視点は少し寄り道していますが文化祭準備期間です
型番【Class-3 Cannibalism】。
個性機械。アマリリス製アンドロイド。
通称【食人鬼】。人間名は「風香」。
金色の瞳と、蛍光色の蒼い角を持つ鬼の童女型アンドロイド。
純戦闘用として設計されており、搭載個性は『再現』『サーチ』『夢遊』の三種。
追加オプションとして、眼球から放つ熱線兵装および射程十五メートルの切断羽を備える。
AIの傾向としてはやや戦闘狂、しかし冷静。間延びした口調を使用しがち。
アマリリス製アンドロイドの中でも初期型にあたり、後続機である『美貌』や『熾天使』と比較すると単純な戦闘力はやや劣る。
しかし『再現』の特性により、戦闘を継続するほどに多数の“個性”を併用し始めるスロースターターという側面を持つ。
条件次第では全盛期のオールマイトすら凌駕する性能を発揮することもあり、『ピースキーパー』期間中に『巨大化』を獲得した際には、規模が大幅に拡張された個性を行使することで猛威を振るった。
『サーチ』と『夢遊』を併用することで事故率が低く、生存能力の高さも特筆に値する。
また『再現』による特定個性のピンポイント運用も可能であり、状況対応力は非常に高い。
小回りの利く運用性と器用な役割遂行能力から、制作主には何かと重宝されている個体である。
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伝統的な石畳は、既に石の色をしていなかった。
熱で黒く焦げ付いたそれはかつての街路の面影を辛うじて残すだけ。周囲は瓦礫の山と化している。
倒壊した建物の向こう、半壊した礼拝堂が夕焼けと炎に照らされて赤く染まっていた。
白大理石に刻まれた聖人像は首を落とされ、観光客で賑わっていた広場は、今や熱風と硝煙に満ちた煉獄と化している。
スクラップと化した警察車両や装甲車をお菓子の空き箱感覚で積み上げながら、鬼の童女はため息をつく。
「あーあ……何でこんな事に……」
「止まれ『アマリリス』!! 両手を上げてその場で地面に伏せろ!!!」
「そもそも貴方たちがあ……私にちょっかい掛けなければこんな事はしないんだけどお……」
「黙れ犯罪者!! このフィレンツェに何をしに来た!!!」
イタリア語のやり取り。
風香は危険に目を細めながら、流暢にこう告げる。
「最後のチャンスだよ。その銃を下ろせ」
「黙れこのクソ野」
「警告はした」
鬼の金眼がキラリと輝いた。
その警察官の言葉が無慈悲にも断ち切られる。
一応即死の急所は避けた。しかし、左脚に直系10センチ程の円形が空いた彼はもう戦えないだろう。
一応、早撃ち勝負的には引き分けだった。
飛んできた鉛玉を右の指先で摘まんで止めながら、”鬼”は露骨に嫌そうな顔をする。
「うぎゃあああああ!!!!」
「……顔が割れてるというのもやり辛いな。新しいアンドロイドを作ったら顔が知られる前に大切に扱おう」
大量虐殺犯『風香』は世間に良く知られている。
ちゃんと指名手配されていたせいで、イタリアまで来たと言うのに警察やヒーローを呼び寄せるばかりだ。戦闘規模が拡大し続ける。
こちらに無意味な破壊行為をするつもりは無いので非常に不本意だ。
すぐ傍のピザ屋の看板が燃え落ちる。
ジェラートケースは中身ごと蒸発。
路地に漂っていたはずのコーヒーとバジルの香りは、煤と煙の臭いに上書きされる。
金色の瞳。
蛍光色に光る蒼い角。
煤と血を浴びながらも怪我の一つもない、華奢で小柄な肢体。
【食人鬼】風香。
彼女が両腕を軽く振ると、それだけで空気が爆ぜた。
『爆破』
両手の掌から解き放たれた高熱の衝撃が、音より先に世界を壊す。
「ッ――貴様――」
「これで42人目だぞおい。ヒーロー飽和社会って日本だけの話じゃないのお?」
風香の目の前に飛び込んできたイタリアヒーロー。
