にアイススケートともなるとステージ上での安全性が気になってくる。
スケートシューズの制作を依頼された時には本気で眩暈がしたものだ。一応轟と他数名しか滑らないらしいが。
少女はコンクリートの縁に腰掛け、タブレット端末を膝に載せたままぼんやりと空を仰いだ。
画面に並ぶ無数の工程と時間割は少しの遅れも許さない構成だ。
どうせ暇だろうと制作全般を請け負った結果、気付けば段々と忙しくなってきている。
文化祭が近づいている。
自分でも信じられないが、普通に緊張してきた。
上手くいくだろうか。怪我が出たりしないだろうか。色んな事が気になる。
どうやら霊火は思っていた以上に普通の感性を持っていたらしい。
たかが文化祭の本番が、当たり前に怖い。
「……制作関連は片付くんだよな。あとは導線の最終調整と、演出の調整と……」
「霊火さん」
不意に名前を呼ばれた。
液晶画面から顔を上げると、そこに立っていたのは緑谷だった。
ジャージ姿。準備の合間に抜けてきたのだろう。肩にうっすらと汗が滲んでいる。
「大丈夫? なんか難しい顔してたから」
「そんなつもりはないけどな。私は平気だよ」
いつもの調子で返す。
緑谷もその言葉を即座に疑うほどではなかったが、納得しきれない様子で首を傾げた。
「本当に?」
「本当に」
タブレットの画面を軽く叩く。
破綻はしていない。これでも『神域』を構築した技術者だ。この程度でパンクなんてしない。
「……だけどね」
言いかけて、霊火は慌てて口を閉ざした。
しかし、優しく先を促されて小さな声で続ける。
「ちゃんと、みんなに受け入れてもらえるかなって」
「そっか」
「それがちょっと、ね」
「大丈夫だと思うよ」
即答だった。
霊火は一応待ってみたが、どうやら特別な根拠があるわけではないらしい。
彼はただ、劇が上手くいくと信じているだけだ。
彼が隣に座るスペースを空けながら、霊火は苦笑した。
「まあ、気にしても仕方がないか」
「大丈夫だよ霊火さん。それだけ本気ってことだよ」
「私にそんな感性があるとはね……」
「今の霊火さんの方がいいと思うよ」
まあ弱みがある方が接しやすいか。
そんな自虐的な思考を走らせつつ、液晶に目を落とした。
「……それでさ、ちょっといいかな?」
「ああ、どうしたの? 何かトラブル? 三奈が何か言ってた? スケートはやめた方がいいと思うよ」
「芦戸さんもスケートをやる気満々だけど……」
「大丈夫かよ……」
「本当にピンポイントの起用だから大丈夫だと思うよ。アクセントを加えたいんだって」
彼は、そもそも霊火に用事があって来たらしい。
大きく深呼吸して、酷く緊張した様子で視線を泳がせた後、意を決したように口を開いた。
「文化祭、なんだけど」
「うん」
「その……二人で一緒に回らない?」
「いいよ? 客が来るからずっとは無理だけど、それ以外の時間は全然そのつもりだよ?」
霊火とエリが常に傍にいたら事故る気しかしないため、元々お付きのヒトとセットで招く予定だった。
つまり、人間形態の『ダイナ』がエリの面倒を見る予定になっている。
だから断るわけが無い。
逆に緑谷と回る以外に、何があるのだろうか。
だからごく自然に何の疑問もなく返事をした。緑谷の顔が、ぱっと明るくなる。
「ありがとう! じゃあまた連絡するね!」
「はーい、楽しみにしてるね~」
彼は心底ホッとしたようでそのまま走り去っていった。
霊火は再びタブレットに視線を戻す。
「えっと……次は――」
手が止まった。
――二人で?
――一緒に回る?
――文化祭?
「……………………………………」
ゆっくりと、少女の大きな瞳が見開かれる。
「……あれ?」
今、何が起こった?
文化祭を、二人で一緒に回ろうと、お誘いされた?
「……あれ!?!?」
言われてみれば彼も不自然なほど緊張していた。
思い切り勇気を振り絞っている感じだった。確かにこういうお誘いはいつも霊火の方からだが……。
彼に誘われるというのはとても珍しい。
つまりこれは―――
「―――デート?」
デートって何?
一般的には、好意を抱く相手と親密な時間を過ごすこと。
異性のふたりが恋愛的な展開を想像して、日時や場所を決めて会うことと言い換えてもいいだろう。
「…………………………っ!!!!」
……ちゃんと肯定していて良かった!!!!!!
『後でスケジュール確認するね』とか口走らないで良かった!!!
ちゃんと一緒に行きたいって即答してて偉い!!!!!!
「え、え、え!?!?!?!?!?!?」
まさか、ある?
片想いじゃなくなる可能性は、ゼロじゃない?
割と重要回
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