初手の爆破は避けた分だけ実力派か。白い仮面に豪華な衣装、金属製の錫杖。
モチーフは、カーニバルの時期にベネチアで行われる仮面舞踏会だろう。ご当地ヒーローだ。
サーチで見えた"個性"は『茨縛』。
棘のある草の蔓を高速で生やし拘束する能力。B組の塩崎茨と似た性質。
「面倒だけど」
見た目8歳程度の女の子。
小さな鬼の足元が爆発し、同時に少女の身体が消失した。
「接近戦は不得手でしょ?」
「は」
ヒーローの懐に敵が潜り込む。
純粋なマシンスペックによる接近。
テレポートじみた踏み込みに仮面男は反応出来ない。
超至近距離での爆破。
人体が空を飛び、壁に叩きつけられた。
血飛沫が聖画の残骸に散る、赤い花。ひしゃげた肉塊がもごもごと口を動かした。
「この……悪魔が…………」
「リスペクトをこめて【鬼】と呼んで欲しい……」
これでも相当手加減していることを、このヒーローは理解しているのだろうか。
風香が本気なら腹に拳大の風穴が空いている。アンドロイドの身体の半分は慈悲で構成されているのだ。
視界の端で救助担当らしいヒーローがコソコソと動いている。
彼は、先ほど風香を邪魔してきた警察官を急いで担架に載せていた。
常にこちらの動きに注意している救助担当に、風香は片手を雑に振って早く行けと促す。一応この場では一人も殺しているつもりは無い。
改造和服のスーパー敵は、一応とでも言いたげにスリットから細い脚を露出させながらしゃがむ。
注射器で”個性”を採取する。そんな怪物をヒーローは怨嗟の目つきで見上げた。
「『茨縛』の貴方も早く病院に行った方がいいよ? なんなら私が応急処置してあげようか?」
「……、……何、が、…目的……だ、……」
「内緒。だけど今回は撤退かなあ」
声は幼くて抑揚が薄い。
それでいて言葉の端々から僅かな落胆と多大な呆れを内包する声。
全体的に和風な意匠の少女は、不意にその小さな掌を組んで目を閉じた。
「さて……と」
「何……をするつもり……だ」
「ちょっと待って思い出してるんだから。ええっと……『真理の源なる天主、主は誤りなき御者にましますが故に』」
「…………祈り……か……?」
「ボイスコマンド。ええっと……確か『ならば御使いの座は此処にある』?」
”奇跡”は起きた。
焼け落ちた街の上空、
曇天の向こう側から、煤と熱気で歪む空を白い影が横切る。
ヒーローは大きく息を呑む。
その流線型の巨躯は『シャチ』だ。全長およそ20メートルで、頭上には眩い光輪。
石造りの街並みをはるかに見下ろす高さを海中であるかのように悠然と滑っていくその巨影。
鬼の童女は呆れ顔だ。
「第二階級『智天使』を呼び寄せるための……おまじない?」
「な……」
「言葉の羅列で起こせる現象をもっと厳密に制御できるっぽいんだけど、詳しい法則は私も分かっていないしい……」
「意味が……分からん……」
「私も分からん。魔法の呪文? プログラム? 機械言語に近いのかな? いや、これやっぱりうちのボスの趣味だよ……」
つまり、権限を持つ個体が規則に則った命令文を特定の波長・リズム・感情値で読み上げることで、『天使』を制御するだけのシステムだ。
発想そのものはごくありふれている。
スマートフォンに今日の天気を尋ねたり、屋外から自宅のエアコンを起動することと本質的に変わらない。
権限を持つものが放つ特定のフレーズで『天使』を操縦できるという仕組みだ。
「お前らは……なんのためにこんなことを……」
「色々考えてるのよ私の制作者はさ。支持も得られそうだから普通に説明すればいいのにねえ……」
ボイスコマンドという事はつまり、権限さえあれば誰でも『天使』を動かせるということだ。
つまり、『
想像できるだろうか。全ての個人に手足となる『天使』が付き添う世界を。
きっと人類はより豊かになるだろう。
飢えに苦しむことはなくなり、戦争に悩まされることもなくなる。
犯罪によって悲しむ者も、病気で病院に行けない者もいなくなるだろう。
もちろん全ての悲しみや苦しみを無くせるとは言わないが、相当な量の理不尽や悲劇を減らせる。
そして『天使』は料理をし、掃除をし、洗濯をし、労働をする。
運転手にもなれば、乗り物にもなり得る。冷房にも暖房にも加湿器にも除湿器にも空気清浄機にもなる。
医療も治安維持も行う。家の修理も行う。農業も工業も研究もする。
木の上のボールも取ってくれるし、電球も変えてくれるし、道案内もしてくれるし、本も読み聞かせてくれる。
敢えて実装しないのは、話し相手と恋人の機能ぐらいだ。
誰でも扱える『天使』があまりにも多機能な存在であるがゆえに、人類は“個性”の有無やその強弱による格差に悩まされることはなくなる。
なにしろ祈りの言葉ひとつで、誰もが“個性”を超える力を行使できるようになるのだ。おそらく貧富の差すらも消える。
生まれつきの才能の差を、家の差を、国の差を。
そして努力の差さえ技術によって無に帰す。
究極の平等。
ありとあらゆる差別や不均衡を強制的に均一化する試み。
かつて神に祈らなければ届かなかった救済を、個人が自由に取り寄せられるようにする仕組み。
[Class6:paternalism]
殻木霊火の最高傑作。
主機能は文明の復元。その派生システムとしての『天使』シリーズ。
何よりその力の源は厳密に管理される。人を傷つけることは出来ないルールは絶対。
個人主義の”個性”と違ってこれは外付けの力。中央管理可能なクラウドリソースなのだ。
つまり社会の制御が効く。
『天使』は監視機構と反乱鎮圧を兼ねる。
全ての使用にはログが残り、社会に反する事は”出来ない”。
ディストピアの完成形。
たった一人の制作者による完全な独裁でありながら、住民の多くが自発的に賛成するであろう福祉国家の極限。
この支配に抗う事は、『天使』を使わず『天使』を扱う全人類を敵に回すことを意味する。
そして全人類を敵に回したその人は、果たして正義と呼べるのだろうか?
「……システムが壊れた瞬間に冗談抜きで文明がぶっ壊れるのはどうなのかなあ……」
「何……を……」
「傷が広がるよお兄さん。黙ってて」
イタリアに降臨した天使と考えると、それはあまりにも冒涜的だ。
純白のシャチは身をくねらせ半壊した大聖堂の上空で大きく旋回した。
「では帰りますので。お~いこっちだよ〜!! ほら乗せて〜!! ちょっと高度下げて〜!!」
「待……て……」
「いや帰ってくれた方がいいでしょ」
資格ある者であれば、普通に話しかけても指示を聞いてくれるのはご愛敬。
空を泳ぐ御使いは、一度低く身を沈め急降下。
その巨大な影を街と鬼の上に落とす。
和風童女は軽く膝を曲げ、勢いよく跳躍。
高度20メートル程の高さで滞空する大型天使の上に、着物の裾を危うく揺らしながらふわりと着地した。
童女は人差し指と中指を伸ばして額に当て、地上のヒーローに大声で呼びかける。
「アリーヴェデルチ!!」
―――――――――
「あの子ったら、イタリア行きが決まったその瞬間からあの台詞を言うおつもりでいらしたのですわ」
「”ママ”は好きですよ。あの漫画」
「図書委員として一応……」
「ねえ、なんで私の作ったアンドロイドって全員漫画読んでるの? インストールした覚えはないんだけど」
―――――――――
ダンス用の教室。
壁一面を占める巨大な鏡は『サンドボックス』で構成されたものだ。
実は左右反転をせずに映したり映像処理を加えたりも出来るが今は通常モード。蛍光灯の白い光が、床と二人の姿を均等に照らしている。
霊火は鏡の前に腰を下ろしてジャージの膝に肘をついたままスマホを操作していた。
その肩越しから、ポニーが興味深そうに身を乗り出す。
『――イタリア、フィレンツェ。先ほど未明、市街地中心部で大規模な敵事件が発生しました』
(さてさて、ニュースではどう報じられるかな?)
つい一時間前、霊火のアンドロイドが襲撃した場所だ。
画面の向こうは曇天。わずかに揺れる空撮映像と緊張を帯びたキャスターの声が流れている。
映し出されているのは瓦礫の山。
石畳だったはずの道は無残に掘り返されて歴史ある建造物の外壁は崩れ、粉塵が漂っていた。
『現地ヒーロー委員会の発表によりますと、今回確認された敵は『風香』。アマリリス製の戦闘用アンドロイドです』
ライブ映像ではないものの、風香がイタリアのヒーローを殴り倒している映像が続けて流れる。
「なんてコト……」
「これは酷い。なんでイタリアなんだろ?」
ポニーはショックを受けたように息を詰める。
対して主犯である霊火は素知らぬ顔で目を細めていた。
『さらに、事件発生とほぼ同時刻、上空に正体不明の未確認飛行物体が出現』
次の映像は夜空を泳ぐ巨大な影。
純白の体躯。滑らかな曲線。
頭上には光の輪。海洋性大型哺乳類。食物連鎖の頂点に立つ存在、シャチ。
『専門家の間では、神野区の“神域”由来。通称『天使』ではないかという見方も出ています』
「……エンジェル?」
「『神域』の天使だね。あの大きさだと第二階級かな……」
ヒーローたちによる度重なる『神域』への挑戦により、神野区の情報は世間にも徐々に知られ始めている。
もっとも犠牲者を出さずに帰還できているのは、ほぼ霊火の厚意によるものだ。
実態としては“逃がしてあげている”に近い。全員無事で帰れるほどあの領域は甘くない。
それを、世間が「攻略が進んでいる」と勘違いしているのが少し癪だ。
何故なら、彼らはまだ最強を知らない。
今はエリちゃん世話係みたいになっている『熾天使』だが、あの子は他のアンドロイドと比べても冗談抜きで百倍近いコストがかかっているだけあり滅茶苦茶強い。
それでも全盛期のオールマイトには勝てないのはご愛嬌だ。
『フィレンツェ市街はほぼ壊滅状態。敵および『天使』と呼称される未確認飛行物体は現在消息不明。追跡は困難を極めています』
「……Escaped?」
「見失った、が近いかな。あんな巨大なシャチに逃げられるのも不思議だけど」
最高時速マッハ4。対レーダーシステム完備。
海洋哺乳類らしく潜水も可能で、意外なほど隠密性が高い。
シャチライダー風香もアンドロイドゆえ無呼吸。高空・海中の両対応だ。
(まあ良し。現地が曇ってたのも良かったな)
それにしても自分が起こした大惨事を安全圏から友人と並んで眺め、感想を言い合う。
これほど愉快なこともなかなか無い。
『この事件で、ヒーロー四十名以上が戦闘不能。民間人の負傷者は多数。現時点で死者は確認されていません』
隣のポニーの表情が緩む。
霊火も、わずかに息を吐いた。
死者がいないのは良いことだ。
この規模の破壊で死亡者ゼロなど皆殺しの百倍は難しい。アリを踏み潰さずに巣だけを壊すようなものだ。
今回は遠隔操作を使わず風香自身の判断に任せたが、現地では相当な余裕があったことが伺える。
「……まあ、良かったね」
「良かったデス!!!」
「じゃあ稽古の続きをしようか、ポニー。そろそろ立ち位置は覚えた?」
「そろそろできマス!!!! さあやるよレイカ!!!!」
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『風香』たちの目標は、分倍河原仁の殺害である。
彼がヨーロッパにいるという大雑把な情報は掴んでいるものの、正確な所在を突き止めるには相応の時間を要するだろう。
理由は、彼の“個性”『二倍』。
ゴリーニファミリーとの抗争の最中に彼はトラウマを克服してしまったらしい。
自己増殖の映像を確認した時、霊火は決断を下した。
可哀想だが殺す。
必ず世界滅亡のトリガーを折る。
分倍河原仁は、生きていることも許容されない領域へ踏み込んでしまっている。
もっとも、彼の“個性”が極めて有用であることもまた事実だ。
能力のコピーはすでに手元にあるが、可能であればオリジナルも確保したい。
彼が死柄木弔率いる敵連合に所属している点は大きなリスクだが、念のために懐柔策も用意。
実行可能であれば試みる価値はある。
ただし慎重に。交渉の決裂は世界の終わりを意味する。
感想や評価ありがとうございます。いつもとても大きな励みになっております